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水彩画 「ひろしのあの町あの家」 http://hiroshi60hiroshi.livedoor.blog/

初めてなのに懐かしい。そんな古い町や家が好きです。

 苔むした瓦屋根、磨き抜かれた格子戸、さり気なく置かれた自転車、つい覗いてみたくなるような老舗のたたずまい。  風情ある町や家は、長い時間の経過と、そこに住む人々の日々の営みによって、創りだされるのでしょう。  初めてなのに懐かしい。「ひろしのあの町あの家」は、各地で見つけた心ひかれる家々や風景を描いた水彩画です。

つぶ庵
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瀬谷区
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2008/04/13

1件〜100件

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  • 滋賀県 彦根 「真面目に立つ」

    彦根城から歩いていたら、久佐の辻交差点にこの建物がありました。滋賀中央信用金庫銀座支店、大正7年の建築です。利用者は変わっても100年以上、真面目に立ち続けている感じがします。彦根城でSDカードが満杯。観光案内所で、売っている店を聞てもわかりません。昔、観

  • 滋賀県 彦根市 「彦根城」

    絵の題材はないと思いつつ彦根に寄りました。横浜開港の井伊直弼さんの生まれ育ったところでなので表敬訪問です。城を描くのはブログ開始前の松本城以来です。天守に登った時、階段はやたら狭く急で行列は大渋滞。時間がないと思っても一方通行で戻ることもできません。松本

  • 滋賀県 五個荘 「水」

    金堂地区の白壁とそれを保護する黒い舟板、その下には鯉が泳ぐ水路。石垣の所々に口が開いていて、家の中に水を引き入れています。日本はきれいな水がいつも身近にある、何と恵まれた国なのでしょう。中村桂子氏の本に「生きものとして生きるために不可欠なものは水」とあり

  • 滋賀県 五個荘 「立派な門構え」

    東近江市立五個荘小学校です。古い建物でもなく、ぼくの絵の対象外ではありますが、あまりに立派な門構えなので描きました。旧八幡東学校のように「近江商人が私財を出しあって」は今は無いにしても、教育環境に注ぐ意気込みは、連綿と続いているのかも知れません。金堂地区

  • 滋賀県 五個荘 「なぜ羊が」

    旧藤井彦四郎邸に行ってきました。大きな邸内にはこんなログハウスもありました。2015年の映画「日本のいちばん長い日」のロケで阿南陸軍大臣(役所広司)の邸宅として使われたそうです。絵を描いて初めて羊の置物に気づきました。そうだ!彦四郎さんはスキー毛糸の創業者だ

  • 滋賀県 五個荘 「3棟の蔵」

    先週の絵は、この蔵の前から左側の建物を描いたものでした。この周辺は大きな屋敷ばかり。歩いていては見えない塀の中はどうなっているのか、グーグルマップで見てみました。この蔵の奥には大きな母屋と庭が広がります。そして角を囲むようなこの3棟の蔵の中にはいったい何

  • 滋賀県 五個荘 「電柱電線を省く」

    近江線で日野駅から五箇荘駅に向かいました。五個荘も近江商人発祥地の一つですが、近江八幡や日野とはまた違う雰囲気です。ここ金堂の保存地区は、左の水路に綺麗な水が流れ、鯉もいるとか。正面建物の塀には武骨な舟板が使われています。琵琶湖の舟の廃材利用。さすが無駄

  • 滋賀県 日野町 「旧野口写真館」

    日野の町で初めて見た洋風の建物です。これは旧野口写真館、地元の人々のがんばりにより解体寸前で残され、今は保存会によって維持・管理されています。そのお陰で絵が描けました。ここは、日野の人が折々の記念に写真を撮った場所。この写真館でカメラを構えた野口さんとそ

  • 滋賀県 日野町 「正野玄三」

    左側の塀にある2つの窓が桟敷窓。普段はこんなに地味です。右側に少し見える立派な漆喰の建物は旧正野玄三薬店だった「日野まちかど感応館」です。正野玄三は行商人から医者になり、彼の作った合薬「感応丸」は日野の主力商品となりました。桟敷窓のために描いたこの家も、

  • 滋賀県 日野町 「桟敷窓」

    日野商人街道では、これまた立派なお屋敷が並んでいます。この蕎麦屋さんは明治の建物をリノベートしたもの。奥にも建物・庭・蔵がつながり、さすが日野商人の家です。蕎麦と天丼セットが美味しかった。日野の特徴は赤い毛氈の掛かった桟敷窓。馬見岡綿向神社の例祭を見るた

  • 滋賀県 日野町 「全方位外交」

    日野駅から自転車で町中へ向かう途中、道路沿いにあった立派な蔵です。もともとは大きな屋敷の片隅にあったのでしょうが、今は、敷地の大部分は建設会社の建物になっています。蔵の壁で目立つのは、カビの汚れと派手な政党ポスター。普通、支持政党だけを張るのでしょうけれ

