searchカテゴリー選択
chevron_left

カテゴリーを選択しなおす

カテゴリーのご意見・ご要望はこちら
cancel
プロフィール
PROFILE

まほろばの泉さんのプロフィール

住所
未設定
出身
未設定

自由文未設定

ブログタイトル
まほろばの泉
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/greendoor-t
ブログ紹介文
亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集
更新頻度(1年)

94回 / 365日(平均1.8回/週)

ブログ村参加:2015/01/13

本日のランキング(IN)
フォロー

ブログリーダー」を活用して、まほろばの泉さんをフォローしませんか?

ハンドル名
まほろばの泉さん
ブログタイトル
まほろばの泉
更新頻度
94回 / 365日(平均1.8回/週)
フォロー
まほろばの泉

まほろばの泉さんの新着記事

1件〜30件

  • 問題は、゛欲張り゛と、゛無礼゛という民癖 2010/5再

    友人の園田さんが自らのブログで「権藤成卿『農村自救論』公同の概念」を転載して八百万の神の合議こそ和製民主主義だと持論を述べている聖徳太子のころの十七条の憲法も簡潔だったが、当時はいちいち説明責任や近頃の法匪や走狗に入る弁護士や知識人の類の食い扶持詭弁となる、゛法の解釈゛とかいう解釈論なる「奇合理」はなかった。それら比べ当時は、立法する側も、応ずる側も素朴で自然的な共通した情緒があった。「そもそも」という言葉があまり聴くことのなくなった世情に、そもそも「法」とは、あるいは「矩」や「則」で表わされていた自己と他人かが厳存する世の中における欲望の範囲と制御を簡潔に考えてみることも一考かとおもう。ちなみに十七条の憲法は、官吏の怠惰、堕落、腐敗こそ、人間の尊厳を毀損するものとしてそれを戒めている。まずは、「遅刻、口利き、...問題は、゛欲張り゛と、゛無礼゛という民癖2010/5再

  • 日中の縒(より)をほぐすために、各々の民は・・・2010再

    以下、イメージは桂林近郊あるべき姿の関係に解(ほぐ)すことである。わら縄をよるには両手で二本の藁を掌でこすりながら一本に縒りあわせるが、はじめの二本の藁も数本を束ねたものを掌を拝むように縒り、さらに二本にするのだが、それぞれ一本の藁が縄になるには数十本必要になる。その縒られた縄は神前の注連縄にもなり、罪人を捕縛することもある。人間関係を縄の縒りにたとえれば、あるときは同盟や友好の絆となり、縒り方が悪ければささくれた関係になり、時には戦争になったりもする。注連縄のように毎年新規更新する条約ならまだしも、手入れもなく古くなれば朽ちて融解することもある。それは民情のように潤った風、乾いた風によって更新の方法や条件も変わることでもある。縄つくりも多少湿り気のある藁のほうが縒りもシッカリしているという。国交においても、も...日中の縒(より)をほぐすために、各々の民は・・・2010再

  • 『大統領選挙は必ず勝つ』ブラジル番長 魂の叫びを聴く  終章   10 10/3再

    2016410ペルー大統領選挙の投票が行われ、決選投票は六月になる。ブラジル番長といわれる福岡の元暴走族、吉永拓哉サンパウロ新聞福岡支局長のフジモリ・ケイコさんのインタビューを再掲載します。2011年に立候補して惜しくも決選投票で敗れている。あの頃と見違えるようなケイコさんだが、ブラジル番長のインタビュー当時と変わらない温厚で、ぽっちゃりだが、強靭な精神力と目的意識は素直さを加味してますます磨きが掛かっている父は在任中、陛下との会談で、「私は日本人の母から勤勉・正直・礼儀、そして忍耐を学びました」陛下はそれに応じて「我が国を祖とする方が貴国の人々のために活躍されていることを嬉しく思います」ケイコさんはその学を国境を超えた普遍的精神として、不特定多数の国民の幸福のために選挙を戦っている。フジモリ元大統領の禁固二十...『大統領選挙は必ず勝つ』ブラジル番長魂の叫びを聴く終章1010/3再

