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Enoの音楽日記
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オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
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134回 / 365日(平均2.6回/週)

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Enoの音楽日記さんの新着記事

1件〜30件

  • エッシェンバッハ/N響

    エッシェンバッハ指揮N響のCプロはブラームス・プロだが、後述するように、一捻りしたブラームス・プロだった。素直じゃないというか、そこがエッシェンバッハのエッシェンバッハたる所以だろうが‥。先日のAプロのマーラー「復活」で、何かにこだわって素直になれないエッシェンバッハを聴いたばかりなので、聴くほうとしても、どこか身構えた。1曲目はピアノ協奏曲第2番。ピアノ独奏はツィモン・バルト。エッシェンバッハの盟友らしい。この曲をエッシェンバッハ指揮ベルリン・ドイツ響とレコーディングしている(わたしは未聴だが)。ともかく、そのバルトのピアノ独奏が独特だった。独特という言葉が一般的すぎるほど、だれにも真似のできない、風変りなものだった。第1楽章冒頭のアルペッジョからして、テンポが遅く、しかも途中で(まるで歩みを止めるかのように...エッシェンバッハ/N響

  • ブラビンズ/都響

    マーティン・ブラビンズは都響への客演が今回で5度目だ。わたしも何度か聴いているが、その都度興味深いプログラムを組んでいた。今回は「愛する人、親しい人に捧げた曲」を集めたもの。そのプログラムもさることながら、登場一番、でっぷり太って貫禄がついたのが印象的だった。今はイングリッシュ・ナショナル・オペラの音楽監督をしている。脂の乗り切った時期なのだろう。1曲目はラヴェルの「クープランの墓」。いうまでもないが、第一次世界大戦で戦死した友人たちのために書かれた曲。第1曲と第2曲ではリズムに弾みをつけようとしていることが聴き取れたが、今一つぎこちなさが残った。でも、全体としては心優しさが伝わる演奏だった。2曲目はジェイムズ・マクミラン(1959‐)の「トロンボーン協奏曲」(2016年)。5歳で亡くなった孫娘のために書かれた...ブラビンズ/都響

  • 下野竜也/読響

    下野竜也が読響に帰ってきた。いかにもこの人らしいプログラムを携えて。定期会員の一人として「お帰り下野さん」と、今公開中の映画「お帰り寅さん」に倣っていってみたくなる。1曲目はショスタコーヴィチの「エレジー」。原曲はオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」の第1幕第3場のカテリーナのアリアを作曲者自身が弦楽四重奏用に編曲したもので、それをシコルスキが弦楽合奏用に編曲したそうだ(柴辻純子氏のプログラム・ノーツより)。読響の弦がほの暗く、しっとりした音を鳴らした。前座のノリをこえた演奏だった。2曲目はジョン・アダムズ(1947‐)の「サクソフォン協奏曲」(2013年)。サクソフォン独奏は上野耕平。全2楽章、演奏時間約29分(プログラム表記)の曲だが、全編にわたって気の狂いそうな変拍子が続く。下野竜也の指揮から目が離せず...下野竜也/読響

  • エッシェンバッハ/N響

    エッシェンバッハがN響を振ったマーラーの交響曲第2番「復活」を聴いたが、それがどんな演奏だったかをいうのは、ひどく難しい気がする。その難しさの中に、エッシェンバッハとはどんな指揮者なのか、その核心があるようにも思うのだが。第1楽章冒頭の低弦のテーマは、だれが振っても劇的に演奏するが(そしてエッシェンバッハもそうだったが)、ヴァイオリンで始まる第2主題になると、第1主題の余韻を引きずらずに、妙に吹っ切れた、軽く、あっさりした演奏になった。劇的な緊張が楽章全体を覆わずに、各部分への興味が優先する演奏だ。部分への興味ということでは、クラリネット2本の経過句がはっきり聴こえる箇所が印象に残った。激情が渦巻く第1楽章の中で埋もれがちな経過句だが(わたしは今までそれに気づかなかった)、そこにも大事な意味があると教えられた。...エッシェンバッハ/N響

