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  • 大和ジブクレーン

    フジミさんの大和のジブクレーンがいまいちなので、プラ材でディテールアップをしました。30分ほどで完成です。大和ジブクレーン

  • 大和塗装

    大和の塗装に入りました!組み立て同様、舷側の小さな副砲があるわけでもなく武装関連も塗り分けが楽ちんでホイホイ作業が進みます。しかし、後方に写っている船体ですが、船体の中央部の舷側が外側に広がっているために、普通にはめてみると艦底の真ん中部分が落ち込んでしまうという始末。船体中央部を強引にクランプで締め上げると、前の部分が上下に離れようとするために写真の様に前2本、真ん中1本のクランプ3本使用しての作業になりました。この頃のフジミさんのキットのプラ材質は軟らかい事が影響しているのか、経年のせいなのか不明ですが、ちょっと手こずりました。大和塗装

  • 大和順調

    大和は艦橋、武装がコンパクトにまとまっているので、もうここまでの形になりました。部品番号でパーツを探すより、形で探した方が早い!大和順調

  • 瀬戸内海汽船「銀河」

    2009年4月5日に撮影したクルーズ船「銀河」です。後方には、「しまなみ海道」の橋が見えます。左奥には、今は廃路になってしまった中四国フェリーが写っています。「銀河」は白い船体のイメージでしたが、薄い緑の塗装もレトロっぽくていい感じです。「銀河」も昨年の12月25日をもって運行が終了してしまいました。手軽に海をクルーズできる船がなくなるのはとてもさみしいですね。全長58.85m/幅9.6m/航海速力14ノット/総トン数602トン瀬戸内海汽船「銀河」

  • フジミ「大和」建造開始

    フジミさんの。大和就役時の制作を開始です。ボックスアートは、高荷義之先生です。部屋の積んでいるキットから作っていくために作りやすい、大和を選択。大和型としては、旧キットもいれて5隻目になりますが、就役時のキットは作った事がありませんでした。開封してみると、46センチ砲の砲身が1本折れていました。袋の中にも折れたパーツが無いので、袋に入れる前におれていたのでしょう。早速テンションが下がりましたが、この砲身パーツは、ランナー2枚にわたっての部品だったので、5本×2で10本ありましたので救われました!組み立て図をじっくり見ますと、ランナーには、C、D、N、O、など記号が振られているのにパーツの指示が番号しかありません。その番号も、ランナーに順番にならんでいるのではなく、31の隣が、157とか、104の隣が9番な...フジミ「大和」建造開始

  • ミリタリー・クラシックス最新号発売中

    ミリタリー・クラシックスの最新号がすでに21日に発売されていました。今回は、秋月型駆逐艦の特集で、表紙には迫力ある涼月が描かれています。表紙だけで買っちゃいそう!ミリタリー・クラシックス最新号発売中

  • 「丸」最新号発売中

    「丸」の最新号が24日発売されました。「丸」らしからぬインパクトのある表紙に驚きです。「丸」最新号発売中

  • フジミ「霧島」完成!

    フジミさんの霧島が完成しました!フジミさんの金剛型を作ったのは、記憶では旧ウォーターラインの比叡以来ではないかと思います。もう40年以上昔の事で、比叡自体どこに行ったのやら行方不明です。霧島という艦自体が初めての組み立てでした。船体は、タミヤスプレーの呉海軍工廠色を使用。実際の霧島は長崎で作られたので細かい事を言えば微妙に色は違うんでしょうけど、わかまる的には、問題なしです!甲板は、同じくタミヤスプレーの木甲板色。リノリウム甲板も、タミヤスプレーのリノリウム甲板色を使用。タッチアップは、タミヤアクリルの呉海軍工廠色や、ニュートラルグレイを使っています。大人になったおかげで、子供の頃には高くて手が出なかったスプレーを使いまくったので、作業時間がかなり短縮されました。組み立ては、基本、素組みです。素組みでも、...フジミ「霧島」完成!

