酒やめて2014日。このブログは、海辺の、なんと言ったらいいのでしょうか、ゲストハウスのようなところで書いております。でもって本業の仕事も、タブレットに資料を入れてきたので若干ながら進めています。
断酒して1000日。これからも続けていくために「酒やめてよかった」こと、「酒飲んで後悔している」ことを、ひたすら書きつづります。
1件〜100件
シーサイドノマド生活(仮)にて思う。断酒とは「夢」に手をかけることなのですね!
酒やめて2014日。このブログは、海辺の、なんと言ったらいいのでしょうか、ゲストハウスのようなところで書いております。でもって本業の仕事も、タブレットに資料を入れてきたので若干ながら進めています。
断酒教? とんでもありません。宗教が人を戒律で律するものならば、断酒は心根を解放する所業であります(大げさ)。
酒やめて2012日。またぞろ承認要求充足と断酒とのからみの話で恐縮なのですが、そしてちょっと前にも書いていますが、承認要求を満たしたいがために、何らかのコミュニティに所属するという行動パターンがあります。それは統一教会のような危険な宗教もそうだし自己開発セミナーの類もそうでしょう。
自分で自分を認められるのはもちろん、他者からも認めてもらえるという余禄もあるのですよ、断酒には当然ながら。
酒やめて2010日。一昨日、「承認要求を満たすための最高の方法は、間違いなく断酒です!」といったことを書きました。要は、断酒したら自分で自分を認められるのだから、それ以上の承認要求充足はない( ー`дー´)キリッということです。
酒やめて2008日。安倍さんの一件で統一教会問題が再びクローズアップされていますが、その下部組織として大学内で活動を行っている原理研があることはよく知られています。この原理研、私が大学生の時代も当然のようにありましたが、やっぱりアイデンティティが確立できていない学生の心にすっと入り込んでくる類のものだったと思います。
酒やめて2006日。「更生したヤンキー問題」というものがネット上でに根強くありまして、つまり昔やんちゃやってた人が今は立派にやっていますみたいなことが美談として捉えられるのはおかしいんじゃね、という「問題」です。
コロナによる若年層の「経験レス」が、将来的に社会に甚大な影響を与えるのではないかという仮説【アル中も増えちゃうかもよ】
酒やめて2004日。先日、4人で会食しまして、そのうち2人がコロナ陽性になったという一件がありました。残りの1人はコロナ明けであり、残り1人は私であります。つまり私としては陽性者と濃厚接触となったわけで、数日間自宅謹慎(?)していました。
様々な雑事にとらわれて本来の仕事をする時間がない~とお嘆きの俺。雑事の最たるものは酒を飲むことでした。
酒やめて2002日。大昔の会社員時代、最初営業をやっていてその後、クリエイティブなどという小賢しい名称を名乗る部署に移ったのですけれども、ただクリエイティブといえどもクリエイティブではまったくなく、いろいろな雑事で日が暮れていたのでした。
断酒は、人生のすべての行動のなかで、もっとも見返りが大きいものだという確信。
酒やめて2000日。一昨日、「「好きなことやらせてもらおうもん」の夏にしますわ」といったことを書かせていただきました。それに関連して本日も書きたいのですが、本日、酒やめてなんと2000日に到達しましたので、多少はお役に立てるというか意義あることを書かねばならぬと意味なく気負っております。
酒やめて1998日。酒をやめて得たものは、時間、お金、気力になるでしょうけれども、心情的な部分でいえば、やっぱり、あれだけ好きだった酒をやめたんだから、後のことは好きなことやらせてもらおうもん、というものです。
酒やめて1996日。酒飲んでいた時代は「何かたるいなあ」ベースで生きていたような気がします。ただしこれは酒を飲む習慣が身に付く以前、中高時代からだったかもしれません。つまり勉強するのが嫌で嫌で、あー勉強したくねーと毎日思って生きていたのでした。
ストロングゼロを中国に大々的に輸出してみたらどうなるか考えてみるのも、意義あることかも?
酒やめて1994日。安倍さんが殺されて、そこで思うのは今後、改憲問題がどうなるかということです。参議院選改選で改憲勢力が2/3を維持したそうですが、ただ改憲は、文字通りそれに命を懸けていた安倍さんのカリスマによって推進されていたようにも見えました。
なぜ健康が大切なのか、ようやくわかった断酒者がいますよ、という話。
酒やめて1992日。本当にいつも書いていて恐縮ですが、酒やめると、それまでの人生では考えられなかったほどの大量の時間が湧いてきます。でもだからといってこいつをダラダラとやり過ごそうという気にはならない……というか、それができないのです。
なぜ酒をやめると自己肯定感がアップするのか。ちゃんと理由がありました。
酒やめて1990日。断酒とセルフエスティーム、自己肯定感の関係についてはこのブログでも何度か書かせていただいています。なぜ酒をやめると、自己肯定感がアップするのかといえば、私の個人的経験では、やはり断酒を続けられているという成功体験がまずそのベースにあります。
「人生−飲酒人生」で、膨大な時間と可能性が生まれるよねという話。
酒やめて1988日。ここのところ私にしては珍しく仕事が立て込んでおりまして、長期出張も含め4月からこっちずっと休みなしで働いておりました。このようになることは分かっていたので、2日に一度のブログ更新について果たしてできるもんだろうかという不安もあったのです。
他人の人生にちょっかい出すほどつまらない人生はない。でもそれ、酒がさせてしまうのかも。
酒やめて1986日。知人で断酒をがんばっている人間がいまして、時々再飲酒しまた断酒し、というパターンなのですが、そうしたことに対して、なんというかちょっかいを出してくる輩がいるらしいのですね。
酒を飲んでいるがゆえの後ろめたさがなくなると、矢でも鉄砲でも持ってこいー! てな気分で生きられるよね、という話。
