先日の「お知らせ」では、コメントにてアドバイスをいただきまして、本当にありがとうございました。コメントを読んですぐ、引っ越し業者さんに連絡いたしました。実は、ブログには書きませんでしたが、廊下も傷ついていたので写真を提出、補償やら修繕やらと、話が進んでいきそうです。これもみなさんのアドバイスがあったからこそ。本当にありがとうございます。個別にも返答していきたいのですが、昨日から熱を出しまして⋯⋯。夜...
「牧野様、お疲れ様でございます。それと先日は、お気遣い頂きありがとうございました」道明寺HDに来ていた私に廊下で声を掛けてきたのは、西田さんだ。先日、打ち合わせに同行した後のランチの件を言っているのだろう。「いえ、こちらこそ」「先日はあまりお話し出来ませんでしたが、こうしてまた、牧野様にお会いでき嬉しく思っております。改めまして牧野様、今回のプロジェクトでは、司様のサポート宜しくお願い致します」「私...
【第3章】「⋯⋯ゃ⋯⋯ぃゃ⋯⋯⋯⋯いやーーっ!」自分の悲鳴で飛び起き、バサッと勢いよく布団を撥ね除け荒い息を吐く。呼吸が乱れて息が苦しい。右手を胸に押し当て、ゆっくりと深呼吸を心がける。いつものことだ。長いこと私を苦しめる夢。視線の先には太陽に照らされ凶悪に光る鋭利な刃物。段々とそれは近づき何かに突き刺さる。茫然と立ち尽くす私の視界には、アスファルトに広がる赤い血の海と、そこに頽(くずお)れるシルエット。...
薄い笑みを浮かべる牧野に戸惑いを覚えながら、もう一度言う。「本当に悪かった。おまえが許してくれるなら、俺は何だってする」俺をジッと見つめたまま、牧野は徐に口を開いた。「もう許してるわよ?」許してくれるのか!喜びと安堵感がせり上がり、気持ちが前のめりになる。が、それは直ぐに打ち消されることとなった。「あんなの大したことじゃない。忘れられたくらいで、大騒ぎするほどのもんでもないでしょ」笑みは崩さずとも...
仕事を終えた俺と、仕事を放棄してきたらしい司と共に、馴染みの店の個室へと足を踏み入れれば、「お疲れさん。あれ、滋は? 一緒じゃねぇの?」待ち受けていたのは総二郎で、滋の姿を探して俺たちの背後を窺いつつ、内線から適当な酒やつまみを注文している。今日が司と牧野が再会する日だと知っているこの男が、大人しくしてるはずもなく、『司と話すつもりなんだろ?』と、夕方に電話を寄越し場所を聞いてきた総二郎は、こうし...
年末年始といえども、まともな休みなんてなかった。日本支社を把握するため資料を読み漁り、支社長就任の引き継ぎ作業や挨拶周りもこなしてく。分刻みのスケジュールは隙間がなく、帰国してから目が回る忙しさを経て、共同プロジェクトがスタートする今日を迎えた。初日の今日は、ここ道明寺HDの会議室で、プロジェクトに携わる三社から選ばれたメンバーが顔を揃え、土台となる企画を更に完璧なものにするため、それぞれが提案する...
あきら達と別れて邸に戻った俺は、冷たい風が突き刺さるのも構わず、東の角部屋のバルコニーに立った。⋯⋯28になるんだな。色鮮やかに脳裏で再生されるのは、庭を這いつくばり、このバルコニーを登ってきた17歳の頃の牧野。今はこうして思い出せるのに、どうして俺は、長い時間を無駄に捨て忘れたままでいられたのか。牧野を思い出してからというもの、心が潰れそうなほどの後悔に苛まれている。長い夢でも見ていたように目を覚ませ...
遂に司が帰って来た。宣言どおりの年の瀬に。『あきら、今から会えねぇか?』そう連絡があったのは、夜の9時近く。今から30分ほど前だ。今日一日、どこのTV局も司の帰国の模様を伝え、世間は大騒ぎになっている。支社長就任ってだけでも忙しいだろうに、マスコミにまで追いかけ回されてるのだから、身動き取るのも難しいだろう。だが、どんな状況下だろうが、自分がしたいことはする勝手が信条みたいな男だ。気まぐれにも俺たちに...