  • ジャンボフェリー「こんぴら2」

    神戸港を出港したときのジャンボフェリー「こんぴら2」2005年8月20日の姿です。「こんぴら2」は残念ながら、2022年12月に33年間の運行を終えています。独特の船影は大きさもあいまって頭から消える事はありません。現在も同じ形をした「りつりん2」が運航中です!ジャンボフェリー「こんぴら2」

  • 霧島

    D-1部品(矢印)を接着しようとすると、煙突部分が干渉する為、煙突を一旦取り外して、0コンマ数ミリ程度ですが、後ろに少しだけ移動させました。精密なキットだけあって、なかなかスムーズにいかないのも想定内です。すでに、艦橋部分の甲板にある測距義が1個なくなっていました。なんとか、他キットの余剰パーツで補えそうなのでテンションは下がりませんでした。それでも、見つかればと思い探してはいますが・・・霧島

  • 霧島艦橋

    艦の顔ともいえる艦橋部分の組み立てに入りました。フジミさんの本気度が良くわかる部分ですね。かなり細かい部品割りで精密に再現がされています。その割には、艦橋の窓のモールドが浅い!もしかすると、最初からエッチングの窓に変更する為なのかな?と思うくらい浅いです。最初は、伸ばしランナーでモールドを再現しようかとも思いましたが、全く使っていない窓のエッチングパーツがあったので利用してみました。やはりエッチングパーツは難しいです。そのまま接着するだけなら簡単なんですが、加工しての接着は苦労しました。モールドがしっかりしている窓についてはキットのままにする予定です。霧島艦橋

  • 霧島順調

    船体部分がほぼ完成しました。砲塔の組み立てで、砲身のはまりがわるくて1本折ってしまいましたが、なんとか折れた砲身が奇跡的にみつかったのでテンションが下がらずよかったです。砲塔は落ちないように、焼き止めをしました。「焼き止め」はもう死語ですね。メーカーさんも組み立て図から除外されています。霧島順調

  • 端島

    厚生食堂とうっすら読めますね。「海に眠るダイヤモンド」のドラマでは、この食堂の中のシーンがたびたび流れていました。ここは商店街だったのでしょうか。左側は鮮魚店だったのか?どこの場所で撮影したのかは思い出せません。多くのパチンコ台が並んでいます。賑やかな音はせずひっそりとしていたのが印象に残っています。ここは確か真っ暗だったはずで、ストロボを使っての撮影です。交番?木でできた牢屋が左奥に見えます。島は治安が良かったでしょうから使われた事はなかったのではと思っちゃいます。閉山12年後のプールの姿はがれきでいっぱいの状態です。現在も第3見学広場に行く途中に見る事ができます。夏には、子供たちの歓声でいっぱいだった区域ですね。端島

  • カッコイイ飲料

    めちゃくちゃカッコイイ飲み物を息子が買ってきてくれました。「SURVIVALENERGYDRINKJUNGLEMAN」サバイバルエナジードリンクジャングルマンなんですね。長いなーチェリオから発売されていますね。味は、「デカビタC」や「リアルゴールド」系ですね。デザインも素晴らしい!パッケージには二次元コードがあり、アクセスすると自衛隊のページに飛んでいきます!陸上自衛隊バージョンもありました。カッコイイ飲料

  • そういえば、万博今年だったね

    大阪で行われる万博もあと数ヶ月。まったくもりあがりを感じないんですが・・・1970年にあった万博が万博つながりで、当時の映像が時々テレビで映像が流れているのを見ると、「やっぱり万博と言えば1970年やで!」と、つい口から出ちゃいます。当時、残念ながら、わかまるは一度も行く事はありませんでした。大阪は遠かった。2022年の岡山にある日本原駐屯地の「日本原駐屯地創設57周年記念行事」を見学に行ったのですが、その駐屯地内にあった広報館として使われていた建物が、当時万博会場にあったものを移設したと書かれていました。ミュンヘンと何で書かれているんだ?と思った答えがわかった次第です。もう55年になるんですね。これからも、大切の保存していただきたいですね。そういえば、万博今年だったね

  • 端島(軍艦島)端島病院

    1986年の時の端島病院です。小さな病院と思いきや、総合病院としてありました。しかも社立というのが凄い!たった12年でここまで荒れ果てるのだろうか・・・病院を入っての受付の場所でしょうか。診療時間はしっかりと残っていました。たくさんの人であふれていたであろう通路です。痛みが激しいですね。分娩室ですね。新しい命がたくさん誕生したことでしょう。手術室入院用の病室にはベッドが2つ並んでいました。病院のある部屋には、大量の薬品の段ボールが放置されていました。触ったりしていないので、中身があるかどうかはわかりませんでした。写真にありませんでしたが、地下には、大量のレントゲン写真があったのを記憶しています。端島(軍艦島)端島病院

  • 端島(軍艦島)

