まつなる的雑文〜光輝く明日に向かえ
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住所
藤井寺市
出身
藤井寺市
ハンドル名
まつなるさん
ブログタイトル
まつなる的雑文〜光輝く明日に向かえ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/matsunaru23
ブログ紹介文
まつなる兄さんのよしなしごと、鉄旅・町歩き、野球(バファローズ、独立リーグ)について書きつづります。
自由文
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まつなるさんのブログ記事

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まつなるさん
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まつなる的雑文〜光輝く明日に向かえ
  • 第6回中国観音霊場めぐり~カテゴリは中国地方ですが・・・。

    10月12日から13日にかけて日本列島に接近、上陸した台風19号。12日に伊豆半島に上陸し、13日朝にかけて関東地方を通過して太平洋へと抜けて行った。12日夜は各局も台風情報の特別番組を流していたが、その中でもさすがはNHKである。12日の朝からずっと台風情報で、夜通し各地の放送局から代わる代わるレポートが入っていた。日付が変わるくらいまでテレビをつけていたが、さすがに夜通し見るわけにもいかず、情報はまた翌朝まとめて見ることにした。そして13日、台風19号は関東から東北にかけて大きな被害をもたらした。記録的な集中豪雨となり各地で土砂災害、河川の氾濫が発生した。東京23区でも多摩川が氾濫したそうだが、もっとも被害が大きかったとされるのが長野の千曲川で、広い範囲で集落に泥水が流れ込んだ。一瞬、昨年の西日本豪雨の映像...第6回中国観音霊場めぐり~カテゴリは中国地方ですが・・・。

  • 第6回中国観音霊場めぐり~台風19号のため旅程変更

    10月12日、本来であれば中国観音霊場めぐりの岡山県満願のために西に向かうところだった。ただ猛烈で強い勢力の台風19号の接近、上陸である。広い範囲で影響が出ており、今年も改めて「大規模な自然災害が起きた年」として記憶されるのだろう。例によって長くなるが、札所めぐり遠征のプランニングで一つの記事となる。今年岡山の西大寺から始めた中国観音霊場めぐり。岡山県の札所は児島の蓮台寺、新倉敷の円通寺、そして前回朱印をいただけなかった法界院が残っていて、10月の連休を利用して回ることにしていた。そこに絡んできたのが、野球の日本独立リーグチャンピオンシップ。昨年は四国八十八所めぐりと絡めて、高松で行われた香川オリーブガイナーズ対群馬ダイヤモンドペガサスの試合を観戦した。今季は四国アイランドリーグの試合は観ていないが、徳島インデ...第6回中国観音霊場めぐり~台風19号のため旅程変更

  • 第31番「総持寺」~西国四十九薬師めぐり・7(芸術の長浜)

    長浜駅近くの黒壁スクエアやアーケード街は長浜の観光地として賑わうところだが、この度訪ねた10月6日はひときわ賑やかな様子だった。たまたま訪ねて出会ったのが、「アート・イン・ナガハマ2019」である。「芸術版楽市楽座」というのがテーマで、毎年10月の第1土曜日・日曜日に開かれる、もう30年以上続くイベントである。通りの真ん中や広場に出展者のテントが並び、作品の展示販売が行われている。種類もさまざまで、ざっと身歩いただけでも焼き物、木工細工、似顔絵、アクセサリー、ファッション、革製品、布製品とありとあらゆるものが並ぶ。中には模型のミニジオラマもあり、思わず見入ってしまう。ローカル駅と気動車とか、道路のワンカットとローカルバスとか。気動車やバスの実物に近い汚しようも見事である。ひとつ買って帰ろうかと一瞬手が出そうにな...第31番「総持寺」~西国四十九薬師めぐり・7(芸術の長浜)

  • 第31番「総持寺」~西国四十九薬師めぐり・7(湖北の牡丹寺と近江宮川藩)

