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プロフィール
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相撲史研究者・田中 健さんのプロフィール

住所
長崎市
出身
長崎市

 去る十月、訪問者数が延べ30万人を 突破いたしました。

ブログタイトル
相撲史に関心・興味のある方どうぞ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/k3tanaka_1948
ブログ紹介文
江戸勧進相撲以来の相撲史を中心に関聯事項 に対する私見・愚考を発表しています。
更新頻度(1年)

730回 / 365日(平均14.0回/週)

ブログ村参加:2015/12/21

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相撲史研究者・田中 健さん
ブログタイトル
相撲史に関心・興味のある方どうぞ
更新頻度
730回 / 365日(平均14.0回/週)
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相撲史に関心・興味のある方どうぞ

相撲史研究者・田中 健さんの新着記事

1件〜30件

  • 異説も無視できない??

    ※昨日の閲覧…748・訪問…444トータル訪問者数762,913吾輩が未だ相撲愛好のいわばビギナーだった頃、相撲智識を吸収するのに役立った書物のひとつに『相撲別冊─なんでもわかる相撲百科』(昭和三七年刊)がある。そのなかの「歴代横綱物語り」━四代谷風梶之助━に、こう記述している。まず古今の強剛力士は、寛政の谷風にはじまり、昭和の双葉山に終る。当初、違和感があった。「古今十大力士」を聯想させる。ばかりではない、昭和戦後の力士には十傑に割って入るようなやつは絶対出現するなんて…あり得ない━と示唆・暗示させる如き一節だ。のち、『昭和相撲大觀』の著者がいつだったか…谷風・小野川・雷電(爲)・稲妻・陣幕・梅ヶ谷(初代)・常陸山・太刀山・栃木山・双葉山〔時代順〕に固執して、このメンバーは変更すべきでない云々。でも、ずっと旧...異説も無視できない??

  • 60年前の快挙

    60年前の昭和三十五年名古屋場所は、当時殆どの人が気づかなかったらしい劃期的大記録が生れた。幕内全力士が“皆勤”したのである。江戸・明治は勿論、大正~昭和戦前を通して、こんな記録はつくられていなかった〔大阪相撲を確認した訳じゃぁないが、多分ないと思う〕。横綱・三役の成績を列記してみる━。東横綱若乃花13勝2敗西〃朝潮9勝6敗東大関若羽黒7勝8敗西大関琴ヶ濱10勝5敗東関脇柏戸11勝4敗西〃北の洋7勝8敗東張〃若三杉仝東小結北葉山11勝4敗西〃大鵬仝この場所後、出羽海相談役(元横綱常ノ花)が「柏戸は系統別総当りの不利を克服したので大関に推す」と発言。たしか、史上初の「4小結」を濫造したのを彦山論文「前代未聞の珍・怪番付」が厳しく批判したのであった。60年前の快挙

  • 元大阪力士に冷遇

    ※昨日の閲覧…908・訪問…473トータル訪問者数762,469後相撲評論家の彦山光三が未だ大相撲協会に招聘される前の、たしか昭和三年、初めて相撲人─力士と面会したのが、もと梅ヶ谷(初代=後の雷取締)で、最後に対面したのは若乃花(初代=後二子山理事長)ではなかったか…。その梅ヶ谷との回顧談で、元大阪大関の彼が、東上してなんと「本中」から取る〔照ノ富士は序二段から再出発〕現代でも番附最下段左端っこに「此外中前相撲東西ニ御座候」とある、前相撲⇒本中の下っ端だ。当時の東京大相撲の元大阪力士に対するいわば“迫害”は想像に絶するものがあった。梅ヶ谷と一緒に東京力士に変身した後関脇鞆ノ平も次の如く番附面で冷遇された━。明治七年冬場所、幕下十五枚目〇〇〇〇〇ややややや初日から5連勝して後半休んだら…同八年春場所の地位は幕下十...元大阪力士に冷遇

  • 意地悪な批評…?

