飯縄山の山麓、飯綱高原の大坐小屋の管理人をやって、はや15年近く。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されたので、7月3日、4日、久しぶりに連れ合いと梅雨時の風通しに行ってきました。 この時期の小屋は、わさわさと緑に覆われている
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養老山地というと、東側の養老町が養老の滝周辺から始まる登山道を整備しているので、観光地的な印象が強いかもしれない。しかし、最高峰笙ヶ岳(908m)は西側の大垣市上石津町寄りにあり、観光地の賑わいから離れ、自然なたたずまいを残している。そして
ぼっちの管理する飯綱高原の大坐小屋は、1960年代に開発された(あまり人気のない)別荘地の中にある。植林されたカラマツと、その後侵入した天然木が混生。2019年の台風19号では、カラマツが電柱をなぎ倒したりして大変な思いをした。その影響もあ
山馬鹿ぼっち、といいつつ、火山について、全く無知だったことを知らされた。この機会に、「お山の勉強室」として、火山はどうしてできるのか、一緒に勉強しましょう (ロ。ロ)/<参考書:藤岡換太郎著『山はどうしてできるのか』(講談社 ブルーバックス
昨年2021年に取り組んだ「越前の山巡り」、登り残しの山の中で最も心残りなのが越前甲(えちぜんかぶと:1,320m)。九頭竜川から立ち上がる鷲ヶ岳(769m)、浄法寺山(1,053m)から東北に続く福井・石川県境稜の奥にそびえる溶岩円頂丘の
6月13日「白山〜祈りの道をたどる旅」NHK BS1で再放送
梅雨を迎え、夏山シーズンも間近か。NHKで昨年放送した「白山〜祈りの道をたどる旅」が、下記のとおりBS1で再放送(4回目)されます。僭越ながら矢部華恵さんをご案内する役で、ぼっちも出てまいります。梅雨で山に行けなくてもんもんされている方、夏
6月5日(日)は、福井県の野坂山地の横谷川支流甲森谷での地元の山の会の沢登り講習会。リーダーIさんはじめ11名が参加。甲森谷には、日本有数のカツラの巨木群があるそうで、久しぶりに「巨木に会う」のも楽しみであります。横谷川の林道脇に駐車し、リ
ぼっち地元の山の会では、恒例で夏山や沢登りのシーズンを前に、登攀訓練を実施。今年は、5月28日(土)伊木山、29日(日)は高木山で開催。ぼっちは伊木山に参加。 伊木山は各務原市の木曽川沿いに立ち上がる標高173mの独立した低山で、
山仙人をめざす山馬鹿ぼっちも、俗世界で忙しい週末がないわけではない。5月14日(土)は、時間も心も余裕がなかったけど、半日のとんぼ返りで京都へ。円空と関わりの深い天台宗について勉強するため、来週終了予定の特別展『最澄と天台宗のすべて』をどう
連休後半の5月3日〜5日は、ぼっち地元の山の会で、北沢峠をベースに、甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳集中登山の計画。Nu先輩をリーダーに、男性7名、女性4名の大所帯。新型コロナ対策で、ソロか2名用テント泊。この時期の南アルプスは初めてで楽しみであります
2022年ゴールデンウイーク前半は雨・晴・雨の予報。3年越しの懸案、県境稜線仙人窟岳経由での笈ヶ岳は、今年も断念。1日限定晴れの4月30日は、「飛騨百山」の登り残し、安房山に行くことに。 安房山(2,219.6m)は、信州中ノ湯と
瓢ケ岳は、美濃市と郡上市美並町にまたがり、標高1,163m。高賀山、今淵ケ岳とともに「高賀三山」と呼ばれる中濃地方背後の山塊を構成している。 円空は、寛文3(1663)年以降、当地(「円空デビューの地」)を幾たびも訪れ、背後にそび
4泊6日におよぶ「奥美濃」県境稜線縦走。長大なルートだっただけに、ブログの記事もそのままでは読みにくいので、「総集編」をまとめました (ロ。ロ)/(↓地図クリックで拡大。矢印は想定したエスケープルート。)〇偵察行202
((5)より続く)4月10日、「奥美濃」県境縦走の最終日。スギクラ手前の幕営地は標高約1,250mと前夜の冠山峠より150mほど高かったものの、吹かれることもなく無事夜明けを迎える。テントを撤収し、6:05 出発。地形図によると、まず標高約
