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主に福岡の地域情報を書いていますが、タイトル通り新しい話は何もありません。

地域生活(街) 九州ブログ / 福岡市・博多情報

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駄田泉
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2012/03/18

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  • ASUSのノートパソコンをメモリ増量した

    ちょうど2年前にノートパソコンを購入した。ASUS(アスースと読むらしい)のX515EA、CPUは第十一世代core i7、メモリは8GB。メモリが少ないかなと思いつつも、利き腕の右腕をマヒしているのを思い、我慢した。しばらく使っていると、ハイスペック?マシンなのにサクサク動かない。富士通製のLIFEBOOK AH45/K(2013年発売。CPUは第三世代core i7に換装、ハードディスクはSSDに入れ替え、8GB増強)にも劣るぐらいだ。 あれこれ...

  • 宮崎に帰省した

    地鶏「ぐんけい」、「おくのうどん」、磯料理「鬼扇」、懐石料理「あじ咲く」、「一平」の元祖レタス巻き、「わらべ」のチーズ饅頭……。妻の実家・宮崎市に3月上旬、帰省した。宮崎滞在は3日間だけだったが、「ぐんけい」を始め、紹介した食べ物を食べた。「おぐら」のチキン南蛮は行かなかった。夕食にはひんぱんにチキン南蛮を食べており、もういいかなと思った次第だ。 帰省初日、千葉県印西市には雪が降っていた。飛ぶかな...

  • 4年ぶりのTwitter

    4年ぶりにTwitterをした。2020年8月15日を最後に更新を止めていたが、これには訳があった。8月末、脳梗塞を患い入院、6か月後に退院した。しばらくたってパソコンの前に座ると、パスワードがきれいさっぱりと失われていた。ヤフーもグーグルもTwitterもアマゾンも、あげくのはてはスマホのパスワードさえも、どうしたって思い出せない。 家族がスマホを買い直した。2014年秋から使い続けているアイフォン6は惜しいが、やむ...

  • 再発した脳梗塞

    2024年1月6日朝、脳梗塞が再発した。妻が朝食が出来たと言うので、何等かの返事をし、ろれつが回っていないと言い出した。大学病院でMRT、血液検査などの診断を受け、脳梗塞の再発が分かった。ただし、主治医が脳内の損傷は小さいといい、「入院は1週間。あとは自宅に帰るか、リハビリ専門病院」と言っていた。2020年8月の脳梗塞では救急車で運ばれた病院で2か月、リハビリ専門病院では4か月かかり、勤務した会社も退職に...

  • 成田の航空科学博物館

    千葉県芝山町岩山の航空科学博物館に出かけてきた。成田空港南端から約400メートルの隣接地にある。地元芝山町が国に成田空港関連要望として博物館を要望し、1989年に開館した。航空科学振興財団が運営している。来たかったところだ。家族は「古びている」と不満そうだったが、国内最初の航空博物館として展示物を満喫した。 1、2階が展示室、3階が展望台、4階がレストラン、5階が展望塔。ボーイング747-400大型模型を目...

  • 45年ぶりに行った松本市

    長野県松本市に10月、行った。妻が「牛乳パンが食べたい」と迫られ、次男の車で向かった。交通渋滞はひどいものだった。目当ての店にたどり着くまで、恐らく10分程度だったが、ほぼ1時間がかり。松本市の目的は①牛乳パン②お土産③松本城だったが、第三希望をパスした。牛乳パンは、バタークリームをホイップしてパンで挟んだもの。パンはうまかった。 同市は、45年ぶりの訪問だった。受験生の頃(私は現在63歳)で、松本駅をバ...

  • 続・キジを初めて見た

    暴風(雨)だった5、6、7日の3日間に比べ、8日はいくぶん風が治まった。家族が鯉のぼりを洗って干したところ、「ケーンケーン」という鳴き声が聞こえた。キジだ。窓に駆け寄ってみると、思いのほか近くにいた。 キジが羽ばたいところ、「ケーンケーン」という鳴き声を聞いた。 ニコンのデジタル1眼レフカメラ(D3200)、キャノンのデジカメを用意した。ニコンのデジ1がピンボケ写真だったが、キャノンの方がマシだった...

