夏の明るい寂寞かな
枇杷の実は熟して百合の花は既に散り、昼も蚊の鳴く植込みの蔭には、七度も色を変えるという盛りの長い紫陽花の花さえ早や萎れてしまった。梅雨が過ぎて盆芝居の興行も千秋楽に近づくと誰も彼も避暑に行く。郷里へ帰る。そして、炎暑の明るい寂寞が都会を占領する。永井荷風の随筆集(岩波文庫)にある『夏の町』の冒頭の書き出しである。荷風がほぼ5年間の洋行(アメリカ、フランス)から帰って2年後に書いた随筆だ(発表は明治43年8月、東京散策記ともいえる『日和下駄』の執筆より4年前になる)。28歳という年齢を感じさせない熟達した書きようであり、江戸情緒を感じさせる叙述だ。冒頭にでてくる花たちは、初夏にわが町でも見かけた。お寺さんに自生したり、ご近所の庭先に咲いていて、今や懐かしく感じられる。東京のお盆は明治より新盆だが、旧盆の八月...夏の明るい寂寞かな
2023/08/15 23:38