    昭和二十二年以来73年ぶりとなる十一月における東京本場所の新番附が発表された。勝手に選抜した“7人衆”の辛口評。東小結〇照ノ富士(元大関)場所後には29歳に…。序二段からのカムバックは本当に「想定外」だったが、矢張り「再大関」は無理だろう。西前頭十一枚目●炎鵬“二桁”黒星ならば十両陥落必至であろう。体重だって100㎏慾しいところだ。東十両二枚目〇翠富士いつの間にか上位━入幕目前だ。相撲開眼?西十両三枚目●琴奨菊(元大関)未だ意慾満々なの…?幕下陥落濃厚まで土俵に未練がありそう。東十両十三枚目〇宇良(元幕内)2度あることは3度ある━なんて言葉も…。包帯もすこし目立ちすぎる感じ─善処不能なのか。西幕下筆頭◉納谷番附運がわるく関取お預けだ。2番相撲あたり「大銀杏」を結って登場しそう…。東序二段百四枚目●宇瑠寅下にあと...意地悪な批評…?

  • 『相撲史発掘』 第95号 頒布中 !

    ※昨日の閲覧…1,380・訪問…553トータル訪問者数761,996拙作&私家版『相撲史発掘』第95号を御希望の方に洩れなく無代進呈いたします。1~4頁〇改名の嫌いな力士たち<前篇>◉別表・写真つき5~7頁〇天保十年春場所◉幕内略歴・関係勝負・星取表・写真つき折込み裏面〇鷲ヶ濱─渦ヶ渕の取組絵を検証◉別表つき8~9頁〇明治・大正の新聞記事から●『東京日日新聞』10ページ〇明治後期の長身力士折込み両面〇鹿児島県出身入幕力士一覧◉付録━沖縄県出身…11ページ〇古今平幕最優秀力士星取表横書きコラム☆百年前忽然と消えた郷土力士★頒布を御希望の方は送料94円切手同封のうえ〒852-8113長崎市上野町14-11田中健お問合せはjhisa104@ybb.ne.jp『相撲史発掘』第95号頒布中!

  • 仕切直し???

    相撲から出た言葉は「八百長」とか「土左衛門」とか「千穐楽」とか色々あり、そんなのも織交ぜながら、国際問題に関聯して私見・愚考━。「安倍・プーチン」と、「トランプ・金正恩」のどっちの方が「信頼関係」があったか。後者だと思う。日・露交渉のお上のスタンスいけないところ二つ─「2島+α」なのか「4島一括」なのかブレるから相手に足もとをみられる。何年前だったか、「政・経不可分」の方針を取下げて…露國の“思う壷”に…。“蒲焼の匂い”だけ嗅がされて─今後百年経っても北方四島は還ってくるまい。この度の米大統領選挙討論で、民主党候補は北が核放棄ならば正恩将軍と会う云々。そもそも北が民衆の生活を犠牲にしてまで血眼になって「核大国」になって、今更、核を完全放棄するはずはない。米民主党政権に変ったら、「米・朝交渉」は「仕切り直し」を余...仕切直し???

  • 記事・星取表の相異

    ※昨日の閲覧…1,039・訪問…474トータル訪問者数761,443我国最高の相撲文献とされる『日本相撲史』で、記事と星取表とが相違しているのは、明治の大達─鞆ノ平だけではない。文化四(1807)年春場所八日目の東西両関脇、柏戸(宗五郎)─玉垣(←千田川)は星取表で前者の白星となっているが、上巻237頁の「玉垣…引退」記事では「(預り)」と記載している。もし、預りだとすれば、当場所の最優秀成績は雷電に非ず、玉垣ということになり、雷電の28回がマイナス1に訂正を余儀なくされる。それを『大相撲』編集部へ指摘したため、一時雷電の最優秀成績が27回となった。まったく吾輩の“勇み足”で申し訳ない気もち。記事・星取表の相異

  • 疑問の●大達VS鞆ノ平〇

    明治十八年夏場所六日目の関脇大達─前頭筆頭鞆ノ平は、『日本相撲史』の星取表では後者の白星となっているが、中巻77頁の「〇好取組」の記事は…。〔前略〕行司〔木村〕誠道は大達の右足が土俵外に出たと見て、鞆ノ平に団扇をあげた。〔中略〕「勝負附には此一組を省く事となりて、漸く局を結べり」と記録が残っているが、預りの一種である。昭和十五年刊、山本義一氏著『…古今名力士百傑傳』は大達の負となっているけれども、一方、同五十八年刊、野宮明雄氏著『……の全三役力士略伝』では大達・鞆ノ平とも星取表に「△」印が記入され「預り」となっている。【追記】昭和五五年、講談社刊『国技大相撲の100傑』の巻末星取表における大達の当該箇所は「△」である。疑問の●大達VS鞆ノ平〇

