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田中大介さんのプロフィール

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田中大介  関西大学卒業 杏林大学大学院修了 安全保障を学ぶ。日本の国家安全保障を研究する。

ブログタイトル
日本と国家安全保障 安全保障ブログ
ブログURL
https://www.daisuke-tanaka.com/%E5%AE%89%E5%85%A8%E4%BF%9D%E9%9A%9C%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0/
ブログ紹介文
田中大介  関西大学卒業  杏林大学大学院修了 安全保障を学ぶ 日本の国家安全保障を研究する
更新頻度(1年)

112回 / 112日(平均7.0回/週)

ブログ村参加:2017/11/06

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田中大介さん
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田中大介さんの新着記事

1件〜30件

  • ほんこん衝撃スッポンの街 喪服を着るスッポン

    ほんこんが兵庫県北部の香美町を調査しに行った。 ズワイガニで有名な兵庫県美方郡香美町だがスッポンの養殖も盛んだった。 スッポンも名物の香美町。 毎年、大量のスッポンが食べられる。 スッポンを供養するためにスッポンの葬儀がおこなわれていた。 スッポンの葬儀を調査するほんこん。 スッポンの遺影があった。 スッポンの遺影はスッポンの首・頭部と喪服の合成写真であった。 スッポンの甲羅の部分は喪服を着ていた。 喪服を着るスッポン。 衝撃を受けるほんこん。

  • 野党が親ソ連北朝鮮支持の社会党だった日本の不幸2

    アメリカの民主党はリベラル政党として、イギリス労働党は社民主義政党として 国家安全保障をしっかり考え軍事を重視していた。 西ドイツの社民党は当初、階級政党という左翼政党だったが 1959年のバートゴーデスベルグ綱領から国民政党となり社民主義を志向、 NATOの一員として強力な連邦軍を作り上げていった。 連邦軍には第2世代戦車のレオパルド1戦車、西側初の第3世代戦車レオパルド2戦車に配備するのに加え、郷土防衛隊にまでM48戦車を配備するなど軍事に力が入れられた。 1972年のミュンヘン・オリンピックでの黒い9月によるテロを受けて国境警備隊に対テロ部隊GSG-9を創設、1977年のモガディシオ事件ではテロに屈さずGSG-9を投入し事件を解決し自由主義国の中道左派・左派政党でも国際的な責任を果たせることを示した。 日本では野党第一党の社会党が親ソ連・北朝鮮支持を明確にするとともに 軍事政策では非武装中立という国家安全保障放棄、防げる戦争は防ぐという国際的責任も放棄した。 野党第一党の社会党が過激な左翼政党になったため、政権を担うことになった自民党は右派、保守派、中道派、リベラル派、左派を抱える巨大政党となってしまった。 自民党は右派、保守派、中道派、リベラル派、左派を抱える巨大政党だが、 野党第一党の社会党、その後継である民主党、立憲民主党は左翼でも過激派と親和性の高い極端なまでの現実無視の原理主義的な左翼である。 ソ連も中国も信じなかった国家、国境は無くなるという左翼原理主義ユートピア思想を信じるアホの社会党、その後継である民主党、立憲民主党。 社会党、その後継である民主党、立憲民主党が野党第一党で国家否定、国家安全保障否定で軍事政策も事実上の無策を主張するので与党・自民党も引きずられて軍事政策に力を入れることができず、それどころか自民党も左翼に感化されて軍事、軍事政策の存在自体に否定的な政治家が多くなった。 与党も野党も軍事に否定的、国家安全保障が蔑ろにされてきた日本。

  • 小林亜星死去1女芸人を睨みつける小林亜星

    小林亜星が死んだ。 小林亜星は夫婦漫才師・宮川DHと共演した。 小林亜星をいじろうとした夫婦漫才師の女芸人・宮川H。 小林亜星は不機嫌になり宮川Hを睨みつけた。 ビビった宮川Hは小声になり何もできなくなった。

