「ああ、今井さん。待っていましたよ。ささ、忘れないうちに。こちらがお望みの品です。」今井紀子はK駅のロータリー前で、いま呼びかけられた男から「それ」を受け取った。事前に頼み込んで用意してもらっていたのだった。「ありがとうございます。これだけあれば当面は安心ですね。」中身を確認して驚いた。すべての広報ビラが三つ折りにされたうえに、一枚一枚に地元選挙管理委員会から配布を許されたことを示す証紙スタンプが貼ってあったからだ。用心深い芳川市議が長年信頼する男なだけあり、仕事が丁寧で抜かりがない。「いまあの方を支えてあげられるひとは貴女ぐらいですからね。なんといってもここの陣営は人数が少ない。」「気にかけてくださる方はほかにもたくさんいます。あなたのように。」今井は髪を掻き上げながら微笑みつつ応じたが、その笑顔がどことなく...そんな言葉を待ってたんじゃない
空になったカップを置き、窓の外に目をやる。いつしか暮れてきた街の明かりは綺麗だが、その実、僕の意識は店のBGMの音形の輪郭を探ることに集中していた。音楽に心得があるというほどではないが、このピアノの演奏がクラシックではなくジャズと呼ばれるジャンルに分類されるものらしいことはなんとなく理解できた。この店の前を通りかかることは数えきれないほどあったが、入ったのは初めてだった。病院に行った帰りはいつもどこかのコーヒーショップや喫茶店に入ってしまう。きょうも、そんな通院の帰りがけだった。といっても、大したことのない、かかりつけの皮膚科に皮膚炎の薬をもらうだけなのだが、そうは言っても久しぶりの病院というところは変に気を張ってしまい、出てきたあとにどっと疲れが出る。そういうとき、なかば逃げ込むように、なかば楽しむように喫茶...茶店ドール
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