住所
出身
ハンドル名
すずめさん
ブログタイトル
キリスト・イエスにお会いする旅へ
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/suzume1206/
ブログ紹介文
長年のいちじくの葉のおおいを脱ぎ捨て、皮の衣路線に軌道修正中です。
自由文
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更新頻度(1年)

22回 / 108日(平均1.4回/週)

ブログ村参加:2014/07/29

すずめさんの人気ランキング

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すずめさんのブログ記事

  • 死ななければ復活はない

    血圧を測りながら…今日は金曜か…あさっては主の復活の日曜か…ということは、今日はイエス様が十字架に!正直、深く意識することなく やり過ごしてきた受難の日だったが。今日は 十字架のイエス様を思う。私が受けるはずの刑罰を受けて死んでくださった…そして…よみがえ

  • 主を恐れることは知識の初め…(箴言1:7)

    周りを見ても、神を恐れない人、全く関心を持たない人の なんと多いことか。「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。……  ……」「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」ローマ3:10-18神を恐れることがなければ 悔い改める(立

  • 花は咲く

    車を走らせていると、前方の公園に桜が咲き始めていた。近年は 桜を意識した時はもう散りはじめていた…なんてことばかり。咲きはじめを見かけたのは久しぶりだったので、新鮮な感じがした。人の目を引く桜だけれど、今日はちょっと違う想いで花を見た。神様に向かって咲いて

  • なくてはならない神への悔い改め

    悔い改めが曖昧なままクリスチャンになると、どこかの時点で行き詰まってしまうと思う。今日のトウザーの聖書日課より、悔い改めについて吟味してみたい。~取っ手を取り除くこと~ 「ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」ルカ15:10 

  • 「地獄」をあまく見ることから救ってください

    おとといは近所のM子さんから、今朝は夫の口から~「自分は地獄へ行くしかない…」的な言葉を軽々しく?発せられるのを聞いた。ほんとは そこまで思っていないのか、または本当にそう思っているのなら、地獄をあまく考えているというしかない。一般的に、神の愛とか、聖書(キ

  • 遠い春を思い出しながら

    離れて住む孫が、今年 大学受験だった。勉強は嫌いでなく頑張っていたようなので多分大丈夫なんだろうと思っていたが、合格できず浪人確定との連絡があった。私なりの祈りはしていたが…本人も親も この手の挫折を味わったのは初めてだろうし、気持ちを切り替えて前進してほ

  • 神の栄光をほめたたえる者となるまで…

    エペソ1章は読むほどに~父なる神のご計画の確かさと、キリストにある者に与えられる望み~を知って、クリスチャンが「恵みの栄光」をほめたたえるのは当然であることがわかってくる。「神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のな

  • (続)「神の主権」の前に身を縮め こうべを垂れる

    今朝ちょうどルツ記を読んだ。「神の主権」を思いながら…「…全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。…主は私を卑しくし、全能者が私をつらいめに会わせられました…。」1:20-21ナオミの率直な言葉に

  • 「神の主権」の前に身を縮め こうべを垂れる

    「神の主権」という説教(スポルジョン)から 何とも素晴らしい学びができた。【「自分のものを自分の思うようにしてはいけないという法がありますか。」マタイ20:15】このぶどう園で働く労務者の話は、様々に用いられてきたと思う。私などは、神の恵みを喜ぶ反面、つい、長く

  • 罪赦されてからがクリスチャン生活の始まり

    ♪ この世のつとめ いとせわしく、人の声のみ しげきときに、うちなる宮に のがれゆきて、われはきくなり 主のみこえを。ふと、こんな懐かしい歌をうたっていた。歌だけでなく…こんな信仰も懐かしいような…あまりにもこの世が騒がしく 疲れる時代。神が、私たちの贖いの代

  • 岩なるイエスは 我が身の隠れ家

    昨日歌った聖歌506を、今一度うたってみた。救い主イエスさまの有り難さと、自分の悲しいまでの信頼の弱さを思わずにいられない。いくら年を取っていても、今日の平穏な生活が明日も続いてほしいと願う…感謝なことにそんな月日を重ねて来れた。それがどこまでも続くはずはな