酒やめて1984日。ちょっと前に「飲酒習慣があると「後ろめたさ」が人生すべてを覆ってしまうよね」といったことを書かせていただきました。要は、飲酒していたがゆえにずっと後ろめたい人生を送ってきたわけですよ。
「格差」とは要はライフスタイルの問題のような気もしてきたぞ。むろん飲酒習慣も含めて。
酒やめて1982日。ここのところの円安で、またぞろ格差拡大とメディアは騒ぎ、選挙カーも格差ゼセーと騒がしかったけれども(安倍元首相死亡で本日は自粛のようだ)、格差格差ゆーときゃうけるやろ~が透けて見えて鼻白んでしまいます。
酒やめると、普通の金銭感覚が戻ってくるのも大きいよね、という話。
酒やめて1980日。酒の時間強奪能力、エネルギー強奪能力、そして金銭強奪能力はものすごい、という話はいつも書かせていただいております。いやしかし、今あらためて思うのは、酒飲んでいた時代は本当に「するする」といった表現がぴったりとくるような具合で、お金が財布から出て行っていました。
飲酒習慣があると「後ろめたさ」が人生すべてを覆ってしまうよね、という話。
酒やめて1978日。本当にいつも書いていて恐縮ですが、アル中とまではいかずとも酒を常飲していると、飲んでいる自分を正当化するために人格が傲慢になります。酒さんに人格を魔改造されてしまうのです。
酒やめて1976日。ずいぶんと前にアル中と破産者マップの関係について、「アルコール依存と多重債務、どっちがよりヤバいか?」として書かせていただきました。この破産者マップですが、新破産者マップになって、またぞろネット上に出現しているようです
「みんな飲んでるから」「あいつはアル中だけど俺はそうじゃない」は、要は自分の人生を他人任せにしているってことですよね。
酒やめて1974日。私がTwitter上で勝手に断酒仲間認定させていただいている「MJ@断酒で人生好転中!」さんがめちゃ素晴らしいことをツイートしていたので引用の上、このことについて書かせていただきたいと思います。他人のふんどしで相撲を取る状態なのですが(汗)。
あらためて思う。酒飲んでると、チャレンジするチャンスを失っちゃうよね。
酒やめて1972日。酒やめてもうすぐ2000日になるのですが、あらためて思うのは、あーもっと早くやめてれなあ、ということです。せめて10年早ければなあ、です。というのは、やっぱり酒やめてからいろいろできるからです。
「俺は飲んでもいい人間だ」アピは、酒から逃れられてない証拠です。
酒やめて1970日。ちょっと前に、断酒ブログとしては重要なテーマにも関わらず、書くのが難しかったため今まで避けてきたこと――再断酒について書かせていただきました。ただし書ききれなかったなあと思っているところもありますので、もうちょっと深掘りさせていただきます。
酒やめて1968日。昨日、6月24日、コラムニストで、我々断酒者にとってみればアル中→断酒の大先輩である小田嶋隆さんが亡くなられました。病気とのことで詳しくは分かりません。もちろん分かる必要もありませんけれども。
「再飲酒」という大問題について、思うところを述べさせていただきます。
酒やめて1966日。再飲酒(スリップ)をどう考えるかは、断酒者にとって非常に重要なテーマ(?)であります。私は基本的には、断酒し、そして再飲酒したところで、飲んじゃいましたテヘペロッで、また断酒を始めれば(変な表現ですが)いいと考えています。
昔は仕事しか自己表現の手段がなかったけど今はいろいろある。だから酒もやめやすいのだという話。
酒やめて1964日。ちょっと前に飲酒と「怒り」の関係について、2回ほど書かせていただきました。その繰り返しになりますが、私は今、生活で怒りというものが湧いてくることがないです。断酒で脳が変容したということなのでしょうが、ストレスがないのも一因だと思います。
酒やめて1962日。ロシアのウクライナ侵攻で、世界的に穀物不足なのだそうです。何しろウクライナとロシアで合わせて世界の小麦の生産の三割を占めているのだとか。そして小麦は、きわめて生産性が高い穀物です。
「デートしたことがない20代男性が4割」について、断酒者視点で考えてみると。
酒やめて1960日。「デートしたことがない20代男性が4割」といったことがことのほか大きな話題になっているようです。ネット上でもそうですが、たまたま実家でテレビを視ていたら夕方のニュースでも取り上げられていました。
酒やめて1958日。一昨日、「酒飲むと怒りっぽくなるのは、酒さんの罠です」という話を書かせていただきました。酒を飲む習慣があると次第に怒りっぽい人格となり、その人格がさらに酒を飲ませるという負のマッチポンプができあがります。
酒やめて1956日。一昨日、私自身が他者の飲酒癖をその他者への攻撃(?)に、利用したということを書きました。性格悪いちゃー悪いのですが、妹に対してだからまあいいでしょう(いいのか?)。お前、やたらプンプンしてるけど、酒の飲みすぎなんじゃない、というふうに言ったのですね。
酒飲むと「社会的寿命が縮まる」のは、飲酒癖を他者に恣意的に運用されたりするからでもあります。
酒やめて1954日。一昨日、「「寿命が短くなる」よりも、「社会的寿命が短くなる」方がよっぽど恐いのだ。酒によって」といったことを書かせていただきました。この点についてもうちょっと深掘りしたいと思います。酒はほんの少量でも脳を劣化させる。このことが最近の研究によって定説になっています。
「寿命が短くなる」よりも、「社会的寿命が短くなる」方がよっぽど恐いのだ。酒によって。
酒やめて1952日。先日、断酒をがんばっている知人と話しておりましたら、彼の知り合いの酒飲みから「俺は多少寿命が縮んでも飲み続ける」と宣言(?)されたとのことでした。別に訊いてもないのに!(苦笑)
日本の安全保障という大問題について、断酒者的価値観で考えてみると。
酒やめて1950日。現在、長期出張に出ておりまして、自然普段よりも街を歩く機会が多くなっています。そうすると駅前演説などが耳に入って来るのです。いわく、ロシアのウクライナ侵攻にかこつけた防衛費増大をやめろー!てなものですね。
