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まほろばの泉 https://blog.goo.ne.jp/greendoor-t

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集

まほろばの泉
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2015/01/13

1件〜100件

  • 数寄屋橋の鬼に酔わされた

    教員免許など無用大学校にて「大学の道、明徳」自身の徳(特徴や意志)を明確にする学び舎(大学校)で、自己を語る。2008記赤尾敏氏を知っているだろうか。この様な書き出しは筆者の出自や思想を云々されそうだが、その云々の無用さを赤尾氏のエピソードから記してみたい。銀座数寄屋橋の街頭で、通称、街宣車(ガイセンシャ)の上で仁王立ちになって演説していた民族運動家である。筆者は赤尾氏の自宅兼道場に伺ったことがある。たしか知事選に立候補した時の選挙の真っ只中、夕刻の7時であった。紹介者とはいっても、安岡氏と懇意な岡本義雄氏である。「赤尾さんに会いに行く、君も来なさい」いつものことだった。強引にも筆者を文京区白山の安岡邸に誘い込んだのも、今回の赤尾氏に連れて行ったのも岡本氏である。好奇心もあったが、そのたび明治人に面白いよ...数寄屋橋の鬼に酔わされた

  • あの時の参議院選挙

    「国賊的な政治家には投票するな。しからば選挙に行かないように」と、投票棄権を唱えた08/9再20166月再掲載1月29日のコラム「数寄屋橋の鬼」に記されている、゛老人゛について語りたい。拙宅の近所に住んでいたが、起縁は小会(郷学)でジャーデン・フレミング証券のアナリスト、ニックエドワーズ氏を招請して講演会を催したときに参会された時からだ。たしか今を想定して投機についての歴史的経過と、その危険性についてだった。その後、毎日のように来訪され漢文詩や自作の啓文を持参して戴き、以来多くの時を過ごしていた。或る時「前記コラムと重複するが、安岡正篤氏(当時、会うまでは知らなかった)の自宅である文京区白山に連れて行かれたことがあった。また多くの著名人との懐古とともに筆者を同行して熱論、激論を拝観させていだいた。また、毎...あの時の参議院選挙

  • 聖徳太子の心配事は当たったか  09 3/06 再

    「「紐帯の結びの重し」皇居内お休み処このところ中央地方を問わず金と異性と失言などの問題で毎日のように紙面を騒がしている。そこへきて重要議案に口角泡を飛ばして争論に励んでいるようだが、定数や待遇については口を封じて与野党同衾している。国民は野暮な旅芝居を見ているようだが、ときおり女形ならぬ行儀の悪い男のような女性議員の登場で回り舞台は観客は惑わされる。安岡正篤氏は書斎の雑談でつぶやいた。「今どきの政治家は人物二流でしかなれないようだ」あれから四半世紀、二流から三流、そして埒外が増殖している。金をごまかし、平気でうそをつき、不倫もする。選んだあんたが悪い・・!と嘲られるが、もともと党の旧字は中が黒だった。つまり黒をかんむり(賞)すると古人は揶揄する。白黒といえば黒は悪人だ。善党はないが悪党はある。その悪党が多...聖徳太子の心配事は当たったか093/06再

  • 総理・・? 俺たちが当選しやすい看板なら誰でもいい

    青森県弘前市子供議会いつ頃からか議員の資質評価が変わってきた。同時に論議も騒がしくなり、答弁は稚拙で反論もまるで地裁の法廷のような弁護士と検事の応答のようになってきた。それにつれて党首は選挙の顔として実像はともかく、有権者受けする顔と弁舌良し悪しが有効とされてきた。顔は学問や体験で集積された出来上がった容貌ではなく、だだ、器官の位置が整った程度で、弁舌は、まさに舌が言う「話し」ばかりで、吾(自身)を言う「語り」などなく、古人が揶揄した「政治家は人を騙して雄弁家という」そのものになってきた。マスコミとて江戸の瓦版屋が記事の束を振りかざして台の上で庶民の耳目を集める口上を大声で叫んでいたが、政治家も似たようなもので、話す内容は聴衆の興味に合わせて難しいことは云わない。そのせいか聴衆にとっては難解だか、社会や国...総理・・?俺たちが当選しやすい看板なら誰でもいい

  • 日本型 官僚社会主義の呪縛  そのⅠ 2018・4

    日本型官僚社会主義の呪縛犬も歩けば棒に当たるというが街中を歩けば懐かしい顔に出会う。そのたび数多の縁を想いだし、会釈されても顔すら忘れていて通り過ぎ、心中で詫びることもある。ときには視線を察することもある。しかも首の可動範囲の左右斜め後ろまでの察知範囲だが、そのときは左右に振った視線の左端にその男はいた。父親はノンキャリアの厚生官僚、それゆえ悲哀をかこっている母親は息子に東大を望んだ。だが数値選別に届かなかった息子は慶応に進んだ。それでも母親は忸怩な気分だった。母方は家族は国立大学卒の教員など地方ではキラ星の家系、母も高等女学校卒、ゆえに亭主のノンキャリ、息子の私大に対する母の心中は偏執そのものだった。それゆえか、息子は都立高校在学中に学生運動の先頭を切っていた。当時の学生運動は権威らしきものに反発し教員...日本型官僚社会主義の呪縛そのⅠ2018・4

  • 「人間考学」 選挙、その笛を吹く人たち   9 1/11 あの頃も

    林檎の花「笛吹き」といえばハーメルンの鼠捕りが思いつく。色とりどりの服装で鼠捕りを請け負う笛吹きの物語だ。笛に浮かれ誘き寄せられた鼠が川で溺れ死ぬが、市民は笛吹きに報酬を支払うことをためらったために、子供達(130人)を笛で誘い洞窟におびき出され二度と帰ってくることはなかったという悲劇が記されている。今どきのマスコミ表題では、゛鼠捕りの報酬を払わなかったために笛吹きは怒り、130人の子供達を拉致した゛と事件は踊るだろうが、その末尾に助かったのは足の不自由な二人と盲目とろうあ者の四人であると記事が結ばれたら趣は変る。ハーメルンの笛吹きについては多くの隠された歴史がある。ペスト患者の隔離、十字軍の徴兵、あるいは開拓者として植民地に向かった、など様々な説が「鼠捕りの笛吹き」によって追い立てられ、誘われ、連れ去ら...「人間考学」選挙、その笛を吹く人たち91/11あの頃も

  • 問題は、゛欲張り゛と、゛無礼゛という民癖 2010/5再

    友人の園田さんが自らのブログで「権藤成卿『農村自救論』公同の概念」を転載して八百万の神の合議こそ和製民主主義だと持論を述べている聖徳太子のころの十七条の憲法も簡潔だったが、当時はいちいち説明責任や近頃の法匪や走狗に入る弁護士や知識人の類の食い扶持詭弁となる、゛法の解釈゛とかいう解釈論なる「奇合理」はなかった。それら比べ当時は、立法する側も、応ずる側も素朴で自然的な共通した情緒があった。「そもそも」という言葉があまり聴くことのなくなった世情に、そもそも「法」とは、あるいは「矩」や「則」で表わされていた自己と他人かが厳存する世の中における欲望の範囲と制御を簡潔に考えてみることも一考かとおもう。ちなみに十七条の憲法は、官吏の怠惰、堕落、腐敗こそ、人間の尊厳を毀損するものとしてそれを戒めている。まずは、「遅刻、口...問題は、゛欲張り゛と、゛無礼゛という民癖2010/5再

  • 衰亡の歴史を感知する習近平氏の国内政策 ②

    虎視眈々と清朝の利権獲得を狙う列強諸国≪毛沢東主席はスターリンとの緊張した会談で原爆のことに触れて、『たとえ落とされても、人民の半分四億は残る』と応えたと逸話がある≫ここでは昨今の米中、中台の情勢や、中国の威武(経済力、軍事力)を現示的行動として伸長する問題から離れて、経国内治について簡記したい。それは、たかだか人間の努力次第で数値があがる経済力、軍事力ではなく、人心の統御(人民の放埓を防ぐ)が真の国力の基盤として表層の経済、軍事を支える深層の国力として民情について考えてみたい。それは、銘酒の名でわが国でも知れ渡った老子の「上善如水」にいう最善な人間の生き方にもよく表れている。その擬人化した水の生き方だが、本(もと)は循環であり形の定まらないものだ。だが、方円や四角の器(環境)に順って納まり、渓流は平地に...衰亡の歴史を感知する習近平氏の国内政策②

  • 衰亡の歴史を感知する習近平の国内政策 ①

    物事は、是は是,非は非と分別されなければならない。ロシアや中国の行うことはダメ。米国や西欧圏の唱えることは善。あるいは独裁国家だから自由がない国民は可哀そう、自由のある米国や日本は幸せとの感覚も同様にある。もしも、そのような印象でみれば、努力更新すらすべて歪んで感覚でしか見えない。筆者がはじめての訪問時に遭遇した天安門事件の頃、日本の印象は、汚い、遅れている、自由がないと。あるいは戒厳令下の小学校訪問での印象を説明した際のこと、休み時間は文具か机の右側に揃えられ、パソコン教室は種類の異なるメーカーのディスプレイに白い布で覆われ、整理整頓、清掃が行われていた。なによりも教師に対して尊敬し従順だった。天安門では「下台」(腐敗した高級幹部は辞任しろ)だった。デモの学生はビラを配布して庶民は大事そうに受け取り読み...衰亡の歴史を感知する習近平の国内政策①

  • 「五寒」 生じて国家無し   08  あの頃

    [亡国とは]“亡国は、亡国になってはじめて亡国を知る”と言います。国家の三要素である「領土」「民族」「伝統」を司るものは「人間」です。清朝末期の読書人(知識人)、梁巨川の殉世遺言録の校録者であり、朝野の知識人の隠れた導師であった景嘉は「人にして人でなくば、国は何で国と成りえようか」と述べ、序文において「世界で発生するあらゆる問題、及び一国一家に生ずる一切の問題は、実は人の問題とは切り離せない」と、いうことである。そして人の問題では、「とくに東洋の伝統が主張する人格の問題がとりわけ重要である。人格、人心、信義の重要さを知り、特に精神の独立、人格の独立、出たとこ勝負と己を偽り相手に従うことの不可、強いて相手を従わせることの不可を、心の深奥な所で反省することである」と、亡国に立ち至る人間の脆弱さを指摘している。...「五寒」生じて国家無し08あの頃

  • 日中の縒(より)をほぐすために、各々の民は・・・2010再

    以下、イメージは桂林近郊あるべき姿の関係に解(ほぐ)すことである。わら縄をよるには両手で二本の藁を掌でこすりながら一本に縒りあわせるが、はじめの二本の藁も数本を束ねたものを掌を拝むように縒り、さらに二本にするのだが、それぞれ一本の藁が縄になるには数十本必要になる。その縒られた縄は神前の注連縄(しめなわ)にもなり、罪人を捕縛することもある。人間関係を縄の縒りにたとえれば、あるときは同盟や友好の絆となり、縒り方が悪ければささくれた関係になり、時には戦争になったりもする。注連縄のように毎年新規更新する条約ならまだしも、手入れもなく古くなれば朽ちて融解することもある。それは民情のように潤った風、乾いた風によって更新の方法や条件も変わることでもある。縄つくりも多少湿り気のある藁のほうが縒りもシッカリしているという。...日中の縒(より)をほぐすために、各々の民は・・・2010再

  • いずれ日本は負けると・・ 1989 年北京 あの頃

    無関心な民と関心意識の豊かな民の問題でもある。以下は権力との関わり方である・・1989年5月15日ソビエト連邦のゴルバチョフ書記長が訪中した。国内の特権階級の腐敗、米国との軍拡争いによる経済の停滞、国民の怨嗟に敢然と取り組み、その改革の端緒が開けつつあるときの訪中である。そもそも両国は共産党とは名乗っているが政治体制はともかく民癖が大きく異なる。また実験国家の如く一連の共産主義的政治仕様の試みが一応のデーター結果を集積し、かつコミンテルンという不可思議な字句を掲げ様々な民族、地域に浸透させた。一方は資本主義、自由、民主、人権、一方は解放、平等を謳ってつばぜり合いを行なってきたが、お陰で双方のお題目を食い扶持とする似非知識人を大量生産した。それは学派となり兵隊ごっこ宜しく、覇を唱えつつ国家の連帯と調和を崩し...いずれ日本は負けると・・1989年北京あの頃