  • “未使用”大相撲カレンダー3部作を

    ※昨日の閲覧…968・訪問…441トータル訪問者数760,969鬼笑う来年の暦じゃぁありませんが、日本相撲協会が制作・発行した『大相撲カレンダー』が平成22年、翌23年、更に同28年━3部が在ります。何れも大きさは、横39.5㎝×縦60㎝で“未使用”のため“筒”の状態であります。保存程度は、並以上乃至美品以下と思って戴いて結構です。尚、平成28年のもの、最下部余白右側に小さな広告物が6枚貼りつけられていますが“骨董価値”を下げるものではないと確信いたします。平成22年の1月&2月━朝青龍・白鵬平成23年の1月&2月━白鵬の土俵入平成28年の1月&2月━白鵬ら3横綱御希望の方、先着1名さまに無代進呈いたします。運賃のみ負担してください。宅急便の“着払い”にて…お願いいたします。〒852-8113長崎市上野町14-...“未使用”大相撲カレンダー3部作を

  • お上の「現状認識」は甘い…?!

    光陰矢の如し━今年も残すところ10週間。或る輿論調査に拠れば、一年延期された来夏の「東京&札幌五輪」開催は無理と云う意見が85%に達したとか。日本政府は、現今の新型…ウイルスについて、「第2波」が真っ只中だ━と素直に認めるべきだと思う。なんで認めたくないのか。更に、「第3波」もやってくるかも…。五輪を強行なら想定外にできまい。兎に角、現状認識が甘い。車のアクセルとブレーキを同時に踏めず、冷・暖房を同時に作動できないはず。我国のみならず海外─欧・米各国だって感染症が収まる気配がないどころか、再度経済抑制せざるを得ない情況になってきて、来夏の日本への「選手団派遣」可能なのか雲行きが怪しくなってきているではないか。角界は如何。九州⇒東京場所は観客倍増し、桝席など「集団感染」を回避できても、来春の大阪本場所が心配であり...お上の「現状認識」は甘い…?!

  • 幕内最多勝利数の軌跡 その92

    ※昨日の閲覧…790・訪問…321トータル訪問者数760,528文化七(1810)年春場所、西方大関雷電はこれまで14回対戦して全て白星の揚羽〔最高位小結〕と難しい相撲で無勝負と判定されてしまった。〔揚羽は、雷電の相手別対戦数最多の16回、連続9場所対戦も最も多い。〕その四日目以外は雷電の白星で9勝をあげ通算247勝を記録した。あと11勝すれば谷風と並ぶことになるが……。一方、東大関柏戸(宗五郎)は、錦木と引分けたり、六日目には眞靏に不覚の黒星やらで6勝2敗1分1無勝負。“副将格”玉垣(←千田川)は、七・八日目に連敗し、6勝2敗1無勝負で通算168勝だが、同じ西方で雷電が大関に頑張ってるために関脇で「雌伏」を余儀なくされている。幕内最多勝利数の軌跡その92

  • 関脇浦風は消極的取口?

    現在、拙稿「改名の嫌いな力士たち」の続篇を鋭意執筆中である。採りあげる名力士は、小結鬼ヶ谷、横綱常陸山・大砲、関脇海山……等々で、以上4人について書き終えた。今、関脇浦風(浦湊改め)を俎上に…。彼は、余程“消極的”取口の力士だったとみえて、引分け相撲が頗る多い。在幕引分け数は、横綱境川の71に次ぐ61箇であり、引分け率も幕末の力士を除けば、これまた境川に次いで高率だ。兎に角、全体の3割弱が引分けなのである。関脇を連続2…に、小結を連続4━連続6場所三役に…。ところが、当時の第一人者初代梅ヶ谷に9戦して全然引分けに持込むことさえ出来ず、9敗の記録を残しており、過大評価は無理だ。関脇浦風は消極的取口?

