今、出発の刻(たびだちのとき)
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住所
北海道
出身
ハンドル名
今、出発の刻(たびだちのとき)さん
ブログタイトル
今、出発の刻(たびだちのとき)
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/2014kurumatabi
ブログ紹介文
車中泊によるきままな旅 <名所旧跡を訪ねる>
自由文
-
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163回 / 344日(平均3.3回/週)

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今、出発の刻(たびだちのとき)さんのブログ記事

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今、出発の刻(たびだちのとき)
  • 砂の美術館 最終回(鳥取県鳥取市福部町湯山)

    砂の美術館「砂で世界旅行・南アジア編」最終回*紹介文は配付資料から引用作品15「シギリアロックとフレスコ壁画」:ジル・ハリス/アメリカスリランカ中部のジャングルにある世界遺産。5世紀末にシンハラ王朝のカッサパ1世により建造された。王宮への入口には石造りのライオンの巨大な前足があり、ライオンが王宮を背負うようであったことから「シンハ・ギリ」(獅子の山)と呼ばれた。高さ195mの頂上には王宮などの遺跡がみられ、中でも中腹の壁に描かれたフレスコ画の美女たちは「シギリア・レディ」と呼ばれ有名。1500年もの間、風化に絶え鮮やかな色彩でやさしい笑みを浮かべている。作品16「タケツァン僧院とチベット仏教」:スー・マクグリュー/アメリカブータンの国教であるチベット仏教の聖地タケツァン僧院。標高約3000mの断崖絶壁に張り付く...砂の美術館最終回(鳥取県鳥取市福部町湯山)

  • 砂の美術館 その3(鳥取県鳥取市福部町湯山)

    砂の美術館「砂で世界旅行・南アジア編」その3*紹介文は配付資料から引用作品11「ムガル帝国皇帝シャー・ジャハーンと王妃の愛の物語」:イリヤ・フェリモンツェフ/ロシアムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン。「世界の皇帝」の名にふさわしい豪奢な宮廷文化を開花させ、ムガル王朝の黄金時代を築いた。その繁栄の陰には最愛の妻ムムターズ・マハルの存在があった。深く愛し合っていた二人は遠征など宮中外でも行動を共にし14人もの子供に恵まれた。しかし后妃はデカン遠征中、産褥期に病に倒れ、36歳の若さで先だってしまった。悲哀に暮れる皇帝は深く愛妃をしのび、彼女の記憶を永遠に留めるため霊廟タージマハルの建設に没頭した。晩年、皇帝は白く輝く霊廟を眺め愛妃を思いながら生涯を終えた。二人の棺は霊廟のなかで寄り添うように並べられ、二人の愛は永...砂の美術館その3(鳥取県鳥取市福部町湯山)

  • 砂の美術館 その2(鳥取県鳥取市福部町湯山)

    砂の美術館「砂で世界旅行・南アジア編」その2*紹介文は配付資料から引用作品05「スターモスクと都市のにぎわい」:メリネイジ・ビュリガード/カナダバングラデシュの首都ダッカにあるスターモスク。星形が描かれたタイルが壁面を覆い-正面の庭には星形の噴水が配置されている。作品06「インダス文明モヘンジョダロ」:オスカー・ロドリゲス/スペインインダス川流域で紀元前2500~1800年頃に発展した文明都市。パキスタンにある遺跡モヘンジョダロがよく知られている。上から見るとこのように壁面が傾斜していることがわかる。遠近法や影を利用することに全く違うものに見えてくるのも魅力の一つだ。文明は紀元前1800年以降突如歴史から姿を消した。作品07「ブルーモスクハズラト・アリー廟」:ギー・オリヴィエ・ドゥヴォ/カナダアフガニスタン北部...砂の美術館その2(鳥取県鳥取市福部町湯山)

  • 砂の美術館 その1(鳥取県鳥取市福部町湯山)

