chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
コトバの試し斬り=(どうぶつ番外物語) https://blog.goo.ne.jp/s1504

斬新な切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設17年目に入りました。

自然と共生しながら、生きてきました。 ここでは4,000字(原稿用紙10枚)程度の短い作品を発表します。 <超短編シリーズ>として、発表中のものもありますが、むかし詩を書いていたこともあり、コトバに対する思い入れは人一倍つよいとおもいます。

正宗の妖刀
フォロー
住所
東京都
出身
東京都
ブログ村参加

2010/09/26

arrow_drop_down
  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(40)

    その夜、隣人は帰ってこなかった。何があったのだろうと考えて、おれの眠気も吹っ飛んでしまった。明け方になって、とろとろと眠ったようだったが、なんとも不快な気分で目覚まし時計に起こされた。梅割り焼酎のげっぷが突き上げてきた。二日酔いというほどではないが、胃の調子が悪いのは確かだ。湯で薄めた牛乳と共に、胃腸薬を飲んで家を出た。しばらく顔を合わせていなかった紺野が、新たな事務所開設の挨拶を兼ねて、昼前にやってきた。万世橋に格安の貸事務所を見つけたとのことで、紺野はご機嫌だった。もともとの神田一帯のお得意さんにも近いし、秋葉原の電機街から上野周辺までカバーできるということで、前途洋々の展望を語ってひとり悦にいっていた。おれは、内心そんなに旨くいくかよと、紺野の見通しの甘さをあざ笑っていた。いくら場所が好いといっても...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(40)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(39)

    その日は、午後から大学に行くアルバイトの写植オペレーターと入れ替わりに、懸案の『こども相撲大会』用チラシ作成に取り掛かった。こどもの日の前日、五月四日の縁日を開催日としているから、それほど、のんびりとはしていられない。おれは、レイアウトを考え、写植を打ち、台紙を作り、その夜のうちに貼りこんだ。出来上がった版下を元に、校正用の清刷りを作り、翌日、巣鴨地蔵通り商店会会長宅を訪れた。前もって連絡をしておいたので、『こども相撲大会』の実行委員でもある若手の事務局員が同席して、その場で校正をしてくれた。たいした手直しをすることなく、責任校了にこぎつけた。おれの提案で近隣の小学校までチラシ配布の範囲を広げることになり、受注枚数が大幅に増えた。「うん、よかったね。企画段階からアドバイスできるようになれば、最高だよ」多々...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(39)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(38)

    なにを言うのかと、不満もあらわに、立会いの係官を振り返った。「しゃべらなくても、会話をしているんです・・」きびしく思いを口にしながら、声を荒げなかったことで、なんとか治まりは付きそうだと直感した。年恰好をみても、看守と呼ばれる職業に就いて、かなりの経験を積んできたはずの男である。制帽の下の表情は判らなかったが、定位置で平然と立っている姿勢からは、おれの言葉に、ことさら反応した様子は見られなかった。むしろ、挑発するぐらいの気持ちで先制打を放ち、面会をコントロールしているのかもしれない。それが彼らの楽しみになっている可能性もあった。おかげで、金縛りがいっぺんに解けた。この場の状況に即して、急に頭が働き始めた。「すみません、もう少し時間をいただけませんか」おれは、言葉を選んで申し立てた。係官はあっさりと認めた。...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(38)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(37)

    綾瀬駅で降りると、東京拘置所までの道順が矢印で示されていた。降りてみて、初めて、おれの乗ってきた電車が、地下鉄千代田線との共用車両であることを知った。このところ、国鉄と私鉄の相互乗り入れが進んでいて、利用者には便利になったわけだが、むかしの知識や経験にとらわれている者には、すんなりと理解しがたいところもあった。再編を進めて、効率化を図る。世の中、大胆に仕組みを変えて、より利潤を追求していく考え方が、広範に受け入れられつつあった。早い話が、これから向かう東京拘置所だって、巣鴨プリズンとも呼ばれた歴史ある拘置所が廃止されて、ほんの数年前に小菅の地に移転してきたものである。ちょっと油断をしていると、東京裁判の記憶とともに、古びた塀を回らした暗鬱な拘置所の存在そのものまで、忘れ去られそうな雰囲気であった。現に、旧...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(37)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(36)