  • 『ケイコは必ず大統領選に勝つ』 ブラジル番長  魂の叫びを聴く  Ⅱ   10 10/3再

    フジモリ元大統領の禁固二十五年に物申す(3)写真ペルー共和国大統領に返り咲いたアラン・ガルシア氏連載②で述べたように、ペルー司法当局はフジモリ氏の不正蓄財を立証できなくなったことから、別の犯罪容疑を同氏に投げつけた。それが九一年のバリオスアルトス事件と、九二年のラ・カントゥータ大学事件である。両事件はいずれも秘密治安部隊コリーナによって、テロリストと勘違いされた一般市民が射殺されたものだ。ペルー司法当局は、そのコリーナを指揮した黒幕が当時のフジモリ大統領だったとして同氏に禁固二十五年の有罪判決を下した。しかし、この判決にも疑問が残る。フジモリ氏自身がコリーナ部隊を直接指揮したという確固たる証拠がないからだ。また、例えフジモリ氏がコリーナ部隊を指揮し、テロとの闘いにおいて少数の一般市民から犠牲者が出たとしても、時...『ケイコは必ず大統領選に勝つ』ブラジル番長魂の叫びを聴くⅡ1010/3再

  • 「ケイコは大統領戦に勝つ」ブラジル番長  魂の叫びを聴く    10 10/1再

    まさしく「草莽の一声は天下に轟く」といった章である。その筆風は、ときおり筆者に届く更生施設からの覚醒と諦観の入り混じった新世界へのいざないである。・・・「いざない」(誘い)それは大手の商業マスコミの売文の類ではなく、人の歴史の何たるかを忠恕心を添えて、しかも彼の人生にも刻んでいる。「粗であり、野であり、卑ならず」独特の下座観を以て読者に訴えかけるものは先覚者の゛言葉繋ぎ‘としての使命感がほとばしる。い「文は巧い下手ではない。時流の浮俗に迎合するものであってはならない。しかも君の至誠が遠い将来、解り得る人物の学問の糧や矜持の基になるように記す、それが文章というものだ」筆者にとっては初面の応答だった。「そのためには下座観をもって、無名かつ有力を心がけなさい」安岡正篤氏からの「言葉繋ぎ」として吉永君に伝えた。http...「ケイコは大統領戦に勝つ」ブラジル番長魂の叫びを聴く1010/1再

  • 「宮内庁ごとき」と吠える、モノ書きの浮俗事情 08 7/30 あの頃

    東京市長後藤新平に尋ねたい旧稿ですが再考のため掲載しますやはりあの時の判断は明察だった。浮俗の祀り(まつり)ならぬ、地球のドサ回り祭りの呼び屋の助っ人につかわれることに、斬然として拒っついる。まさに都政のゴタゴタを見事に推考している。また、その元にある利得権の争乱を逆睹した英明な判断でもあろう。逆睹………将来起きることを想定して事前に手をうつある時は靖国神社参拝を請い、今度はオリンピック興行の誘致運動に国の結び目としての皇室にその助力を請う。しかし「ご遠慮」の意が宮内庁職員から伝わると、先の放言が発せられた。それぞれ遠まわしにも、伝わるように要請しているが、正式に「ハレ」の場面においては要請してはいない。つまり「ケ」から「ハレ」の分別もなくモノを言い、「ハレ」も「ケ」を忖度配慮して「ご遠慮」しているものを「ごと...「宮内庁ごとき」と吠える、モノ書きの浮俗事情087/30あの頃

  • 煩雑多岐にわたる法に煩悶する現場運用官  終章 再

    20163再あの頃安保法の一連の経過の中で、学者が違憲だ、いやそうではないと、与野党の思惑をまるでなぞったように元気よく?発言している。そもそも反対する側は、自衛隊が違憲だとしつつも、課題が安保法だと、安保法案の条文に討議参加するけなげさもある。それは戦前の翼賛政治につづく国会機能の喪失、つまり海外の事件なり事変の現状追認に陥った姿に似て、良くも悪くも「軍備を持たない」という憲法の条文を、小理屈を労した既成事実として、いつの間にか与野党とも認知を前提とした現況をもとに課題が提供されている不思議さがある。世界の事情や隣国との軋轢を視て見ぬふりをして、一国平和をかたくなに守ることも智慧のないことだが、かといってここまで来たのだから、憲法を書き換えろというのも泥縄的で、憲法の意義、否、成立の過程すらも胸を張って歴史に...煩雑多岐にわたる法に煩悶する現場運用官終章再