  • 宗甫の皇太神社

    印西市宗甫(そうほ)に、小ぢんまりとした皇太神社がある。千葉ニュータウン(住宅地)の外れにあり、近くには竹林、隣は保育園、道を挟んだ向かい側に牧の原公園がある。 敷地は約300坪。鳥居は真新しい。『宗甫皇太神宮記念碑 鳥居建立寄進者御芳名』として14人の名前が記されており、平成二十八年(2016年)建立したとあった。社の左手には庚申塔など10基が並んでいた。 宗甫は江戸時代、「惣深の陣屋に伺候していた漢...

  • キジを初めて見た

    印西市で時折、キジを見かけた。郷土玩具「きじ車」(福岡、熊本など)を見たことあるのに、キジは初めて見た。しばしば畑に来る。 オスは体長80センチ、ニワトリ大と聞いたことある。「ケーンケーン」という鳴き声は聞いたことがない。メスがいないためだろうか。日本の国鳥だが、狩猟が許される鳥。 休憩していたキジをカメラに収めた。15メートルぐらいはあったろうか。数枚ぐらいは撮ったが、ピンボケ写真は同じだった。後...

  • 早春の印旛沼公園

    3月31日、印西市師戸(もろと)の県立印旛沼公園に行ってきた。西印旛沼に面してある。230本あるソメイヨシノやヤエザクラがあるが、ソメイヨシノは散り初め。予想外に早いと感じた。 ぶらぶらしていたら「師戸城跡模式図」があった。読んでみると、印旛沼の対岸にある臼井城の支城のひとつで、14世紀に築かれたとみられ、現存する形になったのは16世紀の中頃と推定される。1590年(天正18年)、豊臣氏による下総攻略で、臼井...

  • 1973年に建てられた開拓記念之碑

    草深稲荷神社(印西市草深)から西へ5分程のところに原青年館があり、『開発記念之碑』がある。千葉ニュータウンの造成に伴うもので、船穂開拓農業協同組合によって1973年2月に建てられた。1945年、印旛飛行場跡地の開拓から28年。船穂開拓農協の組合員約90人にはどのような思いでいただろうか。 1945年11月、緊急開拓事業実施要領に閣議決定され、時を同じくして印旛飛行場跡地に開拓の槌音が響いた。終戦直後の食糧難の時...

  • もう一度行った大師堂

    もう一度、丸山観音堂(印西市草深)へ行った。図書館で調べていると、丸山観音堂の横に大師堂があり、89体の大師像が奉っているらしい。「あれが大師堂だったか」。歩いてそこに向かった。 石段を上がってみると、大師堂はあった。カギがかかっている。のぞいてみると、大師像は整然と並んでいた。3段あり、約15センチはあっただろうか。大師堂の中は薄暗いままだったが、スマホのレンズはすぐれものだった。 1860年代、備後...

  • 丸山観音堂と草深稲荷神社

    印西市をぶらぶらしている。旧・草深小(そうふけふれあいの里)に隣接したところに丸山観音堂(1枚目)がある。1778年(安永7年)、香取信賢によって創建された。この観音堂には1803年(享和3年)、俳句52句が納められた「雑俳額」が奉納されている。境内では、香取利彰が1823年(文政6年)に建てた「草深野鹿の碑」(2枚目の左端)があり、利彰の師、富小路貞直の短歌「草ふかき……」などが刻まれている。 実は、千葉県公...

  • 矢切にあった野菊の墓文学碑

    中学生の頃、『野菊の墓』(伊藤左千夫)を読んだことある。政夫と民子のはかない恋、民子の悲劇的な結末……。同世代の若者が深く思いあっていると知り、感動した。近くに野菊の墓文学碑があると聞いて出かけた。 松戸市下矢切、西蓮寺裏の境内にあり、「僕の家といふは、矢切の渡しを東へと渡り、小高い岡でやはり矢切村と云っている所」という書き出しで始まる。門人の土屋文明、地元有志に建てられた。碑には「昭和三十九年十...

  • 9年前に消えた草深原

    印西市に民話がある。その一つに「草深原の狐」があり、菓子屋が狐に化かされる話で、印西牧の原駅の南北両口に掲示してある。昔のことと勘違いしていたが、草深原(そうふけっぱら)をネットで見つけた。ジョイフル本田(複合スーパー)の北側のあたりで、UR千葉ニュータウン(県有地)が2014年建設、業者が住宅地を建設した。つまり草深原は9年前に消えたのだ。 学術的な貴重な自然環境であったようだ。毎日新聞によると、「...

