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八戸ノ里キリスト教会さんのプロフィール

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ブログタイトル
今日の「いのちのパン」
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/saranheyojesus
ブログ紹介文
毎日の生活の中で、いのちのパンを食べて神様と共に歩きましょう。デボーション(祈り・黙想)のブログです。
更新頻度(1年)

223回 / 221日(平均7.1回/週)

ブログ村参加:2019/04/13

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ハンドル名
八戸ノ里キリスト教会さん
ブログタイトル
今日の「いのちのパン」
更新頻度
223回 / 221日(平均7.1回/週)
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今日の「いのちのパン」

八戸ノ里キリスト教会さんの新着記事

1件〜30件

  • 主はあなたを守る方

    詩篇121:5-6『主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。』アメリカのある教会で実際に起きたことです。その教会の牧師と一人の信徒が、礼拝の後に毒の入ったものを飲みました。誤って飲んだのではなく、聖書にある言葉を試して飲みました。そのことばとは、次の箇所です。マルコの福音書16:18『蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」』神は彼らを助けたでしょうか。彼らは助けられることもなく、翌日二人とも死にました。神は神をためす人を助ける方ではなく、神を信じ、頼る者を助けて下さる方です。わざわざ毒を飲む必要なないです。神がどうするのかを試すことは、信仰から出たことではないです。【祈り...主はあなたを守る方

  • 励ましになることば

    イザヤ書41:10『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。』この箇所が好きなクリスチャンは多いと思います。恐れや不安を抱えている人には大きな慰めと力と励ましのことばになるからです。人からの言葉でも力や励ましを受けますが、ましてや神の言葉ならば、どれほど力を受けるでしょうか。主が共にいるから恐れる必要がないです。主のような力ある方が存在しますか。主は助け主であり、私たちの味方です。困った時にそこにある助けです。主のことばは信仰によって受け取りましょう。その時に大きな力になります。不安や恐れがある時にこのことばを信仰で告白しましょう。【祈り】主よ。いつも主の励ましで励ましを受けています。【聖句をノートに書き...励ましになることば

  • 神の武具

    エペソ6:13『ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。』全世界の国々は、莫大は軍事費を使って自国を守ろうとします。みんなが平和を望み、そして他国を侵略することがないならば軍事費は要らないと思います。しかし今もチャンスさえあれば隣の国を乗っ取ろうとする国があります。隣の北朝鮮も国民は食べ物もないのに、莫大な費用を使って核兵器を造り、それで世界を脅かしています。平和を愛する心が全くありません。このような国がある限り、自国を守らなければなりません。また世界には、見えない霊の世界があり、そこで平和を壊す働きをする者はサタンと悪霊どもです。あらゆるところで悪いことをして平和を壊しています。神は、私たちにそれを見て恐れるのではなく、...神の武具

  • 主はとこしえの岩

    イザヤ書26:4『いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。』あなたは人を信頼していますか。信頼しないと言う人もいれば、ある程度は信頼すると言う人もいると思います。私の場合、ある程度は信頼します。でも完全な信頼は出来ないです。自分自身も完全に信頼出来ないのに、他人を完全に信頼することは有り得ないからです。人は環境に弱いので、環境が変わると人も変わることが多いです。またやむを得ず約束を守れない時もあります。人の心はよく変わるので完全な信頼は出来ないです。しかし主は人間ではなく、誠実な方で、約束を守る方なので信頼することが出来ます。決して神が人を裏切るようなことはありません。もっとも信頼出来る方は主です。【祈り】主よ。主こそ変わらないとこしえの岩なので信頼します。【聖句をノートに書きましょう】-信頼-...主はとこしえの岩

  • 心を太らせる

    第2テモテ3:15『また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。』幼い時から聖書のことばで養育されたテモテは立派な主の働き人になりました。使徒パウロの愛弟子になりました。テモテの心には主のことばがありました。みことばの乳を飲みながら育ちました。それが人格を形成しました。主を知る知識になり、信仰になりました。彼の霊はみことばで潤っていました。良い本をたくさん読むと心も良い影響を受けます。たくさん食べると体は肥満になりますが、心の肥満はありません。スマホが広がったことで本を読まない人が増えました。聖書は一番良い影響を与える本です。永遠のベストセラーです。たくさん読んで下さい。そして昔からの古典を読んで心...心を太らせる

