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2014/09/26

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  • 心に突き刺さる弦楽の響き!~崔 文洙氏の真実

    関西4大オケスペシャルコンサートを聴いてきた。これは、大阪駅にほど近いところにあるザ・シンフォニーホールが開館40周年にあたるということで企画開催された演奏会だった。アントンKにとって思い入れの深いホールは、やはり上野の文化会館だが、その後あちこちに素晴らしいホールが出来て影が薄くなってしまったことが少し寂しい。その素晴らしいホールの一つが、今回行った大阪のザ・シンフォニーホールだろうか。もちろん、都内在住だから、出向く回数は限られてしまうが、初めて聴いた時の響きの美しさ、残響の心地良さは未だに残っている。朝比奈隆晩年のブルックナーチクルスでの興奮は、このホールに足を踏み入れる度に蘇ってしまう。そして後のお別れ会での残像が目に焼き付いてしまっている。アントンKにとっては、ちょっと特別なホールに感じてしまう...心に突き刺さる弦楽の響き!~崔文洙氏の真実

  • 首都圏雪模様、果たして今年は?

    今週は、10年来の最強寒波が列島を襲うと絶えずニュースが流れている。確かに今日は何時になく底冷えのする日和になった。よくよく考えれば、1年で最も寒い時期がちょうど今頃で、近年の暖冬化傾向に自然と身体が慣らされてしまったことが身をもって理解できるが、これから立春を迎え確実に日が延びていることも感じられる。またアッという間の新年度なのかもしれない。都内でも初雪が散らついたとか、つかないとか。今年は大都内東京の雪景色が見られるだろうか。日常が閉ざされるほど極端は望むべくもないが、この季節にしか出会えない情景もまた見てみたいと思うのは少々贅沢かな・・・掲載写真は、未明からの大雪で首都圏が白く染まり、翌朝全ての予定をキャンセルして線路端へ出向き、いつもと同じ場所でいつもとは違う情景を堪能した時の画像。見飽きた景色、...首都圏雪模様、果たして今年は?

  • 淘汰が進む国鉄型車両~113系東海道線

    どこか世話しない年明けを迎え、1月も早中盤に差し掛かる。いつもこの時期になると、アントンKの場合は、今年の来日演奏家やオケ、その演奏楽曲の下調べ、または国内オケの定期公演での指揮者や日程など把握して、自分の中で取捨選択を行い、今年一年のスケジュールをイメージしたものだった。それに加えて、鉄道撮影の時期とポイントを組合せ、出来る限り効率よく趣味を楽しみたいと考えたもの。大方今でもそんな想いは変わりないが、いまだ混沌とした世の中だからか、自分の身の置き方のせいなのか、昔に比較したら、随分そんな計画もおぼろげになってしまった感があり情けなく感じている。これも一時期の通過点と考えながら生きているが、一日一生、今は何事も気の済むまま進むしかないか・・国鉄時代を生きた車両たちが次々引退してゆき、元気な姿が見られなくな...淘汰が進む国鉄型車両~113系東海道線

  • 新春に聴くショスタコの豪演!~DSCH弦楽四重奏団

    久々に出向く錦糸町は、日の温もりを感じることのできる比較的穏やかな日和だった。仕事でこの年末年始、時間が無くなり、思い通りに動けなかったのは初めての経験だった。それはそれで新たな発見が多々あり充実感はあったものの、自分の時間が圧迫されることは今後の士気に関わること。何とかしたいところだが、おそらく時間が解決してくれると楽観している。さて新年早々に鑑賞する演奏会は、ショスタコーヴィチの室内楽曲となった。崔文洙氏が企画構成して生まれた、DSCH弦楽四重奏団によるショスタコ四重奏全曲チクルスの第一回目にあたり、今後5年かけて全15曲の弦楽四重奏曲を演奏するという壮大な構想なのだそうだ。長年その魅力的な音色を奏でて、オケのコンマスとして、またソリストとして大活躍されている崔氏であるが、今回の演奏会を鑑賞して、アン...新春に聴くショスタコの豪演!~DSCH弦楽四重奏団

  • 新たな門出を感じて・・

    2022年もカウントダウンに入った。いつもながら月日の経つのは早いものだが、アントンKにとって特に今年はあっという間に過ぎてしまった感覚になっている。公私共に多忙だったこともあるが、今までの事、そしてこれからのことを見つめ直す良い機会になったと今では思える。人生一度切り。脇道に逸れている時間など無いのかもしれない。今の自分にとって何が一番大切なのか考えさせられている日々を送っている。趣味の世界。これはアントンKにとっては生きている証のようなもの。これからも可能な限り、そんな充実した時間を固持していきたいものだ。さてこれから身の周りを整え、久しぶりに総譜を持って第九を鑑賞しよう。誰の演奏を選ぶか?これも楽しみの一つなのだ。掲載写真は、今年とうとう博物館に入ってしまったEF5861号機の急行をけん引している日...新たな門出を感じて・・

  • 究極の離合!?最果ての地で悪夢を見た~DD51

    最後に掲載するのは、離合写真の中でも忘れることの出来ない1枚を出してしまおう。寝台列車の撮影を中心に据えていた時代、東海道線から九州ブルトレが撤退してしまうと、自然と北側へと足が向いてしまうのは自然な成り行きだった。それまでのけん引機関車が、EF81から新鋭のEF510500番台へとスイッチしたり、海峡線でのED79や、道内のDD51重連けん引は、アントンKにとっては被写体として申し分ないものに感じていたからだ。本州内は青森を、道内は函館を起点に据えて、何度となく通った時代がとても懐かしく感じてしまうが、有名撮影地と言われるポイントだけでは物足りず、回を重ねるうちにロケハンも進み、好みのポイントの発見にも心躍った物だった。ここはそんな無名なポイントでの出来事だった。付近には人工物が見当たらず、ただ真っすぐ...究極の離合!?最果ての地で悪夢を見た~DD51

  • 東海道の離合を狙う②~251系 & E231系

    前出の画像より更に10年くらい経った2009年春の画像を続けてみたい。この時代、すでに東海道線には113系電車はなく、現代に繋がるE231電車が一大勢力を振るっていた。この日は、離合を狙うには格好の撮影ポイント戸塚に出向き、撮影を楽しんでいたようである。現代のお若い鉄チャンには、目的の被写体以外の車両がファインダーの中に入ることを拒む傾向にあるようだが、アントンKは全く正反対。いつも何か別の第二の獲物を期待してしまうのだ。もちろん別物に目的列車を邪魔され、撮影出来ずで涙を何度も飲んできた経験も人一倍多い訳だが、だからこそ、偶然に綺麗に収まった時の感動も一入だと言える。今回は、引退して久しい251系による「スーパービュー踊り子」と現代のJR東日本ネットワークの象徴列車とでも言うべき「湘南新宿ライン」との離合...東海道の離合を狙う②~251系&E231系

  • 東海道の離合を狙う~113系&373系

    最近気づいたことだが、長年撮り溜めてきたカラーポジフィルムの劣化が進行している。デジタル完全移行から16年が経ち、それ以前の約30年間のフィルムは、今後ますます劣化が進んでしまうのだろう。この拙ブログを始めた2011年頃から、徐々にデータ化を進めて、ようやく一巡したところだが、実は別の手段でさらにデータ化を開始しようと画策している。何しろ、今までのものは見様見真似の未熟な作業の末のデータで、最近のPCで見返すと不満な画像が多々見受けられるのだ。これからは、フィルムの褪色進行とデータ化との戦いになりそうだが、思い入れの深い画像だけでも急いで実行したいと決心しているところだ。掲載画像は、東海道線で数々の離合を狙った時の1コマ。当時東海道線といったら、湘南電車の代名詞113系を思い浮かべ、セミクロスシートに身を...東海道の離合を狙う~113系&373系

  • 「第九」の季節に・・

    今年も残すところ10日あまりとなり、いつもながら時の流れの無情さを感じてしまう今日この頃である。この年末は、いつもの第九演奏会には行かなかった。いつもとは違う年末を迎え、今までとは少し異なった時間を過ごしている状況で、もう少し自分の立ち位置を確固たるものにしたく日々を送っている感覚だからだ。鉄道撮影にも今年は、数えるほどしか出ていないで、このまま暮れていきそうで何だか情けない思いがする。演奏会もしかりであり、アントンKにとって今年2022年は、やはり節目の年、特別な年になりそうだ。来る年、2023年は、年明け早々から色々と予定が入りつつあるので、趣味活動にも新たな動きがとれそうだ。精進して日々送っていきたいものだ。暮に向けて、少しでも時間が取れれば朝比奈の音楽を聴いている。普段は中々勿体ない思いがして聴か...「第九」の季節に・・

  • 僕らの憧れ!東海道ブルトレ~第1列車乗車の思い出

    久々の更新は、10数年前に乗った「はやぶさ」のスナップから掲載しておく。廃止まで50日を切ったこの日、アントンKにとっては憧れの諸先輩方からのお誘いを受け、オハネ25の寝台に横たわった。スタートとなる東京駅での落ち着かない心の高揚感は、今思い出してもワクワクしてくる。定刻、滑るように列車が動くと、懐かしいオルゴールが鳴り、どこか心休まる車掌のアナウンスが始まった。流れる夜景を背後に、諸先輩方との思い出話に夢中になっていた。思えば、アントンKにとってここまで鉄道撮影を継続できたのは、東海道線を走るブルートレインの存在が大きいのである。ゴハチ・ゴーナナに始まり、「あけぼの」だ、「北斗星」だと飛び火していったものの、やはりその根底には、幼少期に見た東海道線を走るブルートレインが常にあったのだと思い返している。あ...僕らの憧れ!東海道ブルトレ~第1列車乗車の思い出

  • 帰ってきた鬼才マエストロ 上岡敏之!

    前音楽監督だった上岡敏之氏が新日本フィルに帰ってきた。コロナ禍で海外からの渡航に制限がかかってから数年が経つが、ようやく最近になって海外オーケストラの来日も相次いで行われる状況に変わった。上岡氏もそんな影響を諸に受けてしまったお一人なのだろう。スケジュールが白紙となり、ファンとしてもどこか尻切れトンボの感が拭えないでいた。でも、こうして今回新日本フィルの指揮台に立つマエストロが見られる幸せをアントンKもしみじみ感じたのであった。今回の演奏会は、モーツァルトとベートーヴェンのコンチェルトが並び、後半のメインがブラームスの第2交響曲というゴージャスな内容であり、現状のアントンKには少々刺激が強すぎるか、と感じながらの錦糸町訪問と相成った。さて、今回の演奏会の感想を書き残せば、一番の印象は指揮者とオーストラ、そ...帰ってきた鬼才マエストロ上岡敏之!

