chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
東行
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2019/05/12

arrow_drop_down
  • 鎌倉殿の13人・北条泰時はなぜ後鳥羽上皇の「敗戦の院宣」が読めなかったのか。承久の乱。

    吾妻鏡にこうあります。概略です。泰時は5千の兵を率いていた。そこへ後鳥羽上皇の敗戦の院宣がもたらされた。泰時は馬を降りて受け取った。そして「この中に誰か院宣を読めるものはいるか」と言った。武蔵の国の藤田三郎が読むことができたので、彼が読んだ。「この度のことは、全て院の意思ではなく、謀臣のしわざである」以上のことから分かるのは、泰時は院宣を読めなかったこと、5千人の中でも読める人間はほぼおらず「もしかしたら藤田一人だったこと」です。それにしても藤田はなぜ読めたのか。そっちがびっくりです。吾妻鏡が「とても信用できない、泰時顕彰のための曲筆ばかり」なら、ここは「読めたこと」にしてほしいものですが、ちゃんと「読めなかった」としています。この院宣は承久記前田本にあって、国会のデジタルコレクションで見ることができます...鎌倉殿の13人・北条泰時はなぜ後鳥羽上皇の「敗戦の院宣」が読めなかったのか。承久の乱。

  • 鎌倉殿の13人関連・「承久の乱」をどう考えたらいいのか。

    「承久の乱」を「どう評価」すべきでしょうか。社会の混乱という意味では、さほどの戦いではありません。後醍醐帝と足利尊氏が明確なビジョンもなく「鎌倉幕府を倒してしまって」から、60年の内乱の時代が訪れます。そういう意味では、この2人、とんでもない人たちです。フセインを倒したはいいが、さしたるビジョンもなかったため、イラクを今も混迷の中に沈めているアメリカ、と同じことをやっています。皇国史観においては「後醍醐帝に逆らった足利尊氏」は「日本最大の悪人」と呼ばれましたが、「皇国史観大嫌い」の私ですら「もっとちゃんとやれよ」とは思います。むろん後醍醐天皇も同罪です。この南北朝時代の戦い、いわゆる「観応の擾乱」(じょうらん、意味なく難しい言葉ので、この言葉は変えた方がいい)に比べれば、あっという間に決着がつきます。数か...鎌倉殿の13人関連・「承久の乱」をどう考えたらいいのか。

  • 天下概念の歴史的変容・「信長・家康がおったらそこが天下や」説

    織田信長の時代、天下とは畿内を指した。したがって「天下布武」とは「畿内を」、布武(武とは徳であり、徳によって徳治)することだ。誰が考えた「言葉遊び」かは分かりませんが、ちょっと前にはこういう「言葉遊び」にこだわる人がいました。今は最新の研究によって「乗り越えられて」、、、、いません。私は素人ですがちょっと考えて「奇妙な詐術」であることは分かります。そもそも「印鑑の意味」などいくら探っても、その武将の「実体」には迫れません。豊臣秀吉の印鑑の中にはいまだに「読めない」ものもあるのです。「印」なんてその程度のものです。それでもこだわるとすると・お釈迦様の「天上天下唯我独尊」、、、この天下も畿内なのか。お釈迦様は日本の畿内で独尊なのか。中世にもこの言葉はある。・源頼朝の「天下草創」、、、頼朝は畿内を「草創」したの...天下概念の歴史的変容・「信長・家康がおったらそこが天下や」説

  • 鎌倉殿の13人・スピンオフ小説「比奈の乱」・「承久の乱前夜」

    後鳥羽上皇の願いを受けて、比奈は鎌倉に下向した。義時とは直接文を交わしたことはないものの、比企の乱から16年、義時は京の比奈に、定期的に莫大な金銭を送ってきてくれていた。途中からは泰時の名で送られてきたが、義時に意向であることは間違いない。比奈はまずその礼を述べた。「少しもお変わりになりませんね、小四郎殿」「そうか、人には別人になったと言われるが」「同じです。あなたはいつも鎌倉のことばかり考えて、そして疲れていらした」「そうか」「さて、京は上皇様のお言葉を伝えに参りました」京で比奈と後鳥羽上皇が懇意であることは、義時はよく知っている。「文を託すまでの仲とはな。比奈、つらくはないのか」比奈にとってはマツリゴトに関わることが苦痛であると義時は思っている。「比企の一族のことは、すべて昔のことです」と言って比奈は...鎌倉殿の13人・スピンオフ小説「比奈の乱」・「承久の乱前夜」

  • 映画「空海」と「Karaの復活」

    映画「空海」、は1984年、北大路欣也主演のドラマで、最澄は加藤剛さんが演じました。印象的な言葉が三つある。1,妙適淸淨句是菩薩位-男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地であるこれは密教の理趣経に書かれており、空海は東大寺の別当でもあったから、東大寺では理趣経は今も大事な経典らしい。むろん密教系にとって最高の経典の一つであることは言うまでもありません。性交は仏の境地、性欲は仏の境地無軌道な性欲の発動は社会の秩序を乱すから、この理趣経の考えは「小難しい哲学的解釈をもって改変」されてきました。道徳的になるように。しかし私は素直に読むべきだと思います。「男女の合意さえあれば、性欲の発動は生きる活力であり、つまりは元気の源である」ということです。「男女の合意」というのは「現代風の私の解釈」だが、空海においても...映画「空海」と「Karaの復活」

  • 「鎌倉殿の13人」スピンオフ小説・「比奈の乱」(仮)序章

    比奈・・義時の正妻であった「姫の前」のこと。本名は不明だが、ここでは「鎌倉殿の13人」にリスペクトを込めて「比奈」とする。太郎泰時は実子ではない。実子に北条朝時、後の幕府連署、北条重時がいる。「全く失礼な話だわ」と比奈は憤慨している。それにこの屋敷の様子はどうであろう。手はかけられているがどこか人間の生活感がない。「それでも左近衛権中将様が会ってくれるのですから」と侍女の「お駒」は比奈を慰めた。「あたり前です。勝手に人を死んだことにしたのですから、抗議しなくてはなりません」比奈の憤りは収まらない。やがて一人の公家がしずしずと現れ着座した。どこか貧弱で体の線が細い。男は黙って比奈を見ている。何も言わない。比奈も何も言わない。慌ててお駒が挨拶した。「こちらは鎌倉の北条義時殿の前室であるお比奈さまでございます、...「鎌倉殿の13人」スピンオフ小説・「比奈の乱」(仮)序章

  • 鎌倉殿の13人関連・「後醍醐上皇の目的は討幕ではないない説」は論理的に成り立つか。

    最近、後醍醐上皇は討幕を企てていない。北条義時を排除しようとしただけだ。と偉い学者さんがよく言います。これは妥当でしょうか。まず結論から書くと「妥当ではないが、成り立つ可能性も残されてはいる」と思います。以下少し詳しく。1,討幕なんて言葉は当時なかった。追討宣旨は「個人宛」である。当時、幕府という言葉はほぼ使用されていませんでした。京都政権は鎌倉幕府を「関東」とか「武家」とか言っていました。六波羅探題ができてからは探題が「武家」、幕府は「関東」と呼ぶことが多かったようです。追討宣旨は個人宛が先例で、後醍醐天皇すら「討幕という言葉は使っていない」わけです。「北条高時とその仲間」を追討せよ、です。後鳥羽上皇の追討宣旨(正しくは仲恭天皇の宣旨か)は「北条義時個人宛であり、鎌倉幕府追討とはなっていないから、討幕で...鎌倉殿の13人関連・「後醍醐上皇の目的は討幕ではないない説」は論理的に成り立つか。

  • 即興歴史小説「義時の涙、泰時の誓い」、初回で最終回「義時死す」

    悪人・北条義時に捧ぐ承久の乱の後、北条太郎泰時と北条時房は「六波羅探題」の長官として京に「長期出張」ということになった。「京で修行してこい」、これが親父である義時の言葉である。公家は噂が好きだ。嘘と分かってもその嘘を楽しんでいる。時には嘘と分かりつつ、日記に「さも本当のように」書くことも多い。正確な歴史を記述するという観念自体が存在していない。史官もほとんどいなかった。和歌と同じで言葉遊びが公家の楽しみであった。その公家の間では鎌倉に関するいくつもフェイクニュースが飛び交っている。「鎌倉がこうなってしまえばいい」という悪意に満ちた願望であることも多い。「義時の妻の伊賀の方が、実子の政村を執権にするため、義時に少しずつ毒を盛っているらしい」「北条は怨霊によって、この後、だれが執権になっても短命で終わる」「北...即興歴史小説「義時の涙、泰時の誓い」、初回で最終回「義時死す」

  • 「鎌倉殿の13人」感想・第45回・「八幡宮の階段」

    ほとんどの大河ドラマを見てきましたが「鎌倉殿の13人」は「きわめて秀逸で画期性がある作品」です。しかも私の好きな北条義時を主人公にしています。さらに主人公の美化を行わず、泰時の美化は行っているものの「泰時はかなりポンコツ」として描かれています。畠山重忠だって死ぬ回以外は、かなりドライに悪行に手を染めていました。つまり美化される人物が存在しない。これは私の好きな路線の作品です。ということで「文句を書き」ます。私は本当にファンなので、まず文句から書きます。・公暁が実朝を殺しても「鎌倉殿になれない」という自明の問題は「私は名を残したかった」という公暁の弁で「一応クリアー」していた。公暁の行為は「全く意味不明で、奇々怪々、うっぷん以外の説明がありえない」とこのブログで書いてきた私としては、「あっ、名を残す」という...「鎌倉殿の13人」感想・第45回・「八幡宮の階段」

  • 「権門体制論」の「正しい理解と批判」のための序論

    権門体制論には黒田俊雄氏の「オリジナル権門体制論」つまり「シン・権門体制論」と、そこから思想性とかいろんなものを抜いてしまった「現代風権門体制論」があります。多くの学者が、今依拠しているのは単純化された「現代風権門体制論」です。それは極めてシンプルな考えで、果たして「論」と呼ぶべきものなのかも分かりません。A,中世(平安末期から室町中期または安土桃山時代まで)において日本を支配していたのは、公家、武家、寺家の3大勢力である。終わり。基本的にはこれだけです。もうちょっとだけ複雑にするとB,中世において日本を支配していたのは公家、武家、寺家の3大勢力である。彼らは天皇を中心にしてゆるく結合しながら、相互補完を行っていた。これだけです。「現代権門体制論」は単純すぎて理論とは言い難い。図書検索をして「権門体制論」...「権門体制論」の「正しい理解と批判」のための序論

  • 「オリジナル権門体制論」と「象徴天皇制的権門体制論」

    黒田俊雄氏のオリジナル権門体制論はきわめてシンプルな考え方である。中世(平安末期から江戸幕府の成立前まで)において国家を支配したのは公家・武家・寺家の3大勢力である。以上。これで「終わり」である。つけ足すとすれば「天皇の位置」だが、「天皇の位置」まで言及するとなると「シンプル」にはいかなくなる。「天皇を中心としてゆるく結合」は実は間違っている。そんな粗雑な分析で「こと足れり」とはならない。黒田俊雄氏は1960年代、「天皇制の権力構造の解明」の為に「オリジナル権門体制論」を提唱した。そして天皇制の分析に多くの労力を費やした。それを「ゆるく統合」などという粗雑な言葉で表現することは不可能である。「ゆるく統合」は現代の「象徴天皇制を過去に投影した権門体制論」の産物である。もっとも、黒田氏の「思いなら」、「シンプ...「オリジナル権門体制論」と「象徴天皇制的権門体制論」

  • 鎌倉殿の13人、勝手にスピンオフ「北条泰時の野望・鶴岡八幡宮の雪」

    石段に差し掛かると、源実朝は北条義時の目を見てこう言った・「叔父上、腰を痛めていると聞きました。この寒さはこたえましょう。ここで結構です。もうお帰りください」それを聞いていた源仲章は得意満面の笑みを浮かべた。「執権殿、ご老体にはこたえましょう。ささ、その太刀は私が持ちますゆえに」「おお仲章、気が利くな。叔父上に代わり、太刀持ちをお願いしよう」それにしてもこの太刀は、と仲章は思った。ずしりと重い。どうやら本身の刀である。「ここは武家の都、武家には武家の作法があります」と義時は笑った。実朝は何も言わない。仲章は黙って太刀を受け取った。義時と実朝は目で合図を送りあった。拝賀は終わった。しばし休息。実朝は雑色頭の重蔵を呼んだ。「仲章様の様子はしかと見ました。束帯の下に着込みをしておりまする」「これと同じか」と実朝...鎌倉殿の13人、勝手にスピンオフ「北条泰時の野望・鶴岡八幡宮の雪」

