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ハル(153)
サナダさんを駅まで送る道すがら、広報部の中で多くの異動があったことを聞かされた。社内報の課長は閑職に飛ばされ、人事部から新しい人が交代で課長になった。それと入れ替わりにサナダさんが人事へ行くことになった。「サナダさんが次の課長になると思ってました」と僕
2023/10/31 12:00
ハル(152)
じっさい僕も最初はこの退屈が苦痛だった。けれど退屈というものはある閾値を超えるとそれが当たり前になって、何かしたいと思わなくなるのだとわかった。そう話すと、サナダさんは訝しそうな顔をしながらも、渋々という感じで何度も頷いた。「わかった。とりあえず生きて
2023/10/30 12:00
ハル(151)
僕はサナダさんを家に入れ、ソファに座ってもらった。狭い家なので薪ストーブを炊けばすぐに暖かくなる。それでもサナダさんはずっとコートにくるまったまま身を縮めていた。 二人で並んで座り、最近飲むようになったレモングラスのお茶を啜りながら、僕は退屈な近況をサ
2023/10/29 12:00
ハル(150)
「どうしてここへ?」と僕は訊ねた。「人事部に異動になったのよ」とサナダさんは言った。「その最初の仕事が、あろうことかあんたの安否確認よ。びっくりしたわ。寮にもいないっていうから、あんたの実家に電話してここを聞いてきたの」 サナダさんはおもむろに立ち上が
2023/10/28 12:00
ハル(149)
もうずいぶん厚く落ち葉の埋まった細い道を、僕はザクザクと音を立てながら山荘へ歩いた。裸になった木々の間を、西に傾いた日がまっすぐ差してくる。人っこ一人いない静かな森に、甲高い鳥の声が響いた。 家の数十メートル手前で「異変」に気づいた。最初は黒い点に見え
2023/10/27 12:00
ハル(148)
軽井沢の家まではミチコさんが車で送ってくれた。歩いて2時間の距離も車だと10分そこそこだった。苦労して歩いたことを空しくさえ感じた。 すれ違いも転回も大変そうな細い砂利道まで来てもらうのは申し訳ないので、近くで降ろしてもらった。「またお茶でも飲みまし
2023/10/26 12:00
ハル(147)
「逢ってく?」とミチコさんは訊ねた。「いいです」と僕は答えた。「もう少し時間をください」 真実も他の子供たちも我々の姿には気づかず、柔らかな日差しが注ぐ園庭で、逃げ回る先生を一心不乱に追いかけていた。「その方がいいわ」とミチコさんは言った。「もう少しあ
2023/10/25 12:00
ハル(146)
ミチコさんと僕は車を降りた。金網越しに、園庭で子どもたちが細身の先生を追い回している光景が見えた。「どの子かわかる?」とミチコさんは訊ねた。 僕は黙っていた。あの子だと言われなくても、僕にはすぐに真実を見つけることができた。他の子供たちよりも少し背の
2023/10/24 12:00
ハル(145)
「行きましょ」ととつぜんミチコさんは言った。「すぐそこだから」「どこへ?」「決まってるでしょ。真実のとこよ。いま保育園にいるから」 ミチコさんの運転する軽自動車の助手席に乗せられ、浅間山に連なるなだらかな斜面の換算とした住宅地をのぼっていった。やがて矢
2023/10/23 12:00
ハル(144)
ミチコさんが独りで出産して僕を遠ざけていた理由も何となくわかる。いくらその子の父親だといっても、あの頃の僕は学生だった。仮に籍を入れて僕がそばにいたところで何の役にも立たなかっただろうし、何よりミチコさんは僕の将来のことを心配してくれたのだと思う。 ミ
2023/10/22 12:00
ハル(143)
二人で駅前の喫茶店に入った。「再婚したのよ」とミチコさんは言った。「今はここで家族4人で暮らしてるの。あ、14になる夫の連れ子もいてね」「真実ちゃんは元気ですか?」「元気よ」と言ってミチコさんは悪戯っぽく笑った。「あなたにすごく似てきたわ」 僕は返
2023/10/21 12:00
ハル(142)
20分ほど待ってやってきた電車に乗ろうとしたとき、降りてきた女性と1メートルほどの距離で目が合った。「え?」 彼女と僕はほぼ同時にそう言ってその場に凍りついた。「ミチコさん?」 当惑したような、嬉しそうな、なんとも言えない顔でミチコさんは黙って立ち
2023/10/20 12:00
ハル(141)
路線沿いのあてない歩き旅はやがて小諸にまで到達した。信濃追分から距離にして10キロほどになる。連日の長歩きで足も慣れてきていて、もうこれぐらいの距離ではへこたれもしなかった。たぶん足は少しずつ江戸時代の人々のそれに戻っていたと思う。 小諸はこのあたりで
2023/10/19 12:00
ハル(140)
信越本線沿いに歩けば、帰りは信濃追分まで電車で帰ることもできる。そこに気づいてからはほぼ線路に沿って西へ西へと向かった。かつてミチコさんが住んでいた家にもたどりついた。長いこと誰も住んでいないのがひと目でわかるほどの荒れようだった。学生時代に書いた返信
2023/10/18 12:00
ハル(139)
もはや散歩ぐらいしかすることがない。落ち葉で埋まり始めた森の砂利道を、僕はあてどなく歩いた。見通しのいい場所では雄大な浅間山が見えた。噴煙がたなびく日もあれば、そうでない日もあった。 あまり遠くに行きすぎて帰り道がわからなくなったこともある。なんとか国
2023/10/17 12:00
ハル(138)
ただ幸い家は信濃追分駅からほど近い距離だったので、車がなくても生活物資の調達に困ることはなかった。電話がないのには不便するかと思ったけれど、独身寮も電話は取り次ぎだったし、そもそもかける相手もいなければ、かかってくる相手もいなかった。何かあれば電報が届