  • 『男はつらいよ』お帰り 寅さん

    もうずいぶん前のことだが、テレビで渥美清の特集番組を見た。その中で渥美清はこう語っていた。「スーパーマンっていうテレビ番組があっただろう。あれをやっていた役者が、ある日子どもたちに囲まれて、『ねえ、空を飛んでよ』とねだられた。だけど飛べなかった。ね、役者は素顔を見せちゃいけないんだよ」と。わたしの家にはテレビがないので、その番組をどこで見たのか記憶にないが、ともかくその言葉が印象に残った。その言葉を語るときの渥美清の表情が、寂しそうに見えたからか。「寅さん」シリーズ第50作の「お帰り寅さん」を見た。よく笑い、よく泣いた。スクリーンに映る寅さんは(過去の作品の抜粋なので当然だが)いつもの寅さんだった。明るく屈託のない寅さん。人は死んで星になる。そんなロマンチックな言い方が、今だけは許されるなら、寅さんは星になった...『男はつらいよ』お帰り寅さん

  • 青柳いずみこ「グレン・グールド―未来のピアニスト」

    青柳いづみこの「高橋悠治という怪物」と「翼のはえた指―評伝安川加壽子」を読み、自身ピアニストである著者のピアノ奏法への独自の洞察に惹かれたので、もう一冊、「グレン・グールド―未来のピアニスト」も読んでみた。青柳いづみこの師であった安川加壽子や、同時代を生きる高橋悠治と違って、グレン・グールド(1932‐1982)はすでに故人だ。著者は生前のグレン・グールドとは面識がなく、また実演を聴いたこともない。残された録音からあれこれ考えるだけ。そんな自分を「安楽椅子探偵」と称し、グレン・グールドとは何者であったかを考える。わたしたちも「安楽椅子探偵」に変わりはないので、著者はわたしたちの代弁者だ。いうまでもなくグレン・グールドは、キャリアの途中で(具体的には1964年に)コンサート活動から撤退し、録音活動に専念した。青柳...青柳いずみこ「グレン・グールド―未来のピアニスト」

  • 青柳いずみこ「翼のはえた指―評伝安川加壽子」

    青柳いづみこの「翼のはえた指―評伝安川加壽子―」を読んだ。活きのいい文体、自身ピアニストである著者のピアノ奏法への洞察、そして安川加壽子に師事した著者の師への想い出という、それら3要素が混然一体となった名著だ。本書は1999年に白水社から刊行され、同年第9回吉田秀和賞を受賞した。吉田秀和はそれ以来、著者の著作を欠かさず読んだといわれる。安川加壽子は1922年(大正11年)生まれ。生後1年あまりでパリの国際連盟日本事務局に勤務する父のもとへ渡った。加壽子は日本語よりもフランス語で育った。1934年にパリ音楽院ピアノ科に入学(当時12歳の加壽子はクラスで最年少だった)。1937年に1等賞(第3位指名)を得て卒業した。ヨーロッパ情勢は緊迫していた。1939年8月、独ソ不可侵条約の締結。同年9月、ドイツ軍がポーランド国...青柳いずみこ「翼のはえた指―評伝安川加壽子」

  • ベートーヴェン生誕250年にむけて

    鷹野晃氏の写真展「ベートーヴェンへの旅」が銀座のソニーイメージングギャラリーで開かれた。会期は12月27日で終了しているが、展示作品の一部で構成した動画がYoutubeにアップされているので(※)、ご紹介したい。ベートーヴェンゆかりのボンとウィーンの街並みや記念館が写っている。自然光のみで撮ったというそれらの写真は、わたしたちが現地に行ったときに目にする風景そのもの。旅行者目線で捉えた現地の日常風景といったらいいか。会場には鷹野氏ご本人もいらして、声をかけていただいた。手短に感想を述べてから、「地方でやる予定はないのですか」と尋ねると、2020年5月に宮崎県立美術館でやる予定とのこと。また、ベートーヴェン生誕250年なので、他の街でもやれないかと模索中だそうだ。ベートーヴェン生誕250年――2020年はわたしも...ベートーヴェン生誕250年にむけて