  • 門田隆将のフルスイング  あの頃  08 2 1

    先日、門脇(門田)さんから氏の著書「慟哭の海峡」に記した台湾南部の潮音寺で慰霊祭があるので、との誘いがあった。じつは、その前に戦前の台中の霧社であった事件の慰霊にも誘われた。両方とも門脇氏が記念講話をするという。同伴する予定だった門脇氏の土佐校の先輩の諸都合もあり筆者も遠慮したため、8月2日の潮音寺は行こうと思っている。「ところで、小泉君がアナタの愛読者だと云っているが、会ったことあるのか」『そうらしい、演説でも言っているらしいが、まだ会ってない」「実は台湾映画のKANOのことで彼も関東学院野球部、アナタも少年野球のコーチで、お互いに台湾に関係が深い。できれば21世紀の枠を作って台湾選抜を甲子園に招待できないかと思っているのだが・・・」『選抜は難しいとおもうので、エキジビションならいいのではないか・・・」「とも...門田隆将のフルスイングあの頃0821

  • 人間考学  人の世はこれに尽きる  2014 11再

    人心は微かになっている。人物になじまない知識は、教養が乏しければ、一過性の、゛物知り゛でしかない。浮俗では食い扶持(収入)や優越性(地位)のための知学てはあるが、運や縁を渇望する不思議さもある。以下は我欲を抑制して、ためらわず、惜しまず、補い合う、まさに「小学」(小学校ではない)の良き習慣性でもあり、忠恕心の涵養の勧めである。力ある者は疾(と)く以て人を助け、(すばやく)財ある者は勉めて以て人に分かち、(譲る)道ある者は勧めて以て人に教う(伝える・教える)数多の宗教家や政治家がこれに類似したものを説くが、私心がある。官吏はこれを黙殺することで職に安住する、それが昨今のようだ。なぜ、このような言辞が掲げられるのか、それは人心が微かになったからである。力や財や道には人を経過することで排他性を生ずることがある。政治家...人間考学人の世はこれに尽きる201411再

  • 選挙の季節  人の口を借りる狡猾さ 14 2 再

    選挙の応援演説など可愛いもの、芸人やスポーツ選手、はたまた永田町の芸達者が出来もしない嘘話をマイク片手にがなりたてる騒乱は、おかしな主義の風物詩のようになった。候補者も有名人だが、これは人格を代表しない有名だが無力の徒だ。中にはあて馬や咬ませ犬もいるが、これは結構役に立つ。ある23区のなかで福祉には易しい(優しいではない)行政区がある。昔の官選区長は上部機関の事務取扱支所のような扱いだったが、公選という住民の選挙で事務責任者を選任するシステムになると主義も主張もなにもない、区長は神輿、区議は食い扶持担保の安定職の選抜選挙のようになった。「主義も主張もなにもない」というのには訳がある。いままでは庁内持ちあがりのトコロ天区長だったところ、それに対抗する候補者が出たときだ。一応は与党の自民党、すり寄りの公明党、共産党...選挙の季節人の口を借りる狡猾さ142再

  • 日本版 「人民監督網」 15/4

    隣国のサイト「人民監督網」は不良公務員監督ネットワークである。http://www.npo-iasia.org/archive/2014/09/china-huhai2.htmlアイ・アジアネットより国柄や民癖もあるだろうが、我が国はとくに狡猾で、゛みみっちい(小人の狭量)゛だ。懐へ入れる多寡が問題ではない、素直な欲望に順っている隣国の公務員比べで、欲の深さは変わらないが、その安定職や地位を清濁ともに有効活用してはいない。人民監督網にリークされる公務員は欲望の渦に狂騒する人民とは何ら変わることのなく視透かされる人間がいる。自分もそのようになったら、彼らと同じことをするに違いないという心底がある。だからこそ地位が昇ったり陥落したりすることにことのほか慣れている。共産党員となり、幹部になると物欲しげに手を出さなくて...日本版「人民監督網」15/4