  • 「人間考学」 人の心の進む方向を知る 2014 12 再

    それはコンビューターの2000年問題が起きる以前、今から16年前のことだった純朴で稚拙な童のころに目にした西洋の章を想起したその結果は民族固有の暦(カレンダー)を亡きものとして西洋歴に収斂される企てだと、後で知った。人々の成功価値は数値による財貨に向けられ、そのグランドも降り注ぐ「情報」という案内(インフォメーション)に先導され、ハーメルンの笛吹の逸話や羊飼いの群れのように、笛や一頭の牧羊犬に従順となってきた。掲げられた「民主と自由」によって人々は仮装した自由を疑いもなく受け入れ、嬉々として民族の連帯を解きながら個別から孤独への道に迷い込んた。国家は融解し固有の情緒も崩壊した。戻るべき所もなく、唯一偶像視する財貨の欲望に狂騒し、為政者の執る政治すら無意味なものとした。それは、気がつかないように、いや気がつくこと...「人間考学」人の心の進む方向を知る201412再

  • 選挙ポスターはいつから笑う(嗤う)ようになったのか  10 7/28 再

    あの頃と同じく変わらない後藤新平古臭い考えかと思うが・・・街中のいたるところに掲示されている選挙ポスターだが、今どきはデザインも印刷もナカナカのものである。そして多くが歯を晒して笑っている書きモノの中身は公約が姿を消し、マニフェストやらアジェンダと゛盗って?゛つけたような異文化の文字が約束事として羅列されている。この横文字で有権者の大部分は半知半解のマジックにはまってしまう。昔は「国つくり」「まちつくり」が脚色され、゛お年寄が安全に暮らせる゛゛夢と希望の描ける゛など、曖昧だがどこか納得させるものがあった。近頃では具体性と説明責任が加味され医療や年金、雇用が細かく謳われるが、これもあてにはならないことを国民は承知している。今は「安心・安全」だが、これも易しいが、優しくないちなみに防衛や外交は票にはならないと語らな...選挙ポスターはいつから笑う(嗤う)ようになったのか107/28再

  • 人間考学  君は手を差し出して貰えるか  8 11/20  あの頃も

    孤立無援、国会で粛軍演説を行なった斉藤隆夫タダでくれるものには、意味がある。それが乗数効果という国民を相手にした投資なのだ出したら回収することは銀行も同じ手法だ。以前、別枠信用保証があった。中小商工業者は競って借りた。借りた途端、金融機関は今までの負債と相殺した。数兆円の資金は真水といわれる使える資金ではなくなった。しかも金融機関は日銀に還流したが政府保障貸出金より多くの資金が日銀の金庫に回収された。エサを撒いて大魚を釣ったのだ。流動資金は枯渇してサラ金、商工ローンへ追いやることになった。この政策で助かったのは金融機関だ。だが貸借バランスは良くなったが、国債は買わされ、これもエサになった。天邪鬼の屁理屈だが、金をくれると云われた時の人間の姿を考えてみた。まずは、民主の時代の政府と国民の関係におかしいと思わないか...人間考学君は手を差し出して貰えるか811/20あの頃も

  • 人間考学の提唱  小学より「潜在するものを観る」 

    冠位褒章歴ナシ、記すべき官制学校歴ナシ、数多の成文あれど商業著作ナシ世俗無名に座し、と教えられればそれに随い、貪るな、と諭されれば貧を悦こび、枯木寒岩を装いつつも、浮俗に浸ることを一片の学として朋と遊び、時として独り逍遥しつつ清風の至るを悦しみ、齢を重ねている処士なり。頑迷の誹りあるも、学ぶ処、唯、先人万師の追隋なり寳田時雄著「天下為公」自歴より致知出版社所沢木鶏倶楽部依頼講話https://www.youtube.com/watch?v=UO0lQkpPk94(財)郷学研修所安岡正篤記念館寳田時雄講話https://www.youtube.com/watch?v=V-KOP9uItA8郷学研修会当初の構成http://kyougakuken.wixsite.com/kyougaku/blank-1売文ではなく...人間考学の提唱小学より「潜在するものを観る」

  • 政策停滞の因は官吏の「四患」にある 2016 あの頃も

    国民にとっては安倍さんの繰りだす政策(対策?)は、目先を変える手段として慣れているのか、一部の口や筆を生業とする人たちを除いて興味が乏しい。゛いつの間にか゛だが、思索と観照力が衰えた人々は政策や対策の内容さえ的外れに評論を繰り広げている。経済は株価と為替と物価とはいうが、安倍さんの対策で効果が有るかどうか、あるいは自分たちの生活にどんな利得や安心が頂けるかなど、欲望のコントロールが難しくなった強欲資本主義や人権や平等、そして民主と自由が加味されれば、まことに珍奇な味わいのある社会が姿を現したことへの戸惑いがあるようだ。だから数値でしか語れない政治になったのだろうが、安倍さんに誰かが囁くその数値は、安倍さんそのものが検証するすべを持たない。つまり安倍政治は「口耳四寸型」の政治なのだ。口耳四寸とは、耳から入った奇妙...政策停滞の因は官吏の「四患」にある2016あの頃も

  • 台湾道中記 

    側近山田純三郎孫文台湾国旗筆者の台湾渡航は足かけ三十年になります。その訪台の駆け出しのころのことだが、まだ日本語世代も五十そこそこ、色々な話が現実の情景とトレースするかのように、実感として受け入れられた時代でもあった。後藤新平台湾民生長官冗談も通じたが、「むかしの日本人はそんな行儀の悪い人はいなかった」と、日本人旅行者が遠慮なく叱られた頃でもあった。その日本語世代を教えたのは明治の日本人だった。いまでも九十代の元気盛りの古老にはその気風が残っている。その方々と再会するのも旅の目的ともなっている。前列二人目90才97才87才の日本語世代高雄「仁愛の家」また、庶民は政治との間(ま)の取り方を熟知している。「赤も青も政権に就けば同じだね」国民党。民進党の党色そんな感想を聴けるのも夜市や朝市の雑踏のなかのことだが、邦人...台湾道中記

  • 師弟の淡い交わりと烈行 08/2再

    老人の名は岡本義雄という。奈良の石屋の大店に生まれたが、両親とは死別、兄弟も無く、遺された財産(店、営業権、工場)とともに親戚に預けられる。岡本義男氏先ずは子守だった。まだ明け切らぬうちに起きて鞴(ふいご)作業である。石工に使う鉄製道具を手入れする火おこしである。あるときかまどの傍にお金が落ちていた。子供ながら大金である。岡本は訳もわからず、いや辛苦ゆえの「マ」なのか少し離れた目印になる石の下に隠した。毎朝、ふいご番をするたびに石の下を覗いていた。何か安心と不安が入り混じったという。或る日、いつものように覗いたら隠してあったお金が無くなっていた。そのとき、ホットしたという。そしてこれからは自分を欺かないことを誓った。その隠している苦しみは自身を不安にさせ、あるいは悪心に慣れさせてしまう一種の怠惰を感じたという。...師弟の淡い交わりと烈行08/2再

  • 本当の姿を出したら、と言われて久しい 18/3

    以下は屁理屈だと人はいう人の人生経過はセミや蛇のように脱皮する。しないものもいる。何のことはない暗黒の大宇宙の一塊の誰が名付けた太陽系の親星に近い三番目、地球の表皮に四季のある稀有な地域の環境に順応したと思えば、それも然り。天下思想という生き方のある中国では他人と接するときに「逢場作戯」という妙手がある。「あなたの素晴らしい御高名はこの国でも有名です」大げさとおもっても、普通の日本人なら舞い上ってしまう。これで外交は先手が打たれる。その後に小声で、「ところであの人物は何という名前」これは本当にあった話だ。在中国三十年、北京語が流暢な佐藤慎一郎氏が高官と会った際の逸話だが、佐藤氏は北京語を分からないと思っていたのか、廊下で部下に尋ねていた話だ。たしかに前段では気分悪くないが、その都度、人と逢う場面で己を偽ることは...本当の姿を出したら、と言われて久しい18/3

  • 「Hong Kong」 より 満洲人脈との邂逅

    「HongKong」より抜粋新橋駅の土橋側、整形美容で有名な十仁病院の並びに国際善隣ビルがある。8階建ての古びた建物だが、大家である国際善隣協会が上層階、階下は事務所テナントである。協会は満蒙援護と中国との善隣友好を掲げ、その資産は満州国の在外資産、つまり内地日本にあったものを戦後のドサクサで取得したとか、しないとか。これには秘話がある。戦後の満州は国民党の勢力圏にあった。領袖である蒋介石は辛亥革命の先輩である山田純三郎に対外財産、つまり内地資産の処理を山田に委ねていた。その一つがあの堀端にある幸徳会館た。それがどのような経過をたどったのか三井の所有になっている。酔譚に佐藤慎一郎氏が語るに「満州国の財産は日本国内にもあった、土や建物も債券や物資もあった。みなどさくさで掠め取られたが、これにはワケがあって、満州国...「HongKong」より満洲人脈との邂逅

  • 官吏の面子は国民の善意を覆うのか 08.11/11 あの頃

    11月23日金鶏神社社稷祭郷学研修所内以下は四国新聞11/10の記事である《愛知県安城市の市道交差点に本物そっくりの偽の一時停止標識を設置したとして、愛知県警安城署は10日、道交法違反(道路における禁止行為)の疑いで、近くに住む建築設計事務所経営の男(55)と同県豊田市の従業員の男(27)を書類送検した。調べでは、2人は7月30日夜、市道交差点に、工場などで使用する市販の一時停止標識を勝手に設置した疑い。調べに「(交差点で車がスピードを出すと)子供が事故に巻き込まれる恐れがあり、危ないから設置した」と供述したという。同署によると、2人はほかにも近くの進入禁止標識2枚が汚れていると判断し、新しい標識と入れ替えていた。標識3枚の購入代金計約2万6000円は自ら負担していた。安城署は9月下旬から10月上旬にかけ、偽の...官吏の面子は国民の善意を覆うのか08.11/11あの頃

  • 覚悟のない人たち あの頃と今

    たとえば、あの頃のIOC委員の記者会見での感想である。どうも釈然としない。そう考えても決して天の邪鬼だとは思わない。だだ、オリンピックがイベント興行となった現在、それら狂騒する人達とは異なることを恐れない、と思うだけだ。以後、決定されるまで半年間も生煮えの迎合をしなくてはならないらしいが、あの小沢一郎氏が総裁候補である年嵩のある三人の政治家を呼び出して面談して時に似て、IOCもどこか慇懃無礼な振る舞いだ。あのときも、一過性の恥もしくは厚顔ゆえか、総理を目指して哀しそうな笑顔を振りまき呼び出された政治家は、男子の誇りさえなかった。決定したとて自主性もない事は目に見えている。流行りごとなのか、総理まで呼び出して似合わん英語をたどたどしく使って開催を請うさもしさは眼を覆う恥態だ。これぐらいならいいだろうと殿下のお出ま...覚悟のない人たちあの頃と今

  •  東條英機口述遺言  08/6再

    実直で生真面目な宰相だった・・花山氏(巣鴨プリズン教誨師)東條英機氏のお孫さんの由布子さんは、よく「祖国」という言葉を発する。今どきはビジネスの蓄財グランドや利便性で国家を選択するむきもあるが、「祖国」の深遠なる問いかけに感応することも少なくなったようだ。戦後「東條が悪かった」「軍閥のボス」と国民怨嗟のはけ口として「詰め腹」を切らされたように思われた東條氏だが、実のところその先が意味不明、はたまた意識外に置かれたような人物だが、昨年の参議院選挙での由布子さんの立候補で新たな印象が描かれつつある。「語るなかれ」東條家の決まりごとだが、近頃海外からのメッセージが発せられるようになった。とくに英国の二百年にわたる植民地を打破し、戦うことによってアジアを回復しようと連帯したインド国民軍の指導者スバス・チャンドラ・ボース...東條英機口述遺言08/6再

  • イザベラ・バードを想いて、逍遥の風 08・9

    イザベラバード女史は雇用した日本人のお供をつれて、日本のいたるところを観光、いやこの頃は探索といってもいいだろう、そのような旅をしている。きっと、そのとき見た瑞穂の国の黄金色のウエーブだったろうと、暫し筆者も足を止めた。ここは秩父に連なる名も無い山の中腹だが、秋はこんな風景を見せている。イザべラは各地の様子を詳細に手紙に記して母国の妹に送っている。もちろん、お供の日本人のフンドシ姿も興味深く記している。行く先々の宿場で興味深げに集まる日本人の姿も記しているが、ことのほか異国女性の一人旅でも不思議?と安全だと驚いている。外国名は失念したが、お彼岸には必ず花を咲かせる彼岸花(別名まんじゅしゃげ)は妖艶で可憐で、奇妙な姿をしている当時は北海道の開拓集落で行なわれ始めた酪農だが。ここでは山歩きの牝牛たちの行列である。こ...イザベラ・バードを想いて、逍遥の風08・9