  • 北総鉄道の沿線にあった市川歴史・考古博物館

    市川市堀之内の市川歴史・考古博物館に行ってきた。ネットで北総鉄道の観光案内を見ていたら、北国分にある。北国分からは歩いて数分かからない距離と聞いて、それでは行ってみようとなった。 歩いて10分の歴史博物館にはあった。設立趣旨に「首都東京に隣接する地域として近年急激な都市化が進み、昔の人々の生活を理解していくために必要な多くの資料が消失しつつあります」とあった。30年近く前、市川に住んでいたことある。...

  • 印旛飛行場の『平和の碑』

    昨年12月、千葉県印西市に印旛飛行場の無蓋掩体壕を紹介したが、そこから10分(自分の足では20分)の西の原公園に飛行場の記念碑『平和の碑』がある。併設されている『印旛地方航空機乗員養成所 陸軍飛行第23連隊 印旛飛行場』によると、1942年、印旛地方航空機乗員養成所を設置、1944年、戦局の悪化により陸軍飛行第23連隊を配置し、首都や硫黄島、北九州の防衛、一部は特攻隊として出撃したと言われている。 滑走路は2,000...

  • 印西に来て1年

    千葉県印西市に引っ越してから1年がたった。会社員を辞め、だらだらと過ごした。この1年間、東京に行ったのは9月17日、羽田空港に向かった時だった。 ただ一つやったことはウオーキングをしていたことだ。1日平均3.8キロ。6月から杖を持たずに歩いていた。犬に吠えられずに済んだ。 写真は印西牧の原駅すぐそばのメタセコイア並木。道に落ち葉が落ちている。福岡ではこんな道はない。...

  • 10か月ぶりの福岡、宮崎

    9月17-22日、ほぼ10か月ぶりに福岡、宮崎まで行ってきた。18、19日は台風14号直撃のため、19日は延泊した。両日とも昼・夕食を食べになった以外は、テレビを見て過ごした。ソフトバンクがオリックスに3連敗した時が痛かった(野球)。 20日はようやく宮崎。21日は小林市の生駒高原(写真)に行ったところ、コスモスはまだ咲いていなかった。10月は待たないと咲かないらしい。...

  • 久しぶりの千葉県丸山町

    先月、千葉県南房総市のローズマリー公園(写真)に行楽で行った。1995年暮れ、久しぶりの訪問で、この時は旧丸山町で仕事だった。 丸山町は88年、「風車とローズマリーの里」づくり構想に着手した。町で灌漑用に活躍していた風車を再現、ローズマリーは、原産地の地中海沿岸と似た気候を生かして栽培するという。91年はローズマリー公園が開園した。ローズマリーの取材だった。 あれから27年。あたりを見まわしたが、風車がな...

  • 松虫寺

    「紫陽花の咲いている寺に行こう」。家族の勧めに応じて千葉県印西市松虫の松虫寺に行って来た。松虫寺は745年(天平17年)創建。行基が立てたと言われる。 松虫寺の謂れは、聖武天皇の皇女松虫姫が難病にかかり、東国に行って祈れば、願いは叶うと言い伝えによる。行基はお付きとして従い、寺を建てさせた。聖武天皇は松虫寺と名付けさせた。 行基の年表に見ていると、743年は大仏建立委嘱を受ける、745年は大僧正に任命され...

  • 印西市にあった宗像神社

    千葉県印西市を歩き回っていると、宗像方面に向かうバスに巡り合う。まさか福岡県宗像市や宗像大社に関連はないだろうと思い、ネット検索で「印西市 宗像」を調べてみた。同市船尾に宗像神社があったので、行って来た。 こじんまりとした神社だった。にもかかわらず境内社の3社もあった。宗像神社の由緒板には「大社は福岡県宗像市に鎮座する『宗像大社』であります」と書かれていた。予想は外れた。 改めて調べてみた。印旛...

  • ZOZOマリンスタジアムで観戦

    野球ではソフトバンクホークスを応援している。5月7日、千葉市美浜区のZOZOマリンスタジアムに行って来た。長男のお陰で畳敷きの「お座敷ボールパーク」で観戦した。PayPayドーム(福岡市中央区)ではあまり見ない。 ちなみに20安打、16点の猛攻でホークスは勝った。...