  • 秋空に輝く「英雄の生涯」

    約5か月間のお休みを頂いた。アントンKにとってはあっという間に感じてしまうが、やはり5か月という時間は長いもの。やっとPCの前に落ち着いて座る気持ちになった。春先から多々試練が重なり、趣味活動が疎かになってしまった。いつかはやってくるその時を迎え、思い描えていた以上に心の葛藤があり、今は前を向くことしかないと躍起になって今日まで進んできた感覚。季節はいつの間にか秋を迎え、一番好きな季節に代わっている。ぼちぼち趣味活動にもノッチを入れていこうと思えるようになったのである。この数か月間、アントンKのエネルギー源はやはり音楽の享受によるものが大きかった。時間的にも、気持ちの上でも撮影には出られず、同じく演奏会にも足を運べなかったから、どこかいつも上の空で心が曇っていたと思える。先日ネット配信で、新日本フィルの「...秋空に輝く「英雄の生涯」

  • 生誕200年を前に変化するブルックナー演奏~レミ・バロー

    長年、心の友として愛聴してきたブルックナー(1824-1896)ではあるが、ここにきて2年後に迫った生誕200年の記念すべき年を前に、演奏される内容に変化が見られるので記述しておきたい。アントンKが最近手に入れたCDの中に、レミ・バローの指揮するブルックナーの第4交響曲がある。数年前からブルックナーの交響曲を録音しており、3→8→9→6→5→7→2の順でCDを発売、今回はその最新盤の第4ということだ。日本では、あまりメジャーとは言えぬ指揮者バローではあるが、あのチェリビダッケの愛弟子ということで、アントンKも最初からその演奏に興味を持っているのだ。演奏内容の変化とは、使用楽譜の選択肢が広がってきているということだ。ブルックナーの交響曲には、いつも付きまとう使用楽譜の問題。没後120数年の歳月の間、研究家が次々と...生誕200年を前に変化するブルックナー演奏~レミ・バロー

  • 相次ぎ発表されるリバイバル特急~485系「はつかり」

    今年は鉄道開業150年という節目にあたり、この時点で全国的に数々の企画の発表がされている。かろうじて残存している185系電車を使った新幹線リレー号が計画されているようだし、特急「ひばり」、特急「はつかり」の特別運転もあるようで、何時になく活気づいてきた印象を持った。中でも、新幹線E2系電車の200系新幹線塗色化には、当時を彷彿とさせるイメージが湧いてきて、今から楽しみなのだ。方や、鉄道各社の決算発表が相次ぎ、コロナ不振からか存続の危機とされる多くの路線が明白になった。特に地方ローカル線の衰退は、さらに顕著となりとても不安に思う。今後、日本の鉄道における原風景は、ますます消滅してしまうことを思うと、どこかやり切れなく心がざわついてしまうのだ。掲載写真は、登場時これが485系?と思うほどショッキングな姿でデビューし...相次ぎ発表されるリバイバル特急~485系「はつかり」

  • 専用機関車不在の現実を見つめて・・・ED75 711

    かつてのJR各社には、専用機関車が存在していた。その象徴とも言うべき機関車は、EF5861号機という御召用電気機関車だろうが、国鉄時代とは違って、民営化されて以降は、全国各社それぞれに趣向を凝らした客車列車を持ち、合わせてその編成をけん引する機関車を持っていた。今にして思えば、何とも贅沢な華やかな時代だったのだ。その名残が、現在でも現役機を貫いているEF8195号機のレインボー機、そしてEF651124号機のトワイライトEXP機ということになるだろうか。しかし、ペアを組む客車そのものが引退してしまい、けん引機だけが残っている現実は、かつての栄光を今に引きずっているようでどこか物悲しい。実際には、専用機と言えども、常にペアを組んでいた訳ではなく、一般機が牽くことも多く、だからこそ機関車と客車がマッチしてやってきた...専用機関車不在の現実を見つめて・・・ED75711

  • 新北陸色?! 消滅でも無関心~413系・475系電車

    ”新北陸色”と言われて全くピンと来なかったアントンK。もちろんJR西日本、北陸線には関わりは今までも少なく、特に民営化後、そして北陸新幹線開通後になってからは、全く縁と遠くなってしまった。今回絵柄を見て、ようやくそんな塗色の電車が走っていたかも、と他人事のように思い出してきた。とにかく最近感じることは、現時点での鉄道趣味的見地から、自分自身が随分と現実離れしてきたという事だ。機関車でも最近現れた機関車など番号種別などは無知で解らず、電車に至っては一目で〇〇〇系何番台と判別出来なくなってきた。国鉄時代はこうではなかった!と言ったら、年寄りそのものだが、今ではとにかく車両一つとっても、多種多様に入り乱れ複雑化しているように感じるのだ。先般の189系の記事をとっても、数年の間に外観、用途が編成単位で変更され経過してい...新北陸色?!消滅でも無関心~413系・475系電車

  • 三つ目DD51晩年の日々~DD51 745

    鉄道趣味の世界で、アントンKを長年ご指導下さった先輩が他界して早1年の歳月が過ぎてしまった。国鉄蒸機時代の逸話は、今でも仲間内では鮮明で、おそらく生涯に渡り語り継がれていくのだろう。しばらく会えずにいた所に訃報が舞い込んだから、未だに心から信じられないでいるのが正直なところ。蒸機、ゴハチなど、当時の中心的被写体の渦中で、数えきれないほどの経験をご一緒させて頂いた。こうして彼を思い出すと、どこか身の引き締まる想いが湧いてくるのだ。今回はそんな想いから、その先輩と同行した時の画像を掲載してみる。まだ磐越物語号の運転前、不定期でSLの運転があった時代のものだ。この時は、秩父にいるC58363を借り入れて磐越西線を走り、列車後部には、これまた当時新潟にいたDD51745号機が援護していた。ボンネットの真ん中に3つ目のラ...三つ目DD51晩年の日々~DD51745

  • 東武線に乗り入れた189系電車

    趣味の世界も、長い月日を重ねるとアップデートが間に合わず混乱してしまうことが度々起きてしまう。先週家族で東武線に乗り、鬼怒川を往復してきたばかりだが、それで刺激を受けたのか、愛孫から東武線に関する数々の質問が絶えず嬉しい悲鳴の日々を送っている。しかしアントンK、鉄道は昔から好きでも近年までの電車たちの詳細まで把握が追いついておらず、「何でも来い!」とまで言えなくなりつつある現実に直面しているのだ。数日前にも連絡があり、「189系電車が東武線を走ったことがある」と言うのだ。これには、とっさにそれは誤りだと答えてしまったが、実際には臨時列車ではあるが日光や鬼怒川まで入線した実績があった。現在のE253系電車で新宿から直通運転している列車の前身に当たる列車らしい。これは、専用に改造された485系電車の予備車として存在...東武線に乗り入れた189系電車

  • 「カニ目」に興奮した愛孫を見つめる幸せ~C11 207 "SL大樹"

    愛孫との約束を果たすべく、東武鬼怒川線へと行ってきた。もちろん目的は、「SL大樹」への乗車であり転車台での見学だったのだが、道中の東武線特急「スペーシア」及び「リバティ」にもリクエストが出ていて、今回はなかなか嬉しい要求が重なったのである。当日は、不安定な寒いくらいの天候で、どうなることかと思いながら予定通りスペーシアへと乗り込んだが、何と先行列車が人身事故に遭遇、こちらも予定より60分以上の遅延となってしまった。この遅延のおかげで、下今市駅を下車してまもなく、「SL大樹5号」の発車がベストのタイミングとなり、ごった返すホームにSLの入線を待ったのだった。慌ただしい構内放送とともに、姿を現わしたC11型は、207号機の通称「カニ目」と呼ばれている人気者。ホームにたたずむあらゆる老若男女が蒸機を出迎える。とりわけ...「カニ目」に興奮した愛孫を見つめる幸せ~C11207"SL大樹"

  • GWの小さな楽しみ~EF64「アルプス54号」

    いよいよ今年もGWに突入。10連休する猛者も周りに存在するが、アントンKのGWは、日常とあまり変わらない。天気にも恵まれリフレッシュできる日々を送れれば、ただそれでけで満足しそう。昔から連休にはあまり予定を入れないことが多かった。もちろん例外もあるが、出歩くもの単発で動くことが多かった。今回は、そんな散歩の中から1枚掲載しておく。当時から好きだった中央線の急行客車列車、「アルプス」号。駆け出しの時代から気になる存在で、列車が消滅してしまうまで何度か撮影にトライしていた。夜行で下り、翌日午後に戻ってくるダイヤは昔から変わらず、撮りづらい午後の上り列車にアタックした時代が懐かしい。いつも「晴れ!」に拘っていた当時でも、この列車は例外中の例外だった。偶然にも重連で山を下りてきて歓喜した時の画像を貼っておく。1979-...GWの小さな楽しみ~EF64「アルプス54号」

  • 北海道の新特急色復活!~キハ183系500番台

    JR西日本の381系電車の国鉄色復活に続いて、JR北海道でも、国鉄時代末期に登場した新特急色と呼ばれる塗装車が復活することがわかった。GWをいよいよ目前にして、JR各社が鉄道150周年という記念すべき年にイベント合戦の様相を呈してきた訳だ。未だコロナ禍ではあるものの、世の中徐々に動きが出てきており嬉しい反面、やはり感染者が益々身近になってきている現状では、決して油断できる状況ではないことも最近改めて思い知っているのである。何も考えずに、フラッと旅に出られる日はまだ遠いのだろうか。鉄道業界も明るい話がなかなか聞けずにいる状況だから、せめて鉄路を感じて新たな旅の思い出を刻みたいのだ。今回復活した新特急色に合わせて、4連の写真を探してみたが、真面にお見せできる画像がなくお恥ずかしい限り。この連休から運転されるのは、特...北海道の新特急色復活!~キハ183系500番台

  • 宗教臨に活躍したEF58を回顧する

    「宗教臨」という言葉も聞かなくなった・・・。国鉄時代には、この手の団体臨時列車が多数運転されていて、いわゆる時刻表には載っていない列車がたくさん走っていた。当時のアントンKは、線路端でそんな列車に出くわすと、突然の出来事に対応が付かず、いつも涙を飲んでいたことが多かったのだ。そしていつかとことん撮影したい、と意気込んで撮影した写真が今回のもの。早朝からカメラを構え、定点撮影のごとく覚悟を決めて撮っていたことを思い出している。当時の宗教臨とは、富士宮にある創価学会へと向かう団体客を乗せており、全国から身延線富士宮に向けての列車があった。当然ながら、東海道線経由で乗り入れ、大部分が客車列車だったから主に東京機関区のEF58けん引がけん引していた。もちろん当時の東京区にはEF5861も在籍しており、運が良ければ出くわ...宗教臨に活躍したEF58を回顧する

  • 赤い電機と黒い貨車~ED75

    旧型客車も懐かしく感じるようになったが、貨物列車も二軸の貨車を連ねた編成は、随分と見ていない。今では、コキというコンテナを載せる専用貨車が一般的となり、石油のタキ石灰のホキを除くと、貨車形式はかなり少なくなったと言わざるを得ない。アントンKは、昔から貨車の形式まで拘りを持てず、連ねた編成までは考えが及ばなかったのだ。しかし、こうして貨車の種類が減ってしまうと、独特の走行音を残して走っていた貨物列車が懐かしく思い出されるのである。一時期、青いワム編成の貨物列車が走っていて、ファンの間で話題になっていたことがあったが、あの列車とて廃止されてからかなりの年月が経ってしまった。あればあったで気にも留めず、見られなくなると当時より気にかかるという何とも言えぬ感情が湧いてくる。全国あれだけあった貨物取扱駅すら激減してしまっ...赤い電機と黒い貨車~ED75

  • 雑形客車の魅力!再認識~ED77

    たて続けに、週末に雑形の客車列車が走っているようでザワザワしている。一応この時代、客車列車そのものが貴重であり、機会があれば出向きたかったのだが、結局行かなかった。天候不安定が出鼻をくじかせたが、DE10型客車3両という編成そのものに、少し拒絶があったようだ。しかしこの時期、春爛漫の各地で時間を過ごすだけでも、心の栄養となったのかと思い返すと、多少後ろ髪を引かれていることも事実だ。また次の機会に模索したいと考えている。そんな想いから、磐西の普通列車の画像を取り出してみた。国鉄時代、普通列車は、キハに混じって客車列車も設定があり、旅の足としてお世話になったもの。東北地区の客車の中では、比較的早く50系に代わってしまった記憶があるが、スハのボックスシートを占領して、窓を大きく開け流れる景色を眺めるのが日常だったあの...雑形客車の魅力!再認識~ED77

  • まだ遠き 碓氷の春をいく~クモヤ443系

    不安定な天気が続く東京は、桜は当に葉桜となり、今ではツツジやハナミズキが美しい。忙しなく日々を送る中でも、こうした街のちょっとした変化に気づき心の友としたいものだ。まだ信越線碓氷峠が健在だった頃、鉄道とともに四季を写し込もうと、毎シーズン気にかけていた時代があった。今にして思えば3~4年間に過ぎず、心残りも多いが、命がけの猛者達の想いに少しでも近づこうと張り切っていた。山登りは不得意なアントンKだから、あくまでも自分流に線路端には拘っていたが、ほんの1区間とは言え、無数のポイントが目の前に広がっていたのだ。ここでは、超有名な撮影ポイントだった碓氷橋をいく試験電車の写真を掲載しておく。まだ冬景色が続く碓氷橋付近で、ひと際自己主張していた山桜ともモモとも違う美しい花が目に留まり、文字通り華を添えてみた。ここもGWが...まだ遠き碓氷の春をいく~クモヤ443系