  • この世界の(さらにいくつもの)片隅に

    「この世界の(さらにいくつかの)片隅に」を観た。2016年に大ヒットした「この世界の片隅に」に“さらにいくつかの”カットを追加したもの。わたしは2016年のヴァージョンは観なかったが、その後、戦争中に呉海軍工廠で働いた亡父の記録がかなり判明したので、戦争中の呉を舞台にした本作を観る気になった。というか、正確にいうと、亡父の記録を調べる過程でさまざまなご指導をいただいた方(「ポツダム少尉68年ぶりのご挨拶呉の奇跡」の著者。同書は自費出版・非売品だが、全国140か所の公立図書館に収蔵されているそうだ)の強い推薦を受けたから。ストーリーは多くの方がご存じだろうが、念のために簡単に触れると、1944年(昭和19年)、18歳になった「すず」は呉に住む「周作」のもとに嫁ぐ。「すず」にも「周作」にも結婚前に心を寄せる異性がい...この世界の(さらにいくつもの)片隅に

  • 成川美術館&ポーラ美術館

    箱根に行った。芦ノ湖の西岸を歩くつもりだったが、取りつきまで行くと、「通行止め」の表示があった。電話で観光案内所に確認すると、台風19号の影響で「まだそこまで手が回らない」とのこと。土砂崩れか何かがあったのだろう。仕方がないので諦めた。さて、どうしよう。宿はいつもの施設を取っているが、それまでの半日をどう過ごすか。選択肢はいろいろあったが、久しぶりに、というか何十年ぶりかで、成川美術館に行ってみようと思った。成川美術館は日本画の美術館だが、こんな機会でないと訪れることもないので、良い機会かもしれなかった。一番おもしろかった作品は、加山又造(1927‐2004)の「猫」(1976年)(※1)だ。大輪の2輪の牡丹をシャム猫が見ている。目を丸くして、まるで驚いているようだ。目の青さが愛嬌がある。左上から右下への対角線...成川美術館&ポーラ美術館

  • 2019年の回顧

    2019年の音楽生活を振り返ると、一番大きな経験は、新国立劇場の新作オペラ「紫苑物語」の上演に接したことだ。傑作だとか、世界に通用するオペラだとか、そんな観点よりも、わたしたち聴衆を巻き込んで、新作オペラを制作するとは何か、その意味を問うイベントになった。毀誉褒貶が相半ばし、喧々諤々の議論となったが、それは制作チーム(作曲・西村朗、台本制作・佐々木幹郎、指揮(芸術監督)・大野和士、演出・笈田ヨシ、監修・長木誠司)の望むところだったろう。むしろ制作チームの勝利だったといえる。口角泡を飛ばして論難する人々を見て、制作チームはニンマリ笑ったにちがいない。わたしはといえば、これは異形の怪物だと思った。完成品というよりも、ワーク・イン・プログレスの観を呈していると思った。再演を熱望するが、再演の際には大胆な改訂があるかも...2019年の回顧

  • アラン・ギルバート/都響

    アラン・ギルバートが都響を指揮したマーラーの交響曲第6番「悲劇的」は、きわめて密度の濃い演奏だった。演奏時間約80分を息つく暇もなく聴かせ、しかも聴き終わったときに疲れを感じさせなかった。それほどまでに濃密で、大きな起伏を描き、ドラマを雄弁に語る演奏だった。とりわけ第一ヴァイオリンの熱量のある音が際立っていた。その音は都響としても見事な出来だが、在京オーケストラの中でも独自の個性を示した。今回のアラン・ギルバートの客演指揮は、先日のリスト(ジョン・アダムズ編曲)、バルトーク、トーマス・アデスおよびハイドンのプログラムと合わせて、見事な成果を挙げ、アラン・ギルバートと都響の一体感がまた一つ上のステージに上ったことを感じさせた。マーラーの交響曲第6番では、第2楽章と第3楽章はアンダンテ・モデラート→スケルツォの順で...アラン・ギルバート/都響

  • 広上淳一/日本フィル

    年の瀬の「第九」の季節がやってきた。昨夜は日本フィル横浜定期の「第九」へ。指揮は広上淳一。前プロはヨハン・クリスチャン・バッハの「シンフォニア変ロ長調op.18-2」だった。わたしはヨハン・クリスチャン・バッハとかカール・フィリップ・エマヌエル・バッハとか、前古典派といわれる作曲家が好きなのだが、在京オーケストラを主なフィールドにしているため、それらの作曲家を聴く機会はあまりない。今回はひじょうに楽しみにしていたのだが、残念ながら演奏は大柄で、恰幅が良すぎた。「第九」はソプラノ・中村恵理、カウンターテナー・藤木大地、テノール・吉田浩之、バリトン・大西宇宙(「宇宙」は「たかおき」と読む)という豪華なソリストが注目の的だった。世界に通用する今が旬の歌手3人とベテラン1人の布陣。とくにアルトの代わりにカウンターテナー...広上淳一/日本フィル