  • 滋賀県 日野町 「飛び出し注意!」

    これも日野に向かうバスからの風景。それほど広くないクネクネ道路。乗用車などとのすれ違いはいいのですが、バスなど大型が来ると端によってお互い速度を落とします。でも対向車のないときには結構なスピード。ぼくは左側一番前の席に座ったので、家が近くに迫りちょっと怖

  • 滋賀県 日野町 「好きな構図」

    これは、近江八幡駅から日野駅に向かうバスの中から見た風景です。奥に山、途中に家、手前には田畑が広がる景色です。今回、山や家が近いせいか広々感に欠けますが、ぼくの好きな構図です。下記URLは、今まで描いたそんな構図の絵の一部です。 http://hiroshi60hi

  • 滋賀県 近江八幡 「歴史的建造物保存地区」

    近江八幡の新町通りです。正面は八幡山、手前山裾に八幡堀が回り込んでいます。堀周辺も新町通りも歴史的建造物保存地区になっています。外観だけとはいえ住む家に規制がかかる保存地区。仕事も資金力も変わり、ましてや今風に建てたい人もいるはず。このような歴史的な町並

  • 滋賀県 近江八幡市 「甍の波」

    6月15日アップの旧八幡東学校の2階から見た景色です。瓦屋根の家が沢山あって嬉しくなります。それもそのはず、ここは八幡瓦と言って300年前からの瓦の産地のだったのです。本瓦から、今どこでも使われている波型の桟瓦を発明したのも、近江の西村半兵衛だとか。遠くには

  • 滋賀県 近江八幡市 「旧八幡郵便局」

    これは旧八幡郵便局です。大正10年築、昭和35年まで局舎として使われていたそうです。屋根には鬼瓦のようなものが見えて和洋折衷。ヴォーリズの設計ですが、ちょっと風変わりな洋館と思いました。大正11年改正の郵便局員の制服はこんな感じ。配達員は徒歩だったのでし

  • 滋賀県 近江八幡 「ヴォーリズ学園」

    記念館のすぐそばにヴォーリズ学園があります。ヴォーリズらしいシックで落ち着いた建物です。今年で100周年のヴォーリズ学園は、幼稚園から始まり、現在は小中高の近江兄弟社の教育施設となっています。芝生の通路を歩いていたら、男子生徒とすれ違いました。観光客のぼ

  • 滋賀県 近江八幡 「ヴォーリズ記念館」

    この記念館はヴォーリズが住んでいた家です。彼は建築家でメンタームの近江兄弟社を作った人です。アメリカから一人日本に渡り、1600件もの建築設計をしながら、キリスト教の布教や社会活動にすべてを捧げました。生涯私有財産を持たなかったとか。信仰心というか、心の在り

  • 滋賀県 近江八幡市 「たねや日牟禮乃舎」

    「たねや」は横浜高島屋にもあります。そこでよく最中を買います。皮と餡がセパレート、餡を皮で挟んでる最中(さいちゅう)に最中に変身。なので皮はパリパリ、餡しっとりの美味しさです。日牟禮八幡宮脇の「たねや日牟禮乃舎」、古い建物ではないですが好みの佇まいです。

  • 滋賀県 近江八幡市 「八幡掘」

    湖東でのスケッチも終わり、これからは立派な?アトリエでの制作です。以前、妻がに行った近江八幡の話を聞いてから、いつか行こうと思っていました。この八幡掘、ヴォーリス記念館、いつもお世話になっている「たねや」さん!日牟禮八幡宮の鳥居を抜け、白雲橋に立てば、写

  • 滋賀県 長浜 「分福茶屋」

    湖東最後の予定の長浜です。「近世城下町ふるさとまつり」とも重なり、すごい人出です。スケッチは無理と思い、町中を散策。老舗の親玉本店で饅頭を買い、元両替商の立派な文泉堂で軽く食事。またひと歩きし、疲れたので広場の椅子に腰を下ろしました。顔を上げるとこの文福

  • 滋賀県 彦根市 「玄宮園」

    城の絵を描かないぼくは、彦根城に行くかどうか迷いました。横浜の掃部山公園の直弼像とも親しいし、国宝だし、やはり予定に入れました。天守に登った後、この玄宮園に。券売所には10人程の初老の男女のグループ。砂利道では男性陣が車椅子の女性をサポート。クラス会の雰

  • 滋賀県 日野町 「日野駅」

    日野駅前の食堂松喜園さんで「自転車貸してください」と声を掛けると、おばあちゃんが出てきて「これ使って、1時間100円」「何か書かなくていいの?」「いいよアバウトだから」近江八幡では、身分証明・住所・氏名・携帯番号を書き、パンク時の注意など受けたのに、何と

  • 滋賀県 日野町 「水田風景」

    2日目の午前は、多くの豪商を出した日野に行きました。近江八幡駅からバスに乗り、一番前の席を陣取り、右に左にカメラを向けていました。通学の生徒には見飽きたような田園風景なので、ちょっと変なおじさんに思われたかな。町は立派な家が多く、写真は沢山撮りましたが、