  • 悪に負けてはいけません

    ローマ12:21『悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。』人間は本能的に悪に対して悪で仕返ししたいと思います。そうしないといつまでも被害者として生きると思うからです。被害者意識で生きると、いつの間にかそれが自分を縛りつける縄になって心がとても息苦しくなります。自分の心が頑なになると一番損するのは自分です。先に心を開く人、先に手を差し伸べる人が成熟した人であり、心の広い人です。先に手を差し伸べるからプライドが傷つけられることはありません。そして負けることもありません。頑なな心は主が喜ばない高慢な心です。人の悪をいつまでも思うのではなく、人間は似たり寄ったりだと思うことです。自分にも悪があることを自覚する必要があります。善をもって悪に打ち勝つように主から命令されました。【祈り】主よ。まずは...悪に負けてはいけません

  • 堅く決心するならば

    ヨシュア記1:8『この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。』カナンでの戦いを前にしたヨシュアの心には、不安と恐れがいっぱいあったと思います。それまでは偉大な指導者モーセに仕えていて、何の不安も恐れもありませんでした。しかしモーセの死後、指導者になったヨシュアは経験したことのないカナンでの戦いを目前にしていました。人の心を知っておられる神は彼に勝利の秘訣を教えました。その秘訣は軍事専門家から見たら馬鹿げた内容に思われるでしょう。しかし信仰あるヨシュアはそのことばを受け入れました。信仰だけでなく、実行する堅い決心もしました。問題に対する神からの答えを...堅く決心するならば

  • 心配をおろす

    ピリピ4:6『何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。』イエス様がよく使った挨拶があります。「平安があなたがたにあるように」です。人々の顔を見ると平安な表情をしている人は少ないです。何かと悩みや心配を抱えている顔が多いです。しかし赤ちゃんの顔を見たら平安な顔が多いです。それは悩みや心配がないからです。お腹が空いたら泣けば与えられます。誰かがいつも世話をしているので安心しています。神様は私たちを世話して下さる方です。重荷を負っている者に対しては「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」と言われました。そして心配している者たちに対しては「あなたがたの思い煩いを、いっさい...心配をおろす

  • 心にあるものを捨てる

    マタイの福音書16:24『それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。』心の中にあるものの中で一番捨てなければならないものは貪欲な心です。貪欲な心はあらゆる悪の根になります。世にあるあらゆるものに対する欲なので誘惑に弱いし、不義を行いやすいです。主は貪欲を偶像崇拝だとも言いました。貪欲が心を占めるならば、主の居場所が無くなります。心を占めているものがその人の偶像になります。心にあるものが口から出ますし、その次に行動が出て来ます。貪欲な心は世を愛する心なので、主に対する愛はありません。ですから貪欲は必ず捨てましょう。【祈り】主よ。貪欲な心が完全に消えますように。【聖句をノートに書きましょう】-捨てる-ルカの福音書18...心にあるものを捨てる

  • 心を開くならば

    マタイの福音書5:38-39『『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。』復讐の連鎖がどれほど悲惨な結果をもたらすかはみんなが知っています。しかし心に受けた傷によって、なかなか人を赦すことも愛することも出来ない人も多いです。その人たちはいつか復讐したいという思いを持っています。赦すことも愛することも出来ないのは、自分の心を閉ざしているからです。イエス様は無理なことを強いる方ではありません。私たちが心を開くならば、主のことばを実行することが出来ます。自分の傷をなめながら生きる生き方を捨て、閉ざしている心を開いて、主のことばを受け入れるならば、主の愛と赦しが心に流れて...心を開くならば