  • 友人を悼む

    高校時代の友人が今年2月にフランスのリヨンで亡くなった。友人は2年ほど前にリタイアしてから、自分のためにお金を使うんだといって、毎月のように海外旅行に出かけた。個人旅行ではなく、添乗員が同行するツアーに参加して、そのようなツアーで行く観光地をつぶさに回った。旅行から帰ると、写真を見せながら、現地の風物や社会状況の話をした。そのときの友人は楽しそうだった。今年の2月にはフランスに行った。フランスに行くという話は聞いていた。そんなある日、奥様から電話がかかってきた、「主人が亡くなったんです」と。えっ、と驚いた。詳しい状況を聞きたかったが、奥様もわからない様子だった。わかっていることは、リヨンのホテルで亡くなったということ。遺体はまだ日本に帰ってきていないが、葬儀の日取りを決めたこと。ただ、遺体が間に合うかどうかはわ...友人を悼む

  • アラン・ギルバート/都響

    アラン・ギルバートの、一曲一曲は小ぶりだが、なんとも物凄いプログラム。前半の1曲目はリストのピアノ曲「悲しみのゴンドラ」(1885年/第3稿)をジョン・アダムズ(1947‐)がオーケストラ用に編曲したもの。沈鬱なトーンに覆われている。いうまでもないが、「悲しみのゴンドラ」は死期の迫ったワーグナーのためにリストが書いた曲なので、ワーグナーつながりから、ジョン・アダムズのオーケストラ曲「ハルモニーレーレ」(1984年)の第2曲「アンフォルタスの傷」との関連を想った。2曲目はバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番。ヴァイオリン独奏は矢部達哉。甘美な音色で明瞭なラインを描く演奏だ。オーケストラとの呼吸もぴったり。バルトーク初期の曲だが、硬さとか若書きとか、そんなことを感じさせずに、緊張感を持続し、終始おもしろく聴かせた。...アラン・ギルバート/都響

  • リープライヒ/日本フィル

    私事で申し訳ないが、去る12月3日に手術をした。全身麻酔で4時間かかる手術だった。事前に医師からは「何もなければ、週末には退院できるでしょう」といわれていた。そこで、日本フィルの12月6日(金)の定期は7日(土)に振り替えた。結果、7日(土)の定期を無事に聴くことができた。指揮はアレクサンダー・リープライヒ。3月の定期に引き続き2度目の登場だ。今回の1曲目はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲。妙に余裕のない演奏だった。前述の通り、定期の日にちを振り替えたので、いつもの席とは違うから、耳慣れないオーケストラとの距離感やバランス感覚のせいかと思ったが、それだけでもなさそうだった。2曲目はルトスワフスキの「オーケストラのための書」。鮮やかな演奏だった。わたしの振替席はLBブロック(ステージの左横)だったので、指...リープライヒ/日本フィル

  • 鈴木優人/N響

    鈴木優人のN響初登場はキリスト教(カトリック&プロテスタント)とユダヤ教関連のプログラム。1曲目はメシアンの「忘れられたささげもの」。メシアン最初期の曲だ。メシアンというと、わたしはすっかりカンブルラン/読響の演奏が刷り込まれている(もちろんいい意味で)。「忘れられたささげもの」も2017年4月に聴いたが、それに比べると、鈴木優人の音は湿度が高い。カンブルランの恍惚感もない。それは個性とか何とか、さまざまな要因によるのだろう。2曲目はチェロの二コラ・アルトシュテットをソリストに迎えて、ブロッホのヘブライ狂詩曲「ソロモン」。ユダヤ色が濃厚な曲だ。アルトシュテットは深々とした音でたっぷり歌った。一方、オーケストラの方は、よく鳴ってはいるのだが、なにをしたいのか、焦点が合わなかった。アルトシュテットのアンコールはバッ...鈴木優人/N響

