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ブログタイトル
美しい夕焼け
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/beautiful-sunset_20
ブログ紹介文
美しい晩年を目指して さまざまな困難が襲ってきた年月を、夢中で生きてきました。これからの最後の日々を、できるだけ美しくと思っています。
更新頻度(1年)

19回 / 84日(平均1.6回/週)

ブログ村参加:2020/04/07

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ハンドル名
beautiful-sunsetさん
ブログタイトル
美しい夕焼け
更新頻度
19回 / 84日(平均1.6回/週)
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美しい夕焼け

beautiful-sunsetさんの新着記事

1件〜30件

  • 薔薇のお仕事

    薔薇は手を入れるだけ美しく咲きます。肥料・消毒・剪定・誘引・水やり、どれも大切な薔薇のお仕事です。私は、病気をしてから、薔薇のお仕事をほとんどしてきませんでした。去年と今年は、妹が手伝ってくれて、冬の元肥をしたので、少し花が多く咲いたと思います。でも、そのほかは、何年も何もしなかったので、枯れた薔薇もありますし、弱ったり、花がほとんど咲かなかった薔薇もありました。今、私は毎日朝7種類のお薬を12錠ほど飲んで、夜も3種類のお薬を5錠飲み、睡眠薬も飲まないと、1時間ごとに目が覚めるという状態です。母が毎日朝、「こんなにお薬を飲むなんて」といいます。でも、飲まなければ、きっと今より状態が悪くなるのだろうと思いながら、飲んでいます。膝から下の足も手先もしびれていて、いろいろな不都合があります。足に力が入らず、歩くことが...薔薇のお仕事

  • 耳(寄り)のお話し

    私は耳があまりよくありません。40代で、家族に耳が聞こえにくいのではないかと言われ、自分でも、電話の時左耳が聞こえにくいと思っていたので、近所の耳鼻科に行きました。診断は、「老化です。神経を刺激するビタミン剤を飲みましょう」。何か月かその病院へ行きましたが、治る気配もないので通院はやめ、そのままにしていました。50代になって、ぜんそくと言われ、そのころからだんだん聞こえが悪くなり、右耳も聞こえにくくなりました。自分では、老化だと思っているので、あまりにも聞き取りにくくなった60代で、総合病院の耳鼻科へ補聴器の診断をしてもらおうと行きました。そこで、言われたのは、「中耳炎です。長くほったらかしていたので、耳の中の液体が全部抜けるかどうかわからないが、やってみましょう」。えっ、老化じゃなかったの、とびっくり。中耳内...耳(寄り)のお話し

  • いつかだれかが

    1999年に薔薇の庭を作り始めました。それから、夫が倒れるまでの15年ほど、毎年薔薇の庭を作り続けていました。最初の頃は、どんなふうに薔薇を増やしていこうかと、作る楽しみを満喫していたと思います。そのうち、薔薇を育てることより、庭を作ることに興味を持ち始め、薔薇の数は減らして、風景としての庭を作りたいと思い始めました。乳がんにかかって体力を失い、そのせいで、薔薇を減らしたいと思ったということもあります。そして、やっと思い通りの庭に近づいたと思った頃に夫が倒れ、自分も病気になってしまいました。それからは、本当に薔薇のことなど、考えられない日々を送りました。今は、寂しげな薔薇のちょっとある庭になりました。薔薇の庭を作っているころは、いろいろな人に見たいといわれ、お友達や、知り合いの人たち、見ず知らずの人たちや、知人...いつかだれかが

  • 年を取るって

    チャーリーは、わが家の10才になるヨークシャーテリアです。2・3か月前に、目の下の毛が白髪になったことに気が付きました。よく見れば、ほかの場所も白髪になっているようです。犬は、目があまりよく見えないそうです。色もあまりよくわからないようですし、静止したものは見えにくく、動くもののほうが見えるそうです。その代わり、聞くことと、嗅ぐことには、とても敏感だということです。チャーリーも、雷や花火やバイクの音にとても敏感で、怖がったり吠えたりして反応していました。ところが、この頃、雷が鳴っても、お昼寝から目覚めないことがあります。先日、私が出かけて帰ったときに、車の音が少し聞こえたのか、窓からのぞいていました。玄関に迎えに来るかと思ってドアを開けると、いませんでした。居間に入ると、お昼寝していたので、びっくりです。その時...年を取るって