  • 現代原発考  最晩年、安岡正篤は「これからは熊楠だ」と呟いた 12. 9/25再

    思いがけない会話だった辿り着いたもの、いや学問の必然的方向性なのだろうか安岡氏は「これからは熊楠だ」と語っていた、と御長男の妻が聴き取っている。過日、茶道の稽古をいただいている先生に一年の感謝を込めて良ならぬ雄の子の弟子が相伴にあずかった席のこと、話題が熊楠を和歌山に訪ねた天皇との会話から、熊楠が護ろうとした産土神や鎮守の杜などに及んだとき、「最晩年、父はこれからは熊楠だと謂っていた。これは誰も知らない父の言葉です」一瞬の間が空いた。驚きと感動が走った。じつは、゛南方熊楠と田中正造の人格に学べば後は付録のようなもの゛と、至るところで言い切りよく語っていた筆者だが、安岡氏との交誼において南方熊楠の話題はなかったと同時に、日本及び日本人を考える場合にこれほど体現している人物はないと思っていたからである。熊楠について...現代原発考最晩年、安岡正篤は「これからは熊楠だ」と呟いた12.9/25再

  • あの日、憲法前文を撰す     2007年12 稿 再掲載

    世情が騒がしい昔は鎮護の国といった。鎮は「しずまり」あるいは、人の逝去を「鎮す」といった。騒ぐことと,鎮まることは、考えることでも結論が逆になることがある。そんなことを鎮考すると、大船の行き先が見えてきた。畏まって記した。四方蒼海の鎮まりに在る我国の美風は、国家創立の礎として顕示されている古代律令にある矩を範として、人間の尊厳を祈護する心を継承したものである。その意思は万物隣邦の共存と安寧を謳う皇道の祈念を国維として、国民において等しくその目標のために勤めるべく、志操の涵養と互いに慈みあう姿を願うものである。それは人々の連帯と調和を司るために古人が宗とした我国の徳目である、勤勉、正直、礼儀、忍耐を基礎とした人格による徳威の修練を求め、歴史の栄枯盛衰に標された内省を鑑として、地球史に普遍な恒心の自得に他ならないこ...あの日、憲法前文を撰す2007年12稿再掲載

  • アジアンセキュリティー?への理解 09 4/13 あの頃…

    理が合う「合理」と無限大の「無理」いい加減、曖昧さ、とは今どきの合理主義との問題だが、規格化されて誰にでも納得する事柄は表層の納得事項については、ごく整合性のあるものとはなるが、異民族との関係における普遍性のある内面活性ともなる色、食、財の欲望の共通意識においては、表層をなぞるようで何とも的を得ない。いま流行り、いや今ごろ注目されている西洋の量子学にも「不確定性原理」というものがある。つまり、自然の本質は曖昧であり確定したものはない。また可能性をもつすべての状態が重なり合っている、とも説く。物理学者ハイゼンベルグは、部分の算術的総和は全体を表さない、とも説くが、それではアユンシュタイン先生の数式で表す科学的合理性なるものとは相反すると思いきや、それもそれと衝突するわけではない。つまり、あるときは滅亡や死を共有し...アジアンセキュリティー?への理解094/13あの頃…

