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出身
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ハンドル名
Enoの音楽日記さん
ブログタイトル
Enoの音楽日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/eno1102
ブログ紹介文
オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。
自由文
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Enoの音楽日記さんのブログ記事

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  • オペラ「紫苑物語」

    オペラ「紫苑物語」の初日。劇場に着いて開演を待つ間、(変な言い方だが)わたしにとってオペラ「紫苑物語」の収穫は、すでに半分は終わったと思った。作曲者の西村朗、オペラ化の仕掛け人・長木誠司、台本作成の佐々木幹郎、芸術監督としてオペラ化に深く関わった大野和士そして演出の笈田ヨシ、これらの人々が夢中になってオペラを作る様子に、わたしは目を見張った。オペラとはこうして作るものだ、こうやって夢中にならなければ、オペラは作れるものではないのだ、ということがよくわかった。その結果は別なのだ。で、その結果だが、第一にあげたい点は、台本の見事さだ。石川淳の、短編ながら、直線的には進まず、複雑な経路をたどる原作を、大胆に凝縮して、オペラにふさわしい台本を作り上げた。日本のオペラ史上画期的な台本だと思う。次に音楽だが、それはオペラの...オペラ「紫苑物語」

  • 下野竜也/東京シティ・フィル

    下野竜也指揮東京シティフィルの注目すべきプログラム。オッフェンバックとスッペの生誕200年を記念した序曲集をシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲と組み合わせたもの。ワーグナーとブルックナーとリヒャルト・シュトラウスの自称“オタク”の友人も姿を見せた。会場に着くと、ホワイエでプレ・コンサートをやっていた。クライスラーの弦楽四重奏曲から第4楽章とのこと。数あるヴァイオリンの小品からは想像もできない、本格的な、彫りの深い曲だ。珍しい曲を経験できた。演奏会が始まって、1曲目はオッフェンバックの「天国と地獄」序曲。その音のゴージャスなこと。オペレッタ劇場ならもっと貧相だ。弦は14型だが、オペレッタ劇場はその半分くらいだろう。立派な音から、オッフェンバックのシニカルな微笑みが伝わる。というよりも、シニカルで馬鹿々々しいその音...下野竜也/東京シティ・フィル

  • ホセ・マセダの音楽

    フィリピン人のホセ・マセダ(1917‐2004)の「5台のピアノのための音楽」(1992)と「2台のピアノと4本の管楽器」(1996)を聴きにいった。TPAM国際舞台芸術ミーティングin横浜2019の演奏会。両曲ともCDが出ているし、そのCDはナクソス・ミュージックライブラリーで聴けるのだが、実演だとどう聴こえるか、ぜひ経験してみたかった。実際に聴くと、イメージが少し違った。「5台のピアノ……」の場合は、もっと揺らぎのある、音の帯のようなテクスチュアを想像していたが、実際には薄い、痩せたテクスチュアしか感じなかった。あるいは、非西欧的な要素よりも、ミニマル・ミュージックからの影響を感じたことが不満だったといったほうがよいか。一方、「2台のピアノと4本の管楽器」の場合は、それがどういう音楽か、CDを聴くよりもよく...ホセ・マセダの音楽

  • パーヴォ・ヤルヴィ/N響

    パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響のAプロは、リヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン協奏曲(作曲者17歳のときの若書き)とハンス・ロットの交響曲第1番(ウィーン音楽院の卒業制作で第1楽章を書き、その2年後に全曲を完成)というプログラム。聴く前は、習作プログラムかと思っていたが、実際に聴くと、聴きごたえ十分だった。シュトラウスのヴァイオリン協奏曲は、第1楽章の出だしが溌溂としていて、若き日のシュトラウスの意気込みが感じられる。それを微笑ましく思っているうちに、展開部でヴァイオリンのカデンツァが始まる。そんな(展開部を途中で切るような)例が他にあったろうかと考えたが、その場では思い出せなかった。第2楽章は3部形式で書かれているが、その両端部分は憂愁の音楽だ。後年のシュトラウスなら絶対に書かないような音楽。思わぬ発見をした気...パーヴォ・ヤルヴィ/N響