  • 朝日新聞1998検証

    朝日新聞1998検証 1998年(平成10年)4月29日の社説「周辺事態法 このまま通してはならぬ」において、 「どれをとっても従来の防衛政策からの決定的な転換である。」 と主張している。 さらに 「米国主導による紛争対処への協力者として一定の役割を担い、それを日本の官民が支える。そうした枠組みが、この法案に他ならない。」 と続けている。 台湾問題においては 「とくに、中国と台湾の紛争は『周辺事態』にふくまれないと、はっきりさせる必要がある。」 、「『ひとつの中国』政策に沿った明確な判断を示すべきときだ。」 と、かなり中国の政策を擁護している。 1998年11月7日の社説「情報衛星 短絡的導入の危うさ」では、 情報収集衛星導入に対し、 「宇宙の平和利用に反する」 と、異を唱えている。日本はオープン・スカイに力を入れるべきで、情報収集衛星はアメリカへの情報提供につながると懸念している。 1998年の朝日新聞は、相当追い詰められた感のある主張になっており、日本の防衛に関することはとにかく反対、平和活動に専念せよという、理不尽なものになっている。

  • 生きてるだけの狂犬

    生きてるだけの狂犬

  • 朝日新聞1996検証

    朝日新聞1996検証 1996年(平成8年)4月24日の社説「有事論議に走る前に」において、 集団自衛権行使につながりかねないと懸念を表明している。 1996年5月28日の社説「有事研究はだれのためか」では、 「憲法を踏まえての抑制的な姿勢」 で有事を論ぜよ、と説いている。 この場合の有事とは、日米安全保障条約に関連する有事であり、朝日新聞はもっぱら集団自衛権の行使に懸念を表明している。 1996年4月11日の社説「日米安保を考える みずからの外交判断を」では、 「米国の戦略に寄り添うことがすべてであっていいのか」 と、日本政府の安全保障政策を批判、 「中国を巻き込んだ地域安全保障」の構築や、 「近隣諸国との信頼醸成」の構築をすべき、 という現実味のない主張を続けている。 1996年4月16日には朝日新聞編集委員の田岡俊次氏が「在日米軍の削減 検討を」と題し、 「日本周辺の脅威 総じて減少」 と主張し、在日アメリカ軍は削減可能としている。 しかし中国、北朝鮮の状況を鑑みると、この提言は当時でもずれていた。 1996年4月18日の社説「日米安保を考える これは実質的な改定だ」において、日米安保共同宣言をおおよそ批判している。 「中国封じ込めに向かうなら、日本や地域の利益とはならない。」、 「最悪の場合、日本を米国の戦争に巻き込むことにつながらないか。」 など、朝日新聞がよく使う語句が目に付く。 1996年5月3日の社説「憲法49歳の誕生日に 集団的自衛権論の迷走」では、 日本は 「非軍事・積極活動国家」 であるべきで、 「日本は軍事的役割を広げることで生きていくことはできない。」 と主張、 そして日本の求められている役割としては 「憲法と国連の理念を掲げつつ、みずからを含む地域の軍縮を進める、といった努力だろう。」、 と述べている。 なぜ日本は軍事的役割を広げられないのか、日本が軍縮することで中国や北朝鮮の脅威を解消できるのか、朝日新聞は答えるべきである。

  • 暑いので手を抜いた芸人

    松竹芸能の漫才師ますだおかだ増田が街ブラロケをおこなった。 真夏の暑い日のロケだったので増田は 「アーケード行こ!アーケード!」 と言った。 暑いので日陰に行きたい増田。 商店街のアーケードに行く増田。 しかしその商店街はさびれまくって人通りがまったくない商店街で規模もかなり小規模の商店街だった。 さびれまくって人通りがまったくない商店街のボロ商店のジジイと話すだけの増田。 暑いので手を抜いた増田。