    おれは、机の上の原稿をじっと見つめた。紺野は、彼なりの感覚でチラシのレイアウトを考えたのだろうが、きのう暗室で乾燥させていた印画紙を思い出すかぎり、飾り文字の選び方、変形文字の組み合わせ方なども、いかにも平凡で面白みに欠けていた。見出し用の書体ひとつを取ってみても、もっと柔軟に考れば、子供たちの躍動する姿にぴったりのものが選び出せただろうにと、まだ目に残っている文字列の数々を検証していた。その印画紙は、いま、ここにはない。多々良の指示で、破棄されたのかもしれない。その上で、おれに新たな版下の作成をうながして、元原稿を置いて行ったに違いなかった。だが、一度汚された原稿は、すぐには立ち上がってこなかった。この紙片を初めて目にしたのであれば、うれしさもあって、紙の上の文字が、こども相撲のようにぐるぐると回りなが...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(36)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(35)

    たたら出版で、写植を打ち、冊子の編集を手伝い、営業にも力を注ぎながら、おれはミナコさんとの面会のチャンスを探っていた。渦中の自動車内装会社の所在地から見当を付け、巣鴨署を尋ねると、管轄は大塚署だと教えられ、その足で護国寺に近い大塚警察の殺風景な窓口を訪れた。入口で、六尺棒を突いて来署者を威圧する武闘服姿の警官は、いずこにあっても似たような体型をしていた。いきなり暴漢に刺されても、肉の厚さで致命傷を免れるに違いないと思わせるような頑丈な体躯だ。刑事との攻防で、警察に対して過敏になっているおれは、肉体の強靭さまで加わった迫力に圧倒されて、つい尻込みをしそうになっていた。だが、おれ自身への疑惑は晴れたはずだと思いなおして、面を確かめる警備要員の鋭い視線に耐えた。この調子では、ちかごろ叫ばれるようになった<地域密...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(35)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(34)

    数日後、おれのもとに二人の刑事が尋ねてきた。ミナコさんについての詳しい状況は教えずに、ミナコさんとおれの関係について、ひたすら聞き出そうとした。気に障るような質問も厭わず、ただただミナコさんの犯罪が、おれに起因しているのではないかという見込みで、動いているようにみえた。おそらく、刑事たちの頭の中には、昨年の秋ごろ世間を騒がせた『滋賀銀行女子行員9億円詐取事件』の概要があったのだろう。あのときは、途方もない金額のカネを貢がせた愛人の男まで逮捕しているから、初めからそうした図式で捜査を進めていたようだ。おれは、最近やっと作った郵便局の貯金通帳まで見せて、身の潔白を訴えた。刑事たちは、薄ら笑いを浮かべて「そんなカネの話を訊いているのではない」と、あからさまに首を振った。「それほど疑うのなら、家宅捜索でも何でもや...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(34)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(33)

    アパートに帰り着くと、さすがに疲れを覚えた。病み上がりの身には、きょう一日の出来事はきつ過ぎた。ミナコさんの消息が、こんなかたちで明らかになろうとは、想像もしていなかった。心の隅に、安堵に似た気持ちが湧いていたが、大きな愕きに圧倒されて、思考の道筋を辿れないでいた。(ミナコさんは、いま、どこにいるのだろう?)新聞を確かめると、宮城県警によって身柄を拘束されたらしい。東京に居られず、ふるさとの山形にも帰れず、中途半端な仙台あたりで一ヶ月あまりを過ごしていたのだろう。自動車内装会社社長から逃げ、おれとの約束も寸前で回避し、ひとり不安に耐えていたことを想像すると、おれの胸も切なさに震えた。(会いに行きたい。・・すぐに、会いたい)だが、それが望み通りに叶う状況とは思えなかった。おれの身の回りの限られた世界から見る...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(33)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(32)