ここにきて「やりたいこと」が縮小化。あーあと10年早く断酒できてたらなあと、心から思いますよ。
酒やめて1948日。思えばコロナが蔓延し出すちょっと前、私は前々から行きたかったインド・ベナレスへの旅を計画していました。『ガンジス河でバタフライ』じゃないけど、なんとなく若い頃から、ベナレスだけは行ってみたい、あるいは人生観変わるかも、と思っていたのでした。
楽隠居世代の飲酒習慣を、死ぬまで働け世代に適用するのはやっぱり無理があると思いますよ。
酒やめて1946日。ちょっと前の世代までは、終身雇用が保障されていたし退職と同時に十分な年金も支給され、それまでに持ち家のローンも払い終わっているのが普通だったので、それ以降、飲んだくれててもなんの問題なかったわけですよね。
酒やめて1944日。一昨日書いた「「酒飲んで嫌なことを忘れる」が、忘れるメソッドとして決定的に無能である理由」という話を、もうちょっと深掘りしてみたいのです。これは結構、断酒ブログ的には重要なテーマではないかと、勝手に判断したので。
「酒飲んで嫌なことを忘れる」が、忘れるメソッドとして決定的に無能である理由。
酒やめて1942日。ちょっと前のこのブログで、「酒飲まないで寝ると、翌朝頭が完全にリセットされているのがいいよね」ということについて書かせていただきました。これに関連して考えるところがあるので、誰にも頼まれていませんけれども以下深堀り(?)させていただきます。
アル中アル依の「いつ死んでもいいんだ」は、こじらせ女子の低体温自慢みたいなもんですよ。
酒やめて1940日。私がTwitter上で勝手に断酒仲間に認定させていただいている「MJ@断酒で人生好転中!」さんが『ドラゴン桜2』桜木先生の名言を紹介していました。「幸せとは……金と健康だよ」というものですね。
酒飲まないで寝ると、翌朝頭が完全にリセットされているのがいいよね、という話。
酒やめて1938日。私は定収入皆無のフリーランスの身で、なおかつここ数年は仕事もそんなに多くなく、さらにジジイなので、朝早く起きてだいたい午前中に予定分が終わってしまいます。しかしそれでも十分やっていけますし貯金もできます。
酒飲んでいた時代は周囲が妖精さんのように離れていっていたけど、今度は自分が妖精さんになればいいってことですね。
酒やめて1936日。とある言語学者の先生が「世の中に、絶対の知識も信念もない」とお話ししているのを聞いて、はあーなるほどなあと思った記憶があります。一方で、とある女性から「あなたとの関係性において私が間違っていたことなど何一つもない( -`д-´)キリッ」という言葉を聞き、結構唖然としたこともあります。
断酒者に対していろいろ言ってくる輩は、ホモサピエンスになりたがってるネアンデルタールだと考えれば腹も立ちません。
酒やめて1934日。私はアル中時代、お前はアル中だ脳が萎縮していると言われているおりました。なかなかその手のことを本人に面と向かって言う人も珍しいのですが、まあ古い世代の中にはそういう人も言ます。その人は他の人についても「あいつは糖尿だ!」とか言ってましたから。
酒飲みながら仕事もばんばんこなして稼ぎたいなんて、まったく考えが甘いわけで。やっと気づいた愚か者がいますよ。
酒やめて1932日。今週はずっと博多に出張に来ておりまして、このブログは出張中に書いています。この時期に博多に長期出張するのはレギュラーの仕事なので年中行事ちゃ年中行事なのですが、酒やめる前までは当然「博多の夜」ですから毎晩出撃して酔っ払ってホテルに戻るのが定例でした。
現状維持バイアスは抜け出せて初めて気づくものだと、酒やめて初めて気づいた次第でございます。
酒やめて1930日。現状維持バイアスの怖さ、弊害といったことは、いろんな人がいろんなところで言っていて、今さら私のようなものが書くのもナンなのですが、そういう事例(?)が身近にあるので、あるいは参考になるかもしれないと。
酒やめて1928日。一昨日、「酒は社交の感覚を狂わせるよね、という話」といったことを書かせていただきましたが、それに関連して「「結婚どころか友達もできない」年収300万円未満の男性を孤独に追い込む"決定的要因"」という面白い記事を見つけました。
酒やめて1926日。私はセミリタイヤ系のブログが好きで、中でも「りゅーざき」さんの『セミリタイアのきわみ』は軽妙な自虐が面白く毎回読んでいるのですが、興味深い記事がありました。「友情を取るか、金を取るか」です。
野球テレビ観戦衰退と飲酒衰退は軌を一にしているのかも、という話。
酒やめて1924日。現在長期出張中で、ビジネスホテル暮らしが続いています。ビジネスホテルだとテレビが視られます。私は自宅で仕事をしているフリーランスですが、自宅にはテレビ受信環境がないのです。
「俺はアル中じゃない」の人が自己防衛のためにする「お前はアル中だ」攻撃がつくり出す輪廻の怖ろしさ。
酒やめて1922日。アル中やアル依は「否認」の病気と言われます。いわく、「俺は自分の酒量はわかってる」とか「あいつはアル中だけど俺はそこまでいってない」とか「俺は飲んでも自分を見失わない」とか、そういうふうなエクスキューズを口にするようになるというのですね。
苦労は克服するよりも避けて通るのがいい。でも酒飲んでると、なかなかそれができないんだよね。
酒やめて1920日。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」なんて教訓がありますよね。そのココロはといえば、苦労を克服した経験がその後の人生を切り拓いていくメソッドに転化できるというものだと思います。
飲酒時代は、なんで俺の人生こんなに上手くいかんのかなあと思っていたのだった。もちろん理由がありました。
酒やめて1918日。思春期の女子の様子を表わす言葉として、「箸が転んでもおかしいお年頃」というものがあります。まあ今は、そんなふうに若い女子の性格規定をするのもポリコレ対象なのかも知れませんけれども。