  • 「ジュニア・ブラウンの惑星」

    ヴァージニア・ハミルトンの「ジュニア・ブラウンの惑星」を読みました。世の中の仕組みの中で、生きていきにくい人たちの物語です。児童文学ですが、とても力強いメッセージがあります。バディー・クラークは、ニューヨークの大都会の中で、一人で生きている黒人の少年です。一人ぼっちの子供たちの面倒を見ながら、友人ジュニア・ブラウンの病んだ心や体をいたわり、彼の居場所を作ろうとしています。ジュニア・ブラウンの母親もピアノ教師もみな心を病んでいて、ジュニア・ブラウンはそのせいで過食して、異常に太った少年です。見捨てられた子供たち、そして、社会を見捨てようとするジュニア・ブラウン、それを助けようとするバディー・クラークと、それを見守るプールさんたちが、無人ビルの中に作った小さな空間が「ジュニア・ブラウンの惑星」です。ひとりぼっちで生...「ジュニア・ブラウンの惑星」

  • ちょっと先のこと

    6月10日から12日まで、夫がショートステイから1か月ぶりに帰宅しました。いつもなら「おかえり」というと、「ただいま」と返事をするのに、今回は「はい」と言ったきり、何も言いません。10日は、うなづくか首をふるしか反応をしませんでした。何か怒っているのかなと思いながら、話しかけ続けました。そのうち、長く帰宅できなかったことを不満に思っているように感じました。それで、コロナの感染のせいでたびたびは帰れないこと、そのうち、特別養護老人ホームに入所すれば、私が週3回くらい面会に行けるようになるだろうと、これからのことを話しました。夫は、家族と一緒にいることを望んでいます。それで少しは納得したのか、大きな声で返事をするようになりました。自分の状態が、どんなにひどくても(食事は胃瘻で液体のものを取ること、体は寝返りもできず...ちょっと先のこと

  • これからの日々

    2014年に夫が倒れ、2016年に私が病気になり、自分の思っていたのとはまるで違った老後が始まりました。辛いことや、悲しいこと、口惜しいこと、そして体の不調にも苦しめられました。これからどうやって生きていけばいいのかと、ずっと立ちすくんでいたように思います。そんな時、自分の思いを何か形に表せれば、歩き始められるのではないかと、ブログを始めました。今、私の持っている大切なもの、今までの自分の生きてきたあとを見つめ、そして、今の辛い人生に起こる出来事を書いてきました。今まで書いてきたブログで、私の姿かたちが、ぼんやりとでも像を結んでくれればよいと思います。そして今、私は自分の気持ちが、ブログを始める前より元気になったかと問えば、さあよくわかりません。でも、何かを表現することで、気持ちに筋が通ってきたように思います。...これからの日々

  • 本のない生活なんて

    本のない生活なんて、全然考えられません。幼児のころ、字を覚えたのも、本が読みたいからだったそうです。「この字を教えて」と言ってくるうちに、自分で読めるようになったと、母が教えてくれました。今は、毎晩、ベッドに入ってから、同じページから進まなくなった時まで、読んでいます。小さなころから、ずっと本がなくてはならない生活を送ってきました。中学生までは児童書、高校生から大学までが一番本を読んだころで、世界の古典文学から近代文学まで手当たり次第に読みました。好きな作家もドストエフスキー、ロマン・ロラン、夏目漱石、福永武彦、大江健三郎、村上龍など、いろいろですが、読んだ後に希望を感じられる作家がやはり好きでした。だんだん年を取っていくうちに、純文学だけでなく、物語性のある小説も好きになりました。ある年、友達が、児童文学を送...本のない生活なんて

  • 楽しいこともあるのです

    5月27日に二人の人に会いました。一人は、チャーリーをひと月1回の美容のために、連れにきて連れて帰ってくれる、ペットショップのトリマーさん(ペットショップの奥さん)です。チャーリーはもう10年ほどこのペットショップに、毎月1回、シャンプーをしてもらい耳や足の毛をカットしてもらい、爪を切ってもらってきれいにセットしてもらいます。チャーリーは、このトリマーさんが大好きで、大喜びで出かけていきます。トリマーさんも、「普通の子は、私をとても嫌うのですけれど、チャー君はなついてくれるのでうれしい」と言われてかわいがってくれます。たいていの犬は、シャンプーをしてもらったり、爪を切ってもらったりするのを、怖がりますし嫌いますよね。でも、チャーリーは、連れてきてもらった時も、抱っこされたがって別れるのを惜しみます。この方は、薔...楽しいこともあるのです