    あの男は、素人ではあるまいと睨んだ。人のいいチンピラか、組に属さない日陰者だろうと結論付けた。上京したてのミナコさんが引っかかったインチキ芸能プロダクションの男よりは、ずっとマシなのではないか。彼の話が嘘でなければ、自分の腕が腫れ上がるほど仕事に打ち込む、見上げた根性の職業人なのである。それにしても、楽に見える商売ほど苦労は多いのだと悟らされた。おれは、マンダ書院で味わった半端者の悲哀を思い出し、現在の充実した毎日と比べて、どれほど心のゆとりに違いがあったかを反芻した。多々良に対する感謝の気持ちが、おれの中でますます膨らんだ。一方、ミナコさんへの心配は募るばかりだった。おれの思いあがった行為は許されないとしても、ひと言、詫びをいう機会を与えてもらうことは出来ないのだろうか。あまりにも唐突な別れの決断に、手...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(32)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(31)

    翌朝、おれは、ふらつきながら家を出た。朦朧とした意識のなかで、たたら出版への執着がおれを衝き動かしていた。会社に着くと、社長の多々良に、たちまち最悪の体調を見抜かれた。誰が見ても憔悴した顔付きだったから、見抜かれたというより、気付いてもらうための出勤といってもよかった。「いやあ、これはひどい」多々良は、おれの額に手を当てて診断を下した。「・・すぐに、病院へ行ったほうがいい」おれは、社長が呼んだタクシーで、九段坂にある病院へ運ばれた。まだ壮年の多々良は、痩躯のわりには力があって、おれに肩を貸し、ときには抱えるようにして、救急受付の看護婦におれを引き渡した。マスク代わりに巻いていた襟巻きを外され、若い当直医によって診察を受けた。あと一時間もすれば、通常の診療時間帯に入る微妙さに、医師はちょっぴり浮かない表情を...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(31)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(30)

    次の日も、その次の日も、連絡はとれなかった。おれは、焦燥の真っ只中に置かれていても、たたら出版への出勤を止めることはなかった。理由は判っていた。一字、一字、写植の文字を打ち込んでいる瞬間だけは、苦しさを忘れていることができたからだ。それでも、昼休みの休憩に入ると、おれは信号ひとつ分、九段下方向へ歩いて、雑貨屋の角にある電話ボックスまで、電話をかけに行った。何度ダイアルを回しても、受話器が取られることはなかった。昼だけではなく、夜も同じことをした。仕事が終わると、帰りがけに、あっちこっちで電話をかけた。飯田橋で電車に乗る前にかけ、新宿では乗り換えの合間に鉄道弘済会の売店に走って、電話機を確保した。そうしていないと、ミナコさんの存在が、おれの目の前から永久に消えてしまいそうな恐怖を覚えるのだ。呼び出し音が鳴っ...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(30)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(29)

    翌週、おれは、たたら出版に出勤し、残業も含めてくたくたになるほど働いた。ミナコさんが会社を辞めることになれば、アパートの家賃をはじめ、ふたりが当面暮らしていくための生活費を確保しなければならない。中野のアパートは、狭いとはいえ二部屋あり、バストイレ付きの所帯用だから、おれの給料から捻出するにはなかなか大変な金額だった。自動車内装会社社長をあれだけ痛めつけたのだから、ミナコさんは当然辞めることになる。そうすれば、ミナコさんからの援助は、すぐにも途絶えてあたり前だった。その上、新婚まがいの生活をするのだから、おれの肩にかかる負担は想像を超えたものになりそうだった。(一生懸命働けば、何とかなるだろう)おれは、急に現実味を帯びてきた不安を吹き飛ばすように、首を振った。週末になって、おれは、ミナコさんが現れるのを、...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(29)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(28)

    おれは、暴力で打ちのめされたものが、容易に立ち直れないことを知っていた。マインドコントロールなしには、ボクサーでさえ無理なはずだ。それが、恐怖というものだ。だが、万が一ということもある。おれは、奴の目を覗き込みながら、耳に息がかかるほど口を近付けて、コトバを押し込んだのだった。「おまえ、赤ちゃんプレーが好きらしいな」奴の耳元で囁いた駄目押しの効果を、推し量った。切り札が、完全におれの手に移っていることを、認識させたのだ。おれは、奴の喉仏に金属の冷たさを押し当て、胸元から体をずらした。右膝で最後まで押さえ込んでいた利き腕から、体を放した。先に立ち上がり、奴がサウスポーであったことを、無意識のうちに考慮していた自分に気付いた。この男は、いま、やむなく退場せざるを得なくなった事態を、まったく予測していなかったの...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(28)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(27)