  • 吉高の大桜、佐倉ふるさと広場に行って来た

    4月9、10日、印西市の「吉高の大桜」、佐倉市の「佐倉ふるさと広場」に行って来た。いずれも暑かった。 吉高の大桜は、山桜。木の高さ10メートル以上、樹齢300年と言われる。 佐倉ふるさと広場は、約80種、55万本のチューリップは植えられている。 大桜を見に行くために坂道を上った。ふるさと広場ではデコボコ道を通った。杖を突いてても大丈夫だった。...

  • 弁当

    一昨年、夕食のために弁当を持っていた。コンビニで選べない。そもそも金もない。そこで夜の残り物や冷凍食品を詰め込んだ。この頃、夜勤が多くなっていた。...

  • 印西市の無蓋掩体壕

    千葉県印西市の無蓋掩体壕に行ってきた。戦時中、米軍の爆撃から飛行機を守る構造物で、1941~45年、印旛飛行場(逓信省航空局の印旛地方航空機乗員養成所、1944年頃から陸軍の首都防衛を果たした)の滑走路脇から見つかったもので、高さ約3㍍、幅約20㍍。小型の飛行機ならば、格納できる。上は木で覆ったのだろう。 関東に引越した。コメントありがとうございます。...

  • 下関港沖の海底に眠る?100㌔の金塊

    脳梗塞で倒れる前、こんな記事を準備していた。金塊100㌔が埋まっているとの情報らしい。どう転んだか不明だ。 ◇ 下関港(山口県下関市)の海底に金塊100㌔が沈んでいるとの情報を見つけた。今から45年前の1976年8月、韓国へ金密輸を図った同国の鮮魚運搬船が税関に気付かれ逃走、証拠隠滅のため、積んでいた金塊を海中に投棄したという。本当に100㌔もの金塊を投げ捨てたのか、眉唾にも思えるが、摘発した門司税関が計6度、延...

  • 室見川河口のオイルフェンス

    福岡市の室見川河口のオイルフェンスが設置されている。先月28日、パナマ船籍の貨物船「レディーローズマリー」が博多湾防波堤に衝突して乗り上げた。流失した油が漂っており、オイルフェンスが予防のためだろう。 昨年8月、脳梗塞で倒れた。右半身の麻痺のため、ここまで書き上げるのに2時間。コメントありがとうございます。ご容赦ください。...

  • 舞鶴公園の5号堀にまたも異変

    福岡市中央区の舞鶴公園5号堀で、水草が異常に繁茂し、水面を覆い尽くしている。しかも、この水草が枯れ始めていることから堀全体が茶色で、とても水堀には見えない状態だ。この堀は秋から冬にかけては、アカウキクサに埋め尽くされて真っ赤に染まる。3年前の8月には、アオコの発生が原因で、450匹あまりのコイやフナが酸欠死したこともあった。これ以来、5号堀からは魚の姿が消えた。福岡城址の舞鶴公園には、明治通りに沿...

  • 補習をさぼり人吉の図書館で過ごした高2の夏

    JR肥薩線(八代~隼人)が、令和2年7月豪雨で二つの鉄橋が流出するなど大きな被害を受け、八代~吉松間が不通となっている。全線が非電化単線の典型的なローカル線だが、明治、大正時代の鉄道施設が数々残り、近代化遺産、産業遺産とも呼ぶべき路線でもある。一方で、過疎化により、平均通過人員(1㌔当たりの1日平均利用客)はJR九州の全路線の中でワースト、年間の赤字額は全線で12億円近くにも上っていた。その状況下で壊...

  • インカ・ショニバレの『桜を放つ女性』

    1年ぶりに福岡市美術館内をぶらぶらしたところ、私には理解しがたい現代美術が並ぶ一角に、ずいぶん派手な作品が展示され、異彩を放っていた。色鮮やかなドレスをまとった女性がライフル銃を撃つ場面を表現したものだが、銃口から飛び出しているのは満開の花を咲かせた桜の枝で、女性の頭部は地球儀になっている。インカ・ショニバレさんという英国の現代美術家の作品で、タイトルは『桜を放つ女性』。 昨年春、国内初となるシ...