  • 名探偵にドキドキ

    この頃、毎晩DVDを観ています。名探偵ポワロ、シャーロック・ホームズ、刑事コロンボ、弁護士ペリー・メイスン、そういう探偵ものや刑事ものを観ています。まだ、夫が元気だったころ、昔のDVDを買って、家族で観ていました。ほかにも、ミス・マーブルなどの探偵ものや、ハリー・ポッター、指輪物語、マーリンなどのファンタジー、アボンリーへの道や大草原の小さな家などのファミリーもの、昔好きだった映画ウエストサイド物語、理由なき反抗、お熱いのがお好き、それからジブリなど、いろいろなものを買いました。そして、それらを観て、みんなで楽しんでいました。でも、今は、状況がまるで変ってしまいました。もちろん、DVDやブルーレイなどを買うこともできませんし、借りに行く体力がないので、借りにもいけません。昔買ったものを繰り返し観ています。今は、...名探偵にドキドキ

  • 夫と一緒にいるために

    5月13日から15日まで、夫が帰宅しました。コロナウイルスの感染が拡大してから、1か月に1回だけ帰宅することにしました。以前は、月2回帰っていたのですが、この頃は、施設の人たちやうちに来る介護士の人たちが、夫が家に帰ることをとても嫌うからです。私は、夫のためにしてほしてことなどを、口に出してしまうからでしょうか、施設の人たちやうちに来る介護士に、あまり好かれていません。なにかしら施設とも介護士ともうまくいっていないのが、現状です。今は、夫の施設では面会禁止なので、パジャマを持って行っても入り口で手渡し、あまり話もしません。面会できるときにも、車いすに乗せることを拒否されたりしていました。仕方ないので、妹と私(病気の)で移乗ボードを借りて夫を車いすに乗せて、散歩に行っていました。この施設の介護士たちは、仕事をする...夫と一緒にいるために

  • ささやかに薔薇の花

    5月は薔薇の季節です。わが家の薔薇は、世話をしてやらなくなってから、ずいぶん寂しくなりました。それでも、5月中旬になると、ささやかに花を咲かせてくれます。一番に咲くのは、つる薔薇のスパニッシュ・ビューティー、それは鮮やかな大輪の薔薇で、夫が一番好きな花です。そして、ハイブリッド・ティー、イングリッシュ・ローズ、オールド・ローズやシュラブ・ローズなどが咲いていきます。わが家の庭のハイブリッド・ティー・ローズは2本だけ。ピンク・ピースとクリスチャン・ディオールです。イングリッシュ・ローズは4本、でも、2本は今にも枯れそうで、元気になってくれるように願っています。今咲いているのは、ジェーン・オースティンとスイート・ジュリエット。つる薔薇の春がすみとオールド・ローズのブレイリーNO.2が咲き始めています。そして、ずっと...ささやかに薔薇の花

  • 未来を見れば

    私の住む町では、新型コロナウイルス感染が、まだ収まったとはいえない状態です。私と母とは、あまり出かけることもなく、出かけるときは、マスクをし、手洗いを丁寧にしています。でも、うつるかもしれないという気持ちは、いつも強くあります。うつったら、家族全員、重症者になるかもしれないということも思っています。夫は寝たきりで、母は95才、私は喘息からの難病にかかっているからです。もし、重症者になれば、家族との面会もできず、骨で帰ることになると聞きました。とても怖くて仕方ありません。夫はわからないままに命を落とし、母は寂しがって逝くのだと思うと、本当にどうしようと思います。どうしたらよいかということも分からず、暗澹たる気持ちになってしまいます。私は、2016年に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症にかかり、股関節を骨折し、心臓と肺の...未来を見れば

  • 犬のいる暮らし

    わが家は、いつも犬か猫のいる家でした。でも、私は、若いころ、それほど犬や猫が好きではありませんでした。その頃は、自分のことに夢中で、ほかの者に対する愛情が薄かったと思います。40代になって、母と一緒に暮らすようになり、母の飼い犬だったミニチュアダックスフントのメリーと暮らすようになりました。メリーは、2才の茶色のスムースの女の子で、とても賢い犬でした。いろいろなことを教えると、すぐにおぼえて、犬といることの楽しさを教えてくれました。私は、出産した犬は、乳がんにかからないという、間違った情報を信じてしまい、メリーは出産することになりました。そして、2回目の出産で生まれた1匹がローリーです。上の写真は、8才のメリーと5才のローリーです。下は上が2才のメリーで、あとは2回目のお産と、生まれた子犬たちです。お産は、私が...犬のいる暮らし