    一月末の引越しを念頭に、おれは段取りをつけることにした。「今度の休みの日に、荷物の下見に行ってもいいですか」「そうねえ・・」ミナコさんは、ためらいを見せた。「大きなものは、みな処分するつもりなんだけど」できるだけ、おれの手を煩わせたくないという気持ちは、わからないわけではなかった。「・・でも、引っ越しって、なかなか考えた通りに行かないものですよ。こっちも狭いところだから、何をどこへ置くか、多少の見積もりをしておかないと拙いでしょう」おれの押しに屈して、ミナコさんも同意した。当日、おれが白山上のマンションに着くと、すでにミナコさんは身の回りの衣類などを、堅牢なプラスチックの箱に収納しはじめていた。「忙しいのに、ごめんなさい」おれを迎えて、少し恥ずかしそうにした。太腿から足首にかけて漏斗状に細くなる黒のスキー...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(27)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(26)

    イノウエの話を聞いているうちに、おれの中ではひとつの結論が出ていた。「こうなったら、別れるしかないな」何分かあとには、そう答える自分の姿が目に浮かんでいた。おそらく、イノウエも離婚を念頭に置きながら、おれに背中を押してもらいたくて、今日ここに来たのだろう。どのように取り繕ってみても、いったん目覚めさせてしまった怪獣は、もう押さえ込むことなど出来ないのだ。おれは、マンダ書院で一緒に働いていたころの佐鳥さんを思い出し、そういえば、本を抱えてマイクロバスから出て行く反り気味の後ろ姿が、妙に女らしさに欠けていたようだと、いまさらながら思い当たる気がする。新宿でのささやかな披露宴の席で、花嫁らしく振舞っていた佐鳥さんに普通以上の感銘を覚えたのも、訪問販売に向かう際の彼女の背中に、男だけが持つ悲哀のようなものを見てい...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(26)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(25)

    本郷通りに出て、左に曲がったところに、フランス風田舎料理を食べさせる小さな店があった。ミナコさんはときどき訪れるらしく、濃いルージュをつけ、大胆なカーブの眉を描いた女主人が、満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。「きょうのメインは、霧島産の雛鳥と西洋野菜の付け合せよ。スープはそら豆をうらごししたもの。シャンピニオンのクリーム煮もあるわよ」説明しながら、おれの方にもちらりと視線を流す。笑みを絶やさないから、なにやら勝手な想像をされているようで落ち着かなかった。最初、怒っているように見えたミナコさんも、前菜が終わり、メインディッシュにかかるころには、機嫌を直していた。「わたしねえ、いずれ、あのマンションを出るわ。でも、それまでは、目立たないで居たいの」確かに、ふたりの男が交互に出入りしていたら、周囲の噂にもなろう...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(25)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(24)

    はっきりと了解を取ったわけではなかったが、おれは名画座を出た足で、白山上にあるミナコさんのマンションに向かった。水道橋まで一駅電車に乗り、そこから白山通りをたどる路線バスに乗り換えた。数年前までは、都電が走っていたころの名残で一部石畳の狭い道路が残っていたが、現在はほぼ拡幅工事も終えたようで、ある時期まで立ち退きを拒んでいた西片町境の中華飯店やビリヤード場も、いまは跡形もなく消えていた。白山二丁目を過ぎると、おれは、紺野から聞いたメメクラゲのオペレーターのことを思い出し、その男はどの辺りで仕事をしているのだろうかと、バスの窓から写植屋の看板を探した。もっとも、そんな思いつきに答えてくれるほど東京の街は狭くない。ただ、左側に見える街並みは、区画整理にもまったく関係しなかったのか、古い木造の家が軒を接して続い...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(24)