  • ベスト電器西新店、8月末で閉店へ

    福岡市早良区西新4丁目にあるベスト電器西新店が8月末で閉店することが決まり、現在、完全閉店セールが行われている。「完全閉店」とわざわざ銘打っているぐらいだから、建て替えではなく、この場所から撤退するのだろう。プリンターのインクや電球、メモリーカードなど、急ぎで必要な品を買うのにかなり重宝していた店だった。型落ちの家電が結構な安値で売られていることもあり、単身赴任準備のために掃除機や冷蔵庫などを買...

  • 貝塚公園のSL9600形、今年で満100歳

    福岡市東区の貝塚公園で、愛称 SL9600形の49627号機が保存、展示されている。「キューロク」の愛称で親しまれた大正時代の主力機関車で、49627号機は1920年(大正9年)に製造されたというから、今年で満100歳になる。現役時代は筑豊地区で石炭列車を牽引するなど活躍、68年に廃車となると同時に、貝塚公園で余生を送ることになった。それから半世紀以上がたった今も、堂々たる姿をとどめてはいるが、塗料はあちこちはげた状態だ...

  • 大濠花火大会復活の可能性は

    先日、久しぶりに福岡市中央区の大濠公園に行き、観月橋や舞鶴橋の写真を撮ってきた。何の変哲もない写真を今さらとは思ったが、今月初めに取り上げた名島橋と名島川橋梁について調べた際、大濠公園にある5基の橋のうち、4基も昭和初期の1927年完成で、福岡市内では有数の古い橋だと知って急に興味を覚えたのだ。(写真は1、2枚目が観月橋、3枚目が舞鶴橋) 5基の橋とは、池の中央にある中島に架かる観月橋など4橋と、黒...

  • 「洪水との共生」など世迷いごとでは

    幼児の頃の私は、近隣では「変な子供」として有名だったらしい。高校生ぐらいの時、親族が爆笑しながら教えてくれた。変だと思われた理由は、毎日、ヘルメットを帽子代わりにかぶって遊び回っていたからで、その頃の写真を1枚だけ持っているが、確かに変だ。このヘルメットは、当時人気だった特撮番組『忍者部隊月光』(1964~66年の放映)のキャラクター商品で、番組の大ファンだった私は若い叔父にねだりまくって買ってもらっ...

  • 消えゆくランドマーク、西日本シティ銀行本店

    解体前に写真を残しておかなければ、と思いながら、つい後回しにしていたJR博多駅前の西日本シティ銀行本店ビルの写真をようやく撮影してきた。1971年に旧福岡相互銀行の本店として建設された建物で、設計は、世界的にも著名な建築家、磯崎新氏。博多駅前のランドマーク的存在だった。西日本シティ銀のニュースリリースには、6月から解体開始とあったので、「機会を逃したかもしれない」と一抹の不安を持って現地に向かったが、...

  • 博多2020、山笠のない夏

    例年ならば博多の旧市街をはじめとする福岡市内の各所に飾り山笠がお目見えし、間もなく舁き山笠も動き始める季節になった。しかし、今年は新型コロナ禍で博多祇園山笠の開催自体が延期となり、博多の街はどことなく沈んだ雰囲気だ。唯一、櫛田神社の飾り山笠だけが新たに制作され、7月1日にお披露目されたが、標題は、表が「清正公虎退治誉」、見送り(裏)が「桃太郎鬼退治誉」。どちらも「退治」なのは、言うまでもなくコロ...

  • 湾鉄の遺産、西鉄名島川橋梁

    福岡市東区の貝塚公園に写真撮影に行き、近くの多々良川河口に架かる国道3号線の名島橋も見てきた。この橋を渡ったことは数限りなくあるが、徒歩で渡ったのは多分初めてではないかと思う。1933年(昭和8年)に完成した7連アーチの鉄筋コンクリート橋で、一昨年には国の登録文化財ともなっている。長さ約204㍍で、幅はなんと約24㍍。車道は片側3車線を取ることができ、両側には広い歩道もある。この橋が還暦を迎えた1993年頃...

  • 宇佐神宮で余生を送る『しあわせなクラウス』

    以前、大分県宇佐市の宇佐神宮に参拝した際、参道脇にSLが展示されていたので、写真に収めてきた。「神社になぜ、SLが?」と一瞬不思議に思ったが、傍らにあった説明パネルを読み、これが名高い『しあわせなクラウス』だとようやく気付いた。「クラウス号」こと26号蒸気機関車(以下、26号)は、明治時代の九州の鉄道草創期を駆け抜けた車両の唯一の生き残りで、漆黒に輝く車体を見るだけで、今でも非常に大事にされていることが...