((4)より続く)夜半から風が吹き荒れ。夜明け前に体を外に出したとたん、テントが風でぺしゃんこに。そんな激しい風が、空を磨いていったような快晴の朝。6:25冠山峠を発ち、冠山をめざす。無雪期なら1時間あまりのコースタイム。さて、積雪の今回は
3月11日(金)〜13日(日) 2泊3日テント泊で「奥美濃」県境稜線を、大ダワ〜土蔵岳〜三国岳〜美濃俣丸〜笹ヶ峰〜高倉峠と縦走。高倉峠〜能郷白山までの後半をねらいつつも、天候と予定が合わないまま桜咲く4月に。4月8日(金)〜10日(日)は、
伊吹山地から越美山地にかけての「奥美濃」県境縦走計画は、天候都合により3月11〜13日、土蔵岳から高倉峠までにとどまった。残る高倉峠から能郷白山の縦走を、3月26〜27日の週末で計画したけれども、26日に激しい雨に見舞われ断念。翌27日(日
「珍名の山ハンター」ぼっちとしては、700㎢ほどの面積に150あまりの山がひしめく国境の島に、珍名の山を探さない手はない。 対馬の地形図をにらんでいると、山名の特徴として「壇」の付く山と、「隈」の付く山が非常に多いこ
((7)より続く)ぼっちを登山口に送った後、連れ合いは島内をあちこち回ってたけど、登る山が多すぎて、島内観光はほとんどできなかった。それでも、20日下島の竜良山から21日上島の御岳へと移動する間に、こんなところを見て回りました。
((6)より続く)4日目の21日(月)、対馬の山旅最終日。連れ合いに送ってもらい、投宿した東横イン対馬比田勝から上島の主峰御岳登山口に向け、5:00出発。国道沿いの御岳公園脇から林道に入った先、鳥居のある御岳登山口を6:30に出発。&nbs
((5)より続く)対馬の山旅、次なる山は龍良山(558m)(<メモ>参照)。対馬観光物産協会『対馬トレッキングガイドブック』には、この山について以下のように記されている。「対馬南部、厳原町内山の龍良山には、極めて自然度の高い照葉樹林が約90
((4)から続く)白嶽登山後は、厳原の宿坊西山寺に投宿。精進料理の朝ごはんの前に、夜明け前に白嶽のやや北、浅茅湾に面した古代の山城、金田城のあった城山(276m)へ。金田城については、手抜きして対馬観光物産協会のパンフレットを引用させてもら
((3)から続く)白嶽(しらたけ)は、下島の北方に位置し、標高518mながら、雄嶽、雌嶽二つの岩峰を突き立て、霊峰の風格を持つ。その信仰は、山の神大山祇(オオヤマツミ)と、対馬固有の天道信仰のカミ、タクズダマ(天道法師)が合わさったものとな
((2)から続く)有明山から下山し、ホテルに戻る途中に対馬市役所がある。広域合併する前の厳原町役場を利用したもの。その右手に見える大屋根が、4月にオープン予定の対馬博物館。市役所と博物館の間の道を入ると、金石城跡や、朝鮮通信使歴史館、そして
((1)から)2日目の19日(土)、いよいよ対馬の山巡り開始。最初は、対馬の中心地、厳原(いづはら)の背後にそびえる清水山(210m)から有明山(558m)へ。 ホテルから夜半に降った雨の気配の残る街に出る。西国だけに夜明けは遅い
「WALKあばうと日本4000山」というタイトルながら、新型コロナウイルス禍で、長い間流離(さすら)えていなかった。ようやく、3月18日〜21日、はるか国境の島対馬(つしま)まで山旅に出かけることに。 長崎県対馬は、沖縄島、佐渡島
((2)から続く)最終日3日目の13日(日)、テントを撤収して6:00出発。美濃俣丸に向け標高を上げながら振り返る。黒いブナの樹林帯が昨夜のテント泊地、その向こうに長い長い県境稜線。もう土蔵岳方向は見えない。文字通り白く丸い美濃俣丸の山頂に
((1)から続く)12日は、やや雲の多い夜明け。ブナの巨木たちにおはようを言って、6:00出発。今日こそ行けるところまで行かねば。。まずは、滋賀・福井・岐阜県境にあたり、伊吹山地と越美山地の境界でもある三国岳(1,209m)をめざす。地形図
伊吹山地から越美山地に続く岐阜・滋賀・福井県境の山々を、岳人は「奥美濃の山」と呼び、愛してきた。千m台ながら、冬の日本海の季節風をまともに受け豪雪に半年覆われ、人口密度も極端に少なく、登山道がない山も多い。そんな冒険心そそられる山々を『岐阜
山馬鹿ぼっちの弱点は、もくもく体力勝負で登るばかりで、クライミングとか山スキーとか技能がないこと。山スキーについては、2011年に買っていざ! という時に東日本大震災が発生し、以来大坐小屋の押し入れにしまったまま。そんなことを話していたら、