  • ネトピル/読響

    ヤクブ・フルシャとともにチェコ・フィルの首席客演指揮者を務めるトマーシュ・ネトピルの読響初登場の定期。1曲目はモーツァルトの「皇帝ティートの慈悲」序曲。はっきりした輪郭をもち、背筋の伸びた演奏で、いかにもオペラ・セリアの序曲らしい好演だ。一旦オーケストラが退場して、舞台の照明が落ち、指揮台の横の独奏者席にスポットライトが当たる中、チェロのジャン=ギアン・ケラスが登場して、リゲティの「無伴奏チェロ・ソナタ」。リゲティが西側に亡命する前の作品だ。バルトークやコダーイの流れを留めた曲想がしみじみと演奏された。舞台の照明が明るくなり、オーケストラが再登場して、リゲティの「チェロ協奏曲」。リゲティが西側に亡命して間もない頃の作品。同時期のオーケストラ作品「ロンターノ」と同様、透明な音響の極限を目指した曲だ。「ロンターノ」...ネトピル/読響

  • サントリーホール作曲家の個展Ⅱ:細川俊夫&望月京

    今年の「作曲家の個展Ⅱ」は細川俊夫と望月京(もちづき・みさと)。人気作曲家同士の組み合わせだ。サントリー芸術財団50周年記念と銘打った演奏会。細川俊夫と望月京の新作を聴くチャンスだ。まずはそれぞれの旧作から。1曲目は望月京のオーケストラ作品「むすび」(2010)。東京フィルの創立100周年記念の委嘱作品。上品な色彩感が望月京らしいが、作曲にあたって寿ぎの歌が念頭にあったという、その寿ぎのイメージから出発している点が、わたしには物足りなくもあった。演奏は杉山洋一指揮の都響。丁寧で誠実で、神経の行き届いた演奏だった。それは2曲目以降も同様だった。2曲目は細川俊夫のオルガンとオーケストラのための作品「抱擁―光と影―」(2016‐17)。オルガン独奏はクリスチャン・シュミット。作曲者自身がプログラム・ノートで「オルガン...サントリーホール作曲家の個展Ⅱ:細川俊夫&望月京

  • 平和祈念展示資料館「四國五郎展」

    新宿住友ビルにある平和祈念展示資料館で「四國五郎展」が開かれている。会期は12月27日までだが、前期(~11月11日)と後期(11月12日~)で展示替えがあるので、わたしは両方行ってみた。四國五郎は1924年に広島県で生まれた。1944年10月に召集され、満州に渡る。1945年8月に武装解除。シベリアに抑留される。森林の伐採作業に従事するが、栄養失調、凍傷、吐血で瀕死の重病になる。1946年3月入院。絵が得意なことが知られ、漫画やポスターを描くようになる。収容所では「民主グループ」に属した。1948年11月帰国。同月、広島に帰郷し、弟の原爆死を知る。その後、詩人の峠三吉と親交を結び、反戦平和運動に従事する。絵本「おこりじぞう」の表紙と挿画を担当した。2014年没。本展では油彩画、ペン画、デッサンのほか、シベリア...平和祈念展示資料館「四國五郎展」

  • ブロムシュテット/N響

    ブロムシュテット指揮N響のCプロは「1783年のモーツァルト」プロ。前年8月にウィーンで、父と姉の反対を押し切って、コンスタンツェと結婚したモーツァルトは、1783年の夏にコンスタンツェを伴ってザルツブルクに里帰りした。その里帰りにちなむ交響曲第36番「リンツ」とミサ曲ハ短調のプログラム。演奏の話に入る前に、当時のモーツァルトの心情を振り返っておきたい。モーツァルトが結婚直後に書いた父と姉あての手紙の一節を引用すると、「――ぼくたちが結び合わされたとき、妻もぼくも泣き出してしまいました。するとみんなも泣き、牧師までが感動して――泣きました。みんな、ぼくたちの感動を目のあたりみたからです。」「今では、コンスタンツェもザルツブルクへ旅行するのを、前の百倍も喜んでいます――いずれあなた方が――彼女にお会いくださった暁...ブロムシュテット/N響