気力があれば何でもできる! が、その気力を奪うのが酒さんというところのものでありまして。
酒やめて1916日。我々世代にとっては、単に大ヒットドラマということを超えて、世代のアイコン的なドラマだったものに『男女7人夏物語』があります。今の若い人でもタイトルくらい聞いたことはあると思われます。
クルマに対しては合理的判断が働くのに、酒に対しては働かない。やっぱり怖いですよ、酒は。
酒やめて1914日。私の知人に大排気量スポーツカーを愛用している方がいます。ご家族用にはまた別のクルマがあるので、まあ個人の趣味ですよね。やっぱりいいなあ、とは思います。私などは『サーキットの狼』世代であるからです。
「酒でストレス解消」がストレス解消法として決定的に無能な理由。
酒やめて1912日。お酒でストレス解消、みたいなことがよく言われますよね。私も酒をやめてからというもの、飲まなきゃストレス解消にならんやろ~などと言われることがあります。ただ私の飲酒時代は、ストレス解消のために飲むといった目的飲酒ではなかったのです。
アル中かアル中じゃないかはそんなに大きな問題じゃない。問題は、といえば。
酒やめて1910日。先日、親族の会合があったのですが、私の妹夫婦はまあよく飲みます。彼らの息子であるところの私の甥が――こいつも大酒飲みなのですが、「あの人たち、マジよく飲むわ。大丈夫かいな」と心配するほどです。
できれば若いうちに酒やめて、脳を飼い馴らしておくと後々効いてくるという話【今からでも間に合う人がマジうらやましい】
酒やめて1908日。私事で恐縮ですが、てか個人ブログなので全部私事なのですけど、私はフリーランスという立場で仕事しています。コロナ前までは事務所を借りていましたが、今は自宅での仕事です。一人仕事です。そういうやり方を数十年間続けてきたわけです。
酒を飲み過ぎると肝臓が苦し紛れに出す酵素。実は同じようなものが脳からも出ているという話。
酒やめて1906日。ネット上でこのようなものを見つけてしまいました。有名なのかもしれないですが、私は初見です。いやいやいや怖いです。言うまでもありませんが、酒を飲むとき、身体の各部分がどのような反応するか擬人化したものですね。
酒さんが、飲酒者をして「俺すげ~」にしてしまうメカニズムとは?
酒やめて1904日。開幕から不調のようだった大谷翔平選手ですが、さすがにここにきて本領発揮しています。そうすると必ず出てくるのがあの議論です。大谷がすごいからってお前がすごいんじゃないからねー、というやつですねー。
酒というご褒美を設定してしまうと、それ以外の時間がまったく楽しくなくなるという構造的にして不幸な問題。
酒やめて1902日。思えば私が高校生の頃、教師の言うことは決まっていました。いわく、大学に入ればいくらでも遊べるのだから今は勉強だけしろ! 大学生活というご褒美があって、それを得るために勉強という努力があるという構造ですよね。
酒飲んでると「次行こう」ができなくなる。この本当の怖さとは?
酒やめて1900日。ネットが遅いとストレスが溜まります。普通の人はどうするかというと、その原因を調べて改善策を講じるわけですよね、当然ながら。そして契約会社を代えるなら、通信速度や料金のこと、あるいは契約方法によるキャッシュバックの有無なども調べます。
酒の地位低下はわかった。じゃ「酒で死ぬこと」の地位はどうなのよ、という話。
酒やめて1898日。先日、今年86歳になる父と話していて――そのとき父は飲んでいたのですが、そういやおじいちゃん(父の父・当然故人)て、酒飲んでたっけという話題になりました。父が言うには「あんまり飲んでなかったなあ」と。
酒やめて1896日。私が酒やめたとき、当初は「時限」のつもりでした。医者からも1年ぐらいは飲まないようにと言われていましたし、当然そのときは「んな馬鹿な!」だったけれども、ただ、一生飲めないとは思わなかったのです。
【ヒッキー大勝利!?】「社交」の地位が低下している今、酒の地位低下も免れないよねという話。
酒やめて1894日。ヒッキー――それが物理的なものであれ精神的なものであれ、そのような主人公が新しい一歩を踏み出すといったテーマのコンテンツがあって、コロナの前まではちょっとしたブームだったような気もします。
社会構造の変化というものをマジ実感しますよ。ということは、酒飲んでる場合じゃないのもマジ実感ですよね、あらためて。
酒やめて1892日。この稿は、断酒者としての、というよりも個人的な妄想の類なのかもしれません。ただしこの時期にどうしても書いておきたいことなので勝手に書かせていただきます。まあ個人ブログなので(汗)。
ウィル・スミス平手打ち事件が示した「人類の分化」。当然、「酒」を媒介にしても起こってます。
酒やめて、1890日。ウィル・スミス事件における日米の反応の違いとはウィル・スミスの平手打ち事件が、いまだにネット上では話題になっていて、いろんな人がいろんなことを言っています。なぜ単なる平手打ち事件が「いろんな」になるかというと、やはり人
日本ほど、いい意味で「酒飲んでる場合じゃない」社会環境はないと考える理由。
酒やめて1888日。世の中には情報商材というものがあります。恥ずかしながら私も購入したことがあります。このブログ開設にあたってですが、SEOのツボみたいなことを勉強しようと思ったのです。
あの朝、見かけた「ご同輩」たちは今どうしているのだろう。余計なお世話ながら。
酒やめて1886日。飲んでいた時代は、朝、絶望とともに目覚めていました。とにかく朝起きて思うことは「死にたい」ですよね。そこまで行かなくても、すべてのことに対してやる気が出ないのです。
花見について、断酒者として思うところを書かせていただきます。
酒やめて1884日。花見文化……はいいにしても、花見宴会ってどうなんでしょうねえと、まあ今さらですけど思ってしまう次第でありますよ。今回はそこのところについて、もうちょっと触れていきたいと思います。誰にも頼まれてはいませんけれども。
台湾におけるビンロウ文化は廃れてしまったようです。日本における酒文化はどうですか?