  • もう「私がキリストを信じたから救われた」とは言わない(2)

    「私が(イエス・キリストを)信じた」のではあるけれど、なぜ信じることができたのか。かつて、教会に行き始めた頃は聖書の創造主を信じて嬉しかった。そこへイエス・キリストが登場し神であると聞かされて、正直戸惑ったのを覚えている。あたかも〈ヘロデ王や、イエスを「十

  • もう「私がキリストを信じたから救われた」とは言わない

    説明は簡単にはできないが。(うまく伝わるといいのだけど)よく「行ないによらず、神の恵みによって救われたのです」と言うけれど 、同じ人が「私はイエス・キリストを信じたので救われた」とも言う。でもその多くの人は〈私は…信じた〉ということ それ自体が「私の行ない」

  • 賛美の歌はいいな~

    少し前に、「♪ ああ主は~愛なり~」という最後のところだけが口から出てくるけれど、その前がどんな歌だったか、思い出せない…あんまりそこばかり出てくるので最初から歌いたくて、聖歌から探し始めたら あったあった、聖歌430番「けがれとはじとの」だった。歌詞もあまり

  • 自分の罪が大きくなるにつれ神の恵みの大きさがわかる(2)

    近頃ますます思うことは、クリスチャンならば常に何よりも「神の国とその義とをまず第一に」求め続けているはずだ…ということ。キリストを信じた初めの頃…確かに喜んでいた。神が共におられる私の人生~どうなったとしても~ もう大丈夫だと思っていた。死んだら天国に行け

  • 自分の罪が大きくなるにつれ神の恵みの大きさがわかる

    何度か書いてきたと思うが、キリストへの信仰とは「罪」が赦されて神のもとに帰るため、そして「罪」の支配から自由にされるためのものだった。「罪」があまりわからないまま、キリストを救い主として信じると、「恵み」を実感することもあまりないと思う。なぜなら、罪の大

  • 身近で実行可能な…励まされる記事を紹介

    「絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。」1テサロニケ5:17-18昔から、祈りは魂の呼吸だと言われてきました。このたとえによって、私たちの多くがいつも忘れがちの大切なことを教え

  • そうか、クリスチャンが祭司としてなすべきこと~

    あの人この人が神に立ち返ることを願い、神を恐れることができるように…罪に気づき神を求めることができるように…などと祈ることが多かったが、それだけでは何か心もとなかった。ある時、「祭司として、その人に代わって罪を告白し、神にとりなすのが良い…」と聞いて以来

  • 心痛む、勘違い…

    時には笑いで和ませる。気落ちしている人を励ますのも必要だと思う。クリスチャンとして、周りを明るくし楽しませるのは悪いことではない。信仰とは関係なく、笑うことは病気の回復にも役立つという。私もお笑い好き、ユーモア好き人間だ。ただ息子たちが次々に家を出ていき

  • 信仰は止まらず深化していくもの…(3)

    キリストではなく~「固く信じている自分」 の上に置いていた信仰だった…が。自分ではわからなかった罪が聖霊によって気づかされ始めると、次々にその正体が現れ出した。〈心の奥は、善良な人も極悪な人も 罪の本質(邪悪な性質)はみな同じものだということがわかってきた〉

  • ごみステーションの当番で思わぬ収穫…

    半年に一度ぐらい回ってくるゴミ当番。今日は燃やすゴミの日だった。 前日に金網の小屋の鍵を開け「今日は燃やすごみの日」というプレートをくくりつける。そして収集された当日 小屋の中を掃除し、取り残されたゴミは分別して保管場所に移す。昨夜出しそびれた追加のゴミを

  • 信仰は止まらず深化していくもの(2)

    救いの信仰は、~自分が良いと思っていたものと、神が良しとされるものとが違っていた~ということに気づかされ、変えられ続けていくものだった。「…神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によっ