  • ユダの取り返しのつかない行動

    ヨハネの福音書13:30『ユダは、パン切れを受けるとすぐ、外に出て行った。すでに夜であった。』ユダはイエス様に選ばれた十二弟子の一人でした。十二弟子に選ばれたことは特権でした。しかし特権を特権として思っていない人はそれを無駄にしてしまいます。他の弟子たちはイエス様に関心があり、イエス様を見ていましたが、彼はお金に関心があり、入って来るお金に目を向けていました。すべてを知っておられるイエス様は彼に立ち返るチャンスも与えました。彼の心の中にある計画を知って話しました。しかしユダの耳には主のことばが入りませんでした。愚かな計画に没頭していました。そして食事も終わっていないのに、パン切れをもらってすぐに出て行きました。「時は夜であった」と書いてあるのは、彼の行動が闇の行動であることを意味します。せっかくの悔い改めのチャ...ユダの取り返しのつかない行動

  • 贖いは罪の赦し

    コロサイ1:13-14『神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。』もし犯罪を犯して逃げている人がいるならば、いつも不安の中で生活していると思います。もし国家がその人たちに向けて「自首するならば、無罪にする」と発表するならば、そのことばを信用する人は、自由になるために自首すると思います。罪の重荷を背負って生きることが、どれほどしんどいかを知っているからです。「そんなはずがない。これは騙しのことばだ。」と信用しない人は無罪になるチャンスを自らが潰して、ずっと罪の重荷を背負って逃げなければなりません。神の目にすべての人間は罪人です。そしてその罪のために地獄という恐ろしい所に死んだ後に行くことも神は知っ...贖いは罪の赦し

  • ほかの福音はない

    ガラテヤ1:7『ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。』初代教会が勢いよくリバイバルした様子を見て、サタンは教会をつぶすために、にせ教師、にせ預言者たちを教会にたくさん送りました。彼らの正体は貪欲な狼ですが、うわべは羊のなりをし、本物のように自分たちの姿を変装しました。信徒たちに近づき、巧みなことばで惑わしました。多くの信徒たちが惑わしに気付かず惑わされました。これからの時代はそれ以上の惑わしが起こります。なぜなら主の預言のことばがそのように語っているからです。サタンが自分の時が残り少ないことを知って活発に働きます。多くの異端が教会に入り込みます。そして信徒たちを惑わします。彼らは決してキリストを愛する者...ほかの福音はない

  • 主のみこころのままに

    出エジプト記33:19『主は仰せられた。「わたし自身、わたしのあらゆる善をあなたの前に通らせ、主の名で、あなたの前に宣言しよう。わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」』神様ほど誤解されやすい方はおられません。人が神のことを自分の考えや基準で語ります。ですから「神はいない」「神がいるならばあんなことは起こらない」「神は不公平だ」と言います。みなさんはどうですか。神のことをわからないまま誤解しているのではないでしょうか。神は、神を正しく知る者にご自身を現わします。心を閉ざして知ろうとしない人には何も言いません。神を求める者、信じる者、信頼する者に良いもの、恵み、憐れみを与えます。神に対して誤解する者に良いものが与えられることはないです。神はいまも生きておられる方です。真実な方です。まことの...主のみこころのままに

  • 天の父からの賜物

    ルカの福音書11:13『してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」』イエス様は天の父を、卑しい人間の悪い親に例えながら話して下さいました。悪い親でも自分の子どもには良いものを与えます。天の父のご自分の子どもに対する愛はその程度のものではありません。ひとり子イエス様をお与えになったほどの愛です。自分の子どものいのちを他人のために与える親がいるでしょうか。無理ですね。しかし神はその愛を見せました。それなのにその大きな愛を未だに疑うクリスチャンがいることは残念なことです。なぜわからないでしょうか。まだ十字架が見えていないと思います。十字架の恵みは神の愛から来たものです...天の父からの賜物