  • ブルトレ併結時代~EF66「さくら・はやぶさ」

    東海道線から定期寝台特急が消えて10年以上もの時間が経過した。(最終列車は2009年3月だった)。それまでアントンKにとっては、鉄道撮影の中心的存在だった列車だけに、あの時は何時になく感慨にふけっていたことを思い出す。実際、夜行寝台列車自体は、東北線を走る「北斗星」が存続していたが、やはり特急列車そのものの品格が違い、同列には出来なかったのだ。蒸機で運転されていた時代から継承された列車名は、やはり重く深いものだ。最後は貨物用機のEF66がけん引していたとしても、アントンKには最後まで憧れの列車だったのである。東海道線ブルトレの晩年、ご承知のように伝統ある2つの列車が併結されて運転される事態になっていった。併結運転そのものは、関西圏の夜行寝台列車で先行していたものの、東京まで連ねてやってきていた列車が併結すると聞...ブルトレ併結時代~EF66「さくら・はやぶさ」

  • 花形運用を明け渡した日~EF65P型

    憧れの寝台特急をけん引し、その名声を不動のものとしたEF65P型ではあったが、長きにわたり東京-下関という長距離を走破してきたためか、年々故障が増え、痛みも激しかったと聞く。そしてこの年の秋を待たずして、新製されたEF65PF型にその道を譲り渡すことになったわけだ。次々と東京機関区に真新しいEF65PF型が配置され、いったい何時どの列車から切り替わるのか、当時仲間内で話題となったのは言うまでもない。あっという間に切り替わっていった記憶だが、当時の細かな記録はなく、今更ながらデータとして残すべきだった。ここでは、65PF型に道を譲ったEF65P型が、時同じくして山手貨物をけん引し始めた時の画像を掲載しておく。撮影データは78年9月だから、まさにPF型に切り替わってすぐのタイミング。ヘッドマークを掲げて走ったスター...花形運用を明け渡した日~EF65P型

  • EF65PFの私感~ブルトレ「みずほ」

    未だ現役バリバリの国鉄電機であるEF65PF型。しかしこの春の改正で貨物機の運用にかなり余剰が出ているという話を聞く。旅客会社である田端区も名称が変わり、と同時にEF65PFの配置にも変化があったようだ。昨年から、あれだけ後継の電機にあたるEF210型がデビューしているのだから、余剰は当然な成り行きだろうか。アントンKにとっても思い出の多い電機であり、最後の日まで見届けてやれれば本望だ。以前にも触れてきたが、アントンKは、EF65PFといっても現存する形態はあまり好まず、初期車こそが本来のEF651000番台として認めてきた。細かな形態差には、あえてここでは触れないが、昔初めて見た時の第一印象からイメージが決まってしまったのだと思っている。ヘッドマークこそ無かったが、3往復の特急「あけぼの」の先頭に立ち、当時で...EF65PFの私感~ブルトレ「みずほ」

  • 新たなクラシック音楽の扉が開く~新日本フィル定演

    新年度を迎え、各楽団ともスケジュールが発表されて、この1年どんな楽曲で我々に演奏を楽しませて頂けるのか、最も期待が高まるタイミングなのが、まさにこの時期だと言える。アントンKはというと、2年前からのコロナ感染の影響で激減した演奏会の中から、まずは必ず聴きたいと思う物だけに限って聴いてきた。しかし現状は、更新される数字に一喜一憂するのではなく、コロナの日常化が浸透して、生活の送り方、演奏会での新たな常識が確立したと言えるのではないか。2年前では、どこか緊張と心配や窮屈感すらあった行為が、今では自然体で行えている。気を許すのではなく、新たな鑑賞行為として定着していくのだろう。しかし、個人的には、いまだに続く終演直後の「ブラボー」禁止はいささか寂しく思う。演奏会をプレーヤー入場から終演退場までをひとくくりに考えた場合...新たなクラシック音楽の扉が開く~新日本フィル定演

  • 先頭車に一喜一憂した楽しき特急電車~485系

    前出した485系のボンネット型電車。最もオリジナルに近かった当時の車両を展示用に当てたのだろうから、今でも鉄博内でその姿を拝めるはずだ。しかし当時をよく思い出してみると、国鉄時代には、同じボンネットでも多種多様な形状を持った車両が存在していた。今でいう東日本を走っていた485系は、左右にヒゲについたスタイルで東北地方を中心にを行き来していたが、国鉄時代も晩年になると、九州から遥々やってきた車両たちが入り乱れ、趣味的見地からみると俄然面白くなったのであった。掲載写真は、その九州から転属してきたクハを先頭にした特急「ひたち」号。すでに僚友だった特急「ひばり」は、新幹線開通により消滅していた時代、常磐を走る「ひたち」が孤軍奮闘していたことを思い出している。ヒゲなし、赤スケートの九州仕様でやってきた「ひたち」は、当時違...先頭車に一喜一憂した楽しき特急電車~485系

  • 未来へ受け継がれるボンネット特急~485系

    JR西日本伯備線を走る、最後の国鉄型特急381系「やくも」の一編成が、伝統の国鉄色に戻り話題をサラっている。381系と言えば、元祖「振り子電車」であり、勾配やカーブの多い山岳路線に走り出したのは昭和の時代。中央西線を走る「しなの」が最初だったと思う。アントンKも、国鉄時代から中央線にはよく出掛けていた関係で、この381系にも愛着を持っていたが、やはり当時は、特急電車全盛時代であり、圧倒的に両数の多かった183系統や485系たちの方が馴染み深かったことを思い出す。紀勢線の「くろしお」とともに長年走り続けてきた381系電車も後継電車の発表があったようで、いよいよ引退が迫ってきたようだ。さて、こうして昔の特急電車を思い出してみると、やはりクリームに赤をまとった国鉄特急色が何と言っても懐かしく一番しっくりすると思う。数...未来へ受け継がれるボンネット特急~485系

  • わき役に思いを寄せる日々~キハ21

    撮影に出かけて、目的とする列車以外にもカメラを向けて撮影していた列車ほど、懐かしさを覚える場合が最近になって多くなってきた気がしている。アントンKの場合なら、ブルトレ撮影の合間に、あれだけ走っていた113系や115系電車などがそれに当たるが、それら当時のごく一般的な電車たちはすでに過去帳入りしてしまった。今にして思えば、最も身近で親しみやすかった車両達だけに、もっと思いのままの画像を残したかったと後づ去りしているのだ。掲載写真は、室蘭線をいくローカルDC。初めての北海道撮影旅行の際、何もかもお初が続き、ワクワクが止まらなかった思いとともに、こういった編成の短いDCにも興味を持ちシャッターを切っていた。当時のクイーンだったキハ82系のわき役だったが、アントンKには、同じように珍しい被写体に思えていたことを思い出す...わき役に思いを寄せる日々~キハ21

  • ローカル線で奮闘するジューゴ落日の日々~EF15

    青梅線と言えば、アントンKにとってはED16型がまず思い浮かぶが、国鉄時代の83年、ついにED16が引退してしまうと、EF15が青梅線進出を果たし、後のEF64、そしてEF641000へと継承されていく。貨物列車の本数自体も、調べた訳ではないが年々減少していったはずだ。ED16の時代のような1時間に何本も貨物列車が後年に行き交うことは記憶していない。時代背景こそ激変しているが、機関車の新陳代謝がいつの時代も行われていることがわかる。アントンKにとって印象深いのは、やはりブルートレインけん引機であったEF65P型がEF65PF型に道を譲り、貨物列車を黙々と牽き出した1978年頃まで遡ってしまうが、これと同じようにEF15にしても本線からローカル線へ転身していったのだ。ローカル線の貨物列車そのものが、時代とともに減...ローカル線で奮闘するジューゴ落日の日々~EF15

  • 未来の鉄道ファンのために・・~EF65PF

    東京も葉桜が目立つようになってきた。今年は冬が寒かったせいもあり、桜も綺麗に長く咲いていたのだそう。確かに近所の並木も例年になく長く咲き誇っていて楽しめた。北上する桜前線も気になるが、これからは緑の季節の到来。そんな季節を清々しい心の持ちようで迎えたいものだ。よく出向く線路沿いの公園。愛孫とも物心ついた頃から連れてきては機関車や電車を楽しんだ場所。時間を忘れて真剣に見つめる姿に、大昔の自分を重ねてしまった。綺麗に咲いた桜とともに機関車を撮影しようと、公園内をうろついていると一人の少年がファインダーに飛び込んできた。ゆっくりと出発する電気機関車に向かって大声で「行ってらっしゃい~!」と叫んで手を振っている。そんな真っすぐな彼の純粋な気持ちに感動してしまうのだ。今の気持ちを生涯忘れずに幸せな人生を、出来れば鉄道好き...未来の鉄道ファンのために・・~EF65PF

  • 古武士ED16の印象

    近年、撮影対象の幅を広げる意味もあり、JRや身近な私鉄電車からさらに地方の中小私鉄を走る車両たちにも目を向けるようになった。最も解りやすいのが、昨年出向いた長野電鉄で、学生時代の日常にあった電車が、未だに元気に走っていて、嬉しさと懐かしさを味わったのである。もちろん当時とは、周りの景色も編成の長さも、そしてお顔だって違うのだが、車輛そのものから醸し出される雰囲気や表情、走行音から、真っ先に当時の姿をダブらせてしまっていた。地方に目をやると、まだまだそんな想いは埋もれているようで、これからの行程は、こんな出会いも加味していきたいと思っている。先月まで、今年はいつになく出向いた秩父鉄道だが、今も元気で走っている電気機関車から、かつての国鉄型電機の武骨さを未だに感じられていない。お若いファンの方々は、おそらく想像を膨...古武士ED16の印象

  • 思い出のノスタルジック・ビュートレイン~DE10

    今年になって入替機DE10がいよいよ一線を離れたと聞いたから、これを機会に少し振り返ってみた。もともと凸型機関車は苦手だったアントンKだが、長年見たり撮影したりしているうちに、印象も少しずつ変わり馴染みが出てきた矢先の出来事のようで、何とも物悲しいものだ。何にでもご縁というものは存在し、短い人生、出会いは大切にしたいもの。いつもは地味で目立たない凸型ディーゼル機でさえ、目の前から居なくなるのはやはり寂しく思えてしまうのである。好んで撮影はしてこなかったデーテンではあるから、あまり気に入った画像は持てなかった。自分にとっての名シーンは、限定列車とはいえ、陸羽東線を重連で走った「あけぼの」の雄姿だったが、如何せん時間帯が悪く思うようには撮影出来なかった。印象的だったのは、秋田の五能線を走っていた「ノスタルジックビュ...思い出のノスタルジック・ビュートレイン~DE10

  • 「進行~!」誇り高き鉄道マンへの憧れ・・EH200

    時代が変わってしまっても、機関車の聖地であることには変わらない新鶴見界隈。朝の一時は、いつも忙しく貨物列車が入線しては出発していくのだ。南から北へ向かう長距離列車は、ここで機関車交換。遠路はるばる九州から夜通しやってきた桃太郎(EF210)は、ここで金太郎(EH500)へとバトンを渡す。操車さんによる解放、連結作業を間近で見ながら、その真剣な面持ちがこちらにも伝わってくる。信号が変わり、ゆっくりと牽き出すときの起動音は、何度聞いても心地よい響きとなって身体に伝わるのである。ある日のブルサン(EH200)出発シーン。機関士さんは、まだ新人さんなのか緊張が外まで伝わってくるようだ。大きな声を上げ、指差し進行を何回も繰り返しゆっくりダブルクロスポイントを渡り、近づいてきた。夢にまで見た機関士さん。今日も安全に任務を熟...「進行~!」誇り高き鉄道マンへの憧れ・・EH200