誰も居なくなった夜のオフィス。秒針だけが一定のリズムを刻み、微かな音を生み出している。時計に目を向ければ、時刻は11時を少し回っていた。今日はここまでにしておこう。あとの調べものは、休みの明日に自宅でも出来る。丁度キリの良いところまで作り終えた資料を見返してから、デスクの上を片付けて行く。持ち帰る資料を確認してバッグにしまい、さて帰ろうと体の向きを変えた時、突然オフィスのドアが開いた。「よぉ、牧野。...
「副社長、顔色が良くないようですが、体調が優れないのでは?」秘書の西田が部屋に入って来るなり言った。この男が、仕事以外のことを真っ先に口にするとは珍しい。「大丈夫だ」だが実際、疲れが極限に達したのか、鉛を纏ったように身体が重い。「いえ、無理は禁物です。この後18時から予定のレセプションパーティは欠席にして、本日は自宅でお休みになって下さい」普段、俺に無理させてる張本人の台詞とは思えねぇが、その男が休...
牧野を送り届けても真っ直ぐ帰る気にはならなかった俺は、行きつけの店に寄り道をしていた。総二郎まで呼び出して。「よぉ、あきら。待たせて悪りぃな」先に個室で飲んでいた俺の向かいに、総二郎が座る。男二人だけの寂しいシチュエーション。だが、今夜は二人で飲みたかった。「いや、大丈夫だ。こっちこそ、急に呼び出して悪かったな。デートの邪魔したか?」「流石に俺も、最近は夜毎遊んでねぇよ。今日は面倒な講演会で、その...
『勝手に予定を決めたのか』とでも言いたげな、牧野の威圧感満載の冷たい視線に挫けず、何とか行きつけの店まで連れてきた。NYでの日本料理に引き続き、今夜は寿司屋だ。「牧野、うちを選んでくれたこと、改めて礼を言う。ありがとな。これから宜しく頼む」「こちらこそ、宜しくお願いします」ビールで満たしたグラスで先ずは乾杯し、喉を潤す。お通しには、肝を添えたトコブシが出された。「今日の料理は、ここの大将に任せてある...
チャンスが巡ってきた。美作さんの誘いを受けた瞬間、そう思った。私はずっと、ここNYに拘ってきた。それは他でもない、道明寺司が居る地だから。昔、迂闊にもあの男に心を奪われた私は、忘れられ、弄ばれ、そして捨てられた。お粗末な結末だ。かつては天国と地獄を見せた男だと思ったこともあるけれど、果たしてあれは、天国と言えるほどの幸せだったのか。今思えば、恋に恋する年頃だった無邪気な子供が、夢見がちに錯覚しただけ...
ホテルにいても落ち着かずにいた俺は、約束の時間よりかなり早く、待ち合わせ場所である店に来ていた。こっちで美味いと評判の日本料理店だ。日本酒もなかなかの名柄を揃えていて、昼間からではあるが、待ち人が来るまで一杯引っ掛けながら、その時を待つ。昨夜の内に牧野に連絡を入れ、店の場所も詳しく伝えたし、約束は守れと念を押しもした。流石に牧野のヤツも逃走はしないだろう。後は牧野と会って、俺の勘が正しいかどうかを...
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先日の「お知らせ」では、コメントにてアドバイスをいただきまして、本当にありがとうございました。コメントを読んですぐ、引っ越し業者さんに連絡いたしました。実は、ブログには書きませんでしたが、廊下も傷ついていたので写真を提出、補償やら修繕やらと、話が進んでいきそうです。これもみなさんのアドバイスがあったからこそ。本当にありがとうございます。個別にも返答していきたいのですが、昨日から熱を出しまして⋯⋯。夜...
まだまだ残暑が厳しい中、皆様いかがお過ごしでしょうか。すっかりお話が停滞している私の方はといえば、実は18日に引っ越しをしまして、お話に割く時間が取れない程バタバタしておりました。引っ越しを見据えて、可能な限りお話の更新をしようと一時はスピードアップしたのですが、ギリギリまで執筆に取り掛かっていたものの、遂にその余裕もなくなり更新が止まっております。大変申し訳ございません。それもこれも、引っ越し業者...