  • 日田彦山線復旧、BRT転換で決着

    JR日田彦山線(城野~夜明、68.7㌔)のうち、2017年7月の九州北部豪雨で被災し、不通が続いていた添田(福岡県添田町)~夜明(大分県日田市)間の約29㌔が廃線となり、BRT(バス高速輸送システム)に転換されることが事実上決まった。被災区間の沿線自治体(添田町、福岡県東峰村、日田市)の中で、唯一、鉄道での復旧を強硬に訴え続けていた東峰村が涙をのんだ形だ。「村の宝を失った」と、東峰村では悲嘆や不満が渦巻いてい...

  • 考古学の不可解さが詰まった那珂八幡古墳

    先日、福岡市博多区竹下を歩き回った際、近くにある前方後円墳、那珂八幡古墳を5年ぶりに見てきた。昨年、市埋蔵文化財課が1985年以来の発掘調査を行い、古代史の定説に一石を投じる発見があったと報じられていたが、いったいどこを掘ったのだろうと思いながらも、なかなか行く機会がなかった。現地に立ってみると、今まで埋蔵文化財課のプレハブ倉庫(那珂整理室)があった場所がきれいな更地に変わっていた。ここは古墳の前方...

  • 博多区竹下に今も残る旧・雇用促進住宅

    福岡市博多区竹下に所用で行ってきた。小学校3、4年生だった1970年代に2年程住んでいたことがあるが、この街の小学校では、担任だった中年女に徹底的に嫌われ、不愉快な思い出しかない。竹下には二度と足を踏み入れる気はなかったが、遊び場だった神社が福岡平野では最古の前方後円墳だったことを偶然知り、2011年、確認のため禁を破った(「遊び場だった那珂八幡古墳」)。古墳以外でも弥生時代の遺跡などが近辺には多く、そ...

  • 稼働を待つ朝倉の水車群

    福岡県朝倉市の直売所に農産物を買いに行き、ついでに今月17日からの稼働を始める「菱野の三連水車」を見てきた。今年は5年に一度の作り替えの年に当たるらしく、水車はまだ骨組みの状態で、周囲には水を汲み上げるための柄杓など真新しい部品が積まれていた。新聞やテレビでは三連水車の話題しか取り上げられないが、ほかに久重、三島の二連水車が近くにはある。これらの水車群と、筑後川の水を供給する堀川用水は1990年、セッ...

  • 団地の公園みたいな板付弥生のムラ

    福岡市博多区にある板付遺跡は、我が国で稲作が始まった弥生時代初め(紀元前4世紀頃)の集落跡として全国的にも有名な遺跡で、1976年には国史跡に指定され、1995年6月には環濠集落を復元した史跡公園「板付弥生のムラ」が全面オープンしている。環濠集落のほかにも、水田や用水路、ガイダンス施設などを備えた立派な施設なのだが、全体の広さは2万8,000平方㍍弱と、佐賀県の吉野ヶ里歴史公園(広さは100㌶超)などに比べれば...

  • 油山市民の森リニューアル、まだ模索中

    新型コロナ感染拡大による緊急事態宣言が解かれ、福岡市でも図書館や博物館、美術館などがようやく再開した。ここに至ってもアベノマスクが届いていない世帯がいまだに多い様子だが。それはともかく、駐車場が閉鎖されていた油山市民の森も利用可能になったので、一帯を散策し、中央展望台から福岡市街地を眺めてきた。ただ、感染防止のため、中央広場のベンチやキャンプ場、アスレチック、草スキー場は今なお閉鎖中で、平常の姿...

  • 聖福寺に伝わる「伝」頼朝像の模写

    先日、山川出版から出されている高校日本史の教科書『詳説日本史』(2010年改訂版)をめくってみた。私たち中高年が源頼朝の肖像画だと習ってきた京都・神護寺所蔵の絵画(国宝)を巡り、足利尊氏の弟、直義を描いたものだとの新説が出され、論争が続いている。教科書はどう扱っているのだろうと、ふと疑問を覚えたのだ。ところが、問題の肖像画は掲載されていなかった。それどころか、登場する歴史上の人物の肖像画自体がほとん...