  • 月亭方正に混乱させられる明石家さんま弟子

    明石家さんま付き人、ぼんちおさむ弟子の ジミー大西。 ジミー大西は 「俺、欽ちゃんの番組に出ててん。欽ドンはっけよい笑った、という番組。」 と言う。 月亭方正は 「はっけよい笑った、っておかしいでしょう。 はっけよい残った、でしょう!」 とジミー大西に助言する。 ジミー大西は 「えっ・・・どっちやろ・・・ はっけよい残った・・・はっけよい笑った・・・ ええ・・・どっちや・・・・」 とひどく混乱する。 月亭方正は 「はっけよい残ったですよ!」 と強く断言。 ジミー大西は 「欽ドンはっけよい残った、に出てました!」 と前言を翻した。 しかしジミー大西が出ていたのは 欽ドンはっけよい笑った だった。 松本人志派の月亭方正に混乱させられて間違う明石家さんま派ジミー大西。

  • 野党が親ソ連北朝鮮支持の社会党だった日本の不幸1

    アメリカの民主党はリベラル政党として、イギリス労働党は社民主義政党として 国家安全保障をしっかり考え軍事を重視していた。 西ドイツの社民党は当初、階級政党という左翼政党だったが 1959年のバートゴーデスベルグ綱領から国民政党となり社民主義を志向、 NATOの一員として強力な連邦軍を作り上げていった。 連邦軍には第2世代戦車のレオパルド1戦車、西側初の第3世代戦車レオパルド2戦車に配備するのに加え、郷土防衛隊にまでM48戦車を配備するなど軍事に力が入れられた。 1972年のミュンヘン・オリンピックでの黒い9月によるテロを受けて国境警備隊に対テロ部隊GSG-9を創設、1977年のモガディシオ事件ではテロに屈さずGSG-9を投入し事件を解決し自由主義国の中道左派・左派政党でも国際的な責任を果たせることを示した。 日本では野党第一党の社会党が親ソ連・北朝鮮支持を明確にするとともに 軍事政策では非武装中立という国家安全保障放棄、防げる戦争は防ぐという国際的責任も放棄した。 野党第一党の社会党が過激な左翼政党になったため、政権を担うことになった自民党は右派、保守派、中道派、リベラル派、左派を抱える巨大政党となってしまった。

  • 放送から35年「私鉄沿線97分署」第80話 地名を変えたニュータウン

    私鉄沿線97分署 第80話 ロマン万歳!少年探偵団!! 渡哲也 鹿賀丈史 古尾谷雅人 小西博之 斉藤慶子 山口果林 四方堂亘 武藤章生 北原佐和子 長門裕之 長門勇 牧田正嗣 原ひさ子 戸川暁子 沢柳迪子 五十嵐五十鈴 江上真吾 前沢保美 町田幸夫 音楽 加瀬邦彦 音楽コーディネーター 田村進一朗 主題歌 五木ひろしブービーズ 脚本 桃井章 監督 長谷部安春 協力 日産自動車 ヤマハ発動機 製作 テレビ朝日 国際放映 東京都多摩川市田園プラザで紙芝居屋を営む初老の男(長門勇)。 紙芝居屋は子供たちにそこそこ人気だった。 子供たちは紙芝居屋の演目・少年探偵団に影響されて探偵団を結成する。 警視庁97分署管内で殺人事件が発生する。 他人の家の庭の木に登っているのを咎められて逆上、殺人に至ったと考えられた。 子供たちの結成した探偵団が捜査を始める。 松元良平刑事は「紙芝居屋の親父さんのせいで・・・」と言う。 バス運転手に大沼に行きたいと言った不審者が現れる。 97分署捜査課はこのへんに大沼という場所など存在しないのにそんなことを言うのはおかしいと思い、 殺人事件の犯人とみて不審者を追う。 しかし榊検屍官(渡哲也)は、かつてこのあたりに大沼という地名があったと語る。 西部警察PART3では日産自動車とスズキの協力だったが、私鉄沿線97分署では日産自動車とヤマハ発動機の協力となった。 捜査車両は黒のY30日産セドリックHT。Y30日産セドリックHTは前番組の西部警察PART3末期に使われ始め、私鉄沿線97分署にも継続して登場する。 西部警察PART3で白黒パトカーは新車が6台使われていたが、私鉄沿線97分署の白黒パトカーは中古の改造で、このころには日産セドリック430前期型と日産グロリア430前期型の2台が使われる。 私鉄沿線97分署は横浜市青葉区にある東急田園都市線たまプラーザ駅を中心に撮影されている。