    10月に入った。世間では消費税率の引き上げ、ラグビーワールドカップの日本の快進撃が大きなニュースになっている。そんな中、西国四十九薬師めぐりの次の札所に向かうことにする。前回は加古川の鶴林寺だったが、サイコロの目によって今回は真反対側の長浜の総持寺である。本当のサイコロ巡拝ならその場で加古川から新快速で長浜まで移動・・となるのだろうが、私の場合はあくまで次の行き先を決めるだけのものなので、別に行きたい日に行けばよい。いろいろ予定や何やらある中で、急遽、10月6日に行くことにした。長浜までならJR西日本の「関西1デイパス」が安くて便利なのだが、今年からだったか、当日販売を行わなくなった。それなら日をずらせばよさそうなものだが、そうすると10月いっぱいは日が取れなさそうなので6日にする。だからというわけではないが、...第31番「総持寺」~西国四十九薬師めぐり・7(湖北の牡丹寺と近江宮川藩)

  • 第5回中国観音霊場めぐり~キリンビール岡山工場見学

    一行はキリンビールの岡山工場に到着。ここに来るのは初めてである。通常は70分コースだそうだが、今回は団体扱いで短縮バージョンでの見学となる。今回の旅は「キリンビールご提供」といってもいいくらいのもので、キリンにしてみれば工場見学も一緒にどうぞということで、ちょっとしたPRにもなることだろう。まずはホールでイントロダクション。キリンビール岡山工場は1972年に操業を開始した。近くの吉井川の伏流水を使っているという。続いて見学コースに入る。ビールの原料である麦芽とホップの紹介がある。現物が目の前のボウルに入っていて触ることができる。ホップを割ってみるが、これだけだとあまり良い匂いとは言えない。一方で麦芽は別に試食用が回ってくる。これは炒ったような歯ごたえがあって香ばしい。この麦芽をアテにしてビールを飲みたくなる。そ...第5回中国観音霊場めぐり~キリンビール岡山工場見学

  • 第5回中国観音霊場めぐり~いにしえの気動車に出会う

    午前中は法界院で納経帳が埋まらず、また出直しとなってがっかりだったが、ビール列車に乗ってすっかり機嫌を取り直した。まあ、ちょっとしたことで熱くなるがすぐにまたヘロヘロしてしまうのが私の性格の一つなのだが。和気駅から、かつての片上鉄道の駅舎や車両が保存されている柵原ふれあい鉱山公園に向かう。観光バスに分乗するのだが、東京組はさらに2種類のツアーに分かれるようで(一方はさらにグレードアップのコースのようだ)、バスは合わせて3台出る。私が乗るのはもちろん現地集合テツ分濃い組。車内でもテツ関連の話で盛り上がる人もいる。もう少し静かにしてもらいたい気持ちもあるのだが、またアルコールも入っているし、貸切だから仕方ないか。吉井川、そしてかつての片上鉄道の線路跡に沿って走る。廃線跡の多くは「片鉄ロマン街道」という自転車道に転用...第5回中国観音霊場めぐり~いにしえの気動車に出会う

  • 第5回中国観音霊場めぐり~ラ・マル・ド・ボァ キリンビール号

    法界院をお参りの後、岡山駅に戻る。中央コンコースにクラブツーリズムの集合場所の机が出ている。参加者名簿をちらりとのぞくと10数名の参加のようで、すでに受付を済ませた人がバッジを着けて周りで待機している。中にはツアーによく参加する人同士が挨拶する光景も見られる。今回参加するのは岡山駅の現地集合の半日コースだが、他のツアーとの混成なのだという。東京を朝出発して昼に岡山に着き、午後は列車ツアーに参加してその後宿泊、翌日からは中国地方の別のスポットも回るそうだ。クラブツーリズムでは中国地方の観光列車の乗り比べツアーもいろいろあるが、東京発だと中には3日間で12~13万円かかるものもある。まあ今回現地集合組は半日コースで8000円たが、内容を見ると割安なものだと思う。添乗員の引率で改札口を通り、山陽線上りの3・4番ホーム...第5回中国観音霊場めぐり~ラ・マル・ド・ボァキリンビール号