  • 振る舞いに気をつける

    エペソ5:3『あなたがたの間では、聖徒にふさわしく、不品行も、どんな汚れも、またむさぼりも、口にすることさえいけません。』「ジキル博士とハイド氏」の小説を読んだことがありますか。二重人格の姿が書かれてあります。聖徒がなってはならない姿がそこにあります。教会の中だけで聖徒、教会の外では聖徒の姿が消えて別人になる人がいます。イエス様が一番厳しく非難した人はパリサイ人や律法学者でした。誰よりも敬虔に見える彼らですが、イエス様は彼らの二重性を鋭く見抜いていました。偽善者と呼びました。聖書のことばを正しく伝えるからその人を信用して良いわけではありません。敬虔に見えるからと信用してもいけません。主がこのように語りました。マタイの福音書23:2-3『こう言われた。「律法学者、パリサイ人たちは、モーセの座を占めています。ですか...振る舞いに気をつける

  • メシヤ預言

    ルカの福音書1:74-75『われらを敵の手から救い出し、われらの生涯のすべての日に、きよく、正しく、恐れなく、主の御前に仕えることを許される。』このことばは預言のことばです。バプテスマのヨハネの父である祭司ゼカリヤが聖霊に満たされて預言したことばの一つです。メシヤの預言です。ヨハネは主の道を備えるために神のみこころによって生まれました。その6か月後にメシヤが誕生しました。旧約聖書には多くのメシヤ預言があります。その預言は時が満ちた時に、その通りに成就しました。すべては神の主権と神の計画、そして神の時に行われます。メシヤはユダヤ人だけではなく、全世界の人々を救うための神の計画です。イエス・キリストは外国の神ではなく、全世界の救いのために神が遣わした方です。この方以外に救いを与える神はおられません。使徒の働き4:1...メシヤ預言

  • 素晴らしい恵み

    詩篇103:4-5『あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。』祝福を嫌がる人は一人もいないと思います。いのちや恵み、あわれみ、良いものが欲しいと、人間誰もが思います。人が不幸と感じるのは何かが満たされないからです。神様は誰よりも人を心配し、あわれみ、また愛する方です。必要な良いものを与えたいと願う神様です。人間はご利益を求めて様々な神と呼ばれる者に向かって、一生懸命に求めます。願った通りのものを受けましたか。みなさんはどうですか。足しげくそのような所に通っていますか。まことの神ではない神に求めることはむなしいことです。やぶ医者にかかると、とんでもないことが起こります。しかし「神の手」と呼ばれるほどの有能な医...素晴らしい恵み

  • 神の宮

    第1コリント3:16『あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。』もしあなたがクリスチャンであるならば、このことばを信じていますか。そして自覚しながら歩んでいますか。信じて自覚して歩む人と、知らない人、信じない人、そして関心がない人の人生は全然違います。自分の体が神の宮であるならば、その体を汚れや罪に任せることはしません。かえって自分の体をきよく保ちます。そして自分の中に神が住んでいることを知っているので、いつも神と共に歩み、神を崇めながら生きます。自分勝手に生きながら神の宮を汚れで満たすことはしません。むしろいつもきよめます。【祈り】主よ。主が共におられることほど心強いことはありません。【聖句をノートに書きましょう】-神の宮、聖所-エゼキエル書5:11ダニエル書9...神の宮

  • 聞くべきことば

    詩篇33:8『全地よ。主を恐れよ。世界に住む者よ。みな、主の前におののけ。』あなたは主が誰であるのか知っていますか。「主とは誰だ。知らない。」という人が圧倒的に多いと思います。エジプトが一番栄えた時代、モーセは主に遣わされてエジプトの王パロの所に行って、主のことばを伝えました。当時ヘブル人はエジプトで奴隷にされていました。主は彼らを救う計画をもってモーセを遣わしました。モーセは主から言われたことばを伝えました。「わたしの民を去らせ、荒野でわたしのために祭りを行えるようにせよ。」パロはそれに対して「主とは何者だ。私がその声を聞いて、イスラエルを去らせなければならないとは。私は主を知らない。イスラエルは去らせない。」「主とは何者だ。私は主を知らない。」ということばが私の心に強く残りました。なぜならばそれは私が主を知...聞くべきことば