  • 「愉しきかな!人生 老当益壮の画人たち」展

    石川県立美術館で開催された「石川近代美術の100年」展(2月4日閉幕)で、見ておきたい作品があったので、会期末ぎりぎりだったが行ってきた。金沢は東京から日帰りも可能だが、富山に旧知の宿があるので、そこで1泊して、翌日金沢に行った。富山に着いてからは、まず富山県美術館に行った。同美術館は旧「富山県立近代美術館」が2017年に移転新築したもの。わたしは移転新築後、今回が初めての訪問だった。ガラス張りの明るい建物になっていた。だが、ボランティアらしい館内案内人が要所々々にいて、見学の順路を指示されるのが、煩わしくもあった。実は見学の途中で広い廊下に置かれている彫刻が目に入ったので、見に行こうとしたら、「まず向こうの展示室に行ってください」と言われた。次に水墨美術館に行った。企画展「愉しきかな!人生老当益壮の画人たち」...「愉しきかな!人生老当益壮の画人たち」展

  • 「T4作戦」パネル展

    2月1日~2日のわずか2日間だったが、都内でナチスの「T4作戦」パネル展が開かれた。わたしは東京新聞の記事(※)で知り、友人にも連絡して、行ってみた。2月1日の午後2時頃に会場に着くと、ヴィデオの上映が始まるところだった。ヴィデオはNHKのETV特集「それはホロコーストの“リハーサル”だった」。何人か集まっている観客の中に友人の姿を見つけた。ヴィデオは上映時間1時間の長いものだった。障害者を組織的に殺害した「T4作戦」(その犠牲者は20万人とも、それ以上ともいわれる)を、大竹しのぶのナレーションが、感情を押さえて、静かに語っていった。「T4作戦」のことは、何年か前にフランツ・ルツィウスの「灰色のバスがやってきた」(山下公子訳、草思社)を読んで知っていた。ヴィデオが語る事実はその範囲を出なかったが、実際にドイツの...「T4作戦」パネル展

  • ケストナー「飛ぶ教室」

    何年か前に友人とドイツを旅したことがある。ミュンヘンではダッハウ強制収容所跡を見学し、ボンではベートーヴェンの生家を見学した。またミュンスターでは友人の中学時代の同級生(同地で日本料理店を経営している)を訪れた。ベルリンでは演奏会やオペラに行った。こんな充実した(だが、今では、少々詰めこみ過ぎだったと反省している)旅だったが、そのとき友人が妹さんに頼まれて買ったお土産が、ケストナー(1899‐1974)の児童文学「飛ぶ教室」(1933年)だった。妹さんはなぜその本を?と尋ねるわたしに、友人は「ドイツではどんな装丁で出ているか、知りたいらしい」といった。ともかくその本は無事に見つかった。それで一件落着なのだが、そのとき以来わたしは、題名だけは知っていたその本が気になっていた。そして過日やっと手に取って読んでみた。...ケストナー「飛ぶ教室」

  • 「絵画のゆくえ2019」展

    本展は「FACE展」の2016年~2018年のグランプリと優秀賞受賞者の各受賞作品とその後の作品の展覧会。FACE展とは「年齢・所属を問わず、真に力がある作品」を公募するもので、損保ジャパン日本興亜美術財団の運営。FACEとはFrontierArtistsContestExhibitionの頭文字を取ったものだ。今、東京ではフェルメール、ルーベンス、ムンクなどの展覧会が開催中だが、本展のような公募展には、どんな才能に出会えるか、という楽しみがある。本展では、グランプリ受賞者3名と優秀賞受賞者8名の合計11名、総数101点の作品が展示されている。作風はさまざまで、まさに「年齢・所属を問わず」の理念が具現化した感がある。プロなら、本展で将来性のあるなしを見るのだろうが、わたしのような素人は、自分の感性に合う作家を探...「絵画のゆくえ2019」展