伊吹山地から越美山地にかけてのいわゆる「奥美濃の山」を登ってきて、やってみたくなるのが、県境の大縦走。土蔵岳から取り付き、三国岳、夜叉ケ池、三周ヶ岳、美濃俣丸、笹ヶ峰、金草岳、冠山、若丸山、スギクラ、磯倉を経て能郷白山に至る長大なルートで、
2月19日、20日の週末は、天候不順で登山計画は中止。ぼっちが、3週間も山に行かないのは、考えてみればずいぶん久しぶり。そんな週末を、こんなように過ごしておりました。 2月19日(土)昼間は、山関係の原稿書き。大事なご依頼なので、
温暖化が急速に進むのを実感するこの数年、久しぶりに豪雪の冬がやって来た。大坐小屋の雪の積もり具合の参考にしている戸隠スキー場の積雪量(※)は、2m50�超え。そろそろ小屋の雪下ろしをしなくてはと、2月5日、6日に行ってきました。※以前は、飯
ぼっち地元の山の会「大垣山岳協会」は1959年に創立され、「ハイキングからヒマラヤまで」をモットーとする山岳会であります。もっとも、いわゆる「奥美濃の山」がホームグラウンドなので、豪雪・激ヤブにしごかれ読図力を鍛えながらの冒険的登山が活動の
室生火山群を行く(2)−住塚山(1009m)、国見山(1016m)
((1)より続く)室生火山群めぐり、兜岳、鎧岳の次は住塚山(1009m)、国見山(1016m)へ。住塚山は、東側斜面にそそり立つ屏風岩が特徴的で、「屏風岩・兜岩および鎧岩」として国の天然記念物に指定されている。『大和名所図会』四巻には、「屏
2014年に三重県名張市から、名張川を国道368号線で遡り、奈良県御杖村へ入り369号線で曽爾村へ入り、青蓮寺川沿いを県道81号線(名張曽爾線)で名張市へ下る周回ツーリングをやった。この一帯は「室生火山群」と呼ばれる約1500万年前の火山活
局ヶ岳は、南は松阪市飯高町、北は同市飯南町にまたがる。伊勢からは局ヶ岳、白猪山(819m)、堀坂山(757m)が、裾野を引く円錐形の山が並んで眺められ「伊勢三山」と呼ばれる。この三山は伊勢湾からもよく眺められ、「伊勢の三星」として航行の目印
岐阜県の山は雪雲に覆われる1月。こんな時季は暖かい紀州や伊勢の山に足を運びたくなる。今回は、局(つぼね)シリーズとして、伊勢の局ヶ岳(1029m)と、局ヶ頂(311m)へ。 局ヶ岳は比較的よく知られた山だけど、局ヶ頂(つぼねがちょ
1月8日〜10日の3連休は、連れ合いはじめ家族と大坐小屋の雪下ろしに。温暖化の中、今年は比較的順調に順調に積雪し、初日の8日は1mあまりの屋根の雪降ろしを無事完了。小屋の周りにぐるりと雪の山ができた。 9日も青空。小屋の背後に飯縄
パフェ特集をしたきっかけで、抹茶パフェの歴史について調べてみたら驚くべき事実が! <京都の抹茶パフェ一号店は?>抹茶パフェ発祥は、京都というのが通説で、発祥の店としては三条の「京はやしや」説と、先斗町の「茶香房 長竹」説があるよう
京都が世界に誇るスイーツ「抹茶パフェ」(注)。「抹茶パフェおたく」ぼっちには新型コロナウイルスのおかげで京都に行けなかった期間は、切なく長い日々。この期間、パフェグラスやアイスクリームメーカーを買い込み、自作のパフェで、気を紛らしていた。試
1月3日は、毎年京都に初詣に行っていくのが恒例行事だけれど、昨年は新型コロナ禍で中断。今年は、流行は下火ながら、変異種オミクロン株の流行の兆しもみられるので、「密」を避けMTBジャイアン号で「初詣輪行」に。京都で数少ない無料駐車場「府立鴨川
1月1日は、地元山の会恒例で、金生山に初日の出を拝みに。金生山山上にある明星輪寺は、役行者が開基との言い伝えがあり、星宮神社と同様、虚空蔵菩薩を本尊としている。明けの明星は、虚空蔵菩薩のシンボルであり、寺の名もこれにちなむ。 6時
2022年 明けましておめでとうございます。約4000の山収録した日本最大の山岳百科辞典、日本山岳会編『新日本山岳誌』(ナカニシヤ出版刊)をバイブルに、本ブログを2011年1月1日に始めて12年目に突入。もはや登山は趣味を越え、人生修行その
2021年も歳の末、恒例の「WALKあばうと日本4000山」総集編いってみます (ロ。ロ)/オウ 年頭に立てた今年の目標は、次の3点。目標1 「『岐阜百秀山』勝手に普及委員会」の取り組みとして岐阜県に接する有人山小屋を全部回る 今