    砂の美術館「砂で世界旅行・南アジア編」その1北海道からは少し遠いが毎年のように訪れているのが「砂の美術館」だ。鳥取県の人気観光スポットの一つになっている。砂像彫刻家一覧。唯一の日本人、茶圓勝彦が総合プロデューサー。展示室入口展示室の様子霊廟タージマハルと皇帝シャー・ハーンと王妃の愛の物語*紹介文は配付資料から引用作品01「幸運の神ガネーシャ」:アンゲフォン・ディビット/ベルギーヒンドゥー教三大神シヴァの妻パールヴァディが人形に魂を吹き込み誕生した。作品02「独立の父マハトマ・ガンディー」:パペル・ミリニコフ/ロシアインド独立の指導者ガンディー。インドの植民地支配を強めるイギリスに対抗する国民会議派に加わり独立運動を進めた。激しい弾圧や投獄に屈することなく、「悲暴力・不服従」による徹底した反英運動を続け1948年...砂の美術館その1(鳥取県鳥取市福部町湯山)

  • 余部橋梁(兵庫県美方郡香美町香住区余部)

    余部橋梁十数年前に初めて鉄橋を見たときから、今回で6・7回訪れている。今は、道の駅も併設され休憩するには便利な場所になっている。不思議とこの場所に来るときは、いつも雨が降っている。と言うより、雨が降っても大丈夫な「砂の美術館」へ向かう途中にあるのだ。この日は雲一つない快晴ということもあり、カメラを持って車を降りた。(2015年以来となる)EVなども設置され約1分で「空の駅」へ。坂道を上り列車を待ちカメラを構えた頃が懐かしい。ホームにある小さな待合所には発着時刻表と-訪れた人が記入した思い出のノートが何冊も置かれていた。私は文章が苦手なので、写真で記録した。餘部鉄橋「空の駅」ここの線路は車両が通らないため自由に歩くことができる。私の父は国鉄職員だったので、子供の頃は線路でよく遊んだものだ。何故「空の駅」かというと...余部橋梁(兵庫県美方郡香美町香住区余部)

  • 朝日山 岩屋寺(京都府京丹後市大宮町谷内)

    朝日山岩屋寺神亀3年(726)年行基によって開創された真言宗寺院。500mほど離れた場所に路上駐車をしての参詣ということもあり、急いで廻ることにした。山門二階部分に梵鐘が見える。本堂通称「お不動さん」の名で親しまれている。大江山の鬼退治の伝説を描いた400年前の絵巻物が保存されており、毎年8月18日に一般公開されている。本堂の彫刻真言宗の寺院で像があるということは、一般的には弘法大師空海像になる。本堂から山門をみる。奥の院があるらしいが時間の関係でやめた。境内にはいくつかの石仏が置かれている。一番気になったのは社に大切に祀られているこの小さな石仏。この日は最初に予定していた寺が道が狭く断念。二つ目は住職不在で仏像拝観できず。三つ目がここ「岩屋寺」だった。寺に向かうにはこの橋梁を通過しなければならないが、幅も高さ...朝日山岩屋寺(京都府京丹後市大宮町谷内)

  • 満願山 意足寺(福井県大飯郡おおい町万願寺)

    満願山意足寺重文の十一面観音像を所有していることを知り訪れた。曹洞宗の寺院。寺伝によれば延暦24年(805年)に心安宗隆大居士により開基され、規伯正模禅師勝が開山したと伝えられる。初めて訪れる寺なので境内の様子を確認する。地蔵菩薩美しい像には青空が似合う本堂昭和28年(1953年)の台風13号で寺背後の山が崩れ、観音堂や庫裏が流出した。住職夫婦は亡くなったが、本尊は被害の直後、土砂の下から地元住民らによって発掘された。住民の多くが台風の被害に遭い、自宅に損害を受けた者も少なくなかったが、住民は本尊の救出を優先した。迅速な発掘作業の結果、散逸した脇手などもほぼ全て回収された。住職不在で、その時は仏像拝観ができない運の悪さを感じていたが、こうして歴史を調べると多くの住民の信仰心により護られてきたことに感動する。本堂...満願山意足寺(福井県大飯郡おおい町万願寺)

  • 棡山 明通寺(福井県小浜市門前)