  • ソヒエフ/N響

    N響のAプロ。わたしは2日目の会員なのだが、今月は用事があったため、1日目に振り替えた。1曲目はリャードフの交響詩「バーバ・ヤガー」。この曲や「魔の湖」など、リャードフは視覚的に鮮やかな曲を書いた人というイメージがあるが、さて、その全貌となると、さっぱりイメージがわかない‥。「バーバ・ヤガー」は演奏時間約3分の短い曲だが、その中には山も谷も作りこまれていて、さすがだと思った。ソヒエフ/N響は息の合った演奏を聴かせた。2曲目はグリエールのハープ協奏曲。ハープ独奏はグザヴィエ・ドゥ・メストレ。これはメストレの名演に酔う演奏だった。優雅なだけでなく、時には力強く、アグレッシヴに弾いていく。ほとんど聴こえないくらいの微小な音から、NHKホールの巨大な空間に鳴り響く太い音まで変幻自在。それらの音に翻弄される心地よさを堪能...ソヒエフ/N響

  • 未来を乗り換えた男

    ドイツの作家アンナ・ゼーガース(1900‐1983)の代表作の一つ「トランジット」が映画化されたので、観に行った。映画の原題はゼーガースの小説と同じ「トランジット」だが、邦題は「未来を乗り換えた男」となっている。「未来」を「乗り換えた」という言葉のつながりが、日本語として落ち着かない気がするが、トランジットという原題からの苦肉の策なのかもしれない。ともかく、本作はゼーガースの小説の映画化なのだが、単なる映画化ではなくて、時を現代に移している。ゼーガースの小説は、ナチスに追われた作者が、ナチス占領下のパリを脱出して、マルセイユ経由でメキシコに逃れる実体験を書いたものだが(残念ながら、わたしは原作を読んでいないので、資料に基づく知識だが)、映画では上述のように時を現代に移し、さらにナチス時代のユダヤ人迫害を現代の難...未来を乗り換えた男

  • METライブビューイング「マーニー」

    METライブビューイングで新作オペラ「マーニー」を観た。ニコ・ミューリーの作曲。1981年生まれの若い人だ。本作は3作目のオペラ。2017年にイングリッシュ・ナショナル・オペラ(以下「ENO」)で初演された。メトロポリタン歌劇場(以下「MET」)での初演は2018年10月。「マーニー」はヒッチコック監督の映画で有名になった。原作はウィンストン・グラハムの小説。METライブビューイングの幕間のインタビューによると、今回演出を手掛けたマイケル・メイヤーがMETにオペラ化を持ちかけた。「作曲はだれに頼む?」と訊かれて、「もちろんニコだよ!」と答えたそうだ。それから5年かかった。ENOでの初演後、METでの初演に向けて、さらに手直しをした。新作オペラが生まれるまでの創造行為が窺われる。それと同じことが今、新国立劇場でも...METライブビューイング「マーニー」

  • 山田和樹/読響

    山田和樹らしい濃いプログラム。1曲目は諸井三郎の「交響的断章」。諸井が小林秀雄や河上徹太郎、中原中也らと「スルヤ」をやっていた頃の作品だ。スルヤとは懐かしい。中原中也の愛読者だったわたしは、その名をよく知っていた。諸井はその頃中也の「朝の歌」に作曲したはずだ。どんな曲だろうと思いながら、(数えてみると)40年以上たったわけだ。「交響的断章」はロマン派風の曲。演奏時間は約14分。明らかに習作だが、ともかく東大の文学部に通いながら、独学で作曲を学んだ諸井の、当時の面影がしのばれる。諸井はその後、ベルリン高等音楽院で学び、本格的なシンフォニストになった。わたしたちはその姿に、サントリーホール・サマーフェスティヴァル2017で演奏された交響曲第3番で触れている。2曲目は藤倉大のピアノ協奏曲第3番「インパルス」。ピアノ独...山田和樹/読響

  • 大野和士/都響

    大野和士指揮都響のAプロ。1曲目はブゾーニの「喜劇序曲」。ある架空の喜劇のための序曲というか、実際の喜劇は存在せず、序曲だけが書かれたもの。「これからどんな喜劇が始まるんだろう」というワクワク感がある。そう感じたのは、演奏がよかったからでもあるだろう。大野和士のオペラ指揮者としての蓄積が滲んでいた。2曲目はマーラーの「少年の不思議な角笛」からの抜粋。テノール独唱はイアン・ボストリッジ。「ラインの伝説」と「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」では、往年のボストリッジの声の伸びがなく、もう峠を越えたかと思われた。続く「死んだ鼓手」と「少年鼓手」では、声の伸びには欠けるものの、寂寥感の表出が意欲的で、ボストリッジのやりたいことが感じられた。最後の「美しいトランペットの鳴り渡るところ」では、往年の声の伸びが垣間見られ...大野和士/都響