天王山登山は、昼過ぎに解散。午後のぽっかり空いた時間、K先生の新著『円空・人』を拝読したこともあって、長良川を遡行し、円空ゆかりの高賀山・瓢ヶ岳山麓の星宮神社へ。冬の長良川の流れは、ひときわ清く澄んで、心が洗われるよう。星宮神社は、長良川の
12月26日(日)は、山の会歳末恒例の登り納めで、美濃市の天王山(538m)へ。低山ながら、眺望よく、自然・歴史豊かで、疫病除けの牛頭天王にちなむ山名と、今年の登り納めにはぴったり。ちなみに低山の中から選りすぐった「岐阜百秀山」でもあります
12月5日(日)は、ぼっち地元の山の会で、左門岳(1224m)へ。左門岳といえば、昨年5月に70代と60代の夫婦が道迷い遭難し、銚子洞という、とんでもない場所で発見されたことで知られる。ご夫婦は、登山の数日前にYAMAPアプリをスマホに入れ
12月5日、越前の山巡り、永平寺門前で福井名物、おろしそば、ソースかつ丼でエネルギーを補給し、3山目の保田経ヶ岳へ。全国には、山頂に経を納めたなどのいわれのある、経ヶ岳、経ヶ峰、経塚山といった名の山が多くある。福井県は白山信仰の関係もあって
越前の山巡り(17)―大佛寺山(807m)〜仙尾山(826m)
吉野ヶ岳の次は、曹洞宗大本山永平寺の裏山ともいえる大佛寺山(807m)へ。登山口は、賑わう永平寺の門前町から南に入った白山神社の前を通る山道を上がった先にある永平寺ダム湖の奥。曹洞宗の開祖道元(1200−1253年)は、比叡山の弾圧を避け、
今年集中して巡ってきた越前の山々も、高峰から低山へと雪が日を追って降りてくる季節。日本海側では貴重な晴れ予報の12月5日(日)、九頭竜川中流域左岸に連なる、吉野ヶ岳(547m)、大佛寺山(807m)、保田経ヶ岳(765m)をハシゴしてきまし
ぼっちの同期Y君は、ボートやランニングで鍛えているエキスパートだけど、新型コロナ禍で活動もままならない。そこで『森の国水の国 岐阜百秀山』を読んでくれ、登山を始めたとのこと。光栄なことなんだけど、単独行で出かけた笙ヶ岳で、道迷いしかけたと聞
丈競山、浄法寺山周回し、竹田の里に下る。寒かったので近くの温泉を探したら、石川県最奥の名湯山中温泉が、福井県側からは至近。総湯(共同浴場)の「菊の湯」につかり、思わぬ得をした気分。 しかも、前から名前は知って気になっていた、全国有
急速に冬に向かう季節、11月28日(日)晴れ間を見つけて、越前の山巡りを続ける。今回は、石川県境に近い、丈競山(たけくらべやま:1045m)、浄法寺山(1053m)、冠岳(838m)を周回。 丈競山登山口は、竹田川上流にある龍ヶ鼻
「白山〜祈りの道をたどる旅」ご覧いただきありがとうございました
11月26日放送のNHK中部ネイチャーシリーズ「白山〜祈りの道をたどる旅」ご覧いただきありがとうございました。白山の自然の豊かさ、歴史の奥深さとともに、・日本が、有史以来山と関わり、世界に誇る「山岳文化」の華を開かせてきたこと・石徹白の方々
【特報】11月26日(金)昼11:30〜、夜7:56〜 NHKに出演します
本日 11月26日(金) 夜7:56〜 NHK名古屋放送局が中部北陸7県に放送の「中部ネイチャーシリーズ」で、「白山〜祈りの道をたどる旅」が放送されます。千年以上の歴史を誇る信仰の登山道「白山美濃禅定道」を、エッセイストの矢部華恵さんが旅人
平家岳(1,442m)は、越美山地岐阜・福井県境に位置する。この山の福井県側一帯は、かつて穴馬(あなま)と呼ばれ、平家の落人伝説も多く残されている。越前の山巡りも雪の降る前に追い込みをかけなくちゃということで、11月20日、Tuboさんと登
上宝 円空・播隆の足跡巡り(3)ー円空山(1436m)と禅通寺
((2)より続く)昭文社「山と高原地図」の『槍ヶ岳・穂高岳』に、円空山という山が記されている。焼岳の西、岩坪山(1,899.6m)から派生する1,436mのピークで、登山道はない。円空が仏像を多く残している一重ヶ根集落の禅通寺の裏山と言って
((1)から)播隆が当地を訪れ、本覚寺の住職椿宗に勧められた修行の地が「杓子の岩屋」。岩屋への道は、高原川の河岸段丘上にある本覚寺のある本郷の集落から岩井戸橋を渡り、国道471号線に入ってすぐの脇道。車だと、上宝ふるさと歴史館からこの入口ま
上宝 円空・播隆の足跡巡り(1)ー本覚寺・上宝ふるさと歴史館
「ほっと一息、ぎふの旅」県民割引を利用し、11月13日14日、久しぶりに連れ合いと奥飛騨温泉郷の福地温泉旅行を計画。福地温泉のある飛騨地方北東端の高原川・蒲田川流域は、2005年に高山市に編入される前は、吉城郡上宝村。旧上宝村は、黒部五郎岳