    棡山(ゆずりさん)明通寺この日の予定には入れていなかったが、急に国宝の塔や本堂内にある仏像が観たくなり立ち寄ることにした。同じ時間に観光バスから団体参詣者が降りたので駐車場で休憩し時間をずらして移動した。この石碑でもわかるように、国宝の本堂と三重塔がある名刹。大同元年(806年)、北陸地方を巡行中の坂上田村麻呂が創建したとされる。山門(小浜市指定文化財)江戸時代の明和9年(1772年)再建、瓦葺、三間、二重門金剛力士像(小浜市指定文化財)鎌倉時代文永元年(1264年)造立鐘楼棡木(ゆずりぎ)創建当時この棡木の大木によって本尊薬師如来、降三世明王、深沙大将の三体を彫って安置した(焼失)山号の棡山のいわれでもある。手水舎本堂を目指し歩いていたときに団体客が参拝を終え降りてきた。三重塔(国宝)この塔を拝観するのは4度...棡山明通寺(福井県小浜市門前)

  • 大悲山 三方石観世音堂(福井県三方上中郡若狭町三方)

    大悲山三方石観世音堂曹洞宗の観音堂。本尊は花崗岩の表面に彫られた磨崖仏の聖観世音菩薩。「弘法大師一夜御作三方石観音御霊場」と彫られた石柱観音立像横にある石碑には、御詠歌「身のあだもほどけてのりの三方山たが手にえりし石の御姿」美しい観音様だ左手奥に小さな社が見える。弘法大師像「ようこそ石観音さまはもうすぐです願いがかないます様に弘法大師と同行ありがたやありがたや」万葉歌碑若狭なる三方の海の浜清みい行き帰らひ見れど飽かぬかも緩やかに上る参道を歩いてきたが、まだ続くようだ。(駐車場から本堂までの距離750m)参道横の枯れ木。歩き疲れていたせいか、恐竜に見えた。ここまで歩いてきて、山号寺号の石碑。竹の杖があるということは、まだ上るということか。弘法大師修行僧妙法石(鶏鳴石)昔、元旦に村人が石観世音に参拝したとき、この石...大悲山三方石観世音堂(福井県三方上中郡若狭町三方)

  • 白鬚神社(滋賀県高島市鵜川)

    白鬚神社近江最古の大社で、垂仁天皇の25年(第11代・2000余年前)、皇女倭姫命が社殿を創建。全国にある白鬚神社の総本社。鳥居鳥居の後ろには交通量の激しい道路があり、いつのまにか横断禁止になっていた。湖中大鳥居沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を浮かべることから、「近江の厳島」とも称される。鳥居は弘安3年(1280年)の絵図では陸上に描かれている。その後の琵琶湖の水位上昇に伴い水中に立つようになったと伝えられる。「境内案内図」拝殿拝殿は明治12年(1879年)の建築手水舎(社務所側から)拝殿と本殿(重文)本殿(重要文化財)豊臣秀吉の遺命を受け、秀頼の寄進により慶長8年(1603年)に建立。檜皮葺きで入母屋造り。桃山時代特有の建築で、片桐且元書の棟札も残されている。末社若宮神社本殿(高島市指定文化財)右から「外宮・...白鬚神社(滋賀県高島市鵜川)

  • 戒光山 西教寺(滋賀県大津市坂本5丁目)

    戒光山西教寺天台真盛宗の総本山。聖徳太子の恩師である高麗の僧慧慈、慧聡のために創建されたと伝えられている。山門山門を入った所にTV局などで使用するようなカメラを持っている人などが集まっていた。十数分待ったが動く気配もなくこの角度になった。沢庵禅師の碑慶長19年(1614年)沢庵42歳の時、京都を出発し石山寺、三井寺を参詣、琵琶湖を船で坂本へ渡り西教寺を訪れている。全日本仏教徒滋賀大会テーマ「出会い縁を生き伝えるわれら」文学ゆかりの地小説「細川ガラシャ夫人」山門前にある各種の説明文を読み、碑を眺め、その内容を頭に入れ、山門から中に入る。この緑の木々に囲まれた参道を歩く。参道の両側に塔頭がある。禅明坊蓮心坊徳乗坊(国有形文化財)聞證坊実成坊(国有形文化財)勅使門参道奥の正面にある。波心庭寺標石柱明治11年(1878...戒光山西教寺(滋賀県大津市坂本5丁目)

