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2019/04/13

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  • 光の結ぶ実

    エペソ5:8-9『あなたがたは、以前は暗やみでしたが、今は、主にあって、光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。──光の結ぶ実は、あらゆる善意と正義と真実なのです──』光の子どもになった人は、光である主の中を歩まないと光の実を結ぶことは出来ないです。キリストという光を持っている者が光の子と呼ばれています。信じる前には光が自分たちの中になかったので暗闇でした。どんなに暗い所でも光が入ると暗闇が自然と消えていきます。光の威力です。主は太陽の光よりも強い光です。太陽の光が心の中まで照らすことは出来ないですが、世の光として来られた主が心に入ると、その人から闇は出て行き、光で心が明るくなります。光が入ると、それによって自然と光の実を結ぶことが出来ます。闇は闇の実を、光は光の実を結びます。光の実を結ばず、闇の実を結ぶ人...光の結ぶ実

  • 惜しむべきものを知らない人間

    ヨナ書4:10-11『主は仰せられた。「あなたは、自分で骨折らず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたこのとうごまを惜しんでいる。まして、わたしは、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、数多くの家畜とがいるではないか。」』自己愛の強いヨナにとってニネベの人たちが助かったことは嬉しいことではなく、腹が立つことでした。神の手によってすべての人が滅ぼされてほしいと願っていました。ですから彼は多くの人間のいのちは惜しまず、とうごまが枯れたことを惜しんでいました。暑かったからです。このように、とうごまのように価値のないものを惜しむ者がどんなに多いか分からないです。わずかなお金のために人を殺します。イライラしたから殺したという人たちもいます。人間のいのちを粗末に考え...惜しむべきものを知らない人間

  • 誰の所に立ち返りますか

    ホセア書6:1『「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。』正しい問題意識があるならば、正しい解決策も見つけることが出来ます。主からの懲らしめを受ける時にも正しい問題意識がある人ならば、悔い改めて主に立ち返ります。『私は悪くない。何で私がこんな目に遭わないといけないのか』と反発する人は、悔い改めることも主に立ち返ることもしません。主は愛する子が過ちを犯した時に、しつけのために懲らしめを与えます。へブル12:5-7『そして、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるから...誰の所に立ち返りますか

  • 金も銀もわたしのもの

    ハガイ書2:7-9『わたしは、すべての国々を揺り動かす。すべての国々の宝物がもたらされ、わたしはこの宮を栄光で満たす。万軍の主は仰せられる。銀はわたしのもの。金もわたしのもの。──万軍の主の御告げ──この宮のこれから後の栄光は、先のものよりまさろう。万軍の主は仰せられる。わたしはまた、この所に平和を与える。──万軍の主の御告げ──」』ソロモンが建てた神の宮は金と銀で飾られた素晴らしい宮でした。しかし敵によって破壊されました。その後にゼルバベルによって建てられた神の宮は、それと比べるとみすぼらしかったです。かつての栄光に輝く宮を見たことがある人々の目には、まるで無いに等しいものに見えましたが、神は違っていました。世にあるものはすべて神のものです。ですから金も銀も不足があるわけではないです。天地万物が主のものである...金も銀もわたしのもの

  • 人生の真夜中の時には

    詩篇42:5『わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。私の前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。』私たちの人生に大小の問題が生じると、それによって落胆する時があります。環境の変化に不安を感じる人がとても多いです。平凡な日常に突然黒い雲が現れて真っ暗闇になると不安、恐れ、絶望感に襲われます。神を信じる人も、暗やみになると神の守りを疑ったりします。そして暗闇の中で吹いてくる恐ろしい風の音に恐れおののきます。弟子たちが真夜中に船に乗って湖の真ん中にいた時に突風が吹いて来て、波が高くなり、船は水浸しになりました。必死に何とかしようとしましたが、絶望的になって死を覚悟しました。そこで落胆し、不安と恐れを抱いて死だけを待つのが知恵ある行動でしょうか?弟子たちは眠っておられ...人生の真夜中の時には

  • すべてを造った主がおられる

    イザヤ書45:7『わたしは光を造り出し、やみを創造し、平和をつくり、わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを造る者。」』すべてを計画し、すべてを造ったのは神です。神がすべてを造ったということは、絶対的な存在であることを宣言しています。偶像の神があふれていて、偶像をまことの神として信じる人が多いです。イザヤ書45章は、神を知らないクロス王に語ったことばですが、神はこのように宣言しました。イザヤ書45:5-6『わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。あなたはわたしを知らないが、わたしはあなたに力を帯びさせる。それは、日の上る方からも、西からも、わたしのほかには、だれもいないことを、人々が知るためだ。わたしが主である。ほかにはいない。』世界を創造したことで、まことの神であることを自ら証明しま...すべてを造った主がおられる