銀杏峰(1441m)登山を終え、部子山(1464m)に向かう。この二つの山は直線距離で2.3�くらいしか離れていないけれど、登山口は40�近く離れている。というのも、部子山は、山上に「能楽の里牧場」が開かれ、池田町側から山頂直下の駐車場まで
10月は、何かと公式行事が多かったけど、11月、12月は大雪の前に越前の山巡りに精出す予定。11月3日、文化の日は、温見峠越えで越前に入り、銀杏峰と部子山を巡り、冠山峠で戻る周回登山へ。 10月30日の蝿帽子嶺登山で通ったばかりの
新型コロナウイルスで県またぎの登山自粛が要請されたこともあり、低山での道迷い遭難が急増。そこで、10月30日(土)、�日本山岳会東海支部技術向上員会で「道迷い遭難を防ぐ」登山講習会を蝿帽子嶺にて開催。この山は、根尾村当時登山道が開かれていた
10月24日(日)は、大垣市民登山大会が鈴鹿山脈の竜ヶ岳で開催された。�ぼっち地元の山の会が、その運営にあたっており、「連絡係」として参加。例年は春と秋に開催されているけれど、新型コロナウイルスのため昨年、今春とお流れになっていた。緊急事態
ぼっちは、�勤め先関係の山岳会、�地元の山岳会、�日本山岳会と3つの山岳会に所属している。➀はほとんど活動休止中、�は地元岐阜県の道なき山などを中心に活動、�は主に登山技術向上や様々な情報収集を中心に活動。実際の登山は、山仙人
講演会後の懇親会も果て、われわれ東海支部関係者組5人は、西ノ京の「洋々」という町家でお泊り。町家の間取りを活かし、キッチンの備品もそろった、なかなか雰囲気のある宿でありました。 明けて16日の朝ごはんは、山屋らしく昨日食べなかった
10月15日は、日本山岳会京都滋賀支部で「野生の山へ〜北海道の山・奥美濃の山」と題する講演会をさせてもらうことに。関西山岳界に顔の広い東海支部のKさんにご縁を取り持っていただいた次第。新型コロナ禍で開催が危ぶまれてたけれど、9月末で緊急事態
10月10日は、ぼっち地元の山の会のドウの天井(1,333m)と明神山(1,136m)への「育成強化山行」。 ドウの天井は、二等三角点ながら地形図に山名は載っていない、かつては奥美濃を代表する奥深い山。しかし、1994年に揚水式の
姥ヶ岳(1,453.6m)は、能郷白山の登山口、福井・岐阜県境の温見峠の北西、福井県側に位置する。1970年に大野市に編入される前は、大野郡西谷村といい、温見、巣原、熊川など11の集落があったけれど、岐阜県側の徳山村と同様、高度経済成長期の
今年の山修行の二大テーマ その1「『岐阜百秀山』勝手に普及委員会」の有人山小屋に本をお届け登山を9月に終了。10月に入り緊急事態宣言も解除されたので、その2 「山の彼方の『越前の山』に登る」の取り組みを、春の8山に続き再開。9山目、秋山のト
2021年の夏山シーズン、岐阜県周辺の主要な山岳を巡り、登山スタイルの大変化に驚いた。主な変化は次のような点。 �ピッチが格段に高速化…例えば往復コースタイム15時間30分ほどの笠ヶ岳登山者の3分の1くらいが日帰りと
((3)に続く)最終日26日(日)、朝から小雨。暗いので、5:00出発予定を15分遅らせて三俣山荘を出発。帰路は巻道ルートを選択。このルートは初めて。高山植物や槍ヶ岳方面の展望など、本来楽しめる道なんでしょう。昨日まで存分に展望や紅葉を楽し
((2)に続く)25日(土)、3日目の朝も快晴。日の出前の5時、双六小屋を出発。中道ルート(注)で三俣蓮華岳を目指す。注:双六小屋〜三俣山荘間は、�双六岳、三俣蓮華岳山頂を経由する稜線ルート、�双六岳を巻き、三俣蓮華岳山頂を経由する中道ルー
((1)より続く)2日目の24日(金)は、小屋の窓を照らす月明かりで目を覚ます。山頂で日の出を迎えるため、5時前に朝食を済ませ小屋を出発。山頂には、播隆奉納の阿弥陀仏像などのレプリカを納めた祠がある。(播隆奉納の阿弥陀像は山麓の村上神社に下
2021年夏山シーズンも終わりが近い。「『岐阜百秀山』勝手に普及委員会」有人山小屋巡り、ラストは9月23日〜26日の飛び石連休、新穂高温泉から笠ヶ岳〜双六岳〜黒部五郎岳〜三俣蓮華岳を縦走、笠ヶ岳山荘、双六小屋、黒部五郎小舎、三俣山荘、鏡平小