  • 阿星山 長壽寺(滋賀県湖南市東寺)

    阿星山(あしょうさん)長壽寺天台宗の寺院。常楽寺、善水寺とともに湖南三山の1つに数えられる。数年前、湖南三山巡りをしていた時、この寺で嫌なことがあって、二度と来ることはないだろうと思っていた。山門この日の予定にも入れていなかったが、訪ねた「常楽寺」が閉門されていたため予定を変更した。小雨になるまで駐車場に待機し、いざ出発。額には山号の「阿星山」内佛堂子宝祈願のお堂で社には男性器に似た石が置かれている。小雨の中、傘をさしてこの参道を歩くのも趣がある。参道の所々に参拝者が笑顔になるような置物がある。このような心配りは嬉しい。置物が周囲の自然に溶け込んでいるのもいい。石造多宝塔(湖南市指定文化財)聖武天皇の菩提を弔うために鎌倉時代に建立した。最大級の石造多宝塔とある。鐘楼手水舎本堂(国宝)寄棟造、檜皮葺き。桁行(正面...阿星山長壽寺(滋賀県湖南市東寺)

  • 岩根山 善水寺(滋賀県湖南市岩根)

    岩根山善水寺この日は朝から雨模様で、終日続くとの予報もあり過去に訪れたことのある寺院を選択した。善水寺は天台宗の寺院で、常楽寺、長寿寺とともに湖南三山の1つに数えられる。以前参拝した時は秋の寒い日で、石川県出身のモデルのような母娘と一緒に住職の説明を聞き、後にブログにコメントをもらった思い出がある。鐘楼元三大師堂江戸時代、正徳3年(1713年)の再建「元三大師」の額本尊の「元三慈恵大師良源大僧正」の等身大尊像を奉安本堂(国宝)木造入母屋造桧皮葺、桁行七間、梁間五間。大きすぎてカメラの枠からはみ出してしまう。写真でみると屋根が随分傷んでいる。「善水寺」の扁額。堂内に入ると住職から寺の歴史や仏像の説明がある。本尊の薬師如来をはじめ、三十余躯の仏像を安置している光景は壮観で、やはり仏像は仏殿で拝観するのがいいと感じさ...岩根山善水寺(滋賀県湖南市岩根)

  • 雪野山 龍王寺(滋賀県蒲生郡竜王町川守)

    雪野山龍王寺(通称「野寺」)この日は初めて訪れる寺院ばかりを選んだ。4寺目となる龍王寺は重文の仏像を持つ。少し離れた公園の駐車場に駐めたが寺の前に大きな駐車場があった。山門奈良時代初め(710年)に天皇の勅令で、行基により「雪野寺」として開山された。天台宗の寺院で創建1300年を迎えた古刹。山門から境内を眺める。手水鉢のようだが水も涸れている。受付所にも誰もいない。正面に大きなお堂(本尊は薬師瑠璃光如来)がある。小さな社がある。梵鐘(重要文化財)境内に入り「梵鐘」が重文に指定されていることがわかった。「龍壽鐘殿」の額。下の穴から覗くと梵鐘が見える。早速レンズを突っ込んで撮る。梵鐘には美女と大蛇の伝説が残されている。火災時に鐘堂から水を噴いたり、旱魃時に雨乞いをすると慈雨に恵まれるなど、霊験あらたかな梵鐘として名...雪野山龍王寺(滋賀県蒲生郡竜王町川守)

  • 遍照山 錦織寺(滋賀県野洲市木部)