  • 人略 地略 機略  2014 8

    よく戦略とあるが、この場合の略は「戦」をどうするか、こうするかの問題だ。この「戦」がつくと情報戦、経済戦があるが子供たちの受験戦争もある。これらは相手より、より多く、より早く、より高度な戦を仕掛け勝利することだが、なかには正対する堂々とした戦いではなく、騙し、欺き、隠す、といった狡知が「術」としてマニュアル化されているものもある。それは恒常化していると云ってもいい。たとえば、「代議士は人を騙して雄弁家という」が、先ずは錯覚させることが巧い話し方だと、妙に唸らせることが代議士の資質だと覚らせる術がある。立派な内容などは昨今の聴衆にとっては、難しくもうっとうしいことがその理由だ。その錯覚だが、暴力的武力を「勇」、詐欺的能力を「智」、贅沢を「幸」とする世情なり、成功価値を醸成する「略」が前提となるが、強者への羨望や依...人略地略機略20148

  • 男子の至誠、それは不特定多数への貢献かと 08 06/26 再

    国会図書館蔵横井小南その吟詠は明治天皇の感涙をよび、ながく侍講を務めた元田永孚は天皇の諭しの言葉を「聖諭記」として綴り、教育勅語の端緒となっている。また、幕末の思想家で多くの志士に影響を与えた横井小南の言葉を筆録している。「我、誠意を尽くし、道理を明らかにして言わんのみ。聞くと聞かざるとは人に在り。また何ぞ人の聞かざることを知らん。予め計って言わざれば、その人を失う。言う聞かざるを強く是を強うるは、我が言を失うなり」《小南は至誠と道理のあるところを、先ず示すことが自分の行為であり、相手が聞くか聞かないかを案じたり、あるいは結果を想定して言わないのは、その人を失ってしまう。強引に聞かせようとすると言う事が無駄になってしまう。相手がどのように聞こうと、先ずは言を発しなければならない》という事です。また、何故このよう...男子の至誠、それは不特定多数への貢献かと0806/26再

  • 1989年5月27日 いずれ日本は負けると・・ 10 12/21 再

    権力との関わり方である・・1989年5月15日ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長が訪中した。国内の特権階級の腐敗、米国との軍拡争いによる経済の停滞、国民の怨嗟に敢然と取り組み、その改革の端緒が開けつつあるときの訪中である。そもそも両国は共産党とは名乗っているが政治体制はともかく民癖が大きく異なる。また実験国家の如く一連の共産主義的政治仕様の試みが一応のデーター結果を集積し、かつコミンテルンという不可思議な字句を掲げ様々な民族、地域に浸透させた。一方は資本主義、自由、民主、人権、一方は解放、平等を謳ってつばぜり合いを行なってきたが、お陰で双方のお題目を食い扶持とする似非知識人を大量生産した。それは学派となり兵隊ごっこ宜しく、覇を唱えつつ国家の連帯と調和を崩してきた。彼等も錯覚学説の実験材料でもあった。それは白人植民...1989年5月27日いずれ日本は負けると・・1012/21再

  • 対支二十一箇条要求をたどり観る 2009 12 再

    20214/13日刊ゲンダイ連載で保坂正康氏が、対シ二十一カ条要求は大陸シナの植民地化と書いている。以前、安岡正篤氏道系の埼玉県東松山にある郷学研修所で保坂氏とお目にかかったとき「国際問題研究所」の私冊子をお渡ししたことがある。それは当事者から直接、佐藤慎一郎氏が聴取した内容である。泥沼化、日本軍部の横暴、北進から南進、政治の動向、いろいろ記載するも、その謀略企図や、それによる情勢の変化などは参考とされなかったようだ。国民党幹部の聴取もある中で、蒋緯国氏の記述もあるが、来日時には佐藤氏と自身の出生についての秘話など語り合っている。また、氏の著書にもある孫文と山田兄弟の逸話は、山田純三郎氏子息の保管していた資料からの転用記述ではあるが、この資料は行動を共にした佐藤慎一郎氏の膨大な資料の一部子息に寄託されたものであ...対支二十一箇条要求をたどり観る200912再