  • 春の陽気に誘われて・・・DD51 842

    日に日に陽ざしが強くなり、いよいよ春本番の様相となってきた。桜前線に限らず、これからの新緑の季節は、どこか宛もなく出掛けたくなるものだ。今年は何十年か振りに行ってみたい路線がいくつかある。もちろん人の動くGWは避けたいところだが、ある程度時間的余裕も必要になり、いつ実行に移せるのかチャンスを伺っているのである。一方で、現在花粉もピークを迎え、かつ感染症も気にかかる状況の中で、いかに毎日を快適に過ごすかという日常にも頭を抱えている。平穏な日々を送れるのはいったい何時になるのだろうか。タブレット現役時代の八高線。いよいよそのシステムの廃止が迫り、鉄道ファンによる団体列車が走ったことがある。旧客使用という事だけで、もの好きなアントンKも当時出向いていた。イベント列車だからか、今でも何かと登場のDD51842号機が当て...春の陽気に誘われて・・・DD51842

  • 春の陽気に誘われて・・・DD51 842

    日に日に陽ざしが強くなり、いよいよ春本番の様相となってきた。桜前線に限らず、これからの新緑の季節は、どこか宛もなく出掛けたくなるものだ。今年は何十年か振りに行ってみたい路線がいくつかある。もちろん人の動くGWは避けたいところだが、ある程度時間的余裕も必要になり、いつ実行に移せるのかチャンスを伺っているのである。一方で、現在花粉もピークを迎え、かつ感染症も気にかかる状況の中で、いかに毎日を快適に過ごすかという日常にも頭を抱えている。平穏な日々を送れるのはいったい何時になるのだろうか。タブレット現役時代の八高線。いよいよそのシステムの廃止が迫り、鉄道ファンによる団体列車が走ったことがある。旧客使用という事だけで、もの好きなアントンKも当時出向いていた。イベント列車だからか、今でも何かと登場のDD51842号機が当て...春の陽気に誘われて・・・DD51842

  • 偶然の巡りあわせ事業用車~クモヤ143

    ふたを開けてみれば、今月施行されたダイヤ改正では、新しく登場する列車から、数を減らし余命幾ばくもない車両、とうとう消滅するものまで近年になく動きがあった改正のように思えた。古くなった車両が新しく変わっていくことは、いつの時代も代替わりがあり避けられないだろうが、自分と同世代の車両、あるいは、長年身近にいた列車が、その日から見られなくなる空虚感や寂しさは、いつもとは一味違う深さを感じてしまうのだ。昨年消滅した185系「踊り子」や215系「湘南ライナー」などの列車は、現在代替わりの列車が走っているにも関わらず、未だに馴染めないでいる。小田急のロマンスカー50000形VSEもそうだ。普段は無意識でいたはずなのに、いざ消えてしまうと、あとから思い出が湧いてくる感覚なのだ。今回は、そんな絶滅機種の中からクモヤ143という...偶然の巡りあわせ事業用車~クモヤ143

  • 「カシオペア」の行方~EF81

    鉄道趣味も、昔に比べれば世の中に深く浸透し、単に「鉄道」と言っても多種多様に広がりを見せていることがわかる。「鉄チャン」という呼称も、今や当たり前に世間に通用してしまうが、よくよく考えればアントンKが「鉄チャン」と最初に意識されたのは、はるか昔の学生時代のことだろう。当時は、「撮り鉄」や「乗り鉄」などと言う単語も無く、「写真パート」「旅行パート」だった。世間様に認知されることはプラスに思えるが、これだけ趣味人口が増加してくると、いわゆる不届き者も目についてしまい、さらにマスコミの煽りも受け結果的にマイナスイメージが付いてしまうのが心苦しく思える。先日、TVから「ニーナ」という愛称が聞こえてきた。よく見るとEF6627号機が大きく映され、鉄道好きのタレントたちの興奮する様子が放送されていた。19時以降のゴールデン...「カシオペア」の行方~EF81

  • 忘れていた日常の世界~73系/165系

    早朝から夜行列車の撮影に没頭し、一息つける時間帯になった時の一コマ。こんな他愛もない忘れ去られた一コマの方が、今となってはとても懐かしく感じるのはどうしてなのか。全てが変わったと言っても良いほど、鉄道撮影において身の周りの環境に変化が生じて、こうした思い付きでシャッターを押したカットは、当時の想いをそのまま伝えてくれるような気がしている。今からでも遅くはない。目的とは違う、いわゆる「遊びカット」も今後は意識していこうと思い直している。国鉄時代、東海道線国府津駅でのカット。ここは御殿場線との分岐駅で、当時その歴史を知って驚嘆したことを思い出す。箱根越えの丹奈トンネル開通前は東海道線だったなんて誰が思えるか・・・、当時はまだ、その栄光の歴史を物語る残照が至る所にあったと記憶している。73型電車の横に入線の165系急...忘れていた日常の世界~73系/165系

  • 春爛漫の都内を厳かに・・EF15重連

    ここ数日で、東京も気温が乱高下し一気に春めいてきた。近所の桜並木も昨日はやっと2~3分かな、っと思う間もなく、今日は一気に咲き揃い満開に近くなっていた。今晩からの春の嵐が心配になるが、毎年花散らしの嵐が来てヤキモキさせられることもいつもの日常に思われる。昨年よりはスローペースに思われる桜前線だが、この後どうなっていくのか楽しみでもあるのだ。日本全国にある「染井吉野」が近年寿命とされ、また悪い病気も流行っているから、伐採して代替わりするとラジオから流れていた。そうか、そんなこともあるんだと納得してしまう。毎年決まって綺麗な花を付ける桜にも関心してしまうのだが、ここでも機関車と同じように新陳代謝が行われているとは、夢にも思わなかった。そういえば、東急沿線の桜の名所の一つでもあった洗足池の築堤の桜並木も、数年前に一気...春爛漫の都内を厳かに・・EF15重連

  • 花桃の里を往くかつての山男~EF64

    世界的な感染症の影響からか、年々多客臨の設定も減少していることが明白となり、とても寂しい限りだ。マスク姿で密を避けることは、すっかり習慣化してしまったが、まだウィルス感染が完全に収束している訳ではない。今後もある程度共存していくことは覚悟しているが、かなり長い目で付き合っていく必要があるのかもしれない。そこには新たなスタンダードが生まれていることだろう。数年前に設定があった旧客を使用した季節列車。甲州地区にだけ設定された列車だったと記憶している。ロクヨンが旧客を牽くというので出向いているようだが、客車4両でEF64のプッシュプルを見て白けてしまった想いが蘇る。昔の姿を彷彿とさせることもなく、今どきのメルヘンチックなヘッドマークが掲げられ落胆したのだった。しかしさらに枯渇した現状を考えると、これでも親しみが沸いて...花桃の里を往くかつての山男~EF64

  • 長距離列車、夢うつつ・・~EF58

    先日のダイヤ改正で消滅した列車の中で、黒磯発熱海行きという普通列車があり、一部のファンの間で話題となっていたようだ。黒磯ー宇都宮がワンマン運転されたための処置とのことで、この区間は新型車E131系に統一されたという。そういえば、先月友人とともに205系電車を撮影してきたが、そういう背景があったことが今さら解るという体たらく。関心がなくなることの恐ろしさを知った気がしている。確かに今となっては、黒磯-熱海間は長距離に思うが(260km)、昔何度も乗車した大垣行き、や長岡行きの普通電車の感覚がまだ身体に残っているのか、何も感じないで過ごしていた。通して乗車する意味すら、現代では気薄になってしまったという事なのだろう。また時短化効率化の餌食となってしまったのだ。本来なら移動目的で乗車する列車だが、乗車そのものが目的の...長距離列車、夢うつつ・・~EF58

  • 朝の一発目で占う、今日の運勢!~DD51

    仕事で頻繁に群馬へと足を運んでいた時代。ちょうど国鉄時代から民営化され、全国的にも何から撮影しようかと試行錯誤していた頃だった。せっかく車で向かうのだからと、カメラを忍ばせ北へと急いでいた日々。もちろん本業には支障の出ないよう計画的に事を運び、あくまでも自然体で、そして日常の延長のような心持でカメラを構えていたことが懐かしく思い出される。始業までの時間が勝負時間で、とにかく許す限り早朝から動き回った。もっとも回を重ねるごとに要領もわきまえてきて、効率も良くなってきたから不思議なものだった。ただ撮影地の発想が、高崎線と八高線、信越線くらいしか出来なかったことが少し悔しい。掲載写真は、そんな行路で撮影した八高線の貨物列車。冬季の晴天の日は特に気合が入り、暗いうちから線路端を廻っていた。ここ八高線の北部から、三国連峰...朝の一発目で占う、今日の運勢!~DD51

  • 美しき甲斐路の春への憧れ~E351系

    春の三連休も終盤を迎え、世の中は新年度へ向けて慌ただしく動いている。とは言っても未だコロナ禍の中、加えて先日の地震の影響か、通年での人の動きにも変化があると感じていて、相変わらず不安で落ち着かない日々が継続している。明るい、そして先が見通せる春を心待ちにしているのだが・・・今年は、長年のテーマでもある「甲斐路の春」を体験してきたいと計画している。体験とは言っても、そんな大袈裟なことではなく、白い頂きの残る南アルプスを眺め、木々の息吹を感じて、青年時代に見た日本の原風景を探してみたいのだ。山桜や桃の花が色どり、晴天下での空気感を味わいたいのである。もちろん画像の主役は鉄道車両だろうが、どんな車両が来ても、生涯心に焼き付いているような写真が撮れたら本望なのだが。そんな事を妄想してダイヤ、時刻表を見ることも楽しい時間...美しき甲斐路の春への憧れ~E351系

  • 行楽シーズンに活躍した事業用電車~クモヤ143

    今回のダイヤ改正を機に、使われていなかったクモヤ143形電車が疎開回送されたらしい。近年では全く見ることがなかったこの手の事業用車だが、これまたひっそりとお別れを済ませているようである。アントンKが記憶している事業用車と言えば、クモヤ90などの旧性能電車たちで、茶色の井出達で釣り掛け式の電車だった。当時は都内でどこか撮影に出ていれば、よく出会えた車両だったが、いつも偶然の出会いであり、敢えて調べて撮影したことはないはずだ。そんな車両の後継車クモヤ143何てさらにご縁が無いという物。馴染みはさらに薄かった印象だ。こんなことを話題にしたので過去の画像を調べてみたら、忘れ去られたクモヤ143が出てきたので、見にくく酷い画像だが掲載しておく。ある年の秋臨で運転されたホリデー快速「やまなし」号で、東海道線から横浜線で八王...行楽シーズンに活躍した事業用電車~クモヤ143

  • 忘れ得ぬ春、惜別の115系電車

    当たり前に走っていた電車が消えていく。先日栃木の205系電車が引退するというので、友人にお付き合いしてきたが、アントンKには、205系といっても今一つピンと来なかった。やはり205系なら103系、211系は115系となってしまう。おそらく国鉄時代から一番よく乗り、自身で馴染みが深い電車なのだと思うが、そんな電車たちよりも後年の電車たちが引退していく時代となり、感慨もひとしおである。115系電車と言えば、JR東日本では新潟地区の115系電車が定期運用を外れたようだ。歴代の塗色が一同に返し長年活躍を続けてきたが、とうとう後継の129系電車に道を渡したらしい。寂しくなるなぁ。地方に行けば元気な姿をいつでも見られた安心感すらもう許してはくれない。首都圏から関東北部を一手に走っていた115系。春をいく頼もしい姿も記憶の片...忘れ得ぬ春、惜別の115系電車

  • みちのくの遅い春を探して・・~ED75

    最近ではしっかり春めいてきた関東地方だが、東北の春はまだまだ遠いことだろうか。日差しが強く新芽が吹いて、山々に色が付いてくる時期の東北地方は特に美しく好みの季節。もちろん金色の秋も素晴らしいが、春には光と輝きのハーモニーが感じられ、身体に感じる暖かさも手伝って、特に写欲が湧いてきてしまうのだ。今年は、東北の遅い春を探して出掛けようと計画している。桜前線に合わせて北に向かうことも楽しいが、もっと気楽に思いのままに出かけてみたい。久しぶりに列車を乗り継いで廻ることも視野に入れ、忘れかけた過去の想いを再確認してきたい。掲載写真は、春先のみちのくを往く赤べこ(ED75)重連の高速貨物列車。「赤べこ」という呼び名も使わなくなって久しい。今でもごくわずかに残るED75を追う気持ちにはとてもなれないが、こんな写真を見ていると...みちのくの遅い春を探して・・~ED75