  • 秋篠宮邸のリフォームと礼の思想

    このブログは、「露骨に政治的なこと」は書かないし、他にブログもやっていないので、政治的意見の表明は「面倒なので避けている」わけです。ただ私は歴史学者と同じように、「後鳥羽上皇」を基本「後鳥羽」と書きます。「冷静な分析の対象」として「実朝」「後鳥羽」であるべきだと思っているのです。信長は信長です。「信長公」とは書きません。信長は多少好きですが、それでも分析の対象であることには変わりありません。実際、熱烈なファンでもありません。信長関係の本をよく読むというだけです。「秋篠宮」は「秋篠宮さま」と書くべきなんでしょうか。よく分かりません。「宮」は敬称でしょうか。これは「辞書的問題」ではなく、「今の日本人が秋篠宮の宮を敬称ととらえるか」ということです。本当は秋篠宮さんと書きたいのです。「宮さん」という言葉は、時代劇...秋篠宮邸のリフォームと礼の思想

  • 「それでも実朝の右大臣昇進は官打ちである」説

    身にそぐわない出世をした人間が、その為に不幸になる「状態」を「官打ち」という。と辞書にありました。「状態をいう」ということは「実朝が死んだという状態」が「官打ち」なわけです。後鳥羽院が「殺してやろう」と思っていなくても、実際死んでしまえば「官打ち」「位打ち」なのです。まずこれが「日本語の字義にこだわった場合」、そうなるということです。しかし「辞書の説明は絶対」なわけはないので、誰かが誰かを「陥れるために位を上げること」とするなら、話は変わってきます。承久記は「実朝の死は後鳥羽院による官打ち」であるとしています。後鳥羽院が実朝の不幸の為に、官打ちをしたのか。これを肯定する学者はほぼいません。なぜならオカルトめいた迷信だからです。しかしそれでもずっと「官打ちじゃないのかな、官打ちは合理的説明になるな」と日本人...「それでも実朝の右大臣昇進は官打ちである」説

  • 北条義時ファンの私は非暴力主義者

    「主義」とか「イデオロギー」というのは怖いものなので、なるべく持たないようにしていますが、非暴力だけはどうも「私の主義」のようです。そもそも子供のころから、暴力が嫌いでしたし、人に振るった記憶にありません。「ブス」とかは言いました。自分が不細工であることに気づきもせず、女子に言いました。そういう言葉の暴力は、あると思いますが、人を殴ったことは人生で一度もありません。兄貴は私より多少暴力的です。兄貴は私をよくいじめましたので、私の母は優しい人でしたが、小学校入学以前は「兄貴の頭をはたく」ぐらいはしたようです。つくづく教育に暴力は必要ないと思います。暴力で教育すると、だいたい子供も暴力的になってしまう。虐待と同じで、連鎖するのです。まあ兄の暴力も私が中学生になる頃にはだいぶ収まりました。殴りはしません。押さえ...北条義時ファンの私は非暴力主義者

  • あえて「#鎌倉殿の13人反省会」

    私は歴代大河の95%を見ていますが、「主人公を美化しない」という点において、基本的には「誰も美化しない」という点において、「鎌倉殿の13人」は画期的です。素晴らしい作品だと思います。だから「あえて反省会」をして、文句を書きます。「素晴らしい作品だから文句を書く」ということです。我ながら悪趣味です。実朝について考えます。愚人ですね。ちゃんと愚人として描いていると思います。・人はいい。でも為政者として時に冷酷になるという覚悟がない。・頼家の死因について知らない。知ろうと思えば、いつでも情報は入ったはず。・変な船をつくってみんなに迷惑をかけた。その反省がほぼない。・和田合戦を止められなかった自分の未熟さをあまり反省しない。・そして後鳥羽に頼るとか言い出す。要するに「おれは虎の威を借りるぞ」ということで、みっとも...あえて「#鎌倉殿の13人反省会」

  • 鎌倉殿の13人・公暁くんは何がしたかったのだろう。

    一応の区別として「公暁くん」「平六くん」「義時くん」は大河の物語の登場人物。「公暁」「平六」「義時」は歴史上の人物ということで書きます。途中で混交してしまったらすみません。「公暁くん」(ドラマの)、を見て改めて思ったのですが、「何がしたいのか」が分からない。それは歴上の公暁も同じである。「実朝を討って、御家人に北条の犯罪を明かし、実朝に正統性が存在しないことを説けば、御家人は納得する」と「公暁くん」は言う。「平六くん」も「いい考えだ」とか言う。そんなわけないじゃん。誰が自分たちの棟梁を殺されて「ははー」と従うのだろう。北条義時が同時に死んだとすると、それをきっかけに御家人の主導権争い、また源氏系の「鎌倉殿の地位争奪戦」が起きるだけである。「三浦」が私たちが今日思っている以上に御家人への統制力を持っていたと...鎌倉殿の13人・公暁くんは何がしたかったのだろう。

  • 「鎌倉殿の13人」と「公武協調または公武対立史観」

    「鎌倉殿の13人」のオープニング映像。最後は兵馬俑の像のような「武士」が「貴族に挑んでいる、刀を抜こうとしている」シーンで終わります。明らかに昔ながらの「公武対立史観」を採用しています。「昔ながら」に批判の意識はありません。私は基本的に公武対立史観を支持しているからです。源実朝は「上皇」と強く協力していこうとしますが、北条義時も三浦義村も「表面上は上皇を敬いながらも」、何度も「西のやつら」の「好きにされてたまるか」という言葉を口にしています。そもそも北条義時の兄である北条宗時の「遺志」が「源氏も平家のいらない。西のやつらに指示されたくない。俺たちの坂東を作る。そこで北条が頂上に立つ、というもので、その遺志を北条義時は「継いで」いるのです。もっとも三谷さんは「王家の犬になりたくない」とか登場人物に言わせませ...「鎌倉殿の13人」と「公武協調または公武対立史観」

  • 小説「北条泰時の野望・民のために」・下書き・唐船の巻

    舞台1216年、実朝の死(この小説では死なない)の2年前設定北条泰時・・実朝側近。聖人君子ではなく、自分の政治をしたいという野望に溢れた男、いとこの実朝を同志と思っており、人のいないところでは「金剛、千幡」と幼名で呼び合っている。33歳。源実朝・・生まれたからずっと坂東で育った野趣溢れる男。上皇を抑制するため、上皇の言うことを従順に聞く上皇懐柔政策をとっているが、それにもそろそろ限界を感じている。24歳。安達景盛・・頼朝最側近安達藤九郎の息子。実朝最側近。かつて頼家に女性をとられそうになった過去を持つ。後、宝治合戦を引き起こす武闘派だが、実朝や泰時とは気が合い「3人グループ」を形成している。史実上、娘を北条泰時の子に嫁がせている。執権北条経時、時頼兄弟の祖父である。北条執権の元で、御家人代表として安達氏は...小説「北条泰時の野望・民のために」・下書き・唐船の巻

  • 小説「北条泰時の野望」

    北条泰時と安達景盛が御所に実朝の前に伺候すると、実朝はいつものように人払いを行った。こうして宵の口になると三人で政の相談をする。それがもう何年も続いている。「京の様子はどうだ」と実朝が尋ねる。「伝わってくる話はいつも同じだ。上皇は相変わらず和歌を作り、武術を好み、そして大規模に国家鎮護の祈祷を行っているらしい。」と景盛。上皇とは後の後鳥羽院である。「鶴岡八幡宮のほうは」と実朝。「公暁殿も相変わらず、加持祈祷に熱心らしい。少し異常なほどな」と泰時。「何を祈っておるやら」と実朝は笑った。「あいつは俺を恨んでいるだろうな。やつは鎌倉殿になりたくて仕方ない。しかし母上と義時は先手を打って、さっさと京から皇子か藤原の息子を呼んできて、鎌倉殿に据えることを決めてしまった」「鎌倉殿はそれでいいのか」と景盛が尋ねる。「あ...小説「北条泰時の野望」

  • 「鎌倉殿の13人」・第33回「修善寺」・感想と考察

    義時が冷酷な悪人になったのは、実は先週と先々週だけで、それまでは「迷い」がありました。迷いなく殺したのは、比企一族と一幡だけで、それも史実から言えば時政がやったことです。私はやや義時びいきですので、今回、また義時が多少の「迷い」を持ってくれたことは嬉しい限りです。悪漢ヒーローも良いけれど、この時代、あまり非道なのは「ただ嫌われるだけ」ですから「歴史的存在としての義時」にかわいそうです。今回の頼家の死については「幕府のみんなで決めたこと」なのに、結局義時ひとりで刺客を放った感じになっていて、そこはまた悪人を引き受けることになって、かわいそうでしたが、泰時を「頼家救出に向かわせ、かつ冷酷な政治の力学を体験させる」ためには、必要な「設定」だったのでしょう。泰時はどこまでも善を引き受けるようです。頼家に関しては善...「鎌倉殿の13人」・第33回「修善寺」・感想と考察

  • 源頼朝「すでに朝の大将軍たるなり」が鎌倉幕府を滅亡させた説

    私が上記のような「奇説」を書くのは「歴史は自分の頭で考えないと分からない」と考えているからです。つまり「人の書いたものを理解するだけではいけない」と思っているから。まあ本当は、そういう「真面目な動機」と、「自分で考えないとつまらない」という「自分勝手な動機」が混在しています。「奇説」ですが、一応いろんな学者さんの本を参考に書いています。源頼朝は反乱軍として(平家が官軍)スタートし、朝廷とは関わりなく勝手に土地の「安堵」を行っていきます。ただそのうちにやや路線が変わって「朝廷ともうまくやっていこう」となります。挙兵には後白河法皇の院宣があったという方もいますが、その証拠は全くありません。それどころか、奥州藤原氏戦争は、後白河法皇の強い反対を押し切って強行されます。法皇は「追認」という形で、形式を整えました。...源頼朝「すでに朝の大将軍たるなり」が鎌倉幕府を滅亡させた説

  • 鎌倉幕府の性格・公武協調か公武対立か。

    鎌倉幕府が朝廷や公家と「基本的に協調していたのか」または「基本的に対立していたのか」。今は「基本的に協調していた」が学会の「常識」となっているとされている。というか、学者さんもつらい立場で「協調史観」か「対立史観」かの「踏み絵」を踏まされているようなのである。もちろん数は多くないが「対立か協調か自体がくだらない話だ」と言い切る学者さんもいる。そもそも石井進さんや佐藤進一さんが「公武対立史観の立場をとった」とされ、それが教科書的歴史観になったと「された」ことから、こういう面倒な問題が始まる。教科書は「単純化」されているから、なるほど「単純な対立的把握」をしている部分も存在する。その方が「教えやすい」からでもあろう。ただ石井さんや佐藤さんの「原著」を読めば、単純に「対立構造だ」と言っていないことは明らかである...鎌倉幕府の性格・公武協調か公武対立か。

  • 鎌倉幕府と承久の乱に関する一つの奇妙な仮説

    歴史学の巨人である佐藤進一さんが「日本の中世国家」で「王朝国家」と「鎌倉政権」を「二つの国家」と書いたのは1983年です。既に黒田俊雄さんの「権門体制論」の賛同者は増えていましたが、佐藤さんはそれに対して一つの見解を述べたわけです。今は文庫になっていますが、もう「感動的」というか「涙もの」です。知識が人間業じゃない上に、論理も明確すぎるぐらいです。この本が「正しいか否か」はとりえず置くとしても、「こんな美しい文章はめったにない」とまず私はそこに感動しました。「論理文に感動」というのはおかしいですが、時々そういう文章に出会います。佐藤さんは中世を基本的に「分裂の時代」とみています。「権力の分散」とも言います。それに対して権門体制論は「統合」を主張します。「ゆるい統合」ですね。王朝国家、または朝廷?、天皇のも...鎌倉幕府と承久の乱に関する一つの奇妙な仮説

  • 「鎌倉殿の13人」・北条時政とは一体何者なのか。

    北条時政に関しては「開発領主である」「在庁官人であるらしい」ということがよく言われます。開発領主奈良時代の743年。聖武天皇が墾田永年私財法を出します。「私財」と言っても「完全な私財」ではなく、いろいろ制限条件が付きます。税金も取られます。で、地方では資金や権力を持つ「院宮王臣家」という貴族たちが中心となって、それに国司も加わって、とんでもなくエグい開発競争が始まります。バブルです。法律的には制限があるのですが、院宮王臣家は法律なんて「知ったこっちゃない」というわけで、とにかく際限なく欲望を開花させます。土地の領主(管理人)である武士が、ほぼ「院宮王臣家」(貴族)の子孫を名乗っているのはこのためです。北条時政が生きた時代は1138年以降ですが、この時には「富豪農民」や「郡司層」などが土地の開発を行って「開...「鎌倉殿の13人」・北条時政とは一体何者なのか。