  • ドゥネーヴ/N響

    フランス近代音楽を中心としたニューイヤーらしいプログラム。1曲目はルーセルの「バッカスとアリアーヌ」第2番。最後の狂宴(バッカナール)での興奮はラヴェルの「ダフニスとクロエ」の最後を連想させた。ステファヌ・ドゥネーヴ指揮N響の演奏も、アンサンブルが見事だった。2曲目はサン・サーンスのチェロ協奏曲第1番。チェロ独奏はゴーティエ・カプソン。わたしは初めてではないが、あらためてその姿を見ると、典型的な美男子だ。1981年生まれというので、今では渋さも加わり、惚れ惚れするような紳士の雰囲気を漂わせている。そんな渋さと甘さを兼ね備えたフランス紳士がサン・サーンスのこの名曲を演奏する姿は、まことに様になっている。その演奏は、甘くしようと思えばいくらでも甘くできるこの曲を、むしろ渋めに演奏した。弱音中心でとくに中間部の出だし...ドゥネーヴ/N響

  • 大野和士/都響

    大野和士が振る都響の1月定期は、ブルックナーとプロコフィエフの各々の交響曲第6番をメインに据えたプログラム。同じ第6番でもベートーヴェンやマーラーではない点がお洒落だと思う。昨日はブルックナーの方だったが、ブルックナーではなくショスタコーヴィチ(の交響曲第6番)でもよかったかと、一夜明けた今は思う。でも、その話題に入る前に、演奏順に1曲目から。1曲目はシェーンベルクのヴァイオリン協奏曲。ヴァイオリン独奏はコパチンスカヤ。現代の異才(=鬼才)だ。その人気ゆえか、チケットは完売だった。シェーンベルクのこの曲は、キリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルと3月の定期で共演し、また夏のザルツブルク音楽祭でも共演する。すばらしいというか、すごい演奏だった。そんな月並みな表現では何も表現できていないと思うほど、その演奏は際立っ...大野和士/都響

  • 黒井千次「流砂」

    2018年10月に発行された黒井千次(1932‐)の小説「流砂」(りゅうさ)。新聞各紙の書評欄で取り上げられたので、話題作といってもいいだろう。発行当時、作者86歳。その作者が70代の「息子」(作者自身)と90代の「父親」を主要な登場人物として書いた長編小説。もっとも、本作は完結せず、今後3部作に発展する。本作はその第1部。たしかに今後の展開を予感させる構成だ。多くの謎が仕掛けられ、それらの謎がどうなるか、興味が持続する。謎とはいっても、大仰なものではない。「父親」が戦時中に書いた「思想犯の保護を巡って」という研究報告がその中心にあり、思想検事として戦時中の一時期(二.二六事件の頃)を送った「父親」の生き方、そして今はそれをどう思っているか、と「息子」が抱く疑問(疑問というよりも、かすかな想い)が綴られる。かす...黒井千次「流砂」

  • 新作オペラとその台本

    2018年後半には新作オペラが3本世界初演(または日本初演)された。野平一郎(1953‐)の「亡命」、藤倉大(1977‐)の「ソラリス」そして松平頼暁(1931‐)の「TheProvocators~挑発者たち」。それら3作は、音楽的にはそれぞれの作曲家らしいスタイルを持つものだったが、台本には疑問を感じるものがあった。まず「亡命」だが、その台本にはがっかりした。ハンガリーの作曲家リゲティ(1923‐2006)とクルターグ(1926‐)をモデルにした(と思われる)登場人物の「亡命」を軸にした人生の軌跡を描くストーリーだが、とくにオペラの後半は伝記的な事実をなぞるだけで、著しく平板になった。また随所に挟み込まれるナレーションがまだるっこかった。台本作成は野平多美。失礼ながら、台本作成にどれだけの経験をお持ちなのか、...新作オペラとその台本