『岐阜百秀山』勝手に普及委員会の有人山小屋巡り、9月20日は西穂山荘と焼岳小屋へ。限られた日程の中、今回は割り切って山頂はめざさず、新穂高ロープウェイを利用して西穂山荘と焼岳小屋をつなぐ行程に。前日の19日この周辺で群発地震も発生したので、
9月16日(木)は、7月30日、8月11日〜13日に引き続き白山美濃禅定道収録登山3回目。前回白山山頂が霧で、いい画像が撮れなかった。今回は、山頂部を中心に、スタッフの皆さんは15日から入山されており、19日まで室堂を基地に撮影をされる予定
『岐阜百秀山』勝手に普及委員会、全有人山小屋訪問計画、9月12日(日)は、御嶽山の岐阜県側小坂口ルート沿いの山小屋へ。濁河温泉に開かれた登山口には緊急事態宣言発令中ゆえ係員がおられ、検温とどの都道府県から来訪したかのチェックがあった。7:2
((2)より続く)最終日の29日、月明かりで目を覚ます。ありがたいことに天気は回復。昨日は小雨で奥穂高岳の山頂を踏めなかったので、ザイテングラートで涸沢に降りる計画を変更、山頂経由岳沢ルートで下山とする。こういう時、無料の登山届アプリ「コン
((1)より)2日目の8月28日、夜明けとともに槍ヶ岳山荘から穂高岳に向け出発。槍ヶ岳の南隣の3千m峰大喰岳(3,101m)から穂高岳への長大な縦走路をながめる。長い一日になりそう。。大喰岳、中岳(3,084m)は槍ヶ岳の続きという感じ。2
「『岐阜百秀山』勝手に普及委員会 有人山小屋訪問計画」として、8月27日〜29日槍ヶ岳〜穂高岳縦走を計画。ところが、27日、岐阜県にもまたまた緊急事態宣言が発令。どうしようか悩むところではありますが、県内だし、長雨の後の好天3日という得難い
8月は、地球温暖化のあらわれか、梅雨末期のような天候不順が続き、縦走計画がお流れ。しかも、新型コロナウイルスが、東京オリンピック頃から再々再々(←何度目か忘れそう)増加。こんな時は、飯綱高原の奥に隔離施設のようにある大坐小屋に籠る
7月30日に引き続き、8月11日〜13日、白山美濃禅定道に行ってきました。今回は後半の別山から白山編であります。 石川県側の白山市市ノ瀬で集合、標高800mあまりの市ノ瀬から2,399mの別山までチブリ尾根をたどる。1,600m近
岐阜県関市は、岐阜市の北東に接する長良川沿いの刃物の町旧関市に、板取川沿いの武芸川町・洞戸村・板取村と、津保川沿いの武儀町・上之保村が広域合併してできた市。兎の耳かVサインみたいなへんてこな形をしているのは、間にある美濃市との合併がうまくい
7月30日、白山美濃禅定道に行ってきました。銚子ヶ峰のササ原には、トンボが無数に飛んでいました。トンボじゃないものも飛びました。夕方までかけて往復し、石徹白大杉まで戻りました。まだ断片しかご紹介できませんが、首尾よくいきますように、大杉にお
夏山縦走では、経験の浅い山の会のメンバーに登攀技術のほか、高山植物の名を覚えて登山の楽しみを深めてもらうにも好機。<柏原新道(標高2千m程度)> (左から右へ。以下同じ)・ハクサンシャクナゲ(ツツジ科) 亜高山帯から高山帯にかけて分布。淡
((2)より)五竜山荘で迎えた最終日25日の朝。難所・長丁場を済ませ、今日は遠見尾根を下山するばかり。名残りを惜しんで、朝食前に小屋の背後の白岳に登ってみる。朝陽を浴びた五龍岳の背後に鹿島槍ヶ岳。本当は、五龍岳の背後に隠れた部分が、大変だっ
((1)より)翌7月24日(土) 夜明けとともに、冷池山荘を後に、鹿島槍ヶ岳を目指す。振り返ると、冷池山荘の向こうに、3つの頭を持つ爺ヶ岳が。手前の布引山を経由して鹿島槍ヶ岳へ。コバイケイソウやチングルマの彩る登山道。天気はすこぶる良く、立
東京オリンピック開幕の連休7月23日〜25日は、地元の山の会で爺ヶ岳〜鹿島槍ヶ岳〜五龍岳を縦走。県外の山小屋泊まりの山行は久しぶりであります。梅雨明け後不安定な天気も何とか上向き、立山アルペンルート起点の扇沢で車を回送サービスに預け、柏原新
((登り)から続く)翌18日(日)、夜明けを期し、4時55分畳平白銀荘を後に、最高峰剣ヶ峰を目指す。畳平宿泊者は、ぼっち以外皆さん朝食付きで、周辺でご来光を眺めたり、ライチョウの画像を撮るのが目的のよう。肩の小屋宿泊者は、ご来光狙いの人が多
いよいよ梅雨も明け夏山シーズン。ぼっちの今夏のテーマは、「『岐阜百秀山』勝手に普及委員会」の取り組みとして、県内の有人山小屋を訪問、同書を置いてもらうこと。まず手始めに、7月17日(土)は、乗鞍岳肩の小屋へ、登ったことのない平湯温泉ルートか
