敬語
わけあって、『おくのほそ道』を読みなおした。そのときに、下にある引用中の「折(をり)〳〵にの給ひ聞え給ふを」の部分を「機会ある度に言葉を下さってお聞かせになるので」と読んだのだが、これで良いかどうかは分からない。ただし、同じ『おくのほそ道』の「天龍寺」のところに「金澤の北枝といふ者、かりそめに見送りて、此處までしたひ來る。所々の風景過さず思ひつゞけて、折節あはれなる作意など聞ゆ(﹅﹅)。」とあって、ここでも「聞ゆ」は「私に聞かせる」と読まれる。「謙譲語」——時枝誠記の『國語學原論』にある「敬語論」によれば客体化された素材と素材の間の相対的上下関係の識別にもとづいた語彙のことだが——として使われ…
2023/08/13 23:54