    遍照山錦織寺(きんしょうじ)真宗十派の1つ、真宗木辺派の本山である。院号は天神護法院。本尊は阿弥陀如来。寺の駐車場が満車だったため半キロ程離れた神社の境内に駐めた。「親鸞聖人御舊蹟」と刻まれた石碑がある。嘉禎元年(1235年)、親鸞が関東からの帰洛の途中、毘沙門天の霊告を受けて当寺に立ち寄り、「阿弥陀如来座像」を安置したとされる。表門(滋賀県指定文化財)一間薬医門。18世紀前期の建立。物々しい雰囲気だと思っていたら、何と「門主継職式~法灯継承~」の記念すべき日であった。中門境内には正装した関係者ばかりで、普段着は私ひとり。観光で写真を撮りに来たと告げると快く迎えてくれた。正面の築山の奥に「御影堂」があり、関係者が忙しく出入りしている。御影堂(滋賀県指定文化財)元禄14年(1701年)の再建。記念撮影のベンチが置...遍照山錦織寺(滋賀県野洲市木部)

  • 金勝山 浄厳院(滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺)

    金勝山浄厳院(滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺)浄土宗の寺院。正式には、金勝山慈恩寺浄厳院(じょうごんいん)寺の建物は見えるがカーナビの案内する道には私の車では通ることができない。苦労しながらやっとたどり着いた。この寺院を選択した理由は重文の建築物があるということだが、それ以外の知識はない。織田信長が建立したことも知らなかった。途中、安土城跡前を通り、この場所からも見える。なるほどという感じである。山門鐘楼(安土町指定文化財)江戸時代中期、寛保2年に建てられたもの。袴腰付の大型鐘楼観音堂茶所釈迦堂「釈迦堂」の扁額不動堂(安土町指定文化財)楼門(重要文化財)天文年間(1532~55年)に慈恩寺の楼門として創建されたものを、浄厳院の楼門として遺された。三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺仁王像本堂(重要文化財)室町時代後期。...金勝山浄厳院(滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺)

  • 御都繖山 石馬寺(滋賀県東近江市五個荘石馬寺町)

    御都繖山(ぎょとさんざん)石馬寺伝承によると、1400年前に霊地を探していた聖徳太子が当地を訪れ、繖山の山麓に馬をつなぎ山上に登った。山の霊異に深く感動して戻ってくると、馬は石と化して池に沈んでいた。これを瑞相と捉えた太子は、山を御都繖山と名付け、この地に寺院を建立し、石馬寺と号したという。初めて訪れる寺院で勝手がわからず周辺を歩くと石段が見えた。「ようこそ石馬寺へ」の案内板がある。歓迎されているようだ。張り切って上り始めたが、すぐに息切れしてしまう。呼吸を整えるため、石段とその周囲の景色を撮る。何かが見えたので着いたのかと思ったら違った。ここから右側に進むと「石馬寺」、左は「六所神社」「石馬寺」と彫られた石碑。ここから先も石段が続く…鐘楼写真左の階段を上りきった左側に鐘楼がある。一打撞くことができるというので...御都繖山石馬寺(滋賀県東近江市五個荘石馬寺町)

  • 祥壽山 清涼寺(滋賀県彦根市古沢町)

    祥壽山清涼寺「龍潭寺」の側にあり、井伊家菩提寺と石柱に彫られていたので立ち寄ってみた。彦根藩祖井伊直政の発願により創建された曹洞宗寺院。かつては奥の山に佐和山城があり、その麓にある。山門「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」と云われたが、その島左近の屋敷跡になる。山門右山門左客殿境内の中では一番大きく立派な建物で本堂だと思ってしまった。本堂非公開だが、寺宝には歴代藩主の画像や狩野元信らの名画があるという。清涼寺には七不思議というのがあるという。1左近の南天2壁の月3唸り門4洗濯井戸5佐和山の黒雲6木娘7血の池史跡井伊家墓所一番高い場所にある無縫塔。誰の墓なのかはまったくわからない。座禅所撮影令和元年5月18日祥壽山清涼寺(滋賀県彦根市古沢町)

  • 弘徳山 龍潭寺(滋賀県彦根市古沢町)

