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  • 「~なりに頑張っている」のは本当は素晴らしい。②

    前回の記事では、「~なりに頑張っている」と人から言われるとき、もしくは自分自身に対してそのような評価をするとき、なぜ少なからず不快感・口惜しさがあるのかについて分析した。 izunoxxx.c そこから、「~なりに頑張る」ことが本当はすごく難しいことであることに僕が気が付いたということを書いた。僕は、「~なりに頑張る」ことを「易きに流れる」ことのように感じていたが、実はそうでもなくてむしろすごく難しいことなのだと考えるようになった。 今回は、前回の話からさらに進めて、人が生きている限り本来的に「挫折」し続ける生き物だということを書いていく。 「挫折」という言葉からは「長年の努力の末に夢かなわず…

  • この世界はゼロサムゲームか。もしそうだとすると自分の幸せは他人の不幸か。①

    大学入学以降ずっとこのトピックでモヤモヤしてきたので、一度腰を据えて考えてみる事にした。 ゼロサムゲーム(ゼロ和)とは まずはゼロサムゲーム(ゼロ和)の定義から。 ゼロサムゲームは、Wikipediaで調べたところ次のような定義になっていた。 ゼロ和(ゼロサムゲーム):複数の人が相互に影響しあう状況の中で、全員の利得の総和が常にゼロになること、またはその状況を言う。(Wikipediaより引用) つまりは、ある人の利益を+、ある人の損失を-と考えた時、それらの総計が0になる状況のことをゼロ和(以下ではゼロサムゲーム)と呼ぶ。 ゼロサムゲームはゼロ和(zero-sum)とも言うらしい。 sum(…

  • 「~なりに頑張っている」のは本当は素晴らしい。①

    基本的に僕は何らかの価値評価をすることを嫌う。価値は基本的には相対的なもの、趣味の領域の話だと思っているから。それでもたまに、これはまあ良いと言っていいよなと思うことがある。 大抵の人は、自分が裏で「アイツはアイツなりに頑張っている」と言われるのを快く思わないと思う。この「~なりに」にはいろんな言葉を代入できる。例えば「アマチュア」とか。「彼はアマチュアなりに頑張っている」と言う時、プロではない彼がアマチュアの範囲内ではまあま健闘している、というニュアンスが含まれている。 他には、「足りない」を入れて「彼女は足りないなりに努力している」のようなセンテンス。発話者の傲慢さは置いておいて、このセン…

  • 「何があっても達成できることを毎日のタスクにしましょうね~」って難しくないですか?

    さっきランニングしながら思ったこと。 よく、自己啓発系の人が「継続の極意」として、「一日の目標は、その日何があってもできるレベルのものにしよう」という類のことを言う。 そして、その「その日何があってもできるレベルのもの」を毎日積み重ねていけば、自然と自信と実力が積み上がりますと。 僕にはその「その日何があってもできるレベルのもの」が無いな、とず~と思っている。 そして、周りの人がそれぞれに「その日何があってもできるレベルのもの」を持てているのかと不思議に思うことがある。 いつからこんなことを思い始めたのか定かではないけど、多分勉強関連のことで思い始めたんじゃないだろうか。 たぶん、勉強法関連の…

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