  • 国を蝕む汚れなき罪 「四患」から「五寒」へ 2015 3

    郷学研修会卜部皇太后御用掛その現象は聖書の預言ではない。しかし人間の行いは著しくその傾向に進む。たかだか人間の考える経済学や政治学の学びや将来の推考には、先ず以て表れない。また、それさえもその一群の監視に近い眼によって判別され、なかには巨大な力が唯一護ろうとする意図を思い測っての忖度表現しかない。この国では大手を振って歩くには、ここさえ触らなければ、という不文律がある。見世物屋台のように並べられるものに人々は目を奪われ、外に向かってはODA、TPP、宗教戦争、拉致、防衛、内では原発、介護医療、環境、農協改革、人々の学びは資格となり、情報取得は財利の種が多い。ことはそれをコントロールする一群の問題だ。これに触れると、どこからともなく見えないが煩い漂ってくる。それは国家が護持する人間の尊厳を著しく毀損する姿であり、...国を蝕む汚れなき罪「四患」から「五寒」へ20153

  • 人間考学   天涯孤児の人情と許す心

    イメージは上海郊外アカデミックに考えるものではないが・・・。人間は産む本能と備わった器官、あるいは性欲にいう男女交接の歓喜は、なかなか口舌に挙がることは無いが、まつわるハナシや五感を触発する成果物(著作、映像)は数多創造されている。人生の潤いにおいても大切なことではあるが、秘めた心情はより増幅した想像を生んでいる。斯様にもってまわった言い回しだが、あからさまに性交の誘惑や歓喜にまつわる話題を秘めた仲間以外には話すことはない。ただ、視界に思いがけずに飛び込む異性の衣服の乱れや、誘惑されるわけでもないが勝手に妄想してしまう欲望の衝動は男女を問わず覚える程好い緩みの一時であろう。そこまでは至極よくある秘めた情感だが、同棲、結婚、生活、離婚という状況に置かれると、飽き、抵抗、排除と動物のバーバリズムというべき理性とかけ...人間考学天涯孤児の人情と許す心

  • 諫鼓鳥(かんこどり)運動の提唱 2015 3

    以下は台湾外交部(外務省)の亜東太平洋局周學佑副局長との表敬応接での会話です。(伴)この前、閑古鳥が鳴くという格言に興味があって調べたら、本当は諌鼓鳥、諌める鼓と書くのね。メイヨウカーレン(没有客人=客がいない)ではないことが分かって面白かった。(周)本当ですか。(伴)堯舜の時代に自分の政治が悪かったらこの太鼓を鳴らしてくれといったそうだ。ところが、人民はその政治に満足していたので誰も太鼓をたたくものがいなくて、そのうち、太鼓に鳥がとまるようになったという話だ。(周)理解できますね。チエンクーチー(諫鼓鶏)。(寶田)(日本の)総理官邸と総督府に太鼓を置いたらいい。。誰も鳴らさなければそれでいい。(伴)日本でも市役所とか役場の前に置けばいい。諌鼓鳥運動やりたいね。ひどいところは朝から晩までたたけばいい。諫鼓鳥(かんこどり)運動の提唱20153

  • 安岡正篤と吉田正の奇縁 2007 10 あの頃も

    「土壇場の二人」ひとりは教育者として、ひとりは作曲者として戦後をリードした人物である。昭和二十年の敗戦の間際に、くしくも同じような感慨で日本を眺めて将来の日本人に期待と激励を送っている。一方は国内で、もう一方は満州の地で「異国の丘」という歌によってメッセージを述べている。吉田正。明確な旋律と日本人の鼓動にあうリズムで数々の作曲を手掛け、しかも流行歌という時節感の的確な観察で、時々の民情に阿諛迎合することのなく、かつ聴衆の中の“さわやか”とか“すがすがしさ”を自然に発見し、表現できるような人間学歌謡というべき楽曲を多く作り上げている。近ごろでは繰り返される歴史の現実なのか、当世の状況に逃避する事なく生活している人々にとって目を覆うような出来事が経済、政治、生活の危機的混乱として現れている。刹那的にあきらめをもって...安岡正篤と吉田正の奇縁200710あの頃も