「つくしも、覚悟しておいてね。いざ何があっても、決して動じないように⋯⋯」いつになく硬質な母の声が、これが現実なんだと知らしめる。祖母の命の灯火は細く、儚く、とても危うい状態であるのだと⋯⋯。祖母が入院して、今日で10日。祖母が再び脳梗塞で倒れたのは、鮎を食べた日から、わずか5日後のことだった。 Lover vol.53「つくし⋯⋯」帰宅して真っ先に私の部屋に訪れた司は、気遣うような眼差しで私を見た。「お帰りなさい」...
Lover vol.52「ただいまー!」実家のインターフォンを鳴らし、開けられた玄関を潜って威勢良く言えば、「⋯⋯あら? 肝心な道明寺さまは?」迎える側の第一声が、何とも失礼なこれ。私の背後ばかりを気にかける母親は、肝心(・・)な娘の夫の姿ばかりを探している。私が重そうに荷物を抱えているのが目に入らないのか、相も変わらず娘に酷い。どんだけ司贔屓なんだと、呆れ塗れに半目で母を見た。「司なら、急遽確認しなきゃなら...
「司さま、お待ちしておりました。遅ればせながら、この度はご結婚、誠におめでとうございます」「ああ。今日は世話になる。妻のつくしだ。これからよろしく頼むな」出迎えてくれたのは、この別荘の管理をしている川村さんという男性で、年の頃は50代半ばだろうか。噂の蕎麦打ち名人という方だ。その後ろには、使用人の方たちもいるけれど、そう多くはない。石張りと木で造られたモダンな別荘は、南側部分が緩やかな曲線を描き、贅...
「魚のエサがイクラ? あの高級品のイクラ? 贅沢すぎるでしょ!」真っ先に抱いた感想がそれで。「イクラって高級品か?」人の感想に疑念を抱き、価値観レベルが天と地ほど違うと見せつけた司に連れられやって来たのは、軽井沢にある管理釣り場だった。 Lover vol.50肌を撫でるような優しい風が吹き、葉擦れが囁く木々の下では、耳心地の良いせせらぎを奏でる清らかな水が流れている。その清流が眺められるすぐ近くに管理釣り場...
Lover vol.49「司ーっ! 何なのよ、アレはっ!」今日も今日とて、朝っぱらから道明寺邸を震わすのは、腹の底から放出された私の声。ここに住むようになってから、やたら叫んでいるような気がする。それもこれも元を辿ればこの男が発端。今日の叫びも勿論、この男へのクレームだ。それは、例のアレ。突如と姿を現した、例のアレ!正体が明らかになった昨日。司が帰宅するなり不満を爆発させてやろうと思っていたのに、こんな時に...
Lover vol.48「つきたてのお餅がこんなに美味しいなんて知らなかったよ。つくし、またやろうね!」男性陣がぐったりする中、際立って元気な滋さんは、美味しいを連呼しては顔を綻ばせ、一体、幾つのお餅を食べたことか。お餅の旨さだけではなく、餅つき自体をすっかり気に入ってしまった滋さんは、実は自分でもお餅をついてみたかったと言う。「今回は、折角つくしが仕返ししようって頑張ってたからさ、成功させてあげたくて遠慮...
Lover vol.47お義父さまの存在をチラつかせるなり沈黙した三人。女性陣には『お義母さま』の名を借りたのだから、男性陣には『お義父さま』の名を。ちゃんと平等を図る私は優しいと思う。誰も褒めてくれないから自画自賛してみる。それに嘘は言っていない。お義父さまには今朝、『友人たちと餅をついて草餅作りますから、楽しみにしていてくださいね』と、伝えてある。お義父さまは、それはそれは喜ばれて、出来上がりの連絡が来...
