骨董商Kの放浪(37)
東京の桜がもうそろそろ開花するかという三月の下旬、ぼくは日本橋人形町のしゃぶしゃぶ屋にいた。ここは内科医あいちゃんの診療所近くにある先生行きつけの店。昭和初期の文豪の生家として知られている。先生の右横にはネエさん。ぼくの左隣りには才介が座っている。今日は、才介を励まそうと二人が企画した飲み会。 「さあ、才介くん。もうくよくよしない!」ネエさんが瓶ビールを片手に口火を切り、才介のグラスに注ぎ込んだ。「ここはね。しゃぶしゃぶのお店ですが、おつまみも美味しくてね」あいちゃんは「いつものやつ」と言って何品かを注文。先ずはだし巻き卵の乗った横長の器がテーブルの上に二つ置かれた。「さあさあ、どうぞ」あいち…
2023/05/09 19:18