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2008/09/11

1件〜100件

  • 液晶の窓を通して見るふるさとの景色(短歌)

    故郷の五島福江のなつかしい景色を、故郷で働いている友人知己がSNSに載せているのを見て一首浮かぶ。これからも楽しみにしているからね。ふるさとの今日の景色を液晶の窓を通して見るSNS液晶の窓を通して見るふるさとの景色(短歌)

  • 実験動物の犠牲のもとにある医学の発達

    医学の基礎研究について書かれたものを読み、おびただしい数の実験動物の犠牲のもとに今日の医学の発達があることをあらためて考えるきっかけとなった。午後、長崎街道の塩田津を散歩したおりに、古刹に建つ三界万霊供養塔に出会い、立ち止まり合掌した。実験動物の犠牲のもとにある医学の発達

  • 波佐見焼に盛った波佐見産の旬の筍を土佐煮に

    波佐見焼に盛った波佐見産の旬の筍を土佐煮にしていただきました。季節に出会えた心持ちになりましたね。今日は雨上がりの新緑が美しかった穀雨間近の四月なかば。#たけのこ#筍#タケノコ#竹の子#だかんな#波佐見焼#波佐見町波佐見焼に盛った波佐見産の旬の筍を土佐煮に

  • 花散りぬ・・・すでに初夏の気配(短歌)

    花散りぬ若葉萌え出で若やぎて早くも夏のにほい間近に花散りぬ・・・すでに初夏の気配(短歌)

  • オフシャンニコワさんの義挙

    冥途で松陰先生がうなづいていらっしゃることでしょう。オフシャンニコワさん、あなたの「身はたとひモスコウの牢に朽ちぬとも留めおかまし正義魂」ですね、と。#義挙#千万人といえども吾往かむ(画像はウエブ検索から)オフシャンニコワさんの義挙

  • 地には平和を

    小松左京の「地には平和を」というSF作品を中学か高校の頃に読んでいるのだが、内容はほとんど忘れてしまっている。このところ、このタイトルをよく思い出す。近いうちに再読することに決めた。地には平和を。地には平和を

  • プーチンの狂気に憤る

    多くの作品があるD-day・1944年のノルマンディ上陸を描いた映画の視聴が世界中でにわかに増えているのではなかろうかと想像している。独裁の横暴と民主主義の自由との闘い、ヒトラーの狂気から自由を取り戻すための「史上最大の作戦」はおびただしい血の犠牲を超えて今日の私自身の平和と自由につながっている。日独伊三国同盟に加担した我が国の歴史への反省を込めてプーチンの狂気に憤る。プーチンの狂気に憤る

  • 汚名を残すプーチン大統領

    ヒトラーもわなわな震えて自決するその瞬間まで自分は天才で英雄だと確信していたのだろう。そして、後世に汚名を残し続けている。現代を生きる日本人には、昭和の戦争を始めたがった連中や玉音放送の録音盤を奪い取ってまで国民に犠牲を出し続けても自分たちが始めた過ちを正当化しようとした連中の汚名は伝え語られてよい。21世紀の前半に、人類は残念な汚名をひとつ記憶することになってしまった。#ウクライナ侵攻#プーチン大統領汚名を残すプーチン大統領

  • 平和を祈る御製「四方の海みなはらからと・・・・」

    ロシアの「武力による現状変更」から日本を守るために対ロシアとの開戦を諮る御前会議の際に、明治天皇は四方の海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむと、御製にて平和的解決へのお気持ちを表された。昭和の戦争を諮る御前会議の席で、昭和天皇はこの御製を詠じ、開戦反対のお気持ちをあらわされたという。上皇様も今上陛下も、四方の海みなはらからと、平和を思い、国際情勢に宸襟を悩ませられていらっしゃることでしょう。平和を祈る御製「四方の海みなはらからと・・・・」

  • 休業要請は精神と肉体への兵糧攻めだ

    コロナ禍による飲食店の休業要請策は精神と肉体への兵糧攻めだとしばしば思う。帰宅が遅くなって外食したいときにそれができない歯がゆさ。何かを払いたくてとか、一息ついたのでキリをつけるために旨いものを口にし酒で心をほぐしたいこの夜なんかに。清志郎のフレーズを借りる。こんな夜にお店に寄れないなんて・・・休業要請は精神と肉体への兵糧攻めだ

  • 飲食店を狙い撃ちにしても大きな効果が得られないと述べた知事

    いよっ!今政宗!・・・飲食店を解放せよ!以下は読売新聞のウエブ記事です。『宮城県の村井知事は28日、報道陣に対し、まん延防止等重点措置について「飲食店を狙い撃ちにするような対策をとっても、大きな効果が得られない」と述べ、現時点で適用申請を考えていないと強調した。』飲食店を狙い撃ちにしても大きな効果が得られないと述べた知事

  • 埋め立て前の東浜(石田城跡)

    父の長兄の旧制五島中学時代の卒業アルバムが出てきた。おおよそ八十年くらい前のものだろう。その、会ったことのない叔父は夭逝したため、祖母が大事に保管していたものが仏壇の引き出しに入っていた。いくつか興味深い写真が収録されていたが、現在東浜町と呼ばれる場所が、はるか昔に埋め立てられる前の姿をとどめたものだ。わが母校でもある五島高校の前身の五島中学の建物の下に石田城の石垣。それは波に洗われる海城であったことがわかる。撮影場所は法務局があるあたりからだろう。埋め立て前の東浜(石田城跡)

  • 徳川幕府によって破却された名護屋城

    佐賀県の名護屋城は、秀吉政権の狂気の軍事行動であった文禄・慶長の役に際し構築された大規模な城と全国の大名たちの滞在陣地の遺構群だが、城は徳川幕府によって破却された。計画的かつ作法といえるようなルールにより壊し、城として機能しないようにしたようです。徳川政権としては、島原の乱のようなキリシタンによる大規模反乱や、想定される大名の謀反もさりながら、キリシタンを増やしたり、植民地化を狙う海外からの侵略者の拠点になることを恐れたのではないかと、天守台跡から大陸に渡る海路を眺めながら想像しました。徳川幕府によって破却された名護屋城

  • 追悼・鬼平の中村吉右衛門

    「俺がやらなきゃぁ、誰がやると言うんだい」・・・吉右衛門演じる鬼平にはしびれましたよ。まなびましたよ。あこがれましたよ。また、液晶越しに会いにいきます。鬼平の危機一髪をかわいがったワンちゃんが救う『本門寺暮雪』は名作でした。ご冥福を。南無妙法蓮華経追悼・鬼平の中村吉右衛門

  • 「老醜をさらす」という言葉

    「老醜をさらす」という言葉はヨボヨボヨロヨロ姿を憐れまれるという意味だと半世紀ばかり思っていたが、奇妙なまでに元気な老人が次世代の未来をパワフルに邪魔する厚顔無恥にして破廉恥な憐憫の情を催さざるをえない醜態のことだと近ごろ思うようになった。「老醜をさらす」という言葉

  • 不思議な靖国神社参拝報道・・・その意図の背景は・・・

    国会議員が靖国神社という宗教施設への参拝をしたと風物詩のように報道することを不思議なことだと思う。日本の国は、憲法にうたう信教の自由からさまざまな宗教やその施設がある国であるが、名の知れた浅草寺や明治神宮に参拝したとは報道されない、ましてや旦那寺や地元の神社においてはなおさらのことだ。靖国神社参拝を報道させる「勢力」の影を感じる。・・・・・俺が大臣だったとしても、「日高大臣、五島福江の大乗寺のおせがき法要に参拝。私費でお布施。」とは報道されないのさ。不思議な靖国神社参拝報道・・・その意図の背景は・・・