  • ブロムシュテット/N響

    ブロムシュテット指揮N響のAプロは、当初発表のソリストが来日中止になり、ソリストと曲目が変更された。変更後のソリストはスウェーデン生まれのピアニストのマルティン・ステュルフェルトという人で、曲目はステンハンマル(1871‐1927)のピアノ協奏曲第2番になった。ブロムシュテットは2018年10月にN響とステンハンマルの交響曲第2番を演奏しているので、2年連続のステンハンマルの演奏となった。わたしは2018年の演奏を聴かなかったので、期待が高まった。その期待は十分満たされた。CDはともかく実演で聴くのは初めての曲だし、今後聴く機会があるかどうかわからないので、心して聴いたが、そうやって気合を入れて聴くに値する曲だし演奏だった。ステンハンマルはシベリウスやニルセンと同時代人で、当初はブラームスなどのドイツ・ロマン派...ブロムシュテット/N響

  • B→C 伊藤美香ヴィオラ・リサイタル

    B→C(バッハからコンテンポラリーへ)のリサイタル・シリーズで、ヴィオラの伊藤美香(いとう・はるか)のリサイタルを聴いた。わたしは事情に疎いので、その名前は知らなかったが、日本人作品を主体にしたプログラムに惹かれたのと、もう一つ、ピアノ伴奏が新垣隆で、そのピアノを聴いてみたい気持ちもあった。1曲目は鈴木行一(1954‐2010)の「響唱の森」(2009)。初めて聴く曲だが、「ヴィオラとピアノの強打音を特徴とした鋭い音のぶつかり合いと、息の長い旋律が展開される部分の対照的な対話」(東川愛氏のプログラム・ノーツ)が繰り返される曲。その強打音が始まった途端に、ヴィオラの音がギーッと潰れたような音なので閉口した。2曲目はバッハのヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調BWV1015。早いパッセージで音が怪しくなるし、また、なぜ...B→C伊藤美香ヴィオラ・リサイタル

  • ドン・パスクワーレ

    新国立劇場の新制作「ドン・パスクワーレ」は、歌手の水準が高かった。中でもタイトルロールのロベルト・スカンディウッツィは、その声の深みと高貴さで圧倒的な存在感を持っていた。さすがは現代最高峰のバスの一人。ヴェルディ歌手として名を馳せた人がこの役を歌うと、これほどまでの存在感があるのかと思った。思えばこの役は、あまり目立ったアリアがなく、むしろ他の歌手とのアンサンブルが主体なので、声そのものに魅力がないと、印象が薄れがちだ。わたしの乏しい経験だが、チューリヒ歌劇場の公演でのルッジェーロ・ライモンディのタイトルロールが、今でも鮮明に記憶に残っている(1999年1月、指揮はネッロ・サンティだった)。一方、ベルリン・ドイツ・オペラの公演では、だれが歌ったのか、記憶から消えている(2006年1月、指揮はイヴ・アベルで、その...ドン・パスクワーレ

  • ライナー・キュッヒルのヴァイオリン・リサイタル

    ミューザ川崎アフタヌーンコンサートでライナー・キュッヒルのヴァイオリン・リサイタルを聴いた。休日午後の気楽なコンサートで、キュッヒルもその趣旨を理解しているらしく、リラックスした雰囲気の演奏会だった。1曲目はドヴォルザークの「ロマンティックな小品」。4曲からなる小品集で、わたしはその曲名を見てもピンとこなかったが、演奏が始まると、「あぁ、この曲か」と聴きおぼえのある曲だった。キュッヒルの演奏は、熱量が高く、張りのある音で、いつもの通りのキュッヒルだった。ピアノの加藤洋之(かとう・ひろし)にも惹かれた。明快で歯切れのいいリズムの持ち主で、ヴァイオリンと対等な関係を結んでいた。どんな経歴の人だろうとプロフィールを見ると、1990年ジュネーヴ国際音楽コンクール第3位入賞、その後ハンガリー国立リスト音楽院に留学、199...ライナー・キュッヒルのヴァイオリン・リサイタル

  • ラザレフ/日本フィル(二日目)

    ラザレフ指揮日本フィルの定期演奏会の一日目を聴いた翌日、事情があって、急遽二日目も聴くことになり、慌てて出かけた。グラズノフの交響曲第6番は、とくに新たな発見はなく、率直にいうと、緊張感は一日目の方があったと思った。二日目は慣れが出たように感じた。一方、ストラヴィンスキーの「火の鳥」は、見違えるような出来だったというと、わたしを含めた一日目の聴衆に失礼になるので、言い方を変えると、アンサンブルがさらに練り上げられた。その緻密なアンサンブルは、絹のようなテクスチュアを織りあげ、わずかな緩みもなかった。イントロダクションのテンポが速く、わたしは一日目には音をつかみかねたので、二日目は心して聴いたが、そうすると、この部分は未分化の、どれがテーマに発展するか分からない、薄明の情景を描いているのだと納得した。数種類ある組...ラザレフ/日本フィル(二日目)