酒やめて1882日。ロシアのウクライナ侵攻にアメリカが介入せず、もしこれでロシアになんらかの利がある結果を国際社会が容認すれば、中国も「な~んだ、やっちゃってもいいんやん」になるでしょう。日本人として他人事ではない戦争が、ますます他人事ではなくなります。
酒を酌み交わし天下国家を論じる←これが決定的にアウトオブデイトである理由。
酒やめて1880日。前回、前々回と「インテリアだから酒やめられる」について書かせていただきました。二回も続けて書いたのは当然ながら、断酒者にとって非常に都合のいい理屈……というよりも、これから人類と酒の関係を示唆するようにも思えたからです。
「断酒者=インテリ」という、非常に都合が良い理屈を、さらに深掘りしてみると。
酒やめて1878日。一昨日、断酒大先輩・小田嶋隆さんの主治医である田中孝雄先生による「あなたはインテリだからアルコール中毒を治癒できる」という、断酒者にとって耳に心地よいで一節を紹介させていただきました。
「インテリだから酒やめられる」@小田嶋隆氏の主治医←なかなかツボな理屈。
酒やめて1876日。このブログでも何度か引用させていただいている、断酒大先輩の小田嶋隆さんの著作『上を向いてアルコール』にこんな一節が出てきます――決意とか忍耐の問題ではなくて、生活のプランニングを一からすべて組み替えるということで、それは知性のない人間にはできない、と。
今の日本は「酒レス・ミニマムライフで将来に備える」を実践するにあたって、絶好の社会環境かもしれないね、という話。
酒やめて1874日。ちょっと前に「酒レスのミニマムライフをシミュレーションしてみる」という話を書かせていただきました。これに対する反論(?)として、そーはゆーても、しゃかりきに働いても貧しい人は実在しとるしー、というものがあると考えます。
酒やめて1872日。今年で86歳になるうちの父などを見ていますと、やっぱり酒量は増えましたね。下手すりゃ昼から飲んでいます。友人の父上でもそういう方は多いです。うちの父の場合、2年前に連れ合いをなくしており、やっぱり寂しさというのもあるでしょう。
「忙しい」と「金ない」は普通両立しないものだけど、両立させちゃうのが飲酒習慣というものかもしれません。
酒やめて1870日。ちょっと前に「酒レスのミニマムライフをシミュレーションしてみる」といったテーマで書かせていただきました。ゆる~くワークし、余った時間で将来に備える、そのためには生活をミニマムにする必要があり、むろん酒も飲まないことが条件になる、ということですよね。
「明日考えよう」には二通りあることがわかった件【断酒して遅まきながら(汗)】
酒やめて1868日。「明日考えよう」とは、映画『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラのセリフで、スカーレットの性格を象徴するものとして有名であり、それゆえにこの映画のアイコン的セリフにもなっています。
酒やめて1866日。ちょっと前に「「労働」が変容している今、酒との付き合い方が変わるのは当たり前だよねという話」という話を書かせていただきました。結局のところ、組織にディベンドすることなく自分の将来は自分で備えなければならない時代にあっては、自分の時間とエネルギーが労働によって毀損されるのが一番怖いわけですよね。
健康のために酒やめるなんてダサいと思っていたけど、ここに医療費問題を絡めると案外妥当性が高い件。
酒やめて1864日。先日、父の付き添いで医院→薬局と回わったのですが、薬局で待っている間にいろいろドキリとする案内が耳に入ってくるんですよ。「〇〇さ~ん、注射器4本出しときますから~」だとか「お会計は7千と〇〇円なります」だとか。
「労働」が変容している今、酒との付き合い方が変わるのは当たり前だよねという話。
酒やめて1862日。一昨日、「人類はいよいよ、社会構造的にも酒と訣別しようとしているのか」という話を書かせていただきました。私にしては大それたテーマを取り上げたので、かなり舌足らずな部分もあり、ですから本日も深堀りというか続きというか、別角度から検証(?)してみたいと思います。
人類はいよいよ、社会構造的にも酒と訣別しようとしているのか。
酒やめて1860日。確定申告してみて、いやいやいやいや収入の少なさにびっくりしましたよ。コロナ禍を背景に、それだけ仕事が減っているということですね。いやいやいやいやコロナのせいにしちゃいかんですな。自分の力のなさ、あるいは加齢による部分も大きいでしょう。
酒やめて1858日。ここのところずっと、酒のマッチポンプ力の恐ろしさについて書かせていただきますけれども、これはマジ実感であります。しつこいようですが酒は意思を持っているかのように、自分に都合のいいように人間を造りかえていきます。
飲酒生活が深度化すると、体系的に物事を考えられなくなっちゃうよね、という話。
酒やめて1856日。一昨日、「「飲酒習慣→汚部屋」が象徴する、酒の本当の恐ろしさとは」という記事を書かせていただきましたが、この「片付けられネーゼ」問題を、もうちょっと深掘りしてみたいと思います。
酒やめて1854日。ちょっと前に、断酒友から、我々の共通の先輩がコロナ引きこもりで酒量が増え、家が汚部屋化しているらしいという話を聞きました。これもねー、よ~くわかるんですよ。酒飲むとそもそも部屋を片付けようという気力が湧いてきません。
人恋しいから酒を飲みたくなるのか、酒飲むから人恋しくなるのか。