  • 本当に始まった福岡城潮見櫓復元

    福岡市中央区にある福岡城潮見櫓跡地で、工事が行われている。跡地が工事用フェンスで囲われ、潮見櫓の石垣保存修復工事を告知する看板が立てられていることを先日「福岡城潮見櫓の復元、ようやく着工?」の中で紹介したが、その工事が始まったものとみられる。工事予定地内の樹木伐採もすでに終わり、明治通り側から見た櫓跡地は、妙にすっきりした状態になっている。(写真1枚目が今月12日、2枚目が22日撮影。3枚目が城内側...

  • 黒門の馬頭観音と愛宕の馬市

    福岡市中央区黒門は、藩政時代にあった実在の門から名付けられた地名で、1963年に行われた町界町名整理により、新大工町、西唐人町、大濠町の3町を統合して誕生した。ただ、少し不思議なのは、黒門があったのは明治通りを挟んだ現在の荒戸3丁目、数年前まで『黒門飴』の板谷商店があった辺りで、近接してはいるものの、全く別の町に黒門の名を付けたことになる。黒門は幕末、暗殺予告の斬奸状が張り出されていた場所で、この...

  • 福岡城潮見櫓の復元、ようやく着工?

    福岡市中央区の舞鶴公園お堀端にある潮見櫓跡地がフェンスで囲われている。フェンスの一角には、石垣の保存修復工事を告知する看板が立てられ、工事期間については「令和2年2月27日から令和3年8月31日まで」とあった。また、看板の横に掲示されているB4サイズの紙には、今年から潮見櫓の復元工事に着手するが、そのために13本の樹木を撤去すると書かれていた。福岡市が2014年に策定した『福岡城跡整備基本計画』では、潮見...

  • 大濠公園の日本庭園、美術館と一体整備へ

    福岡市中央区の大濠公園の一角に日本庭園がある。長く福岡市に住んでいるので、存在ぐらいは知っていたが、風流などとは全く無縁の人生を送っているため、足を踏み入れたこともなかった。昨年、好天に誘われて大濠公園を散策した際、ついでだからと初めて入園してみたのだが、園内は想像以上に広大で、木々が多いのに驚いた。大濠公園は市民にとって、ランニングや散策、サイクリングなどを楽しむ活動的な空間だが、庭園内だけは...

  • 犬、猫の殺処分、福岡も劇的に減っているが…

    私が住んでいる福岡県は、犬、猫の殺処分が全国でもとりわけ多いことで悪名高い自治体だった。2008年までは、ほぼ毎年のように全国ワースト。県や福岡市もさすがにこれを恥じ、飼えなくなった犬、猫の引き取りを有料化することで、不名誉な1位を返上することはできたが、それでもワースト上位には現在も名を連ねている。引き取り手数料は、犬、猫ともに生後91日以上が2,000円、未満が400円。今も殺処分が多いのは猫、しかも大半...

  • 白昼暴れる北崎の幽霊

    福岡市西区北崎にちょっと変わった幽霊話が伝わっている。戦前に出版された『伝説の糸島』(鷹野斜風、糸島新聞社、1933)で読み、笑ってしまった。恨みを抱えて死んだ老婆が凶悪な幽霊となり、住民らに復讐する話。こう書くと、笑える要素はないようだが、老婆の幽霊が出てくるのは、なぜか白昼で、しかも復讐と言っても誰かを取り殺すわけではなく、ひたすら大暴れするだけなのだ。(北崎は1961年に福岡市に編入されるまでは、...

  • 同姓同名候補、過去にあった茶番劇

    先日行われた衆院静岡4区補選に、2人の田中健さんが立候補していることに目を疑った。最初に野党統一候補の田中さんが名乗りを上げたところ、案分票の出方を見る実験だとして、NHKから国民を守る党が敢えて同姓同名氏を擁立したという。2017年1月の佐賀県唐津市議選に2人の青木茂さんが立候補した際、興味を覚えて過去の事例を調べたことがある。同姓同名候補は、普通は偶然の産物だが、茨城県那珂湊市(現在は合併で消滅)...