  • 感謝する出会い

    新型コロナウイルスの医療現場で、活動されている医療従事者のニュースを見て、私のお医者様との出会いを思います。最初の大きな病気は、乳がんでした。自分で触って、しこりを見つけた時、その時代(2004年)は、乳房全摘手術が主流でしたから、インターネットで、温存手術をしてくれる病院を探しました。そのうち、一番近い病院へ行くことにしました。そこは、私の住む地方都市の、主要な病院の一つでした。受診するには、医院の紹介状がなければ、初診料が高くなる病院でした。でも、しこりがあるのだから、とにかく診てもらおうと行くと、その日は、乳がんの先生は一人もいらっしゃらず、消化器外科の先生に診てもらいました。(その頃は、乳がんは外科で診てもらっていました)その先生が言われるには、「うちにはとてもいい乳がんの先生がいらっしゃるので、来週、...感謝する出会い

  • 才能の問題

    若いころ、小説家になりたいと思っていました。小説らしいものを書いたりしていたころもあります。でも、いつの間にか、小説家になりたかった人になってしまいました。だんだん年を取ってきて、何かやらなくてはと思い始め、書道を始めました。これはずいぶん頑張って、12,3年やりました。そして、私には、全然あっていないと気がついたのです。白黒の世界は、あまり好きではなかったのでした。その後、ピアノを習い、優しいアレンジの「エリーゼのために」が弾けるようになって、やはり、これ以上続けてもピアノを弾ける人にはなれないと思いました。ゴルフや英会話にも通い、40代は、自分に合うものを探す時代でした。でも、何も見つからず、やはりこれは才能の問題なのかなー、と思うことが多くなりました。病気をして、自分の人生を考えるようになり、年をとったら...才能の問題

  • 夫の帰宅

    4月15日から17日まで、夫が2か月ぶりにショートステイから帰宅しました。いつもは、1か月に2回、3日間ずつ帰りますが、コロナ・ウイルス感染が始まって、3月と4月の前半は、どんなふうになるか様子を見ようと思って、ショートステイにいることにしました。帰宅して、ショートステイに行くときに、熱が37、5度以上あると、入所できないといわれていたこともあります。夫をずっと家で介護することは、病気の私には、とても難しいことなので、コロナ・ウイルスがどんなふうになるかをみたいと思ったのです。結局、感染は収まらず、今は、全国に緊急事態宣言が出され、人の移動を極力制限することになりました。そんな中、夫を帰宅させるのは、不必要な移動だと思われるかもしれませんでした。でも、夫の入所しているショートステイで感染はなく、家にいる私も母も...夫の帰宅

  • 夢のような薔薇の庭

    元気なころ、薔薇の庭を持っていました。一番多いころは、60本くらいの薔薇が、庭に咲き乱れて、それは美しかったです。5月の盛りのころは、お友達や知人が薔薇を観に来て、わが家のまさしく花の季節でした。そのために、私は1年中薔薇の世話をしていました。夫や母も手伝ってくれて、みんなが薔薇を慈しみ、薔薇から幸せを受け取っていたと思います。ただ、薔薇を美しく咲かせるためには、それはもう大変な労力と知識が必要でした。54才の時、乳がんにかかってからは、体力もなくなり、年を取るにしたがって、薔薇が幸せよりも、苦痛をくれるようになりました。だんだん、薔薇の数を減らしていったのですが、65才のとき、夫が倒れてからは、もう薔薇のことはすっかり忘れてしまったのでした。そのころから、気候の変動や災害なども起こり、たくさんの薔薇が枯れまし...夢のような薔薇の庭

  • 命の限界だったのかな

    4年前、チャーグ・ストラウス症候群にかかった時、ステロイドを多量に注入して、命は助かりました。ただ、そのせいだと思いますが、骨が非常に弱くなりました。退院して、杖をつきながら歩いていた時、道路で転び、整形外科に行きました。その日は、骨に異常はないといわれたのですが、翌日、家で転び、その時は、痛くて歩けませんでした。救急車で違う整形外科に運ばれ、股関節が骨折しているといわれました。そして、手術を受けました。その後、歩けるようになるためのリハビリをしているときに、息が苦しくなり、総合病院へ運ばれました。エコノミック症候群で、すぐに手術をしなければならないといわれました。そのあとは、意識がなくなり、妹夫婦が付き添ってくれて、心臓と肺の血栓をとる手術を受けました。4時間くらいといわれたのに、6時間たっても手術は終わらず...命の限界だったのかな