2023/10/16 12:00
ハル(137)
会社の中ではなんとなく生き辛くなってきて、それだけが理由ではなかったけれど、僕は会社を休職した。神経科医の前で適当なことを言って診断書を書いてもらい、人事部に提出した。心配が多くて眠れないと言えばそれだけで病気扱いになった。 休職中は独身寮にいても仕方
2023/10/15 12:00
ハル(136)
ハルといとこ同士であることは社内には伏せておいてほしいと先輩にはお願いしたけれど、1週間もすると部署全体に広まっていた。そればかりでなく、他部所にいる同期の友人たちにまで伝わっていた。 見知らぬ人までが僕の部署を訪ねてきた。「コウダハルの従兄弟くんって
2023/10/14 12:00
ハル(135)
ハルはマネジャーと思しき人と一緒に入ってくると、僕に向き合って座った。それから真顔でじっと僕の顔を眺めた。その顔がみるみるうちに弛んで、満面の笑みに変わった。「にいちゃん!」とハルは素っ頓狂な声をあげた。「どうして? どうして?」 先輩社員は何が起こ
2023/10/13 12:00
ハル(134)
取材の趣旨に配慮して、場所はスタジオのコントロールルームになった。巨大なミキサーコンソールの向こうはガラス張りになっていて、薄暗い部屋に天井からマイクが吊るされているほかは何も見えなかった。 コンソールの前に置かれた椅子に腰かけて待っているあいだ、先輩
2023/10/12 12:00
ハル(133)
けれど社内報に配属されたことは僕にとって思わぬ幸運をもたらすことになる。子会社のレコード会社への取材で、あろうことかコウダハルにインタビューすることになったのだった。 その頃のハルはベストテンを賑わす歌手ではなくなっていたけれど、時おり海外のアーティス
2023/10/11 12:00
ハル(132)
社内報は週報と、三ヶ月ごとに出す季報を制作していた。何万人という社員の目に触れるという意味ではへたな新聞や雑誌よりも影響力がある。会社の上層部もまめに読んでいる。 だから文章は細かく添削された。どこかの部署に取材に行って記事を書いてみると、あそこが足り
2023/10/10 12:00
ハル(131)
社内報は小柄な男性の課長以外は6人の女性社員からなる女所帯だった。40代前後の女性を筆頭に、まだ27歳だった僕よりもみんな歳上で、そしてもれなく独身だった。 課長は物静かな人で、必要な指示以外はまったく口を開かなかった。しばらく仕事をしてみると、この部
2023/10/09 12:00
ハル(130)
テレビコマーシャルを作る宣伝部とは違い、広報部の仕事は地味だった。新商品の紹介をするプレスリリースを書き、新福記者の集まる記者クラブに投函する。記者から問い合わせがくれば答える。記事になるように一生懸命答える。けれどよほど物珍しいものでもない限りほとん
2023/10/08 12:00
ハル(129)
ハルと大物俳優との壮大な結婚披露宴が都内のホテルから全国へテレビ中継されていた夜、僕はそこから目と鼻の先にあるオフィスにいた。窓から見下ろすと、ホテルに続く坂道を人が埋め尽くしている。世紀の披露宴を終えて出てくる二人の車を待っている人々だった。「来た来
2023/10/07 12:00
ハル(128)
ハルの結婚が報じられて世の中が騒然としたのは僕が会社に勤め始めて間もない頃のことだった。相手はひと周りも歳の離れた大物俳優だった。それまで恋多き女として芸能人やプロ野球選手、アナウンサー、青年実業家、医師、政治家まで、いろんな男性との関係が取り沙汰され
2023/10/06 12:00
ハル(127)
大学も卒業間近の2月、先生が亡くなった。まだ60代半ばの若さだった。何年も胃癌を患っていたという。 テレビは偉大な作曲家の死を悼む声を伝えていた。むかし先生の曲で大ヒットを飛ばした女性歌手は「いつも物静かな紳士でした」と涙ながらに語った。先生にはいろん
2023/10/05 12:00
ハル(126)
大学4年の秋、僕は都内のホテルのボールルームにいた。整然と並べられた夥しい数の椅子を、ダークスーツに身を固めた同世代の男女が埋めていた。その数は392人だと冒頭に司会者が伝えていた。 翌春の新卒入社の内定式である。僕は大手家電メーカーに就職することにな
2023/10/04 12:00
ハル(125)
その途中で先生はガウンを脱いだ。中は全裸だった。還暦近くにしてはかなり鍛えられた筋骨ながら、腹だけは出ている。肌はなめらかそうで、丹念に処理されているのか、体毛ひとつなかった。 豪奢な家具を散りばめた部屋にはどこか東洋的な匂いのお香が漂っている。そのう
2023/10/03 12:00
ハル(124)
「よく来たね」 先生はどこぞの公爵様の着るような豪奢なガウンを身に纏っていた。「まずはそこへお座り」 言われるままに座ったソファは柔らかすぎて腰まで沈んでのけぞりそうになったけれど、何とか身体を立て直した。 その隣に先生は慣れた動作で腰かけた。「レッ
2023/10/02 12:00
ハル(123)
2週間ぐらいして、詞がのったデモテープと手書きの歌詞原稿を手渡された。歌はスクールの生徒がギターの伴奏に合わせて歌っている。聴いた限り、この人の方が僕よりはるかに上手い気がした。この人がこの歌でデビューすればいいのに、とさえ思った。 ともかくもそのテー
2023/10/01 12:00
2023年10月 (1件〜100件)
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