  • 原爆を落とさせたのは日本人

    ナチスと手を結んで米英と戦争を始めようとした連中から命を狙われながらも日独伊同盟と開戦の阻止、早期の終戦のために尽力した米内光政についての作品を読んでいます。原爆を落とさせたのも、多くの国民を殺させたのも、誤った行動をし、言論の自由を奪った一部の日本人がしたことだと私は考えています。原爆を落とさせたのは日本人

  • アナウンサーが一転、破顔一笑声もはずんでオリンピックを伝える

    テレビの強制視聴環境下で平日の昼メシを食うのだが、犯罪や災害やコロナを神妙なおももちで報じるアナウンサーが一転、破顔一笑声もはずんでオリンピックを伝える。アタマのネジがゆるみにゆるむ。狂いそうだ。アナウンサーが一転、破顔一笑声もはずんでオリンピックを伝える

  • 津々浦々の事業所の社員食堂が感染源になりそう

    ニッポン金メダルぅ~~~っ!中継アナが叫ぶ。おおーっと視聴者のどよめき。しばし蘊蓄屋が昼飯を咀嚼しながら何かの受け売りを披露に及ぶ・・・。テレビやラジオのある津々浦々の事業所の社員食堂が感染源になりそうなコロりんコロりんコロリンピック。津々浦々の事業所の社員食堂が感染源になりそう

  • 三十一文字は心の写真

    携帯端末の驚くべき発達で、誰もがいつでもどこでもスチールやムービーを作れる時代になった。人が何かにカメラを向ける時は、記念写真や記録写真は別として、感興として心が動き、その感興を記憶にとどめたいからなのだろうと思う。私もそうである。また、私はときおりそうした感興が短歌となって湧いてくるくることがある。ちかごろ、自分にとっての短歌を、心の写真だと思うようになった。そして一首うかぶ。湧き出る思いを留める言の葉の三十一文字は心の写真(わきいずるおもいをとどめることのはにみそひともじはこころのしゃしん)三十一文字は心の写真

  • 波佐見町歴史文化交流館の中庭

    波佐見町歴史文化交流館が7月21日に新たに開館しました。陶石(磁器の原料)と赤松(登り窯時代の燃料)を使った中庭に、陶磁器産業に携わる者として感じるものがありました。この庭は、龍安寺の石庭のようでいて静寂はない。荒々しく、動の印象をもった。百年くらいまでは海を見たことがある人がそう多くはなかったであろう地域に白砂青松の印象は不似合いだ。時代の局面を幾たびも乗り越えて来たこの地を生きた魂がこの荒波を造らしめたと思う。波佐見町歴史文化交流館の中庭

  • 冥途でも好きなお酒を・・・

    スーパーのお盆向け商品のコーナーに、線香やろうそく、蓮や果物や野菜の形をした着色された口砂香といっしょに、こじんまりとカップ酒や一合程度入ったパック酒が置いてある。沁みるよねぇ。わかるよねぇ。冥途でも好きなお酒を楽しんでね・・・心のやさしさや温かさを感じて泣けてくる夏の日。冥途でも好きなお酒を・・・

  • 緊急擬態宣言

    緊急擬態宣言(奉祝オリンピック開催特例4連休は、おとなしく家に居ました。外には出ていません。という死んだふり)は、脂肪燃焼上の理由でいたしません。緊急擬態宣言

  • 緊急辞退宣言

    緊急辞退宣言。文字遊びのおやじギャグですが・・・緊急辞退宣言

  • 復興五輪ではなかったのか

    このたびのオリンピックは、祭りらしい祭りでなければならなかったのだ。浮かれ騒いでもよかったのだ。みんなで「お・も・て・な・し」をしなければならなかったのだ。IOCという特定利益獲得団体へ屈せざるを得ない契約には第二の敗戦との想念日々に強まる。・・・・・・以下は復興庁のホームページをコピーした。「復興五輪」は、東日本大震災に際して、世界中から頂いた支援への感謝や、復興しつつある被災地の姿を世界に伝え、国内外の方々に被災地や復興についての理解・共感を深めていただくこと大会に関連する様々な機会に活用される食材や、競技開催等をきっかけとして来ていただいた被災地の観光地等を通じて、被災地の魅力を国内外の方々に知っていただき、更に被災地で活躍する方々とのつながっていただくことで、大会後も含め「買ってみたい」「行ってみたい」...復興五輪ではなかったのか

  • 夜の8時に街がこんなに明るい

    夜の8時に街がこんなに明るいのは、山蔭に海辺より早く日が沈む地に住む私には新鮮な興奮あるのみです。梅雨時という、カビ臭い憂鬱を感じない春先みたいなこの数日が、気味悪く感じると今日幾人かとの雑談のなかで話しました。過ごしやすいのはありがたいのですが…#憂慮#杞憂#気候変動#地球温暖化#諸行無常#生々流転夜の8時に街がこんなに明るい

  • 嬉野瑞光寺門前にて詠める 令和三年水無月十日あまり九日

    嬉野瑞光寺門前にて詠める木漏れ日が古寺の瓦に揺れ光り苔もまぶしく梅雨の晴れ間に嬉野瑞光寺門前にて詠める令和三年水無月十日あまり九日

  • 憂き雨降るをほのかなるともしび灯すあじさいの花

    梅雨の日の憂き雨降るをほのかなるともしび灯すあじさいの花憂き雨降るをほのかなるともしび灯すあじさいの花

  • #高見の見物 #他人事 #他人の不幸は蜜の味

    意訳すれば「あとは知ったことか、はーっはっはっはっはっはー」と悪代官笑いしているように聞こえた。アメリカでオリンピックの放映権を持つ会社の最高幹部が、「東京オリンピックはこれまでで最高の利益を生むだろう、開会式を終えれば、みんなすべてを忘れて楽しむだろう」と語ったそうだ。#高見の見物#他人事#他人の不幸は蜜の味#高見の見物#他人事#他人の不幸は蜜の味

  • 方言健在

    令和の世にもデジタルの世にもグローバル云々の世にも方言健在というのを嬉しくも面白くも思う。肥前地区だけののローカルな理解となろうが、この数か月のうちに聞いたり使ったりして方言健在をおもしろく思った数語その一。「ぞろびく」。もー、久しぶりに聞いたがわかるし共感。その二。「びっしゃげる」。一緒にいた若い人たちにも説明不要だったようだ。その三「ほがす」。今日は三回「ほがす」用事ができて、汗ばむほどの格闘をしたのだが、途中二回ほど「ほげんっ!」とグゼッたが、狙い通りに事が運んで「今夜はビールのうまかばい」方言健在