  • 天下り「前官礼遇」安倍君の眼を外に向けろと釜炊きは言う 14 6/2 再

    逗子の海2018年の掲載ですが、登場人物は変わっても内容はより狡猾になっている。煩い上司は外で遊ばせろ、トモダチ作りは土産を持たせて配れば気分は良くなる。担ぐのは軽くてパーがいいと誰かが言った。維新期の有司専制がお飾りの議会を作ったが、戦後民主主義といえどその維新期の有司(官僚)が首を引っ込めたり出したりしながらバチルスのように繁殖している。まだ維新期の元老を輔弼として天皇権威に繋がってしていたころは、いくらか国家意識はあった。なによりも混乱期の苦労人がいたせいか下座観もあった。戦後は始末の悪いことに戦前制度は悪と断罪したかのような教育によって、短絡的かつ合理的とも思える基準によって、ものごとの選別する思考となった。また専門分化して技量は増したが、技能が衰えた。技術・技能だがオートメーションのラインで個々の作業...天下り「前官礼遇」安倍君の眼を外に向けろと釜炊きは言う146/2再

  • 博打は最後に親が得する 11/11あの頃も

    津軽黒石の秋降ってわいたようなTPPという横文字が騒がしいが、養殖ドジョウも池に餌を投げ込むと水面が盛り上がるほど絡み合い集合するその池も養殖主の気分次第。餌もそれしかないからドジョウも腹に入れるだけで選択肢がない。「豚も太らせてから喰う」というが、養殖は繁殖させて太らせる、しかも捕獲の網目は徐々に細かくなってくる。餌は果たして毒か薬か、この仕込みは擬似餌も紛れ込んでいる。毒だったらとしても「しかたがない」「ケガと弁当は職人持ち」がこの国の民癖のようだ。囲い池の育ちのせいか四角四面のようで興味と迎合が強く、意外と内弁慶であるその話にも毒ッ気がある。近ごろは試すこともなくなった「毒味」がある。ドジョウもそうだが並べた料理に毒が入っていないかどうか、あらかじめ料理人が作ったものや献上品の毒味をすることがある。あの満...博打は最後に親が得する11/11あの頃も

  • 警備から民生に 警察官僚との不思議な邂逅

    陛下の祷りに恥じない権力の姿とは・・・・世の中は目的は定かではないが縁によって逍遥することが多い。逍遥とはそぞろ歩きのようだが、地位や名利などの利得などに関知しなけれは縁は多くの果実を運んでくる。つまり成した人物との邂逅(出会い)が不思議と巡り合い、また己次第では多岐にわたる交流も波のように寄せてくる。利得に関知しなければと記したが、ここでは不特定多数のり利福に役立つ知力なり威力が積層され、組織にも、組織の持つ意義にも有効性を持つ関係がある。ここでは様々な交流の一端において縁があった治安関係者を想いだして、備忘録としたい。また、面前権力としての治安関係者が、公務員として上部権力や組織維持に指向することなく、国民の不特定多数の安寧を守護する存在として具現できるか否かを交流や人物観の座標として、浮俗の関係者にある阿...警備から民生に警察官僚との不思議な邂逅

  • 満州国日本人軍官吏 土壇場の醜態    07 7/8稿 再

    写真の左右は満州経済界の大立者王荊山氏の遺子である。満州崩壊の折、多くの難民となった日本人に馬車百輌に荷を満載して提供してくれた王氏は、「あなたも敵国民にこのようなことをしては捕まる、逃げなさい」との促しに「私は貴方方日本人が満州において行った立派な行動を知っている。悪い人もいたが、それはどこにでもいる。わたしは人間として当然のことをしたまでだ。心配しなくてもよい、無事日本に戻りなさい」その後、進駐してきた軍に処刑された。以下本文これでは偽満州といわれても仕方がない・・・・・歴史から学ぶ教訓として、有史以来はじめて異民族の地に国家を創立した満州国の土壇場の醜態がある。五族といわれた異民族の協和を描いた壮大な事業であったが、その究極にあった一部日本人の醜態は、異民族に日本人そのものを問いかけるものであった。逃げる...満州国日本人軍官吏土壇場の醜態077/8稿再