  • 読書報告 黒田俊雄氏「権門体制論」・永原慶二氏「荘園」・呉座勇一氏「戦国武将、虚像と実像」

    今どんな本を読んでいるかをぐだぐだ書くだけです。書評とかじゃないし、本の紹介でもないので、期待はしないでください。黒田俊雄氏は権門体制論を主張した方ですが、「権門体制論」という本は、ありません。昔々、、、「中世の国家と天皇」で、初めてまとまった形で「権門体制」を主張しました。公家、武家、寺社を「中世における支配層」と考え、「荘園に基盤を置く点において同質性を持っている」としました。上皇は「公家」に含まれます。何度読んでもやや難解です。ただし短い論文です。「公的存在としての天皇」はこの3つの勢力に「公のお墨付き」を与えるとしました。錦の御旗みたいなもんです。中世を支配していたのはあくまで公家、武家、寺社。それらはかなり私的な勢力なのですが、「あたかも公的」に見えるのは天皇の「お墨付き」のおかげというわけです...読書報告黒田俊雄氏「権門体制論」・永原慶二氏「荘園」・呉座勇一氏「戦国武将、虚像と実像」

  • どうする家康?・大河の中の徳川家康

    大河ドラマにおいて徳川家康が「単独で主人公」になったのは1983年の「徳川家康」のみです。「葵徳川三代」も「主人公」と言ってもいいでしょう。しかし「秀忠」も同じぐらい重要な主人公でした。「家光」はたいして描かれてはいません。大河「徳川家康」は山岡荘八原作で「非の打ちどころがない家康」「聖人君子」です。これは無理な設定で、家康の「わが子殺し」や「妻殺し」を、「聖人君子と矛盾なく」描くのに苦労していました。「悩んで悩んで、逃がそうと思ったが、逃げてくれなくて、泣く泣く斬る」という感じです。その他矛盾だらけなのですが、その矛盾を楽しめば「偉人伝」としては、つまりウソを楽しむフィクションとしては成功していました。ちなみに山岡さん原作だと大河「春の坂道」にも山岡家康は登場します。この時は権力闘争の時代で、俳優も政治...どうする家康?・大河の中の徳川家康

  • 「鎌倉殿の13人」・6月から12月までの人々の運命・後半のネタばれ

    このブログは一応ツイッターと連動しているというか、たまにツイッターにアドレスを載せることがあります。ツイッターでは「今後のこと」について滅多なことは言えません。「ネタバレ」になるからです。もちろん、ネタバレさせても犯罪ではないのですが、「故意に人を不快にする必要はない」ので、私はネタバレに気をつけています。ということで、逆にこのブログでは「ネタバレ一切気にしませま」せん。もっとも、本当のストーリーはまだ公開されていないようです。ですからここでは「史実のネタバレ」となります。この大河は「史実と極端に離れたことはしない」ので、史実を知っていれば、ストーリーの大筋は分かります。ネタバレですので、ご注意ください。ということでまず、いつまでのことが描かれるのか物語は6月初旬で1992年です。頼朝が征夷大将軍になった...「鎌倉殿の13人」・6月から12月までの人々の運命・後半のネタばれ

  • それでも八重は復活する・鎌倉殿の13人スピンオフ小説あらすじ風

    途中で「小説風」になります。あと史実のネタバレがありますが、「ごく少ししか史実のネタバレさせない。誰でも知っていること。」なので、多分読んでも大丈夫だとは思います。ガイドブックとか見ていないので、どんな情報にも基づいていません。「草燃える」でも八重さん相当の娘(大庭の娘、松坂慶子さん)は金剛を生んでのち、壇ノ浦で死に、「そっくりさん」(一人二役)として復活するのです。でも新垣さんはもう「クランクアップした」という情報もあります。しかしながら、復活するのは最終回前の2話ぐらい、というのが私の予想なので「もう撮っている」かも知れません。史実という視点から北条義時の死の詳細は書きませんが、それなりに急なことでした。義時には他に「正妻の子」とかいまして、金剛ちゃん(北条頼時のちに泰時)が北条を「継げる」という保証はなか...それでも八重は復活する・鎌倉殿の13人スピンオフ小説あらすじ風

  • 「#後白河院のスマホ」・保元の乱まで3話

    1,なりたくなかった男後白「舞え、舞え、かたつむり♪、やりだせ、つのだせー」鳥羽「後半歌詞違わないか。雅仁、相談あるんだけど」後白「あっ父さん。大丈夫すか」鳥羽「いつまでも死んだ近衛のことで、泣いていてもしょうがない」後白「まあ、そうすね。世は無常ですからね。諸行無常の響ありってね」鳥羽「それ平家物語だろ。時代考証的におかしくないか。まあとにかく、それでさ、美福が育てているお前の子、守仁を帝にしようと思ってな」後白「ああ、そうすか」鳥羽「リアクション薄っ!もっと驚けよ」後白「政治興味ないんすよ。面倒くさそうだし。武士とか怖いし」鳥羽「じゃあそれでいくから、ヨロシク。あっ、電話だ。ああ忠通っちゃん。えっ。何。親より先はおかしいから、とりあえず雅仁を中継ぎで帝にする!」後白「ちょ、ちょ、ちょ、待ってよ。ぴえん超えて...「#後白河院のスマホ」・保元の乱まで3話

  • 上総介広常の「大疑問」・一つの仮説・鎌倉殿の13人関連

    上総介広常は「草燃える」では、小松方正さんが演じて、とにかくガラの悪いおっさんでした。「おい武衛ふざけんじゃねえぞ。佐竹が先だろ」とか言ってました。「おい武衛、パン買ってこい」とか言いそうな勢いだったのを覚えています。私は歴史のシロウトの上に、「大先生の本でも一旦は根底から疑う、基本的に信じない」という「癖」があるので、頭の中はいつも疑問で一杯です。上総介広常は「上総の介で、上総全土をほぼ勢力下においていた」(上総は介が最上位)と言われても、1,上総介という「世襲でもない官職名」が「そのまんま本名」なの?千葉氏は千葉介とも「名乗る」けど、千葉〇〇で、介はつかないじゃん。2,勢力下においていたって「具体的にどういうこと」。3,それほどの権力を持った人間が、源義朝(頼朝のおやじ)の「郎党」だったの?「郎党」って何な...上総介広常の「大疑問」・一つの仮説・鎌倉殿の13人関連

  • 「貴族から武士へ」と「公武政権?」の問題

    貴族から武士の世へという構図は間違っている、という本が多くあります。ふと「そうかな」と思いかけたのですが、色々考えて「貴族から武士へ」は間違っていないと思うようになっています。大河ドラマのOPでも「武士が貴族に挑んでいる兵馬俑」みたいのが描かれます。「日本史への間違ったイメージを増長する」という方もいるでしょうが、いや「合っている」と思うのです。個人的には。どうして「貴族から武士の世へ」が「成立しない」可能性があるのか。もっとも重要なのは「荘園という同じシステムに乗っかった収奪者である」という点です。荘園には公家寺社本家とか下司とか武士地頭とか、複数の人が利権を持っていて年貢(コメとか労役とか)を「ぶったくって」います。だから「武士が新時代のヒーローなんて図式は成立しない。同じ穴のむじなだ。」というわけです。「...「貴族から武士へ」と「公武政権?」の問題

  • 短編小説「九郎義経のハッピーエンド」・フィクションです

    小説「九郎義経のハッピーエンド」鎌倉殿の13人「史実のネタバレ」を含みます。九郎義経と足利義氏のこと、鎌倉殿禅譲のこと、以外は「少しだけ史実に近い感じ」で書いていますが、完全なフィクションです。「承久の乱の大筋」を知らない方は、史実ネタバレするので読まないことをお勧めします。健保6年、1219年、頼朝の挙兵から既に39年がたっていた。多くの人々が鬼籍に入った。名前を挙げればきりがないだろう。そして源頼朝も、もうこの世にない。頼家、実朝と「鎌倉殿」は移り変わった。その実朝が甥の鎌倉八幡宮別当(長官)公暁によって殺された。公暁は頼家の忘れ形見である。ほんの二年前、京から鎌倉に舞い戻り、北条政子のはからいで別当職についた。政子にとっては公暁は孫であり、実朝は次男である。その日、実朝の右大臣昇進を祝う鶴岡八幡宮拝賀の日...短編小説「九郎義経のハッピーエンド」・フィクションです

  • 鎌倉殿の13人・源義経の鎌倉攻略計画は新田義貞のものに非ず。

    変な題名ですが、「ジンギスカンは義経にあらず」という大正13年に出た本の題名のパクリです。大正13年に義経ジンギスカン説がブームとなり、それを「いさめる」ために書かれた本です。まあ新田義貞の作戦に似ているし、「新田義貞のもの」でもいいのです。ただし難癖をつければ「新田義貞は船を持っていなかった」はずです。刀を持って海に祈ったら、海の水が奇跡的に引き、海岸を馬で渡って鎌倉に乱入した、、とまあこれも「伝説のたぐい」ですが、そうなっていたと思います。陸上に敵を引き付けて、船を使って長距離移動し、敵拠点を攻める。「これをやられていたら、とても勝てない。」「鎌倉は間違いなく滅びていたことだろう」。それで私が思いつくのは幕末の幕府対官軍の戦いです。「花神」という作品でおなじみです。「花神」は三谷さんが好きな大河の筆頭として...鎌倉殿の13人・源義経の鎌倉攻略計画は新田義貞のものに非ず。

  • 「鎌倉殿の13人」から「日本史」を考える。1185年勅許。文治勅許。

    義経勢力に対して頼朝追討の宣旨が出されたのは1185年です。1185年勅許。文治勅許といいますが、それでは歴史の流れが掴みにくい。頼朝の挙兵は1180年です。たった5年。この「たった5年」という感覚が「文治勅許」では理解しにくいのです。元号に反対とか賛成とかいうことでなく「日本史の用語はわかりやすく」するべきだと思います。だから1185年勅許。1185年勅許によって守護地頭の設置が認められた、、、となりますが、そもそも現物はありません。「玉葉」の記事をもとに復元すると1,五畿内、山陰、山陽、南海、西海諸国の北条時政以下の頼朝家人への分与2,荘園公領を論ぜず、段別五升の兵糧米の徴収3,田地知行の権限となるようです。正直意味がつかみにくい。ただこれとは別の史料で「守護地頭の設置を申し入れて許可された」というのもある...「鎌倉殿の13人」から「日本史」を考える。1185年勅許。文治勅許。

  • 昭和革命幻想とリアル革命「承久の乱」

    昭和40年代を「革命が起こりそうだった時代」と思っている方がいますが、それは幻想です。私が子供だった1970年代、日本にそんな雰囲気はありませんでした。自民党はロッキード事件等で、議席を減らしましたが、それでもずっと政権与党でした。その後もほぼずっと与党です。高度成長に浮かれていた時代です。むしろ資本主義バンザイという時代だったのです。ただ60年代は分かりません。その頃の運動家である吉本隆明氏の文章などを読むと「明日にでも革命を起こそう」というノリで書かれいます。実際は「戦後」と「貧富の差が究極の拡大を見せた昭和初期」の方が、ずっと社会主義革命の可能性は高かったようにも思いますが、実際の「雰囲気」は、生まれていないので分かりません。社会主義革命とは別に、「昭和維新」とかいう右翼の方々もいました。これはちょっと怖...昭和革命幻想とリアル革命「承久の乱」

  • 北条二世の歌(バビル二世の替え歌)・承久の乱編

    北条二世の歌(バビル二世の替え歌)・承久の乱編切通しと海に守られた鎌倉小町亭に住んでいる武家の世開いた北条義時御家人守護職守るため3つのしもべに命令だ!ヤア泰時時房、東海を行け朝時武田は別ルート政子変身!名演説だー後鳥羽よ、アンタは怖くないたたりも追討も恐れない勇敢な老人北条義時武士の世、地固め行うぞ3つのしもべに命令だ!ヤア3人の上皇は、配所へ行け泰時時房、六波羅だオイラも変身!得宗だー元ネタ(元歌の一番)砂の嵐に守られたバベルの塔に住んでいる超能力少年バビル二世地球の平和を守るため3つのしもべに命令だ!ヤア怪鳥ロプロス空を飛べポセイドンは海を行けロデム変身!地をかけろ北条二世の歌(バビル二世の替え歌)・承久の乱編

  • 鎌倉殿の13人・「義経花神説」の構想

    題名を含めて「ふざけて」います。「ふざけて」いますが、内容は「そこそこ真面目」です。前回の最後、なぜか逃げているはずの義経が、北条親子の前に現れる。会話を交わす。時政は全く捕まえる気がない。で、最後にこういいます。「まるで平家を倒すためだけに生まれてきた」ような人間だと。で、思ったわけです。三谷さんは大河「花神」が好きです。好きな大河を4つぐらい挙げていて、その筆頭が「花神」でした。1977年ですから、40年以上前の作品です。司馬遼太郎さんの原作。原作の方は「村田蔵六、つまり大村益次郎」が単独で主人公ですが、大河の方は3人主役で吉田松陰→高杉晋作→村田蔵六と移り変わっていきます。よい作品ですが、視聴率は悪かった。たった19パーセントです。1977年だと私はまだ子供です。が「最高の作品だ」ということは分かりました...鎌倉殿の13人・「義経花神説」の構想