「桜子⋯⋯、おまえ、一体何があってそんな姿に⋯⋯」美作さんが愕然とした表情で桜子を見る。美作さんだけじゃない。庭に引っ張り出してきた男性陣の誰しもが、唖然と立ち尽くしている。みんなが向かう視線の先は、主に桜子。抜きん出て桜子の姿がボロボロだからだ。ジャージー姿の桜子は、髪がほつれ、肩は落ち、いつものシャンとした姿はどこにもない。「⋯⋯どうもこうもありませんよ。先輩に嫌がらせされたんです。この私が畑仕事と...
Lover vol.45「改めて先輩、ご結婚おめでとうございます!」「つくし、おめでとう!」「おめでとう、つくし」私の部屋に集合した女四人。それぞれがソファーに腰を落ち着かせるなり、桜子、滋さん、優紀、と輪唱のように祝いの言葉が続く。――――全く以て、めでたいとは程遠い結婚なのに、何がぬけぬけとおめでとう、よ。元はと言えば、美作さんを始めとする友人たちが余計なことをしたせいで、司と再会する羽目になったし、延いて...
Lover.vol.44「やーっとご招待かよ。数段飛ばしでサクっと結婚しやがって。世話焼いた俺たちには事後報告で、今日まで顔も見せねぇとか、随分と薄情なんじゃねぇの、司くんよ」初っ端から喧しくイチャモンをつけてくるのは、総二郎だ。進と協力してスピード買収を仕掛けたもんだから余計な時間はなく、結婚前にこいつらに説明する暇もなかった。それが面白くないらしい。「うっせぇな。暇がなかったんだ」つくしが急に思い立った...
Lover vol.43「なっ、なによ、これはっ!」婚姻を世間に公表した今日。与えられた部屋でひとり、ワイドショーを観ていた私は、愕然とした。道明寺司の妻として紹介され、画面いっぱいに映し出された写真。コメンテーターの人たちが一斉に笑い出したそれは、大口を開けて、今まさにラーメンを啜ろうとしている、私の顔だった。ラーメンを前にして、幸福に満ち溢れた嬉しそうな顔。己の顔ながら締まりがなく⋯⋯、これはいくらなんで...
「明後日、マスコミに俺たちの結婚を発表する。マスコミには、おまえへの過剰な取材はしないよう牽制かけるから、発表後はSP付きなら外出してもいいぞ。ま、多少は付き纏われるかもしんねぇけど、そこはSPが何とかするから心配すんな」司がそう切り出したのは、悪妻の宴が失敗した翌日、帰ってきてからのことだった。「それと世間が騒がしくなる前に明日、おまえンとこの実家に顔出そうぜ。ちゃんと結婚の報告しねぇとな」昨日は何...
Lover vol.41「つ、つ、つか、つか、つか――――つかっち!」叫びのあとに広がるのは、時が止まったような静寂。色を失くした道明寺の顔からは、表情というものがゴッソリと抜け落ちている。しかし⋯⋯。幾許かの沈黙のあと、それは一気に爆ぜた。「ふ、ふ、ふざけんなーーっ! 仮にも夫に変なあだ名付けんじゃねぇっ!」「煩いわね! 良いから司は黙って食べなさいよね!」「てめっ⋯⋯ぉ?⋯⋯お、おぅ!」怒鳴り声に混ぜ込み名前を呼...
道明寺もお義母さまも食べるとなると、用意した焼き鳥だけじゃ到底足らない。そう思っていたところに、道明寺家のシェフがトレーを持ってきた。トレーの上には、串打ちされた鶏肉が並ぶ。ざっと見る限り30本以上はあるんじゃないだろうか。しかも、もも肉だけじゃなく他の部位まである。⋯⋯準備が良すぎるんですけど。それだけじゃない。厨房のスタッフがわらわらと現れ、あれよあれよと言う間にプロパンのボンベなどを運んできて、...
日がまだ完全に暮れていない、道明寺邸の庭に面したテラスにて。私の右手には焼き鳥、左手には生ビールのジョッキ。そう、私は今、ひとりで宴を開いている。道明寺も道明寺の両親も、まだ仕事で帰宅していないというのに、夕方から酒を飲んでいるなんぞ、嫁としてあるまじき行為。常識的に考えて、これはない。私自身そう思う。付き纏うのは、そこはかとない背徳感で――――。しかし、これぞ体たらく。まさしく、悪妻。新橋のおじさん...