  • 滋賀県 近江八幡市 「旧八幡東学校」

    近江八幡では、ヴォーリズ記念館など町中を自転車でくまなく走り回りました。足は疲れていましたが、まだ時間があります。八幡宮の鳥居にもたれながら、この大きな洋館を描きました。明治10年、近江商人によって建てられた旧八幡東学校です。さすが近江商人、金の使い方を

  • 滋賀県 近江八幡市 「八幡堀」

    2泊3日で琵琶湖へ行ってきました。近江八幡、日野、五個荘、彦根、長浜です。切符やホテルを準備した2週間前の天気予報は雨ばかり。雨天決行のつもりが、一転3日間ともさわやかな五月晴れ。何処を歩いても日本瓦が続きテンションが上がりっぱなし。スケッチも6枚描けま

  • 神奈川県 鎌倉市 「tsuu」

    日蓮上人辻説法跡近くにある建物です。ぼくが鎌倉で見た蔵の中では一番立派です。明治時代の蔵のようで、1階周りは増築したのでしょう。現在はカフェ&ギャラリー「tsuu」です。ぼくは鎌倉通でも食通でもないので入りませんでしたが、きっと落ち着いた雰囲気の店だと思いま

  • 神奈川県 鎌倉市 「白日堂」

    長谷駅から力餅屋までの地図を頭に入れていたので、自信を持って歩き出しました。もう大きな道路(藤沢鎌倉線)に出てもいいのに?出ない。何と、反対の山側に向かって歩いていました。そのお陰と言っては何ですが、この鎌倉彫の白日堂に出会いました。NO WARの張り紙と北条

  • 神奈川県 鎌倉市 「旧華頂宮邸」

    今回は段葛より東側を歩きました。絵にはならないけど、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も見ているので史跡も回りました。義時邸跡の宝戒寺、頼朝や義時それぞれの法華堂跡にも行きました。昔を偲ぼうと思っても、出てくるのは大泉洋や小栗旬の顔だけです。目的地のこの旧華頂

  • 神奈川県 鎌倉市 「力餅屋」

    前回の鎌倉の見学リストから外れていた力餅屋さんに行ってきました。初めて目にする店は本当にこじんまりと質素です。しかし300年続く老舗中の老舗の実力はさすが。10個入りの権五郎餅を買い、家で食べました。よもぎ餅の風味と歯ごたえ、餡の上品さ、良心的なお値段、

  • 神奈川県 平塚市 「蒔絵工房 NAMIKI」

    「八幡山の洋館」の近くに、パイロットの平塚工場があります。ここも旧海軍火薬廠の跡地で、大正期のこのレンガ棟は海軍の名残です。今は、創業者の並木さんの名を冠した「蒔絵工房 NAMIKI」として、万年筆に蒔絵を施す工房となっています。妻が予約した時間に合わせ工房へ。

  • 神奈川県 平塚市 「八幡山の洋館」

    これは平塚八幡宮のすぐ横にある「八幡山の洋館」です。八幡宮の北側は、戦前42万坪もあった海軍の火薬廠でした。明治38年イギリスの火薬会社3社出資による火薬製造所としてスタート。この洋館はイギリス人支配人の執務室と住居だったとか。その後、海軍を経て横浜ゴム

  • 神奈川県 小田原市 「箱根病院」

    箱根繋がりで小田原市風祭にある箱根病院の旧管理棟です。明治40年東京に作られた傷病兵のための病院が、昭和11年にこの風祭に移転。「箱根病院のあゆみ」を見て驚いたのが、傷痍軍人の入院終了が平成20年。戦争はいかに長い間、人の体も心も苦しめることか。ロシアの

  • 神奈川県 箱根町 「強羅駅」

    強羅駅、箱根登山鉄道はスイスのレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道です。ボディも同じ赤で、車両の名前もサンモリッツ号、ベルニナ号など。レーティッシュ鉄道といえばラントバッサー橋を思い出します。有名な橋を撮ろうと車窓から頭を出しカメラを構えても全景は撮れません。1

  • 神奈川県 箱根町 「カフェ・ド・モトナミ」

    明治20年頃、富士屋ホテルは塔ノ沢から宮ノ下まで、人力車の走れる道路を造りました。箱根の国道1号線は民の心意気でできたのですね。大正3年にはアメリカ製のバスを買って「乗り合い自動車」を運行。ホテルの向かいのこの建物は、かつての乗合バスの待合所。2階は喫茶

  • 神奈川県 箱根町 「山田屋物産店」

    富士屋ホテルの隣にある山田屋物産店です。店内には寄木細工や陶磁器などが並び、江戸時代から18代も続いている老舗だそうです。江戸時代の箱根の温泉はどんな使われ方をしたのでしょう。箱根の宿場は芦ノ湖畔の箱根宿。旅人だって大名だって、温泉のある七湯方面に泊まり