  • 秋山真之の母の手紙と 「・・・一家全滅するとも恨みなし」

    20224/16AP電ロシアはウクライナ南東方の要衝マリウポリの侵攻に於いて、「これ以上抵抗をするなら全滅させる」との声明を発した。数年前、「肉体に浸透し自得する」との講題で防衛関係の幹部指揮官に伝えたことがあるその例題として、教官の心得と、その勇気ある智慧と行動のもととなった、秋山好古,真之兄弟の母の手紙を紹介した。高官任用への糸口のようになっている、防衛大学、公私立有名大学の出身者でも、面前に差し迫った問題に難渋したり、逡巡したりすることがある。その場合の手立てとして、六法全書、内規などに随った対応や、大学教育の課題解決の応用もあるが、それだけでは部下への極限の命令に具体性はあっても、専任上官として何かが不足する。その何か・・・は、自然の講話標題とした「統御」の、とくに縁をもって任官し、これまた事情によって...秋山真之の母の手紙と「・・・一家全滅するとも恨みなし」

  • 男を売るなら60まで、あとは省き狭めるだけだ 16 8/15 改再

    後ろ姿で魅せるも組竹本拙考だが、いま耳目を集めている天皇の譲位の問題を別の切り口から眺めてみたい。それは数多の身の「分」を問わず、人生の始末についてである。始めは無頼でも宰相になるものもいる。辞したあと故郷で子弟の育成に身を捧げる賢人もいる。あるいは糜爛した都会にとどまり勲章待ちする者もいる。頭を下げて握手する、それは世俗では「売り込み」という。同じ議員でも人生の末(すえ)はさまざまだ。いまはネット社会である。知ってほしい。わかってほしい、と書き連ねアップしたら未来永劫ネットの海に漂う。筆者のごとく人生の備忘として健忘や痴呆に備えんと駄文の記録帖代わりに用いているが、それさえも人の歴史の集積とは申せ効を期すまでのことではない。だが始末はどうするかと考えれば、世間に意を晒したことからして不用意なことだ。かように「...男を売るなら60まで、あとは省き狭めるだけだ168/15改再

  • 酒を温めて「鬱」を医す  08/9再

    YamauchiTatuo行きつ戻りつの酔譚で恐縮ですが・・・絵本作家夢ら岡実果さんは「カー君と森の仲間たち」(文吉沢誠)という絵本を出版して小中学生に増えている鬱症状から自殺について警鐘を鳴らしている。内容は独りよがりにもみえる、思いつめた孤独感が他と接触し、認め合うことで錯覚した生き方を新しい環境の中で見つめなおし、そして自信を持った生き方を発見する・・というストリーだが、この絵本をスライドを使った、゛読み聞かせ授業゛を夢ら岡さんは行なっている。この取り組みに対して学校、自治体、文部省が賛意を示し、その展開は全国的な取り組みとして拡大している。いま小学生の十人に一人、中学生の五人に一人は鬱症状があるという(夢ら岡談)たしかに読み聞かせ後の感想を生徒に聞くと、茫洋とした気持、目的が明確ではない、などを「鬱症状...酒を温めて「鬱」を医す08/9再

  • 君が在る世を鎮考する

    明治天皇は在任中に10万部に届こうとする和歌を詠んでいる勅語とは異なり、真情が表れている。なかには国民をおもう御心や、重臣、官吏、教育者に諭すような詠み歌がある。これを別位置の客観性と見る向きもあろうが、なかなか届くことのない境地である。詠み歌は国民には直接届くことのないことだが、為政者を越えて繋がる太い綱がある。あの被災地の歴訪も多くの為政者が訪れたが、陛下のなす自然の動きと言葉に多くの国民は感動した。そして選良といわれる為政者の言の葉と比べたりもした。歌会始でも御心を詠まれ、皇族もそれに倣った。中学校でも和歌の授業が行なわれ、多くの生徒が和歌に心模様を託している。ここでは、明治天皇の和歌を掲載させて戴き、遺すこと、繋ぐこと、事象の見方、そして現代に比して考えてみたい。簡訳と羅線は筆者の拙意「詠み歌」言の葉の...君が在る世を鎮考する

  • 天皇誕生日の稿  あの時、民衆は御所に集まった 2015 9/19 再

    今日は天皇誕生日の誕生日であり、先の大戦後の極東軍事裁判で死刑判決を受けた重臣七名の処刑された日である。西洋ではメモリアルデーを重要視している。よりによって祝賀の一面を処刑報道で覆った企図に大人げなさを観る。本文中国の官制抗日記念集会は天安門に人集めをして兵士と武器を見せた。日本の安保法案阻止は国会に集まった。12万人と3万人との双方の発表だが、どちらも思惑のある数字だ。南京もシベリア抑留も、はたまたソ連の占領地域に在ったナチス収容所の犠牲者も後世は数字によって記憶されている。日本の数は治安当局(政府)発表と主催者発表だが、切り口や見方によって差異は有るが、この大きな差は何だろうという疑問はさておき、どうして国会に集まるのだろう。形式的には国民の選任した代議士が与野党に分かれて採決をするシステムに、それはおかし...天皇誕生日の稿あの時、民衆は御所に集まった20159/19再

  • 平成の終わりに・「下々の責は我に還る」 あの頃 08  12/23 改

    今は一世一元となっている元号も以前は一世の天皇で幾度も改元されていた。それは飢饉や天変地異に際して国家の気風を転換するといった目的でもあるが、「祷り」の問題でもあった。それは景気回復の祷りではない。吉田茂つまり、゛所有せず゛を旨とする天皇の威の在り様として国の盛衰を「祷り」に託す神託があった。麻生総理の、゛下々゛発言も麻生氏からみたシモジモではなく、茂(吉田)祖父さんの天皇に対する畏敬の念に表れる書簡の末尾に記した「臣茂」からすれば、国民はシモジモであるというとらえ方である。その下々だが、今は釜中の民の様相である。大釜に入れられ、火が焚かれ、水浴びからぬるま湯になって幸福感を感じていたら、熱湯になったということだが、゛始めチョロチョロ、中パッパ゛飯炊きの按配よろしくコントロールの効かない欲望と同様に、自身の融解...平成の終わりに・「下々の責は我に還る」あの頃0812/23改

  • 祖国の響きと 余韻

    近頃は聞くことの少ないことばである。余韻、それは情緒や肉体に浸透したものが響くことでもある。ときには、喜怒哀楽にある、うち震えて戦慄(わななく)くこともある。「祖国」それは使い古されたような旧い意味のように感じられるが、この時節、人の心に改めて甦っている。それは新鮮な余韻として爽やかささえ覚えるときに理解に届かず、納得さえおぼつかないことも有るはずだ。よく、「余韻に浸る」という。浸透する響きは後に起きるあらゆるものに影響する。陰ながら影響するのである。それは、考えて答えを出す理解の外に、悟るとか覚えるといった望外の果実を提供してくれる。闇雲に帰属意識や愛国を声高に唱えるのも勝手だが、「祖国」という響きが「粗国」「疎国」にならないよう、慎重に行動しなければならないことは、いうまでも無い。祖国の響きと余韻

  • 中国でさえ危機ととらえ、元総監は「警察はサンズイが捕れないだろう」と嘆いた

    故鎌倉節氏辞めた議員が「分かる人には分かる、分かりたくない人には分からない」と捨てぜりふを吐いたが、この事は国民も承知だ。サンズイとは汚職である宮内庁長官だった元警視総監の鎌倉氏の慚愧の念だ氏は皇室を敬愛し武士(もののふ)の風儀が漂っていた。国民が憂慮する公官吏や政治家の弛緩した実態でもサンズイは無い、という。無ければ国民は幸せだが、今のところは無いはずがないと読んでいる。ちなみに警視庁の捜査二課は知能犯罪の捜査を担当するが、政治家や官吏の贈収賄の摘発などに専従している。ほかには選挙違反などがあるが、国民が期待しているのは、必ず有るであろう政官財のトライアングルと云われた関係での便宜供与に伴う斡旋収賄だ。もともと所轄署は地方公務員や市長もしくは出先の公官庁とは協力関係にあるためか、相身互いでなかなか摘発はない。...中国でさえ危機ととらえ、元総監は「警察はサンズイが捕れないだろう」と嘆いた

  • 逍遥録  伝、エリートの呟き

    下北カマブセ山文化文明は興隆し、財貨を蓄え矛と盾を増大し、「高学歴」と称するものが増えても、世の中の「なぜ」に妙答も智慧もない。世の先達たちは死生観もなく、いたずらに死を恐れ、繁栄の残滓を残したまま戸惑い生きている。笑談の臨機に切り口が見つかったように突然、耳元で口からもれた至言があった。伝とは、絵画の作者などの、゛そのように伝えられている゛作品だ。掛け軸などで江戸時代の作者名が揮毫されているが、本物か偽物か真贋は判別しないが、その作者だと伝えられているという意味で「伝」と冠される。ある晩のこと友人が、「安岡先生の文なり言葉は感性を以て理解しなければならない」と発言した。戸惑ったのは感性への理解だった。彼は学び舎エリートで派遣留学でスタンフォードで早々とドクターになって帰国、官域でも高位を得た人物である。巷の立...逍遥録伝、エリートの呟き

  • 「人間考学」からみる唱和力

    雀の樹≪狼は月に向かって吠えるとはいうが、連らなって群れが吠えはじめると一定のリズムがあり心地よいハーモニーになる。何処にでもある唱和だが、人間界だけは調和もなければ連帯もない。かえって狭い範囲の軋轢さえ起こしてしまう。「和して唱える」とは、よく言ったものだ。いまは唱(となえ)に和するようになったが、それに疑問も持たないようだ。つまり、従うことに安逸している。≫さまざまな民族は複雑の要因を以って国家なるものを構成しているまた、環境に棲み分けられた人々は神と精霊の存在を認知し、それを共に畏れ崇めることによって宗教なり習慣的陋習をもとに連帯と調和を司ってきた。人は集い、衆を構成し、共通な陋習を掟や規範として血脈の継続と、拡大する衆の統制に活用した。それが衆を構成するシステムとして成立すると陋習は「矩」や「則」「規」...「人間考学」からみる唱和力

  • 備忘録 国家の矩を知らず    2007  あの頃

    近頃、地方経済の冷え込みはシャッター通りといわれるくらいに商店は寂れ、夜間経済といわれる飲食接待業も毎度のことお茶をひいている麗人を見かける。それに引き換え、駅前を占拠したサラ金とパチンコは相変わらずの喧騒である。雑踏から離れると公園や寺院が点在しているが、東北の某市の寺通りは左右に大寺院が並び、さらに競うように改修中の足場が林立している。不況と地方税の追い打ちだが、いくら地方在の人々の神仏にたいする畏敬と護持が必須のものだとしても、昨今の懐事情を思い量ると決して「喜捨」「功徳」も余裕あるものではないだろう。それもよそ者の観察には窺い知れない余計な忖度ではあるが、もう少し荘厳華麗を競う前に、言うに云われぬ下座観を持ってもらいたいと願いたくなる。一方の参り事だが・・・小泉総理の靖国神社参拝について、以前、福岡地裁...備忘録国家の矩を知らず2007あの頃

  • 上賀茂の葵から観る世 2007 あの頃

    平成19年の初頭、国際フリーターを自称する中野有氏のライフワークとなった上賀茂の「葵」(あうい)を考察するとの名目で、萬晩報の伴主筆、某省の官房補佐官大塚寿昭氏、との京都相伴の機会があった。。訪れたところは、古代における京の豪族、賀茂氏の氏神を祀る賀茂別雷(ワケイカヅチ)神社。別名、上賀茂神社は天武6年(678)に造営され、社殿の後方に在る神山に賀茂別雷神が降臨した地として伝承されている。市内に近い下鴨神社の趣とは異なり、古色蒼然としてまさに京都絵図にある扇の要のような位置に鎮まりを以って座している。社域には社殿、祭殿が深い思慮で配置され、それぞれに意のある存在をつなげるように祷りを奉献するものを包み込んでいる。古都を彩る葵祭の行列や流鏑馬など、今でも残る祭典儀式や陋習などが、上賀茂神社を発祥としていることに日...上賀茂の葵から観る世2007あの頃