  • 西公園(嬉野公園)の医療センター側入り口の復活整備を望む

    嬉野温泉の神泉閣が解体されて何年だろうか。建物がなくなって温泉街や市街地の眺望が良くなったかなと思い西公園(嬉野公園)に登ってみたが、木が繁っていて垣間見るような眺めでした。ここは中世山城跡でその風情も感じられ、桜やもみじをはじめとした樹木が美しく、廃墟化しつつある旧医療センター側には海軍病院設立の由来を記録した立派な記念碑があり、史跡としても重要だ。特に医療センター側の入り口は舗装されて歩きやすく、水路が清冽な爽やかさをたたえていたりするのだが、閉鎖されて立ち入れないのはもったいなさ過ぎる。国道34号側の入り口は、知る人ぞ知る級である上、通るのがためらわれる雰囲気もあるので、医療センター側の入り口を復活整備して観光や市民の憩いや健康づくりに活用できるように市には提案したいです。#嬉野温泉#公園#散策#散歩#ウ...西公園(嬉野公園)の医療センター側入り口の復活整備を望む

  • マスク生活は精神も窒息させる

    近くにある避密地を散策。マスクしないで外に居ることが晴れ晴れとした気分になるというのは、マスクをして世間に出ることがいかに病的なことかと思う。多くの国民に犠牲を強いてオリンピックを開催し、感染いたちごっこを長引かせ、来年になってもマスク姿が日本人のシンボルみたいになったらコロナを克服した国々の人たちから「マスキングアニマル」なんて揶揄されそうな気がする。まずは終わらせようよ。マスク生活。マスク生活は精神も窒息させる。マスク生活は精神も窒息させる

  • 「すべてはオリンピックのために」・・・多くの人々が、苦しんでいる

    昨日のWBSで、首相官邸番の記者が「本音を聞き出す取材」を続けているが、「すべてはオリンピックのために」という空気感が横溢しているという。政府のある幹部は「オリンピックをやってしまえば、反対していた人たちも感動するのだ」と語ったという。WBSはこの記事を報じた後、苦悩する大型ショッピングモールというタイトルの記事を報じた。取材を受けて語るモールの担当者は、店舗だけでなく、納入する問屋の苦しみにまで言及した。多くの人々が、苦しんでいる。「すべてはオリンピックのために」・・・多くの人々が、苦しんでいる

  • アスリートだけが可哀そうじゃないのでは?

    東京都のホームページによれば、「オリンピックとはオリンピックは4年に一度開催される世界的なスポーツの祭典です。スポーツを通した人間育成と世界平和を究極の目的とし、夏季大会と冬季大会を行っています。」だそうである。日本中でどれだけの祭りの関係者が中止の涙を飲んだことかとしみじみしみじみ思い感じいるのだ。アスリートだけが可哀そうじゃないのでは?アスリートだけが可哀そうじゃないのでは?

  • 欲しがりません勝つまでは、と死屍累々の玉砕モードのオリンピック

    「人流」という言葉もコロナ用語のひとつなのか、これまでに聞きなれないというか聞いたことも使ったこともなかった。「国内の人流を抑えきれれば、オリンピックを開催しても感染拡大は防げるでしょう」とラジオから専門家とやら、もしくは御用学者がしゃべっているのが聞こえた。欲しがりません「勝ったあとまでは」と死屍累々の玉砕モードに突入している感じがする。昭和の戦争前によく使われた言葉に、「不要不急」があったそうである。何かを切り捨てるのに都合のよい四文字なのだろう。欲しがりません勝つまでは、と死屍累々の玉砕モードのオリンピック

  • 欲しがりません勝つまでは、と死屍累々の玉砕モードのオリンピック

    「人流」という言葉もコロナ用語のひとつなのか、これまでに聞きなれないというか聞いたことも使ったこともなかった。「国内の人流を抑えきれれば、オリンピックを開催しても感染拡大は防げるでしょう」とラジオから専門家とやら、もしくは御用学者がしゃべっているのが聞こえた。欲しがりません「勝ったあとまでは」と死屍累々の玉砕モードに突入している感じがする。昭和の戦争前によく使われた言葉に、「不要不急」があったそうである。何かを切り捨てるのに都合のよい四文字なのだろう。欲しがりません勝つまでは、と死屍累々の玉砕モードのオリンピック

  • 妄想ショートショート マスク運動

    そのユウチュウバーが始めた行動をユウチュウブとSNSにアップし、拡散されて1時間ほど経った午前9時ごろから、同じようなことをする人々が次々と国会議事堂周辺を「散歩」し始めた。その人たちは声を出さず、決して群れずに、静かに歩いていた。しかし、一様に彼らが身につけているものが、ただの散歩ではないことを物語っているようだ。コロナ禍下の常識としてマスクをしたその人たちは、マスクをもう一枚手に下げたり、バッグに絡ませたり、耳にかけたり、帽子に鉢巻のように巻いたりしているのだ。ユウチュウバーは、自身の気分を「緊急事態宣言のなかでもオリンピックは開催できるってIOCの偉い人が言ったらしいけど、なんとか爆弾の実験場にされてる気分」とだけコメントし、何かを呼びかけたわけではない。報道各社の取材によれば、同じような行動をしている人...妄想ショートショートマスク運動

  • 天国という言葉は娯楽と結びつく言葉でしかなかった

    日本人がこのところ死後の行先のたとえとして「あの世」とか「極楽」とか「浄土」と言わず「天国」と言うようになったことに、お寺の影響力が希薄化、もしくは無力化したと感じる。こどもの日ということで、こどもの頃をちょっと思い返してみたが、お寺が二軒近所にあって、一つは菩提寺で、祖母に連れられて保育園がわりによくお参りに行っていた。小学生になってからは墓地も含めて広い寺の敷地が遊び場でカン蹴りや独楽、メンコ、凧揚げ、鬼ごっこやかくれんぼなどさまざまな遊びに夢中だった。寺の本堂の六道輪廻図や、時おり見かけたお墓の新仏への卒塔婆や供物を身近に感じられたので、地獄も極楽もわが身に迫ることに感じられていた。天国という言葉は、娯楽と結びつく言葉でしかなかった。天国という言葉は娯楽と結びつく言葉でしかなかった

  • 日本語のほうがわかりやすくて好きです

    日本語のほうがわかりやすくて好きです・リバウンドは心当たりのある方はドキッとするだろうし飽食平和の印象があるので「感染再拡大」と表現してはいかがでしょうか。・パンデミックというと美味しいおやつ系の新商品を連想してしまうので「人類総感染」と表現してはいかがでしょうか。・ロックダウンはボクシングを連想してしまうので「鎖国」がなじみ深いのではないでしょうか。たとえ町や村が対象であっても。・クラスターというと美味しいお酒の分子構造みたいで食欲をそそるので「集団感染」と表現してはいかがでしょうか。・ジェノサイドというとラグビー用語の平和的な印象を感じてしまうので「民族抹殺」と表現してはどうでしょうか。・新型コロナウイルスというとなにやら未来から来たありがたいもののように感じてしまうので、発生源の国が漢字で表現している「新...日本語のほうがわかりやすくて好きです

  • 「医療関係者に感謝します」

    西肥バスの嬉野医療センター行きの行先表示に「医療関係者に感謝します」との副表示が出ているのを見かけることが近頃あるけれども唸るねぇ。いよっ!音羽屋っ!てなもんですよ。会社がやっているんだか運転手さんの裁量だかは知らないけれども運転手さんの裁量だったら掛け声だけでなくてご祝儀あげちゃうね。行先表示がクルクルクルクルの幕から電光石火に進歩してから小出しに大見得きれるんだから運転手さんの気持ちだと受け取るね。石頭の上司や優等生の役人が無粋のゴンスケをやらかさないことを天に願うばかりです。「医療関係者に感謝します」