  • 「鎌倉殿の13人」から「源義経・鎌倉幕府」を考える。

    日本史の学者さんは、単純化すれば2種類に分かれます。「京都や京都文化、朝廷、天皇に重きを置く学者」と、「さほど重きを置かない学者」です。大雑把に言えば前者は西に多く、後者は東に多い。しかし例外もいくらでもあります。そしてどうも「西」の方が「学閥の力」が強いようにも感じます。東の学者はどっちかというと「個人主義」ですが、西は「数の力にモノを言わせる」ことも多いように思います。集団でものを言いがち。まあ偏見かも知れません。私自身は学者ではないので、本を読んでの感想です。「京都中心思考の学者」は「権門体制論を支持」、「非京都中心の学者」は「東国国家論を支持」とされることもあります。しかしこれも例外は多い。そもそも「今風の権門体制論」も「東国国家論」も少しも「体系化」されていませんから、こういう区別は意味ないとも思えま...「鎌倉殿の13人」から「源義経・鎌倉幕府」を考える。

  • 大河「平清盛」・「王家の犬」を再考する。

    大河「平清盛」、視聴率は低かったですが、一部熱狂的なファンを持つ作品です。特に「歴史好き」に評判がいいと言われます。10年経って、初めてきちんと見てみたのですが、なるほど良い作品です。特にオープニングの白拍子の舞などは実に美しい。もっとも歴史認識は正直古典的です。「平家物語」に改編を加えたという感じ。今は「脱平家史観」とかが流行です。重盛の評価(いい評価)などは見直されて、清盛がやった「いわゆる悪事」の半分以上は「重盛のやったこと」じゃないかと言われます。そこから見れば「古い」感じはしますが、私自身は特に「脱平家物語」をしたいとは思っていないので、さほど気になりません。都のカオスや「王家」のカオスが良く描かれています。この20年の大河では、もっとも見ごたえがあるかも知れないとも思っています。さて、この作品では「...大河「平清盛」・「王家の犬」を再考する。

  • 「鎌倉殿の13人」・第4回「矢のゆくへ」・感想

    ・面白かった。・当時の兵数がいかに「少ない」かをよく表現していた。史書に出てくる数字は10倍ほど嘘をついているらしい。2万とあれば2千。・女性が歴史を動かす。女性主人公大河はどうやら終了のようだが、女性は大活躍である。素晴らしい。・法皇が「俺だよ」と言っていた。・山木は実は流人である。平氏であるが、親父に流された。目代というのは結構な権力者。流人がそういう位置についている。不思議な時代である。もと検非違使らしい。・八重さんと同じことをする女性は、「草燃える」では松坂慶子さんで、大庭の娘設定だった。むろん義時の思い人である。まあ完全に同じ設定である。リスペクト。ここからは「難しい、まあ、さして難しくはないが」という話になります。「武士とは何か」とかそういう話です。興味のない方はここで読むのをやめてください。(でき...「鎌倉殿の13人」・第4回「矢のゆくへ」・感想

  • 書評・呉座勇一氏「頼朝と義時ー武家政権の誕生」

    呉座勇一氏「頼朝と義時ー武家政権の誕生」数年前に呉座氏の本は4冊ほど読んだ。逆に言えば4年ほど前に4冊読んだだけで、読み返しはしていない。「陰謀否定論」は二回読んだかも知れない。最新刊「頼朝と義時ー武家政権の誕生」は二度ほど読んだが、まだ熟読というほどは読みこなせていない。しかしこの先読み返すか分からないので、記憶のあるうちに書評を書いてみる。なお私は呉座氏のことはほとんど知らない。「騒動」は知っているが、触れる気もない。今回読んでみたのは「13人」関連であるし、「どんな歴史家か」確かめてみたいという気持ちもあったためである。1,思考のベースには「権門体制論仮説」の「武家」「公家」「寺家」の相互補完仮説があるように読める。公武対立史観は明確に否定している。ただ原理主義的思考はとらない。したがって権門体制論のキー...書評・呉座勇一氏「頼朝と義時ー武家政権の誕生」

  • 「権門体制論」「東国国家論」を学ぶ①・「王家」と「天皇」

    「武家と公家は対立せず相互補完」していた。現代の学者さんがよくいうセリフですが、これは昭和38年に黒田敏雄氏によって提唱された「権門体制論」を基にしています。「相互補完」は権門体制論のキーワードです。私は「権門体制論」も「東国国家論」も学ぶべき偉大な概念だと思います。どっちを支持するという問題ではないと考えています。権門体制論はさまざまに解釈されていますが、ここでは黒田氏の「オリジナル権門体制論」のみを「権門体制論」と呼びます。今回は「王家」と「天皇」の「オリジナル権門体制論」における位置づけを考えます。資料は黒田茂雄氏の「中世の国家と天皇」1963年、「中世天皇制の基本的性格」です。黒田氏によれば1,権門とは権門体制期(院政から応仁の乱までの時期)における支配層であり、「私的領地である荘園に権力の源をもつ私的...「権門体制論」「東国国家論」を学ぶ①・「王家」と「天皇」

  • 日本10番目にわかりやすい「権門体制論」の説明

    権門体制論の提唱者は黒田俊雄さんで京都大学出身、大阪大学教授です。提唱した年は1963年。昭和38年です。40歳ぐらいでした。終戦時に22歳だった方です。戦前に教育を受けました。黒田氏の思想を知るために重要なので以下だけは、ウィキペディアからコピーします。黒田氏は、戦後の良心的歴史学者の天皇制解明の重点は、天皇の神性の否定や、社会構成史の観点からの天皇権力の断絶の説明であったとし、しかしそれだけでは彼等(天皇)の詐術を断ち切ることはできないと主張。そして「歴史上の天皇は、ときに生身の実権者であり、ときに権力編成の頂点であり、ときに精神的呪縛の装置であった。」とし、この三つの諸側面を適宜入れ替え組み合わせてきたことが、天皇制を操作してきた権力の真実であり、現代でも詐術師たちは、自分ではこれを使い分けながら、あえて...日本10番目にわかりやすい「権門体制論」の説明

  • 大河ドラマ「どうする織田信長!」が製作される可能性・「天下静謐」とは何か。

    「鎌倉殿の13人」、どうやらすでに「どうする義時」じゃないかという声が出ています。義時はやがて「天下をとったような」感じになりますが、それは最初から狙っていたわけでなく、自分と自分の家族や仲間、誇りを守ろうと、その時々で判断していたら、「いつのまにか天下をとったような感じ」になってしまった。こうなる可能性が大です。そして次の大河は「どうする家康」です。家康は信長が生きている時代、三河、遠江を支配する「信長配下の大名」でした。すでに対等ではなかったのです。武田滅亡後、駿河をもらいますが、それでも信長の支配領土とは格段の差があります。「天下を狙っている」とはどうしても思えない。本能寺の後、秀吉と対立します。この段階の家康の意識は分かりません。やったことは旧武田領土の奪い合いです。しかし結局は秀吉に臣従します。北条が...大河ドラマ「どうする織田信長!」が製作される可能性・「天下静謐」とは何か。

  • 「鎌倉殿の13人」・第二回「佐殿の腹」感想・頼朝のいう「正しい世」って何だろう。

    「史実のネタバレ」がありますからご注意ください。さて第二回「佐殿の腹」の「感想」です。頼朝の言う「正しい世」って何だろう。興味は実はこの一点に尽きます。「清盛の首をとり、後白河院をお支えして、正しい世を作る」と最後に頼朝が言います。「お前だけに話す」と言われた義時は感動しています。頼朝の「お前だけに」は既に当時において頼朝の「癖」として意識されていたようで、「みんなにお前だけにと言った」と「吾妻鑑」に書かれています。学者さんによっては「頼朝をおとしめるため北条がそう書いた」という人がいますが、考えすぎでしょう。「佐殿って、みんなにお前だけにって言ったんだぜ。すぐばれるのに。お茶目で面白い人だった」と御家人たちは愛情をもって伝承したんじゃないでしょうか。佐殿が目指す正しい世は「法皇を支え、武家として朝廷を守り、世...「鎌倉殿の13人」・第二回「佐殿の腹」感想・頼朝のいう「正しい世」って何だろう。

  • 「承久の乱」をゆっくりと考えてみる。北条政子の演説と大江広元の野望。「鎌倉殿の13人関連」

    承久の乱における幕府の勝利、1221年をもって「鎌倉幕府の真の成立」とする。なかなかに魅力的な考えです。まあ「鎌倉幕府の成立」は、「こう考えるとこの年になる」というだけで、「正解を求める必要はない」命題でしょう。ただし、これは歴史学者さんが「説」を出すのは無駄だということではありません。むしろ「何年と考えるか」によって、その人の史観や歴史の見方がはっきりするので、喧嘩しない程度に「行儀よく論争して」ほしいなと思います。今は1185年と教科書にあります。これは「諸国に守護、地頭を設置することを朝廷が認めた年」ですが、さっそく「そんなこと認めていない」「いや守護そのものがこの年にはいなかった」等の意見が出てきています。「行儀よく論争」するなら、どんどんやってほしいものです。承久の乱では有名な政子の演説が存在します。...「承久の乱」をゆっくりと考えてみる。北条政子の演説と大江広元の野望。「鎌倉殿の13人関連」

  • 「鎌倉殿の13人」・第一回「大いなる小競り合い」感想

    「言葉のテンポがいい時代劇もいいな」と感じました。もちろん「間」も嫌いじゃありません。大河「天地人」、「光秀謀反!」から信長が「是非に及ばず」と言うまで30秒の沈黙があります。「国盗り物語」でも10秒ぐらいあって、その間に高橋英樹さんの表情が「怒り」から「悟り」に変わっていく。でもあまり重々しく「間」をとられても疲れてしまいます。「言葉のかけあい」がやっぱり三谷脚本の神髄なんだなと思いました。個人的には「草燃える」のリメイクだと思っています。雰囲気も似ています。「言葉が現代調の元祖」こそ「草燃える」です。時政の雰囲気もなんか似ています。「ちょっとポンコツ」なんです。宗時は「草燃える」では切れ者でしたが、13人ではポンコツです。でも彼の壮大なドン・キホーテ的野心が歴史を動かすわけですから、素敵なポンコツでしょう。...「鎌倉殿の13人」・第一回「大いなる小競り合い」感想

  • 「鎌倉殿の13人」・新垣結衣さん演じる「八重姫」の運命

    ネタばれの「可能性」があります。NHKが発行する「あらすじ紹介ブック」は読んでいませんが、時代考証を担当する坂井孝一さんの「鎌倉殿と執権北条氏、義時はいかに朝廷を乗り越えたか」を読んで書いているからです。ネタバレする可能性が高いということになります。さて、新垣結衣さん演じる「伊東八重」は伊東祐親(すけちか)という平氏側の有力武士の「娘」です。八重さんは源頼朝の「最初の妻」で、子供も産みます。しかしそれを知って怒った伊東祐親は、生まれた子供を殺し、源頼朝とも敵対関係に入ります。八重さんは北条義時と似た名前をもつ「江間小次郎」または「江間小四郎」のもとに嫁にいかされます。「悲劇の人」らしいのですが、どうもそうでもないらしいのですね。なぜなら「北条義時の初恋の人」とも書いてあるからです。ちょっと歴史に興味があって、ネ...「鎌倉殿の13人」・新垣結衣さん演じる「八重姫」の運命

  • 「鎌倉殿の13人」・北条義時の「復権」はありえるか。

    北条義時、「鎌倉殿の13人」の主人公。鎌倉幕府の二代目執権で「北条執権」制を主導した人です。北条政子は姉です。源頼朝の「側近筆頭」で、どうやら「江間」という姓だったようです。承久の乱では「後鳥羽上皇」と戦い勝利します。そして上皇を3人も島流しにしています。上皇が3人もいたのです。「やってることは織田信長より凄い」のですが、「知名度は低く」、人気もありません。江戸期から不人気でした。「源氏の将軍を断絶させた悪いやつ」(徳川は最初は藤原氏だったが、最終的には源氏)、源氏将軍を圧迫したということで評判が悪かった。当然「物語」も作られないし、登場しても悪役です。明治期以後も「天皇家を圧迫した」ということで「悪人扱い」です。後醍醐天皇を圧迫した足利尊氏は「極悪人扱い」でしたが、「極悪人」だと知名度だけは高くなります。北条...「鎌倉殿の13人」・北条義時の「復権」はありえるか。