  • 『相撲史発掘』 読者の声

    ※昨日の閲覧…867・訪問…406トータル訪問者数760,207久しぶり、拙作『相撲史発掘』の読者から頂戴したお葉書を御紹介しよう━。表面左上の切手は相撲絵、裏面には非土俵の古代相撲が描かれている。今年も「相撲史発掘」をお送り下さり有難とう御在居〔ママ〕ました。興味深い内容ばかりで、楽しい次第です。就中、昔の醜名は誠に良い物だと、改めて感じます。「川」の付く名等は、今や絶滅したかの様に思われ、哀しいばかりです。高度成長で川が汚れ、黒くなったから(黒星)でしょうか?復活を望む所です。又、来年も楽しみにしております。〔後略〕以上、A市F氏からのお便りでした。『相撲史発掘』読者の声

  • 高砂から分離・独立の井筒部屋

    古今の横綱力士のうち、「西ノ海嘉治郎」が3代=3人存在するが、初代だけ高砂部屋であり、2・3代めの両者は井筒部屋の所属だ。この高砂⇒井筒の関係は、恰も後の立浪⇒時津風みたいに“別系統”に変化している。だから、初代西ノ海が朝汐らと全然対戦しないのは勿論当然だったが、2代め西ノ海らは高砂系力士と顔を合せている。鳥渡ばかり不思議なのは、明治三九年夏場所八日目の━。西前頭十●錦洋(……)朝嵐〇東十両1ところが、朝嵐は翌春、西方へ入幕して錦洋改め西ノ海とは対戦しなくなっている。だから、朝嵐改め朝潮は3代め西ノ海との対戦はあるが、2代めとの「幕内対戦」なし。未だ、井筒が高砂から分離した当初は、同門意識が残っていたのかも知れない。高砂から分離・独立の井筒部屋

  • 『相撲史発掘』 第95号 頒布中 !

    ※昨日の閲覧…862・訪問…402トータル訪問者数759,801拙作&私家版『相撲史発掘』第95号を御希望の方に洩れなく無代進呈いたします。(題簽は元大相撲立行司40代・式守伊之助氏)〇明治本場所の幕内記録ア…●改名の嫌いな力士たち<前篇>◉別表・写真つき〇江戸大相撲熱戦譜●天保十年春場所◉略歴・勝負&星取表・写真つき〇鷲ヶ濱─渦ヶ渕の取組絵を検証●無断拝借…御免なさい〇明治・大正の新聞記事から●大相撲新番附●橫綱でも陷落〇明治後期の長身力士◉柏戸から大鳴門まで〇鹿児島県出身入幕力士一覧◉出水川から明生まで〇古今平幕最優秀力士星取表◉明治34夏から同42春まで☆百年前忽然と消えた郷土力士★頒布を御希望の方は送料94円切手同封のうえ〒852-8113長崎市上野町14-11田中健〔120円切手同封の方には定形外郵便...『相撲史発掘』第95号頒布中!

  • 昔から「官尊・民卑」なんです !

    著者より進呈された『…なんでも七傑事典』289頁の「……海山太郎」の項目に━。〔前略〕東京・向島の大倉喜八郎伯爵邸に招かれて御馳走になった…先ずは、大倉喜八郎なる人物について、手許の『…日本人名辞典』の記述は━。明治・大正期の実業家。〔中略〕幕末維新の動乱を利用〔中略〕明治六年大倉組商会を設立〔中略〕政治家や軍部と結びつき、台湾出兵・西南戦争・日清戦争・日露戦争の軍需物資調達で巨利を得た。〔中略〕中国大陸への事業進出に積極的〔中略〕中国や朝鮮に多数の事業を起す。東京電燈・帝國ホテル・大日本麥酒などの設立に関与した他、現・東京経済大を創設した。昭和三年、90歳での大往生だった。上記『…事典』のミスを見逃すところ…、「伯爵」は「男爵」が正しく、旧「華族制度」の①公・②侯・③伯・④子・⑤男━最下位であった。愚考すれば...昔から「官尊・民卑」なんです!