  • 神奈川県 箱根町 「芝商店」

    富士屋ホテルすぐ近くの芝商店。いつも、絵にいいなーと思いつつ、車で通過するだけで、描きそびれていました。外国人観光客相手に始めた明治創業の古美術店だそうですが、ぼくの知る限り店の前で外国人を目撃したことはないのです。ちょっと覗きたいけれど入りにくい。そん

  • 神奈川県 箱根町 「富士屋ホテルミュージアム」

    花御殿の地下には、資料展示室が一新されたミュージアムがあります。富士屋ホテルの140年の歴史を見ることができます。そこに展示されていた昔の洗面ボウルです。側面まで凝ってます。このような高級ホテルは見て楽しむだけで、一人スケッチ旅行はいつもビジネスホテルで

  • 神奈川県 箱根町 「富士屋ホテル花御殿」

    富士屋ホテルの花御殿、やたら目を引く昭和11年築の建物です。3階には各国の署名人が泊ったという格天井のスィートルーム。格天井で思い出すのは、やり過ぎではと思うほど豪華絢爛な日光東照宮本殿です。3代目社長の山口正造は日光金谷ホテルの息子さんですからね。意識

  • 神奈川県 箱根町 「富士屋ホテル洋館」

    大改修をした富士屋ホテルを見に行きました。玄関前に立ち、建物群を見回すと、まず目に飛び込んだのがこの白い洋館。「こんな立派な洋館あったっけ?」が夫婦の第一声。以前、レストランには入ったのですが、そこからは見えなかったのでしょうか。この唐破風の付いた洋館は

    地域タグ:箱根町

  • 神奈川県 箱根町 「宮ノ下」

    鎌倉を離れて箱根です。コロナ感染が収まっていた昨年の暮れに強羅温泉に行きました。11月12月は貴重な2カ月でした。近場だけれど鎌倉と箱根のプチ旅もでき、絵の題材も仕入れられました。ここは宮ノ下、子供が小さい頃には車で何度この道を通ったことか。今、老夫婦は登山

  • 神奈川県 鎌倉市 「柴崎牛乳本店」

    町中で時々見かける牛乳販売店ですが、これはただならぬ風貌。この柴崎牛乳本店は明治22年の創業で、牧場を持ち牛乳を生産販売をしてきた本格派。戦後は明治牛乳の販売店になったとのことですが、建物は昭和12年築、さすが老舗の風格です。以前にも、明治牛乳の販売店の

    地域タグ:鎌倉市

  • 神奈川県 鎌倉市 「蔵風の古い蔵」

    鎌倉駅近くにこんな蔵が残っていたのかと疑いつつ写真を撮りました。立派な棟瓦と軒瓦の赤茶けた古い瓦と新しい瓦の混在から時代を感じます。しかし、蔵造りで一番目を引く窓の重厚な観音扉がやたら薄い。このモヤモヤを調べたら、かつ屋以前は饅頭の老舗松風堂。関東大震災

  • 神奈川県 鎌倉市 「鎌倉栄光教会」

    鎌倉駅から古我邸に行く途中にあった建物です。洋館のある住宅かなと思ったら十字架が。いつでも誰でも入れる感じではなさそうだし、一見、教会というより個人的な礼拝堂に見えました。ヨーロッパの王族や貴族の屋敷には礼拝堂があるので、ここにあってもおかしくないのかと

  • 神奈川県 鎌倉市 「湯浅物産館」

    段葛から見えるこの店は昭和11年に建てられた看板建築です。正面には右から「物産貝細工製造卸湯浅商店」と書いてあります。貝細工で思い出すのは小学校の遠足。「貝殻で飾られた小さな鏡」は祖母への江の島土産。決められた100円のうち何と80円。今考えると、嫁姑の立ち位置

  • 神奈川県 鎌倉市 「古民家スタジオ・イシワタリ」

    この建物は、材木商の石渡吉隆さんが昭和2年に建てました。今はカメラマンのお孫さんが古民家スタジオとして使っています。道路越しの歩道から邸宅全景をカメラに収めたかったが引きが足りず、砂利敷きの空地まで後ずさり。突然「うちの敷地だから入らないで!」「ケチ!」

  • 神奈川県 鎌倉市 「萬屋」

    長谷寺近く、珍しく古い家が2軒並んでいました。暖簾の掛かっている家は、商家の建物を利用し結婚式場にした萬屋さんです。狭い間口の建物、ここで結婚式や披露宴ができるのかと思いましたが、地図で見ると昔の家らしく間口の4倍以上の奥行きがありました。昔を残し今風に

  • 神奈川県 鎌倉市 「鎌倉文学館」

    昭和11年、旧加賀藩の前田家の別荘として建てられ、昭和58年に鎌倉市に寄贈され鎌倉文学館となりました。現在の前田さんちが知りたくなりました。当主は18代前田利祐氏。平成13年愛子内親王の「浴湯の儀」では徳川宗家当主と前田家当主の2人で「鳴弦の儀」を執り行った