  • 私の洋服

    私は洋服が大好きです。子供のころは、着せ替え人形をして遊んでいました。この頃の子供たちには、想像もつかないかもしれませんが、厚紙で女の子を作り、それに合わせて、薄い紙で洋服を作って、肩に折り返しを作って着せるのです。箱に一杯になるほど作って楽しんでいました。10代のころ、ビートルズとツイッギーという衝撃的な人たちが現れ、それは、世界中の若者たちを魅了しました。男の子はみんな長髪にし、女の子はミニスカートをはきました。それは、本当に楽しい時代だったと思います。20代のころから、日本の若いデザイナーが、それぞれの魅力を発揮して、デザイナーズブランドが世界に進出しました。私も大好きなブランドがありました。その後、ユニクロやZARAやH&Mなど、リーズナブルな洋服が出たり、海外の高級なブランドものを買ったりという時代が...私の洋服

  • コロナ・ウィルスの力

    コロナ・ウィルスの感染者が、日本で3000人を超えました。収まるどころか、どんどん広がっています。私は、喘息からかかる難病にかかっていて、免疫抑制剤を毎日飲んでいるので、自分の勝手な考えですが、重症者になるのではないかと、心配しています。体が、あまり元気でないので、外出するのは、夫の施設に面会に行くこと、月1回の母の病院への受診についていくこと、自分の病院への月1回の受診などです。そういう風でしたので、感染はしにくいだろうと思っていましたが、この頃の様子では、どんなところから、どんなふうに感染するか、わからないと思うようになりました。ニュースなどで聞くところでは、重症者の場合は、面会も禁止され、そのまま死に至ることがあるということです。私は、今自分が死亡すると、いろいろな手続きをしなくてはならないことを思います...コロナ・ウィルスの力

  • 愛する人たち

    大切に思う家族やお友達は、その一つ一つの存在がそれぞれ豊かに膨らんで、私にとってはかけがえのないものです。そういう私の周りの大切な人たちのことを書いてきました。この何年かで、夫が倒れ、自分も病気になり、杖をついて歩くようになりました。そうした私に、世の中はとても冷たく、意地悪な言葉をかけられ、態度で示され、ひどいときには、差別をされることもありました。人間は意地悪で、自分勝手なものなのだと、痛感したものです。でも、そんなことばかり思っていては、生きていくことができません。何も世の中の役に立たなくても、何も持っていないように見えるとしても、私には、素敵な家族やお友達がいると、大きな声で言いたいのです。ブログを始めるにあたり、今の自分の状況と、周りの素敵な人たちのことを、改めて認識して、さあこれからどんなふうに生き...愛する人たち

  • 友達

    私には二人お友達がいます。一人は高校生のころからの、もう一人は大学生の時からのお友達です。高校生のころからのお友達は、大学も一緒で、青春を一緒に生きたと思います。結婚しても、お互いに遊びに行ったりして、もう半世紀以上のお付き合いになります。彼女と会うと、若かった頃の自分たちの青春を思い出して、とても懐かしく、今の自分のつらい生活を少し忘れられるのです。彼女は、私を、若いころに出会った時のままに受け入れてくれ、そして、私も、彼女のそのままの姿を、見ています。もう一人のお友達は、大学で同じ研究室の1年先輩でした。彼女も、青春の華やかなころに出会った大切な人です。彼女とも結婚してからも、ずっとお付き合いをしていました。東京に一緒に旅したこともあります。おしゃべりをしても、つまずくことがない人でした。今まで、一番気持ち...友達

  • 家族 妹

    私と妹は、4才違いです。子供のころは、いつも小さな妹と思っていました。私は自分はお姉さんだと思っていたのです。お姉さんだから、妹が幸せであることを、見守っていかなくてはならないと思っていたのです。妹が大人になっても、私はお姉さんだから、という思いは、ずっと持っていました。結婚して、子供が生まれて、その子供たちも、とてもかわいくて、いつも、妹の幸せと、家族の幸せを願っていました。ところが、私がチャーグ・ストラウス症候群という難病になり、1年のうち、7か月も入院したのです。夫も倒れて、私たちには子供がいませんから、何もかも妹にしてもらわなければならなくなりました。妹は、それはもう口では表せないほど、私たち夫婦や母やチャーリーの世話をしてくれました。ショートステイに夫に面会に行き、母とチャーリーは、自分のうちで面倒を...家族妹

