船上山の戦い(鳥取県)
元弘2年/正慶元年(1332年),鎌倉幕府転覆を企てた後醍醐天皇は隠岐国に配流,同地の守護・佐々木清高に幽閉される。 清高の監視は厳しかったが,翌年,天皇は脱出に成功,船で出雲国を目指すが風に流され伯耆国に漂着してしまう。 ここで,天皇は同地の地頭・名和長年により保護,長年は天皇を奉じて守備に適した船上山にて挙兵する。 一方,天皇に逃げられた清高は奪還のため手勢を率い同山へと攻め寄せる。数に劣る長年であるが,山中の木々に旗をくくりつけて数多くの手勢がいるよう見せ掛け,時折矢を放つという攻撃を繰り返し牽制,その結果,清高方の大将・佐々木昌綱の目に矢が当たり戦死したほか,降伏する武将も現れてしまう…
2021/06/27 18:55