  • 紙上『大喜利』(31)

    〇「そうそう神風は吹かなかったな」「そうですね、なでしこジャパンはスウェーデン戦でクロスバーに嫌われましたね」〇「大谷のホームランも40号でストップしちゃったし今週はツキがない」「さすがに疲れたんですね、痙攣というのが心配です」〇「台風だけは疲れ知らずだ。6号は沖縄を二度もいたぶるし、7号は本州直撃の構えだしな」「ご隠居、もう一人疲れ知らずの人がいますけど・・・・」紙上『大喜利』(31)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(23)

    おれが木更津から戻った夜、ウイークデイにも係わらず、ミナコさんがやってきた。チャイムに応じて玄関のドアを開けると、そこに項垂れたミナコさんの姿があった。「どうしたの・・」トラブルがあったことは、現れ方で明らかだった。おれは、ずぶ濡れで転がり込んできた雷雨の時と同じように、腕を広げて受け止めようとしたが、ミナコさんは俯いたまま三和土に立っていた。「えっ、その顔どうしたのよ」おれは、初めて異変に気付いて、ミナコさんの顎を上に向けさせた。右目の下から頬骨にかけて、野球のボールでも当たったように、紅く腫れ上がっていた。「まさか、殴られたんじゃないでしょうね」おれの頭の中で、閃光が走った。「あの野郎、ミナコさんを殴ったんだね!」地方の大学で、サウスポーの投手として活躍したこともあるという証拠の写真を、社長室で見たこ...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(23)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(22)

    秋の一日、おれは、木更津まで本の納品に行く多々良社長に同行して、ドライブをすることになった。写植の仕事は、紺野ともう一人のパートナーに任せ、軽自動車に自費出版の歌集五百冊を積み込んで、飯田橋を出発した。京葉道路から国道十六号に入り、海岸沿いの工場地帯を経て、袖ヶ浦を通過するころには、もう昼の十二時半を過ぎていた。「いやァ、渋滞ですっかり時間を食ってしまったね。ところで、きみ腹が減ったんじゃないか」「はい。でも、我慢できますよ」「いや、このままお客さんの家に行ったら、食事をする暇がなくなるよ。どこか、車を停められそうな店があったら、そこで食べていこう」おれは、まもなく藍染の暖簾を下げた蕎麦屋を見つけ、ここでいいかと多々良に了解を求めた。店の横に、ニ三台停められる駐車場があり、おれはそこに軽自動車を乗り入れた...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(22)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(21)

    その夜のカミナリは、いったん去ったかに見えたが、夜半になって再び舞い戻ってきた。まれにみる規模の界雷であった。おれとミナコさんは、またも電燈を消して、夏掛け布団を頭からかぶった。そうやって二人で作った暗がりに潜んでいると、誕生の秘密に出会えるような不思議な感覚に包まれる。退行催眠とは、このようにして導かれるものかもしれないと、おれは思った。暗がりの質は違っても、被験者をその中に誘導し、見え隠れする記憶の断片を拾い集めながら、川を遡らせるのではないか。おれは、断続的に続くミナコさんの物語を聞きながら、いつしか、おれ自身の思い出を手繰りはじめていた。何度も繰り返した仕事探しの雑な記憶の先に、上京するおれを見送ってくれた叔父との別れが、ぼんやりと浮かんできた。叔父は、おれが電車に乗り込む寸前まで、胸に抱えた風呂...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(21)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(20)

    別れるまでには、紆余曲折があっただろうと、おれはミナコさんを思いやった。婚姻届まで出した関係を解消するには、想像もつかないエネルギーが要ったに違いない。いきさつを聞こうとは、思わなかった。ミナコさんも、こまごまと話そうとはしなかった。ひとたび時間を遡りはじめれば、山形から希望に満ちて上京した少女が東京という罠にかかって苦しんだ日々を、すべて再現しなければならなくなる。「ひどい奴だ!絶対に許せない」おれは、義憤にかられて、うなり声をあげる。いま、目の前にその男がいたら、有無を言わさず殺してやりたいと思う。<ヒモ>と呼ばれる男たちの用意周到なたくらみを知って、同じワルでも最低の部類に属する悪党だと、歯軋りした。ミナコさんは、挫折はしたが自暴自棄にはならなかった。当時、結婚して横浜に住んでいた姉が、なにかと面倒...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(20)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(19)