酒やめて1852日。一昨日、「寂しいから酒を飲むのか、酒が寂しさを連れてくるのか」という記事を書かせていただきました。この「孤独と酒」あるいは「人付き合いと酒」は、断酒ブログとしてもやはり一つの大きなテーマとなると思いますので、ちょっと深堀りさせていただきます。
酒やめて1850日。先日、断酒友と話していて、二人の共通の先輩がちょっとヤバいんじゃないかという話題が出ました。その先輩は、このブログにも度々登場させていますが、自称適性飲酒者で、俺は家では焼酎2杯しか飲まない( -`д-´)キリッと常々公言している人間です。
酒やめて1848日。先日、高校時代の友人と話していて、いやなんかもうね物欲がなくなっちゃったね、といったことが話のテーマ(?)になりました。というのは、高校時代から最近に至るまで、やっぱり欲しくて欲しくて狂おしい「もの」があったわけですよ。
ジン横丁的なヤバい飲み方をしていた人のほうが、案外、酒を筋トレで代替しやすいんじゃね? という仮説。
酒やめて1846日。私事ですが2週間前に右目の白内障の手術をして、ようやく軽い運動が解禁になりました。誰にも訊かれちゃいませんが細かい話をすれば、1ヵ月半前に左目の手術をして、その2週間後に軽い運動解禁、そのまた2週間後に右目の手術をしたので、現在がそのさらに2週間後で二度目の運動解禁になります
「酒飲んでる人=いい人」の価値観から、人類は脱することができるのか。
酒やめて1844日。Amazon Primeで『ゆるキャン△』を観ています。タイトル通り、女子高生5人がゆる~くキャンプはじめ野外活動に挑戦していくというお話で、ノウハウも紹介されていて興味深いものがあります。
酒やめて1842日。Instagramで、興味深いチャート図を見つけました。これもねーよくわかるんですよ。このブログでも書かせていただいてますが、この「これまでのライフサイクルモデル」という生き方というのは、「これまでの」というくらいで崩壊しかかっていますよね。
酒やめて、「いつ死んでもいいんだ」とうそぶいている場合ではなくなった件。
酒やめて1840日。一昨日もちらっと書きましたけれども、酒呑みというところの者は非常にデスペレイトな価値観を持っていて、俺なんかいつも死んでもいいんだと、半ば恰好つけ、半ば本気で思っています。
酒やめて1838日。酒やめて5年が過ぎたわけですが、まあよく言われます。やっぱり健康考えてなんだ、みたいなこと。でも私的には、それははなはだ不本意なんですよ。健康のために酒やめましたってのは、なんだかダサすぎるじゃないですか。
酒やめて1836日。冒険紀行作家の高野秀行さんの著作『イスラム飲酒紀行』に、酒で不安を紛らわすという件が出てきます。なんでも航空券に関して下手を打ってしまい、渡航先で30万円以上の出費を余儀なくされるかもしれない、ということでパニックに陥り、酒を飲みたくなるというものです。
「酒飲まない人大勝利~♪」は社会的にもそうだということを、あらためて確認しておきたいと思います。
酒やめて1834日。最近、高校大学時代の友人と会ったり集まったりする機会が多くなっています。なぜかといえば、み~んな暇なんですよ。退職した人間もいますし、働いていても要職からは外れています。
酒飲まない人大勝利~♪ のエビデンスがまた一つ。今度のはかなり強力のようです。
酒やめて1832日。イギリスの最新の研究結果で、ついに(?)「適量の飲酒でも身体に良くない」という結果が出たそうです。伝えたのは、Gigazineです。このメディアは、以前には「ストーンヘンジは医療装置だった!」といった記事を掲載したこともあり、学術ニュースサイトの東スポ感もあるのですが。
ノンアルコールビールと「夜中にトイレに起きる」の関係について考えてみる。
酒やめて1830日。ここのところ、睡眠について何度か書かせていただきました(参考「」)。いやしかし、質の高い睡眠というのは、ほんとにストレスフリーの母ですよね。この辺のことは経験則的には知られていましたけれども、昨今とみに研究も進んでいる分野であります。
結局のところ、飲酒の最大の抑止力とは、断酒前提に人生を組み立てることなのかもしれない。
酒やめて1828日。最近、高校時代の友人と話しているとよく出てくるのが、まあ何とか人生、上がったよねという感慨です。高校を卒業して幾星霜、あの頃抱いていた青雲の志とやらが何一つ実現していないのはまったく驚くべきことではありますが……。
酒やめて、まる5年。あれだけ好きなお酒をやめたんだから、後は好きなことしてもよかろーもん(←これ)。
酒やめて1826日。驚くべきことに本日、2月3日で、酒やめてまるまる5年になりました。ちょうど5年前の2月4日から酒を飲まない生活を始めたのです。
酒やめて1824日。先日、車を運転しておりましたら、反対車線でエンコ……という言葉はもう死語なのでしょうか、要はなんらかのトラブルによって立ち往生している車がいて、当然のごとく後続は渋滞していました。
飲酒と「見た目の老化」の相関関係がかなり明らかになってきた件。
酒やめて1822日。酒を飲むと脳が劣化あるいは老化します。これはもう明らかになっています。一応、厚生労働省は飲んで良い基準を設定していますけれども、そしてイギリスなどの最新の研究によればこれよりももっと下ですが、ただしこと脳に関していえば、一滴でも飲むとその分だけ確実に老化します。
【お役立ち記事?】白内障の手術をすると人生の視界も開けるのか!?