  • 今年の桜二詠。 (短歌)

    咲けば散る同じさだめの花なれば互いに命見守らむ春願わくばとうたいしひともかかる夜の風をまといて空見上げしか今年の桜二詠。(短歌)

  • 咲けば散る同じさだめの花なれば (短歌)

    咲けば散る同じさだめの花なれば互いに命見守らむ春咲けば散る同じさだめの花なれば(短歌)

  • 「坂の上の雲」と私

    時おり祖母から聞かされた祖母の幼いころの話だ。明治十八年生まれの祖母が幼いころの話だから、明治二十年代のはじめごろのことだろう。五島家の家中だった祖母の実家S家の知行地を管理していた人が、年に一度挨拶に訪れてきたという。かなりの高齢の方だったというが、その方の頭はちょんまげだったといい、挨拶のしかたの大仰さといい、挨拶の席に座っていなければならなかった祖母姉妹は、笑いをこらえるのがたいへんだったのだということを、その方の声色、しぐさつきで何回も何回も聞かされた。当時はすでに髪型は自由にしてよいという政令のもとに、マゲを保ったものは少なかっただろうが、老人のなかには生活習慣を変えないものもいたのであろう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・祖父の遺品。祖母の部屋に残されていた刀箪笥の引き出しに、大日本...「坂の上の雲」と私

  • 子供のころの迷信にまつわる記憶

    今夜食べたサラダのピーマンに種の取り残しがあって、その一粒の種が子供のころのいくつかの迷信にまつわる記憶を芽生えさせた。その1、すいかの種を飲み込むと盲腸(虫垂炎)になる。その2、牛のクソを踏むと走るのが遅くなる。その3、馬のクソを踏むと走るのが早くなる。離島とはいえ通称石田城と呼ばれる福江城の城下には昭和四十年代半ばにも旧武家地に牛も馬も往来していた。馬は農道や林道が整備されていなかった当時の運搬に活躍していたらしい。馬のウンコは、例えれば果物のキーウイに似ていたような記憶がある。見つけたら有難がって何回も踏んだんだなぁ。あの俵型の柔軟を。残念ながら、効果のほどは検証できていないが。子供のころの迷信にまつわる記憶

  • 老害雑感

    近ごろちまた(世界じゅうの)に流行るもの・・・・老害【迷惑】・往生際が悪い【侮蔑】・晩節を汚す【軽蔑】・(カネもらっているのに)働かないおじさん(じいさん)【怒】・(カネもらってはいるものの)跡継ぎを育てないおじさん(じいさん)【困惑】・覇気のない中高年【落胆】・ゆでガエル的中高年【絶望】老害雑感

  • 自己植民地化する習性をうまく使って商業化に成功した恵方巻

    餅をノドに詰まらせて死ぬ老人報道が正月前後の渋滞風物詩のように語られる。近年すっかり定着し、「人がするから」と自己植民地化する習性をうまく使って商業化のために捏造された節季食である巻き寿司をうわばみのような食い方をしての老若男女の窒息死報道はまだ聞いたことがない。邪推力の高い私は、広告スポンサーや闇権力をもつ広告制作者に右顧左眄して起きていても報道しないのではないかと疑っている。あんな食べ方をして誰もかれもが無事とは思えないが、横並び習慣で死ぬのを「横死」と呼んでもよいかと思う。自己植民地化する習性をうまく使って商業化に成功した恵方巻

  • ロイターは一年ちょっと前に「新型肺炎」として報じていた

    ロイターは一年ちょっと前に「新型肺炎」として報じていた。中国新型肺炎の死者、8人増の17人にウイルス変異か中国湖北省の保健当局は、同省の新型コロナウイルスによる肺炎の死者が8人増え、17人になったと発表した。国営テレビが22日報じた。JPロイターは一年ちょっと前に「新型肺炎」として報じていた

  • 当初「新型肺炎」とよばれていた。マスクと時代考証

    21世紀に入ってからの旧作の映画を見ていると、ブラウン管タイプのテレビみたいなモニターのパソコンやガラケーなどが登場し、これから作られる作品の時代考証や小道具がこまごまと必要になるのだろうなと急速な通信環境の変化にあらためて驚く。時代考証のひとつに、誰もがかれもがマスクを着けている時代があった歴史ができたしまった。新型コロナウイルスの発生地である中国武漢で「未知のウイルス」に対する言論が封殺されたことが今日の世界人類の混乱と混沌と疲弊を招いた要因の一つであるとすれば、前回の世界大戦で自由を守る勢力と独裁的圧政勢力が戦ったように、戦わなければならないもうひとつのものがあることが見えてくる。当初「新型肺炎」とよばれていた。マスクと時代考証

  • 「ドナルドキーンの東京下町日記」を読了

    「ドナルドキーンの東京下町日記」を読了した。日本を愛し、晩年日本に帰化した日本文学研究等で大きな業績を残したドナルドキーンのエッセイが素晴らしかった。源氏物語との出会いや昭和の戦争の開戦のころのこと、戦中戦後からおとどし亡くなるまでのさまざまな思いに何度も涙が浮かんできた。すべての意見に賛同できるわけではないが、おおいにうなずけることが多かった。読みやすい文章が心地よく、それぞれの章のオチというか結びの一文の決まり方には何回も唸った。ドナルドキーンの著書にこれからも触れていこうと思う。「ドナルドキーンの東京下町日記」を読了

  • コロナ禍に一首。禍中2021年1月15日

    自粛はしても委縮はするなと思っているよと言ったら、その言い方は日高さんらしいいねと言ってくれた人に贈る。自粛なる心の委縮はうつせみの今の命を縮め行かなむあなおそろし。コロナ禍に一首。禍中2021年1月15日

  • 読書感想・劣化するオッサン社会の処方箋

    山口周著「劣化するオッサン社会の処方箋」がおもしろかった。実に納得の組織論だった。過去の成功体験と失敗体験だけが行動原理と思考範囲で、時代の変化を考える材料を学ぶことを怠り、新世代の価値観を受け入れなかったり逃げたりしている劣化したオッサンたちのこれからは・・・若いひとたちは、この「処方箋」を読んで、下克上の気炎を上げるべし。劣化したオッサンに付ける薬はないに等しく、錆びるばかりで君らの未来を開く鍵を腐らせかねないのだから。読書感想・劣化するオッサン社会の処方箋

  • 笊のすき間・・・自作短歌をいくつか記録・・・

    師走の初旬に白石の漁港を散策したときの一首小春日のかすかな風に波光り穏やかな午後有明の海昭和前期の風情ただよう民家飲食店舗の解体を見ての一首またひとつ昭和の姿消えてゆく名残惜しくも諸行は無常佐賀城付近の旧武家地を散策したときの一首いにしえの面影求め街歩く古地図の場所に寺は残りぬ夕暮れの散歩の時に川面に光る夕日を眺めての一首世を覆うやまいの憂い焼き尽くせ川面に燃えるきらめく入り日よ八月三十一日、台風を前にしての一首台風が来るのは覚悟の月なれど葉月つごもり残暑は酷暑笊のすき間・・・自作短歌をいくつか記録・・・