  • 「鎌倉殿の13人」・北条義時は過去に一度だけ主人公並みになっている。

    1979年(43年前)の大河「草燃える」の主人公は、源頼朝と北条政子です。頼朝は途中で亡くなるので、後半は政子が主人公なのですが、この政子、さほど政治的ではありません。色々な歴史的事件(頼家殺害、実朝暗殺)については「政子は知らなかった」とされます。となると政子の名で幕府を動かしていた北条義時が「実質上の主人公」になっていきます。松平健さんが演じました。1979年、私はまだ子供で、見てはいましたし、非常に強い関心を持ったのも覚えているのですが、内容をはっきりと理解したわけではなかったと思います。その後総集編がDVDになって、「なるほどこういう作品だったのか」と気が付きました。一言でいうと、単純ですが「素晴らしい作品」です。大河の中でも筆頭格の作品だと個人的には思います。言葉遣いがとても平易です。現代語に近い。当...「鎌倉殿の13人」・北条義時は過去に一度だけ主人公並みになっている。

  • 「青天を衝け」と「司馬遼太郎さん」のこと

    「青天を衝け」はオリジナル作品ですが、多くの「優れた作品がそうである」ように、先行する諸作品の良いところをよく吸収して描いています。その先行作品として真っ先に挙げたいのは、司馬さんの「最後の将軍」「明治という国家」です。そもそも徳川慶喜を同情的に描いた名作は「最後の将軍」ぐらいしかないような気がします。司馬さんは彼を「怜悧な人、政治家」として描きましたが、大森さんは「情の篤い人」として描きました。「青天を衝け」はそもそも渋沢栄一を描くことが主眼で、「歴史」はさほど詳しく描かれませんが、歴史認識については「明治という国家」を大いに参照したようです。私は近代史をあまり知りませんが、それでも旧幕臣である小栗、栗本、川路といった人々は知っていました。たしか「明治という国家」に登場すると思います。「司馬遼太郎は明治維新を...「青天を衝け」と「司馬遼太郎さん」のこと

  • わびしく燦爛な神としてのトッケビ、そして、永遠の君主とキムゴウン

    「トッケビ」の韓国原題を日本語訳すると「わびしく燦爛な神、トッケビ」となるそうです。「トッケビ」は「鬼」です。主人公のコンユは鬼でも蛇でもなく、見かけは普通の人です。素敵なおじさん、です。高麗時代から生きています。呪いというか運命というか。そして神力を持っている。自然も人の命も操ろうとすれば操れますし、瞬間移動もできます。この「永遠の呪い」を解くためには、「トッケビの花嫁」に胸に刺さった見えない剣を抜いてもらうしかありません。トッケビの花嫁には剣が見えます。そのトッケビの花嫁が、18歳(役)のキムゴウンで、彼女は18歳で登場して、29歳までを演じます。実年齢は26歳ぐらいであったと思います。わびしく燦爛(さんらん)な神、、、鬼。絢爛(けんらん)だと思っていました。燦爛なんて言葉、知りません。光り輝く様、だそうで...わびしく燦爛な神としてのトッケビ、そして、永遠の君主とキムゴウン

  • 土方のスマホ外伝・時をかける土方・「燃えよ剣」公開記念

    あくまでジョークです。土方ファンの方は怒らないでください。土方にインタビューどうも土方です。そうですね。2017年です。現代にやってきたのは。蝦夷で戦ってましてね。馬に乗っていたら銃弾が飛んできて、「あーやられた」と思ったら現代ですよ。北海道総合病院で銃弾も取り出してもらって、、、ええ、今はとっても元気です。最初の一年は無口だった?そりゃそうですよ。現代日本語分かりませんから。周囲が何言っているか理解できない。「時間」「文学」なんて言葉も明治以後ですからね。全然分からない。でも猛勉強しましたよ。今はジェンダー平等の意味だって分かりますよ。ええ、賛成ですよ。そもそも私、女性には優しいですから。DV、セクハラ、出世の遅れ、江戸時代じゃないんだから。映画「燃えよ剣」ですか。いいんじゃないですか。でも近藤さんは怒るなー...土方のスマホ外伝・時をかける土方・燃えよ剣公開記念

  • 松原みき「真夜中のドア~stay with me」までの若者向け音楽

    松原みきさんの「真夜中のドア~staywithme」は40年前の曲です。2年ほど前からからユーチューブで「世界から注目」されています。シティポップだそうです。私は40年間、この歌を聴き続けてきたので、嬉しい限りです。日本の「若者向け音楽」は吉田拓郎さんあたりから本格化するのだと思います。その前にもフォークはあったけれど、メジャーではなかった。井上陽水さん、吉田拓郎さんで、一気にメジャーになったと思います。もっとも井上陽水さんは「フォーク」というにはあまりにシュールでした。でも一応フォーク。実は彼らのデビューは1970年ぐらいで、よく知りません。泉谷しげるさんもフォークの英雄でした。「窓の外にはリンゴ売り、きっと誰かがふざけてリンゴ売りの真似をしているだけなんだろう」、陽水さんの「氷の世界」です。どうすればこんな...松原みき「真夜中のドア~staywithme」までの若者向け音楽

  • 鎌倉殿の13人関連・鎌倉幕府の成立と北条氏のことを少々

    東大の教授で鎌倉時代が専門の本郷和人さんが、鎌倉幕府というのは「武士の武士による武士のための政治」が行われた時代なんだよと書いています。本郷氏はおそらく子供の頃、大河「草燃える」を見てこの認識に触れたのではないかと思います。「草燃える」では、晩年の北条義時・松平健さんがこういうのです。「おれは、今になって、おれの兄貴がやろうとしたことが分かってきた。源氏の旗揚げ、あれは源氏の旗揚げではなかった。おれたち坂東武者の旗揚げだったのだ。あくまでも源氏は借り物」「草燃える」は1979年ですから、私もまだ子供でしたが、よく覚えています。「なるほどな」と思ったのです。源氏が三代で滅んだのに、鎌倉幕府は続いていく。子供心に「おかしいな」と思っていたのですが、主体がそもそも北条氏など関東武士で、源氏は「みこし」に過ぎないとすれ...鎌倉殿の13人関連・鎌倉幕府の成立と北条氏のことを少々

  • 青天を衝け・伊藤博文のことを少々

    伊藤博文は日本最初の総理大臣という名誉と、日韓併合の象徴という悪名を背負っています。ただし彼が日韓併合をしたわけではなく、むしろ彼は反対派でした。その彼が韓国で暗殺されてしまう。それが1909年です。その暗殺が直接の契機となって、日本は1910年に大韓帝国を併合します。併合に積極的だったのは、山縣有朋などでした。伊藤はむしろ山縣を抑えていた。その伊藤を殺してしまったので、日韓併合は一気に進みました。韓国の「歴史館」に視察旅行で行った時、通訳の人に「山縣有朋って知ってますか」と聞いたことがあります。通訳の人は知りませんでした。「伊藤より山縣を恨んだ方がいい」と私は言いました。通訳の人はなんと応じたか。それは覚えていません。20年ほど前です。私は「視察旅行の観光客様」でしたから、そりゃ歓待を受けました。牛肉が美味し...青天を衝け・伊藤博文のことを少々

  • 韓国ドラマ・ライフオンマーズの感想

    韓国ドラマ、ライフオンマーズ、アマゾンプライムで見られる。面白い。現代の有能らしき刑事が、過去にタイムスリップして働くうちに、過去を生きる自分の方が、本当の自分でないかと思う物語。過去とは1988年。韓国にはまだ軍事的避難訓練があったりする。日本だと1988年は2020年と「似たような社会」だが、韓国は急速に成長したからまさにマーズ、火星である。日本の場合、1972年ぐらいに戻ると火星のような気がする。ただし1988には日本にも韓国にもPCもケータイもネットもない。PCの普及は1995年以降。コアソンという女優さんが可愛い。容姿はさほどでもない。でも演技、動き、発声、表情が優美である。キムゴウンのように、作中だと光り輝く。役名は「ユン」、通称ミスユン。非常に優秀な警官だが、女性ゆえにお茶くみ、洗濯要員とされてい...韓国ドラマ・ライフオンマーズの感想

  • 青天を衝け・ダラダラとした感想

    面白いのだ。面白いのにブログを更新しなかった。特に理由はない。あっ、足の筋肉が痛い。ずっと。座ってPCだと足が痛い。尊王攘夷は昔から嫌いだ。「お国のため」という考えが、全く賛美されない時代と環境で育った。栄一があまりに「お国のため」と言うから、そこは少しも面白くない。でも前向きな主人公はいい。これから明治になって「一人が豊かになってもしょうがない。みんなが豊かにならないと」という方向で生きることも分かっている。だから安心して見ていられる。面白いのだ。青天を衝け・ダラダラとした感想

  • 「鎌倉殿の13人」・最初の方のあらすじ・完全に空想です。

    「鎌倉殿の13人」・最初の方のあらすじ・完全に空想です。史実に「少しぐらいは」基づいています。1176年頃、源氏挙兵の4年前、伊豆に「スケ殿」と呼ばれる流人がいました。源頼朝(大泉洋)です。最後の官職が右兵衛権佐だったので「佐殿=スケ殿」と呼ばれていたのです。伊豆に流されてもう16年が経っていました。すでに29歳です。16年前の平治の乱で父の義朝が討たれ、死刑になるところを平清盛の義母に助けれられ、伊豆に流されたのです。監視役は伊東祐親(辻萬長)という地元の有力武士です。しかし16年も経っていますから、監視といっても緩いものでした。お経を読むことが課されていたのですが、比較的自由に弓の稽古などもしていました。「巻狩り」などにも参加して、地元の若い武士と交流も持っていました。憎めない愛されキャラで女好き、地元では...「鎌倉殿の13人」・最初の方のあらすじ・完全に空想です。

  • 「黄金の日日」「羅針盤」感想・「史実の宝石箱や」「信長とは何か」

    次回以降のネタバレはありません。今回は助左衛門が念願の水夫となりました。信長は京を離れてしまい、そのすきをついて三好三人衆(テロップで名前入り)の逆襲が始まります。「本圀寺の戦い」です。三好方は敗退します。堺は三好に協力した(史実です)ために、2万貫の戦費を徴収され、代官として松井有閑がやってきます。この頃は堺政所という名だったようですが、これも史実でしょう。さらに驚くべきは、尼崎焼き討ちが描かれたことです。全く知りませんでしたが、これも史実です。今井の美緒さんが公家の娘で、奴隷船で売られるところだったことも明らかにされます。灯台守のお仙ちゃんが出てきます。織田信長とは何かが語られます。「合戦を経済戦争に転換させ、鉄砲を中心とした集団戦術を用いた男」です。調べてみたいなということが山ほどあります。まさに「史実の...「黄金の日日」「羅針盤」感想・「史実の宝石箱や」「信長とは何か」

  • 加藤隆「新約聖書の誕生」とヱヴァンゲリヲン

    アニメの話ではありません。そして宗教の話でもありません。聖書学の話です。ヱヴァンゲリヲンは「福音」です。「福音」とは「良い知らせ」です。良い知らせというのは「神が動いた」ということです。具体的には「イエスを地上に遣わした」ということになります。ちなみに私はキリスト教徒ではありません。「聖書学」というのは「文献学」で、聖書にあるどの文書が、どの時代に、どんな人によって書かれたかを追求します。いたって「科学的」な作業です。私は加藤隆さんの「新約聖書の誕生」を読むまで、こういう学問の存在すら知らなかったと思います。大学時代、課題で「新約聖書と日本文学」という文章を書かされました。で、まあ初めて新約聖書をちゃんと読んでみたわけです。四つの福音書だけですが。まあ「なんだかよく分かりません」でした。四つの文章が矛盾している...加藤隆「新約聖書の誕生」とヱヴァンゲリヲン

  • 雑談・武士はいかにして発生したか。開発領主・職能・ハイブリッド。

    武士がどうやって発生したかについての「定説」はありません。有力な説として「開発領主説」「京都職能説」「ハイブリッド説」があります。武士の発生は10世紀です。そのころ律令制が崩れて、というより、地方では最初から崩れていて、公地公民は有名無実となり、「私領を持つ領主」が存在しました。律令制度においても「墾田永年私財法」以降、公認で私領を持つことができました。このような「開発領主」が武装して武士になったというのは「古い説」ですが、古いから否定されたわけではなく、十分有効性を持った説明のようです。ただ問題は「開発領主」とはどんな人たちなのかということです。主に「古くからの地方の豪族」「富豪百姓」という風に山川の教科書には書かれています。正確には「豪族と有力農民」と書かれています。「有力農民」の出自が気になりますが、それ...雑談・武士はいかにして発生したか。開発領主・職能・ハイブリッド。

  • 「鎌倉殿の13人」・ガッキー演じる八重姫は意外と活躍するのではないか?