    弘徳山龍潭寺臨済宗妙心寺派の寺院。天平5年(733年)遠江国引佐郡(静岡県浜松市)に行基によって開かれた。平安時代中期に井伊共保がここで葬られたことから、井伊氏の菩提寺となった。2017年大河ドラマ「おんな城主直虎」放映時に静岡県の龍潭寺を訪ねると驚くほどの参拝者の数だった。ほとぼりの冷めた頃合いだと思い、彦根にある龍潭寺を訪ねることにした。山門緑に囲まれた参道を歩くと山門の姿が視界に入ってくる。左手の開いている所から中に入る。鐘楼この大きな建物の入口が受付所になっている。見事に整理が行き届いた庭には感心する。初めて訪れる寺で予備知識もないので順路に従って写真を撮っていく。最初に迎えてくれたのは、小さなこの仏様。桜の図(桃山時代)佐和山城石田三成屋敷にあったものと伝えられている。先へ進む古い時代に描かれた絵が好...弘徳山龍潭寺(滋賀県彦根市古沢町)

  • 唐喜山 赤後寺(滋賀県長浜市高月町唐川)

    唐喜山赤後寺(しゃくごじ)出発前に、道の駅の駐車場で車中泊をしていた風景写真家との話しが弾み、貴重な話しを聞くことができた。この日、最初に訪れた「西野薬師堂」も住職不在の寺で管理する住民の姿もなく仏像拝観を断念。次に、ナビを「赤後寺」に設定した。「日吉神社」と書かれた鳥居を見て「間違ったかな」と不安になったが、左横にある「赤後寺」と彫られた石柱を見て一安心した。手水舎「ご本尊を拝観なされます方はご連絡下さい」の案内があり早速連絡を取る。枕石賤ヶ岳の合戦の時、村人は観音様を背負って、赤川という川に観音様を沈めて守った。この石は、川に沈める際に仏像の枕に使ったと云われている。鐘楼本殿この堂内に「聖観音立像」「千手観音立像」の2軀(重要文化財)が安置されている。像高180cm檜一本造り木心乾漆風技法の彫造である。今か...唐喜山赤後寺(滋賀県長浜市高月町唐川)

  • 渡岸寺観音堂(滋賀県長浜市高月町渡岸寺)

    渡岸寺観音堂(向源寺)日本で一番美しい十一面観音像が安置されている観音堂。今回が5度目の参拝になる。この寺院の魅力は観音像だけではない。仁王門前に斜めに伸びる木がそうなのだが、何とその木がなくなっている。仁王門近くの家から出てきた女性に尋ねると、昨年の台風21号の影響で倒れた木が仁王門を損壊する恐れがあるということから切ったと知らされた。この時、私も旅行中だったが、この台風を避けるため航路を変更し、茨城県周辺に10日程滞在していた。このようなことが起こっていたとは全く知らなかった。残念というよりショックを受けた。姉川の戦いで近隣の堂宇民家が焼き払われていた。住僧巧圓は門信徒とともに観音像をはじめ多くの仏像をこの地に埋めて災禍を逃れた。その仏像が正面の本堂横にある観音堂に安置されている。本堂渡岸寺観音堂と向源寺と...渡岸寺観音堂(滋賀県長浜市高月町渡岸寺)

  • 己高山 石道寺(滋賀県長浜市木之本町石道)

    己高山石道寺滋賀県に入った。琵琶湖周辺の重要文化財の仏像を所有する寺院巡りをしようと考えた。最初に訪れたのは「石道寺(しゃくどうじ)」真言宗の寺院である。住職不在の寺で、地区住民により管理されている。こういった事情により、寺によってはいつでも仏像が拝観できるわけではないようだ。この寺でも地域住民の負担が大きいということから、2020年からは日曜日のみの拝観になるという。本堂横に受付があり窓が開いていたので仏像拝観を申しこむ。担当の年輩の女性から心のこもった説明を受ける。決して流暢な説明でないのだが、不思議と耳に入ってくる。作家井上靖が、小説「星と祭」の中で堂内に安置されている「十一面観音像」の姿を村の若い娘に例えたことでも知られている。その小説を読んできたという参拝者も昔はいたという。その小説を読んではいないが...己高山石道寺(滋賀県長浜市木之本町石道)

  • 両界山 横蔵寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原)