  • ラザレフ/日本フィル

    インキネンとの息が合ってきた日本フィルだが、ラザレフが振るとやっぱりラザレフの音がする。日本フィルの成長ないしは充実の証しだろうか。1曲目はグラズノフの交響曲第6番。いったい今、グラズノフの交響曲をレパートリーにしている指揮者が何人いるだろう。数曲のバレエとヴァイオリン協奏曲を除くと、グラズノフの作品が演奏される機会は少ない。ラザレフはそんな現状を憂いて、意識的にグラズノフの作品、とくに交響曲を演奏しているのではないか。そう思わせるような使命感(あるいはモチベーションの高さ)がその演奏にはあった。交響曲第6番といわれても、わたしにはどんな曲か、皆目見当がつかなかったので、事前にCDで予習した。だが、CDで聴いた演奏とラザレフが振った演奏とでは、まったく印象が違った。ラザレフが振ると、第1楽章はまるで嵐のような演...ラザレフ/日本フィル

  • シベリア抑留絵画展 冬と夏を描く

    「シベリア抑留絵画展冬と夏を描く」という展覧会が開かれた。わたしも見に行き、感銘を受けた。会期はすでに終了しているが、主催者の平和祈念展示資料館(新宿の住友ビルに所在する)は、同様の展覧会を全国各地で開いているので、参考までに、わたしなりに感じたことを書いておきたい。本展は、同資料館の館外イベントとして、九段生涯学習館で開かれた。敗戦後、シベリア抑留を経験した人々が、帰国してからその記憶を描いた作品の展覧会。合計10名41点の作品が展示された。チラシ(↑)に使われている2点の作品は、わたしがとくに感銘を受けた作品。上の作品は関豊(1919‐2000)の「朔風」。朔風とは北風のこと。3人の男の姿が逞しいが、よく見ると、先頭の男は左に傾いている。輪郭線もおぼろげだ。わたしには、その男は疲れ切って、今にも倒れそうに見...シベリア抑留絵画展冬と夏を描く

  • インキネン/日本フィル

    去る10月19日の夕方から腹痛を起こし、深夜に救急車で病院に搬送され、緊急入院となった。そのときは、週末の横浜定期に行かれるだろうかと、ベッドの中で考えた。結局、23日に一旦退院となり、横浜定期に行くことができた。その演奏を聴きながら、無事に来れてよかったと思った。1曲目はベートーヴェンの交響曲第1番。2曲目のピアノ協奏曲第1番もそうだが、交響曲第1番も、実演で聴く機会はめったにない。その意味では貴重な機会だが、交響曲第1番は演奏が少々荒っぽかった。管楽器(とくに木管楽器)と弦楽器とのバランスに違和感があり、木管楽器に比べて弦楽器の鳴りが悪いと感じた。久しぶりに聴くこの曲に意気込んでいたわたしは、満たされない思いがした。2曲目はピアノ協奏曲第1番。ピアノ独奏はアレクセイ・ヴォロディン。その独奏は圧巻だった。とく...インキネン/日本フィル

  • ソヒエフ/N響

    先日、ソヒエフ指揮N響のCプロを聴いて、少し大げさな表現かもしれないが、この演奏は生涯忘れないだろうと思った。控えめにいっても、今年聴いたオーケストラの演奏の中で、声楽付きの作品を除くと、これがベストだと思った。そんな感慨に浸りながら、その足で新宿に向かい、友人と一杯やった。そのうち下腹部が痛くなったので、飲むのを切り上げて帰宅した。家に帰っても痛みが治まらず、じっと我慢していたが、妻が見かねて、深夜、救急車を呼んだ。近くの病院に受け入れてもらい、処置を受けた。処置がうまくいったからいいが、うまくいかなかったら、緊急手術だったらしい。そのまま入院して、昨日(10月23日)一旦退院した。そんな事情で、ソヒエフ/N響の記録を書くのが遅くなったが、上記の通り、たいへん感銘を受けたので、備忘的に書いておきたい――。1曲...ソヒエフ/N響

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