  • 2018年の回顧

    2018年はどんな年だったろうと振り返ると、個人的な出来事はさて措き、音楽では2017年のカンブルラン/読響の「アッシジの聖フランチェスコ」(メシアン)のような圧倒的な感銘を受ける演奏会はなかったというのが、まず思うことだ。だが、もちろん、記憶に残る演奏会はあった。最初に思い浮かぶのは、ピエール=アンドレ・ヴァラド/東響の「プリ・スロン・プリ~マラルメの肖像」(ブーレーズ)。サントリー芸術財団サマーフェスティバル2018での演奏。ソプラノ独唱は浜田理恵。この曲が日本初演されたとき(故若杉弘/都響の演奏だった)、わたしは出張と重なったので、涙をのんだ。それ以来、生で聴くのが念願になっていた。演奏は驚くほど精密なものだった。無数の均質な音で作られた精巧なガラス細工のような感触、といったらよいか。わたしは2015年の...2018年の回顧

  • 高橋悠治作品演奏会Ⅰ:歌垣

    高橋悠治(1938‐)の1960年代の作品を中心とした演奏会。今回が第1回で、第2回は2019年10月29日に予定されている。今回は15:30開演と19:00開演の2公演があった。年末なので家にいたかったが、がんばって2公演とも聴いた。聴いてよかったと思う。初めて聴く曲ばかりなので、1回目は音を捉えるだけで精一杯、2回目でやっと音の流れを追うことができた。プログラムの前半は「クロマモルフⅠ」(1964)、「オペレーション・オイラー」(1968)、「あえかな光」(2018世界初演)。その中では「オペレーション・オイラー」がおもしろかった。オーボエ2本の曲。都響の首席奏者・鷹栖美恵子と東響の首席奏者・荒木奏美の演奏。2人は舞台の上手と下手に向かい合って立つ。その位置が1回目と2回目とで入替っていた。線の太い音の鷹栖...高橋悠治作品演奏会Ⅰ:歌垣

  • 青柳いづみこ「高橋悠治という怪物」

    青柳いづみこの「高橋悠治という怪物」(河出書房新社、2018年9月発行)を読んだ。ピアニストという同業者の眼から見た洞察に満ちた高橋悠治論だと思う。また、著者と同世代であるわたしには、人生の中でたどってきた時代が共通するので、時代の空気が蘇ってくるおもしろさもあった。たとえばこんなくだりがある。「1970年代前半、私が東京藝大のピアノ科に在籍していたころ、理論武装した友人が高橋悠治の本を持ち歩いていた。持っているだけでかっこいいという雰囲気があった。本のタイトルはおぼえていないが、おそらく74年11月に刊行された『ことばをもって音をたちきれ』だろう。」これなどまるで当時のわたしを見るようで赤面する。わたしも同書を持って得意がっていた。そうさせるカリスマ性が高橋悠治にはあった。高橋悠治は武満徹や小澤征爾と並んで若...青柳いづみこ「高橋悠治という怪物」

  • 松平頼暁「The Provocators~挑発者たち」

    松平頼暁(1931‐)がオペラを書いた。そのこと自体はすでに公表されていたが、そのオペラを上演しようとする人々がいて、本来は室内オーケストラのオペラだが、まずピアノ・リダクション版(小内將人作成)で上演された。題名は「TheProvocators~挑発者たち」。台本は作曲者自身が英語で書いた。ストーリーは――ある架空の軍事独裁国での話。抵抗運動を続けるグループ(男1人と女2人)が隠れ住むアジトに、抵抗運動に加わるために男が1人現れる。徹底した監視体制のもと、性さえ厳しく管理される社会だが、新参者の男と女たちは欲情に溺れる。秘密警察官が時々訪れて賄賂を要求する。抵抗運動を続けるグループは、じつは国が軍備や警察力を増強するための口実に利用されていた。と、そう書くと、いかにもシリアスな話に見えるが、実際はそうでもない...松平頼暁「TheProvocators~挑発者たち」