    両界山横蔵寺天台宗寺院。重要文化財を含む多数の文化財を有し、「美濃の正倉院」とも呼ばれている。「華厳寺」参拝の後は、この横蔵寺を経由して滋賀県に入るというのが私のいつもの流れになっている。医王橋紅葉の名所でもあり、秋の行楽シーズンには「横蔵寺もみじまつり」が開催される。この医王橋周辺の紅葉を写真で見たことがあるが、凄い風景に変わる。仁王門(岐阜県指定文化財)檜皮葺の楼門、三間一戸。延宝3年(1675年)完成高い場所から見ると2階部分に梵鐘があることがわかる。三重塔(県指定文化財)階段下から塔を眺める。この塔は美しいのだが、塔全体を撮る場所が限られる。この寺院を訪れる楽しみの一つがこの塔でもある。本堂(県指定文化財)檜皮葺の入母屋造である。寛文11年(1671年)完成。観音堂境内を歩いていると水が流れている音が心...両界山横蔵寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原)

  • 谷汲山 華厳寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積)

    谷汲山華厳寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積)天台宗の寺院。延暦17年(798年)に創建、その山号と寺号は醍醐天皇より賜ったという名刹。百度石この寺には数回訪れているのだが、ある仏像が安置されている場所がどうしても思い出せなかったので確認のために来た。手水屋前回も同じような考えを持ってきたのだが、手水屋までに至る建築物や石仏などを撮っているうちに、すっかり忘れてしまった。帰宅し写真を整理していると、その仏像が写っているのだが、撮った事もその場所も、どうしても思い出せないのだ。階段を上りながら、その「仏像」の事を脳に刻み込む。階段下にある魅力的な仏像も…石仏にも、あまり集中しないように心がける。本堂西国三十三所第三十三番札所寺院では唯一、近畿地方以外にある、満願結願の寺院。扁額には、寺号の「華厳寺」よく見ると額にも...谷汲山華厳寺(岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積)

  • 朝倉山 真禅院(岐阜県不破郡垂井町宮代)

    朝倉山真禅院かつては南宮大社の僧坊であったという。明治維新の神仏分離のとき、三重塔、本地堂、鐘楼などの仏教関係の建造物が、この地に移築された。当初、この寺の存在はまったく知らず、「南宮大社」参拝後に境内図の枠外に塔のような図が記載されていたので訪れてみようと思ったのがきっかけだった。「朝倉山南神宮寺」と彫られた石柱。この時は寺の名前さえ知らずにいた。寺のホームページで確認したところ「朝倉山真禅院」となっている。山門石造山門の奥に朱塗りの門がある。門には「朝倉山真禅院」との記載がある。十王堂山門の右横にある。堂名と本尊名が小さな木札に記されている。お堂の配置などをメモしながら撮っているが、これらの配慮にはいつも有り難いと思っている。いつものように、格子の隙間にレンズを突っ込み勘だけで撮っている。手水鉢鉄塔(岐阜県...朝倉山真禅院(岐阜県不破郡垂井町宮代)

  • 南宮大社(岐阜県不破郡垂井町宮代)

    南宮大社社伝では、崇神天皇の時代の創建。美濃国一宮。慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の兵火によって焼失したものを、寛永19年(1642年)、春日局の願いにより徳川家光が再建。境内には本殿・拝殿・楼門など、江戸時代の神社建築の代表的な遺構18棟が、国の重要文化財に指定されている。楼門(重要文化財)石輪橋(重要文化財)造営時期は社殿と同じ寛永19年。門の正面が石輪橋。花崗岩で造られ、輪のように円弧を描いている。そり橋とも呼ばれ、神様が通る橋。手水舎参拝者のマナーの良さを感じる瞬間である。高舞殿(重要文化財)拝殿(重要文化財)祭神の金山彦命は、伊勢神宮の天照大神の兄神に当たる神様。式年遷宮は51年毎に行われる。18棟が重文の建築物と喜んでいたが、多くは拝殿左右の「回廊」内にあり拝観することはできない。回廊2棟(重要...南宮大社(岐阜県不破郡垂井町宮代)

  • 日吉神社(岐阜県安八郡神戸町大字神戸)