  • 神奈川県 鎌倉市 「對僊閣」

    正面に見えるのは長谷寺、左は明治から続く旅館の對僊閣(たいせんかく)です。この建物は震災後の昭和2年に建てられ、高浜虚子のホトトギズの会や与謝野晶子も使ったとか。ガラス越しに中を覗いてみると、正面に大きなホールクロック。針は止まっていても、このアンティー

  • 神奈川県 鎌倉市 「鎌倉レンバイ」

    若宮大路に面した鎌倉市農協連即売所です。鎌倉ではやたら目を引く一角。この市場は昭和3年、外国人牧師の話をヒントに、農家が作った野菜を直売するための場所。今ではパン屋、ケーキ屋、焼き鳥屋などの店もあり、知る人ぞ知る「鎌倉レンバイ」です。アジアの旅行で、市場

  • 神奈川県 鎌倉市 「餃子」

    2階はやたら狭いし屋根は3層、どんな目的で建てたのでしょう。現在は天山という餃子製造直売所。建物もセルフレジもユニークです。この絵を描いた日の夕飯は餃子にしました。ぼくの餃子造りも苦節10数年、研究を重ね、今では得意料理となりました。その日の餃子は、庭の

  • 神奈川県 鎌倉市 「寸松堂」

    昭和11年築の鎌倉彫の寸松堂です。できた時にはご近所さん、びっくりしたでしょうね。今でも充分インパクトのある建物ですから。鎌倉彫の器はどの家にもあったでしょうし、鎌倉彫を趣味にしている方もいるし、当然、鎌倉には鎌倉彫の店が沢山あります。廃仏毀釈で失業した

  • 神奈川県 鎌倉市 「古我邸」

    門の奥には広い芝生、そのまた奥の高台に建つ大きな洋館は、大正5年築の古我邸です。ぼくが門前に立っていると若い男女が出てきました。その服装がまさにモボとモガ。この洋館にしっくり溶け込んだ2人にちょっと感激。結婚式に向けての撮影会だそうです。非公開だったこの建

  • 神奈川県 鎌倉市 「THE BANK」

    由比ガ浜大通りにある1928年築の旧鎌倉銀行由比ガ浜出張所です。銀行は1945年に閉店、その後は色々なものに使われていました。2000年に渡邊かをる氏と片山正道氏が「竣工当時、銀行でなくバーだったら?」とのコンセプトで作ったのが、この「THE BANK」。建物だけでなくその

  • 神奈川県 鎌倉市 「三河屋本店」

    八幡様の鳥居前の明治から続く酒屋の三河屋本店です。三河屋といえば、ぼくの子供の頃、近所にあった酒屋さん。樽の中の味噌の三角錐に見とれ、立ち飲の大人たちがつまむ三角袋に入ったピーナッツに憧れ、ミゼットの荷台の乗せてもらった心地良さ。ぼくが一升瓶を棚から落と

  • 神奈川県 鎌倉市 「鶴岡八幡宮」

    鎌倉といえば八幡様。狛犬がマスクをした二の鳥居から段葛を歩き三の鳥居まで来ると境内は人人人。写真だけを取って次の場所へ移動。昔は休日の朝早く、鎌倉へよく車で来ました。参拝客は一人もおらず、境内は神職の竹箒の音だけ。静かで気持ちがいい、結構好きな空間でした

  • 神奈川県 鎌倉市 「板金屋」

    何年振りかの鎌倉は、コロナ収束で遠足らしき小中学生で溢れていました。鎌倉らしくはないのですが、長谷寺近くの板金屋さんです。若い人は見向きもしませんが、歩道を歩いてきた老紳士は店の前で足を止め、中を覗き込んでいました。スケッチをしているぼくの前を通った老夫

  • 東京都 中央区 「トイスラー記念館」

    先週、終活のお仕事で築地本願寺に行っていきました。そのついでに周辺を散策しました。この建物は、聖路加国際病院旧舘の傍に移築された病院創始者のトイスラー記念館です。聖路加は「せいろか」と言っていますが、職員たちは「せいルカ」と呼んでいる人が多いそうな。福音

  • 神奈川県 横浜市 「ドックヤードガーデン」

    先週の白村江と一緒に出てきたスケッチ、みなとみらい21地区にある120年前に作られた石造りのドックです。このスケッチを描いたのは今から10年前、すでにぼくは退職。働いていたころも今も、会社はこの地区で多くの仕事をしています。そのまた20年前は、横浜博覧会

  • 韓国 扶余 「白村江」

    この絵は、どこを描いたのだろう?日本の風景ではなさそうだ。中国かな?画用紙裏側の年月日を見ると、その時期の旅行先は韓国。「韓国王朝街道を行く」ツアーで川といえば白村江です。そうだ、こんな感じの小さな船に乗って落花岩を見に行ったっけ。唐・新羅軍に負けた百済