  • 第5回中国観音霊場めぐり~第5番「法界院」

    9月7日、まだ外は暑さを感じる中で岡山の法界院に向かう。中国バスの法界院参道口というバス停も近くにある。本数は1時間に1本というところで、タイミングが合えば帰りに乗ってみよう。バス停からは最近新たに建てられた感じの住宅が並び、その先に山門がある。法界院は正しくは金剛山遍照院法界院という名前である。奈良時代に報恩大師により開かれたとされていて、戦国時代に現在の場所に移ってきた。江戸時代には岡山藩の池田氏の保護を受け、現在の本堂や山門は江戸末期の建造という。山門をくぐる時にふと見上げると、天井に動物が描かれている。見たところでは鳳凰、獅子、麒麟である。またこの時は気づかなかったのだが、奥には孔雀も描かれているそうだ。仏教とも縁深い動物たちである。石段を上がると中門と手水がある。ここに「五つの願い」がある。菩薩の「五...第5回中国観音霊場めぐり~第5番「法界院」

  • 第5回中国観音霊場めぐり~「中国鉄道三昧」

    2019年6月から始めた中国観音霊場めぐり。今回は第5番の法界院である。前回8月に「津山線シリーズ」として、特別霊場の誕生寺とともに訪ねようとしていたが、その時は誕生寺だけ参詣し、津山に北上して姫新線に乗っている。法界院だけ後回しにした形である。法界院を後回しにしたのは岡山に近いところもあるが、9月7日にあるツアーが実施されるのを目にして、これと絡めようと考えた。クラブツーリズムではさまざまな「鉄道の旅」を企画している。列車を貸切にして普段走らないルートを走行したり、イベントをくっつけてみたりとあるのだが、その中で「中国鉄道三昧」というシリーズを見つけた。ここでいう中国とはもちろん中国地方のことだが、岡山や広島を起点にして中国地方のローカル線や観光列車の旅を楽しむものである。そこで見つけたのが9月7日限定で、「...第5回中国観音霊場めぐり~「中国鉄道三昧」

  • 第26番「一乗寺」~西国三十三所めぐり3巡目・4(とりあえず手を合わせよう)

    加古川の鶴林寺にお参りした後、加古川線と北条鉄道を乗り継いで法華口駅に到着した。法華口駅といえば法華山一乗寺の玄関口というよりは、駅舎が「モン・ファボリ」というパン屋であることで知られている。地元産の米粉を使っているのが売りである。また委託の女性駅長が凛とした姿勢で列車を見送る光景も人気で、パン屋と合わせて、法華口駅は北条鉄道に乗って、あるいは北条鉄道ではなくクルマで直接乗り付けて訪ねるスポットになっている。この駅と女性駅長は『サザエさん』のオープニングの兵庫県版にも登場したくらいだ。私が法華口駅に着いたのは昼下がり、パン屋は営業していたが商品はこれまでに売れたようで、店先にはわずかしか残っていない。ただ、残っているパンを買うかとなると、そこまで無理することもないかな。また、女性委託駅長が見送りに出ることもなか...第26番「一乗寺」~西国三十三所めぐり3巡目・4(とりあえず手を合わせよう)

  • 第22番「鶴林寺」~西国四十九薬師めぐり・6(四天王寺、3つ目)

