江戸の町並みを良く残す川越。小江戸・川越と呼ばれて都心から一時間で行ける立地でもあり、いつもにぎわっています。そんな川越のかつての中心川越城の縄張りです。残念ながら堀は三の丸近くの一カ所を残し全部埋め立てられました。でも全国でも貴重な本丸御殿の一部が残っています。川越城・縄張り
北鎌倉明月院の紫陽花北鎌倉明月院の紫陽花
頑張って早起きしたらしたら、雲のお陰で無装備の僕にも撮れました。金環日食
謹賀新年ご無沙汰しすぎていました、元気にやっています。今年もよろしくお願いします!!2012
芝桜と富士山もう季節は終わってしまいましたね...汗2011.5.6芝桜と富士山
いつか登ってみたいな。20111.05.06追伸ここをいつも訪れてくれている方、地震以来まったく更新せずすいません。少し落ち着いて来たので、また細々とやっていきたいと思います。今後ともよろしくお願い致します。雲の上の南アルプス
菜の花が終わるといよいよ桜の季節。桜の歌はたくさんあるけど、でもその前に梅も忘れないでね.....。2011.2.25母へ、HappyBirthday江戸城の堀に咲く菜の花
高幡不動とは真言宗智山派の「別格本山」のお寺です。成田山新勝寺などとともに、関東三大不動のひとつです。土方歳三の菩提寺である縁から土方歳三の銅像が境内にあります。今でこそ新撰組は幕末武士のヒーローで日野のシンボル的存在ですが、建立には紆余曲折あったそうです。地元有志の間で近藤勇、土方歳三、井上源三郎の銅像建立の話が持ち上がり、設計図もでき、資金の目処もついたところで、市の幹部より暴力団まがいのひとたちの像を建てるのは文化都市日野市にふさわしくないと言われ、計画は一時沙汰止みとなってしまったみたいです。銅像銘文には平成7年11月3日、日野ロータリークラブ創立30周年を記念して建立されたと書いてあります。意外と歴史は浅いのですね。2011.2.1高幡不動・土方歳三像
藤村記念館は、明治8年に巨摩郡睦沢村(現在の甲斐市亀沢)に睦沢学校校舎として建てられたものです。昭和32年までは学校の校舎として、その後昭和36年まで睦沢公民館として活用されてきましたが、老朽化により撤去寸前のところ旧睦沢学校校舎保存委員会の手で昭和41年、武田神社境内に移築復元され、同委員会から甲府市に寄贈されたものです。翌昭和42年には国指定の重要文化財となり、昭和44年から郷土の民俗・歴史・教育・考古資料の展示館として長らく親しまれています。平成2年9月、教育資料館に展示替えを行いました。平成22年10月1日、甲府駅北口に移転しました。この建物の様式は、山梨県令藤村紫朗が積極的に奨励したとされる擬洋風建築であり、明治初期から中期にかけ多くの官公舎、学校、商家がこのような様式で建てられました。県内では、藤村...甲府市藤村記念館
新宿御苑発展を続ける新宿の高層ビルの横に広がる、異空間。公園だと思っているかもしれませんが、実は歴史のある場所なのです。もともとは江戸時代に信濃高遠藩内藤家の下屋敷のあった敷地に、1879年(明治12年)に新宿植物御苑が開設。宮内省(現在の宮内庁)が管理していましたが、第二次世界大戦後は一般に公開され、現在は環境省管轄の国民公園です。玉藻池を中心とする回遊式日本庭園は、内藤家下屋敷の庭園『玉川園』の遺構でもあります。ではそんな新宿御苑で撮った秋の写真たちです。2010.11.23東京散策・秋の新宿御苑
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