ダイニングテーブルの上にカーネーションの花が挿してありました。それを何気に見ていたら、花びらが一点にシュッと束ねられていることを気持ちいいなと感じている自分に気が付きました。一点に絞られているというのは潔さとか簡潔とかを連想させて、自分の中に潜在的にこうなりたい願望があるからいいなと感じるのかもかもしれません。花びらが一点にシューッと束ねられているのを見るとスッキリするのに関連して反対論者の次の文に目がとまりました。『中論』(「眼等なる根を考察すること」と名づけられる第三の章)の第一げに次のように書かれています。「眼・耳・鼻・舌・身・意という、六つの根力が存在する。これらにおいては、色・声・香・味・触・法の六つの境が存在する。」ここで眼等が存在するといってないで、眼根等が存在するといっていることに興味がわきまし...カーネーションの花びらが束ねられている一点(根と根眼)
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