    8月12日~17日までの栃木~宮城~岩手の旅行記を書くうちに9月も末となった。季節も少し進んだところである。話は9月の初めに戻る。前回から少し間隔が開いたが、西国四十九薬師めぐりの続きを行うことにする。この記事を書くにあたり四十九薬師霊場会のホームページを久しぶりに開けてみると、すっかりリニューアルしていて(スマホ対応版もあり)驚いた。この9月1日から新しくなったそうだが、開創30周年ということもあるのかな。6ヶ所目となるのは第22番の鶴林寺。加古川駅の南にある寺で、新西国三十三所の札所めぐりで以前一度訪ねたことがある。聖徳太子が建立したとされており、聖徳太子信仰にゆかりがあるということで新西国に含まれている。この鶴林寺だが、国宝にも指定されている本堂に祀られている本尊は薬師如来である。その薬師如来が西国四十九...第22番「鶴林寺」~西国四十九薬師めぐり・6(四天王寺、3つ目)

  • 旅の終わりは三陸自動車道と、再びの新幹線乗り継ぎ

    長かった宇都宮~三陸~岩泉の旅もそろそろ終わりに差し掛かる。一つの旅行記の記事でブログを1ヶ月以上引っ張ったのも初めてのことで、相変わらずの長い記事でうんざりしている方もいらっしゃるだろうが、それだけ印象に残る旅だった。この1ヶ月以上の間で世の中もさまざまな動きがあったわけだが、それはまた(逆にネタがない時にでも)書くことにする。さて、最終日8月17日は岩泉にて龍泉洞の見物と、移動を兼ねてかつての岩泉線跡に沿って走り、昼前の時刻で茂市を出発した。すぐに国道106号線に出る。閉伊川に沿って走る。市街地に入る手前の宮古根市インターから三陸自動車道に入る。この自動車道は部分的に少しずつ工事が進められたものであり、現在は気仙沼市の一部区間を除けば仙台港北インターから自動車専用道路で宮古まで結ばれている。その長さは約23...旅の終わりは三陸自動車道と、再びの新幹線乗り継ぎ

  • 岩泉線廃線跡を行く~夏草の線路たち

    岩泉駅跡から国道455号線を走る。線路の路盤跡の行方を気にしながら走るうち、右手にちょっとした空間が見え、「二升石駅待合室」の看板がかかる小屋が見えた。その敷地の中に入る。野菜の無人販売所があり、その奥の築堤を上がったところにホームと線路が見える。近づくとホームの足場の向こうに線路や路盤もしっかり残っているのが見える。ここは岩泉の隣の二升石(にしょういし)で、岩泉までの開業時にできた駅である。二升石とは変わった名前だなと思うと、この辺りの旧家の庭園に米が2升入るくらいの大きな窪みがある石があったからとか、小本川に屏風二双ほどの大きさの石があったからとか言われている。こんな感じで進んでいくのかなと再び走るうち、国道455号線と国道340号線の分岐点に差し掛かる。整理すると、国道455号線は盛岡から岩泉を経て小本ま...岩泉線廃線跡を行く~夏草の線路たち

  • 岩泉線廃線跡を行く~波乱短命のローカル線

    私が岩泉線に唯一乗車したのは2008年の9月の連休の時である。当時は東京勤務で、利用したのはJR東日本の「岩手・三陸フリーきっぷ」というものだった。東北新幹線の東京から岩手県内の新幹線駅までの往復と、岩手県内のJR在来線、三陸鉄道、IGRいわて銀河鉄道の乗り放題がセットになったものだ。JRで未乗車区間だった山田線の釜石~宮古(震災復旧後の現在は三陸鉄道に移管)、そして岩泉線に乗車して本州のJR全線の乗りつぶしを達成した。その時の終着駅が岩泉だった。当時書いたブログ記事で振り返ると、東北新幹線で新花巻まで来て釜石線に乗車。その後釜石から宮古を経由して茂市まで来て、夕方の列車で岩泉にやって来た。ただ今回のように龍泉洞を見ることもなく、また町並みを見ることもなく、折り返しの列車で岩泉を後にした。要は乗りに来ただけであ...岩泉線廃線跡を行く~波乱短命のローカル線