  • 「晩秋場所」との呼称は駄目…?!

    ※昨日の閲覧…798・訪問…384トータル訪問者数759,399昭和十九年十一月場所晴天10日間、於後楽園球場11.10~21昭和二十年十一月場所旧両国國技館11.16~26昭和二十一年十一月場所13日間、於メモリアルホール11.6~18昭和二十二年十一月場所晴天11日間、於明治神宮外苑11.3~14以上、何れも通称「秋場所」であった。〔当時、未だ大相撲協会は「〇月場所」を正式呼称としていない。〕そこで、名案━いや迷案?73年ぶりとなる十一月の東京本場所を俗称として「晩秋場所」と呼ぶのは如何でしょう…。尚、彦山光三は「九州場所」なんて呼ばず「結(むすび)場所」と提案をしていたと思う。「晩秋場所」との呼称は駄目…?!

  • 彦山論文を想い出す

    今日づけS紙における竹内女史の「正論━種の保存、……」を興味をもって読んだ。同時に彦山光三が「三部作」を構想した「大相撲黒白草紙」の序章(『大相撲』誌昭和三十八年新年号)を想い出した。当時の上野動物園長のA紙「学芸欄」の稿から援用している。生物は大むかしからその種族を保存しようとし、そして優秀なものほど長くのこって、そこに進化がおこり、結局今日最高の人類にまで到達したにちがいありません。そしてみずからの種族を保存するためには、他の種族をおさえることが必要で、人類の歴史はこれまったく各部族間のあらそい、つまり戦争の連続です。〔中略〕この世から戦争をとり去ることは、まことに困難なこと〔中略〕私はこの種族保存ということが、やはり人間の生きている目的ででもあるとおもっています。〔後略〕むかしから性欲は種族保存のため、食...彦山論文を想い出す

  • 未使用『大相撲カレンダー』3部を進呈

    ※昨日の閲覧…878・訪問…436トータル訪問者数759,015鬼が笑う来年の暦じゃぁありませんが、日本相撲協会が制作・発行した平成22年、翌23年、更に同28年━3部が在ります。何れも大きさは、横39.5㎝×縦60㎝で“未使用”のため“筒”の状態であります。保存程度は、並以上乃至美品以下と思って戴いて結構です。尚、平成28年のもの、最下部余白右側に小さな広告物が6枚貼りつけられていますが“骨董価値”を下げるものではないと確信いたします。御希望の方、先着1名さまに無代進呈いたします。運賃のみ負担してください。宅急便の“着払い”にて…お願いいたします。〒852-8113長崎市上野町14-11田中健お問合せはjhisa104@ybb.ne.jp未使用『大相撲カレンダー』3部を進呈

  • 同系統だって対戦した…?

    明治15春五日目東幕尻格〇西ノ海─常陸山(十両格)同17年夏二日目西関脇△西ノ海─常陸山△東前七同22年春七日目西関脇〇西ノ海─常陸山●東前筆頭同26年夏七日目東張横綱〇西ノ海─出羽ノ海●西前四同27年春二日目東張横綱〇西ノ海─出羽ノ海●西前九同28年春三日目東張横綱〇西ノ海─出羽ノ海●西前十Ⅰ西ノ海は高砂部屋〔引退後井筒部屋を創設〕で、常陸山(虎吉=横綱常陸山の師匠)は所属する部屋に「稽古場」がなく、高砂部屋へ出稽古……と云われている。〔但し、「二枚鑑札」後は稽古場ができていたと思える。〕されば、西ノ海と常陸山とは“同系”と考えられないこともない。尤も、この常陸山は東・西を“異動”するいわばジプシー力士だったみたい。同系統だって対戦した…?