  • 日中提携してアジアを興す あの頃

    (日本外交への啓示)原文訳.佐藤慎一郎先生63.4.21寄稿構成郷学研修会孫文から犬養毅に宛てた手紙(大正12年、この手紙は、山田純三郎が、犬養家へ持参したもの)山田純三郎の甥佐藤慎一郎山田はこの原文写しを佐藤に託すときこう言っている『私が孫さんを訪ねて犬養さんが入閣したことを知らせた。亡命中には頭山さんや犬養さんに援けられ、その無条件な援助にみた日本人と一緒にアジアの共通な意志を成し、そして遂げるには、まず日本人が先頭に立って抑圧されたアジアの人民の代弁者になって欲しいということだ。またその精神もった信頼する日本人が多くいることを知っていたし期待も懸けていた。これはシナ一国でなくアジアのために日本は絶好の機会を逃しているという痛切な意思を犬養さんに託したものだ。三日三晩寝ずに考え、慶玲(妻)さんが何度も書き直...日中提携してアジアを興すあの頃

  • 総理は聞く力があるというが

    2021年「聞く力」の総理が登場した。マスコミは「聞く」と書いている。本人からも「キクちから」とはいうが、聞いたことにする、聞くだけでは務まらない。所属派閥の宏池会の命名は、漢学者安岡正篤氏。事にあってはうろたえず、騒がず、余裕をもって任務に充るような意味ではあるが、今の議会は弁護士も多く、裁判所のこまごまとした法廷の様相がある。マスコミも聞く総理とはやしているが、本来は「聴く」である。つまり国民の妙な声を聞き流すことも事と次第によってはあるが、身を入れて真摯に意を汲みとるなら聴くべきであろう。国民にヤサシク伝えることでも、人を憂うる「優しく」ならまだしも、誰に合わせるのか「易しく」なっている。多くは相手の理解力に合わせて「易しく」なっているのだが、内容は内外の世情を正しく伝えたり、人間の情感の歪みや劣ろえを共...総理は聞く力があるというが

  • 安岡氏は、学問に一子相伝はない、あるは堕落だと。

    吉川英治氏が著書「宮本武蔵」の現世モデルに安岡正篤氏を模想したのは理由がある。安岡氏は剣道を好み、事実、技能も優れていた。それは正眼で、「目でみるな、観の眼でみる」との記述でもわかる。それと同様なことを吉川氏は書中で武蔵に云わせている。互いに酒談を好んだが、安岡氏の「童心残筆」に牡丹焚きの情景が記されている。筆者も真似して牡丹の枯枝を燃やしたが、煙くて様にならなかった。ついぞ焚き方を伺う機会もあったが、諸事清話に紛れて聴くことはできなかった。その場面では、挿絵画家の新井洞厳氏と吉川、安岡両氏の三方だが、実は新井氏の子息は住友生命の名誉会長の新井正明氏、その道縁で新宿の住友ビルに伺った折に聴いてみたが、酒席の牡丹焚きまで相伝はなかった。香りまでは聴いてみなかったが、若木ならなおさらいぶい。枯枝でも同じだった。ちな...安岡氏は、学問に一子相伝はない、あるは堕落だと。

  • 安岡ブランドに躍る無性 其の二   10 2 /4 再

    その碩学と謳われた安岡氏だが唯一聴き手になってしまう人物に佐藤慎一郎氏がいる。古典といわれるものの必然的に発生した中国の人のなりわいや、独特な情感を下座観から肉体化した実直な日本人である。何ごとにもこだわらないためか終生無名の気概で過ごしている。安岡氏も筆者に、゛無名かつ有力になりなさい゛と幾度となく語っていた。その意味では、貪りのない観点と異なることを恐れない座標の導きは、両人からキャッチボールされたり、異国や道縁に差し向けられたり放たれても、軌を一にした応答があった。「良縁を活かすも殺すも己次第、自身の特徴を発見して伸ばすことが肝要だ・・」それが共通した筆者への訓導だった。佐藤氏は「経師」のような古典の解説ではない。どう上手く生きるかという実利と、孔孟なりがどのように映っているのか、そして本来の無為自然の老...安岡ブランドに躍る無性其の二102/4再

  • 安岡ブランドに躍る無性 其の Ⅰ 10 2/4 再

    無性とは分別、道理が無い状態である巷間、数多の知識人がいるなかでVS(バーサス)として中村天風と安岡正篤が人生の師と称され商業出版を賑わし、とくにサラリーマン経営者向けの経済誌や教養雑誌にその名を多く見かけるようになった。その内容は、文部省の官製学校教科マニュアルにはなく、既存の知識から導く手段や方法、はたまた体裁の良い挨拶の借用言辞として重宝され、ある意味では馴らされた「無性」、もしくは現代の「釜中の民」の潤いなり救済のカウンターとして程よい教養となっている。いや、知のステータスというべき物知りの看板の類として書棚の隙間を埋め込んでいる手合いもいる。人の書棚の評論ではないがビジネス本、古典の兵法書、平易な歴史エピソードや流行の歴史ヒーローなどが並べられているところに往々にして鎮座しているのがその類の本だ。武州...安岡ブランドに躍る無性其のⅠ102/4再

  • 安岡正篤に弟子はいない 09 6/20 再

    いまだ学べない弟子と称する偽装よく安岡正篤氏の弟子と称せられるモノたちには「冠」が付くものが多い。不肖の弟子と謙遜ならまだ良いほうで、「最後の弟子」「直弟子」など、存命中には聞かれなかったような付属の冠だが、欲望と偽装がバブルのように詰まった瓶の栓のようにはじけ飛んでいる。永田町周辺に蠢く占い師やブンヤあがりの「人脈屋」、はたまた巨額の脱税をした地方新聞のオーナーなど、多くは出版書籍などのメディアを利用して自身そのものを売り込んでいる手合いが多い。なかには大仰にも安岡先生の教えを基にと騙り、セミナーや勉強会を立ち上げ、わざわざ無辜の精神を汚し大金をせしめている輩も出現している。そもそも安岡氏は弟子と呼称する者はとらなかった。それは勝手に自称しているだけである。それは悪いことではないが、安岡氏が原典とした古典でい...安岡正篤に弟子はいない096/20再

  • 天聴に達した「郷学」の淡交録   07,6 あの頃

    人はその力を数値評価に置き換えることがある。たかだか努力すれば上下したり、ときに嫉妬や怨嗟の対象になったり、まことに気の抜けない問題である。しかし、たとえ2世であっても、あるいは独特の出自を以って恬淡に生き、その姿をして安心と鎮まりのある雰囲気を醸し出す人物が存在する。写真の三方はいたって洒脱な粋人ではあるが、信念と目標の明確さは人後に落ちない。左は平凡社の邦さんこと下中邦彦氏、出版会の大立者であった父弥三郎の意を受け、あの東京裁判のインド判事パル博士と義兄弟であった縁でパル・下中記念館を運営している。隣は安岡正明氏碩学と謳われた父正篤氏の意を継承して郷学作興に意志を添えている。一人置いて皇太后御用掛の卜部亮吾氏。入江侍従亡き後、皇室の語り部として、゛奥゛を切り盛りしている。つねに郷学に留意して、社会の真の力の...天聴に達した「郷学」の淡交録07,6あの頃

  • 安岡正篤と嫡男正明の四柱推命 2008 10 あの頃

    或る日の郷学左より下中邦彦郷学相談役平凡社パル・下中記念館館長安岡正明郷学講頭郷学研修所理事長安岡記念館右端卜部亮吾郷学顧問天皇陛下侍従皇太后御用掛軽薄な出だしで恐縮ですが、あの細木女史も安岡氏に聴いていただろう四柱推命は年、月、日、時を柱として命(運命)を推察するのではあるが、中国ではこの名は無く、さまざまな命学として命の理(ことわり)を解き明かしている。どうも日本に入ると四角四面の学論になり、また利の為の利学になるものが多く、しかも天然自然環境が異なる民族の必然として興った学問、とくに陰陽という自然の一粒としての認識が発生国とは異なる日本人にとっては「占いごと」として一括りにした方が馴染みやすかったために、多くは「己を知らず、人も知らず」人々にとっては手っ取り早い占いマニュアルになってしまったことは否めない...安岡正篤と嫡男正明の四柱推命200810あの頃

  • 安岡正篤の残影にとりつく貪利の輩    2015 9月  再

    佐藤慎一郎氏佐藤氏の終戦まで二十数年に及ぶ大陸体験をつうじた考察は、朝野の知識人が説く外来古典の硬直さとは趣を異にし、官制学における通常の狭い理解程度を超え、真の活応学として、過去の外交史にあった問題の解決に多くの訓導を遺した。名利に恬淡であるかゆえに、いまどきの有名無力な知識人と比して特筆するものがある。中国の古典を知るには、そこに棲んで解るものです。たとえ孔孟の説でも字ズラの理解はできても、意味使いや活かし方は日本人の理解とは異なります。まして有用な実利として学びを効とするには四角四面な理解では応用性もなく、まるで逆な理解で民族齟齬が起きかねません。それは、中国は孔孟の国との理解からはじまる政治応答にも表れますが、渡来した説をなぞる我国の学風とステータス意識は、錯覚学を基とした表層的交誼になりかねません。た...安岡正篤の残影にとりつく貪利の輩20159月再

  • 「人間考学」知を重ねる前に「毒」を抜く 2012あの頃

    陸上自衛隊広報センター資料近ごろ官制教育の突きあたりに気がついたのか、教育機関において種々の科目が新設されている。京都大学などでは年間300万も生徒に渡して生徒を囲う全寮制を試みている。理由はそれぞれが身近に学び、随時話し合う環境だという。まるで自衛隊か警察学校の様なものだが、これで人物が成ると思うのが官制学派の限界なのだろう。それらは往々にして特殊な切り口をもった有名人や外国の政治家を招聘して講話をおこなっているが、その辺のセミナーと変わりはない。べつに京大がすることだからではない。かれらもそれが妙案と思っているが、本当は半信半疑なのだ。よく吠える羊飼いの番犬を増やすことにつながらないだろうかそれは飼い主の餌に馴染み羊の群れを追いまわすイヌのことだ警察学校や自衛隊の本分は「人に役立つ」「国を守る」国民を扶助す...「人間考学」知を重ねる前に「毒」を抜く2012/1再

  • 宰相の器量と観点  政治の前提「四患」の認知 あの頃

    20106再前記したブログですが、抜粋して掲載します。政策、人事、外交など総称した政治は、積み重ねることと、省くことの方向と継続性にあることは理解できるが、はたしてその浸透性はどうだろうか。国民に理解され協調性があればこその政策である。さて、以下に抜粋した「四患」だが、権力執行者が具体的に出来ることは、公平と正義を権力機構に取り戻すこと、つまり「公平」は税の分配と配分を行う執行者の清廉性、「正義」は検察、警察機構の綱紀粛正による同じく執行者の実直な清廉性である。国民が「公」に疑念を抱き自堕落な民情を構成しては政治は無きに等しい。其のためには面前の権力の姿を正すことが端緒となる政策であり、他の問題を解決のための大前提となるものだ。しかるに数多の政党政治家がその任に就いたとしても、「四患」の認知なくしては政治は混迷...福田宰相の器量と観点政治の前提「四患」の認知

  • 再読  民主と自由 長(おさ)のいない国家 09/7再

    敬重なき国家は滅びる安岡正篤翁ことさら権力をひけらかす訳でもない長(おさ)の首取りが流行のようだ。それは人間が他の人間に言葉や行動を譲ったり、補い合いながらスパイラルを描くように推戴する長(おさ)の立場への敬重や、暗黙の契約というべき長との関係の在り様が希薄になっているからだろう。長(おさ)が軽くなったのでもなければ、過大な罪科をともなう過ちをしたわけでもない。ただ、゛下りたほうがいい゛くらいな声が増したために地位を下りるのである。別段、小物だの大物だと評するものではないが、推戴する側もされる側もアンチョコにも易く考えているような傾向があるようだ。華人の俗諺にあるように「天が落ちてきたら、一番高いところに当たる」、つまり厄災は総て長(おさ)の責任として甘受すべきであるからこそ、たとえ時の運によって縁により栄達や...再読民主と自由長(おさ)のいない国家09/7再

  • 北から、東からは大軍が押し寄せるという預言  そのⅡ

    (1)よりづづきそして彼らの機能を活かす「情報機能」は、着々と中国にとって代わられる恐れが出てきた。それが、ファーウェイの5G網なのだ。面倒でコストの掛かる土地や人間はいらない。支配のための金融も株、為替のコンンとロール機能さえあればどうにでもなるものなのだ。つまり、ルールを作りコントロールできる胴元だから、彼らは国でさえ寄生の棲み処として、財の流れとともに、どこでも動けるのだ。財さえあれば政府も軍も思いのままに利用できる。だから、軍は流れを掴む道具として養い、使うのだ。それが国家でなく、機能としての地域なのがややこしい。問題になっている辺野古だが、埋め立て軟弱地盤では普天間同様の機能維持はおぼつかない。40~50トンを積んだ輸送機が辺野古にドスンとは着陸できないだろう。そっと降りるオスプレイなら何とかなる。こ...北から、東からは大軍が押し寄せるという預言そのⅡ

  • 北から、東からは大軍が押し寄せるという預言  その Ⅰ

    別意として「財(土地)や軍を機能としての目的」として記してみた。日本には東と西からの到来だが、古人の預言は時空を超えて、いずこの地域でも曲りなりに国家を構成している民族に符合する姿として表れている。末章では趣の異なる形で現われた日本の姿を、拙い切り口で記している。紛争の起きやすい地域を火薬庫と称しているが、先に文明が開けた地中海周辺国のギリシャ・イタリア・エジプト。地中海の奥にはシリア・ヨルダン・イスラエルなどが民族や宗教の違い、とくにイスラム教、ユダヤ教、キリスト教と元は同じだが、近世になって策謀企図をもった大国を背後にして、それぞれがつねに問題をかかえて紛争が起きている。くわえて紅海沿岸諸国では、シーア、スンニーというイスラム宗教間の軋轢も激しくなり、ここでも資源獲得、利権保全を意図した大国勢力の思惑に翻弄...北から、東からは大軍が押し寄せるという預言そのⅠ

  • まん延防止策と緊急事態の違いは?