  • 家族 チャーリー

    チャーリーは、10才のヨークシャーテリアの男の子(子かな?)です。以前、飼っていたミニチュアダックスフントのローリーが死んだとき、もう犬は飼わない、と決心しました。ローリーと私は心が伝わっていて、かけがえのない存在だったからです。ローリーが死んで2年たったころ、悲しさは薄れていき、かわいかったこと、私と話ができるように思ったこと、楽しかったことばかりを思い出すようになりました。夫に犬を飼いたいと言ったら、もう犬を飼わないんじゃなかったの、とからかわれ、そう思うんだったら、早く飼ったほうがいい、自分たちの年齢は、犬を飼う年齢のギリギリのところだから、と言ってくれました。それで、わが家にチャーリーがやってきました。チャーリーは、とてもかわいくて、利発で、やんちゃな男の子でした。私たちにもすぐになじんで、たくさんの幸...家族チャーリー

  • 家族 母

    小学生のころ、学校から帰ったとき、母が「おかえり」とニコニコ笑ってくれました。毎日ニコニコ笑ってくれたその顔が、今も目に焼き付いています。私は、小学生のころ、家から出ると、とても不安になる子供でした。そんな私を、母は、そのまま受け入れてくれました。母の「おかえり」で不安をぬぐい去ることができたと思います。今、私は母と二人で暮らしています。夫が倒れる前は、三人で暮らしていました。ドライブに行ったり、旅行したりして、いろいろなところに三人で行きました。いろいろなことに興味のある母は、水墨画をしたり、お茶をしたり、70才を過ぎてから、囲碁を始めたりして、人を驚かせたりしました。その母が、今、95才になりました。この頃は、私とおしゃべりをしたり、二人で昔の探偵ものや刑事ものなどのDVDを観たりして過ごしています。物忘れ...家族母

  • 家族 夫

    夫はショートステイに入所しています。6年前、脳の病気で倒れて、寝たきりになりました。意識がなく、体も動かず、肺炎を何度も起こして、死に至るだろうといわれていました。それが、ある時、言葉をかけると、うなづいたのです。その時は、驚きと喜びでいっぱいになりました。それから、少しずつ意識が戻り、体も少しずつ動くようになりました。家に帰りたいといい始め、病院の方たちには、無理だといわれたのですが、私は、無理でも夫の思いを聞いてあげたいと思いました。家に帰ってからは、本当に大変な日々を、ヘルパーさんや看護師さんなどの助けを借りて、戦ったと思います。そして5か月がたち、私がその戦いに疲れてしまい、チャーグ・ストラウス症候群という病気になってしまいました。私が倒れたため、夫はショートステイに入所することになりました。今も寝たき...家族夫

  • 病気のこと

    若いころは、病気に縁のない生活を送っていました。ところが、50代で乳がんが見つかり、抗がん剤、手術、放射線治療を受けて、10年の経過観察をして、完治したといわれました。60代になって、チャーグ・ストラウス症候群(好酸球性多発血管炎性肉芽腫症)にかかりました。これは、喘息の人に起こる血管炎です。小さいサイズの血管に炎症が起きて、末梢神経障害の起こる難病です。少ない病気なので、最初は何の病気か分からず、わからないままだと、命にかかわったかもしれません。治療は、ステロイドを飲むこと、でも、私は、ステロイドがあまり合わなくて、免疫抑制剤を合わせて飲むようになりました。それ以外にもたくさんの薬を飲んでいます。病気と薬の副作用で、いろいろな症状が出て、あまり元気ではありません。股関節を骨折したり、エコノミック症候群になり心...病気のこと

  • 美しい夕焼け

    いつのころからか、sunsetを晩年という意味だと思うようになりました。そして、自分の晩年が、美しいといいなあと思うようにもなりました。今、晩年を生きていて、あまり美しくない日々の中で、ちょっとした美しいことを見つけたいと思います。美しくなくても、心に響いたことも、書き留めたいと思います。美しくなくて、心にも響かないような、そんなことも書くかもしれません。美しい夕焼けのような晩年を、生きられたらいいのにと思いながら、日々を過ごしています。美しい夕焼け

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