  • 西⇒東方のⅢ柏戸宗五郎

    ※昨日の閲覧…1,052・訪問…470トータル訪問者数758,579寛政七(1795)年冬場所、西方へ入幕したⅢ柏戸(宗五郎)だが、6場所めの同十年春は番附が西なのに東方へ廻って…雷電ら西方力士と取組んでいる。元号が享和と変った春場所は番附に載らず不出場、冬場所の再小結から番附が東方に配置された。その後、大関9場所を含んで、すべて東方力士に変身している。なんで、新入幕当初から東方に列しなかったのであろうか…??西⇒東方のⅢ柏戸宗五郎

  • 2場所だけ西…の柏戸

    江戸時代、横綱谷風や大大関雷電はつねに西方に配置━番附も土俵も西から登場に決っていた。逆に、最優秀成績が15回超とされる柏戸利助(←頂=いただき)は、つねに東方と思ったら…鳥渡ばかり違うのだ。文化十(1813)年冬場所西方小結越ノ海(→玉垣)〃前頭筆頭柏戸文化十一年春場所西方前頭筆頭越ノ海改め玉垣〃同二枚目柏戸“先代”同様、好敵手なのに…なんで同じ西方なのか━当然この2場所は両者の対戦はなかった。2場所だけ西…の柏戸

  • 或る懸念材料

    ※昨日の閲覧…1,207・訪問…523トータル訪問者数758,109世界中が固唾を呑んで注目する米大統領選挙━どうやら「感染症」蔓延が要因で“逆風”━現職苦戦みたいだ。あまりTV等々で話題に採りあげていないが、米民主党が政権を奪還した場合、日本の立場でもっとも懸念されそうなのが「北朝鮮」動向であるはず。当然、米・朝交渉は“仕切り直し”を余儀なくされるのは必至。嘗てクリントン〔ヒラリー女史の檀那〕政権内で、国防総省と国務省とのあいだで対北政策に関して意見の対立━後者の宥和策とは、こちらが“譲歩”すれば…北だって“軟化”するだろう━との甘い見通しに、前者は甚だ“懐疑的”だったにも拘らず、大統領は宥和政策を採用するに至り、結局はっきり云ってしまえば、クリントン大統領はまんまと2代め…正日に騙された恰好━この8年で「核...或る懸念材料

  • 国民の99%は野球選手に非ず…!!

    今日のS紙━政治欄の「……角界にトップセールス」なる見出し記事が眼についた。〔前略〕総務相は15日、東京都墨田区の日本相撲協会で八角理事長(元横綱北勝海)と面会し、力士らにマイナンバーカードの普及を奨めるよう求めた〔中略〕八角氏は「協会として全面的に協力する」と述べ、力士や行司ら約千人に普及を促す考え〔後略〕ずっと以前構想されたらしい「国民総背番号制」の“焼直し”なんだから、プロ野球選手の方へ真っ先に働きかけるのが“筋”じゃぁないか。「住基カード」なるものが“尻切れ蜻蛉”になっちゃったんだ━お粗末千万だし、隣の前女性大統領の「個人番号」が流出したとか…。忌憚なく“物言い”をつければ、「個人情報保護」と相反するものだ。今の「感染症」対策も例外に非ず、車のアクセルとブレーキを同時に踏んでいたり、冷・暖房を同時に作動...国民の99%は野球選手に非ず…!!

  • 『相撲史発掘』 第95号 頒布中 !

    ※昨日の閲覧…1,119・訪問…508トータル訪問者数757,586拙作&私家版『相撲史発掘』第95号を御希望の方に洩れなく無代進呈いたします。1~4頁〇改名の嫌いな力士たち<前篇>〇●も嫌いだった谷ノ音由緒ある醜名で名大関…「よいしょこら」の関脇若湊対平幕59戦全勝の横綱太刀山平幕止りで終った大蛇泻負越し皆無?で入幕の千年川5~7頁〇天保十年春場所5度めの大関・関脇、交替好取組2番が消えた❔痛恨の極み─稲妻3連敗!15年ぶり三役戦なし折込み裏面〇無断拝借…御免なさい8~9頁〇明治・大正の新聞記事から3年ぶり非出羽系が東方横綱“格下げ”論の先駆❔10ページ〇明治後期の長身力士折込み両面〇鹿児島・沖縄県出身入幕力士一覧11ページ〇古今平幕最優秀力士星取表◉明治34.5~42.1横書きコラム☆百年前忽然と消えた郷土...『相撲史発掘』第95号頒布中!

  • 小野瀧・砥並山は別人??

