オオタカの舞う、生物多様性に富む、奈良高山の里山の保全に向けた研究を行なっています。
2017年4月
①里山資本主義のウソ ~ 失敗を成功と粉飾 ~/誤解を招く里山生活でのエネルギーの自給/里山資本主義について考えること 批判的考察/里山資本主義への批判/二百年前への逆戻り ②『デフレの正体』批判(関連:ブログでの名誉棄損裁判 ・ (2回目の?)ネット上の侮辱事件について)/藻谷浩介「デフレの正体」**************...
(1)『里山資本主義』の書評⇒Ⅰ.pdf ・ Ⅱ.pdf/Ⅲ ・ Ⅳ(2)里山資本主義とは 里山資本主義とは何か(藻谷さんの講演会資料).pdf 『里山資本主義』要約.pdf(環境カウンセラー情報より) 里山資本主義とは ①<『里山資本主義』より(・・・・・は中略)> (P.120~)生きるのに必要なのは水と食料と燃料だ。お金はそれを手に入れるための手段の一つに過ぎない。・・・・・だが必要な水と食料と燃料を、かなりのところまでお金を払わずに手に入れている生活者は、日本各地の里山に無数に存在する。山の雑木を薪にし、井戸から水を汲み、棚田で米を、庭先で野菜を育てる暮らし。最近は鹿も猪も増える一方で、狩っても食べきれない。先祖が里山に営々と築いてきた隠れた資産には、まだまだ人を養う力が残っている。これに「木質バイオマスチップの完全燃焼技術」といった最先端の手段を付加することで、眠っている前近代からの資産は、一気に二一世紀の資産として復活する。 さらには、震災で痛感した人も多いはずだ。お金と引き換えに遠くから水と食料と燃料を送ってきてくれているシステム、この複雑なシステム自体が麻蝉してしまえば、幾ら手元にお金があっても何の役にも立たないということを。・・・・・動かなくてはならない。お金という手段だけに頼るのではなく、少なくともバックアップ用として別の手段も確保しておくという方向に。そう難しい話ではない。家庭菜園に井戸に雑木林に石油缶ストーブがあるだけで、世界はまるで変わる。お金で結ばれた関係だけではない、日ごろの縁と恩でつなった人間関係があるというだけで、いざというときにはかけがえのない助けとなる。 「里山資本主義」とは、お金の循環がすべてを決するという前提で構築された「マネー資本主義」の経済システムの横に、こっそりと、お金に依存しないサブシステムを再構築しておこうという考え方だ。お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを、予め用意しておこうという実践だ。勘違いしないで欲しいのだが、江戸時代以前の農村のような自給自足の暮らしに現代人の生活を戻せ、という主義主張ではない。お金を媒介として複雑な分業を行っているこの経済社会に背を向けろという訳でもない。庄原の和田さんも言っている。「お...
2017年4月
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