『道明寺つくし』になって早10日。早速私は、結婚生活に厭きていた。それもこれも――――。「外に出られないってどういうことよーっ!」だから、こうして今日も私は――――屋敷の中心で愚痴を叫ぶ。 Lover vol.38どうして外に出られないのか。それは完全に道明寺の都合による。道明寺は仕事上、必要な関係各所に、事前に結婚報告を兼ねての根回しをしなくちゃならないらしく、離婚が世間にバレたのが最近なだけに、事情含みで説明に回っ...
Lover vol.37道明寺の足を、これでもかってほどグリグリ踏んづけちゃったけど、これこそチャンス。自分は気に入られようと思って、ここに来ているわけじゃない。寧ろ、逆。ならば、浅はかな行為を生かさない手はない。「すみません。うっかり息子さんの足を踏みつけてしまいまして。でも、ご覧のとおりです。育ちが悪いものですから、息子さんを見ると、ついつい手も足も出したくなるんですよね」結婚話を白紙にするためならば、...
「はぁぁ」隠す気など毛頭ない不機嫌な息を吐き出す。前の人はおずおずと窺うように振り返り、右隣の人は、申し訳なさそうに首を竦める。なんら悪いことをしたわけでもないのに、犯罪者の如し連行される気分である私は――――そう。日曜日の午前中から、道明寺家のSPたちに押しかけられ連れ出され、最後の戦いと言うべきラスボスと対峙するために、道明寺邸へと向かう黒塗りの車の中にいる。運転手も助手席の人も右隣の人も、道明寺家...
8年前、私たちは為す術がなく行き詰まっていた。そんな時だ。息子である司にも内緒で、私にコンタクトを取ってきたのは。『司の政略結婚がどうしても避けられないのであれば、予め離婚を望んでいる相手と結婚させてみては?』そう言って、とある大企業の社長令嬢を紹介してくれたのが、やっと笑いの発作が治まり目の前に座る彼――――花沢物産の一人息子だった。 Lover vol.35彼から話を聞いたときは、そんな都合の良い相手などいる...
「し、仕方なかったんです! だって、私の人生がかかった非常事態なんですよ?」対面は呼吸が整わないうちに、いきなり言い訳から始まった。入室するや待ち受けていたのは眉を顰めた顔で。それは社会人としてあるまじき行為に対し、苦言を呈したい表情だと直ぐに悟る。確かに文句を言われても仕方がないところはある。人様の会社を、礼儀も何もあったもんじゃないダッシュという行為で駆け抜け、飛び込むように執務室へと押しかけ...
「牧野が売りに出てるっていうから買いに来た」衝撃の余韻を払拭できずに、男を唖然と見ること⋯⋯1、2、3、4秒。きっかり5秒めで声を張り上げた。「人を物扱いしてんじゃないわよ! ふざけたこと言わないで!」「違うのかよ、弟」私を通り越し唐突に問われた進は、どうしてだか笑み崩れていて⋯⋯。「違いません! 本日、特売日、大安売りです!」鮮やかな手のひら返しを披露した愚弟に、くらくらと眩暈がしてくる。手にしていたペ...
――――あの男、何かしでかす気じゃないでしょうね。最初こそ身を震わせながら警戒していたものの、ふざけたネーミングの『宝物探し』旅行から、早一ヶ月。予想に反して、奴から何の音沙汰もない。冷静になってよくよく考えてみれば、立場のある男だ。何を仄めかしての発言だかは知りたくもないが、『――俺は全力で行くからな』と宣(のたま)っていたバカ男に、好き勝手ができる自由などあるはずがない。それに、発言自体が、お坊ちゃ...
組んでいた長い足を解き、立ち上がった司が吐き出したのは、「決まってんだろ。そこにいるバカ女の態度にだ」聞く者を怯えさせる声に乗せた、悪罵。バカ女って⋯⋯牧野のことか?愛する女の間違いじゃなくて!?決して小心者ではなく、ただ心配性なだけである俺は、雲行きの怪しさに、ぶるっと身を震わせた。 Lover vol.31ゆっくりと牧野に近づく司。その気配に気づいた牧野は、食事こそ止めたが、コーヒーを飲む余裕はあるらしい。テ...