  • 顔が濃すぎて人気が出なかった俳優4

    石原プロモーション退社後、 脇役、悪役が続く石原良純。 そんな石原良純が気象予報士の試験に合格した。 直後に石原良純は北野誠が司会のABC朝日放送バラエティ番組に出演した。 趣味人・石原良純として出演、天気気象の素晴らしさを語る石原良純。 バラエティ慣れしておらず真面目に朴訥と語る石原良純。 北野誠のいじりに対して真面目過ぎる返しをする石原良純。 変人と思われている石原良純。 真面目な変人に見える石原良純。

  • 朝日新聞1995検証

    朝日新聞1995検証 1995年(平成7年)5月3日にいくつかの安全保障に関する提言をおこなっている。 PKF業務をおこなわずに国連協力する「平和支援隊」創設の提言、 2010年までに自衛隊を国土防衛隊に改変縮小、 陸上自衛隊半減、 イージス艦、P-3C対潜哨戒機、F-15戦闘機の大幅削減 を主張している。 また、 「すべての土台は、日本が再び軍事的な脅威とならないことだ」 として、対話型の安全保障をめざす、としている。 「平和支援隊」のような組織が果たして国際社会から必要とされているのか疑問である。 「陸上自衛隊の半減」は国土防衛の必要最小限にも及ばないとおもわれる。 イージス艦、P-3C対潜哨戒機にしても、艦隊防衛という、決して侵略的、攻撃的なものでないので、これを大幅削減させる理由はない。 また、「F-15をこれほど濃密に配備している国はない」と表現しているが 北海道より人口も面積も小さいイスラエルの469機(F-15A/B戦闘機47機、F-15I戦闘爆撃機60機、F-16A/B/C/D戦闘機362機)、発展途上国のトルコ484機(F-16C/D戦闘機270機、F-4E戦闘機214機)、サウジ・アラビア275機(F-15C/D戦闘機98機、F-15S戦闘爆撃機72機、トーネードADV防空戦闘機60機、トーネードIDS戦闘攻撃機45機)、九州程度の大きさで人口が2000万人しかいない台湾575機(F-16A/Bブロック20戦闘機150機、ミラージュ2000戦闘機60機、IDF経国戦闘機150機、F-5E/F戦闘機215機)、人口1700万人で面積は日本の1割程度のオランダがF-16A/B戦闘機を210機配備、である。日本より高度な防空体制を敷いている国は数多い。これら提言は、現実を無視した朝日新聞の独りよがりに過ぎない。 1995年11月30日の社説「新大綱は時代に耐えられるか」で、 新大綱による自衛隊の削減傾向を 「不十分」 と指摘し、 「防衛費の削減に結び付けなければならない」 と主張している。 地域の不安定化を防ぐには 「日本が非核三原則や武器禁輸原則を厳格に貫き、さらに紛争の予防や信頼醸成に貢献する決意を明確にすること」 と、ひとりよがりかつ、あいまいなものに終わっている。日本のおかれた情勢を認識しているのか疑問である。

  • 芸人とともにアーティストが歌ネタ披露1

    フジテレビ日曜8時「ダウンタウンのごっつええ感じ」の初期では 奥田民生ユニコーン サンプラザ中野と爆風スランプ というアーティストが出演していた。 サンプラザ中野と爆風スランプは 聞いてちゃぶ台 見てちゃぶ台 隣のじいさん ちゃぶ台で 糸電話 という歌ネタを披露していた。