    東京から郷里の土佐へ戻った伴さん(共同通信)が、はりまや橋商店街で夜学会をおこなっている。まさに郷里の学(郷学)によって人作り、郷起こしを期待した彼らしい行動です。伴さんが会長をしている財団法人国際平和協会の創立者賀川豊彦氏まん延防止策と緊急事態の違いは?夜学会1952021-04-09政府は4月5日から仙台市や大阪市、神戸市など6市に対してまん延防止等重点措置を適用、次いで東京都、京都府、沖縄県なども対象とする考え。突然出てきた「まん延防止策」って緊急事態とどう違うのか戸惑いが小さくない。飲食店の営業時間の短縮要請や都府県をまた移動の自粛要請など内容はほとんど変わらない。「まん延防止」という柔らかな表現で国民への刺激を和らげるのが目的としか思えない。「まん延防止」は新型インフルエンザ等対策特別措置法等の一部を...まん延防止策と緊急事態の違いは?

  • 人間考学  慎みのなくなった日本人を嘆く元台湾同胞 2015 5 再

    台北の小学生台湾では「昔の日本人はその様なことはしなかった」と若者は諭される。今は、38歳中学卒だが、IQ180の唐鳳氏をIT大臣に登用しコロナ禍に有効な政策を遂行できる柔軟な政治環境がある台湾である。民政長官、後藤新平の防疫.衛生政策の効果なのか、今でも人々の衛生観念はことのほか厳しいものがある。以下、あの頃WTOに提訴?・・・千葉県関係者からは「科学的根拠に基づかないことには断固たる措置を」「輸入規制を早く解除してもらい、販路拡大につなげたい」・・・読売ならば、あえて聞こう。何か、台湾消費者が日本に悪いことをしたのか?それともTPPで課せられる条件を台湾で予行演習しているつもりなのか?ある日本人識者の危惧を引用すれば《米国の安全基準に準拠する要求があったことを取り上げ、残留農薬や添加物に対して厳しい日本の安...人間考学慎みのなくなった日本人を嘆く元台湾同胞20155再

  • 「おもいは見えないが、思いやりは見える」とはいうが・・

    23年3月28日増上寺の桜昔、古老が呟いていたことを覚えている電車の座席で年寄りきたらどうするか、ということだ。古老も八十を当に過ぎている。黄門さんのような杖もついている。「高校生が座っていた。青白い顔をしてこちらを見ていた。゛悪いね、気を遣ってもらって゛と目礼したら、苦しげにはにかんでいた。向かいの学生は、白髪だかオレよりずいぶん年下の中年に席を譲っていた。その中年はさも当然と礼も言わずにデカイ尻をねじ込んだ。両隣は漫画を読んでいる女子と手鏡を覘いている会社員だった。」複雑な光景だった。「いゃ、青い顔をしていた高校生は譲ろうと思っていたが、具合が悪かった。こちらを向いて、゛わるいね゛と目礼した。気が合った、つまり仏教の教えの成立だ。一方、立ち上がって無礼な中年に席を譲ったのは、儒教のようだ。たとえ形式でも二人...「おもいは見えないが、思いやりは見える」とはいうが・・

  •  国民は政局を敢えて語るなかれ 《人物を鎮まりを以って観よ》あの頃

    平成22年6月掲載b「政局を語らず」、これは決して隣国の上手な生き方の倣いとは異なるものであり、深層の国力でもある情緒性の健全な涵養に帰する問題でもあるからだ。以前、東條由布子さんが「語るなかれ」との意で著作したことがある。安岡正篤氏は田中総理の辞任に際して小章を懇嘱された。それは、藤森長官と二階堂進代議士の賢策だった。「一夜、ハイ(サンズイに市)然として心耳を澄まし・・・」(ハイ然)一時の盛んに降る雨、という意だが雨とは世論である。その世論に対して心の耳を澄まして、つまり一過性の罵詈雑言ではなく国民の清新な意を聴き取ることを促している。「語るなかれ」も潜在した人々の思いを理解すると、抗弁したり、論拠論証の屁理屈を述べたりすることは、自身はともあれ任の重さを考えたとき、軽薄に語る、ここでは説明責任は必要もないと...再国民は政局を敢えて語るなかれ《人物を鎮まりを以って観よ》

  • 数値選別と見えない独裁

    以下は豆腐の角で頭をぶつけるような言いふるされた内容の話だが、個性化とか国際化と謳われ、追い立てられ、いつの間にか現在に至った繰り言である。本文数値による愚かな受験選別が限界に達しているのは理解のとおりたが、まだ多くの盲目の民が流動している我が国において、未だ真のエリートの輩出については暗中模索の状態にある。またこれくらいは理解の淵に届いている。昨今、少しは元気が良くなった国が、遠い昔をたどり、゛そういえば、あの頃は・・゛と、想いだしたように言いがかりをつけてくることがある。その当時は単民族、多民族に関わらず構成されてる「国」という枠組みが明確だった。そのなかには、族長が闘ったり、譲り合ったりする部族共同体もあれば、宗教指導者による国家、軍政国家、西洋では王政や立憲君主、そして専制独裁があった。それが通信手段の...数値選別と見えない独裁

  • 平民なりに観る憂慮ある現れ  或る日の稿

    筆者、世が世であれば・平民の部類である。明治のころ、文明開化だの近代化だのと騒ぎ立て、藩主は華族となり、高知の山内容堂藩主曰く「維新の無頼の徒」も功績をあげれば男爵など爵位が付いた。それらはベタ金と揶揄された記章で衣服を飾り貼り付け、勲章をぶら下げて髭を撫であげた。あの智将と謳われた秋山真之が天祐(天の助け)と呟いた日露の戦勝に際して、舞い昇り偉上高になったのも、その元無頼の徒だったが、当の凱旋将軍の東郷平八郎は明治神宮の参拝にはうつむいて、まるで敗軍の将のようだったという。乃木希典も同様だ。それは戦地臨場にあり敵味方にかかわらず多くの若者を死地に赴かせた哀悼惜別が終生、事あるごとに想起されていたからだ。現代でも大戦を境にして戦前生まれの政治家はその惨禍を体験しているからか、「戦争の知らない政治家は危ない」と警...平民なりに観る憂慮ある現れ

  • 大謀企図は、夷をもって夷を制す 15年 9/18 改編

    「大謀は計らず」とはいうが、まさに見えない、ここでは感づかない企てだ。それは連帯を断ち分断する統治や、傭兵のごとく前線に送る遣り口だ。そうせざるを得ないのは、資源、金融などの経済もしくは、昔なら人質だが、今どきは防衛の屏風だろう。屏風を外したら丸裸だからだ。その裸にせめても衣類を着せるのが法律だ。それも、゛しなければならない゛ではなく、゛することができる゛ぐらいの類だ。しかし、その大謀は、「夷をもって夷を制す」これだろう。つまり、金もかけずに未開の獣は、獣同士で闘い疲弊すればよいということだヒットラーや蒋介石に援助したのも米国の金融財閥だ。アフリカ中東などでは敵味方問わず、双方に援助する狡知がある。中華人民共和国はチベット平定のためにモンゴル騎馬兵を使った。その騎馬兵は満洲国の士官学校で修得した戦術でチベットの...大謀企図は、夷をもって夷を制す15年9/18再

  • お金に卑しい教員と議員が国を覆っている 2017・9 あの頃も

    16.9稿再テレビでは扱わないが多くの教職員が教科書会社から金品を貰っているという記事が、数年前からたびたび掲載されている。夜店の縁台ではないが安倍政権の一次・二次と必ずと言ってよいほど教育改革が政策の高位を占めている。女房友達の元塾経営の議員も二次では文部科学大臣に指名され、ついでに所管の文教の関係なのか各派閥の手つかず臨時利権のオリンピック担当相も兼任していた。だだ、塾を取りまとめて株式会社の学校経営を新規政策として動いていたが、肝心の後援会のボスが補助金搾取の容疑で検察の捜査にさらされている。本来は捜査二課の範疇だが検察が動くことは余程のことがあるのかと推測されている。おかげで旗振り役は内閣改造でお役御免かと思ったが、お友達は特別補佐官として目立たない官邸の奥に籍を置いている。彼ら思い付き政策の立案者たち...お金に卑しい教員と議員が国を覆っている2017・9再

  • 永田町と霞が関の毒まんじゅうは美味いか? 2018あの頃も・・

    終わることなく・・・安倍くんもおめでたく三選となり、茶坊主だのチルドレンの猟官も騒がしいが、ここまでヤルと、次は、゛江戸の仇は長崎゛で、かたき討ちにあうのは分かっているのか、今のうちに愚にもならない肩書や地位をレッテル貼りに勤しんでいるという。反社(暴力団)と名付けられた任侠も薄くはなったが義理や人情や、狭い範囲の掟も厳しい分別があるが、議員の失業対策となった騒がしい選挙は、めでたく当選すれば寄らば大樹とばかり、政策是非はともかく親鳥の餌を巣待ちしている幼鳥のようにもみえる。エサは派閥や党、見栄えが良ければ行政府の充て職に納まるだけなのだが、多くの国民は怨嗟を通り越し、政治家観の諦観(あきらめ)として、ときに政治に対して怠惰にもなっている。なによりも、あの御方の大御心を煩わせる無頼の徒のようにも映っているようだ...永田町と霞が関の毒まんじゅうは美味いか?2018あの頃

  • 蘞利偉人(エリート)は土壇場で逃げる

    ※「蘞」(エゴ)我が強くて思いやりのないさま哲人、岡本義雄は学び舎エリート(選ばれ、優れたもの)を「蘞利偉人」(エリイト)と造語した。与えられた課題に疑問すら抱かず、あくせく答えテテなるものを出すために熱中して、これまた商業化した学び舎において労働者教員が判定する数値によって選別され、生涯賃金の多寡を人生の目的とし、国家なるものの下僕である官域に生息する、その群れを岡本は俗称「蘞利偉人」と呼んでいる。ときに和製宦官とも記すが、陰茎を切り取って宮中の募集に参集する漢(オトコ)ならぬ男子と類似して揶揄している。満州崩壊のおり佐藤慎一郎氏は最後の重臣会議に招かれた。甘粕など重臣が集う会議において、満州国崩壊の土壇場において右往左往する重臣たちは腰も落ち着かず、史上はじめての日本人が異国での亡国時の対処に妙案すらなかっ...蘞利偉人(エリート)は土壇場で逃げる

  • 慎みの乏しくなった権力 2015 あの頃

    戦後レジュームとかの脱却・・・・・レジームとはフランス語で体制だが、安倍総理が就任時に頻繁に唱えた戦後レジームと云えばヤルタ・ポツダム会談後の連合国戦後体制、つまり日本でいえばGHQ(連合軍総司令部ダグラスマッカーサー司令)が作り上げたという日本の戦後体制である。それは憲法条文や教育、土地税制、医療保険、防衛など多岐にわたり、一方でいわれるところの日本弱体政策といわれたりしている。安倍総理はその習慣的思考が及ぼす政治政策や官吏の立案形態を「脱」という言葉で変えようとしている。それはレジュームのもう一つの意である「管理体制」下に構築されたという前提のもと現体制のレジュームチェンジだ。しかし、「脱」と問題意識をもっても、今更ながら「脱」は出来ない、好まない一群がいる。しかもそれが政治中枢の周囲を取り巻き、「脱」の影...慎みの乏しくなった権力153/20再