「おっ、帰ってきたぜ! でもよ、何で別々なんだ?」総二郎が2階の窓にへばりつきながら首を傾げる。総二郎や類と共に一日遅れで合流した俺たちは、無人島にひっそりと建つ屋敷の中、司や牧野の関係がどう変化したのか、二人の帰りを今か今かと待ちわびていた。『牧野がどうにもこうにも⋯⋯』と、プラス思考の滋すら苦笑するあたり、限りなく司の一方通行ってとこか。まぁ、頑固者の牧野が、そう簡単に気持ちを翻したりはしないだ...
――なっ、何を言い出した、この男は!自分から別れを告げた女に、しかもこの8年、会ったこともなければ、会話ひとつしたことのなかったこのあたしに⋯⋯「好きだ」そう言ったの?ぷつり、ぷつり、と自分の中の何かが焼き切れ、腹の底に怒りが溜まっていく。荒れ狂う感情は今にも内臓を突き破らんばかりで、『ふざけるなーっ!』と咄嗟に叫びそうになる。と同時に心を占めるのは、捨てられた女の矜持。それが理性を掻き集め、爆ぜそう...
「つーかーさーーっ!」まるで光の届かぬ海底にでも落ちたような、酸素を取り込むのも難しく苦しい時間は、遠い向こう、浜辺から手を振る滋の甲高い声によって一瞬にして引き裂かれた。「帰ってきましたね」そう言ってクスリと笑う牧野のダチは、もう顔に困惑を滲ませちゃいない。寧ろ、清々しいようにも見える。多分、松岡は、敢えて滋たちと行動を共ににしなかったんだろう。言い難い話だろうとも俺に全てを打ち明けるために、自...
Lover vol.27「つべこべ言っててもしょうがないでしょ。何か私たちのことを勘違いしてるみたいだけど、こんなことしても意味ないってわかってもらうには、丁度良いかもしれないし?」あっさりと牧野言われ言葉に詰まる。俺への気持ちが微塵も残っちゃいねぇってわかってはいても、いざ言葉にされりゃ気持ちが怯んで。そうして声を失っていた一瞬の隙。牧野は止める間もなくドレスを着たままプールに飛び込んだ。「牧野っ!」名前...
私たちが降り立った場所は、かつて道明寺と二人で訪れた水上コテージ。まさか、こんな所に連れて来られるとは⋯⋯。小さな溜息を吐く道明寺もまた、行き先がどこかは知らされていなかったようで、「⋯⋯西田もグルだったか」と呟き、舌打ちをしている。にしても滋さん⋯⋯、何でここ!? Lover vol.26水上コテージに着いてもまだ、二人の間に会話はない。こちらを気にする道明寺の視線は感じても、話題もないし口を開くのも億劫で、結局、...
人を威圧するのに慣れた声。振り返ってその人を見れば、邪悪なオーラを醸し出し、鋭く冷酷な眼差しは、凶器にも見えた。二人で話していたときのように物憂げな雰囲気は跡形もなく、昔ながらの姿がそこにある。いや、たった一言発しただけで見るものを怯ませ、場を制圧してしまう姿は、昔以上の迫力だった。 Lover vol.25「っ、道明寺⋯⋯司」道明寺がいることに驚いたのか、それとも、凄まじい威圧感に呑み込まれたのか。恐らく後者...
「そういえば、昨夜は姉がお世話になったようですね。ところで、今日は姉に何か? それとも私に用があって、こんな所までいらしたのですか?」普段は物腰の柔らかい進が、相手を牽制するように低い声を崩さない。「そんな怖い顔しないでくださいよ、牧野社長」進の背中に隠れている私には見えないけれど、どうやら進は、表情にも険しさを滲ませているようだった。 Lover vol.24「まさか、牧野社長までこちらにいるとは思ってもみ...
