青い空にさわやかな風が吹き渡る山の畑。二人一組の出荷チームが今年初めての畑の出勤日、小さく生えそろったニラの畑の草を取ります。こうして小さいうちに草を取っておくとあとが楽なのです。年長の林さんと若い大沼さんのチーム。林さんは天童配送センターのすぐ近くに家があり、パートの仕事がない日は自宅で農業もしているため、草取り、定植、収穫はプロの手さばきで米山も感心しています。きびきびした身のこなしといつも控えめな人柄で仲間からの信頼も厚いです。数年前に亡くなった義父母の畑を継ぐ形で、定年退職したご主人と農業を続けています。こんな人がいてくれるのも農業県の強みでしょうか。大沼さんはまだ52才、いつのまにか高齢者が多くなった全有連の中では頼もしい若手です。隣の畑では、晩秋に取り残した数十個の白菜の「茎たち」が育っていました。...山の畑は農業日和ニラ畑の草取り
88歳の今も現役で米作りに励む熊谷さん。一級建築士として山形市で事務所を開いていた熊谷さんが、高血圧の影響で眼底出血を起こし「このままでは失明する」と医者に宣告されたのが28年前。なんとか治したい一心でたどり着いたのが玄米食でした。それも発芽玄米が良さそうだと知り、「自分で無農薬米を作ろう」と決意。天童市に五反分の田んぼを借りて有機農業を始めました。幸い米作りは、田植え、稲刈りと大まかに作業がまとまっています。建築士の仕事と並行してのスタートでした。最初の一年は半作程度に終わりましたが、研究熱心な熊谷さんは「米とつく本なら何でも買い、30冊は読んだ」そうです。有機農業の本も読み、肥料の作り方もマスターしました。以来「こういうお米を食べたい」という得意客に販売し、全有連とも合わせて毎年完売させています。今年も始ま...88歳、今年も有機農業頑張ります熊谷さん
今年は豪雪の影響で、山の農場に建つ作業小屋二階の窓ガラスが割れてしまいました。この土地を譲り受けた時、真新しい作業小屋が建っていてこれだけで十分な資産価値を持つ大きな農機具格納小屋でした。当会がまだ埼玉で営業活動をしていた頃、この作業小屋で大沼さんご夫婦や手伝いのお母さん方が働き、ここから野菜便を出荷をしたものでした。傍らに建つ古家は大沼さんの弟さん家族が住んでいたところで、当時は無人になっていました。しばらくは元の持ち主の大沼さんも農機具の格納庫に使っていたものです。40年近くを経て屋根のペンキもさび付き、今年のように大雪の時は積もった雪が窓ガラスを巻き込んで落ちるのです。さすがに窓ガラスが割れたこともあって、あらたに保護窓枠を作ることになりました。設計は米山が図面を引き、取り付けは鳥海さんと二人でやることに...山形山農場作業小屋の窓枠づくりコブシの花も満開
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