  • 中国のコロナ隠蔽について・メルマガ「週刊正論」より

    12月26日発売の月刊「正論」2月号では、「スクープ武漢ウイルス発生から1年、中国の『隠滅』指示文書全文」を報じています。中国湖北省武漢市で発生し、世界的大流行(パンデミック)を引き起こしている新型コロナウイルスについて、月刊「正論」編集部は中国当局が2020年1月3日付で、重大事態が起こっていることを察知しながら、大流行を隠蔽するよう指示していた文書を全文入手しました。この中国当局による指示については、中国国内だけでなく米国などからも注目されてきました。作家の門田隆将さんが著書『疫病2020』(産経新聞出版)で紹介しています。「今回の肺炎問題で果敢にスクープを放っている中国のニュースサイト『財新網』が2月末に注目すべき報道をおこなったことを指摘しておきたい。中国国家衛生健康委員会が1月3日、ウイルスに関する情...中国のコロナ隠蔽について・メルマガ「週刊正論」より

  • 古地図の場所に寺は残りぬ(短歌)

    いにしえの面影求め街歩く古地図の場所に寺は残りぬ古地図の場所に寺は残りぬ(短歌)

  • 誰が誰に対して圧力をかけるのか同調圧力

    同調圧力という言葉が誰が誰に対して圧力をかけるのかがよく理解できないでいるが、リーダー的立場の人を批判する言葉のように感じている。とはいえ、誰も具体的な圧力などかけていないのに、人に嫌われまい、人と違う意見を言うまい、仲良しのふりをするのが美徳といった自主自虐的自己植民地化的同調力を勝手に自分にかけるのが日本人、とくに非都市部の人には美徳として備わっているのではないか。そういえば本音とたて前なんて言葉があったのを思い出した。たて前を偽善隠れ蓑の一種とすれば・・・おっと危ないこのへんにしとこうと自分に圧力をかける。誰が誰に対して圧力をかけるのか同調圧力

  • 「繁華街関連」は新聞の扇動新語か?

    「繁華街関連」という用語が新聞記事に使われているのに初めて気づいた。ヨルノマチカンレンというほのかに淫靡な香りただよう文学的なコロナ用語の派生形なのだろうが、これには、昼間も外に出ればコロナにかかるぞー・こわいぞーという、読者獲得の扇動意図を感じる。放送が使いはじめれば視聴率狙いとなろう。マスコミの「煽れば尊し」にはご用心ご用心。剣呑剣呑。それはともかく、新型コロナ発生源の国の言論の不自由や弾圧が世界中を困難に陥れたことをしっかり報道してほしい。香港の今日なども・・・「繁華街関連」は新聞の扇動新語か?

  • 自由を奪うことへの非難の声がわが国でも高まりますように(香港情勢)

    武漢で未知の肺炎を語った医師の言論を封殺し、世界中を困難に陥れた国が、世界中の自由を愛する人々に報じられるのもおかまいなしに自由な言論人を収監した。今年は、日本が昭和の戦争に至るまでについて学んでみたこともあり、自由言論を奪われ心身の拘束を受ける人々のことに嘆きの心情である。彼らの解放を願うとともに、言論弾圧をはじめとした自由を奪うことへの非難の声がわが国でも高まりますように。悲憤慷慨も時にはよい。無関心は情けない。自由を奪うことへの非難の声がわが国でも高まりますように(香港情勢)

  • オリンピックに税金を新たに使うのはやめてコロナ対策に振り向けて

    オリンピックに税金を新たに使うのはやめてコロナ対策に振り向けてよー。オリンピックってけっこう、◎◎◎◎や△△△△△の利権の舞台のニオイがする。一番とか二番とかボッケツとか決める趣味がこの歳になっても理解できない。一番とか二番になったことも意識したこともない負け惜しみからかも知れないけれども。オリンピックに税金を新たに使うのはやめてコロナ対策に振り向けて

  • 不思議不可思議不納得の「DX」という略字

    なぜこの二文字をカタカナ10文字以上で発音させるのをどいつもこいつもというか世間様は受け売り容認しているのだか石頭には不思議不可思議不納得の「DX」この二文字を見て十文字以上を言えるようになるのに三ヶ月くらいかかったが、そのうち見かけなくなったら三ヶ月くらいで忘れてしまいそう。お次は何が出てくるのかな。不思議不可思議不納得の「DX」という略字

  • くどいアメリカ大統領選挙報道

    やたらクドクドとアメリカの大統領選挙を報道するのは、報道機関が日本人はプロレス観戦を楽しむようにその放送を見るのを知っているからです。くどいアメリカ大統領選挙報道

  • ウイルス蔓延のおさらいとして・・・

    ウイルス蔓延のおさらいとして・・・■コロナという言葉自体は、ウイルスに命名されるまでは強烈な熱を放つ太陽のほわほわゆらゆらする炎のゆらぎのイメージだった。ストーブの有名メーカーの社名だったり、かつてトヨタのヒット車種にもあった。(1964年の東京オリンピックのころよく売れたのだそうだ。2020年の東京オリンピックの年には世界の工場発のコロナが世界を席巻。)■発生源の国で、自由な言論の封殺が人類未曾有の困難の元となったこと。言論の自由や民主主義がいかにたいせつか。これだけは報道も人々も、繰り返し話題にしてよいことだと思う。ウイルス蔓延のおさらいとして・・・

  • 田家秀樹著 「豊かなる日々 吉田拓郎2003年の全軌跡」

    田家秀樹著「豊かなる日々吉田拓郎2003年の全軌跡」を読みました。私は現在57歳と5ヵ月になります。ファンとして、十代から今日まで大きく影響を受けている偉大な音楽家が、今の自分と同じ年齢の時に肺がんが見つかり、肺の部分切除手術をし、歌手生命最大の危機を乗り越え、復帰後も偉大な足跡を刻み続けている人の人生の一部に触れることができました。このドキュメントは、奇跡的に早期発見されて、告知を受けたときのことから復活に向けた肉体的なトレーニングや歌のトレーニング、コンサートに向けたリハーサルから復活ツアーについて語られていました。今の自分と同じ歳のころの内面を知ることができ、今日まで、そして明日からの生きる勇気が湧いてました。本文中、幾度か「僕の人生の今は何章目ぐらいだろう」という曲のタイトルが登場しました。私は数年前か...田家秀樹著「豊かなる日々吉田拓郎2003年の全軌跡」

  • 日本学術会議と中国科学技術協会との協力

    時事問題記事抜粋引用〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓メルマガ「週刊正論」令和2年10月8日号〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓【日本学術会議は中国との協力について説明を】国会でも学術会議の問題が取り上げられています。ここでは8日の参院内閣委員会での山谷えり子参院議員の質問の一部を紹介します。日本学術会議と中国科学技術協会との協力に関する部分です。8日夕配信の「チャンネル正論〜編集長の言いたい放題」でも紹介しているので、番組もぜひご覧ください。(https://www.youtube.com/channel/UCL5q9HVCEjoFXWPBybkhXvQ)山谷氏「(学術会議の)存在意義、透明性について疑問の声が以前から上がっておりました。(大学等の研究機関における軍事的安全保障研究は認められないと...日本学術会議と中国科学技術協会との協力

  • 松任谷由美・水の影

    「よどみない浮世の流れ飛び込めぬ弱さ責めつつけれど傷つく心を持ち続けたい」(松任谷由美・水の影)・・・聴くたびにこの歌詞が心にしみる。今日の通勤アルバムは1980年リリース、ユーミンの「時のないホテル」。アレンジの秀逸さに感じ入る。ソナタの第三楽章がはじまるような、ちょっと間を置いて奏でられるヴァイオリンが味わい深いんだなぁ。松任谷由美・水の影

  • まだまだ心は涸れていないね

    今日の通勤アルバムはユーミン1979年リリースのOLIVE。卒業ソングの「最後の春休み」を聞きながら、酸味のきいたワインを飲みながら甘い甘いチーズケーキを食べているような気分になる。まだまだ心は涸れていないぞ、とあの日々を共に過ごした友たちにドヤ顔で言ってみたい。そんな気持ちを感じながら、秋の日は釣瓶落としを実感しつつ家に到着。まだまだ心は涸れていないね

  • 十六夜のあまねく照らす光さやけし

    昨夜十六夜を見て詠める歌コロナ禍の闇夜を払い十六夜のあまねく照らす光さやけし十六夜のあまねく照らす光さやけし

  • 吉田拓郎に文化勲章を!