  • 安息日の主

    マタイの福音書12:8『人の子は安息日の主です。」』安息日を決めたのは主です。神は六日間、天と地、そしてその中にあるすべてのものを創造しました。そして七日目のことに対しては、このように記録されてあります。創世記2:2-3『神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。』主の一日を休みの日(安息日)と決めたのは主でした。疲れたので神が休むためではないです。神は疲れることがない主です。人間を休ませるために安息日を設けました。仕事をせず、神との交わりをする日が安息日です。しかし神は安息日という決まりに縛られる方ではないです。なぜならば神...安息日の主

  • 私たちの計算と主の計算

    ハガイ書1:9『あなたがたは多くを期待したが、見よ、わずかであった。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。──万軍の主の御告げ──それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたがみな、自分の家のために走り回っていたからだ。』クリスチャンであっても現実の生活を優先することが多いですね。「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」と言われたにもかかわらず、実際にそのように生きている人はどれほどいるでしょうか。生活に縛られて、神のことがないがしろになっていることが多いです。そうなってしまうのは霊的には心配と不信仰が原因です。みことばに対する信頼が足りないので、心配が絶えないです。次には自分の計算です。神にささげるのはあり余った時にすれば良いと考えます。自分の生活が大変なのに、まず...私たちの計算と主の計算

  • 全地よ。主の御前に静まれ

    ハバクク書2:20『しかし主は、その聖なる宮におられる。全地よ。その御前に静まれ。』主が造った世界で、主の作品である人間が、主の存在を知って、主に栄光をささげるならば、どんなに良いでしょうか。栄光と誉れを受けるにふさわしい方は創造主しかいないです。嵐に向かってイエス様が「静まれ」と命じた時に、嵐は静まって静かになりました。自然は主のことばに従順しました。人間は主に対しての態度が一番悪いです。神を神とも思わず、神のことばに逆らっています。神は全知全能なる主です。謙遜になって主の前に静まることが人間のすべきことです。神を侮ったらどうなるかは裁きの座の前に立った時に思い知らされると思います。【祈り】主よ。偉大な主の前に静まります。ひれ伏します。主こそ王の王です。【聖句をノートに書きましょう】-神様-創世記1:1出エジ...全地よ。主の御前に静まれ

  • 主を試みてはならない

    申命記6:16『あなたがたがマサで試みたように、あなたがたの神、主を試みてはならない。』マサで何があったでしょうか。神の大いなる恵みで430年間奴隷生活をしたイスラエルの民を自由の身にしたのは神の力と恵みによることでした。イスラエルの民は信仰ある人たちでもなく、ただ苦しいから神に助けを求め、神は信仰の人アブラハムとの契約を思い出して、エジプトを打って彼らを連れ出しました。解放と自由と恵みはお金で得ることが出来ないものです。神の力でそれを得ました。しかし解放され、荒野を通る時に水が足りなくなりました。みんなが力ある神に祈れば問題が解決されたのに、祈らず、指導者であるモーセに「私たちに飲み水を下さい」と叫びました。そしてつぶやいて言いました。「いったいなぜ私たちをエジプトから連れ上ったのですか。私や子どもたちや家畜...主を試みてはならない

  • 罪を転嫁する悪者

    民数記16:11『それだから、あなたとあなたの仲間のすべては、一つになって主に逆らっているのだ。アロンが何だからといって、彼に対して不平を言うのか。」』国民は共同体です。運命を共にする共同体です。しかしある人たちが自分のエゴと理念を国民に押しつける時に、大きな混乱と問題が生じます。また貪欲な心と妬みで、仲間を非難する時に共同体の中に争いと分裂が生じます。そして社会全体に悪影響を与えることがよくあります。自分たちの本心を隠して、人々を自分たちのエゴと理念で扇動し、惑わします。これは大きな罪です。しかしその人たちは罪を罪とも思わず、誰かの悪口を言い、誰かのせいにして、自分たちの罪を隠し、目的を果たそうとします。自分の罪を転嫁するのは一番の悪者だと思います。良心が麻痺した人間です。この人たちは救いのチャンスまで逃して...罪を転嫁する悪者