飯縄山の山麓、飯綱高原の大坐小屋の管理人をやって、はや15年近く。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されたので、7月3日、4日、久しぶりに連れ合いと梅雨時の風通しに行ってきました。 この時期の小屋は、わさわさと緑に覆われている
「円空仏」で知られる江戸前期の山岳修行僧円空。美濃で生まれた彼の足跡は、東は北海道、東北、日光などに残される。一方、西は山岳修験の元締めであった近江(滋賀県)の園城寺(注)のほかは、大和(奈良県)までに限られる。 現在分かっている
越前の山巡りシリーズその(8)は、大長山(おおちょうやま:1,671m)と赤兎山(1,629m)。5月8日にたどった、白山越前禅定道の平泉寺白山神社〜法恩寺山〜伏拝から先は廃道だけど、大長山・赤兎山の登山口和佐盛平から小原(おはら)峠区間が
今回の取材に先立ち、Tカメラマンから「湯舟沢山と横川山の関係は?」と質問を受けた。国土地理院の2万5千分の1地形図には、1,620.3mピークにもその南の1,578mポイントにも山名はない。1,620.3mポイントにある二等三角点の基準点名
6月5日、6日は、N局の『森の国水の国 岐阜百秀山』取材ということで、木曽山脈南部の湯舟沢山に。カメラマンのTさん、ライトマンのAさん、大型ライトバンの運転手Mさんという重厚な布陣。(カメラマンTさんが、岐阜百秀山のうち、この山を取材先に選
大笠山(1,822m)は、岐阜・石川・富山県境の笈ヶ岳の北に続く、石川・富山県境の雄峰。かつては、山毛欅尾(ブナオ)峠から奈良岳などを経ての遠い山だったけど、今は富山・岐阜県境のダム湖桂湖から登山道が整備。20年くらい前に登ったけど、山麓で
井出ノ小路山は、裏木曽とも呼ばれる阿寺山地第2の高峰で、日本有数の天然ヒノキの美林で知られ、『岐阜百秀山』にも選定。ただし、ヒノキの保護のため林道入口でゲートが閉ざされ長い林道歩きがあり、登山道もない。ヒノキの下はヤブが深く、ササを押さえて
ぼっち地元の山の会では、夏山・沢登りのシーズンの始まる直前の初夏、恒例で登攀訓練を行っている。山馬鹿ながらクライミング経験は貧弱なぼっちは、一から勉強させてもらおうと参加。今回は、Na講師をリーダーに、美濃加茂市の高木山にて訓練。
霊峰白山をめざす「禅定道」と呼ばれる古い信仰の道が、越前、加賀そして美濃から通じている。そのうち越前禅定道は、平泉寺を起点とし、三頭山、法恩寺山、小原峠を経て、市ノ瀬から室堂、白山へと至る。そのうち現在も歩けるのは、平泉寺から法恩寺山の先の
昨年5月1日、新型コロナ厳戒下、岐阜県側馬狩から仙人窟岳(せんにんいわやだけ)まで日帰り往復し、憧れを持って眺めた笈ヶ岳。今年こそはと、地元山の会5名で5月1日〜3日で再計画。しかし、悪天で計画変更を余儀なくされる。成功率を高めるため、石川
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飯縄山の山麓、飯綱高原の大坐小屋の管理人をやって、はや15年近く。新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解除されたので、7月3日、4日、久しぶりに連れ合いと梅雨時の風通しに行ってきました。 この時期の小屋は、わさわさと緑に覆われている
「円空仏」で知られる江戸前期の山岳修行僧円空。美濃で生まれた彼の足跡は、東は北海道、東北、日光などに残される。一方、西は山岳修験の元締めであった近江(滋賀県)の園城寺(注)のほかは、大和(奈良県)までに限られる。 現在分かっている
越前の山巡りシリーズその(8)は、大長山(おおちょうやま:1,671m)と赤兎山(1,629m)。5月8日にたどった、白山越前禅定道の平泉寺白山神社〜法恩寺山〜伏拝から先は廃道だけど、大長山・赤兎山の登山口和佐盛平から小原(おはら)峠区間が
今回の取材に先立ち、Tカメラマンから「湯舟沢山と横川山の関係は?」と質問を受けた。国土地理院の2万5千分の1地形図には、1,620.3mピークにもその南の1,578mポイントにも山名はない。1,620.3mポイントにある二等三角点の基準点名
6月5日、6日は、N局の『森の国水の国 岐阜百秀山』取材ということで、木曽山脈南部の湯舟沢山に。カメラマンのTさん、ライトマンのAさん、大型ライトバンの運転手Mさんという重厚な布陣。(カメラマンTさんが、岐阜百秀山のうち、この山を取材先に選