  • 特異な事件再録<2>現職警官の犯罪

    特異な事件を取り上げた記事を再録する試みの第2弾。今回は、福岡県警の現職警察官による犯罪を題材にした2本をまとめてみた。(写真は福岡県警本部) 警部補が拳銃強盗、信金に押し入る 1988年5月27日の白昼、福岡県警の現職警部補(当時46歳)が、自分の拳銃を持って佐賀県鳥栖市の信用金庫に押し入り、現金280万円を奪う事件が起き、大騒動となった。幸い死傷者こそ出していないが、威嚇のため発砲さえしている。犯行...

  • 外来種?のアカウキクサ除去

    福岡市中央区の舞鶴公園で先日、最も西側にある5号堀の水面を埋めていた、恐らくは外来種のアカウキクサを除去する作業が行われていた。水鳥が運んできたのか、2000年代の初め頃から、舞鶴公園のお堀では毎年、アカウキクサが繁茂するようになった。特にこの数年は、真っ赤に染まる5号堀が秋から冬にかけての風物詩ともなっている。わざわざ除去するのは十数年前、地面と間違った小学生が転落する事故が起きたためで、水面が見...

  • 特異な事件再録<1>見捨てられた子供たち

    1966年に起きたマルヨ無線事件に興味を覚えて以来、古い事件を題材にした記事を一時期、よく書いていた。しかし、飽きやすい性格のため、最近は興味を失い、過去に書いた記事の一部は公開を取りやめてもいた。それらの記事を読み返してみると、特異な事件を取り上げたものがあり、何本かをまとめて紹介することにした。いずれも約半世紀前の事件で、時代を感じるものもあれば、同じような事件が今も起きているものもある。 3歳...

  • 猿田彦神社でコロナ退散祈願

    仕事帰りに寄り道をして福岡市早良区藤崎にある猿田彦神社に参拝してきた。新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言が出されている中だけに、「何をのんきに!」と非難されるかもしれないが、コロナ退散を祈願してきたのだ。この神社で、庚申の日に授与される猿面は「災いが去る」と言われる縁起物だが、疱瘡(天然痘)除けの民間信仰が起源との話もある。こじつけは承知だが、コロナは新たな災いであり、天然痘と同じウイルス感染症...

  • 二つの稲荷神社、松山神社と杉山神社

    福岡市早良区西新2丁目に、似た名前の神社がある。松山神社と杉山神社。二つの神社の存在を知った時、なぜ同じ町内に同名の神社があるのだろうと不思議に思ったが、よく見たら一字違っていた。両神社とも小さな稲荷神社で、特に松山神社の方は鳥居と小さな祠があるだけのささやかな社だが、規模に似合わない大きな看板が掲げられ、「九州で一番古い稲荷神社」を名乗っている。元寇関係の文献に同神社の名前が出てくるというのが...

  • 藤崎の旧名は「富士見崎」?

    福岡県糸島市にある可也山は、円錐形の姿をした美しい山で、糸島富士、筑紫富士などの異名もある。独立峰のため、写真では結構な高さに見えるが、実際の標高は365㍍。本家の10分の1程度だ。山容は、東側の福岡市方面から見た方が美しいとも言われ、福岡市西区には富士見という町がある。現在は「富士見」と付く地名は市内に他にないが、早良区藤崎が昔、富士見崎と呼ばれていたとも言われる。本当なのだろうか? 情報元は、福...

  • ヒルコと恵比寿さんが同一だったとは

    以前、福岡市博多区麦野を通った際、「稚児恵比須神」という小さな神社を見掛け、参拝してきた。境内にあった「稚児えびす神の由来」に面白いことが書かれていた。「蛭児尊は恵比須神の前の御名で伊弉諾尊の第一の御子として、七福神の内の御一人であり、幼児の守護神として…」。詳しい人にとっては常識なのかもしれないが、蛭児(ヒルコ。蛭子とも書く)が恵比寿さんと同一の存在として扱われていることを恥ずかしながら初めて...

  • 宮地嶽古墳、被葬者は胸形か阿曇か

    以前、福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の見学に行った際、家族が「嵐のCMに出ていた光の道の場所にも行ってみたい」と言うので、そのCMが撮影された同じ福津市内の宮地嶽神社に立ち寄った。この神社にも宮地嶽古墳という7世紀に築造された古墳があり、神社の奥宮となっている。新原・奴山古墳群は2017年7月、世界遺産に登録された「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産の一つだが、同古墳群も宮地嶽古墳も同...

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