  • 新たなスタイルを求めて・・EF16

    最近では、アントンKの鉄道趣味も終着駅が近づいていると思うことが多くなった。デジカメに機材を変更して早16年。ほぼズームレンズのみ使い、無暗やたらとシャッターを切る雑な撮影が当たり前のようになっている。何をどう撮るという基本は明確にしているつもりだが、それも時と場合により乱れてしまう。意欲こそ衰えないが、考えばかり先を急ぎ行動が伴っていないのが現状なのだ。16年前までは、フィルムカメラを使って線路端に出ていた。ペンタ67に至っては20年以上もフィルム装填はしていない。あの頃は、1枚にかける時間や想いが今とは違い、もっと真剣だったと反省している。今も変わらないつもりで現場でカメラを持っているが、そこはやはり集中力というか、持続性というか、悲しいけど衰えていることを認めたい。今までの撮影スタイルを改めるべく、今年は...新たなスタイルを求めて・・EF16

  • 入替機 DE10の軌跡

    前述の続きになってしまうが、今回のダイヤ改正では、知らぬまま数を減らしフェードアウトしていく車両達もあるようだ。普段からあまり気にも留めていないから、気が付いた時には再会には間に合わず、過去を遡ることとなる。そんな中から今回は、石巻線で活躍していたDE10ディーゼル機関車を掲載。後継機関車であるDD200が早々にデビューし、お仲間からはDE10も毛嫌いしないで機会を見付けて置けば、とアドバイスは散々頂いていたが、やはり若い頃からの印象は捨てられず、今までは自分に正直に行動してきた。気が付けば新鶴見区のデーテンでさえ数台の配置、実際にはそのうちの2台しか稼働してないのだそう。機関区の奥を覗けば確かに、色落ちしたDE10が寂しそうに留置されているのがわかる。しかしアントンKも今さらという心境で、それなら新車のDD2...入替機DE10の軌跡

  • 新時代へ向けたダイヤ改正~越後線115系

    今回のダイヤ改正は減量改正とも言われ、消滅した列車も多いと聞いた。アントンKに近いところでは、前述した重連貨物列車8097列車の重連解消が成され、機関車運用もかなり見直しがされている模様。詳細については、今後明らかになってくるだろうが、いづれにせよ世の流れは変わることなく、国鉄型→JR型へと世代交代が進むことになる。EF65PF型がどれだけEF210に喰われてしまうのかが気になるところだ。また大阪吹田のEF66型の運用もかなり削減されたような印象を持つ。全国的に大人気のEF6627号機は、果たしてしぶとく存続するか見ものだ。EF64重連の牙城を守ってきた中央西線のロクヨンも、ついにEH200型の入線を許している。アントンKにとっては、ブルサンの入線は楽しみにしていた事だけに、今後の活躍を期待しているところだが、...新時代へ向けたダイヤ改正~越後線115系

  • 節目の年/2022年3月11日~E001系

    3月11日震災の日。あれから11年という歳月が流れた。あっという間にも思えるが、やはり10年間というスパンは、長く尊いものに感じる。そこには、いくつもの出会いや別れがあり、そしてこの歳にして新たな発見や思いもよらぬ試練、そして絶望が待ち受けていた。過ぎてしまえば脳裏から遠く薄らいでいくが、その時はいつも岐路に立たされ、人生の決断を迫られる思いがした。あの時は思い入れが強かった東北だから、3・11を境に自分時間が停止した。TVで見た、常磐線運転中に被災した、ED751039の映像を見て全身が震え、脱力感と無情さを覚えた。鉄道写真は、カメラを持つ気持ちにもなれず数か月間フィールドには出られなかった。音楽だけが、心の拠りどころとなり、毎日毎日何かしらを聴きまくった。そんな荒んだアントンKの心に光を当ててくれた出会いも...節目の年/2022年3月11日~E001系

  • さぁ、ここから列車の旅が始まる・・(ED76)

    当時は憧れていた、北海道や九州の旅路。もちろん今だって憧れは相変わらずだが、あの頃とは訳が違い、心の中は曇りガラスのように見通しが立たないでいる。80年代後半から九州へと出向く機会が増え、少しばかり日程に余裕を持たせて九州入りを繰り返した。日豊や鹿児島線を走る寝台列車をメインに据え、独自の超ド派手な特急電車たちに閉口しながら旅したものだった。電気機関車たちもまだまだ元気で、九州専用のED75300番台やED76との出会いは、異国の地を思わせ最初は感動したものだった。沿線へと出掛ける足として、客車列車によく乗って移動。その後、その客車列車自体が被写体になったので、移動はレンタカーに代わっていった。先人の方々の蒸機の写真を思いながら旅した、大畑、田原坂、立野など、雄大な景色とともに目の前に現れた光景は、今でも脳裏に...さぁ、ここから列車の旅が始まる・・(ED76)

  • 花の季節到来~485系ボンネット形

    東京でも春一番の便りがあり、春を思わせる日の温もりが、日に日に増してきていると感じられる。相変わらずコロナ感染が蔓延しており、加えて花粉が猛威を振う、何とも生きにくい季節でもあるが、時間とともに今では共存していかざるを得ない心境になっている。そんなに人間はそんなに弱い生き物ではないことを信じたい。梅が咲き、菜の花を見かけるようになると、いよいよ染井吉野が気になりだす。今年は綺麗に咲きそろうような予報が出ているが果たしてどうなることか。街に色が輝きを増すと、春本番となりカメラハイクのシーズンインとなる。今から妄想しているが、どんな光景に出会えるか楽しみなのだ。偕楽園の梅とともに撮影した485系特急「ひたち」号。現在でも走っている特急だが、やはり国鉄型の特急電車でボンネットは欠かせない存在だろう。博物館でしか見るこ...花の季節到来~485系ボンネット形

  • 都心を走っていた東海道線 貨物列車~EH10

    前出の新鶴見界隈には、たくさんのEH10型電機が写っていたが、当時を思い返してみると一度東海道線の線路端に出れば、黒いマンモス機EH10型に遭遇することも多かった。もちろんいつ来るのかなんて情報も皆無で行き当たりばったりだが、驚くことに結構画像に残っている。しかしこの時代の撮影のお目当ては、東海道ブルトレでありゴハチだったから情けないものが多いのだ。掲載写真は、まだ貨物線開通前に撮影した、保土ヶ谷付近を往くEH10型けん引の貨物列車。この画像の3年後に羽沢駅とともに新鮮が開通したわけだが、そんなことも全く知らず考えもせずお気楽にフィールドで撮影していたようである。今では魅力的な被写体が減少したように感じてしまうが、それはあまりに情報が溢れ在り過ぎるため、自然と取捨選択している結果なのではないか、と勝手に解釈して...都心を走っていた東海道線貨物列車~EH10

  • 上野口の異色特急「つばさ」~キハ181形

    アントンKが鉄道写真を意識して撮影し始めた時代、誰もが通る東京や上野への表敬訪問を熟し、その後興味が走行写真へと移っていく訳だが、この当時にはまだ、一目惚れしたEF57が活躍していて、ゴーナナを中心に線路端へと繰り出ていた。もちろん、撮影の合間に引っ切り無しに通る電車特急は限りなく、今にして思えば、東北線は電車特急王国だった。しかしその中で、ひと際異彩を放っていた特急列車があった。キハ181形を使用していた奥羽線特急の「つばさ」である。当時は奥羽線の山形以北がまだ非電化であり、秋田まで結ぶ「つばさ」は、必然的に気動車だったのだ。結局、アントンKも大した写真も撮れず、その時の11月のダイヤ改正で、奥羽線も電化され同時に485系電車へとスイッチされてしまったが、後年よく行った奥羽本線板谷峠に、このキハ181形「つば...上野口の異色特急「つばさ」~キハ181形

  • かつてのハマ線・魅力的な列車たち~クモニ13

    学生時代、鉄研の写真部会で最初に訪れた横浜線。別段大袈裟な活動をしたというのではなく、学校から近かったことや、余命が少ないとされていた73系旧型電車がまだ元気に走っていたから出向いただけという記憶が残っている。それも授業がない暇を持て余していた部員数人と行ったはず。この時は先輩からの特別な指導はなく、好き勝手にカメラを電車に向けていた。モノクロで撮影し、フィルムを持ち帰って皆で現像をして、それについてあれこれ話し合ったことも今では懐かしいことだ。そんな撮影行きの中から、思い出に残っていたコマを見つけたので掲載しておこう。ダイヤまでは記憶に埋もれているが、午後便で通常の横浜線電車に荷物電車が併結する列車が存在していた。この時は、何も知らずに撮影していて、偶然出くわしたものだ。当時クモニ13、それ自体は大して珍しく...かつてのハマ線・魅力的な列車たち~クモニ13

  • 昭和枯れススキ~機関車の集う場所

    広大なヤードが広がり、黒い貨車が絶えず行き交っていた新鶴見界隈。北局の大宮とともに国鉄時代は、貨物輸送の要だったに違いない新鶴は、現在でもその面影を感じることは出来るが、やはり当時に想いを馳せると激変してしまったと言わざるを得ない。線路が剥がされ、今でこそ線路配置がようやく理解できるまでに至ったが、あの時代には、どこが本線なのか複雑すぎて分からなかったのである。長年空地になっていた場所には、次々とマンションが立ち並び、アントンKが近年出向くようになってからでも、年々景色が変化している。今回は、その昔にスナップした新鶴見界隈。黒いEH10が多く写り込んでいるが、撮影したのがゴールデンウィーク中ということもあり、ちょっと普段の光景とは違うのかもしれない。この写真から40年以上の歳月が経ったが、その時代のエース機関車...昭和枯れススキ~機関車の集う場所

  • 3月は「さよならの季節」~167系

    今年も早3月になり、年度末、花粉飛散、桜の季節に突入した。今までも先読みして行動を決めてきたつもりだったが、過ぎてしまうと何もできずにいることに気づかされる。日々貴重な時間に感ずる今日この頃だが、これからも焦らず目標を立てて生きていきたい。アントンK自身は、何も変わらない普段の延長上に過ぎないが、毎年この時期には色々変化が生じ、気持ちを新たにさせられることが多い。趣味においては、オーケストラの新シーズンのスケジュールが発表になったり、鉄道では毎年ダイヤ改正があり新陳代謝が遂行される。そして生活に直結する諸々の値上げが今年は顕著となり今後頭が痛い。ガソリンも高止まりで、世界不安が輪をかけ、先を思うと不安が募ってしまうことも事実なのだ。普段から楽しみを見つけつつ、平穏な日々を送りたいものだ。国鉄時代末期、全国的には...3月は「さよならの季節」~167系

  • D型電気機関車の魅力~ED60

    二桁の機番を持つ電気機関車が徐々に、しかし確実に数を減らし、明らかに世は三桁時代。JR型機関車が台頭してきたことは、誰もが認めるところだろう。そして同時にF型機関車(6つの動力輪)とともにH型機関車(8つの動力輪)も随分目にする機会が増えていることに気づかされる。旅客会社では、機関車が全廃に向かいつつある一方、貨物会社では、最新型機関車が年を追うごとに増備されている。昔各地で見られたD型機関車(4つの動力輪)は、いつの間にか地方私鉄でのみの活躍となり、ここでも時の流れを感じずにはいられない。ここ数十年で、随分と機関車の景色も変わってきたのである。アントンKも、D型電機と言えばまずED16が思い浮かび、ED61やED62といった国鉄型新性能電機のパイオニアの形式が思い出される。まったく昔の古い話となってしまった。...D型電気機関車の魅力~ED60

  • 国鉄型特急を顧みて・・583系「はつかり」

    ここのところ、普段から撮影している電気機関車から少し離れて、以前から気にかかっていた電車ばかり乗ったり撮影したりしている。東急をはじめ、京王、小田急、アルピコ、長電、そして秩父や東武鉄道と、今年になってから、いつになくカラフルな画像が溜まってきた。昔よく乗車した電車を撮影したり、乗ってみたいと思いながらそのままだった電車に身を委ねたり、好き勝手に思いつくままの行動だ。列車を待つ間、そして乗車して外をボーッと眺めて過ごすひと時が、とても貴重で有意義に感じる。たった数十分でも現実逃避できて、どこかリフレッシュ出来ていることに気づかされる。大切な時間。アントンKには、音楽鑑賞と同じくらいこんな他愛もない時間が必要に感じている。もう20年以上の時間が流れてしまった、583系電車の引退。実際には、6両という583系らしか...国鉄型特急を顧みて・・583系「はつかり」