  • どんなにすばらしい主なのか

    第2テサロニケ2:16-17『どうか、私たちの主イエス・キリストと、私たちの父なる神、すなわち、私たちを愛し、恵みによって永遠の慰めとすばらしい望みとを与えてくださった方ご自身が、あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように。』この質問に答えてみて下さい。主よりも愛ある方がいますか。主よりも恵みを与える方がいますか。主よりも憐れみ深い方がいますか。主よりも慰めてくれる方がいますか。主よりも力ある方がいますか。主よりも知恵ある方がいますか。主よりもあなたのことを知っている方がいますか。もし答えがすべて「いいえ」ならば、その主は最強の主です。一番偉い主です。一番素晴らしい主です。その主に出会ったあなたは一番幸せな人です。一番大きな祝福を受けた人です。【祈り】主よ。一番大きな祝...どんなにすばらしい主なのか

  • キリストによって

    エペソ3:12『私たちはこのキリストにあり、キリストを信じる信仰によって大胆に確信をもって神に近づくことができるのです。』キリストは、罪によって神から遠く離れた人間を神と和解させるために、仲介者として十字架にかかりました。十字架にかかった意味は色々ありますが、和解の働きをするためにも十字架にかかりました。罪人の人間はそのままでは、神に近づくことが出来ません。人間が造った神は神ではないので、人間がその前に出ても何事も起こりませんが、真の神に対してはそうではないです。キリストを通らなければ誰も神の前に出ていくことは許されていないです。神は光の中におられ、聖なる方ですから。闇が光の前に出たら闇は消えます。人間が光をじっと見ると目が見えなくなります。しかしキリストを受け入れた人は、キリストによって神に近づくことが許され...キリストによって

  • 福音の力

    エペソ2:17『それからキリストは来られて、遠くにいたあなたがたに平和を宣べ、近くにいた人たちにも平和を宣べられました。』人間が生きている時に何が一番価値あるでしょうか。平和と自由だと思います。ご馳走を食べても平和でないならば、おいしくいただけますか。渇いたパンを食べても平和が良いですね。戦争や紛争、犯罪がある世界は平和も自由もないです。そういう所にいる人たちは、家も財産、仕事もみな捨てて、自由と平和がある国を目指して難民になります。キリストの福音はサタンに縛られて生きている人間にとって、解放と自由と平和を与える福音です。もし受け入れ信じるならば、闇から光へ、死からいのちに移されます。キリストがそのようにして下さいます。福音ほど罪人である人間に良い知らせはありません。【祈り】主よ。福音は私にとって最高に良い知ら...福音の力

  • 自分の体で何をするのか

    第1コリント6:20『あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい。』奴隷や誘拐された人、人身売買された人たちは自分の体が自分のものでないことを実感します。自由がなく、自分の体をもってその人たちの利益のために働かなければなりません。一番可哀想な人たちです。その人たちの人格は踏みにじられています。彼らを拘束している者たちは悪人たちです。しかし私たちを滅びから救い出して下さった救い主・イエス様は私たちを利用する方ではなく、代価を払って悪い者から買い取って下さいました。主の恵みを体験した人はいのちの恩人に対する感謝の心で自ら主に仕えます。主が自分にどんなに良いことをして下さったのかを人々に伝えることが、主に栄光をささげることです。それをやっていますか。【祈り】主よ。...自分の体で何をするのか

  • 人間の好き勝手な礼拝

    コロサイ2:23『そのようなものは、人間の好き勝手な礼拝とか、謙遜とか、または、肉体の苦行などのゆえに賢いもののように見えますが、肉のほしいままな欲望に対しては、何のききめもないのです。』人間の好き勝手な礼拝の姿はカインの礼拝で既に現れました。神はその礼拝を退けました。その礼拝はカインの心は満足させたかも知れませんが、神を満足させることはありませんでした。パリサイ人たちの礼拝はどうでしたか?神は彼らの礼拝も受け入れませんでした。そこにあったのも自分たちの肉の思いを満足させる礼拝であったからです。イエス様は彼らが支配している神殿に対して、「祈りの家を強盗の巣にした」と怒りを表しました。いま世界にある教会で行われる礼拝に対して、主はどのような思いで見ておられますか。人間を喜ばせる多くの演出があります。まるでコンサー...人間の好き勝手な礼拝

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