  • 龍泉洞見物

    8月17日、旅の最終日である。台風10号は前日夜に北海道の西で温帯低気圧に変わった。その影響かこの日は岩手県でも30度超え、35度近くまで気温が上がるのではないかとの予報である。ただ天気はよい。これなら前日悪天候だった北山崎や黒崎灯台、またその手前にあり前日閉館時間を過ぎていた田野畑村の資料館に行ってもいいように思えた。しかしせっかく来たのだから龍泉洞には行きたいし、その後に行くとしたら時間が足りない。もう、行程だから仕方がない。ゆっくり起床して朝食である。旅館の和定食ということで美味しくいただく。龍泉洞へはホテルからクルマで5分ほどで行くことができる。見学が8時半からということでそれに合わせての出発である。観覧料は大人1000円だが、ホテルのフロントでは宿泊者向けに団体割引料金の観覧券があり、750円で購入で...龍泉洞見物

  • 岩泉にて

    8月16日、今回の旅の最後の宿泊となる岩泉の「ホテル龍泉洞愛山」にチェックインする。1979年に開業というからちょうど40年である。建物は年季が入っているようだが、岩泉、龍泉洞観光の玄関口としての歴史がありそうだ。部屋は8畳一間。今回の旅で唯一の和室ということで、洋室のホテルの椅子とテーブルと違う形でくつろげそうだ。部屋の窓からは周囲の山々を見ることができる。これまで津波の被災地ということで海べりをずっと回っていただけに、こうした山あいの町に泊まるのは旅の幅が広がって一層面白い。食事の前に入浴とする。大浴場には「炭の湯」という名前がついている。温泉かと思ったが厳密には温泉ではなく沸かしたものである。ただ、その元の水は翌日訪ねる龍泉洞と同じ源泉の水で、石灰岩の地質を流れることで温泉のような水質に変わるそうだ。さら...岩泉にて

  • かつての終着駅・岩泉へ

    普代村まで来たところで国道45号線を南下して、今回の一連の「被災地復興を見る」シリーズは一区切りとなる。翌日8月17日は三陸自動車道で仙台に戻るが、おそらくこれ以上震災遺構を見る時間はないだろう。8年半前に発生した東日本大震災。今、これをどう伝えていくかが被災地の中でも課題になっていることが感じられた。被災した建物、例えば役所や学校といった公共施設を震災遺構として保存すべきかどうかは地元でも意見が二分されている。その結果、遺構として公開したものもあれば慰霊碑のみとしたものもあるが、結局ここに出てくるのは「被災者の感情」と「カネ」のいずれかなのだなと感じた。そんな中、この一連の記事を書く中で震災からちょうど8年半との報道に接するが、明らかに扱いは小さい。全体的には風化と取られても仕方ないようだ。津波の語り部のツア...かつての終着駅・岩泉へ

  • 被災地復興を見る~田野畑、北山崎、黒崎海岸

    台風の間接的な影響で雨が強く降る中、島越駅から北に進む。走るのは県道44号線で、「陸中海岸シーサイドライン」という旅情をそそる愛称がついている。この辺りは海の近くを通る。これがもし青空が出ていればドライブとしては気持ちの良いところだろう。またこうした海を見ていると、震災があったことが嘘のように思えてくる。普段は穏やかな海なのだろうが、地震が発生し、津波が起こると人々に牙をむいて襲い掛かってくる。田野畑駅を過ぎてしばらく走り、海べりの民宿が建つところに入江がある。明戸海岸というところだが、ここにも震災遺構がある。雨の中だが駐車場にクルマを停めて外に出る。明戸海岸、明戸浜は江戸時代に盛岡藩による製塩も行われたところで、震災前は広い砂浜とクロマツの防潮林があったそうだ。また周囲にはキャンプ場やマレットゴルフ場、海産物...被災地復興を見る~田野畑、北山崎、黒崎海岸