  • 古巣へ還ったマエストロ小泉和裕~新日本フィル

    新日本フィル定期公演から、シューマンの第1番交響曲、そしてフランクの交響曲を鑑賞してきた。交響曲が2曲並ぶが、どちらも中々生演奏で接する機会が無かった楽曲だ。おそらくシューマンの第1は、初めて。フランクの交響曲は若い頃に何度か鑑賞したくらいの記憶だから、現在の心境からしたらお初と言っても過言ではない。さて指揮者の小泉和裕氏については、アントンKも例によって、過去にブルックナーの交響曲を試金石として何度か鑑賞したことがある。あれから随分時間が経ってしまったからか、演奏についての特別な想いは巡ってこない。当時のアントンKの聴き方が問題で、とにかく好きな楽曲の演奏会を片っ端に出向いていたのである。当時は、個性的な指揮者も国内外に多く、日本では朝比奈を中心に会場に足を運び、バイトをしてはコンサート代に消えていた切ない時...古巣へ還ったマエストロ小泉和裕~新日本フィル

  • 雪の峠道を黙々と・・・~ED77

    全国で当たり前のように走っていた普通客車列車は、見なくなって随分と時間が経ってしまった。現在でそんな列車を無理やり探すと、JR西の「SLやまぐち」号を筆頭に東武鉄道を始めとする一部の私鉄で、機関車けん引の列車としてかろうじて残っている状況だ。こんなことになるのなら、当時からもっと意識して、客車列車に乗っておけば良かったと後悔しきり。でも当時は、撮影目的で列車に乗って移動しても、その列車自体が客車列車で乗車が必然のことだったから、今のように追い求めるような感覚とはちょっと違う。発車時間を過ぎ、ゆっくり列車が動き始めているのに、開け放たれたドアから何度となく飛び乗った思い出も多い。現代に照らし合わせれば、何て危ない行為を・・となるだろう。消えていくものの儚さを追うことより、未来へ向かう輝きの尊さを意識して生きていき...雪の峠道を黙々と・・・~ED77

  • いつも憧れの的~181系「あずさ」

    前出でも記事にしたが、国鉄時代の特急色が復活したり、地方色でも転出先で整備され、そのまま運行されたりと、この時代次々と果敢なアイディアが生まれて、鉄道ファンならずとも目を楽しませてくれる鉄道。確かに収支だけを考えると、どえらい事になっているのは事実だが、少しでも好転することを祈りつつ、我々も少しでも鉄道に乗ることを心掛け、その積み重ねで存続を願いたいものだ。学生時代によく通った中央線界隈。ここ三鷹付近は、普段は赤色の電車が行き来しているのだが、時より長距離の列車達が檜舞台に躍り出て、少年たちの心を釘付けにする。当時、茶色い電機よりも少年たちには特急電車の方がインパクトがあったようで、通過時間が近づくと踏切の周りに集まってきていた。確かに、当時の特急「あずさ」が姿を現わすと、いつもの線路端の空気が変わるというか、...いつも憧れの的~181系「あずさ」

  • 変わりゆく郷土の景色~ED76

    東京生まれ東京育ちのアントンKにとって、学生時代には故郷に帰省する友人達がとても羨ましく思ったものだった。当時は、今のように高速道も繋がっておらず、大概鉄道を利用して移動していたはずだが、休み明けに聞くお土産話が楽しみだったことを思い出す。時が経ち、アントンKにも家族が出来たが、その愚妻が長崎出身だったことは偶然だった。九州ブルトレでも「さくら」は一番身近に感じていたし好んで乗車した列車だったことも懐かしい。当然ながら異国情緒の残る長崎の街には、よく出向くことになったわけだ。坂の多い街並みは、独特の雰囲気があり、路面電車が肩を揺らして走っている光景は、時の経つことを忘れさせる。そんな長崎にも、来年新幹線がやってくるという。それに伴い、在来線も大きく様変わりしてしまい、昔の面影は皆無らしいのだ。新幹線開通は、昔か...変わりゆく郷土の景色~ED76

  • 全国で懐かしの旧塗色復活!~381系

    近年の電車といったら、どれもステンレス車体のシルバーボディにカラーラッピングというスタイルが定着してしまい、アントンKにはどれを見ても同じに見えてしまうのが正直な感想だ。かろうじて残存している国鉄時代からの車両達も、厚化粧に身をまとい、当時の面影はなかなか蘇ってはこないものだ。そんな昨今、全国のあちらこちらから、現役で走っている車両を昔の旧塗色に戻すという発表があった。JR北海道のキハ183系が民営化直後の塗色に一部の車両を戻すとの発表があり、続けて今度はJR西日本の国鉄型特急電車381系を当時の特急色で復活させるという。これもコロナ感染症の影響で大打撃を受けた収支を回復させるという意図があるのだろうか。鉄道離れが加速している昨今、少しでも明るい方向へ進んで欲しいものである。鉄道開業150年の今年、こんな傾向が...全国で懐かしの旧塗色復活!~381系

  • 新たな時代を感じた大阪フィル東京公演

    大阪フィル東京公演を聴いてきた。昨年の東京公演は、感染症の影響を受け中止となり2年ぶりの東京公演となった。一昨年はエルガーの協奏曲とブルックナーの第3番が演奏され、第3が好きなアントンKとしても印象に残った演奏会だった。第3を実演奏で聴けること自体に幸せを感じるアントンKであるからそう思うのかもしれないが、実に的を得た立派な演奏だった。指揮者が尾高忠明に代わって、どんな内容なのか興味を持っていたが、やはりそれまでと同じような生真面目で奇てを狙わない演奏内容だった印象が残っている。言ってみれば昔鑑賞したN響とのブルックナー第8番の延長線上にある演奏とでも言えるかもしれない。ある意味教科書的であり、何百何千と聴いてきたアントンKにはオーソドックスに映る。目隠ししたら誰の演奏なのか解る自信がない演奏。尾高氏の演奏はそ...新たな時代を感じた大阪フィル東京公演

  • いつも憧れた「博多あさかぜ」の豪華編成~EF66

    夜行寝台特急、いわゆるブルートレインが消滅して約6年以上の月日が経った。(2015年8月23日着8008列車「北斗星」が最終日)アントンKは幸いにも、これらブルトレを20系から、14系、24系、25形と時系列に体験し記憶することができたが、その体験の中で一番印象的だったのは、24系客車がリニューアルして内外装を一新し、二往復していた内の1往復、つまり博多-東京間の「あさかぜ」に使用されたことだった。もちろん、純粋にブルトレの中では、20系客車が今でも最高だと思っているが、この20系時代から、博多行き「あさかぜ」は、個室A寝台車を連ね豪華編成だった。24系客車に代わってからも、ゴールド3本ラインの外装になり、他の編成との差別化を図ったようであった。以後、ブルトレそのものの衰退とともに消えてしまったが、急行「銀河」...いつも憧れた「博多あさかぜ」の豪華編成~EF66

  • 白い首都圏、またもお預け・・D51 498

    何日も前から雪、雪、雪と繰り返されていたが、ふたを開けてみれば長雨の様相を呈した。これから日が落ちて気温が下がってくるとどうなるのかまだ判らないが、やはり都市気候、温暖化の影響なのか、確実に東京で降雪は減ったと感じている。目に馴染んだ自宅の景色が、一夜にして別世界に代わる、あの感覚は昔から好きだった。そんなほどほどの雪景色がまた見てみたものだ。この冬は、雪中撮影に挑もうと張り切っていたが、未だに実現出来ていない。まだチャンスはありそうだが、どうなることやら。昔を思い出して、90年代のこの時期、よく行っていた磐越西線の蒸機撮影の画像から1枚。雪中撮影は、イメージだけがどんどん先行して、結局思うようにはならないことがほとんど。この画像もそんな失敗作だろうか。特に蒸機撮影は、風の影響をもろに受けやすく厄介に感じる。こ...白い首都圏、またもお預け・・D51498

  • 異色の組合せ!ムーミン+ロクヨン~EF55

    EF640番台をこうして思い返してみると、アントンKは初めてロクヨンを意識したのが、1974年夏の家族旅行だったか。観光で諏訪まで行く際、茅野から普通列車(客車列車)に乗車し、長い編成を牽いて目の前に現れたEF64を力強いと思ったのが初対面だった。三鷹の模型店に出入りしていた時代にも、常にロクヨンのことは気にかかり、特に当時の夜行臨時急行「アルプス」はチェックしていた記憶がある。しかしあれから半世紀近くの時が流れ、アントンKにとって一番の衝撃は、定期列車でブルートレインをけん引したことだった。ロクヨンにとっても最晩年にあたる時代だが、残留していた0番台車(37号機・38号機)がヘッドマークも誇らしげに伝統のブルトレ「あけぼの」の先頭に立ったのだ。時代背景も重なり、新幹線延伸のための無理くりの経路変更を伴ったブル...異色の組合せ!ムーミン+ロクヨン~EF55

  • 数年ぶりの南松本で思ったこと~EF64 0番台

    前出で記述した長野行きの道中、南松本へ寄り道してみた。一昔前までは、長野にも篠ノ井機関区という由緒正しい機関区があり、当時はEF640番台が何台も配置され、貨物輸送を一手に担っていた訳だが、その輸送の要でもあった南松本によく出向いたものだった。もちろん山男ロクヨン目当てで行くわけだが、長いタキを連ねた重連のロクヨンは、いつ見ても魅力的に思えたのである。アントンKがエスカレートして出向く頻度が増していったのは、今から20年以上も前の話だから、随分時間が経ってしまったものだ。今回立ち寄ってみて、さほど変化していないことに拍子抜けしてしまったが、ブルサン(EH200)が幅を利かせ、EF641000の方が隅に追いやられ肩身の狭い印象だったことが悲しかった。当時の入替機であるデーテン(DE10)はHD300に代わり、日常...数年ぶりの南松本で思ったこと~EF640番台

  • 初春の根府川で観た美しき世界~EF58

    瞬く間に2月に入り、暦だけがどんどん進んで行く印象だ。相変わらずのコロナ禍、先行き不透明感が心を支配していて、何事にも没頭出来ていないことが判ってしまう。今をしっかり生きていかなければ、といつも自分を奮い立たせてはいるものの、継続できず不甲斐ないのだ。さらに良い時間を持てるよう意識していこう。さて、そんなアントンKにとって良き時間を探しに、ちょっとだけ長野まで足を延ばしてきた。今まで走行したことのない道路を選んで目的地を目指す。もちろん高速道は使わない。わざわざ遠回りしても、魅力的に思える道路、林道を好んで走ってきた。2日間で800kmくらいだから、大した距離ではないが、道中お気に入りの音楽を鳴らしながら気分を高め、信州の地に身を置くことで、随分と心に潤いが戻ってきた気分になった。やはりアントンKには、ほんの少...初春の根府川で観た美しき世界~EF58

  • EF65 非貫通F型の貫禄~EF65F

    SNSでは、先日の撮影会での多くの画像を観ることができ、現代の機関車ファンにとって、思い出深いものになったのではないかと、他人事ながら思い返し、そして何処にも参加しなかった自分に対し少し焦りを感じてしまった。会場での撮影はもちろん、足を運ばなくとも、その前後で、それぞれ思い入れのあるポイントを探し、歴史ある現役電機を自分の欲するままに撮影することの意義は、一生の宝と成りうると思えたからだ。アントンKも、もしあの現場にいたのなら、やはり熱い青春の想いが蘇ってきたに違いない。鉄道開業150年という節目の今年、魅力的な企画を次々と発表し、我々ファンのみならず、感染症などに負けることなく日本列島を明るく照らしてほしい。心から願いたい。この現代でも、EF65P型の人気は絶大ということを思い知らされる機会となった撮影会だが...EF65非貫通F型の貫禄~EF65F