  • 人間考学  あの、北野たけしさんでさえ

    いつのことだったか、北野たけしさんが弟子と称する若手のタレントを引き連れ講談社の写真週刊誌に殴り込み(襲撃)をかけたことがあった。理由はさておき、その後のインタビュー映像でこう語っていた。「一人で行くのは怖かった・・」と。後年、監督となり、文化的(教育的)な番組に出演している。映画ではその頃は廃れてしまったヤクザ映画と称するバイオレンスを「アウトレンジ」と題して制作し、無頼な漢(オトコ)の集団を刹那的、娯楽的、かつ社会的に糾弾されている暴力団の実相を見事に表現していた。しかも、その世代、その心情に触れたのか興行もシリーズ化さえされた。あるいは某誌上で、いまは反社とか暴力団と括られている組織の統率者とも懇談して、現代任侠論を語っている。つまり、社会の或る部分ではあるが、偶然にも直面した漢の言葉や行動に表れる姿や、...人間考学あの、北野たけしさんでさえ

  • 死に方もいろいろある  そのⅠ

    以下は筆者の備忘拙意と、参考に人生の恩師、佐藤慎一郎先生の教授案を参照として長文になっています。「人生五計」という。恩師である佐藤慎一郎先生は人生について「五計」があり、最後の「死計」を考える上で他の生計,身計(身許)、家計、老計をいかに過ごしていたかによって、死の計画はできても「死にざま」が異なると筆者に説いていただいた。満州の馬賊は官警に捕縛され首を刎ねられるとき、透き通った青空をまるで鳥を追うようにして眺め、かしも目元は穏やかで、死への覚悟というよりかたどりついた寿命のように達観していた。「私は死刑判決を受け、刑務所の空き地で穴を掘った。墓穴だ。生徒たちには、自分で墓穴を掘ってはならないと教えていたが、まさに自分が入る墓穴を掘っているのだと思うと笑いがこぼれた。すると銃をもった看守が『お前の子供は何人だ』...死に方もいろいろあるそのⅠ

  • 「人間考学」大自然の変化と、゛ほったらかし゛に倣う

    2018・4当ブログでは「大自然に倣う」とか「自然に添う」ことを提唱している。それは世俗の流行り言語である環境やエコロジーと呼び、アカデミックに論証したり政治スローガンの類とは異なる切り口ではある。生き物の中では動植物と総称されるなかで、いかにも高度な能力を持ち貴種のようにおもわれている人間種ではあるが、観方によっては多くの動植物と違って、自然界からいちばん遠ざかることに進化を認めるかのような風変わりに生き物でもある。自然から離れること、つまりそれによって問題となるヒトなるものの部分的研究や検証も盛んだが、多くは健康、情操、など、各分野でも多岐にわたる分類研究が起きている。大事なことは、その事によって何が生まれ、何が衰え、失くなったのか、その上で人間と自然の関係論から調和、許容、関係保全、進歩といったような、ま...「人間考学」大自然の変化と、゛ほったらかし゛に倣う

  • 台湾を気遣う皇后の御心 園遊会  あの頃

    台湾の日本語世代礼儀正しく言葉も美しいここでも政治的問題が眼前に横たわっっているかのようだ。台湾断行の時、情の薄さを嘆いたのは中華民國台湾の国民、表面的には歓迎したが日本人の功利的、阿諛迎合をみて「本当の日本人はいなくなった」と哀れんだのは大陸の華人だ。春の園遊会で台湾選手と結婚した福原愛さんに陛下のお言葉につなげて愛さんにお言付けを依頼した。「東日本震災の時は台湾の方々にお世話になりました。よろしくお伝えください」と。それは愛さんに会ったら必ず伝えようと、つねに意中に懐いていただいた皇后のお言葉だった。以前、このブログで記したが、震災慰霊に当時の野田総理は台湾を国と認めず、会場の二階の一般席に駐日代表を指定して指名献花すらさせなかった。中国政府は一階席で国名を呼ばれての献花だ。九州より狭い地域で三度の食事を一...台湾を気遣う皇后の御心園遊会あの頃

  • 我々の憲法前文についての考え方  2007年12稿 再

    日本国憲法前文(私案)四方(よも)蒼海(そうかい)の鎮まり(しずまり)に在(あ)る我国の美風は、国家創立の礎(いしずえ)として顕示(けんじ)されている古代律令にある矩(のり)を範(はん)として、人間の尊厳を祈護(きご)する心を継承したものである。その意思は万物(ばんぶつ)隣邦(りんぽう)の共存と安寧(あんねい)を謳う皇道(こうどう)の祈念を国維(こくい)として、国民に於いては等しくその目標のために勤めるべく、志操の涵養と相(あい)慈(いつく)しみあう姿を願うものである。それは人々の連帯と調和を司(つかさど)るために古人が宗(しゅう)とした我国の徳目である、勤勉、正直、礼儀、忍耐を基礎とした人格による徳(とく)威(い)の修練を求め、歴史の栄枯盛衰に標(しる)された内省を鑑として、地球史に普遍的な恒心(こうしん)の...我々の憲法前文についての考え方2007年12稿再

  •  あの時、津軽に鎮した偉人の残像

    旧稿ですが全国津々浦々、偉人、賢人と称えられている人物が存在する。訪れること三十有余年、津軽弘前には多くの英傑を輩出した歴史があった昨晩、津軽の偉人鈴木忠雄を想起した。ブログを回想して鎮まりを得た。以下はその頃の心情を記した献文である。l粛呈(訃報に臨んで・)突然の御逝去の報に接し、五(ご)内(だい)裂(さ)くような悲しみを覚えます思い起こせば、佐藤慎一郎先生の機縁(きえん)を得て郷土輩出の亜細亜先覚者(せんかくしゃ)、山田良政、純三郎御霊(おんれい)の事跡(じせき)と教育を尋ねた折、その行動を察知された先生は早朝にもかかわらず拙(せつ)宿(しゅく)に御来訪され、熱情溢(あふ)れる清談(せいだん)をさせて頂きました弘前松陰室の弟子有朋(山縣)の掲額時を措(お)かず、養生会松陰室において身の引き締まる御高話も戴き...あの時、津軽に鎮した偉人の残像

  • 無名で有能な人たちを探す

    板橋区在住根岸さん東京の片すみに90才の工作者がいます。人々はその自由な発想と精密な細工におどろき、彼を芸術家とよびますが、根岸さんは、好きで、楽しく、熱中できる作業を自分で探し、60才くらいから始めました。多くはニホンザルを人間のおもしろい動きを模してつくります。粘土をこねて乾かして焼く。その作業は無言で一人の作業です。このような自由工作をおこなう無名な人は昔から数えきれない作品をのこし、日本中の海辺,山間に生活しながら、一生発見されることなく工夫精密化された生活の道具や玩具、鑑賞作品をいまでもつくり続けています。根岸さんは自分の作品を売るためにつくるのではなく、集中することと緊張する時間を楽しみ、作品対象としたサルがまるで生命のあるように目の前で遊ぶ姿を想像します。そこには難しい芸術論など入り込む隙間もない...無名で有能な人たちを探す

  • 人間をして禽獣との異なりは敬重にあり. 09. 1/21

    昨今は公文書でも改竄隠蔽を想定し、狡猾な知恵を巡らして起文するという。文は経国の大業にして不朽の盛事也と。文は民族の歴史綴であり、その時代の盛衰を書き遺す事である。以下は筆者が30代のころ文京区白山の安岡正篤邸書斎にて、初めての面談にもかかわらず、監修を願った頌徳文である。文中、笠木良明(満州建国精神的支柱)氏と大川周明氏は一時期運動を共にしていたが、その後、袂を別かった間柄ではある。安岡氏とも関係も深く、三度も読みかえして「直して宜しいですか・・」と丁寧に一部添削され監修して頂いた。余談だが笠木氏の葬儀に一番先に駆けつけたのは安岡氏である。持参供物は笠木の好きだった月餅であった。そして「文は上手い下手ではない。また浮俗や時世に迎合するものではない。百年先でも君の至誠が通ずるものでなければならない。そのときの一...人間をして禽獣との異なりは敬重にあり.09.1/21

  • 男子は大法螺を吹く気概をもて 10 6・16 再

    以前、台湾出身のモノ書きが、「孫文はペテン師だ」と記した。孫文は両岸をはさむ中国も国父と敬している。近代化の父を正統の証として敬することはよくあることだが、民進党の陳総統も孫文の掲額に就任の誓詞を述べている。生前、死後を問わず民族の長(おさ)は両岸の政治為政者を違えても厳存している。台湾は民主化で、゛言論は自由だ゛、というが、何でも言いっぱなしの日本に来て、たとえ形式であれ国父として推戴されている人物を罵倒する感覚は日本人にはない。いや、一番忌み嫌われ、馴染まない心根でもある。そのとき小生はこう応えて記した「革命家の行為や言を肉体的衝撃の無い安逸な時代に、゛言い捨て゛をすることは彼の国の九儒、臭九老と蔑まれている知識人にある姿だ。まして革命家はペテン師で、謀略家、大風呂敷、法螺吹き、女性好き、でなくては表層の革...男子は大法螺を吹く気概をもて106・16再

  • 安岡正篤 「力士憲章」と横綱白鵬関  再

    「界」と称するものにはそれぞれ固陋な掟はある。政界、経済界、教育界官界宗教界、あるいは文壇もそうだが、内部の独特な運営や人事の仕組み、金銭の使い方や処理方法についても法律ではくくれない事情もある。表に出れば問題になることだが、すべてを法で括れば大方は法に触れる。犯罪ではないにしても触法に近い。かつ、それを取り締まる警察や裁きをつかさどる裁判所にも掟や慣習もある。これも表に出れば煩雑な法に触れる。まして、技芸やスポーツの世界には肉体的衝撃を魅せて商い興行になるプロとなれば当然のこと、外部には秘する、゛しきたり゛が有るのは当然にことだ。それは、゛ほど゛がないと成り立たない世界だからだ。宗教界の修行秘儀や格闘技などは肉体緒撃どころか死に至ることもあるからだ。攻めたり、追い込んだりする側と、受ける、守る側には阿吽の了解...安岡正篤「力士憲章」と横綱白鵬関再

  • 嗚呼 素晴らしき民衆主義の選挙 11 5/1 あの頃も

    良し悪しは別として文句があっても世の中は激変した総理を選ぶ人たち選挙が近くなると選挙区事情に一喜一憂するのが議員大多数の常だが、選挙民の資質や地域既成勢力の影響如何で様々なタイプの議員が選出される。関東の某県だが、子供が勉強机を欲しがれば、「そろそろ選挙だ。それまで待ってろ」と親は子供に話す。選挙事務所の昼飯時を計って、おにぎりをもらいに行けば、ラップに包んだ千円札がにぎられたオニギリが配られる。もちろん個別訪問で子供に小遣いを握らせる。選出された代議士は、これも計ったように政治資金疑惑で週刊誌を騒がす。職場(議会)恋愛も盛んで、男女雇用均等もあるが、一時の農協の旅の恥はかき捨てのように議員宿舎の自由恋愛も多くなった。大物は海外援助ODA、資源や航空機選定ののキックバックを海外口座で蓄える。グラマン事件ではベル...嗚呼素晴らしき民衆主義の選挙115/1あの頃も

  • Mr ジョブスが問う 数値選別と見えない独裁   2012 あの頃

    数値による愚かな受験選別が限界に達しているのは理解のとおりたが、まだ多くの盲目の民が流動している我が国において、未だ真のエリートの輩出については暗中模索の状態にある。またこれくらいは理解の淵に届いている。昨今、少しは元気が良くなった国が、遠い昔をたどり、゛そういえば、あの頃は・・゛と、想いだしたように言いがかりをつけてくることがある。その当時は単民族、多民族に関わらず構成されてる「国」という枠組みが明確だった。そのなかには、族長が闘ったり、譲り合ったりする部族共同体もあれば、宗教指導者による国家、軍政国家、西洋では王政や立憲君主、そして専制独裁があった。それが通信手段の進化と富の証明となるモノとカネの共通価値の普遍化、それによる仕組みの平準化が進み、コスト意識やその有効性を担保する法と罰が共通化され、民主主義、...Mrジョブスが問う数値選別と見えない独裁2012あの頃

  • 人間考学  あの、北野たけしさんでさえ

    北京の作家「情緒」いつのことだったか、北野たけしさんが弟子と称する若手のタレントを引き連れ講談社の写真週刊誌部に殴り込み(襲撃)をかけたことがあった。理由はさておき、その後のインタビュー映像でこう語っていた。「一人で行くのは怖かった・・」と。その頃は頭数の一人だったが・・・後年、北野氏は監督となり、文化的(教育的)な番組にも多数出演している。映画ではその頃は廃れてしまったヤクザ映画と称するバイオレンスを「アウトレンジ」と題して制作し、無頼な漢(オトコ)の集団を刹那的、娯楽的、かつ社会的に糾弾されている暴力団の実相を見事に表現していた。しかも、その世代、その心情に触れたのか興行もシリーズ化された。あるいは某誌上で、いまは反社とか暴力団と括られている組織の統率者とも懇談して、現代任侠論を語っている。つまり、社会の或...人間考学あの、北野たけしさんでさえ