    端島の学校は小学校、中学校が同じ建物の中にありました。狭い土地を利用するためには当然の事でしょう。ただし、保育園は65号棟の屋上にありました。人が住まなくなって12年。緑が校庭にもびっしり茂っていました。校庭から見える護岸の壁には色鮮やかなタイルのモザイク画がきれいな形で残っていました。現在もあるのだろうか・・・多くの子供たちが毎日通って行った正面の入り口付近です。15時33分で止まったままの時計。学校の電源を落とした時間なのだろうか・・・12年経ったとは思えない校内の様子給食の配膳をしていた場所でしょうか。3月16日土曜日。最後の授業だったのだろうか?週明けには終業式だったのかもしれませんね。端島の学校を卒業した生徒が来島したのでしょう。荒れ果てて行く学校を見て何を思っただろうか・・・わかまるが学んだ幼...端島(軍艦島)

  • 霧島

    霧島のリノリウム甲板がある部品に抑え金具の表現を実施。わかまるは、リノリウム甲板のあるキットでリノリウムの抑え金具のモールドが薄い時は塗装でもなく、ダークイエローのランナーを使って接着するやり方がデフォルト化してきました。めんどくさい感じがしますが、塗装よりも、めりはりが付いて意外と楽ちんです。ピットロードさんのように、モールドがしっかりしているキットは塗装がいいかと思います。霧島

  • 端島(軍艦島)

    今では、もう崩壊して存在していない50号棟映画館です。写真右側の崩壊している木造の建物は、23号棟寺院、女子独身寮と思われます。「海に眠るダイヤモンド」の中で、リナが住んでいたところですね。わかまるが訪ねた1986年時には映画館の外観はしっかりしているように見えます。ただ、内部は荒れ放題です。12年の月日がそうさせたのか、人的になにか加えられたのかはわかりませんが、寂しいですね。昔の映画館は、このようなつくりが多かったのでしょう。わかまるが幼少期によくいっていた映画館も、そっくりの作りでした。端島(軍艦島)

  • 端島(軍艦島)

    過去に、端島を訪れた時のネガがやっと出てきました!撮影日は1986年5月17~18日でした。ネガを見返して見ると、36枚撮り5本しかなく意外と撮ってないなと言う印象です。今のデジカメと全く違うのは、コマ一枚一枚が絵が違うんです。大切にシャッターを切っているのが伝わってきます。最初は2泊3日のつもりで、上陸したものの、2日目に、「明日天候が悪くなるからすぐに帰りなさい」と、送ってもらった漁船の方が、迎えに来てくれました。天候は2日とも良くて撮影にはいい天気だったのが写真からもわかります。閉山して12年の姿です。端島(軍艦島)

  • 霧島甲板

    フジミさんの霧島は、甲板、船体、底と3パーツに分かれています。甲板が別パーツだけに塗装がしやすいのがいいですね。1日で、甲板部分の塗装を終えました。霧島甲板

  • 霧島建造開始

    2025年は、まだ未完成のキットがあるにも関わらず、フジミさんの霧島建造からスタートです。模型人生で初の霧島の制作です。比叡、榛名は作った事があったのですが、霧島は初めて。第三次ソロモン海戦の話を読んでいて、火がついちゃいました。なのにキットを買おうにも売っていない!ネットで購入を模索もなし。結局、ネットオークションで手に入れました。金額は新品購入と同じですけど、手に入っただけOKですね。霧島建造開始

  • トルコ記念館

    年末から年明けまで和歌山へいって来たのですが、和歌山に行って絶対に寄ろうと思っていたのが串本町にあるトルコ記念館でした。恥ずかしながら、関西に住むようになってから、テレビのニュースで、エルトゥールル号の遭難、日本とトルコの友情を知った次第です。エルトゥールル号の遭難については、調べてもらえればと思います。記念館は、遭難現場が見渡せる所に建てられていて太平洋も一望できます。映画化もされていて「海難1890」と言うタイトルでアマゾンプライムでも見る事ができます。映画後半では、涙しちゃいました!トルコ国民に感謝です。トルコではエルトゥールル号の遭難事故は、授業で習うと聞きました。和歌山の学校でも、遭難した9月16日は、授業でおそわるのでしょうね。こういった歴史は一部の自治体だけではなく広く知って欲しい出来事だと...トルコ記念館

  • 初日の出

    2025年が明けましたね。今年も、のんびりと趣味のプラモデルを楽しめる1年にしたいです。それにはまずは健康です!そして仕事。それぞれが充実すれば趣味にも熱中できるというもんです。今年は、和歌山の地で新年を迎えました。太平洋の水平線から昇る初日の出を見ることができて感激いたしました。多くの人たちと見る初日の出もなかなかいいもんですね。初日の出

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