  • 豪雪と闘う165系の雄姿

    好きな車輛を色々な場面で撮影する。ある程度撮影回数が増え、画像も選り好み出来る状況になってくると、益々大胆にカメラを構え、より理想に近づけるように構図も変わってくる。アントンKの場合、古くはED16で開花し、EF58にも応用した。しかしまだまだ思考は未熟で、やはり一つの型にハマった写真を量産することで、当時は満足していた。時代が進み、デジカメの時代になると、さらにその思考はやりやすくなったと思われる。フィルム時代と比べれば、失敗は圧倒的に少なくなり、後処理で何とでもなってしまうのだから。今年は、そんな想いを再び思い出して、カメラを持ち出そうと思っている。興味の沸いた路線にも出来るだけ足を運びたいのだ。消滅する車両ばかり追うのではなく、自分の好きな、撮りたいと思える車両たちをしぶとく追い求めていきたいのだ。物心つ...豪雪と闘う165系の雄姿

  • 時を越えて走れ!Forever Blue Train~EF65P

    鉄道車両の有料撮影会が各地で開催されるようだ。今月も元東京機関区のあった現在の電留線を利用して、歴代ブルートレインのけん引機関車を並べて撮影会があった。古くはEF65P型電機に始まり、EF65PF型そしてEF66型まで、三代に渡る寝台特急けん引機による晴れ姿を拝むもののようだ。いよいよ国鉄電機もお先が見えてきてしまったこのタイミングでの撮影会は、瞬く間に予約が埋まってしまったと聞く。どんなファン層が出向いたのか興味が沸くが、アントンKはと言えば、もともと撮影会なるものは苦手で、鉄道車両は、走っていてナンボ、という感覚が未だに染みついている。車両そのものから来る美的感覚よりも、一つの列車から漂う情感や郷愁を重んじてきた。目的の列車の通る区間に出向き、数々のシーンを写しとめてきたのも、そんな想いから来ている。しかし...時を越えて走れ!ForeverBlueTrain~EF65P

  • 巨大ターミナル新宿駅の印象~EF60他

    東京で生まれ育ったアントンKでも、あまり馴染みのない東京のターミナルは多い。学生時代は、通学の要として常に利用していた渋谷駅。それこそ昭和時代の渋谷は、独特な雰囲気があり慣れ親しんでいたためか、今にして思えば意外と好んでいたかもしれない。それに比べて新宿駅は、昔からよく分からないまま、ここまで時間が経過してしまっている。京王や小田急など、身近な私鉄も乗り入れ、もっと行き来出来たはずだが、当時から人の流れが物凄く、若いアントンKでも辟易としていたようだ。常にコンコースはどこかで工事していて、いつどこを通っても通路や店が代わっていたイメージが残っている。東京一の乗降客数を誇る新宿は、今も変わらないだろう。ここ数年、まともに街を歩いていないから、ますます近づけない街になってしまった。そんな昔を思い出しながら、昭和の新...巨大ターミナル新宿駅の印象~EF60他

  • 編成美が魅力の列車たち~EF65

    昔から鉄道写真の醍醐味は、編成美にあるものと思っていた。ブルートレインを代表とする寝台列車や、日中走る特急電車でさえ10両以上の車両を連ねており、写真にすると迫力があり、まとまり易い構図で撮影出来ていた。しかし近年では、そうした花形列車たちは姿を消し、列車編成も短編成化していったため、写真にした時の構図そのものを見直さざるを得なくなってきている。何をどう撮るのか、という写真の基本をもう一度見直すことで、アントンKの場合は、昔より考える構図の幅が大きく広がったと思うが、好きで撮影している以上、出来ることならその時の現場での気持ちに逆らいたくはない。編成美を感じられるような列車には、そんな最良のポイントを選びカメラを構えたいのだ。現在、編成美を感じられる格好の被写体は、ブロックトレインと呼ばれる貨物列車たちだろう。...編成美が魅力の列車たち~EF65

  • オメガカーブで見た国鉄型電車~115系

    1月もはや終盤となり、あっという間に立春を迎えそうな勢い。毎日コロナの数字に踊らされ、どこかイライラが続き落ち着かない。今はじっとこらえるしかないのか?冬晴れの青い空とは裏腹に、心はドンよりとうな垂れている。今年は各地で降雪があり、いつになく雪景色を楽しもうと考えていたのに残念だ。せめて見通しだけでも立てられたら、随分気持ちが変わると思うのに、こればかりはどうにもならん状況か・・・上越線、それも谷川を越えて新潟県側の豪雪地へ行った時の画像。訪問は正確には2回目だが、1回目は訳も解らず来るものを撮影していただけであり、この時は目的を以って行動していたはず。その目的は、谷川の主であるEF16の撮影と、余命が少なかった181系「とき」の記録だった。山特有の猫の目天気に悩まされ、あまり撮影ははかどらなかった思いがあるが...オメガカーブで見た国鉄型電車~115系

  • 憧れのロマンスカー VSE 引退!~OER50000形

    まだまだ新しいと思っていた、小田急ロマンスカーのVSEこと50000形がまもなく引退するというショッキングな情報が飛び込んできた。現在都心では急速に進んでいる、ホームドア設置の関係から今回の引退劇とされているが、真相は定かではない。アントンKと小田急ロマンスカーの関わりは、昔から沿線住民でもなくさほど思い入れが強く残っている電車ではない。ただ幼少期に、箱根への旅行で乗車した記憶は今でも鮮明に残り、当時乗車した3000形SE車は、そんなことも手伝って晩年になって撮影に出ていたことが思い出される。御殿場線に乗り入れ、「あさぎり」号として運転されていたが、重心が低く小振りのい車体に見えた想いが蘇る。重連運転を狙って動いていたことも今では懐かしい思い出だ。3100形や10000形にも乗車経験はあるが、今回のVSE500...憧れのロマンスカーVSE引退!~OER50000形

  • ロクロク美学~EF66

    アントンKが鉄道模型に目覚めたのは、写真撮影よりも古い時代の昭和40年代だった。当時、カツミ模型店が魚籃坂下近くにあり、幾度となく通って品定めをした古き良き思い出があるのだ。ショーウィンドに並ぶ車両たちを見てはため息を何回ついたことだろう。当時から好きだったEF66と581系電車を天秤にかけ、迷いに迷った挙句、581系電車を買ってしまうのだが、限られた資金の中から、先頭車のクハネとモーター車のモハネを買った記憶があり、後ろ髪をひかれながらEF66は後回しとなった。そんな駆け出しの時代を経て、いつかロクロクが旅客列車を牽かないかという夢も叶い、そしてこのEF66は、現代でも現役で活躍している誠に華やかな歴史を未だに刻んでいる。デビュー当時から、他に類を見ないフォルム、当時の日本最大出力の持ち主であったEF66は、...ロクロク美学~EF66

  • 雪のヨコカル「怒涛の三重連」~EF63

    今年は日本列島が次々と寒波に襲われるケースが多いように思う。関東地方も、今が寒さの底だろうか、毎日寒い日が続いている。南岸低気圧が太平洋から近づいてくると、東京でも場合によっては雪になり、馴染みの景色が一変することだろう。来月あたり、そんな日が数日でもあるのではないかと、今からソワソワしているのだ。この季節思い出すのが、関東地方に雪予報が出た時、よく出向いていた碓氷峠のロクサン撮影。横川側と軽井沢側では積雪量が違い、移動するのも大変だったことを思い出す。積雪も思い描いていた通りには大概ならず、苦慮する場面も多かった。掲載写真は、そんな時代何度か通い詰めた時期の一コマ。この時は、前日の雪が好天で溶け出してしまい、みるみる景色が変わってしまって、焦りまくった思い出が蘇る。背景の山々の木々にはすでに雪は無く、かろうじ...雪のヨコカル「怒涛の三重連」~EF63

  • 懐かしい国鉄型電車の共演~185系/167系

    毎年梅雨明けを待って出向いた新子安、滝坂。新子安には、学生時代から何かと縁があり、先輩に連れられて最初に出向いてからブルートレインが消滅するまでの数十年間、誠によく訪問したものだった。京浜線のホームからでもお気軽に撮影は可能だったが、鶴見側、東神奈川側と撮影地を散策するのも楽しみの一つで、あまり同業者も見かけない当時の光景は、大動脈東海道を満喫するのに相応しいポイントだったと思う。近年、背の高いマンション等が線路端に立ち、早朝の影落ちが酷くなってしまったようだが、それでも20数年前までは、日の出間もない時間からよくカメラを構え、東京を目指す長距離列車を迎え撃ったもの。手前の京浜線に邪魔されることもしばしばで、天気とも相まって手こずった思い出も多く話題は尽きない。ここでは、メインで撮影した寝台列車は、以前載せてい...懐かしい国鉄型電車の共演~185系/167系

  • 挨拶を交わして~EF64重連同士の交換

    機関車同士の重連運転が見られるのも、珍しい時代となってしまった。全国を見渡せば、辛うじて中央西線の貨物列車にその雄姿を日常の光景として幸いにも見ることが出来る。なかなか時間的に会いづらい列車たちではあるが、まだ見たことが無いファンの方々が居られるのなら、無理をしてでも同一機関車による重連運転の雄姿を目に焼き付けて置いて頂きたい。本の数年前までは、ごく当たり前だった光景に過ぎず、そんな日常は、あっという間に移り変わってしまうのだろう。そんなシーンは機関車ファンなら、一生の宝となるはずだ。まだEF64の0番台が中央西線で最後の活躍をしていた頃、四季折々、数々のシーンを目指して出向いていた時代がある。そんな思い出の中から1枚掲載しておきたい。目の前に広がる複雑に絡み合った線路に心打たれ、しばし立ちすくんでいたことを思...挨拶を交わして~EF64重連同士の交換

  • "ブルックナー愛" 炸裂!~冨平氏のブル6

    感動した演奏会に触れると、終演直後にまた最初から鑑賞したくなる。今回の冨平氏のブルックナーは、そんな演奏だった。演奏中の冨平氏のお姿は、楽曲を心から愛し愛おしくて仕方がないような仕草が、いつも散りばめられていたように思う。まるで瞬間瞬間を楽しんでいるかのようで、こちらもブルックナーの世界にすぐに埋没してしまっていた。冨平恭平氏のブルックナーは、第3・第4・第5・第7と鑑賞し、今回の第6で5回目を数える。どれをとっても素晴らしく回を熟すごとにスケールが大きくなり、表現がより豊かになっている。アントンKが偶然聴いた、第3交響曲の心の籠もったアダージョから始まり、どの楽曲にも印象的なポイントがいくつも浮かんでくるのだ。さてご本人は3回目という第6交響曲だが、どんな演奏になるのか楽しみでトリフォニーへと向かった。やはり..."ブルックナー愛"炸裂!~冨平氏のブル6

  • ある冬の闘病生活~EF15

    自分の趣味を長く続けてこられた理由は、人それぞれ違い、思いの丈も様々だろうが、アントンKの場合は結構明確に理由づけられる。その一つは、以前にもここで書いてきたが、国鉄時代の現役蒸機の撮影が叶わなかったこと。辛うじて国鉄時代から運転が開始された「SLやまぐち」号には、初年度からカメラを向けられたが、当時の友人達から感じる、それまでの蓄積の大きさを痛感したのだった。そしてもう一つ、学生時代に風邪をこじらせ入院する羽目となり、アントンKにとって当時重要な時期であった約半年間カメラを持てなかったことがあるのだ。こんな苦い経験があるから、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと心に誓い、1日でも長く趣味人生を楽しもうと思ったのである。これからもこの悔しさは忘れないだろうが、この思いをバネにして意識を高めていきたい。バネが錆びつ...ある冬の闘病生活~EF15