  • 蘞利偉人(エリート)は土壇場で逃げる

    蘞利偉人(エリート)は土壇場で逃げる※「蘞」(エゴ)我が強くて思いやりのないさま哲人、岡本義雄はエリート(選ばれ、優れたもの)を「蘞利偉人」と造語した。与えられた課題に疑問すら抱かず、あくせく答えテテなるものを出すために熱中して、これまた産業化した学び舎において労働者教員が判定する数値によって選別され、生涯賃金の多寡を人生の目的とし、国家なるものの下僕である官域に生息する、その群れを岡本は俗称「蘞利偉人」と呼んでいる。ときに和製宦官とも記すが、陰茎を切り取って宮中の募集に参集する漢(オトコ)ならぬ男子と類似して揶揄している。満州崩壊のおり佐藤慎一郎氏は最後の重臣会議に招かれた。甘粕等重臣が集う会議において、満州国崩壊の土壇場において右往左往する重臣たちは腰も落ち着かず、史上はじめての日本人が異国での亡国時の対処...蘞利偉人(エリート)は土壇場で逃げる

  • 人間考学 東西 宰相の条件 あの頃も

    横浜市金沢区称名寺男は悲哀をかこう時の態度が勝負だ菅さんと安倍さんを比較することではない。ただ、切り口はともかく、彼等を取り巻く人と環境は大きくは変わらない。故にたどり着く途は彼らに悲哀と、国民には徒労と諦めが集積される。(18・7加筆)その椅子は永遠に続くものではない。まさに菅政権は軽薄な罵詈雑言に打たれ難渋している。早い、遅い、言い方が悪い、態度がなっていない、そもそも政治家を志すものには的外れな駄論だ。虚偽、迎合、強圧、それは政治の倣いだと判っていても言わなければ損、書かなければ無能、つまり共に政治の舞台を食い扶持にしている寄生虫の騒動のように国民はみている。以前、菅さんとオバマさんの音声と眸(ひとみ)について書いた。国柄の違いか、ビンラディン氏の殺害を謀り、あのイラク戦の臨場感溢れる映像が茶の間を賑わし...人間考学東西宰相の条件あの頃も

  • 人間考学  この機に人物を得るということ

    以下、長々としたごまめの歯ぎしりだが・・・臨機の人物とは、変化なり改革なり、あるいは戦争に直面したときに当を得た人物が出現することだ。例えば維新の西郷はじめとする傑物の出現、その後の日露戦争の児玉源太郎、秋山真之、その適材を任命した山本(権)海相、戦費調達に奔走した金子、高橋(是清)、まさに適所に人物がいた。その総力を束ねる畏敬の存在が相俟って危機を救っている。賢い国民からみれば政局は語るべくこともなく、茫洋とした未来は諦観さえ漂わせている。それが昨今の国家の実情だが、経済は混とんとしてその政策は国民生活と乖離している現状でも、退屈で変化のない政治政策はさもしい迎合を繰り返し、それも足りなければ受益者負担だと税の徴収は烈しくなるばかりだ。加えて。頻繁に繰り返される政治指導者の交代はは、敬重のない国家として諸外国...人間考学この機に人物を得るということ

  • 若者よ 蓬莱の島 台湾へ   再

    日本語世代を訪ねて・・・麗しの島美麗島、蓬莱の郷、といわれた台湾、いろいろな情感が入り混じる懐かしく、苦く、淡い哀愁さえある陛下は御代の旅の結びのごとく沖縄から離島にわたり、遠く霞む美麗島を黙視鎮想された。その島の今の政体は、ためらいと戸惑いを含みながら覚悟ある行動を顕示したそれは歴史の刻を共有した情感だけではなく、あらたな更新を促がす行動だった我国の同胞、とくに若者の感知力は、驚愕から感謝となって伝播した教育公務殉難六士先生遺影台北芝山巌現地人から誤解されて殉難恒例になった高雄の仁愛の家(高齢者施設)西舘好子さんと台湾日本語世代が子守唄を歌う※日本語世代・・・80代・90代震災の臨機にその郷から若者は多くを学んだ無条件の貢献、学びの行動無名の有力さ躊躇なき人情の発露それは我国の社会や学び舎でも倣うことができな...若者よ蓬莱の島台湾へ再

  • 苛め イジメ 虐め 

    バングラデッシュ子供新聞キシロチェトロ女偏のつく漢字は多いが男編は少ないちなみにイジメに似ているナブルがあるが、嬲と嫐がある。昔は男二人が女を挟んで、゛いたぶって゛いたが、今は、女房と娘に挟まれる男が増えた。なかには、房中(寝室)でイジメ合う睦み事がある。声を張り上げて嫌だ厭だと云ったと思うと、涙と歓喜に変わるのは視聴覚の学びだが、これもイジメと称すが、イライラと虐げは男女共通の鬱憤発露としてよくあることだ。それが上手くいかないと子供にアタリ、登校拒否になったりもする。男は部下にアタリ、いじいじして酒で紛らすものもいる。十七条の「和を以て貴しとなす」は、それ以前の隣国の房中の要にある「夫婦相和し、拒ばまざるを以て旨とする」を拝借したのではないかと古人が言っていた。つまり、調和は「素直に拒まない」ことからなのだろ...苛めイジメ虐め

  • 真実を演ずるものは寡黙で筆も拙い    11 1/10再

    往々にして記録というものは当事者である演者が記すと感情的とか記憶の間違いだとか批評の対象になることがある。逆に、見てきた如く著す第三者もいるが、商業出版の徒である売文の輩になると曖昧なところは小説風に仕立て、辛苦や戦闘での肉体的衝撃を格好のよい納まりで書き綴っている。以前、湾岸戦争が茶の間のテレビでコーヒーを飲みながら観戦した。不謹慎極まりないが、トマホークの発射と着弾の様子がリアルタイムで映し出されると手元のカップを思わず強く握っていたことを思い出す。現場は阿鼻叫喚の殺戮である。これはどちらに共感するかの問題ではない。まだテレビが普及していなかった頃には大勢の人が街頭に設置したテレビが放映するプロレスに熱中した。そのときも力道山が外人レスラーを、゛やっつける゛度に身体を揺すり、握りこぶしをつくって熱中していた...真実を演ずるものは寡黙で筆も拙い111/10再

  • 脅されたり、揉み手ですり寄る関係 08 あの頃

    中曽根・胡耀邦による青年3000人交流のために作られたホテル、ホール、体育施設などの複合施設中日青年友好中心(センター)暴力団のミカジメに嫌々つき合わせられる飲食店の女将の関係でもないが、よく似ている。昔の行きがかりで物騒なものは持たされず、それゆえに従わされ、言うことを聞かなければ敵の敵は味方よろしく、物騒な飛び道具で脅しをかけ、ミカジメ量の増額を図る、どこかアメリカと日本の関係に似た仕組みだが、戦後70年たってもその関係は変わらない。ドイツは、第一次大戦は皇帝のせいにした。第二次はヒットラーのせいにした。日本の戦いはそれと違うというが、敗けた後の始末はドイツの方が一枚上手だ。しかも戦勝国からの要求に一々反駁している。教育、憲法などは勝手にさせないと口出しを拒否。それに比べて日本の当事者は満州事変や日中戦と同...脅されたり、揉み手ですり寄る関係08あの頃

  • 台湾憧憬 異邦に残置すること

    南方のサクラことは、今まで使っていた言葉を禁止され、流入してきた人たちに生活語や行動の自由を制約され、かつ今までの既存の社会の仕組みまで解体され、まるで残置されたように数十年も苦渋な生活を強いられる人々の姿を黙視する憐憫の情は、我が身を刺すように心魂を揺るがすのである。それは歴史の隘路に取り残されたかのように我が国の情感を大切に維持し、且つそれを生計の座標として、覚え習った佳き習慣性を心に抱き、まるで客分のように控えめに営みをもつような、ここでは残置されたかのような元邦人の姿であった。まさに狭く困難な路を歩んだ善人の轍(わだち)が明確に遺されているのが台湾というところだ。中山老人住宅元邦人と記したが、清国から割譲され殖産事業に邁進した時から生を享け、幼少期、思春期を経て、反面教師のごとく混乱を巻き起こした国民党...台湾憧憬異邦に残置すること

  •  日台に不可欠な世代のバトンタッチ あの頃

    中央蔡亜東関係協会秘書長最終日、われわれ一行を昼食に招いてくれたのは台湾の亜東関係協会秘書長の蔡明耀氏。一市井の訪台団としては異例の厚遇を戴いた。三年前、青森県平川市で開催したシンポジウムに当時、東京の台北駐日経済文化代表處の政務部長だった周氏が参加してくれたことがわれわれと台湾政府との関係を一層深めるきっかけとなった。蔡明耀秘書長歓迎挨拶ようこそ台湾にお越しくださいました。ご存知のように台湾では一月一六日に国会と総統選挙があり、野党の民進党が勝利した。五月二〇日に政権交代となる。日台関係には何の影響もないと思う。逆にこれからの日台関係はもっと緊密になっていくと確信している。亜東関係協会の仕事は日本との交流促進、また日本との親善のためつくられた組織。これから世代のバトンタッチが必要だ。ご存知の通り台湾では、日台...日台に不可欠な世代のバトンタッチあの頃

  • 岡潔と安岡正篤の符合する、教育の根幹と意志

    朝日新聞文化・文芸より前ブログ「教員免許?」の関連稿です。数日前に友人の賢者に偶成だが、奇怪な考えを呈上した。また、学縁をいただいた安岡氏の自宅書斎での諭しを想起して、人物造化の教育論に同じような薫りを利いた。岡氏は世界的な数学者、安岡氏は碩学と謳われ多くの事績を遺している。岡潔氏以下メール文・・・・≪賢人の各位殿無学の拙意ですが・・・、我が身を脚下照顧してご感想をいただければ幸いです以前、アジアは未開で野蛮といわれ植民地になった。しかし支配は変わっても滅びることはない。このロングヒストリーを構成し、支える要因に人間がいる。自然界への諦観は支配者にも通用した。そしていつの間にかいなくなった。この一連の経過にある柔らかさとしぶとさを論理的に表せないか、と友人に問うたら、複雑系数学で解けるという。面白かっだが、理解...岡潔と安岡正篤の符合する、教育の根幹と意志

  • 小人のみる秤の目盛 手垢、目垢、耳垢 14 2/5 再

    桂林悠遊人は腹を見せるといっても五分か多くて六分、また瞬時の秤取りは集中力と緊張感の成せるものだが、大人は見切った相手には腹をみせて返りのアクションを読み取る戯れのような余裕がある。小人はそれでも慣れてくると逆に秤(器量、度量)を計ってくる。それでも明確な意思表示もせず、逆に許容を表すとコソコソと(※)口耳四寸の口舌を駆使するようになる。(※)口と耳の間隔は4寸(約12cm)考えもなしに聞いた話を口に出すこと一旦は旅に出るように距離を置くようになるが、もともと知ったかぶりが板についていないせいか困惑する問題が生ずると恥も外聞もなく助力を請うてくる。このような小人の群れが多くなった。全てが半知半解なのである。恰好をつけて鼻をふくらませてもコソ泥のような影の行動は余計に計算高い人間をつくってしまう。なにか成果を上げ...小人のみる秤の目盛手垢、目垢、耳垢142/5再

  • 教育免許?? あの頃

    数学の本質は論理ではなく情緒岡潔氏孔子やブッダには教えるための資格もなければ、論語や経典に流行りの著作権はない。だが、学び舎で論語を説き、寺院で経典を説き、かつ生計を図るには免許が必要となる。そして、いつの間にか学術的(アカデミック)の範疇に囲い、元となる心学や救済なとは微かになり、資格は既得権として形骸化する。つまり、埒外(柵の外)、放心(心が放たれる)となり、学び舎や教育産業と化し、寺院はミュージアムやイベント小屋と化す。以下は、教師でなく教員であり、聖職者でなく行政労働者のハナシだ。関西の高校で体育教師が国語を教えたことで問題になっている。教科によって免許が必要となり、それ以外は単位として認められないという事らしいが、その教科目の数は細かく分類している。免許取得で一番多いのは自動車だが、この管轄は公安委員...教育免許??あの頃