  • 山形県 酒田市 「山居倉庫」

    本棚の中からクリアーファイルに挟んだ古い絵が出てきました。現地でのスケッチで、ブログに載せていないものも数枚。現地ではいつも先を急いでラフなのですが、この山居倉庫は比較的しっかり描けてます。2005年の古い絵です。旅先では夫婦別行動が常。ぼくは朝早くから、こ

  • ドイツ ローテンブルグ 「旧市庁舎」

    また突然飛んでのローテンブルグ、ドイツでは一番印象深い街です。これは旧市庁舎。2013年10月2日のブログでは、この塔の上から見た街並みの絵と塔に上る顛末を書きました。そうだそうだと読み返し、その時には書かなかった階段での転倒を思い出しました。220段の階段、帰

  • 神奈川県 小田原市 「倭紙茶舗 江島」

    小田原にある創業350年の江島さんです。和紙と茶の店。前に立ち建物を見上げると圧倒されるような重厚さです。先日の「だるま料理店」と同じく、関東大震災で壊滅。そんな中、昭和の初めに経営も建物も再興した店が、古き良き風情を醸し出していて、絵に描きたくなるので

  • インド エローラ 「ロマンスグレー」

    8月は、青春18きっぷでスケッチ旅行へ行く予定が、コロナ感染拡大でまたも断念。今週は突然西インドへ飛びます。巨大な彫刻建築にびっくりしたエローラ、その近くの店です。冷たい飲み物やお菓子等を売っているようです。左の小さな男の子がお菓子の前で思案中。店中には

  • 長野県 小諸市 「渡辺作意商店」

    8年前に行った小諸、今も続いているのか心配になるような店構え。ところがHPを見たら、ワタサクの名で地元農業を下支えし農家に愛される会社とお見受けしました。農業機械の大展示会はお祭りの様。若い人も乗りたくなるようなデザインのトラクターや、50年以上現役の機械

  • 神奈川県 小田原市 「だるま料理店」

    小田原にある「だるま料理店」です。明治から続く店で、この建物は関東大震災後の景気の良かった時期に贅を尽くして建てたとか。一度入りましたが、天丼の味より天井の高さに感心した覚えがあります。ぼくが撮った写真だけでは、よく分からない箇所があるとストリートビュー

  • 石川県 奥能登 「松波酒造」

    横浜の洋館ばかりだったので、日本の瓦を描きたくなりました。5年前の奥能登の写真の中に、赤い瓦の松波酒造を見つけました。行った時は大雨で、この景色も霞んでいました。でも、絵ではせめて曇りに。絵になる酒造元を描き「ここの酒は!」なんて、うんちくを傾けられれば

  • 神奈川県 横浜市 「インド水塔」

    山下公園にあるインド水塔です。関東大震災で被災したインド人への援助に対し、在日インド人協会から寄贈されたものです。今は衛生上の理由から水は出ませんが、震災から100周年の2023年に向けリニューアルとのこと。異文化の建造物はいいですね。こんな小さなターバ

  • 神奈川県 横浜市 「成田山 横浜別院」

    野毛山の崖の上に建つ成田山横浜別院です。勤めていた頃は、この長い階段を何度上ったことか。会社から近かったので、仕事の事、病気、子供の受験等々、苦しい時の神頼みならぬ、お不動様頼みでした。なぜ、成田山なのか?子供の時、親に駄目といわれていた動力付き模型を、

  • 神奈川県 横浜市 「 la banque du L&A」

    この建物は、大正10年、露亜銀行の横浜支店としてに建てられたものです。その後、ドイツ領事館等いろいろ所有者も代わりました。ぼくが知っているのは朽ちた警友病院別館。それが、いつの間にか結婚式場「 la banque du L&A」として新品同様に生まれ変わっていました。こ

  • 神奈川県 横浜市 「中華街の緑」

    横浜中華街です。ここも描こう描こうと思っていて描かず仕舞いの街並みです。人も看板も色も賑やかすぎて、描く前から戦意喪失でした。今回、描こうと思ったのは、緑が珍しかったから。いままで、なぜ木があることに気付かなかったのだろう。現役時代の中華街は夜ばかり、退

  • 神奈川県 横浜市 「中国食堂」

    横浜海岸教会から中華街へ向かって歩き始めたら、すぐこの店に遭遇。現役時代、同僚と昼食によく通った関内の「中国食堂」と同じ名前です。退職後、その店を訪ねた時には、すでに無くなっていました。もしやあの店の再来?と期待し、開店時間を見計らい戻ってきました。注文

  • 神奈川県 横浜市 「JACK CAFE]

    ここは先週のスカンディアの隣にある JACK CAFEです。こちらはハンバーガーやホットドックなどアメリカ風のようです。描いていて気が付いたことが2つ。目立つビール瓶が以前はハイネケンでしたが、今は店名の入ったラベルに。また、市松模様がお好きなのか自販機まで。鬼滅