    ひょっとしたら荒れるかな、と思いながらも、SNSの吉田拓郎ファンのグループで、吉田拓郎の業績は文化勲章に値すると思うと投稿したところ、おおむねが賛成のリアクションだったが、一割ほど反対のリアクションがあり、コメントも賛否いくつかいただいた。吉田拓郎はフォークの人、反権力の人ととらえる向きもあるようだが、本人はフォークの人であることを否定しているとともに、作品もけっしてそうではない。また、反権力や政治的な作品や、ラジオでの発言にもほとんどそういう傾向はない。若いころにはいろいろあったけれども、古希を過ぎ、「人生のアウトロを奏でている日々」と語っている偉大なる足跡を残した人への称賛が形になってほしいと思う。以下は、投稿したSNSのコメントにまとめて返信した文です。「多くのリアクションと賛否両論のコメントをありがとう...吉田拓郎に文化勲章を!

  • 吉田拓郎の業績は文化勲章に値すると思います

    吉田拓郎の業績は文化勲章に値すると思います。吉田拓郎の業績は文化勲章に値すると思います

  • 日教組の落とし子なんだろうな

    合流新党とやらの復縁左翼団体の構成員や支持者は日教組の落とし子なんだろうな。邪推でしょうか。党名変更提案・揚げ足取ってわいわい騒ぎ国会開けと叫んで審議拒否しながら歳費はもらう党日教組の落とし子なんだろうな

  • 葉月つごもり残暑は酷暑

    八月三十一日一首偶成台風が来るのは覚悟の月なれど葉月つごもり残暑は酷暑葉月つごもり残暑は酷暑

  • 瀬尾一三の仕事に触れる

    絃楽や管楽器の入ったビッグバンド編成で吉田拓郎の魅力世界を広げてくれた瀬尾一三の仕事に触れることができ、音楽をより豊かに感じています。アレンジャー(瀬尾の場合はプロデューサーを兼ねる)の役割と存在意義を強く認識することができました。音楽の聴き方が豊かになるきっかけともなりました。瀬尾一三は長年中島みゆきも手がけていて、中島みゆきに絶大な信頼をもたれていることも知りました。これから中島みゆきも聴いてみたいと思います。よい本に出会いました。瀬尾一三の仕事に触れる

  • アビガンという薬の名前を聞いて「阿鼻丸」の三文字を連想してしまい、感染恐怖に拍車がかかる。

    アビガンという薬の名前を聞いて「阿鼻丸」の三文字を連想してしまい、感染恐怖に拍車がかかる。医療崩壊してしまえば阿鼻叫喚の巷が現出してしまう。「丸」つながりでもうひとつ。正義の味方の正露丸は江戸時代の末には処方が確定していたそうだが、日露戦争のころは「征露丸(ロシアをやっつける薬)」と商品名を変えていたという。売るための戦術としては上手い。赤チンさえなくなった今日に「丸(ガン)」という言葉の響きと文字に薬を連想することに、すでに人間が骨董化しているのを自覚してしまう。勿来関(なこそのせき)という古典文学上の都市伝説みたいな関所がある。な~そ(するな)という古語表現で来るなこの関所へとなるが、新型コロナウイルスに「勿感染」の三文字をあててやりたい。キミ、カンセンスルコトナカレ。ワレモカンセンスルコトナキコトヲキス。...アビガンという薬の名前を聞いて「阿鼻丸」の三文字を連想してしまい、感染恐怖に拍車がかかる。

  • 吉田拓郎の「こうき心」・・・コロナ禍のなかにあって。

    このところ、一人で散歩をするときなどによく思い出す曲がある。吉田拓郎の「こうき心」だ。1973年のライブ盤で演奏されているから半世紀近く前からのメッセージをあらためて強く受け取っている。コロナ禍のなかにあり、多くの人たちが未曾有の困難にあるなか、希望を捨てずに前に進めというメッセージを、時空を超えて受け取っている。歌詞の後半はこう語られる。「涙を流してみよう今悲しみのなかにあっても涙をこらえて生きてゆく強い人間だったとしても涙を流してみよう瞳をぬらしてみよう雨にうたれてみよういま幸せにひたりたくてもまた来る人生の街角で本当の幸せを見つけるまで雨にうたれてみよう外は雨が降っている」吉田拓郎の「こうき心」・・・コロナ禍のなかにあって。

  • レジ袋の有料化でポイ捨てが増加する

    レジ袋の有料化という、頭脳明晰な官僚や政治家が決めたこの施策は、ポイ捨ての増加を引き起こし、道路や川や海の汚染をさらに増すと予測する。「海洋プラスチック問題」は、レジ袋のせいではなく、捨てて平気な不徳義な輩という「人」の問題だ。日本人ばかりでなく世界中の「人」の問題だ。海辺には異国の文字が記された漂着ゴミがけっこう打ち上げられている。道路にも袋一杯のゴミを投げ捨てているのを見かける。買い物をして屋外で消費して、バラバラになった残骸の行き場が公共の場や自然の場にならないことを願う。スーパーでの買い物でのエコバッグ持参は10年ほど続けてきたから、レジ袋の有料化に抵抗はないのであるが、納得のいかない新ルールである。レジ袋の有料化でポイ捨てが増加する

  • ヨルノマチカンレン

    ヨルノマチカンレンという淫靡な響きの専門用語ヨルノマチカンレン

  • 五島市にも新型コロナ感染者が

    医療にハンディのある離島である故郷の五島市でも、ついに新型コロナウイルスの感染者が出た。罹患者の安全と回復を願う。故郷の五島は行政のゆがんだ観光アピールで隠れキリシタンの島のイメージを植え付けられているが、ほとんどの五島の人はキリシタンとは関係ない神社仏閣の縁者であるという実態とは大きく違う故郷のイメージに、五島への愛着が薄れているのは正直なところだ。キリシタンが当時は重大な犯罪者であったことや、植民地獲得の手段としての宗教利用に対抗する手段として豊臣政権、徳川政権、明治初年の新政府政権が禁教とした、国防としての禁教政策だったことも五島市民や観光客や修学旅行者へ知らせるべきだ。季節は夏。そういえば石田城の濠は蓮の花の季節だ。数年前に行った時に詠んだ短歌を思い出した。時々のさまざまな思い出よみがえる石城の蓮我が夏...五島市にも新型コロナ感染者が