  • アラン・ギルバート/都響

    アラン・ギルバート/都響のB定期(「春」のプログラム)を聴いたが、必ずしも満足できなかったので、C定期(「スペイン」のプログラム)も聴きに行った。同プログラムはA定期にもあるので、普通だったらA定期に行くところだが、当日は出張が入っていたので、平日マチネーではあるが、C定期に行った次第。C定期に行くのは初めてだった。さすがにシルバー世代が多いと思った。席にすわると、隣の席の人がひっきりなしに鼻をすするので、本当はいけないことだが、後ろの席にそっと移動した。演奏が始まると、今度は一つ空席をはさんだ隣の人が、大いびきをかき始めた。大いびきは1曲目の間中続いた。それもご愛敬だと思った。かくいうわたしだって、若者から見たら、同じような世代に見えるだろう。あれこれいえた義理ではない。その1曲目だが、曲はリヒャルト・シュト...アラン・ギルバート/都響

  • スカイライト

    イギリスの劇作家デイヴィッド・ヘア(1947‐)の「スカイライト」(1995年初演)を観た。場所はロンドンの場末のアパート。キラの住む部屋にトムが訪れる。キラとトムは3年前まで不倫関係にあったが、それをトムの妻に知られ、キラは姿を消した。その後、トムの妻は病気で亡くなった。キラを忘れられないトムはキラの部屋を訪れた――。本作は初演当時ローレンス・オリヴィエ賞の最優秀新作演劇賞を受賞。2015年にはトニー賞のベスト・リバイバル賞を受賞した。英米で高く評価されている作品。日本では1997年にパルコ劇場で上演された。とにかく台詞の量が膨大だ。第1幕80分、第2幕65分の間、山のような台詞が語られる。それは音楽のようでもある。ある一つの音が鳴ると、あっという間に無数の音が後に続き、巨大な波のように高まる。それが静まると...スカイライト

  • 吉村芳生展

    吉村芳生は1950年に山口県で生まれた。山口芸術短期大学を卒業して、広告代理店にデザイナーとして勤務した後、東京の創形美術学校で版画を学んだ。国際版画展に出品して高い評価を得たが、山口県に戻って地道な活動に入った。2007年に「六本木クロッシング2007」に出品した作品が大きな話題となり、現代アート・シーンの寵児となったが、2013年に早逝した。たとえば「ジーンズ」(1984年)は、一見写真と見紛う作品だが、じつは手で描かれている。紙に鉛筆で描いた作品と、フィルムにインクで描いた作品とがある。フィルムにインクで描いた作品の場合の制作過程は――(1)ジーンズをモノクロ撮影し、84.0×59.0㎝になるように写真を引き伸ばす。(2)(1)で用意した写真に鉄筆で2.5×2.5㎜のマス目を引く。各マス目の濃度を10段階...吉村芳生展

  • 葵トリオ

    今年9月に開かれたミュンヘン国際音楽コンクールのピアノ三重奏部門で第1位を獲得した葵トリオの凱旋リサイタル。「葵」という名称は、ヴァイオリンの小川響子、チェロの伊東裕、ピアノの秋元孝介のそれぞれの名字の頭文字からとられている。花言葉の「大望、豊かな実り」への共感をこめているそうだ。プログラムは、以下順次触れるように、堂々たるもの。いずれもコンクールで演奏した曲だそうだ。コンクールは、録音審査、1次予選、2次予選、セミファイナル、ファイナルと続き、ファイナルに残ったのは3組。その中で葵トリオが優勝し、他の2組は同順位の3位となったそうだ。1曲目はハイドンのピアノ三重奏曲第27番。真嶋雄大氏のプログラム・ノートによれば、ハイドンはピアノ三重奏曲を「合計45ないし47曲」遺した。第27番は「おそらく1796年に書き上...葵トリオ

  • アラン・ギルバート/都響

    思えばアラン・ギルバートの指揮はN響時代から聴いている。長い付き合いになったものだ。N響時代の演奏では、2002年に聴いたショスタコーヴィチの交響曲第4番と、2007年に聴いたマルティヌーの交響曲第4番が今でも記憶に鮮明だ。その後、2011年に都響を初めて振ったときのブラームス(ハイドン・ヴァリエーションと交響曲第1番)とベルク(ヴァイオリン協奏曲)にびっくり仰天して現在に至っている。そんなことを想い出したのは、アランと都響との関係が、2011年の驚愕の出会いから今は落ち着いてきて、お互いの立ち位置を定めようとしている――と、そんな感じがしたからだ。今回のプログラムはメンデルスゾーン、シューマンとストラヴィンスキー。アランは8シーズンにわたるニューヨーク・フィル音楽監督時代に、CONTACT!とNYPHILBI...アラン・ギルバート/都響