「悪かった」重みある低音を道明寺が発したのは、二人並んで潮風に晒され、暫く経ってからだった。道明寺の謝罪が何を意味するのか、わかっているのに、「何の謝罪?」私は確かめるように、静かに聞き返した。 Lover vol.23「8年前、勝手に別れを告げ、おまえを傷つけた。悪かったと思ってる」白い気泡が混じった黒い海面を眺める私を、道明寺がそっと窺っているのを感じる。私は、視線を海に置いたまま何拍か刻んだのち、さっき...
Lover vol,22桜子らしさとはかけ離れた弱い声に触れ、グラスを持ったまま狼狽えた私が繋ぐ言葉を探しているときだった。楽器の調整の音出しが始まり、会場が静まりかえる。「いよいよ、始まりますね」さっきのは何だったの? と思うくらい声も弾み、表情も輝きだした桜子に、ホッと胸を撫で下ろす。不意打ちで弱くなるのは勘弁してよ。焦るじゃないのよ。あんたが遠慮なくぽんぽん言うから、私だって気兼ねなく何でも返せるのに...
Lover vol.21「ご馳走の前では、折角決めたクールな女も台なしですね」豪華な料理を満喫しているところに現れたのは桜子で、私の向かいに腰を下ろす。「で、先輩? 元カレと再会したご感想は?」いきなり真っ向勝負で切り出してくるとは、恐るべし。だけど、今はそれどころじゃない。目の前に並ぶ料理が、私を今か今かと待っている。友人との会話より、堪能したい欲と、堪能してやるって意地の方が上回って、桜子をチラッと見た...
固唾を飲んで見守っていた俺たちの耳に聞こえてきたのは――――「道明寺、久しぶり。じゃあ、また」って、おい!!牧野、それだけかよっ! Lover vol,20通りすがりの邂逅。度を過ぎた淡泊さを以ての短い挨拶に、自然と口があんぐりと開く。怒っているわけでもなく、かといって特別感じが良いわけでもなく。抑揚がないと言ってもいい声で迎えた8年ぶりの再会は、俺が想像していたものとは全く異なるものだった。「あきら?⋯⋯牧野が司に...
Lover vol.19類と牧野が、話ながらこちらへと向かって歩いて来る。司を煽ってしまった身としては、どんな再会になるかと気が気じゃない。牧野からは死角になっているのか、司の存在にはまだ気づいてないようだ。というより、類との話に夢中で、俺たちの存在にも気づいていないと思われる。背筋を伸ばして歩いてくる牧野が纏うのは、ビスチェタイプのAラインドレス。ドレスの色のコバルトブルーが肌の白さを一段と際立たせ、とて...
――腫れてねぇか?先に船に乗り込んでいた俺は、優紀ちゃんを連れ向こうから歩いてくる大男二人の顔に、殴り合いの形跡はないかと、目を凝らす。⋯⋯おっと、これは意外。腫れてもなければ、切れた箇所もなさそうな二つの顔。何より二人からは、険悪な雰囲気を感じない。笑顔で優紀ちゃんと話す総二郎と、愛想が良いとはいえないが、険しい顔でもない司。捕獲役を総二郎に押しつけておいてなんだけど、まだ迷いのありそうな司と、司に...
Lover vol.17短く息を吐き出し、開き直りの心境で口を開く。「あんな? 情けねぇつーなら、司だけじゃねぇから。俺の話訊いたら、少しは気も楽になんじゃねぇか」「あ?」「俺はな⋯⋯。好きな女を想って、他の女の前でボロボロ泣いたことがある」「ぶほっ!⋯⋯っ!」煙を吐き出しながら咽せた司は、ギョッとした顔で俺を見た。目が合ったと思ったら、今度は訊かなかったことにしようとでも思ったのか、気まずげに視線外しやがって...
今日からまた更新して参ります。どうぞ今年もよろしくお願いいたします! Lover vol.16「滋に頼まれて来たのか」久々に会うっつーのに、愛想がないとこだけは相変わらずか。「まぁな。猛獣を捕獲しろって命令が出されてよ、こうして迎えに来てやったってわけだ。それに、俺だけまだ司に会ってなかったしな」滋から直接頼まれたってより、あきらに泣き付かれた、って方が正しいけど。何でも司は、本来の姿からは程遠いくせに、ダチ...