  • 若山弦蔵死去「スパイ大作戦」不死鳥を葬れ! 昭和の名作ミッションインポッシブル

    スパイ大作戦 第2シーズン第23話 不死鳥を葬れ! ピーター・グレーブス(若山弦蔵) マーティン・ランドー(納谷悟郎) バーバラ・ベイン(山東昭子) グレッグ・モリス(田中信夫) ピーター・ルーパス(小林修) 製作総指揮 ブルース・ゲラー 製作 ジョセフ・ガントマン 音楽 ラロ・シフリン 脚本 ジョン・D・F・ブラック ストーリー エドワード・デブラジオ ジョン・D・F・ブラック 監督 ロバート・トッテン 製作著作 パラマウント・ピクチャーズ 東側衛星国で権力の頂点の警察長官だったステファン・プロホシュは権力の座から失墜し、人民美術館の館長に左遷させられた。プロホシュは権力の座に返り咲こうと西側が開発した極秘機密金属を強奪し、東側大国に進呈しようとしている。 ジム・フェルプスに与えられた使命は金属美術オブジェに紛れ込ませた極秘機密金属を奪還し、プロホシュの意図を粉砕することにあった。 ジム・フェルプスと彼が率いるグループは東側衛星国に潜入し、プロホシュが館長をつとめる美術館で工作を始める。 ラジオドラマから声優一本の若山弦蔵、劇団所属の舞台俳優が「仕方なく声優をやってる」「声だけでは演技とは言えない」と言うことに対して怒っていた。

  • 上級左翼に振り回される下層左翼の教師 状況を理解できず

    共産党の全教(全日本教職員組合)は 1989年11月に日教組から離脱し、結成された。 (全教の正式発足は1991年)。 全教の幹部は共産党の幹部でもあるので、共産党の指令どおりに日教組からの分裂・離脱に異議はなかった。 しかし全教の末端構成員である教師は共産党と社会党の対立を理解できてない者が多く、日教組からの離脱も理解できてない者が多かった。 日教組に残るか全教として離脱かは、直属組織の長の命令にゆだねられた左翼末端構成員の教師。 社会党支持の日教組は、おなじく社会党支持の部落解放同盟の指導による同和教育を推進していたが 反部落解放同盟の共産党は全教に同和教育廃止を命じた。 日教組から離脱したばかりの全教の末端構成員である教師は共産党による朝令暮改的な急な方向転換をほとんど理解できなかった。 上級左翼の共産党幹部によって振り回される下層左翼の全教末端構成員である教師。

  • 芸人ドラゴン&タイガー平成では活躍できず2

    力士からタレントになった龍虎。 デブタレントや大食いタレントがいなかった昭和50年代。 元力士ということで大食いを期待されTBSのバラエティ番組「料理天国」に試食人として出演する。 料理界の東大、辻調理師専門学校の講師がつくる高級料理を食べる龍虎。 ただ食べる龍虎。 食べるだけで許される龍虎。 龍虎は東映テレビ朝日の時代劇「暴れん坊将軍」に龍虎という力士役で出演。 龍虎が龍虎を演じる、演じるわけでもなく存在しているだけで重宝されるという厚遇ぶりだった。 昭和ではやたら重宝されていた龍虎だったが平成になると風向きが変わる。 昭和末期から徐々に有能な芸人、タレント、元スポーツ選手が誕生していく。 ただ存在しているだけでも許されていた龍虎が無能に見えてきた。 次第に見かけなくなる龍虎。 千代の富士の連続勝利や若花田/若乃花・貴花田/貴乃花兄弟の出現によって大相撲が注目された平成初期。 しかし龍虎の姿は無い。 大相撲解説者として龍虎は呼ばれない。 昭和では代表的相撲関係者として引っ張りだこだった龍虎なのに平成になって現れない。 相撲以外でも龍虎を見かけない。 平成になって料理バラエティ番組が激増し大食い番組もできたのに龍虎は出演しない。 食べてもリアクションが小さい龍虎に代わって無尽蔵に食いまくる赤坂尊子がサブカル界で注目される。 料理バラエティスターは周富徳が先行し、道場六三郎が遅れて急伸する。 食べるだけ、食べても反応薄の龍虎の居場所が無い。 21世紀に入って龍虎が再び現れる。 しかしそれは深夜2時だった。 テレビ朝日「虎ノ門」という番組の人生相談コーナーだった。 龍虎とコンビを組むのは塩田丸男。 塩田丸男はNHK朝の連続テレビ小説「春よ、来い」を降板した安田成美の降板理由について 「安田さんは在日だから戦前の日本人をやりたくない」 とコメントしたため、 各方面から圧力がかかり干されていた。 干されている塩田丸男とコンビを組まされる龍虎。 干されている人物と見合うと思われてしまった龍虎。 その後、龍虎は相撲界の不祥事の時にコメントを求められる。 龍虎は日本相撲協会から足を洗っていたので本音を言いやすい人物と思われた。 しかし龍虎は日本相撲協会を大批判することはなく日本相撲協会の体質を是認するのでマスコミは龍虎に利用価値を感じなかった。 やはり露出することが無い龍虎。