  • 被災地復興を見る~島越、鵜の巣断崖

    国道45号線をベースに北上する今回の旅。道端の標識で仙台からの距離が300キロを指している。乗り始めたレンタカー店は起点から少しずれているし、途中45号線を外れて走行したところもあるので完全に沿っているわけではないが、遠くまで来たものだと思う。この次の目的地は田野畑村の島越駅だが、その前に被災地めぐりからいったん離れて鵜の巣断崖に立ち寄ることにする。宮脇俊三の初期の紀行文『汽車旅12ヵ月』でスリルある場所として紹介されたのを読んだのは随分前のことだが、訪れるのは初めてである。この日もレンタカーだから立ち寄ろうとしたのであって、公共の乗り物だとバスの便もなく、1日2便、予約制の観光乗合タクシーで行くことになる。国道45号線から右折して人気の少ない集落の中を抜ける。そのどん詰まりに駐車場がある。断崖の展望台へは遊歩...被災地復興を見る~島越、鵜の巣断崖

  • 被災地復興を見る~田老

    三陸鉄道の線路と久しぶりに合流するのが田老。前日に三陸鉄道に乗った時も触れたが、田老は「万里の長城」と呼ばれる大規模な防潮堤がある町である。高さが10メートル、総延長が2433メートルで、海側と山側でX字形で二重に築かれている。道の駅にクルマを停めて、その防潮堤に上がってみる。田老は「津波太郎(田老)」と呼ばれるほど過去から津波の多いところで、1896年の明治三陸大津波、1933年の昭和三陸津波では大きな被害を受けた。そのために巨大な防潮堤を築くことになり、1957年に陸側、1978年に海側が完成した。その後の津波では防潮堤を超えることもなく、地元の人には安心感を与えたが、東日本大震災に限ってはそれが死角になったといえる。高さ16メートルの津波は防潮堤を乗り越え、また一部を破壊して町に押し寄せたが、「まさか」「...被災地復興を見る~田老

  • 被災地復興を見る~宮古

    国道45号線を北上して宮古市に入る。津軽石から宮古湾に沿うようになり、防潮堤が目立つ。閉伊川にかかる橋を渡り、国道106号線との合流地点に着く。歩道橋があり、東日本大震災の津波の到達地点を示す看板がある。正面の奥は宮古市役所があった場所だが、津波被災や老朽化もあり昨年宮古駅前に移転した。町の中心部だけに、津波の映像では多くのクルマ、そして漁船も流される様子が残されている。時刻は11時、早めの昼食ということで海べりにある道の駅に向かう。震災からの岩手県の復興の様子を紹介するコーナーもある。2階のレストランはレストランというより食堂の雰囲気だが、ここで海鮮丼、さらに海藻ラーメンをいただく。海鮮丼よりはあっさり塩味の海藻ラーメンのほうに三陸らしさを感じた。さて三陸の中心である宮古だが、10年以上前に一度宿泊したことが...被災地復興を見る~宮古

  • 被災地復興を見る~大槌町

    釜石市の隣の大槌町に入る。国道45号線をいったん離れて県道を走る。ここでも駅に立ち寄ってみる。大槌の駅舎の屋根はひょうたん型をしている。沖合いにある蓬莱島が『ひょっこりひょうたん島』のモデルの一つとされているからで、そういえば原作者の井上ひさしは大槌町内の吉里吉里の名前を冠した小説『吉里吉里人』もあり、この辺りに何か感ずるものがあったのかなと思う。駅舎内や展望デッキにはひょうたん島のキャラクター人形もお出迎えする。また、宮沢賢治の「旅程幻想」という詩が石碑になっている。「生き残った私たちは亡くなられた人たちこれから生まれてくる子どもたちにどう生きるかを示す責任がある私たちは宮沢賢治の『利他の精神』がその道しるべになると考える」と、石碑を建立した主旨が書かれている。「旅程幻想」は賢治が三陸を一人旅した折、大槌で詠...被災地復興を見る~大槌町