  • 500ページほどのドキュメントに、吉田拓郎の現在の日々をイメージさせるとともに、還暦ごろの彼の「今日までそして明日から」が伝わってきた

    500ページほどのドキュメントに、吉田拓郎の現在の日々をイメージさせるとともに、還暦ごろの彼の「今日までそして明日から」が伝わってきた。凄絶な自己との格闘の上にある成果を享受できていることに驚きと感謝。十代からのファンだが、ますます味わいかたが深くなっていくのは間違いない。俺も、「唇をかみしめて」、「今日までそして明日から」を生きる。500ページほどのドキュメントに、吉田拓郎の現在の日々をイメージさせるとともに、還暦ごろの彼の「今日までそして明日から」が伝わってきた

  • 音楽の豊かさの味わいが増す聴き方

    コンサートDVDはいいな、と思う。CDの倍ちょっとの初期投資は必要だが、興奮と感動はCDの倍ちょっと以上だと思う。「音楽」を楽しむ観点から、吉田拓郎・瀬尾一三ビッグバンドのストリングスセクションを意識して聴く。「歌」だから歌声と歌詞に意識の多くが向く聴き方をしてきているが、聴き方を変えると音楽の豊かさの味わいが増すことに今になって気づく。音楽の豊かさの味わいが増す聴き方

  • コロナの世の風潮を揶揄

    悪趣味は承知でコロナの世の風潮を揶揄■マスク警察戦隊ものの人気アニメのこと。現在放映中である。■オーバーシュートキックボクシングでのエラーのひとつ。回し蹴りが対戦相手の頭上で空振りしてコケること。■東京アラート人気の東京土産のお菓子のこと。カリカリポリポリした食感が楽しめる。■ロックダウンコンサート会場で興奮した聴衆が失神すること。ある種の集団ヒステリーと考えられている。■自粛警察社会情勢や感染防止の観点から署長の判断で交通取り締まりや不審者への職務質問を緩めている警察署のこと。(実施例・・・七曲署・湾岸署など)コロナの世の風潮を揶揄

  • クラウド配信の音楽

    年初に始めた手持ちのCDを棚の端から選ばずに聴き返すという楽しみも半年もたたないうちにとん挫してしまった。五十音順の「あ」から初めて「い」の途中にて。スマホを買い替えてから電池が長持ちするようになったのをきっかけに、車とのブルートゥース接続でクラウド配信の音楽を聴けるのが面白くて、これまで聴いたことがないジャンルに手を出してしまい、はまり込んでいる。ジャンル分けはよくわからないのだけれども、「メロウなソウル」が心をとらえる。今日は帰宅時に料理屋さんのおまかせコースみたいなのに設定して聴いてみたら、名前だけは聞いたことがあるビヨンセやアリアナグランデなどが登場。良い!もっともっと心の世界を広げないともったいないね。クラウド配信の音楽

  • 韃靼疾風録を読了

    二十年ほど前に、病床にあった亡父が読んでいた本がずっと気になっていて、ようやく手にとり今朝読了した。司馬遼太郎の最後の小説作品だという韃靼疾風録は、読むのに二週間かかる大作だったが、親父の思い出もあって楽しい読書となった。週に一度病床を見舞ったが、読むのが遅いようなので、進んでないねと聞くと、根気が続かないと言っていたのが忘れられない。病はそれほど人を疲れさせていたのだと今になって思う。この長い長い物語を、親父は読み終えたのだろうかと思うと、なんだか切なくなる。韃靼疾風録を読了

  • いんぎょ・印形(インギョウ)

    生まれ育った土地から離れて暮らす人が誰しもそうではないのだろうけれども、私はしょっちゅう郷里である五島福江の言葉を思い出す。今朝は同居していた祖母(明治二十八年生まれ)が「いんぎょ」と発音していたものを思い出した。毎日何回も何回も押す印鑑だが、その印鑑のことを祖母はいんぎょと発音していた。不思議な呼び方をするものだと、高一の時に霊山浄土へ見送ったあともその語感は謎めいたままだった。三十を過ぎたころだったと思うが、読んでいた本のなかに印形(インギョウ)の字を見出して調べてみたら、印鑑の古語的表現だった。祖母がその母や父たちから受け継いだ言葉は、江戸時代の空気だったのだなと思う。いんぎょ・印形(インギョウ)

  • コロナ禍と自身の残念な気持ちの変化

    今読んでいる本に蘇州が描かれていて、一年前に太湖のほとりを旅したことを思い出した。今では隣県に行くのも県境に行政が設置しているコロナ関連の注意喚起のタテカンや国道の電光掲示に、外出そのものに無言の、いや文字による威圧を感じてしまい、昨年の海外への旅が夢か幻のように思える。航空機や列車、芸術鑑賞、娯楽・・・マスクをしてまで長時間その場にいるのがおっくうだという自身の気持ちの変化に、これまでの日々への裏切りのようなうしろめたさを感じている。コロナ禍と自身の残念な気持ちの変化

  • 時事問題を扱ったものを読んで、何度も目頭が熱くなったのは初めての経験だった。著者の思い、情熱が心に響く一冊だ。

    時事問題を扱ったものを読んで、何度も目頭が熱くなったのは初めての経験だった。著者の思い、情熱が心に響く一冊だ。著者が進行を務めるラジオ番組を、仕事から帰ってすぐにオンデマンドでICレコーダに録音して聞くようになってから何年もたつ。コメンテーターたちの経験に基づく本質をついた解説や著者自身の意見を堂々と述べる右顧左眄しない潔さが魅力的で、私の時事理解の有力ツールになっている。有力な報道メディアの会社員の立場で、この国の報道等が担う意見醸成のありかたや現実に一石を投じるのは覚悟のいることだろう。その覚悟のもとに進む著者飯田浩司に、古武士の面影を感じつつ、この先も見つめていたい。時事問題を扱ったものを読んで、何度も目頭が熱くなったのは初めての経験だった。著者の思い、情熱が心に響く一冊だ。

  • 当初熱血教師、いや反面教師のこと

    「ドライブレコーダー作動中」のステッカーを貼った車がウインカーを出すなり右折しそうに右に動いた途端にまた元の車線に戻り、車窓より火のついたままのタバコをポイ捨て。権利は主張するが義務は果たさず徳義の持ち合わせもない奴めと思う。自分のドライブこそ自撮りしやがれ・・・なぜか日本住血吸虫という寄生虫の名前を思い出す。ヨソワシカ。五島弁でエヅラシカ。(身震いするほど気持ち悪い)・・・こういう人がモンスターペアレントやモンスターカスタマーやモンスタークレイマーを構成しているのかな、なんて思いつつ、さらにその奥にある昔なつかしいニッキョーソという国歌も国旗も気に入らないといって審議拒否といって仕事をサボる野党の代議士や、ナントカ運動に熱心になって、身だしなみまで自由になりすぎて行って、輝いていたいた目がどろんと眠そうに澱ん...当初熱血教師、いや反面教師のこと

  • 水銀式体温計を振って再目盛りに

    一度覚えたら体が覚えて自転車には一生乗れるという。たしかにそうだと、何年か間をおいて自転車に乗るたびに確かにそうだと思う。デジタル慣れして使うこともなく十年と言わずに薬箱で眠っていた水銀式の体温計をまだまだ収まりがつかない新型コロナ禍で引っぱり出して使ってみたりしたが、使ったあとに力強く二回ほど振って次に測れる目盛まで戻す動作をして、自転車のことを思い出した。たぶん、水銀式の体温計を使ったことのない液晶世代の新型君たちは、測ったあと水で冷やすか大好きな氷菓子に押し付けたりするのじゃないかと余計なことを妄想するジイさんになってしまった。水銀式体温計を振って再目盛りに