  • アジアには適当のヨーロッパシンクタンク

    国際戦略研究所IISS上級フェロー、ニック・チャイルズは アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、日本、韓国という アメリカの同盟国がインド太平洋で共同で空母打撃群を形成するべきと言っている。 韓国の康京和カンギョンファが外交部長官就任中に、中国を怒らすな!と必死になってクアッドに反対し、次の外交部長官の鄭義溶チョンウィヨンも中国に気を使いまくりで、現政権だけでなく保守派と言われた前政権も中国べったりだった。韓国は右であろうが左であろうが中国を怒らすようなことはもうできない。 韓国が対中軍事同盟に参加するわけがなく、仮に参加しても信用できない役に立たないのは自明の理である。 ヨーロッパのシンクタンクにとってアジアは遠くて他人事という気分か、地図と教科書だけ見て考えたという感じのやっつけ仕事である。

  • 放送から40年「警視庁殺人課」白い恐怖バラキ ファッションセンターしまむら爆破

    警視庁殺人課 第九話 白い恐怖バラキ 殺人課 五代警部(ミスター) 菅原文太 殺人課 虎間刑事(秀才) 三田村邦彦 殺人課 久保刑事(ウルフ) 剛竜馬 殺人課 村木刑事(チャンス) 関根大学 殺人課 眉村刑事(エンジェル)一色彩子 殺人課 額田刑事(ビショップ)中谷一郎 五代可奈子 里見奈保 ディック・ミネ 田丸警視庁刑事部長 鶴田浩二 蟹江敬三 石橋雅史 片桐夕子 武藤章生 企画 俊藤浩滋 勝田康三 音楽 小林亜星 演奏 上田力&パワーステーション ナレーター 神太郎 脚本 石丸要 監督 鷹森立一 製作 テレビ朝日 東映 藤映像コーポレーション 五代警部と同期の巡査(武藤章生)。 ファッションセンターしまむら駐車場に停めてあったC130後期型日産ローレル(1974年~1976年製造)が突然、爆破炎上して巡査死亡。 巡査の妻は、巡査が同期の五代が出世しているのを気にしていた、と語る。

  • 朝日新聞1994検証

    朝日新聞1994検証 1994年1月10日の社説「防衛大綱見直しは広い視野で」では、 ソ連という脅威がなくなったなか、北朝鮮や中国の脅威を 「大きな脅威として騒ぎ立てるのは感心できない。」 と、現実逃避的な主張をしている。 そして、日本とアメリカが 「率先して軍縮を主導することが必要だ。」 と、現実の国際情勢を無視した提言を続けている。 そして、外からの脅威も内乱も可能性が低いとして、 「国連協力の別組織」 を訴えている。 1994年7月30日の社説「政治主導の予算というならば」では、 防衛費が対前年度比で増加したことに対して、 「冷戦後の国際情勢を視野に入れれば、もっと削り込んで当然だ」 と主張している。 1994年8月13日の社説「これでは軍縮はできない」では、 防衛問題懇談会が提出した報告書がPKO専門部隊を否定していることに対して 「視野が狭い」 と批判している。 1994年12月17日の社説「これが首相の『軍縮』なのか」では、 新たなる国際情勢の下、防衛官僚主導で進められた防衛予算に異議をとなえている。 戦域ミサイル防衛に対しては、1994年12月24日の社説「『戦域ミサイル防衛』は慎重に」において、 北朝鮮の核保有問題は外交で解決すべき、と主張している。 1994年8月3日の一面「座標 『自衛隊合憲』を考える」では、 数多くの自衛隊装備が 「違憲」状態にある、 と批判している。 1994年の朝日新聞の傾向は、ソ連の崩壊と、北朝鮮や中国の新たなる脅威を認識しつつも。それについての具体的防衛計画は提言せず、ひたすら一方的軍縮を唱えることに終始している。