  • 被災地復興を見る~釜石・鵜住居

    釜石市の鵜住居地区にやってきた。町に入る前に向かったのは根浜海岸。海水浴場があり、釜石市の名所の一つだったが、東日本大震災の津波で砂浜が1.3キロにわたって消失した。その後再生工事が進み、今年の夏、震災以来初めて海開きが行われたという。ただ天候が悪いものの人の姿が見えないなと思ってみると、海水浴場は8月12日までの開業だったそうだ。引き続き再生工事を進め、来年には元通りにしたいという。この海岸を見下ろす高台に集落ができている。津波で失われた集落が移転したもので、海べりの民宿も移っている。曇っているのは残念だが海の景色は素晴らしい。高台に移転した後も、海のある景色をということで防潮堤も最低限の高さにとどめたという。町中に入る手前に鵜住居復興スタジアムがある。かつては鵜住居小学校と釜石東中学校があったそうだ。三陸で...被災地復興を見る~釜石・鵜住居

  • 被災地復興を見る~三陸町越喜来

    8月16日、この日は日本海を北上する台風10号の影響で、岩手県沿岸も午後から雨の時間帯があるという。まあ、直接東北を通過するわけではないのでマシである。さて、大船渡プラザホテルを朝の6時半に出発する。前からの記事で、この夜の宿泊地を普代村の黒崎から別の地に変更したと触れているが、その場所とは内陸部に入った岩泉である。たまたま、温泉ホテルの和室2食つきが空いていたのを13日に見つけて予約した。岩泉に泊まる気になったのは、今は廃線となった岩泉線の終着駅があったところで、当時、東北のJR全線の乗りつぶしを達成したのがこの駅だった思い出がある。一方で、その北にある日本三大鍾乳洞のひとつである龍泉洞には行っていないのと、並走する道路をたどって岩泉線の廃線跡を見てみようということもある。これらは最終日の17日に取っておいて...被災地復興を見る~三陸町越喜来

  • 被災地復興を見る~三陸鉄道・復路、おばんです大船渡

    久慈12時08分発の宮古行きは2両編成で出発する。名物「うに弁当」とビールが胃袋に収まってとりあえずは落ち着く。陸中野田に到着。駅舎は地元の観光物産館やレストランが入る建物となっており、ちょうど食事中の客たちが列車に向かって手を振ってくる。天候の変化は激しいようで、野田玉川から海岸線に出ると、往路では濃い霧状態だったのだが今度は青空が広がっている。安家川橋梁から見る景色も先ほどとは対照的だ。ここで一時停車のサービスがあり、撮影タイムとなる。堀内を挟んで大沢橋梁でももう一度一時停車する。この辺りが三陸鉄道でもっとも海の景色を楽しめるところである。夏でも霧と晴れが交互に繰り返される天候というのも三陸の一つの表情である。島越に着く。今度は駅前の慰霊碑もはっきりと見える。北リアス線の区間は明治の三陸大津波を踏まえてルー...被災地復興を見る~三陸鉄道・復路、おばんです大船渡

  • 被災地復興を見る~久慈

    久慈駅に降り立つ。折り返しとなる列車は12時08分発ということで1時間ほどある。今回の旅のプランニングでは、久慈に連泊することも一時考えていた。三陸鉄道を1日で往復全線乗車するとなると1日がかり。レンタカーの移動となるとクルマを1日置いておくことになり、南の盛か北の久慈のいずれかに泊まるというわけだ。その中で今回は盛(大船渡)を選択した。久慈に来たのは学生の時以来ではなかろうか。東北をぐるりと一周して、JR八戸線から南下して、三陸鉄道の北リアス線(当時)~宮古~山田線というコースだったと思う。その時も久慈は乗り換えで通過しただけだった。それほど記憶にも残っておらず、実質は初めてといってもいいだろう。その久慈だが、朝ドラ「あまちゃん」の町と言ってもいい。ドラマは見ていないので現地での紹介やネット検索で知ったことだ...被災地復興を見る~久慈

  • 被災地復興を見る~三陸鉄道・往路(宮古~久慈)