酒やめて1810日。私事で恐縮ですが、正月明けに左目の白内障の手術をしました。でもって来月右目をするので、とりあえず中間報告というわけでもないのですけれども、備忘録がわりに白内障の手術をしてどう変わったか、あるいは気をつける点などをお役立ち記事としてまとめてみたいと思います。
コロナ禍での飲食店への協力金には、単に感染拡大防止だけじゃなく、文化的歴史的背景もあった!?
酒やめて1808日。オミクロン株による第六波を受け、いわゆる「まん防」が発令されました。それに伴い飲食店への協力金も出るそうです。そして反発もあります。なぜ飲食店ばかりを優遇するのか、他に困っている人がたくさんいるのに、というわけです。
酒のおかげで自分は「陽キャ」だと思い込んでいた愚か者がここにいますよ。
酒やめて1806日。先日、高校時代の友人と話をしていて、彼の娘さんが高校時代に文化祭の実行委員をやっていたという聞き捨てならない(?)話を聞いたので、「なんだ、〇〇ちゃん(娘さんの名前)て主要メンバーだったんだ」と不本意に感じたりしたのでした。
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酒やめて2014日。このブログは、海辺の、なんと言ったらいいのでしょうか、ゲストハウスのようなところで書いております。でもって本業の仕事も、タブレットに資料を入れてきたので若干ながら進めています。
酒やめて2012日。またぞろ承認要求充足と断酒とのからみの話で恐縮なのですが、そしてちょっと前にも書いていますが、承認要求を満たしたいがために、何らかのコミュニティに所属するという行動パターンがあります。それは統一教会のような危険な宗教もそうだし自己開発セミナーの類もそうでしょう。
酒やめて2010日。一昨日、「承認要求を満たすための最高の方法は、間違いなく断酒です!」といったことを書きました。要は、断酒したら自分で自分を認められるのだから、それ以上の承認要求充足はない( ー`дー´)キリッということです。
酒やめて2008日。安倍さんの一件で統一教会問題が再びクローズアップされていますが、その下部組織として大学内で活動を行っている原理研があることはよく知られています。この原理研、私が大学生の時代も当然のようにありましたが、やっぱりアイデンティティが確立できていない学生の心にすっと入り込んでくる類のものだったと思います。
酒やめて2006日。「更生したヤンキー問題」というものがネット上でに根強くありまして、つまり昔やんちゃやってた人が今は立派にやっていますみたいなことが美談として捉えられるのはおかしいんじゃね、という「問題」です。
酒やめて2004日。先日、4人で会食しまして、そのうち2人がコロナ陽性になったという一件がありました。残りの1人はコロナ明けであり、残り1人は私であります。つまり私としては陽性者と濃厚接触となったわけで、数日間自宅謹慎(?)していました。
酒やめて2002日。大昔の会社員時代、最初営業をやっていてその後、クリエイティブなどという小賢しい名称を名乗る部署に移ったのですけれども、ただクリエイティブといえどもクリエイティブではまったくなく、いろいろな雑事で日が暮れていたのでした。
酒やめて2000日。一昨日、「「好きなことやらせてもらおうもん」の夏にしますわ」といったことを書かせていただきました。それに関連して本日も書きたいのですが、本日、酒やめてなんと2000日に到達しましたので、多少はお役に立てるというか意義あることを書かねばならぬと意味なく気負っております。
酒やめて1998日。酒をやめて得たものは、時間、お金、気力になるでしょうけれども、心情的な部分でいえば、やっぱり、あれだけ好きだった酒をやめたんだから、後のことは好きなことやらせてもらおうもん、というものです。
酒やめて1996日。酒飲んでいた時代は「何かたるいなあ」ベースで生きていたような気がします。ただしこれは酒を飲む習慣が身に付く以前、中高時代からだったかもしれません。つまり勉強するのが嫌で嫌で、あー勉強したくねーと毎日思って生きていたのでした。
酒やめて1994日。安倍さんが殺されて、そこで思うのは今後、改憲問題がどうなるかということです。参議院選改選で改憲勢力が2/3を維持したそうですが、ただ改憲は、文字通りそれに命を懸けていた安倍さんのカリスマによって推進されていたようにも見えました。
酒やめて1992日。本当にいつも書いていて恐縮ですが、酒やめると、それまでの人生では考えられなかったほどの大量の時間が湧いてきます。でもだからといってこいつをダラダラとやり過ごそうという気にはならない……というか、それができないのです。
酒やめて1990日。断酒とセルフエスティーム、自己肯定感の関係についてはこのブログでも何度か書かせていただいています。なぜ酒をやめると、自己肯定感がアップするのかといえば、私の個人的経験では、やはり断酒を続けられているという成功体験がまずそのベースにあります。
酒やめて1988日。ここのところ私にしては珍しく仕事が立て込んでおりまして、長期出張も含め4月からこっちずっと休みなしで働いておりました。このようになることは分かっていたので、2日に一度のブログ更新について果たしてできるもんだろうかという不安もあったのです。
酒やめて1986日。知人で断酒をがんばっている人間がいまして、時々再飲酒しまた断酒し、というパターンなのですが、そうしたことに対して、なんというかちょっかいを出してくる輩がいるらしいのですね。
酒やめて1984日。ちょっと前に「飲酒習慣があると「後ろめたさ」が人生すべてを覆ってしまうよね」といったことを書かせていただきました。要は、飲酒していたがゆえにずっと後ろめたい人生を送ってきたわけですよ。
酒やめて1982日。ここのところの円安で、またぞろ格差拡大とメディアは騒ぎ、選挙カーも格差ゼセーと騒がしかったけれども(安倍元首相死亡で本日は自粛のようだ)、格差格差ゆーときゃうけるやろ~が透けて見えて鼻白んでしまいます。