  • もう一人の自分の安心は、己を知る人の存在

    ときに己にも問いかけることもある内容ですが・・・・武士(モノノフ)は己を知る者のために死ぬ、と聞く。現代社会は、相手に知ってもらいたいと、なかには「見て!見て!」と、性別にかかわらず料理なり技芸を見せたがるが、人品や人柄とは何ら関係のない附属性ともいえる、たかだかの特技を誇ったり、身体表層を飾り、ときには偽装するような目に見える姿は、ここでは「己を知る」とは言わない。もともと己を知らないままに生命を遂げるようだが、碩学安岡正篤氏の講堂の掲額には「我、何人(ワレナニビトゾ)」と記されていた。ゴーギャンは南太平洋のタヒチに渡った。毛沢東は革命を通じて己を知った。孫文は中国近代革命の魁となり、西洋列強の植民地主義の膨張政策がみえた日本および日本人に「日本は東洋王道の干城となるか、西洋覇道の狗となるか慎重に考えるべきだ...もう一人の自分の安心は、己を知る人の存在

  • 贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む

    極東軍事裁判ラダ・ビノード・バル判事の椅子東條家の人たちとパル博士標題は、ロシュフーコのいう自己愛の観察の類なのだろうが、どうも、「そもそも人間は・・」、との問いに頓首せざるを得ない。まだ頭を傾げる姿ならまだしも、悲しいかなおおよそは当てはまる心の深層だろう。筆者もその風はあるのだろうと、内心を探ってみた。当てはまる現象を取り上げることも野暮な思索だが、表記を逆に考えれば、己が幸せの羨望を集め、嫉妬されるような幸福感を求めていることなのだろうそんなことを考えることも思想ゲームの類だと一笑されそうだが、いくら聖書や古い経典を振り回さなくても、己の内心を探れば口に出さなくても大方は得心している。ところが、幾らか人生を重ねると、その時々に錯覚していた、あるいは今考えると、゛あれさえなければ゛と、悔やむことがある。それ...贅沢をするものに憧れ近づき、妬み、そして不幸を待ち望む

  • 日本人との応答 08 再 あの頃も

    春は枝頭から・・一、勝負は勝とうと思うな。負けまいと心に定めよ。一、我欲を抑え、波風を立てず、人を先に立てよ一、差し出た振る舞い、物知り顔をするは、愚かなり一、人間交際の要は、親しき仲にも隔てあり出典は徒然草だそうです。2008年03月14日13:03応答なかなかですね・・・漢学(唐学)や洋学のごとき外来に影響されたとしても、成文無き(不文)情緒や、民族的直感から導かれるセキュリティー、つまり五感にある潜在した能力を、自然界に謙虚に表現する邦学(国学とも)を見直す期が来ている。似て非なる民族の、それも彼の国では「ハナシ」の類を無条件に戴くことを鎮考しなければなりません。異文化の導入として漢字を・・ビジネスの導入として英語を・・・古人は様々な技法を活用して文化を取り入れ、また意思を交換するために共通文字を使用しま...日本人との応答08再あの頃も

  • 「天皇たちの和歌」への投稿 再

    時々の気の置くところを豊かな感性で詠む素晴らしさが拝観される。時節観は過去と将来の間としての現在観を、大自然には感謝と祷りを本として沿い随うべき心を、それは大自然の一粒としての自覚と下座観による万象への透徹した観察にある。それが習慣化された人格の投影として詠み歌がある。それらはアカデミックな分類や科学的考証などのすべが怒涛ように押し寄せた時代に対して、詠み歌によって座標の蘇りを映す意志がある。あの、帝大巡視のおり、元田侍従に諭した「聖諭記」にみる専門部分の学究に分化した教育の仕組みに、「相」となる人物の養成を妨げる欠陥を指摘した慧眼にみることができる。それは何を座標として自然や人物を観るべきなのか、また座標の狂いが数値評価やそれを具とした立身出世主義という、人格とは何ら関係のない附属性価値の装飾に堕すような不良...「天皇たちの和歌」への投稿再

  • あの頃の米国 職務に忠実なアメリカの高校カウンセラー

    桂林の子供たち1998年02月27日(金)共同通信社経済部伴武澄ニューヨークに赴任したことのある資生堂の八木さんの、初めの半年の悩みは当時高校2年生だった娘さんのことだった。公立高校に通わせていたが、いつまで経ってもアメリカの学園生活に慣れなかった。ある日、高校のカウンセラーに「これ以上この学校にいても娘は慣れることはないだろうから、近くの日本人学校に転校させたい」と打ち明けた。カウンセラーからの返事は八木さんを驚かせた。「あと一週間下さい。自分なりに最後の努力をしてみたい」。日本語では平凡な言い回しにしかできないが、英語ではまるでその娘さんを立ち直らせることが自分の義務であり、一週間の時間が与えられることが担当者としての権利のような言い方に聞こえた。一週間後、カウンセラーの努力のかいがあって娘さんは見事に立ち...あの頃の米国職務に忠実なアメリカの高校カウンセラー

  • 実現したい高齢者の日台交流  回想

    https://jisin.jp/domestic/1623599/女性自身「美智子さまと母との手紙のやりとりは数百通にもおよびます。母が亡くなった後は、私が代わってお答えしたこともありましたね。今それらを読み返しているのですが、美智子さまのお言葉からは、日本国民のために健康であり続けなければならないという、とても強い“使命感”が伝わってきます」第六次訪台では国母がお世話になった荘シュクキ先生御弔問を台湾窓口亜東関係協会の協力で執り行った。子守歌協会西舘好子さん台南緑青園は一般財団法人国際平和協会と連携のもと、台湾政府・弘前市・平川市の後援で⒉年連続の訪台研修を実現した。そこで⒉回の訪台振り返る座談会が2014年11月、青森県平川市の緑青園さくら館大会議室で行われた。その座談会の模様を報告したい。(参加者は財団...実現したい高齢者の日台交流回想

  • (財)国際平和協会   賀川豊彦を知っていますか

    一般財団法人国際平和協会伴武澄寄稿賀川豊彦との出会いは2001年12月だった。東京・元赤坂にある財団法人国際平和協会の事務所を訪れ、戸棚にあった機関誌「世界国家」を読み始めたことがきっかけだった。https://www.kagawakan.com/%E8%B3%80%E5%B7%9D%E8%B1%8A%E5%BD%A6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/(賀川豊彦)終戦の8月、賀川豊彦は東久邇稔彦首相に官邸に呼ばれて、参与になることを求められた。戦争で傷ついた日本を再生するためにグランドデザインを描いて欲しいと要請されたのだった。賀川は直ちにそれまで協力を仰いでいた有力者たちに声をかけ財団法人国際平和協会を立ち上げた。そのメンバーのなんと華麗なことにびっくりした。国際平和協...(財)国際平和協会賀川豊彦を知っていますか

  • 慌てず、騒がず、競わず、鎮まりのあること 09 12/12 あの頃

    極東軍事裁判インド選出判事ラダ・ビノード・パル氏「時が熱狂と偏見が過ぎ去った暁には、女神は秤の均衡を保ち、賞罰の置く処を替えるだろう」つまり、流行りごとのような現代の価値観を人々が冷静に考えられるようになったら、無価値と思えたことに人間として大切な意義と新しい価値を加えるようになると説いている。当時は戦争について勝者に賞、敗者に罰と定義した裁判への考察でした。それは数百年にわたる西洋列強のアジア植民地の声でもありました。パル氏の生地西インド地方(バングラデッシュ)識字率向上のために発行したベンガル子供新聞「キシロ・チェトロ」は学校の教材にも使われているよく政治家、経済界、知識人が、コロナ以後の世の中をいろいろと推測(予測)しているが、人間(他)を考えることばかりで、己を考えることが無為なことと感じているようだ。...慌てず、騒がず、競わず、鎮まりのあること0912/12あの頃

  • 賢者は己を量って意を発する 08 12/22 再 あの頃

    ゛なにごともホドが大事だょ゛も組竹本談ことのほか心地よい音(オン)を含ませ、至宝の美句のような自由、民主、平等は、ときとして分別を失くすような世俗の言論の冠となり、゛三種の神語?゛にもなるようだ。もとは西の作りスローガンだが、東では「平ならぬもの、平すれば、平ならぬなり」と、もともと平らでないものを、無理して平らにしようとしても、不平が起こると、「平」について考えている。戦争と戦争の間は「平和」、恒久平和は「安寧」という。美しいと思われる文字や章にこだわり、行動にそぐわない無理な縛りを作っても、かえって争いの種になるとも考えている。確かに、生物は、人間は、男女は、長幼はと問えば判り易い種別や分別が発生し、夫々に神語の旗が掲げられる。それは個別の軋轢を和らげたり、安易な調和を導く社会の優しさとも受け取られる文字に...賢者は己を量って意を発する0812/22再あの頃

  • 答えに窮したら、粛々と「お応え」すればいい 再

    英明な陛下はビデオメッセージによって国民に語ったそれは誕生後といってよい存在の中での思索、観照、ご体験などの経過に基づいて、敷島(日本)に縁をもち種々の営みをおこなう人々を大御宝(オオミタカラ)と称して慈しむべき天皇の存在を照顧した、一つの答えだった。その御方が、あえて国民に伝えたいことを述べられた。それは、あの御立場から諸事情を俯瞰し登覧する立場でたどり着いた明察した答えだと拝聴した。それに種々整合性を探し理論づけした答えを探すことが役割とする人々は、先ず以て「お応えする」ことを考えるべきことだ。疑問や問題視は浮俗で屏風にしたり甘えた依頼心によって営みを支えていたものの一方の姿のようだが、軽輩の小生とて、先ずは御心を煩わせてしまったお詫びと、関わる心の薄さに己を責めたくもなる心情が湧いてくる。想起するのは吉田...答えに窮したら、粛々と「お応え」すればいい再

  • 案山子文化と罠や囮の文化

    桂林いまは益虫ともいわれるスズメも収穫期には害虫として黄金の穂から追い払われる。その方法は音の出るもの、人を模した案山子、いまは風に揺られて光る銀色の片で田穂を囲っている。だが稲穂を狙う鳥獣さえも案山子には驚かなくなった。昔の田圃には野良着に手拭いでほっかぶりをしたカカシが必ず立っていた。「一本足の案山子・・・」と歌にもあった。それは、いくらか喰われても鳥を除けるための鷹揚な知恵だった。鳥にしてみれば欺く狡知だろうが、゛ホドほどにろしろよ゛という共生の気持ちもあったし、何よりも殺傷を忌み嫌った郷の倣いだった。毛沢東は躍進運動で全国のスズメの殲滅を命令した。余談だが力は鉄と全国の金物片なり仏像などの造物をあつめ簡易な溶鉱炉を郷村に作ってみな鋳型にした。その結果は悲惨だった。イナゴの大群に襲われ雀被害どころか収穫さ...案山子文化と罠や囮の文化

  • 2020年1月、COVID19はどう感染拡大したか

    2020年1月、COVID19はどう感染拡大したか投稿日:2021-06-27作成者:伴武澄2020年1月30日、世界保健機関(WHO)は中国から感染が広がっている新型コロナウイルスについて、「世界的な緊急事態」を宣言した。感染者は20日に武漢市だけで291人だったのがが、10日後の30日にはほぼ全中国に広がり7000人を超えていた。新型ウイルスによる死者は、中国で少なくとも213人に上っている。WHOによると、中国以外での感染は、18カ国で計98人の感染者が確認されている。中国以外での死者はいない。感染者のほとんどは、感染が発生した中国・武漢市に渡航した人となっている。人から人への感染は、ドイツ、日本、ヴェトナム、アメリカで計8例が確認されている。https://www.bbc.com/japanese/51...2020年1月、COVID19はどう感染拡大したか

  • 「謝ったら過ちを認めたことになる」と、ここから人の連帯は劣化した

    児玉神社国会でも一部の弁護士出身者の詭弁によって混迷の度を深くしているが、弁護士資格を持った議員同士の騒論は醜い争いとして議会のみならず、日本人そのものの劣化の象徴例として政治を暗澹としたものにしている。当然ながら国会は相手の罪状認否あるいは追求の場ではなく、国家をいかにして運営するか、協議する場である。国民も安心して任せられないのか、それとも劇場と揶揄されるように、判りやすい悪役、善人や派手な原色スーツ姿のパーティーホステスの嬌声をバラエティー番組を観るかのように楽しんでいるフシもある。異文化かぶれは別として日本人は昔から「謝ったら過ちを認めたことになる」との反応はなかった。たしか筆者が生意気盛りだった頃の昭和30年代に口の達者な連中が広げたことだが、銅臭を察知して三百代言と揶揄された代理人(弁護士など)など...「謝ったら過ちを認めたことになる」と、ここから人の連帯は劣化した

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