    鎌倉殿の13人の「史実のネタバレ」を含みます。ただ八重姫ってほぼ伝承的人物で、どこまで史実が確定してるかは分かりません。たぶん伊東祐親の娘なんですよね。でもそうすると「おかしく」なるわけです。発表されているのは源頼朝の最初の妻で、北条義時の「初恋の人」。うん?となります。なぜなら「北条義時の母は伊東祐親の娘」のはずだからです。すると八重姫は「おばさん」になります。もう一つおかしいことがあります。新垣結衣さんは「主役級女優」です。源頼朝の妻が「北条政子」であることはみんな知っています。ドラマの早々に妻となるでしょう。するとガッキーはドラマの「早々」で「退場」ということになります。そんなもったいない使い方をするだろうか?石原さとみ、上戸彩、長澤まさみ、さんなどは、大河に出た場合は、ほぼ最後までずっと出演して、重要人...「鎌倉殿の13人」・ガッキー演じる八重姫は意外と活躍するのではないか?

  • 安政の大獄・桂小五郎と村田蔵六・花神の話

    大河「花神」は1977年です。しかし残っているのは「総集編のみ」です。全5回です。主人公は村田蔵六ですが、吉田松陰も高杉晋作も同列で主人公です。桂小五郎は松下村塾の塾生ではなかったけれど、吉田松陰とは兄弟のような関係でした。ドラマ内では「先生」と松陰のことを呼んでいます。松陰が安政の大獄で死刑となった後、伊藤博文らとともに遺体を引き取りにいき、回向院に埋葬されます。これは史実です。ここからはドラマの話です。「花神」においては、そこで桂小五郎は村田蔵六(大村益次郎)に出会います。小塚原処刑場で村田が何をしていたかというと「人体解剖」です。村田が人体解剖をしたのは史実と思われますが、「ここで」村田と桂が会った(初対面ではないが)ことが史実かどうかは、調べていないので分かりません。ドラマでは、その時の桂小五郎はとても...安政の大獄・桂小五郎と村田蔵六・花神の話

  • 「鎌倉殿の13人」と「草燃える」・北条義時とは何者か。

    「鎌倉殿の13人」の主人公は、鎌倉執権北条義時です。執権2代目となりますが、初代とも言えそうな人物です。父は時政です。教科書にも載っているのに、知名度はいま一つでしょう。大河において主人公格で扱われたのは、1979年の「草燃える」が最後です。そもそも源頼朝以後の「実朝時代の鎌倉」は「草燃える」でしか描かれません。「日本史上最大の事件」と思われる「承久の乱」を起こしたのに、いや起こしたからこそ不人気なのかも知れません。鎌倉御家人というのは、幕府の成立から滅亡まで、ずっと抗争を繰り広げている「感じ」があります。特に頼朝死後はそうです。梶原事件、比企事件、畠山事件、和田合戦、承久の乱、泰時の時代はやや安定、そして宮騒動、宝治合戦、、、と安定期がほとんどありません。そういう荒々しい時代の「執権」ですから、北条義時もとて...「鎌倉殿の13人」と「草燃える」・北条義時とは何者か。

  • 桃崎有一郎さん「京都を壊した天皇、護った武士」の感想文

    「京都学」の本です。もう少し書くと、京都学、歴史学、天皇制学の本です。京都とは何か。日本とは何か。天皇とは何か。天皇制とは何か。日本文化とは何か、の本です。「非常に読みやすい文体で、言いたい放題、目次が非常に細かく目次を見れば内容が予想できる本」なので、筆者の「熱い気持ち」が見えてこない場合もあるかも知れません。でも私が一番気になったのは、筆者の「動機」です。それは前書きとあとがきにきちんと書かれています。「封筒を開くと憂鬱になる健康診断書が、根っこでは健康長寿を願う愛情に基づいているように、私も京都愛をそのような形で表明することにした」これを言い換えるとこうなります。私が考えた言い換えです。「天皇の行為についての憂鬱な史実の報告が、根っこでは天皇制、日本、日本文化への愛情に基づくと考え、京都愛(日本愛、歴史へ...桃崎有一郎さん「京都を壊した天皇、護った武士」の感想文

  • 「歴史探偵」に出ていた桃崎有一郎さんの本を読んだ。足利義満と織田信長。

    以下は桃崎さんの「感想文」ですらありません。雑談です。私はミーハーで「麒麟がくる」放映中は「織田信長本」ばかり読んでいました。「青天を衝け」が始まると「幕末本」と「徳川慶喜本」に興味がわくようになりました。そして「13人」に備えて鎌倉本。「どうする」に備えて家康本。こうした「歴史への接し方」をしていると、圧倒的に欠けるのが「室町期」です。特に足利義満。足利3代から11代まで。義満が大河に出たことは一回もありません。「太平記」の最終回で名前が挙がった程度です。そもそも「一休さん」で、東山紀之さんが演じたほかは、「足利義満は一回もドラマに出たことがない人物」だと思われます。大河は戦国以外の室町期を描きません。「花の乱」=応仁の乱、「太平記」ぐらいか。「武士の起源を解き明かす」で新書デビューをした高千穂大学教授の桃崎...「歴史探偵」に出ていた桃崎有一郎さんの本を読んだ。足利義満と織田信長。

  • 「青天を衝け」・井伊直弼が結んだ条約は「なぜ違勅なんだろう」という素朴な疑問

    井伊直弼が結んだ条約というのは1858年7月の「日米修好通商条約」です。「青天を衝け」ではナレーションで「天皇や朝廷の意見を背いた明らかな罪、違勅でした」と表現されました。そうかな?と思いました。勅許なし、であることは知っています。しかしそれが「違勅」でありしかも「罪」とはどういうことなんだろうと考えこんだわけです。・そもそも「条約を結んではいけない」という勅命があるのか。あるとしたら1854年の「日米和親条約」はどうして結ばれたのか。・「天皇や朝廷の意見」なのか。天皇と朝廷の意見は一致していたのか。・外交における決定権は幕府にあったのか。天皇・朝廷にあったのか。まず朝廷の様子なのですが、近世の朝廷は「合議制」だったそうです。天皇の意志がストレートに「勅」にはなりませんでした。むしろ関白・太閤の決定権の方が強く...「青天を衝け」・井伊直弼が結んだ条約は「なぜ違勅なんだろう」という素朴な疑問

  • 「青天を衝け」・井伊直弼が結んだ条約はなぜ「違勅」なんだろという素朴なギモン

    私のような趣味の日本史本読みにとっては「大河ドラマへの素朴な疑問」が本を読むきっかけになります。大河は「フィクション」ですから、ナチズムの賞賛でもしない限りは、史実と違ったことが描かれてても構わないのですが、幕末期となると不勉強で「どこからがフィクションなのか」が分からない時があります。井伊直弼が結んだ条約というのは1858年7月の「日米修好通商条約」です。「青天を衝け」ではナレーションで「天皇や朝廷の意見を背いた明らかな罪、違勅でした」と表現されました。そうかな?と思いました。勅許なし、であることは知っています。しかしそれが「違勅」でありしかも「罪」とはどういうことなんだろうと考えこんだわけです。・そもそも「条約を結んではいけない」という勅命があるのか。あるとしたら1854年の「日米和親条約」はどうして結ばれ...「青天を衝け」・井伊直弼が結んだ条約はなぜ「違勅」なんだろという素朴なギモン

  • 一橋慶喜と桜田門外の変・会沢正志斎と水戸学の分裂

    「青天を衝け」のネタバレを積極的にする気はないのですが、「史実のネタバレ」がありますからご注意ください。もっとも史実と言っても、比較的有名な事柄ばかりで、たいしたもんではありません。少し歴史を知っている方は、読んでも大丈夫だと思います。「天狗党」についても触れます。「青天を衝け」では今週「茶歌ポン」井伊直弼が大老となって、来週にはもう「桜田門外の変」です。この間、1858年4月から1860年3月。2年です。一橋慶喜が登城禁止になったは、1858年7月です。慶喜が謹慎を解かれるのは1860年の9月です。水戸学というのは「幕末の思想」です。後期水戸学とも言われます。戦前まで大きな影響力を持っていました。さらにこの後期水戸学は「藤田東湖の水戸学」と「会沢正志斎の水戸学」に分かれます。どっちも戦後「天皇制ファシズムの思...一橋慶喜と桜田門外の変・会沢正志斎と水戸学の分裂

  • 「青天を衝け」と「安政の大獄」

    安政の大獄というのは、最初は一橋慶喜派の弾圧から始まりました。でもそうすると一橋慶喜なんて関係ない「吉田松陰」がどうして殺されたのかということになります。徳川家定が死んだ後に弾圧は厳しくなります。新将軍は13歳ぐらいですから、これらは全て井伊直弼の命令です。時の天皇は孝明天皇でして、かなり「活動的」な天皇でした。この後、自筆の手紙で会津を動かし、長州の追い出しなどにも成功します。黒船以降、幕政改革を求める声は各所から上がってきます。井伊の考える本来の幕政のあり方からすれば、全く伝統無視の「異常事態」に見えたわけです。慶喜擁立問題は、家茂の擁立で一応の決着をみます。にもかかわらず、井伊はその後、弾圧を強めていきます。もっとも問題であったのは、孝明天皇が水戸藩に詔勅という形で「幕政改革」を命じ、それを各藩に回すよう...「青天を衝け」と「安政の大獄」

  • 青天を衝け・第8回「栄一の祝言」感想・栄一パートはいいが、幕府パートはきつい。

    青天を衝け・第8回「栄一の祝言」、栄一は相変わらず悩みながらも明るい前向き青年で、見ていて「いい感じ」です。それに対して幕府パートはきつくなってきます。井伊直弼と言う人が守ろうとしたのは「幕府のあり方」で、これは黒船来航以来、国防をめぐって「幕政改革」を要求する声が高まったことへの反動です。作品にも出てきた老中首座の阿部が「幕政への意見書」を求めてしまった。本来は発言権のない外様とか、朝廷までが幕政改革を言うようになった。これを井伊直弼は「幕府のあり方」への挑戦と見ました。時の孝明天皇も政治参画の意図を表します。後年、自筆の手紙で会津を動かすなど、活動的な天皇です。徳川家定の死(1858年)とほぼ同じ時、孝明天皇は「戊午の密勅」を水戸藩に発して、幕政改革の推進を水戸藩に命じます。これは幕府存亡にかかわる問題でし...青天を衝け・第8回「栄一の祝言」感想・栄一パートはいいが、幕府パートはきつい。

  • 水戸学と「皇国史観」と「尊王攘夷」・尾藤正英「日本の国家主義」

    数日、尾藤正英氏「日本の国家主義、国体思想の形成」という本を読んでいました。大変面白いのですが、なにしろ専門書です。しかも水戸学、国学、儒学、古学と、広範囲の内容を扱っています。「水戸学とは何かを簡単に説明している本」ではありません。内容は水戸学とか「皇国史観」とか「尊王攘夷思想」とかを「相対化=冷静に分析する」本です。批判的に分析していますが、単純な批判ではありません。この手の本は疲れるので、そろそろ読むのをやめます。正直ちゃんとは理解していないので「身に着く」ことはありませんでしたが、「おもしろいな」と思った視点は沢山あります。例えば原理的には「尊王」と「攘夷」は結びつかないようです。儒学が重んじるは「王道政治」です。武力による制圧は「覇道政治」として退けられます。「夷」がいても「王道の政治、つまり徳化」に...水戸学と「皇国史観」と「尊王攘夷」・尾藤正英「日本の国家主義」

  • 金子拓さん著作「戦国おもてなし時代」・「御成記」がない織田信長

    金子拓さんは東大史料編纂所の学者さんです。「麒麟がくる」の影の時代考証家と私は考えています。歴史秘話ヒストリア「世にもマジメな魔王、信長」を担当した方でもあります。ヒストリアは最終回でこの「信長像」を「推して」ました。論理構成力が極めて高い方。でも「戦国おもてなし時代」は肩のこらない一般本です。この中で面白いことを紹介しています。織田信長が食文化を変えたのでは、という考えです。「膳の文化」です。食器が変わったという指摘があります。また「暖かくて十分に調理された料理が、適当な時に食台に出されるように」なったそうです。全体として虚飾性や無駄を省き、「おいしく味わうための宴会」に「膳の文化」が変化したそうです。この時代、織田信長のような人物が「おもてなしを受ける」と、「御成記」という記録文が書かれたそうです。「我が家...金子拓さん著作「戦国おもてなし時代」・「御成記」がない織田信長

  • 本能寺の変・もし織田信忠が生き残っていたら。

    織田信忠は織田信長の嫡男で「本能寺の変」で亡くなりました。25歳でした。母は生駒吉乃とされてきましたが、異説もあるようです。彼は既に織田家の家督を譲られていました。岐阜城主です。天下人としては織田信長が権力を握っていましたが、岐阜城主としての織田家は既に信忠のものでした。「愚か者」という逸話はありません。それどころか武田家を滅ぼしたのは彼です。武田は裏切りによって自壊していった感もありますが、とにかくその時の大将は信忠です。普通以上の才能を持っていたと考えていいと思います。そこで「織田信忠が生き残っていたら織田家の天下は続いていた」という説になっていきます。織田家は、まだ「全国制覇」はしていませんが。本能寺「光秀突発的単独犯行説」が出るのは「たまたま織田信忠が京都にいた」からです。この時の京都滞在は比較的急な決...本能寺の変・もし織田信忠が生き残っていたら。