  • ヘンゲルブロック/N響

    ヘンゲルブロックが初めて指揮したN響は、1曲目がバッハの「組曲第4番」。弦の8‐8‐6‐4-2の編成は、ヘンゲルブロックなら当然かもしれないが、その小ぶりな編成で、きびきびした、鋭角的な演奏が繰り広げられた。でも、それもヘンゲルブロックなら当然かもしれない。一方、その演奏に余裕のなさを感じたことには戸惑った。ヘンゲルブロックの演奏スタイルを楽しむ様子が、N響には感じられなかった。同じくピリオド・スタイルの演奏ではあるが、あのノリントンのユニークなスタイルをこなしていたN響なのに、といぶかった。2曲目はバッハの「前奏曲とフーガ「聖アン」」をシェーンベルクが大編成のオーケストラ用に編曲したもの。期待の演奏だったが、これにも余裕のなさがつきまとった。神経質な色合いはシェーンベルク特有のものだと思うが、その神経質な色合...ヘンゲルブロック/N響

  • 沼尻竜典/日本フィル

    久しぶりに日本フィルの指揮台に戻ってきた沼尻竜典が振る定期。1曲目はベルクの「歌劇《ヴォツェック》より3つの断章」。冒頭で弦の透明な、沈潜したようなハーモニーが聴こえてきたとき、その音はいつもの日本フィルとは違うと思った。その音はその後も崩れなかった。そこには沼尻竜典の成長した姿があった。同時に、ラザレフ、インキネンによってアンサンブルが鍛えられた日本フィルの姿もあった。そしてもう一つ、ゲスト・コンサートマスターの白井圭の効果もあったかもしれない。ソプラノ独唱のエディット・ハラーの、呟くような、ドラマ性をはらむ弱音から、ホールを揺るがす、朗々と響く大音量までの声のコントロールは、さすがにウィーンやミュンヘンの大劇場で活躍する第一線の歌手だけあると思われ、圧倒的だった。オーケストラの美しさと歌手の力量とが相俟って...沼尻竜典/日本フィル

  • ヴェデルニコフ/N響

    N響の12月の定期は、デユトワの来日が中止になったので、代わりにヴェデルニコフ、フェドセーエフ、ヘンゲルブロックが登場する。とくにヘンゲルブロックは、瓢箪から駒が出たようなもので、期待がつのる。そのヘンゲルブロックの演奏会は今週末にあるが、その前にヴェデルニコフの演奏会があった。曲目はオール・ロシア・プロ。1曲目はスヴィリドフ(1915‐1998)の組曲「吹雪」。元はプーシキンの原作に基づく映画のための音楽だが、それを演奏会用組曲に編曲したもの。そのためか、たいへんわかりやすい。明快で、ロシア情緒に浸ることができる。とくに第4曲(全体は9曲で構成)は、情感豊かな旋律が何度も繰り返され、そこにオブリガート旋律が絡まって、どこか懐かしい感じがする。驚いたのは第6曲「軍隊行進曲」。弦楽器はお休みで、木管、金管と打楽器...ヴェデルニコフ/N響

  • 「作曲家の個展Ⅱ」金子仁美×斉木由美

    今年の「作曲家の個展Ⅱ」は金子仁美(1965‐)と斉木由美(1964‐)。二人は同世代で、フランス留学の時期も重なっている。そんな二人が「お茶をしながら」練った企画テーマは「愛の歌」。一見して甘いテーマに見えるが、もちろんそんなことはなく、「愛の歌」はスペクトル楽派のジェラール・グリゼイ(1946‐1998)の曲名から取られている。金子はグリゼイに師事し、斉木も管弦楽法を学んだ。プログラムは前半が金子と斉木の旧作を1曲ずつ、後半が新作を1曲ずつ。演奏順とは前後するが、まず金子の作品から記すと、旧作はピアノとオーケストラのための「レクイエム」(2013)。東日本大震災のとき金子はパリにいたが、多くの人が心配してくれる中で、本作を書いた。演奏時間は20分くらいだったろうか(不確か)、その中で入祭唱→キリエ→怒りの日...「作曲家の個展Ⅱ」金子仁美×斉木由美