  • ほんこん悲痛ぜんじろう東京進出失敗で地獄の転落没落人生2

    1990年代前半、近畿で人気があったぜんじろう。 上岡龍太郎の弟子のぜんじろう。 ぜんじろうは上岡龍太郎の弟子時代に逃亡している。 ぜんじろうは芸能界は華やかだと思っていた。 しかし上岡龍太郎は関西テレビでしか仕事が無かった。 ぜんじろうが出会う芸能人は 横山ノック 桂文珍 藤本統紀子 だけだった。 ぜんじろうは 「なんやこれ!芸能界ちゃうやん・・・」 と思った。 MBS毎日放送で月曜から金曜まで深夜1時から放送していた近畿ローカル「テレビのツボ」の司会だったぜんじろう。 MBS毎日放送で深夜1時から放送していた「テレビのツボ」は視聴率が10%を超えていた。 ぜんじろうも自由に伸び伸びやっていた。 「テレビのツボ」高視聴率を受けMBS毎日放送は夕方に情報バラエティ「屋台の目ぇ」を開始した。 しかしMBS毎日放送の夕方情報バラエティ「屋台の目ぇ」はすぐに打ち切られた。 ぜんじろうは日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ」出演が決定する。 ぜんじろうは東京進出を決める。 しかし日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ」は視聴率がかなり悪化してきていた。 ぜんじろうはせっかく東京進出を決意し日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ」に出たのに 日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ」はすぐ終わってしまった。 ぜんじろうは東京進出で忙しくなりMBS毎日放送で月曜から金曜まで深夜1時から放送していた「テレビのツボ」を金曜だけの「週刊テレビのツボ」にしてもらっていた。 しかもぜんじろうは金曜だけの「週刊テレビのツボ」すら露骨に手を抜くようになって全然面白くなくなっていた。 金曜だけの「週刊テレビのツボ」も打ち切りになった。 東京でも大阪でも仕事が無いぜんじろう。

  • 長島昭久を入れる自民党と入れない立憲民主党

    自民党は元民主党の長島昭久を入党させた。 節操が無い自民党。 立憲民主党は安全保障に詳しいと自称している長島昭久を受け付けない体質である。 寛容からかけ離れている立憲民主党。 元民主党の長島昭久、立憲民主党とはやっていけないというのなら無所属でやっていくべきだった。 すぐに自民党の軍門に入る長島昭久は根性も節操もない。

  • ほんこん悲痛ぜんじろう東京進出失敗で地獄の転落没落人生1

    フジテレビ日曜8時の「ダウンタウンのごっつええ感じ」にレギュラー出演していた ほんこん。 フジテレビ日曜8時の「ダウンタウンのごっつええ感じ」にレギュラー出演していたにも関わらず ほんこん は裏番組、日曜8時に放送のNHK大河ドラマ「八代将軍吉宗」に出演した。 ほんこんの役は一揆を起こす貧困に苦しむ農民の役だった。 ほんこんは一揆を起こすも失敗し、死刑、さらし首となった。 ほんこんと共に一揆を起こす貧困に苦しむ農民は でんでん ぜんじろう だった。 ほんこん でんでん ぜんじろう の平仮名お笑い芸人に貧困に苦しむ農民の役をやらせるNHK。 ほんこんはお笑いでそこそこ、コメンテーター、YouTuberとしてまあまあの活躍。 でんでんは個性派俳優として大活躍。 ぜんじろうは90年代前半に近畿でかなり人気があったが近畿を捨て東京進出するものの大失敗、Twitter芸人、炎上芸人、便乗芸人としても失敗し地獄の転落没落人生を送っている。

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