  • 高杉晋作に観る直感と潤い

    瓦版屋出身の物書きなどが小説という種別の手法をもって多くの歴史人物を書いている。それらは種本の収集から、商業出版の売れ筋に沿った校正、とくに現代人に合わせたひらがな、装丁によって、当時の浪人、無頼漢、いまでは反体制運動化、テロリストと呼ばれそうな人々を英雄像にして飾り立て、その気概、思想、行為、人間関係を記している。まさに見てきたような嘘が本当になってしまう滑稽な姿だが、物書きが文化人、教育者にたとえられる時代には文中の先覚者も程よい飯の種になっている。振り返る先は敗戦前後、明治、戦国時代が多いようだか、総じて雄の子の文化が昇華したころの逸話である。そのなかでも明治維新の前後のエピソードは多くの俄か研究者や同好会の絶好の逸話物知り交流会として閑居を補っているものもある。筆者もその端類だが、群れで合議して定説を創...高杉晋作に観る直感と潤い

  • 日本型 官僚社会主義の呪縛  そのⅢ

    桂林の子供達昇(しょう)官(かん)発(はつ)財(ざい)官吏は昇進するたび財を発する、また民はそれを嘲りつつも倣うものだ己れ自身を正すことなくして、天下万民を指導することはできない。私利私欲を抑えながら天理と一体になってこそ、万民の意に添うことが出来るはずだ・・・日本の経済繁栄と同時に、公々然として氾濫しているのは「偽私放奢」だ。これを除かなければ政治を行おうとしても、行う方法がない・・(文中より)佐藤慎一郎先生寶田時雄対談清話より平成5年作製《昇官発財》とは学問の目的は「財」にあり。学問するところ地位があり。地位あるところ権力と財を発す。そのさⅢ本文(8)民衆から見た官吏孔子の弟子F曽子」(前506年~?)は「官は、宦成るに怠る」(小学)と言っている。官吏は、その地位や役職が安定してしまうと、とかく怠け心が生じ...日本型官僚社会主義の呪縛そのⅢ

  • しばらくすると、重くなる・・・

    東京裁判のパル判事の言葉を想いだす。≪時が熱狂と偏見が過ぎ去った暁には、女神は秤の均衡を保って賞罰のおくところを換えるだろう≫以前、ある音楽オーディションに審査員として招かれたとき、思いもかけず電動車椅子に乗った応募者がいた。応募曲は演歌だったが間奏のセリフが審査員を泣かせた。それは彼女の身体が涙を助長させたようだ。もともと芸能人を希望するスクールだが、そこに身体的特徴もものともせず応募する彼女の意志が複雑に絡み合ったゆえの涙でもあった。宮崎生まれの二十代。両親は離婚し母とお祖母ちゃんに育てられた。出産時のトラブルで全身麻痺、言葉も明確さはなく頭部も揺れるが音声は大きい。これが私の特徴だとしたら、歌手も紅白も夢ではないと考えている。いやたしかに特徴である。多くのプロは異形、奇形の特徴をあからさまに発揮してその世...しばらくすると、重くなる・・・

  • アメリカよあれが文明の灯だ Ⅶ

    既に、敗北、和平を予期して、鈴木貫太郎元海軍大尉の首班内閣が成立した。昭和二十年四月七日アメリカ空軍の軍事基地以外の、一般住民地域と市町都市の絨毯爆撃、焦却爆撃、猛攻中だ。アメリカでは総指揮官でもある、大統領F・D・ルーズベルトが、死んだ。別荘で―侍していたのは、夫人でなく、愛人―秘書であった。無論大慌てではあるが、もう勝利は目前ということで、全てスムーズに運び、依然、日本絶滅作戦の方針も、戦闘も変らない。むしろ一層酷烈になった―トルーマン政策―この時、ナチスドイツではヒトラーはじめゲッベルス宣伝相は、ラジオ放送を通じて、辛辣、無礼、罵倒を以て、これを傅へ、一層の抗戦を煽った。日本では―新聞も、一般国民大衆も、冷静で、ほとんど無感動に近かった。(当時の新聞は資材も逼(ヒッ)迫して、ほとんどタブロイド版一枚裏表刷...アメリカよあれが文明の灯だⅦ

カテゴリー一覧
商用