  • 織田信長と正親町天皇(朝廷)の関係・公武結合王権論について

    織田信長と正親町天皇が「対立していた」という考えが「一種のブーム」になったのは1990年代のようです。私が知らないわけです。仕事が一番忙しい時期で、歴史の本を読んでいる時間はありませんでした。「麒麟がくる」の信長も、最初は大層天皇好きだったのですが、「蘭奢待の一件」で急に天皇との関係が冷めたと描かれました。「対立的」に描かれていたとして良いでしょう。・蘭奢待切り取り、、、正親町帝は信長からおすそ分けされた蘭奢待を公家に配り「香りをお楽しみあれ」と書いている。少しも対立していない。毛利に送ったとして、当時の毛利は信長と敵対していないので「敵に送った」ことにならない。・信長が譲位を迫った、、、「譲位ができるのはうれしい限り」という正親町帝の「自筆の手紙」が残っている(一回目の譲位問題の時)。譲位は朝廷の「悲願」であ...織田信長と正親町天皇(朝廷)の関係・公武結合王権論について

  • 織田信長はいつ「第六天の魔王」になったのか。

    信長の「魔王色」を最も強くデフォルメして描いたのは「おんな城主直虎」です。その後NHKは歴史秘話ヒストリアで金子拓氏の説を紹介し「世にもマジメな魔王」と名付けました。このあたりの経緯は知りませんが、流石に「デフォルメし過ぎた。もうこれ以上魔王としては描けない。」とでもなったのでしょうか。そもそも信長を「魔王として描いた」作品は少ないのですが、近年に集中しているため、大河では「魔王として描いてきた」ことになってしまっているようです。1973年「国盗り物語」総集編しか残っていない。魔王色は薄い。叡山焼き討ちの時、光秀が「信長は魔神か」と考える。そもそも司馬さんの原作小説には「魔王として描こう」という意図はみじんもない。司馬さんは信長が好きではなかった。特に残虐性が嫌いだったようである。国盗り物語信長編は編集者の意向...織田信長はいつ「第六天の魔王」になったのか。

  • 尾藤正英氏・著作「水戸学の意義」を読む。尊王攘夷、大義名分は日本人がつくった「新語」

    尾藤正英さん(東大名誉教授)の「水戸学の意義」は「日本の国家主義」という本に収録されいます。論文の一部です。6ページ。でも私のような門外漢には読むのも「やっと」というところです。水戸学について「自分は何にも知らないな」と思ったことが、読んでみようと思った動機です。まず結論的なことを簡単に「尊皇攘夷思想、国体思想、大義名分論は水戸学の考え方である。しかし尊王攘夷、国体、大義名分、3つとも朱子学の用語ではない。中国の古典にも直接的には典拠を求めることができない。水戸光圀の思想と幕末の水戸学には直接的なつながりはない。あるように見せかけたのは藤田東湖たちである。」となります。断っておきますが「だから偽物」ということではないのです。藤田東湖たちが「全く新しい思想を作ったのだ」ということになります。長州の吉田松陰などは水...尾藤正英氏・著作「水戸学の意義」を読む。尊王攘夷、大義名分は日本人がつくった「新語」

  • 「黄金の日日」が再放送される。(ネタバレなし)

    「黄金の日日」が再放送されます。4月4日早朝、BSプレミアムです。どんな作品か。ネタバレしないように気をつけて書いてみます。最近やっと見直したのです。1,主人公はルソン助左衛門、石川五右衛門、杉谷善住坊+今井宗久+今井の娘+織田信長+豊臣秀吉+千利休主人公は4人で、助左衛門、五右衛門、善住坊、今井の娘(美緒)です。ルソン助左衛門は「歴史的大事件にたびたび巻き込まれ」ます。信長の堺侵攻、金ケ崎の戦い、比叡山焼き討ち、秀吉の毛利攻めなどです。信長暗殺計画にまで巻き込まれます。杉谷善住坊は知る人ぞ知る人物ですが、何をやったかは書きません。石川五右衛門は「大泥棒」ですが、この作品では、基本、今井の「手の者」です。信長の上洛から関ケ原後までの35年間ぐらいが舞台です。2,歴史的人物としては今井宗久が主人公並み。織田信長、...「黄金の日日」が再放送される。(ネタバレなし)

  • ドラマ「織田信長・桶狭間・覇王の誕生」の感想・「くわ」と「であるか」は採用されず

    歌舞伎色の強い「ご存じ・織田信長」でした。特に目新しい視点を導入しようという考えは最初からないのでしょう。「歌舞伎を見ているのだ」と思えばいいのだと思います。多くの「ご存じエピソード」が詰め込まれていました。全体にじめっとした感じがしたのは「人情もの」の要素が強いからでしょう。歌舞伎です。「子を産まぬ正室であるうえに、敵の妹になりました」と「濃姫」がのどを突こうとします。「子を産まぬ」、、、、大丈夫かなと心配になります。「当時の価値観なんだ」という主張は無理でしょうね。子を産まぬからのどを突いた戦国女性、、、いるかも知れませんが、私は知りません。「敵の妹」って、最初から敵じゃないわけで、これまた濃姫とは何の関係もないことです。歌舞伎的がキーワードかなと思います。歌舞伎ですから、儒教的な考えが作品から滲み出してき...ドラマ「織田信長・桶狭間・覇王の誕生」の感想・「くわ」と「であるか」は採用されず

  • 本能寺の変の要因・織田家ブラック説の誘惑

    最近「プラハのモーツァルト誘惑のマスカレード」という映画を見ました。で「誘惑」という言葉を使いたくなったわけです。題名はふざけてますが、内容は「そこそこ真面目」です。NHKの「光秀のスマホ」に「#織田家はブラックでした」という回があります。実は大河でも「織田家ブラック説」を採用した大河があります。大河「信長」です。当時の「研究成果を生かした」まるで信長の教科書のような作品なのですが、なぜか「画面が暗い」のです。よく見えない。戦闘シーンは壮大ですが、なぜか「もやばかり、煙ばかり」なんです。よく見えない。先端の研究成果を生かしたため、当時の多くの人には理解できなかった。画面がよく見えない。言葉遣いがみんな同じでしかも変。語りが宣教師であった。などマイナス面が多く、正当な評価は得ていません。私は「信長の教科書」として...本能寺の変の要因・織田家ブラック説の誘惑

  • 本郷和人氏「空白の日本史」の感想文

    本郷和人氏と言えば、大河「平将門」の時代考証を担当し「王家の犬とは何だ」とちょっとした騒ぎになったことがあります。私のような史学とは無縁の人間であっても、権門体制論でも二つの王権論でも、天皇家を王家と呼ぶことは知っています。最近の説では堀新さんの「公武結合王権論」があり、ここでも朝廷・天皇家は「王」です。それが日本は中国の冊封下にないと騒がれた。変な話です。でもそれはやはり私のような歴史好きの考えなのだと思います。「王権論」なんてもの知らないのが当然で、知らないからといって責められるべきでもない。昔の「新平家物語」では「公家の犬になりたくない」と仲代達也さん(平清盛)は言っています。「公家の犬」にしておけば良かったのかも知れませんが、あの騒ぎで王権論を知った人もいるでしょう。ならそれなりの意味はあったことになり...本郷和人氏「空白の日本史」の感想文

  • 織田信長の二つの顔・革新性と伝統の重視

    織田信長の「人間像」を構築するための最も良質な資料は「信長公記」なのですが、これは一級史料であっても、一次史料ではありません。信長公記なしに信長を語ることはほぼ不可能なのですが、「都合よく」利用されている感が最近はあります。例えば「保守的な信長像」を描こうとすれば、信長公記にある信長の「異常性」や「非常識さ」は「一次史料じゃないから」と否定すればいいのです。同じくフロイスの「日本史」も一級史料なんですが、これも同じような使われ方をしています。信長には「信長公記」のほかに「手紙」や「事務的文書」と言った史料があります。「事務的文書」とは「領地の安堵等」を約束した文章です。「事務的文章」を見てみると「寺社」とか「公家」に土地を保証したようなものも多い。手紙も、手紙という文章の性格上、常識的なものが多い。誰だって手紙...織田信長の二つの顔・革新性と伝統の重視

  • 徳川慶喜は大阪城から逃げたから偉いのだ説・青天を衝け

    「説」というほどのもんじゃありません。「勝てるのに逃げた、逃げることによってその後の混乱はかなり鎮まった。偉いな。」ぐらいの話です。もし「会津藩の生き残りの方」がいたらえらく怒られるとは思います。「勝てるのに」は架空の話なので分かりません。ただあのまま開陽丸を大阪湾に浮かべておくだけで、大阪湾の制海権は幕府のものです。仮に一旦逃げたとしても、官軍が出払った大坂京都に、幕府海軍の軍艦で兵を運べば、京都は鎮圧できます。もっとも明治帝は、まだ少年ですが、桂がかついで山口に行ったでしょう。「玉を握る」ことはできません。政治的に勝てたかはそれこそ分かりません。私はなぜか子供の頃から「逃げた徳川慶喜の行動は鮮やかだ」と思っていました。なぜ小学生がそんなことを考えたのか。不思議です。大河「花神」の影響かなと思います。この作品...徳川慶喜は大阪城から逃げたから偉いのだ説・青天を衝け

  • 青天を衝け・第6回・「栄一、胸騒ぎ」・感想・明るい幕末大河

    青天を衝けは、90過ぎまで生きた渋沢栄一が主人公ですから「幕末大河じゃないかも」知れません。でも今はまあ幕末です。幕末から明治の大河を「予習」しようと思って「八重の桜」をきちんと見てみました。「いい作品」です。しかしながら「暗い」。長谷川博己さんの晩年なんで涙ものです。基本的に「会津の苦悩」を描いていますから、明治になっても暗いのです。朝敵とされたことへの恨み、がそれぞれの人物を動かしていきます。青天を衝け、は「明るい幕末大河」です。見ていて気持ちが明るくなる。それがいい点です。今週などは「初恋」がテーマです。時代的にはすぐに「安政の大獄」が始まりますが、あまり描かないかも知れません。深く描かなくてもいいと思います。本当に暗い事件ですから。あとはぐたぐたと感想です。・徳川慶喜の正妻がヒステリー持ちという情報を知...青天を衝け・第6回・「栄一、胸騒ぎ」・感想・明るい幕末大河

  • 2023年大河ドラマ・「どうする家康」・キャスト予想・2021年2月版

    松本潤さん以外は「すべて予想」です。空欄は今は思いつかなかった部分です。おいおい埋めていきます。徳川家康・松本潤(決定)松平広忠・徳川家康の父・吹越満於大→伝通院・天海祐希築山殿・橋本愛朝日姫お万お愛→西郷局・桜井日奈子阿茶局・松岡茉優松平信康・成田凌結城秀康・徳川秀忠・窪田正孝松平忠吉松平忠輝千姫五徳・飯豊まりえ水野信元・大倉孝二鳥居元忠・要潤本多忠勝・藤本隆宏本多重次・市原隼人石川数正・浅利陽介酒井忠次・安田顕大久保忠世・平岡祐太榊原康政・間宮祥太朗井伊直政・柄本佑平岩親吉・塚本高史服部半蔵・六角精児本多正信・滝藤賢一本多正純・山崎育三郎大久保長安・野間口徹織田信長・松坂桃李帰蝶・永野芽郁織田信忠織田信雄織田信孝明智光秀・神木隆之介柴田勝家・渡辺いっけい滝川一益・児嶋一哉丹羽長秀佐久間信盛前田利家羽柴秀吉・...2023年大河ドラマ・「どうする家康」・キャスト予想・2021年2月版

  • 青天を衝け・第2回・「栄一、踊る」・感想

    「麒麟がくる」に比べると、「茶を飲んだから急に毒で人が死ぬ」こともなく、安心して見ていられます。前半では「お代官様」の不合理が描かれます。不合理なのかな?渋沢栄一の一族は「コメを生産して」いません。基本的には年貢はなかった?のかな。蚕と藍玉でしこたま儲けて、富農階級です。お代官様からは、100人の人足と、2000両の献金を求められます。2000両。一番安く見積もって8000万円。もしかすると2億円です。それだけの献金を「わかりました」と請け負っています。ただし人足は減らしてと頼んだ渋沢父はお代官様から激怒されます。官尊民卑への抵抗。これが渋沢栄一のキーワードですが、さっそく登場しました。一橋慶喜は吉幾三さん12代家慶にかわいがられています。12代がやがて亡くなって、面倒なことになっていきます。それは先の話なのか...青天を衝け・第2回・「栄一、踊る」・感想