  • 主が祈りを禁ずる時はいつ

    エレミヤ書7:16『あなたは、この民のために祈ってはならない。彼らのために叫んだり、祈りをささげたりしてはならない。わたしにとりなしをしてはならない。わたしはあなたの願いを聞かないからだ。』絶えず祈りなさいと言われた主が『祈るな』と命じることは、ただ事ではないです。祈ってはならないと繰り返して語ったのは、預言者が選民イスラエルの回復のためにずっと祈ったからだと思います。祈りだけでなく、神のことばもずっと伝えましたが、イスラエルの民はどうだったでしょうか。彼らは預言者のことばを強く拒否し、あざけましたし、迫害もしました。神は罪を犯した民が悔い改めることを願って預言者を遣わして語りましたが、頑なにそれを拒否し、預言者にひどいことをしました。みなさんが神ならばどうするでしょうか?神は恵みを取り上げ、反対に裁くことを決...主が祈りを禁ずる時はいつ

  • 争い好きな女と一緒にいるよりは

    箴言21:9『争い好きな女と社交場にいるよりは、屋根の片隅に住むほうがよい。』箴言21:19『争い好きで、うるさい女といるよりは、荒野に住むほうがまだましだ。』箴言21章は全体的に神の前で義と公正を行う主題で語っています。しかし争い好きな女と一緒ならば義を行うことは難しいし、反対に悪に陥りやすいです。良いことばを使う人は人間関係を良くしますが、悪いことばや非難のことば、怒りのことばなどは人間関係を悪くします。無口よりはおしゃべりの人のほうが楽しいと思います。場を盛り上げる話し上手な人は人々から好かれますが、争い好きな人は争いを起こすので嫌われます。トラブルを起こすので人間関係を悪くします。クリスチャンはトラブルメーカーではなく、ピースメーカーを目指さないといけないです。コロサイ3:16『キリストのことばを、あな...争い好きな女と一緒にいるよりは

  • 愚かさの重さ

    伝道者の書10:1『死んだはえは、調合した香油を臭くし、発酵させる。少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。』高価な香油でもハエが一匹落ちて死んだならばその香油は捨てますね。そのように愚かな行動一つで、知恵によって得た栄光も水の泡になってしまいます。高価な香油をダメにするのは難しくないです。死んだはえ一匹で十分です。人間がダメになるのも、大きなことよりも小さな愚かな行動で十分です。個人でも家庭でも社会でも、愚かさを取り除く時に平和がきます。私たちは大きな失敗はしたくないので、その部分では気を付けますが、自分の中にある小さな愚かさには気を遣わないです。失敗した経験を振り返ってみると、愚かさによって失敗したことが多いことに気付くと思います。【祈り】主よ。自分の愚かさに早く気付きますように。【聖句をノートに書きましょう...愚かさの重さ

  • 憐れみ深い神の姿

    イザヤ書42:3『彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。』このことばはメシヤに対する預言です。しもべとしての姿を現しています。主は痛んだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともしない方です。葦は弱いし、傷んだ葦は使い物にならないです。これは病んでいる弱い人々の姿です。主はそのような者を見捨てることなく、逆に癒し元気にして下さる方です。くすぶる燈心は消える光で、煙とにおいを出します。主は罪の悪臭を放つ者に光を照らして下さる方です。そのような多くの人が主に出会って病人から健康な者に、闇の人生から光の人生に変わりました。主は本当に憐れみ深い方です。あなたは今どんな状態ですか?傷んだ葦ですか。くすぶる燈心ですか。イエス・キリストを自分の主として迎え入れて下さい。...憐れみ深い神の姿

  • 私たちがまだ罪人であった時に

    ローマ5:8『しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。』良いことに出会った人を見て、こういうことばを使う人がいます。『あの人は前世に国でも救ったのか』と。ある宗教では前世ということばをよく使います。聖書では人生は一回限りであると教えます。そしてすべての人は罪人だと言います。それは罪のない人は一人もいないからです。罪人だけが住む世界に、罪のない一人の方が来ました。その方がイエス・キリストです。なぜキリストには罪がなかったでしょうか?神であったからです。神が人となって生まれた方だからです。罪人を救うためには人間の代わりになる罪のない者が必要だったので、神が人となった世に生まれました。罪人を愛する理由なんか一つもない...私たちがまだ罪人であった時に