    信頼性100%とは云えないが、『江戸時代相撲名鑑』より━。小野ケ瀧定右衛門生国江戸初土俵文化九年大関付出引退文化十二年江戸文化九年十一月~十二年十一月砥並山岩之助生国筑後國師匠錣山喜平治初土俵文政五年九州~下野文政五年七月~七年六月別人説の根拠を列記すれば…。①7年ちかいブランクを埋める史料を欠く。②下の名前が4字名・3字名で全然不一致。③出身地がてんで符合しない。小野瀧・砥並山は別人??

  • 横綱大砲と日露戦争

    ※昨日の閲覧…997・訪問…508トータル訪問者数明治入幕力士200余名のうち、関脇武藏泻に次ぐ、長身190cm超の横綱大砲〔『…古今名力士百傑傳』に「たいはう」とルビだが「おおづつ」が正しい〕明治三十六年夏、翌三十七年春・夏の3場所“連休”の理由を勝手に推察してみた。『……全三役力士略伝』の星取表「備考」欄には「入営」と記載。なので当時日本成人男子は「徴兵制」だが、自ら志願兵となったのは事実であろう。けれど、「日露戦争」で兵士として出征しようとする寸前、高血圧等々持病が発症したため戦地へ赴くことはなかったのではないか。尚、最近TV視聴で知ったこと。日露戦争で日本が勝利を収めたことは、当時アメリカあたりで“衝撃的”に受け止められており、将来において「対日戦争」を想定すべきだ━と、米政府内がその“準備”をはじめた...横綱大砲と日露戦争

  • 銅像の話

    鳥渡ばかり今夜は相撲史から“距離”をおく─と、云っても最後に相撲で閉める。最初にぱくり〔片仮名は好きではない〕で笑い話。奈良の大仏さまが西郷〔隆盛〕どんの銅像に向って「ぶつぞぅ…!」すると西郷の方は「どうぞ…!」仏像なんかに興味はないが、対馬の寺に在った仏像が韓國の泥棒に盗まれた侭━返還して慾しいもの。銅像の話。マルクス・レーニン・スターリンの銅像は、当の昔に倒されたんだったかな?北…に在る金日成&正日の銅像が倒されるのは何年後なんだろうか。但し、辺鄙なところの日成像は片腕が圧し折られているそうな〔噂話なので左・右どっちなのかまでは知る術もない。〕。今夜BS番組視聴で吃驚した。先進民主主義国家アメリカで、コロンブス・リンカーンとか初代大統領ワシントンらの銅像が引倒されている云々。〔「コロンブスの卵」なんて意味深...銅像の話

  • 未使用『大相撲カレンダー』御紹介

    ※昨日の閲覧…921・訪問…465トータル訪問者数756,570鬼が笑うと云う来年の暦じゃぁありませんが、日本相撲協会が制作・発行した『大相撲カレンダー』が平成22年、翌23年、更に同28年━3部があります。何れも大きさは、横39.5㎝×縦60㎝で“未使用”のため“筒”の状態であります。保存程度は、並以上乃至美品以下と思って戴いて結構です。尚、平成28年のもの、最下部余白右側に小さな広告物が6枚貼りつけられていますが“骨董価値”を低下させてはいないと確信しております。御希望の方、先着1名さまに無代進呈いたします。運賃のみ負担してください。宅急便の“着払い”にて…お願いいたします。〒852-8113長崎市上野町14-11田中健お問合せはjhisa104@ybb.ne.jp未使用『大相撲カレンダー』御紹介

  • 横綱大砲…3連休は病欠???

    明治時代の巨人横綱である大砲万右エ門。かねて疑問をもちつづけてきたのは、横綱5場所めの三十六年夏から翌年夏まで3場所連続不出場で星取表に「や」印が30〔実質27〕も記入されている。もと東京地裁書記官N氏の労作『明治大正の全三役力士略伝』に拠れば━。日露の戦雲迫る三六年五月、自ら志願して、野砲連隊に入営、三場所全休。ところが、『日本相撲史』明治・大正篇の218頁の「大砲…(引退)」の記事には━…病気のため三場所休場した。戦前の名著Y氏の『實録古今名力士百傑傳』の大砲…の項では、3連休についてなにも記述していない。横綱大砲…3連休は病欠???

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