  • 青天を衝け・第1回・「栄一、目覚める」・感想・子役が女の子かと思ったことなど

    積極的にネタバレさせるつもりはありませんが「これからの史実がネタバレする」ことはあります。といっても渋沢栄一については「ウィキベテア程度の知識」しかありません。しかもあまりに多くのことをやっているために、「結局何やった人」という部分が少しあいまいになってしまいます。さて第一回の感想です。子役の男の子が「女の子」に見えます。声も女の子の声のように感じます。でもクレジットを調べると確かに男です。つまり「かわいい」ということです。うまい演技してました。前半は「渋沢栄一と徳川慶喜の二人主役」でしょう。明治になってからは渋沢一人だと思います。徳川慶喜の子役はイケメン風の子供です。慶喜の屈折を多少感じさせました。屈折というのは「誰もかれも俺に期待しやがって。そんなに期待されても困る」という屈折です。12代将軍、家慶というよ...青天を衝け・第1回・「栄一、目覚める」・感想・子役が女の子かと思ったことなど

  • ドラマ「天国と地獄」・綾瀬はるか・高橋一生・少しだけ考察

    ドラマ「天国と地獄」。少しだけ考察してみます。☆二番目の殺人の犯人は絶対に綾瀬はるか=望月ではない。これははっきりしていると思います。日曜劇場ですし、そこまで救いようのない物語は展開しないでしょう。綾瀬さんに「何か」があれば成り立ちますが、ただ真面目なだけの、真面目過ぎる警官です。「いずれ体がもとに戻ったら殺人犯」なんて展開はないでしょう。するとあの「殴っている動画」は何なのか。「死んでいる人間にやったこと」でしょう。ただそうなると「その時点で死んでいたことを立証できない」わけです。だから全部フェイクという可能性もあります。とにかく「二番目の殺人は望月=日高の犯行ではない」ことは動かしがたいと思います。☆でも二話でナッツアレルギーを利用して高橋一生の「体」を殺そうとしたではないか。そうです。説明がつきにくいので...ドラマ「天国と地獄」・綾瀬はるか・高橋一生・少しだけ考察

  • 「麒麟がくる」外伝・本能寺の変からの二週間(年表風)・ふざけてますが史実です

    1582年ふざけた書き方していますが史実です6月2日月曜日かな?光秀「本能寺の変成功。安土城に向かう。げっ、瀬田橋が落ちていて通れない。仕方ないから坂本城に戻る。味方になってくれと手紙を書いた。」6月3日光秀「家臣を、近江平定のために派遣した。」6月4日光秀「近江を平定した。筒井順慶も味方してくれるそうだ。」秀吉「げっ、本能寺で信長様が死んだ?帰らないと。帰らないと。」家康「伊賀の山中を通って、岡崎城にやっとついた。死ぬかと思った。少し休んだら京を目指すぞ」(途中で光秀の死を知り、引き返す)6月5日光秀「瀬田橋が修理できたんで、やっと安土城に入れた」斎藤利三「京極高次らが長浜城を落としたので、城に入った」丹羽長秀・織田信孝「大坂にいる。津田信澄が光秀と内通しているかも知れない。だから殺した。でも兵が逃げちゃった...「麒麟がくる」外伝・本能寺の変からの二週間(年表風)・ふざけてますが史実です

  • 小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「明智十兵衛最後の戦い」・「第三回」「家康という男をどうする?」

    第一回はここにあります。クリックしてください。第二回はここにあります。これまでの話。明智十兵衛は長井十兵衛と名乗って徳川家康に庇護されている。秀吉はそれを知っているが、徳川との良好な関係を優先し、問題としない。そればかりか、光秀は確かに死んだという通達までだして、光秀生存の噂をかき消した。なお「光秀生存以外」は「なるべく史実に近づけよう」とはしていますが、フィクションです。「家康という男」天正14年末(1586)、徳川家康は豊臣秀吉に臣従した。徳川家中には反対論もあったが、家康自身はそれを後悔はしていないようである。十兵衛の見るところ家康はいわゆる英雄とはよほど違っている。英雄になろうという気もないようであった。「わたしは三河の土豪の出ですからな」と家康は言う。今は三河・遠江・駿河・甲斐・信濃の一部を有する大大...小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「明智十兵衛最後の戦い」・「第三回」「家康という男をどうする?」

  • 小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「明智十兵衛最後の戦い」・「第二回」

    第一回はここにあります。クリックしてください。第一回からの続き。天正14年(1586)10月、徳川家康は上洛して一旦豊臣秀吉に臣従の姿勢を見せた。秀吉はこの年「明智と称するもの」が丹波の奥で潜んでいたとして処刑した。それと同時に、天下に対して次のような布告を行った。秀吉は瑞海と名乗り、明智十兵衛が生きていること、家康が匿っていることを知っている。知っていて世間に対して箝口令をひいた。「この度、明智と称するものが丹波で逆意をあおっていたので処刑した。関白が直々に検分したが明智ではなかった。近頃、明智が生きていると風聞を流すものがいる。許せない所業である。中国大返しの速きをいぶかり、関白が明智と組んで信長公を殺したというものがいる。とんでもない話である。そのような風聞を流すものは誰であろうと、吟味の上、極刑に処す。...小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「明智十兵衛最後の戦い」・「第二回」

  • 小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「十兵衛光秀最後の戦い」・「第一章」

    本能寺の変(天正10年・1582)の後、山崎の戦いで明智十兵衛を破った羽柴藤吉郎は、翌天正11年(1583)4月には賤ケ岳の戦いに勝利して、織田家筆頭家老、柴田勝家を自害に追い込みんだ。が、その後、行動を共にしていた織田家次男、織田信雄は、秀吉の野望に気が付き、袂を分かつ。秀吉と信雄・徳川家康連合軍の間で天正12年(1584)「小牧長久手の戦い」が行われた。家康は戦術レベルの勝利をしたものの、決定的な決着はつかぬまま、講和という形でこの戦いは終了した。織田家の覇権は実質的に消滅し、信雄は秀吉のもと、一大名として織田家の家名を存続させた。北条攻めの後、織田信雄は秀吉によって改易されるが、その後家康に臣従する。結局「織田の血筋」は織田信雄と信長の弟である織田有楽が残すこととなる。本能寺の変のあと、伊賀を超えて浜松に...小説風「麒麟がくる」・スピンオフ・「十兵衛光秀最後の戦い」・「第一章」

  • 私は織田信長を許さない・織田信長論の現在

    麒麟がくるのネタバレは一切ありませんから、大丈夫です。現在、「なんでもできるスーパースター信長」といった「信長論」を展開する人はほとんどいません。それに代わり「室町幕府を尊重し、朝廷を尊重し、天下静謐の大義のもと、戦争状態の終結を目指す、そこそこ常識的(保守的?)な信長」が語られることが多くなっています。「極端から極端へ」(堀新さん)と言われる現象です。こうした「極端な信長論」は、いずれ20年のうちに、二つとも「自然淘汰」されていくと思っています。革命児や保守的といった「レッテル貼り」は極めて非生産的です。「天下静謐の信長」が大きく語られるようになったは2014年ごろからです。これは信長研究の泰斗である谷口克広さんの認識です。信長本があまりに多数出てきたことに「驚いた」と書いています。そのもとは2012年の池上...私は織田信長を許さない・織田信長論の現在

  • 麒麟がくる・最終回・第四十四話「本能寺の変」・感想

    これは朝の4K放送を見ての感想です。ネタバレがあります。したがってまだ見ていない方は「読まないこと」をお勧めします。これはダチョウ倶楽部の「ネタ」はありません。「見るなよ、見るなよ」と言って読ませる手段じゃありません。ブログをアップしないほうがいいのかとも考えているのですが、今日は「早く起きて朝麒麟待機」したもので、夜に書く自信はありません。十分に間を置きますね。「ちょっと待て。見てないなら読むな」です。読むなら自己責任でお願いします。1,光秀はどうやって麒麟を呼ぶのか。信長を殺すこと、で、です。これに尽きます。信長では太平の世は来なかったという考えに基づいています。本能寺の後は、作中ではほとんど描かれません。私はどうやって「光秀が麒麟を呼ぶことにするのだろう」とずっと考え続けていたのですが「信長を殺せば自然と...麒麟がくる・最終回・第四十四話「本能寺の変」・感想

  • 麒麟がくる・最終回・第四十四話「本能寺の変」・あらすじ・予想・多少ネタバレ・最終版

    私の考察は何のハンドブックにも基づいていませんし、最終話を描いたハンドブックは存在しません。でも「ネタバレ」に気を付けてください。去年の12月12日段階での予想はここにあります。半分ぐらい当たっています。「麒麟がくる」・第44回・最終回・あらすじ・予想12月版NHKは最終話の概要を発表しています。最終回は、宿敵・武田家を打ち滅ぼした戦勝祝いの席で、光秀(長谷川さん)は信長(染谷将太さん)から理不尽な叱責を受け、饗応役(きょうおうやく)の任を解かれる。追い打ちをかけるように信長は、光秀と縁深い四国の長宗我部征伐に相談もなしに乗り出すと告げる。「殿は戦の度に変わってしまった」と、その行き過ぎた態度をいさめる光秀に、「己を変えたのは戦ではなく光秀自身だ」と信長は冷たく言い放つ。そしてついに、ある究極の命令を光秀に突き...麒麟がくる・最終回・第四十四話「本能寺の変」・あらすじ・予想・多少ネタバレ・最終版

  • 誠仁親王といふ人・「麒麟がくる」のプリンスは「可哀そうなかごの鳥」なのか。

    誠仁親王(さねひと)1552-1586信長時代の天皇である正親町帝のだた一人の男子です。織田信長、明智光秀が亡くなった時、ちょうど30歳です。そして34歳で亡くなってしまいます。譲位の直前でした。正親町帝は食事も摂らないほど悲しみます。そして誠仁さんの第一王子である後陽成帝に天皇位を譲ります。譲位準備(仙洞御所の造営)は本能寺のわずか1年半後には始まっています。信長が死んだのに、すぐ譲位です。信長が譲位を強要したというのは、なかなかに成り立ちにくいのですが、むろん「強要した」という学者さんもおられます。強い根拠はないのですが、誠仁さんとの方が「信長とうまがあった」のは確かでしょう。信長は魔王じゃありませんが、あまり年上の人間に「へいこら」する習慣がないようです。本当かと思うのですが、信長は生涯にわたって一回も「...誠仁親王といふ人・「麒麟がくる」のプリンスは「可哀そうなかごの鳥」なのか。

  • 麒麟がくる・スピンオフ・「天海光秀、信長と再会す」・「明日を捜せ!」

    「みんな生きてしまうトンデモ文章」です。関ケ原の戦いが終わった慶長5年(1600)、11月のことである。伏見城の門前に、一人の僧が現れた。従者らしき女性を伴っている。老女らしいが肌の色に艶があり、身に着けた装束もどこかあでやかである。門番が誰何した。「ご坊、なにか用でござるかな」僧形の男は、懐から文を取り出し「天海僧正に呼ばれました」と短く言った。70にも見える老体だが、声に張りがある。文には確かに今日、この日に伏見城にてと書いてある。「お名は」「美濃、浄法寺の空信と申す。これにおるは妻の妙鴦」「はあ、くうしん様とみょうおう様」門番たちはいぶかった。天海僧正の客がこのように「ふらり」となんの先ぶれもなく現れるのは妙である。しかも妻女を連れている。「調べまするゆえ、しばし番所で待たれよ」。僧と従者の女性は丁寧に頭...麒麟がくる・スピンオフ・「天海光秀、信長と再会す」・「明日を捜せ!」

  • 麒麟がくる・光秀チョップは水平空手チョップなのか。

    どうでもいい話です。信長に足蹴にされた光秀が「光秀チョップ」を空に向かって繰り出します。無論これは「樹を切る=斬る」動作です。夢でみた信長の「命の樹」を斬るポーズです。「水平空手チョップだ」と思いました。で、寝て起きて、今日が次の日。「あれ水平じゃないな」と思ったのです。そもそも水平空手チョップってなんだ?と思ったのです。ビデオで確認すると、動作はわずか一回です。夢のシーンがあるので、何度も繰り出した印象が残るだけです。現実にはただ「袈裟懸けに一回」です。この時点で「水平空手チョップ」ではなく「空手チョップだ」という認識に変わりました。正式名称は「手刀打ち」です。空手用語としては「手刀打ち」、プロレス用語としては「空手チョップ」です。チョップは切る、斬るという意味の英語です。英語用法としては「ジュウドーチョップ...麒麟がくる・光秀チョップは水平空手チョップなのか。

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、東行さんをフォローしませんか?

ハンドル名
東行さん
ブログタイトル
歴史とドラマをめぐる冒険
フォロー
歴史とドラマをめぐる冒険

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用