  • 苦難を軽く感じるためには

    ローマ8:18『今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、取るに足りないものと私は考えます。』誰かと比較すると、あまり良いことはないです。比較して自分が上だと思うと高慢になるし、下だと思うとみじめな思いになります。しかし苦しみはどうでしょうか。苦しみは上を見るともちろん辛くなりますが、自分よりももっと苦しみを受けている人を見ると、我慢が出来ます。病院に入院した人たちが、そこで自分よりもひどい状態の患者を見た時に、自分の方がまだましだという思いになります。そして自分より苦しむ人たちに対してあわれみの心が出て来ると言います。神は信仰による迫害がある時には、将来受ける栄光を考えなさいと言われました。短い間受ける苦しみと永遠に受ける栄光を比べるならば、苦しみの中でも耐え忍ぶことが出来...苦難を軽く感じるためには

  • 救われる過程は難しくない

    ローマ10:9-10『なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。』救われるためには救い主が決めたルールに従わないといけないです。罪によって霊が死んだ人類を救うための神の摂理は、独り子イエス様を罪人の代わりに十字架にかけることでした。救いの計画を立てた神ご自身が尊い犠牲を払いましたが、人々がその救いを受けるためにハードルをとても低くしました。条件付きではなく、信仰をもってイエス・キリストを主と告白し、復活の主を信じるならば救われます。選民、異邦人、老若男女関係なく、心を開いて主が提示した方法を受け入れるならば、誰でも救われます。高いハードルや難しい条件がな...救われる過程は難しくない

  • 悪い見張り人の姿

    イザヤ書56:10-12『見張り人はみな目が見えず、知ることがない。彼らはみな口のきけない犬、ほえることもできない。あえいで、横になり、眠りをむさぼる。この貪欲な犬どもは、足ることを知らない。彼らは、悟ることも知らない牧者で、みな、自分かってな道に向かい、ひとり残らず自分の利得に向かって行く。「やって来い。ぶどう酒を持って来るから、強い酒を浴びるほど飲もう。あすもきょうと同じだろう。もっと、すばらしいかもしれない。」』預言者を通して、神はイスラエル指導者の状態を非難しました。周りの敵から狙われているのに、無防備状態になっています。近付く敵に対して対処しないといけないイスラエルの見張り人、すなわち指導者たちが盲人、口がきけない者、眠りをむさぼる者になっています。見張り人の役割はいつも目を覚まして、周りの状況をよく...悪い見張り人の姿

  • 女性たちに対する主の同情心

    ルカの福音書8:2-3『また、悪霊や病気を直していただいた女たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリヤ、自分の財産をもって彼らに仕えているヘロデの執事クーザの妻ヨハンナ、スザンナ、そのほか大ぜいの女たちもいっしょであった。』女性の立場は昔から男性よりも弱いです。辛い立場の中にいる女性も多いです。イエス様は女性に対してどうだったでしょうか?イエス様はいつも弱者の味方でした。困っている女性たちをたくさん助けました。悪霊や病気で苦しんでいる人を大勢助けました。かわいそうに思う心が常にありました。そして積極的に助けました。助けられた女性たちは主のそばに来て熱心に仕えていました。主と弟子たちを陰で支えました。主が十字架にかかった時も、女性たちは十字架を見て泣いて悲しみました。弟子たちも怖...女性たちに対する主の同情心

  • 知らないならば罪を犯す

    マルコの福音書9:31-32『それは、イエスは弟子たちを教えて、「人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる」と話しておられたからである。しかし、弟子たちは、このみことばが理解できなかった。また、イエスに尋ねるのを恐れていた。』キリストは自ら自分の十字架の受難を予告しました。人々の手によって殺されること、そしてよみがえることを予告しました。イエス様は悪霊を追い出す力ある働きを人々に見せました。多くの奇跡も行いました。しかし人々の手によって簡単に殺されることを淡々と語りました。弟子たちや人々は、主が罪人たちを贖うためにこの世に来て下さったことの意味をあまり理解していませんでした。救いと苦難の関係を悟りませんでした。彼らだけでなく、今も多くの人はキリストの苦難を...知らないならば罪を犯す