  • ゴーナナの影に隠れた美しきゴハチ~EF58 73

    春のダイヤ改正が迫り、気になる季節がまたやってきた。今回の改正は、いつになく大きな動きがあるのではないかと、ファンの間では話題になっているようだ。東日本の旅客会社の機関車は、このところ元気が無く、運転日数も減少傾向。これにはコロナ感染症の影響が大きいのだろうが、EF6019、EF6437と次々に戦列を離れていく機関車たちを思うとアントンKもどこか寂しさを隠せない。今や絶大な人気を誇る、いまや「国宝」とも言われている貨物会社のEF6627号機は、相変わらず活発な動きをみせており頼もしいところだが、比べて人気のない100番台が徐々に仲間を減らしつつある現状を考えると、いつ動かなくなってもおかしくないのだろうか。お若い機関車ファンには唯一の1台であろうから、悔いを残さぬよう活動に励んでほしいと願うばかりだ。いずれにせ...ゴーナナの影に隠れた美しきゴハチ~EF5873

  • 華やかりしジョイフル時代~EF65 1019

    国鉄時代末期(1983年~)頃から、次々に登場していった特別編成の列車たち。品川のサロンエクスプレス東京や宮原のサロンカーなにわを皮切りに全国へと広がりを見せた時代。世の中の好景気に支えられて、そして民営化され、各会社独自のアイディア満載の列車が現れ、客車に留まらず、電車や気動車の改造車まで次々と登場したのだった。ある意味、この手のお楽しみ列車、ジョイフルトレインの最終形は、ブルトレに組み込んで使われた「夢空間」編成だと思っているが、以降年々設定列車が減少の一途を辿ることとなる。アントンKも、今にして思えば、最初は物珍しさが手伝って全国に撮影を展開したものだったが、時間とともに飽きが来てしまい、この手の臨時特別列車よりも、普段の何気ない表情の列車達の方に魅力を感じていった。それは今は亡きブルートレインであり、地...華やかりしジョイフル時代~EF651019

  • 上野に到着した特急「しなの」!?~電動幕の愉しみ

    鉄道写真を撮り始めたのなら、誰もが一度は通る道、上野~東京列車巡りツアー。まだ走っている列車には、なかなかカメラを向けられずに、ホームに止まっている列車を片っ端から撮影していた時代。もちろんアントンにもそんな時期はあった。東京駅の特急寝台列車に始まり、上野では途切れ知らずの電車特急たちがカメラに次々と収まった。しかし昔とは違い、現在ではそんな鉄道少年は存在しているのだろうか。もちろん、現在の鉄道ファン人口は、昔の比でなく、老若男女と幅広くなり、スマホで簡単に列車の情報を手に入れ、昔はホームでしか会えなかった列車たちを、いとも容易く、より効率的に撮影しているのだと思う。そう考えると、本当に世界は変わってしまった。嬉しくもあり、また少し寂しくもある複雑な心境だ。掲載画像は、臨時で上野にやってきた特急「しなの」!とい...上野に到着した特急「しなの」!?~電動幕の愉しみ

  • 最後まで残った千葉局のヘッドマーク~165系

    アントンKが鉄道写真を始めた時代、かろうじて急行電車にヘッドマークを掲げて走っていたのは、幕張電車区に所属していた車両達だったと記憶している。もっと昔まで遡れば、電車急行、気動車急行に愛称マークが着いているのは当たり前で、特急列車とともにとても誇らしげに思えたものだが、アントンKには諸先輩方の記録を覗くだけで、現役蒸機と同じく指を加えていただけだった。そんな想いを抱きながら、房総地区へ何度か撮影に出向いたことがあった。まだ153系電車と165系電車が共存していた時代であり、全てに愛称を掲げ、飽きなかったことを思い出している。「外房」「内房」「水郷」「鹿島」などの急行電車であり、同時に183系初期車の特急「さざなみ」「わかしお」等も運転していたのだから、まさに当時は電車王国、鉄道王国の時代だったのだ。一番馴染みの...最後まで残った千葉局のヘッドマーク~165系

  • 思い出に残る撮影地の足跡をたどる~EF64

    前出で投稿した、三鷹付近にある人道橋が写り込んだ写真が出てきたので掲載しておく。この画像を見たことろ、現在もさほど変化はしていないように見える。ただ線路配置を含めて沿線付近は全くといって良いほど様変わりしていたのだった。当時は、側道から地続きで線路端に出られて、カメラを構えることは問題なかった。もちろん撮影者など見たことは一度も無く、いつも一人きりだったが、気軽に撮影できる反面、光が悪くお勧めできるポイントではないことは見ての通り。しかし今となっては、大変懐かしく当時を偲ぶことが出来るのだ。画像は、日中ロクヨンが下るスジのがあり、よく撮影を楽しんでいた思い出深い貨物列車。この時代、ここでは、EF13やEF15の方が当たり前で、首都圏を走る青いロクヨンの貨物列車は貴重に思えた。そのロクヨン自体、すでに全廃してしま...思い出に残る撮影地の足跡をたどる~EF64

  • 蒸機列車の行方~D51 498

    年末年始にかけての臨時列車の設定を調べてみると、今回は随分と例年に比べて減少してしまったことに気づかされる。感染症の流行が長引いてしまい、JR各社の経営そのものにも大きく影響してしまった結果だろうか。大きな負債を抱えると、やはり行楽列車や趣味性の高い列車などは、おそらく二の次となり極力設定を見合わせることとなる。この年末年始がまさにそんな印象だった。高崎支社の「ぐんまよこかわ」「ぐんまみかかみ」などは、いつになく設定が少なく拍子抜けした印象をもった。今後を占えば、全国各地で運転されている蒸機列車も、大幅に予定変更を強いられて運転そのものを止めてしまうのではないか、と危惧してしまうのだ。現に釜石線の「SL銀河」は、運転期間を明確に発表されてしまった。このケースは、蒸機ではなく客車(気動車)の方に理由があるようだが...蒸機列車の行方~D51498

  • 電車区の重鎮だった「クエ9420」

    年始回りの合間を狙って、昔から行きたかった三鷹電車区(現車両センター)へ行ってきた。かれこれ40年以上も前まで遡り、若きアントンKがカメラをぶら下げて自転車で行き来していた場所だ。もちろん、当時よくタムロしていた模型屋さんは無く、付近の景色はまるで変っていて、高層ビルやマンションが視界を狭めていたのは、近年の首都圏と同じ印象だった。電車区脇から本線が高架のためせり上がっているのには驚嘆したが、よく線路端で構えていた踏切は、跡形もなく消えていて隔世の感。自分ではそれほどの時間が経過したとは意識してはいなかったが、やはり実際こうやって目のあたりにしてしまうと、ちょっと恐ろしく感じてしまったのだ。かろうじて当時のまま残っていた車庫を跨ぐ人道橋も、老朽化からか近々取り壊されるという。何度も階段を上下しては、当時を回顧で...電車区の重鎮だった「クエ9420」

  • 霊峰富士に魅せられて・・371系電車

    この年末年始、大岡山からでも綺麗に富士山を拝められた。朝日に照らされ、黄金に輝く富士山も心洗われるようで美しく大好きだが、オレンジに染まった夕空に佇む富士のシルエットも捨てがたく魅力的に思える。昔、年末に田舎から上京してきた義母を富士山の麓まで連れて行き、その途中芦ノ湖スカイラインから眺めたことがあったが、富士山に向かって手を合わせていたことを思い出す。あれから20数年、こんなに時間が通り過ぎても、その神々しさは今も変わらないでいる。変わってしまうのは自分自身の方。「富士」を見て美しいと思える心の拠りどころを持てているかどうか、見たり聞いたりして、素直に心が反応できるかどうか、そんな自分の気持ちを今年はもう一度考えてみたい。そして、そう思える光景や演奏に、今年は一度でも多く出会いたいと思っている。富士山の話題を...霊峰富士に魅せられて・・371系電車

  • 清々しい朝日を感じて・・

    早々に床を飛び出し、初日の出を拝んできた。冬型が強まり、今朝東京でも底冷えのするキンと張りつめた空気の朝だった。ハンドルが冷たくて、うまく握れなく感じたのはいつ以来だろう。この冬、東京でも雪景色が見られそうな予感がしてくる。清く初日の出に集中しても満足だろう事はわかってはいるが、日の出に合わせて、この時間から動き出すと、自然と線路端へと車が動いてしまう。朝の機関車重連の貨物列車は、今や全国的にも貴重な列車となった。近年こそ、財源が少なくなり単機運転のこともあるから、足が遠のいていたが、今日は特別な日。神社でおみくじを引くような感覚で、聖地と化したポイントへと向かった。結果は単機の吉!元日の朝、原色の65PFの走りを拝められただけでも縁起が良いではないか!?アントンK、今年も前を向いて歩いていけそうである。掲載写...清々しい朝日を感じて・・

  • 清々しい朝日を感じて・・

    早々に床を飛び出し、初日の出を拝んできた。冬型が強まり、今朝東京でも底冷えのするキンと張りつめた空気の朝だった。ハンドルが冷たくて、うまく握れなく感じたのはいつ以来だろう。この冬、東京でも雪景色が見られそうな予感がしてくる。清く初日の出に集中しても満足だろう事はわかってはいるが、日の出に合わせて、この時間から動き出すと、自然と線路端へと車が動いてしまう。朝の機関車重連の貨物列車は、今や全国的にも貴重な列車となった。近年こそ、財源が少なくなり単機運転のこともあるから、足が遠のいていたが、今日は特別な日。神社でおみくじを引くような感覚で、聖地と化したポイントへと向かった。結果は単機の吉!元日の朝、原色の65PFの走りを拝められただけでも縁起が良いではないか!?アントンK、今年も前を向いて歩いていけそうである。掲載写...清々しい朝日を感じて・・

  • 朝比奈が逝った遠い日

    今日は朝比奈隆没後20年に当たる日。訃報を聞き、その年の第九のチケットを握り締めながら、呆然としたことがついこの間のようだ。前年の2000年も、その前の1999年も大阪まで駆け付け、大フィルの第九を鑑賞し年越しすることが当時の慣例だったのに、流石に2001年は気力喪失し抜け殻状態だったことを思い出している。ある意味、自分の親父よりオヤジらしい朝比奈隆の言葉、生き方、そして溢れ出る音楽。いつも熱い想いを頂いていたことが、こうして20年経った今でもはっきりしているのだ。今晩は、普段はあまり勿体なくて聴いていない、朝比奈の演奏を聴こうと思う。ブラームスやベートーヴェンも良いが、アントンKには、やはりブルックナーだ。いくつもある全集のうち、今日はブル3をチョイスして聴いている。この演奏は、90年代に録音された全集の中の...朝比奈が逝った遠い日

  • ブローニ版カメラ修業時代~EF15

    アントンKにとって思い出深いポイントで撮影した画像が出てきたので掲載しておく。その当時の三鷹付近にあった模型屋さんに出入りしていた頃、沿線の中央線に珍しく木製ポールが残っていて、それを絡めて何度か撮影したことがあった。掲載画像の時代は、やっとの思いで手に入れた大判フィルムPENTAX67の練習で絶えず持ち歩いていた頃のもの。今にして思えば、とにかく癖の強いカメラで、そのカメラの特性を理解し使いこなそうといつも必死だったことが思い出される。滅多にカラーポジフィルムは使わず(使えず)、大部分がASA400のTRI-Xというフィルムを使っていたが、撮影条件が少しでも悪くなるとすぐに露出不足を起こし、失敗作の増産となってしまうのだ。レンズは単焦点だが暗く、高速シャッターをも使えず、とてもカメラ任せでは限界が低いと感じて...ブローニ版カメラ修業時代~EF15

  • "国電”という名の愛車~103系

    旧い40年以上も前のネガカラー写真を取り出しては、PC上で何とかならないか試行錯誤が続いている。素人の当てずっぽ加工なので、二度と同じ画像は描けないのが情けないところ。まあ純粋な個人的懐古趣味からの思い出探しだから、こんなものかもしれない。画像は、当時登場からさほど時間が経っていない103系増備車編成。豊田電車区に配置され、日中は颯爽と特別快速に従事していたと思う。当時アントンKは、この103系がお気に入りで、追いかけこそしなかったが、見かけると必ずカメラを向けていたのである。まだ高運転台のATC準備車が入線前であり、ブタ目の前照灯も当時は異彩を放っていた。連写も出来ず、もちろんピントもマニュアルフォーカスで撮影したこの写真、101系電車に挟まれ抜きんでた103系電車がカッコよく、当時はお気に入りだったことを思..."国電”という名の愛車~103系

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