    日吉神社(神戸町)全国に約3.800社ある日吉神社の一つである。弘仁8年(817年)最澄によって創建されたという。この神社に重文の三重塔があることを知り訪れた。惣門「県社日吉神社」と刻まれている社号石柱。朱色の惣門には「日吉新宮」の額。参道を歩くと正面100m程先に朱色の社殿が見える。社務所手水舎記憶をたどっても、カエルは珍しい。本地堂跡・産石大物忌神社竃殿神社三重塔(重要文化財)全国にある国宝・重文の塔巡りも旅の大きな目的。またひとつ目的が達成された。説明書きによると「春日局」ゆかりの地とある。現存のこの塔は正世年間1500年の初め、斎藤利綱(春日局の伯父)が再建。約70年後の天正13年(1585年)に稲葉一鉄(春日局の叔父)が修造したもの。神輿殿秀吉の幼名を「日吉丸」、あだ名が「猿」。その影響か招魂社三宮狛...日吉神社(岐阜県安八郡神戸町大字神戸)

  • 荒川豊蔵資料館(岐阜県可児市久々利柿下入会)

    荒川豊蔵資料館(岐阜県可児市久々利柿下入会)道の駅「可児ッテ」の資料で、近くに荒川豊蔵の資料館があることを知った。道路沿いに駐車場があり、そこに車を駐めしばらく歩くことになる。この快適といえる道を歩いて行くが、普段車を利用し、歩くという習慣がないので長く感じてしまった。やっと建物が見えてきて、これだと喜んでいたら違っていた。この階段を上がって-さらに上がり、息が切れてきた頃に-資料館の建物が見えてくる。入館料は200円、写真撮影もできるというのも嬉しい。この場所にくるまでの間に、庭の整備をしていた男性と女性に、元気で心のこもった挨拶をされた。受付の女性の対応もすばらしく(歓迎されていると感じてしまい)来て良かったと思った。館内では企画展として「桃山と昭和にひらいた華」が開催されていた。荒川豊蔵が収集した作品1「...荒川豊蔵資料館(岐阜県可児市久々利柿下入会)

  • 虎渓山 永保寺(岐阜県多治見市虎渓山町)

    虎渓山永保寺(岐阜県多治見市虎渓山町)写真家土門拳氏の写真に感動し訪れてから、今回が何度目になるのだろうか。確か、3度目の頃かと記憶しているが、国宝の観音堂を撮っていたときに「土門先生はそんなに撮っていなかった」とある老人に声を掛けられた。「土門先生って、土門拳ですか」と尋ねると「そうだ」とその老人は、陶芸家で人間国宝の「荒川豊蔵氏」の下で30年間弟子として働いていて、土門拳が荒川豊蔵の志野焼を撮影している現場にいたという。その後、老人はデッサンをしていた手を止めて話しをしてくれ、その後に境内を案内してくれた。翌年、永保寺を訪れた時にもその老人が絵を描いていて、(私のことは覚えていなかったようなので)挨拶をしてまた話しを聞かせてもらった。2年経った今回はその老人に会いたいが為の訪問になった。写真を撮りながら老人...虎渓山永保寺(岐阜県多治見市虎渓山町)

  • 多治見市モザイクタイルミュージアム( 岐阜県多治見市笠原町)

    多治見市モザイクタイルミュージアム2年前、ある女性のブログをみて訪れたのが最初である。この奇妙なデザインの建物を見たときには正直驚いたが、もう一度見てみたいという気持ちにさせた。この入口の形も面白い。ドアノブもなく、どのようにして入ったらいいのか悩むと思うが心配ない。突然ドアが開いて「あっ」と少し驚くが、自動になっている。壁には割れた「ご飯茶碗」が貼り付けてあり、壁に彩りを与えている。入館料300円を支払い屋内に入る。団体客や外国人が増えているのも2年前とは違うところだ。順路通り進むのであれば、この階段を一気に4階まで上がり、展示物を見ながら3階・2階・1階と下りてくる。4階には広いスペースがあり、タイルに描かれた作品が飾られている。楠木正成「桜井の別れ」の歴史的名場面も描かれている。この部屋の展示物のなかで、...多治見市モザイクタイルミュージアム(岐阜県多治見市笠原町)

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