  • 罪を赦す権威を持っている主

    マルコの福音書2:9-12『中風の人に、『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらがやさしいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい」と言われた。すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない」と言って神をあがめた。』イエス様は目の前にいる中風の人の病気を癒す前に、罪の赦しを宣言しました。その宣言はその人の病気が罪によるものであることを暗示しています。多くの病気が罪によるものであることを知らないといけないです。ヤコブ5:15-16『信仰による祈りは、...罪を赦す権威を持っている主

  • 安息日に対する間違えた考え

    マルコの福音書2:27-28『また言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。人の子は安息日にも主です。」』神様が安息日を決めたのは人間のためでした。あらゆる苦しみや圧迫、労働からも解放されて休憩を取らせる意味があり、また人々が集まって神に礼拝をささげるようにと安息日を決めました。しかしパリサイ人たちがあらゆる制約を勝手に作り、それを強いていたので、本来の安息日の意味が不透明になってしまいました。形式を重んじるあまり安息日が安息ではなく、さらに圧迫と苦しみの方が増えました。イエス様は肉体的、精神的圧迫と苦痛から解放し、安息を与えることが出来る方です。【祈り】主よ。主を礼拝し、また休むことが出来る安息日は祝福の日ですね。【聖句をノートに書きましょう】-安息日-申...安息日に対する間違えた考え

  • 苦しみを知っておられる主の憐れみ

    第1コリント10:13『あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。』本文のことばで私たちが信仰をもって信じないといけないことばがあります。自分たちが受ける試練は耐えられるものであること、また神が耐えられないほどの試練には合わせないこと、また試練とともに脱出の道も備えておられることです。試練の前で信仰を失う人が多いです。それは試練を恐れるからです。試練に会った時に、神は私たちが信仰で反応することを期待しておられます。試練に会った時に、神がそれに対してどのように語ったのかを覚えて信仰で反応することです。試練は信仰をテストするのに良いものです。試...苦しみを知っておられる主の憐れみ

  • 主の言うことを聞きなさい

    マルコの福音書9:7『そのとき雲がわき起こってその人々をおおい、雲の中から、「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」という声がした。』御子キリストを私たち人間のために遣わして下さった天の父なる神の願いは、人々がキリストの言うことを聞くことです。キリストは父なる神と一つです。ですからキリストの言うことを聞くことは、父なる神の言うことを聞くことです。神のことばほど私たちを祝福することばはないです。国家も社会も個人も主のことばを聞いて従うならば、祝福を受けます。祝福を受けないことはありえないことです。世界に死が入ったのも呪いが入ったのも、すべて主のことばに逆らったからです。主のことばを聞いて従うならば、人生が変わります。呪いが祝福に変わります。試してみたら良いと思います。【祈り】主よ。神が遣わした...主の言うことを聞きなさい

  • 信じる者に与えられた大使命

    マタイの福音書28:18-20『イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」』主が信じる者たちに与えた大使命は、全世界の人々に福音を伝えることです。それは主の願いが全世界の人々が救われることだからです。救われることは、死後に地獄ではなく、天国に行くことです。神は誰も地獄に行ってほしくないので、人々が救われることを願っています。ある牧師先生が引退して宣教師になることを決めた後に、神...信じる者に与えられた大使命

  • 再び来られる主イエス・キリスト

    使徒の働き1:11『そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」』イエス様が天に上って行かれる姿を見た人たちは、再び来られるということばを聞いて、毎日空を見ながら生活したと思います。もし自分がその時代の目撃者で、同じ有様でまたおいでになると聞いたなら、毎日空を見たと思います。その時代の人たちは主の再臨を見ることなく世を去りましたが、いま信じる者たちは同じ気持ちで空を見ながら主を待ち望んでいます。最近いくつかの映像で、空に現れたキリストの形をした雲を見ました。とても不思議な雲でキリストの顔が映った雲や、人間の姿のような雲もありました。主の再臨のことを知らない...再び来られる主イエス・キリスト

  • 重要な質問と最高の答え

    マタイの福音書16:13-16『さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」』』大勢の人はイエス様が行うしるしや奇跡を見ましたし、権威あることばも聞きました。しかしイエス様が預言されたメシヤであることに気づきませんでした。見た目につまずいたと思います。ほとんどの人は力のある預言者の一人だと思っていました。自分たちが描いているメシヤのイメージとも...重要な質問と最高の答え

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