  • 神奈川県 横浜市 「レストラン・スカンディア」

    大桟橋の入り口にある横浜貿易協会ビルです。1929年築で当時流行のスクラッチタイル張り、角地でもあり目立ちます。1、2階はレストラン「スカンディア」で、60年近くも続く北欧料理の老舗です。いつも描こうと思いつつ描かず、食べようと思いつつ食べずじまいでした

  • 神奈川県 横浜市 「旧英国領事館」

    海岸教会と同じく開港広場公園に面して建っている旧英国領事館(横浜開港資料館)です。この公園に来ると、旧領事館や海岸教会を描いている絵のグループをよく見かけます。10数年前、ぼくもドアだけを描きましたが、全景はもっと大昔です。木で隠れてしまうのが嫌だったの

  • 東京都 千代田区 「ワクチン接種と平川門」

    今週のあの家は、普通の家とはちょっと訳が違います。沢山の門やお堀に囲まれた大きな家です。ここは北側の平川門です。ぼくの住む横浜市は、コロナワクチン接種の予約がなかなか取れません。妻は1回で予約できたのに、ぼくは何度やってもダメ。諦めて21日に大手町の自衛

  • 神奈川県 横浜市 「横浜海岸協会」

    開港広場公園の隣にある横浜海岸教会です。明治元年からこの場所で布教活動を続けているのがすごいです。建物は1932年築ですが、今も礼拝の5分前に関東大震災にも耐えたというニューヨーク製の鐘が鳴ります。現在は大きなビルに囲まれた教会ですが、絵ではビルを省略。

  • 神奈川県 横浜市 「横浜3塔」

    赤レンガ倉庫の裏に回りました。大桟橋に大きな飛鳥Ⅱが停泊、ビル街に目をやると、何と!横浜3塔がしっかり見えるではありませんか。ここからの3塔はバランスがいい。今のビルに埋もれないように、着色は3塔と緑地だけにしました。よかったら、以前に描いた3塔もご覧く

  • 神奈川県 横浜市 「赤レンガ倉庫」

    大きすぎて今まで描かなかった赤レンガ倉庫です。桜木町駅から赤レンガ倉庫へは、汽車道を歩いて向かいました。描くのは部分か全体か?結局、サークルウォークの歩道橋からの全景にしました。ここに来ると思い出すのが、この倉庫前のホームに止まる1両の貨物車です。近くに

  • 神奈川県 横浜市 「旧英7番館」

    山下公園の通りに面した戸田平和祈念館です。創価学会の大きな建物の一部のようで、見過ごすこともありますが、外国商館としては現存する唯一の建物だそうです。1922年(大正11年)イギリス系商社の事務所としてに建てられた一部です。来年は祝100周年ですね。パチ

  • 神奈川県 横浜市 「イギリス館」

    このイギリス館は1937年(昭和12年)に英国総領事公邸として建てられました。ぼくが珍しく見た映画「英国王のスピーチ」のジョージ6世が、即位した次の年です。世界の中でイギリスの占める比重は下がってますが、ビートルズやMr.ビーンを生んでくれただけでも、ありが

  • 神奈川県 横浜市 「旧富士銀行」

    本庁通りとゲートのある馬車道通りの交差点にある旧富士銀行です。1929年に安田銀行横浜支店として建てられ、戦後は富士銀行横浜支店、みずほホールディング傘下後、横浜市へ売却。2005年に東京芸術大学の映像部門の校舎となりました。90年以上生き延びたこの建物

  • 神奈川県 横浜市 「べーリックホールの窓」

    3月3に掲載したべーリックホールです。2階左側の窓が今日の話です。べーリックホールの2階の窓です。この花形の窓は単なる明り取り、開かないと思っていましたが、四角い部分が開いてます。それも縦回転、横回転じゃダメだったの?なんて考えてしまいます。こうなると、

  • 神奈川県 横浜市 「交通インフラ」

    これは馬車道十番館に移設された牛馬が水を飲むための水槽です。馬車が通る道では今のガソリンスタンドのように必ずあったのでしょね。馬車道は、横浜港(今の万国橋付近)から外国人居留地入口(吉田橋)を結ぶ道の一つとして1868年に開通したそうです。道路の拡幅やガス灯

  • 神奈川県 横浜市 「グリル・エス」

    これは関内にある「グリル・エス」という小さな老舗レストランです。妻がこの絵を見て「ブロッコリーの茎を食べるのは、このお店のサラダで教わったのよ」と。わが家では、茹でて酢醤油に漬けたブロッコリーの茎は長らく定番料理です。この店からのヒントだったとは。一度だ

  • 神奈川県 横浜市 「日本郵船歴史博物館」

    この建物は、1936年に日本郵船株式会社の創業50周年記念に建てられ、2003年に改装して日本郵船歴史博物館となりました。16本の列柱は時代に逆行するようにも思えますが、船会社は船荷証券など信用取引、あえて銀行のように威厳を持たせたのでしょうか。日本郵船