酒やめて1980日。酒の時間強奪能力、エネルギー強奪能力、そして金銭強奪能力はものすごい、という話はいつも書かせていただいております。いやしかし、今あらためて思うのは、酒飲んでいた時代は本当に「するする」といった表現がぴったりとくるような具合で、お金が財布から出て行っていました。
酒やめて1978日。本当にいつも書いていて恐縮ですが、アル中とまではいかずとも酒を常飲していると、飲んでいる自分を正当化するために人格が傲慢になります。酒さんに人格を魔改造されてしまうのです。
酒やめて1976日。ずいぶんと前にアル中と破産者マップの関係について、「アルコール依存と多重債務、どっちがよりヤバいか?」として書かせていただきました。この破産者マップですが、新破産者マップになって、またぞろネット上に出現しているようです
酒やめて1650日。酒をやめてしみじみ思うのは、快適主義者になったということです。逆に言えば、酒を飲んでいる時代は快楽主義者でした。楽しいのはどっちかと聞かれれば、あるいは後者なのかもしれません。
酒やめて1648日。世の中には、「聞く耳を持たない」という種類の人間がいます。これはもともとの性向でもあったのでしょうけれども、当然ながら老化とともに拍車がかかります。こういう人は会議などでもとにかく相手の意見を否定しますよね。「そんなのはダメだあ」が口癖だったりします。
酒やめて1646日。第4回の緊急事態宣言に伴う飲食店の時短や酒類提供自粛で、またぞろ路上飲み公園飲みが話題というか糾弾の対象のようになってきています。その一方で、ワクチンを打った人たちは、もう飲んでもいいんだあああ状態に突入しており、こちらもなんだかなあ、な状態ではあります。
酒やめて1644日。一昨日、「酒飲まないと、楽観的な心持ちになれるのはなぜか?」という記事を書かせていただきました。言い足りない部分もあるので、続編というわけではないのですが、さらなるなる理論展開(?)をしたいと思います。
酒やめて1642日。東京での感染者(正確には陽性反応者ですが)が4000人を超え全国でも1万2千人(7月31日時点の「最高値」)だそうで、とどまることのないコロナ禍といった様相を呈しています。新聞などのオールドメディアを見る限り。
酒やめて1640日。ちょっと前に「16時間断食と断酒はきわめて相性が良いことを、ここに確認しておきたいと思います」という記事をこのブログに書き、それをTwitterで告知したら、私がTwitter上で勝手に断酒仲間と認定させていただいている方々の多くも「やってる」ことが判明したのでした。
酒やめて1638日。ずいぶん前ですが、「あの夜、バーで出会った人のこと」という記事を書かせていただきました。飲酒時代、とあるバーで見知らぬ方(おっさん)にモエをゴチになったのですが、実は有名人なのでした。
16時間断食というダイエット・健康法があります。私は最近になって知りました。ご存じの方も多いと思いますが、念のために書き添えておくと、一日のなかに16時間まったく食べない時間帯をつくるというものです。
酒やめて1634日。私がTwitter上で勝手に断酒仲間と認定させていただいている「禁酒実践中のかとやん」さんが、肝硬変の怖さについてツイートしています。
酒やめて1632日。4月の頭からずっとかかずらっていた仕事がフィニッシュし、何とか夏を迎えることができています。ただしワクチンの予約が8月末と9月中旬なので、結局のところ二回目接種までおとなしくしてなきゃいけないということですね。
酒やめて1630日。節約ブログの類に興味があって、というよりも生活必要上わりとよく読むのですが、人気ブログである「カナヘビもどき」さんのブログに「生活費 1カ月1万円生活を続けたら人生観が変わった話」という記事があります。
酒やめて1628日。一昨日、「労働+酒」というライフスタイルの衰退についてちらっと書きました。ちょっと言い足りない部分があるので深掘りさせていただきたいと思います。誰にも頼まれてはいませんけれども(汗)。
酒やめて1626日。日本の「ワクチン不足」について、窪田順生というジャーナリストが「ワクチン不足・酒提供への圧力で露呈した「やりすぎる日本」という負けパターン」という記事で考察しています。記事の趣旨は日本社会構造と日本人のメンタリティです。
酒やめて1624日。先日、久しぶりに海に行ってきました。小波でしたが、まあジジイロングボーダーにはちょうどいいかと。で、波待ちしながら周囲をつらつらと見るに、すっかり裸族、上半身裸サーファーが増殖していることに驚きました。
酒やめて1622日。ちょっと前に書いた「しつこいようですが、「断酒」と「時代」は切り離して考えられないことを確認しておきます」という記事に関して、Twitter上で私が勝手に断酒仲間と認定させていただいてる「MJ@断酒で人生好転中!さん」がツイートしてくれました。
酒やめて1620日。ここのところずっと飲酒あるいは断酒と「時代」の関係について、書かせていただいています。今回もその続きと言ってはナンなのですが、結構今、世の中は重要な局面を迎えているような気がするんですよね。
酒やめて1618日。昨日もちらと書かせていただきましたが、やっぱり時代ということと酒をやめるということは切り離しては考えられないです。このことは禁煙(なぜか断煙とは言わない)のことを考えると分かりやすいと思います。
酒やめて1616日。「適度な飲酒」ということが世の中でまあ一般的には肯定されているけれども、「毎日飲む人」と「機会飲酒者」とで区別して考えなければいけない、「適度な飲酒」が適用されるのは機会飲酒者だけだ、ということを一昨日書かせていただきました。
酒やめて1614日。脳に快楽をもたらすもの、すなわち脳汁噴出物質あるいは行為のうち、タバコ、パチンコなどは、今の世の中では、言ってみれば「絶対悪」として認識されています。「ヤニカス」「パチンカス」という言葉もあるくらいですしね。
酒やめて1612日。私事で恐縮ですが、ここ数か月、長期出張も含めずっとかかずっていた仕事がようやく山を越え、夏計画てやつを立ててもいいような雰囲気になってきました。とはいえその前にワクチン接種をしなければならず、またコロナの状況も先行き不透明な部分が多いのですが。