  • アルバイト先には恵まれていた

    学生時代のアルバイト先には恵まれていた。今思えばそこで出会った人たちに恵まれたのは幸運に感謝しかない。今でもその時々のオーナーや先輩の言葉やふるまいが職業人としてのあるべき姿の理想像だ。・・・焼肉忍で、半個室を使わせてもらって時々晩飯を食うが、何度かスタッフさんがプライベートで友達と焼肉プレートを囲んでいるのを見るたびに、北京飯店、割烹赤門、レストラン・マイタウンで働いていたころを思い出して、口に運ぶものがひときわうまくなる。アルバイト先には恵まれていた

  • またしても役人横文字の政策にうんざり

    またしても役人横文字の政策にうんざり。GOTOキャンペーンだそうな。補助金で観光産業を支援する政策には諸手を上げて大賛成だが、「いい日旅立ち」みたいな情緒と夢とロマンのある名称を広告会社に高額の税を使わずに職員の知恵でつけなさい。「社会的距離」も気に入らない。頭でっかちの優等生の能面ヅラした模範解答みたいで味気ない。「暮らしの間合い」とか「気配りのあわい」といった、雨戸の節穴から差し込む月明かりみたいな、もののあわれのなかに希望を感じる造語を生み出しなさい。文科省も使う確率のきわめて低い英語教育はほどほどにして、日本の古典や漢籍教育に時間をとるべし。日本人に日本を知らしめよ。またしても役人横文字の政策にうんざり

  • 百合が咲く季節

    やはり、百合が咲く季節だった。先週、会社の広い広い倉庫に百合の香りが満ちていた。まわりの民家にたくさん咲いているのだろう。百合の香りにはせつないような悲しいような気持ちになる。母がたいへんお世話になった施設には、いつもきれいに花がいけてあり、季節の香りに満ちていた。特に百合の香りは濃く、あまり親孝行できなかった後悔に、ちょっと気持ちが沈む。(写真は自宅近くにて本日写しましたが、花はアマリリスです)百合が咲く季節

  • 宝瓶(ほうひん)

    せっかくの新茶を、普段よりていねいにいれて飲もうと思い立ち、祖母の遺品の取っ手のない急須である宝瓶(ほうひん)を使ってみた。やはり違うものだなぁ、と新鮮な発見をする。抹茶のような苦みとともに旨味と甘みでさわやかな気分になる。宝瓶は、あまり流通していない茶器だが、注ぎ口を真下に向けて、最後のひとしづくが落ちるまで待つのが日常と違う気分になる。忙中閑ありここにありといった心持ちになる。遺品の宝瓶はどこの産地のものかわからないが、青磁のぐい呑みは波佐見焼のはしんたん窯の手づくりろくろ製。宝瓶(ほうひん)

  • 川端康成の名作「古都」・原作と映画を楽しんだ

    60年近く前の川端康成の名作「古都」を四半世紀ぶりに読んだ。古都の四季や文化を背景に人の心が描かれた物語に引き込まれた。たまたま今年、京都を自転車や徒歩で巡る旅を経験していたので、味わいもひとしおだった。読みながら、映画作品があったのを思い出した。1963年、1980年、2016年の3回映画化されているが、最新のものは原作から派生した別の物語ということなので1980年の山口百恵版を見た。伝統と時代の変化。こまやかな人の情。失われていく在りし日の面影が陰影礼賛の映像世界に刻まれていた。今さらではあるけれども、山口百恵のファンになりました。ゴールデンベストを入手しようかな・・・川端康成の名作「古都」・原作と映画を楽しんだ

  • 満開の桜の下のファンタジックな絵

    ひと月ほど前に、会社の帰りにこのブランコで小さなこども二人を楽しそうに遊ばせているお父さんを見かけて、それはそれはほんわかとした気分になったのを今でも覚えていて忘れられない。満開の桜の下のファンタジックな絵だったなぁ。早くみんなが行きたいところへ出かけられて、楽しく過ごせるようになりますように!(嬉野温泉・鷹巣公園)満開の桜の下のファンタジックな絵

  • 藤棚の贈りものかな

    藤棚の贈りものかなかすかなる香りゆらぎてこころ満たせり藤棚の贈りものかな

  • 手持ちのCDの聴き返し

    今年に入ってから、手持ちのCDを棚の端っこから選ばずに聴き返すことを始めているが、車の中も含めて一日に一枚も聴くことができていない。感動の再発見があったり、何回も聴きたくて五巡六巡することがあったり、その時々の興味でこれまで聴いたことがなかったものをサブスク配信で聴いてみたりではかどらない。三年か四年かければひととおり聴き返すことができるだろうと思う。CDはLPなどのレコードより長くもたないという予測があったが、これまでに二枚だけ鏡面が白っぽく変色する経年劣化で使えないものが出た。振り返ると、CDを買うようになってから三十五年くらいになる。(写真は高校のころ買ったLPをCDで買いなおした渡辺貞夫のボサノバコンサート)手持ちのCDの聴き返し

  • 率先垂範・現在の正義の実践(体温測定)

    このひと月ぐらいでマナーから義務、そして責任へと変化した毎日の体温測定だが、にわか習慣だけにちょっと戸惑いも発生。昨日の昼間に大汗かいて、着替えの予備シャツも時期的に用意してなかったのがたたったのか37度ほどの出社自粛体温になった。ちょいと前までは発熱のうちにも入らず、「気合が足らん」レベルの現象だが、率先垂範・現在の正義の実践で早退してしばらく寝た。久しぶりに水銀タイプの体温計も引っ張り出したが、デジタルと1度違う。「新型」は縁起が悪いが新型の体温計を買うか買わぬか知恵熱の最中だ。(新型コロナウイルス禍)率先垂範・現在の正義の実践(体温測定)

  • うろたえるなよ覚悟の時なり

    不謹慎な投稿かもしれないが、正直なところいくばくかの恐怖の感情はある。歌一首は心の写真。感染の憂い日々つのりゆくうろたえるなよ覚悟の時なり去り行けコロナウイルスうろたえるなよ覚悟の時なり

  • 家へ帰ろう~吉田拓郎~

    新型コロナウィルスの蔓延が止まらない中での非常事態宣言下にあっても、仕事などでどうしても外出しなければならない立場の人も多いです。私もそうです。吉田拓郎の【吉田拓郎】ライブ「家へ帰ろう」吉田拓郎ライブ「家へ帰ろう」【チャンネル登録おねがいします】https://www.youtube.com/channel/UCNew...YouTube「家へ帰ろう」が胸に沁みます。家へ帰ろう~吉田拓郎~

  • 花よ必ずまた巡り来よ

    散り敷きて葉桜の下の道染める花よ必ずまた巡り来よ・・・・・「花は盛りに月は隈なきをのみ……」のフレイズを思い出した散歩道。・・・・・来春は悪しきウィルス根絶しこころゆくまで花愛であわむ花よ必ずまた巡り来よ

  • みやび心のあるならば・・・

    行く人よみやび心のあるならばこの道ばかり回り道せよみやび心のあるならば・・・

  • 時を映す鏡のように花いかだ

    時を映す鏡のように花いかだゆらりと春を運びゆきけり時を映す鏡のように花いかだ

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