    宮古で乗客が入れ替わった9時23分発の久慈行きは、市街を抜けて長いトンネルに入る。やってきたのは一の渡駅。三陸鉄道における秘境駅である。三陸鉄道というと海沿いを走る景色がよく紹介されるが、こうした山の中の小さな駅もある。一の渡を出るとまた長いトンネル。このトンネルを抜けると窓ガラスが曇る。トンネルの中と外の温度差が大きいのだろう。この先も写真のような見え方の区間が多い。田老に到着。田老といえば高い防潮堤がある町ということで、私も小学校や中学校の地理で習った覚えがある(教科書に載っていたのかな)。明治、昭和の大津波で町が大きな被害を受けたことを受けて、45年ほどかけて巨大な防潮堤を築いた。「万里の長城」と呼ばれるほどで田老町(現在は宮古市に編入)の名物だったが、東日本大震災の津波は「万里の長城」をいとも簡単に乗り...被災地復興を見る~三陸鉄道・往路(宮古~久慈)

  • 被災地復興を見る~三陸鉄道・往路(盛~宮古)

    8月15日、ニュースは前夜から台風10号関連一色だった。15日朝の時点では太平洋上にいて、西日本への上陸が予想されていた。結果を先に書くと、台風はこの後で豊後水道から愛媛の佐田岬を通過し、午後に呉市に上陸、中国地方から日本海に抜けるコースを取った。台風による死者は2名、怪我人が57名という発表で、近年の災害を思えばまだマシだったといえるが(被害に遭われた方にはお見舞い申し上げます)、前日からの動きとして交通機関への広い影響のほうがニュースになったように思う。中でも大きかったのが、山陽新幹線を15日朝から終日全線で計画運休するというものだ。ちょうどお盆の時季、早めに移動しようと前日の新幹線も大混雑したという。他にも四国、岡山、広島、山口の在来線も終日計画運休となり、青春18きっぷでこのエリアを旅しようという人たち...被災地復興を見る~三陸鉄道・往路(盛~宮古)

  • 被災地復興を見る~大船渡

    2019年の「大船渡」と聞けば、大船渡高校の佐々木投手を連想する人が多いだろう。メジャーのスカウトも注目する選手だが、特にその名が全国に広まったのが、岩手県大会決勝戦の花巻東高校との試合での登板回避といえる。大船渡の監督が故障のリスクを回避したためというが、全国の野球ファンの中でも賛否両論あったことである。そこまでの経緯を詳しく知らないのだが、私個人としては致し方なかったのかなと思う。旅をしていた8月14日当日、甲子園大会はまだ2回戦。大会はこの後で履正社高校が星稜高校に勝って甲子園初優勝となるが、大会を通して星稜の奥川投手の評価も上昇した。この秋のドラフトで佐々木、奥川両投手には何球団が1位指名するかが早くも注目されている。さて、バファローズはどうするかな。話を14日に戻す。この日と翌日に宿泊するのは大船渡駅...被災地復興を見る~大船渡

  • 被災地復興を見る~陸前高田

    旅行記が長くなっている今回の旅、ようやく岩手県に入る。陸前高田に泊まることも一時は検討してみたが、翌日15日に三陸鉄道を盛~久慈間往復することにしたため、起点に近い大船渡にした経緯がある。時刻も15時半となり、気仙沼からは国道45号線が道なりに三陸自動車道に続くのでそのまま走る。陸前高田で下りると、町並みの高台移転が進む市の中心部に出てくる。まだ区画整理が行われたところで建物の数は少ない。陸前高田で見るのは「奇跡の一本松」である。今でこそ震災遺構があちらこちらで整備されているが、いち早くそうした動きを見せたスポットの一つである。前回6年前の被災地めぐりではここが北の端だったが、その時書いた記事を見返してみると、観光地化の動きに向けてやや冷やかに見ていたように思う。ただ、今回前日からいろいろ回る中で、そうしたスポ...被災地復興を見る~陸前高田

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