  • 神奈川県 横浜市 「氷川丸」

    昭和5年に日本郵船がシアトル航路用に建造し、戦中戦後も活躍した氷川丸です。山下公園からみると、こういう風に後ろ姿なのです。船は航海に出なくなっても、海を睨んでた方がかっこいい。でも、いまだ氷川丸の船内見学をしたことがありません。その代わり?海岸通りの日本

  • 神奈川 横浜市 「ホテルニューグランド」

    関東大震災のがれきを埋めたてた山下公園の前に、昭和2年に建てられた老舗ホテル「ホテルニューグランド」です。マッカーサーや大佛次郎でも有名ですが、ナポリタンもこのホテルが発祥とか。パスタは好きでよく作りますが、1年程前に初めてナポリタンを作ってみたら意外な

  • 神奈川県 横浜市 「ガンダム」

    「もしかして、見えるかな?」と港の見える丘公園に行きました。遠く山下ふ頭にガンダムが小さく見え、実物の大きさが分かります。大きなガンダムと違って、ぼくのヒーローは月光仮面。バイクに乗り人間サイズなのに強い。風呂敷のマントを翻し、高いところから真似して飛び

  • 神奈川県 横浜市 「山手十番館」

    先週の山手資料館の話に出てきたレストランの山手十番館です。この建物は昭和42年に明治100年を記念して建てられました。50年以上も経ち、古い洋館の並ぶ山手大通りに、しっかりと馴染んでいます。友人の息子さんも、ここで結婚披露宴を行いました。このまま大事に使

  • 神奈川県 横浜市 「山手資料館」

    外国人墓地の前、山手十番館の敷地内に移築した山手資料館です。周辺の山手の洋館とは違い、ずん胴でなにか物足りなさを感じていました。明治42年築だそうですが、大きな和の住宅に付属した洋館で、出入りも和室から。そう聞くと、この小ささも納得です。山手十番館は、1

  • 神奈川県 横浜市 「べーリックホール」

    これは、イギリス人貿易商ベーリックさんが昭和初期に建てた住宅です。中に入ったのは15年ほど前。各部屋は広々として、床のタイル模様や壁の色、花のような窓枠など、どれも華やかで凝っています。ベーリックさんが特に気を配ったのは夫人の部屋。里心がついて帰国したく

  • 神奈川県 横浜市 「ブラフ18番館」

    この建物は大正末期に外国人住宅として建てられ、その後、山手カトリック教会の司祭館として使われ、平成5年にイタリヤ山に移されました。この日は、JR石川町駅からの出発。ホームから見える外交官の家とブラフ18番館を目指してブラフ(切り立った崖)をブラブラ上れば、

  • 神奈川県 横浜市 「外交官の家」

    今週も先週と同じ外交官の家。先週はベンチに座ってのスケッチでしたが、庭に入った時、ベストと思ったのがこのアングル。ここにはベンチがなかったので、家の椅子に座ってもう一度描きました。この建物は明治の外交官内田定槌氏の邸宅。横浜市は孫から寄贈を受け、世田谷か

  • 神奈川県 横浜市 「外交官の家」

    昨年末、山手・関内に絵の題材求めて写真を撮りに行きました。しかし、山手の洋館群は年末年始の休館で敷地内に入れなかったのです。緊急事態宣言中ではありましたが、前回入れなかった洋館を回ってきました。人は少なく、ほとんどが犬を連れた地元の人のようでした。写真を

  • 神奈川県 横浜市 「山手カトリック教会」

    山手カトリック教会、さすが威風堂々です。当初、横浜居留地に建てられ、その後山手に移り、この建物は関東大震災後の昭和8年に出来たものです。左端が建物正面ですが、今回は広い駐車場のある脇から。左側斜向かいにはフェリス女学院あります。アメリカの宣教師が作ったの

  • 神奈川県 横浜市 「ペンキ」

    先週の234番館の右隣にある喫茶店「えのき亭」の窓です。ぼくは木造洋館のペンキの風合いが好きです。大事、大事に何度も塗り重ね、表面の凸凹は年輪のように見えます。わが家でも、自作のウッドデッキ、郵便受け、表札の柱などは毎年塗り重ねています。特に、以前紹介し

  • 神奈川県 横浜市 「234番館」

    昨年末の29日、カメラをもって山手と関内を駆け足で回ってきました。いつも賑わっている山手本通りは、洋館群も年末年始休暇に入りとても静かでした。大きな犬を連れて歩く地元の人くらい。これは外国人向け共同住宅だった234番館です。以前スケッチしたときには、手前

  • 神奈川県 横浜市 「勝烈庵」

    これは勝烈庵です。棟方志功の筆によるこの暖簾(ぼくの筆ですが)を何度くぐったことでしょう。次女の誕生月には毎年、勝烈庵で家族が集合。自慢のとんかつを食べた後は、先週アップした隣の馬車道十番館でデザート、という流れです。現役時代のランチでも勝烈庵系列の店、

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水彩画 「ひろしのあの町あの家」
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