大笠山(1,822m)は、岐阜・石川・富山県境の笈ヶ岳の北に続く、石川・富山県境の雄峰。かつては、山毛欅尾(ブナオ)峠から奈良岳などを経ての遠い山だったけど、今は富山・岐阜県境のダム湖桂湖から登山道が整備。20年くらい前に登ったけど、山麓で
井出ノ小路山は、裏木曽とも呼ばれる阿寺山地第2の高峰で、日本有数の天然ヒノキの美林で知られ、『岐阜百秀山』にも選定。ただし、ヒノキの保護のため林道入口でゲートが閉ざされ長い林道歩きがあり、登山道もない。ヒノキの下はヤブが深く、ササを押さえて
ぼっち地元の山の会では、夏山・沢登りのシーズンの始まる直前の初夏、恒例で登攀訓練を行っている。山馬鹿ながらクライミング経験は貧弱なぼっちは、一から勉強させてもらおうと参加。今回は、Na講師をリーダーに、美濃加茂市の高木山にて訓練。
霊峰白山をめざす「禅定道」と呼ばれる古い信仰の道が、越前、加賀そして美濃から通じている。そのうち越前禅定道は、平泉寺を起点とし、三頭山、法恩寺山、小原峠を経て、市ノ瀬から室堂、白山へと至る。そのうち現在も歩けるのは、平泉寺から法恩寺山の先の
昨年5月1日、新型コロナ厳戒下、岐阜県側馬狩から仙人窟岳(せんにんいわやだけ)まで日帰り往復し、憧れを持って眺めた笈ヶ岳。今年こそはと、地元山の会5名で5月1日〜3日で再計画。しかし、悪天で計画変更を余儀なくされる。成功率を高めるため、石川
白山を開山したと伝えられつつも、正史に登場しないため実在を疑う学者もいる泰澄。『泰澄和尚伝記』(正中2(1325)年書写)で、その泰澄の生まれ故郷とされるのが麻生津=現在の福井市浅水地区。この麻生津を見下ろすように連なるのが、文珠山(もんじ
ぼっちが5年の歳月をかけて勝手に取り組んできた「岐阜百秀山」踏査・選定の取り組みが、このたび、�ナカニシヤ出版から『森の国水の国 岐阜百秀山』として刊行の運びに。本日4月26日、ネット販売が開始、書店では連休前に並ぶ予定であります。ナカニシ
越前の山巡り目的のひとつに、『岐阜百秀山』勝手に選定委員会の調査登山のあちこちで出会った泰澄の足跡を訪ねることがある。(泰澄開山伝説のある岐阜県の山:白山、能郷白山、大日ヶ岳、白尾山、天王山など)泰澄は越前国麻生津(今の福井市麻生津地区)で
4月4日(日)、京都国立博物館の特別展「鑑真和上と戒律のあゆみ」を観に久方ぶりに京都へ。大雨だったので、道路も、博物館も空いていた。おまけに、いつも長蛇の列でおそれ多くて近づけなかった抹茶パフェの聖地「茶寮都路里」も、余裕で座れた。初めて頂
ぼっち地元の山の会では、毎年石徹白の和田山牧場跡をベースに、雪上訓練を行っている。冬のテント泊経験や、アイゼン・ピッケルの使い方などを訓練しながら、野伏ヶ岳か薙刀山に登るのが恒例。しかし、昨年は新型コロナウィルスのため中止、今年はなんとか4
越前の山巡り第4弾は、福井県唯一の「日本百名山」荒島岳(1,523m)。母親が福井市出身だった深田久弥が、「もしひとつの県から一つの代表的な山を選ぶとしたら」という考えで、能郷白山か荒島岳かを迷った末、「山の気品のある点では荒島岳が上」とし
越前の山巡り、三山目は大師山(550m)。大師と言うと、四国や紀州では弘法大師、山形県あたりだと慈覚大師だろうけど、ここ越前では白山を開いた泰澄大師となる。大師山は、鷲ヶ岳からさらに12�ほど九頭竜川を遡った場所にあって、白山越前禅定道の馬
剱が岳を下山。九頭竜川に沿い、永平寺町と勝山市にまたがる鷲ヶ岳をめざす。九頭竜川は白山山地を源とし、流域は福井県面積のの70%に及ぶ、福井県—越前国のシンボルともいえる川であります。登山口のある勝山市伊地知集落へ向かう田園地帯から鷲ヶ岳を見
2021年は、隣の県ながらほとんど登っていない「越前の山」に集中登山する計画。新型コロナウイルスの緊急事態宣言で出足が遅れたけど、いよいよ取り組みを開始。早春晴天の3月27日、まずは偵察山行として標高の低い里に接する剱ヶ岳(568m)、鷲ヶ
ぼっちが大坐小屋に向かう時、長野インターチェンジを経由する。インターチェンジは、城下町であった長野市松代に近く、ここにとても気になる山がある。スマホのGPS地図で確認すると、皆神山といって、標高は659m。市街が標高350mあまりなので、実