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消えゆく町 加古川”検番筋”長老たちの古き懐かしき時代証言
「加古川小学校」の前身は、検番筋に存在した!(1) 学制が公布(明治5年)された6年後(明治11年)、寺家町144番地に「麑げい松しょう小学校」が誕生した。(粟津・北在家・平野・加古川町・木村・稲屋・
2020/08/31 17:47
稀代の文楽三味線弾き「豊澤團平」その芸道と愛の軌跡
茜はまたまた驚いて、ちょっと使っただけの一の糸をなぜ捨てるのか?と徳兵衛に訊ねる。「一の糸は、いじったらすぐに替えないかんのや。三の糸が切れたら二の糸で代わって弾くことが出来る。二の糸が切れても一の
2020/08/31 17:27
加古川町平野 龍泉寺
〜春秋を織りなし、おろち伝説が今なお息づく播磨の名刹〜 昔、龍泉寺は、寺家町字蔵屋敷、今のニッケパークタウンの辺りにありました。この付近には大蛇が棲む大池があり、里人は毎年人身御供を行っていました。あ
2020/08/18 17:30
賀古泊(かこのとまり)の守護神『泊神社』 その由緒と歴史を訪ねて
『私たちが小さい頃には、隋ずい神門しんもん(神門)南側の「泊川」は水量も多かったし、水もきれいでしたから、夏になると、子供たちはみんな泳いでいました。隋神門のちょうど前あたり、川べりには、川の中まで
2020/08/16 11:46
霊松『鹿児の松』とともに歴史を刻み続ける薬王山常住寺
薬王山 常住寺因みに新宮十郎行家の腰かけたる松は所謂、初代鹿児の松にて、松の高さ三丈二尺(9.7m)、太さ三丈一尺(9.4m)東西二十一間(38m)南北十八間(32m)の巨木なりしと云う。(加古郡誌よ
2020/08/16 11:26
神々が宿るコミュニティ・本町 春日神社 由緒
春日神社 由緒
2020/08/14 11:02
2020年8月 (1件〜100件)
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