    暗い中でドアノブに手をかけながら、もう一方の手で室内灯のスイッチを探していた。「どなた?」「あけて・・」紛れもないミナコさんの声だった。玄関の、それほど高くもない天井の蛍光灯がパチパチと瞬いて点き、おれが押した鉄扉の隙間から、ミナコさんが転がりこんできた。「どうしたの、こんな日に・・」おれは、思わず手を差し伸べてミナコさんを抱きとめた。ポロシャツに短パン姿のおれの胸部に、ずぶぬれのブラウスが張り付いた。身構える間もなく押し付けられた湿り気と冷たさが、おれの意志を無視して、生理的な反応を見せた。「ううッ。・・可哀そう。一番ひどい降りに出くわしちゃって」おれは、一瞬見せてしまったためらいをかき消すように、あらためて強く抱きしめた。ミナコさんは、濡れていることなど眼中にないように、「来たわよ、わたし来たわよ」と...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(19)

  • 茗荷の収穫

    家庭菜園というジャンルにかろうじて入るのは5~6月まで相手をしてくれたヒラサヤエンドウのみ。7月になると暑くて、ほとんど手入れをしない庭畑は青じそとオシロイバナに占領されている。そうした中、野生の勢いで毎年実りを与えてくれる茗荷の花芽が顔をのぞかせた。7月下旬~8月中旬の暑い盛りに密集した茗荷の葉茎の根元に這いつくばって収穫する。最初は十数本でやめたが次の日は30本以上、その次の日は20本ぐらい摘み取って一部はそうめんのツマ、その他は酢漬けにして保存している。密閉できる保存瓶に茗荷と梅干しと大葉を詰め込み、塩と酢を塩梅して寝かせ、適宜取り出しては副菜にしている。ささやかな暑気払いには欠かせない一品だ。茗荷の収穫

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(18)

    夕方五時から、新宿区役所通りに面したレストランの一室を借り切って、イノウエと佐鳥さんの結婚披露パーティーが催された。おれが会場となる部屋に入って、受付の女性に会費を払っていると、友人に囲まれて談笑していたイノウエがおれを見つけて近寄ってきた。「やあ、おめでとう」先手を打って、挨拶した。「いやあ、うれしいです。忙しいところを来て頂いて、ほんとに申し分けなかったです」イノウエは、ほんの少し大人になった表情を見せて、おれに謝った。礼を言うつもりが、詫びの言葉になるのがいかにもイノウエらしかった。佐鳥さんは同年配の女性たちと並んで、写真を撮られていた。すでに、おれに気付いていて、写真が終わると、髪に挿した大輪の花を揺らしてイノウエの傍にやってきた。「お久しぶりです」白いドレスが似合っている。マンダ書院にいたときに...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(18)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(17)

    「ぼくは、何があっても別れないからね」おれは、呟くように言った。「わたしだって、あなただけなのよ」ミナコさんも、眩しそうにおれを見返した。「・・覚えているかしら、わたしの顔を、まじまじと見てくれた日のこと。あの時、営業のひとと話をしていても、ポーッとして何も覚えてないのよ。わたし、あんなふうに見つめられたの初めてだから、もう気が飛んでしまって」ミナコさんは、頬を上気させていた。おれは、たしかに魅入られたように立ち尽くしていたはずだ。そのときの情景を思い出し、闇を銜えていたミナコさんの唇が、いまも、そのまま、目の前にあるのを静かな喜びのなかで確認していた。「おんなって、他のものは一切目に入らない・・というほど、見つめられてみたいものなのね」ミナコさんは、自分に確かめるような口調で呟いた。「・・あなた、あの日...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(17)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(16)

    東大安田講堂に立てこもった学生が排除されて以来、目標を見失った若者たちは、呆然とした思いで日を送っていたはずだ。放水という変幻自在の弾圧の前に、誇りをぐしゃぐしゃにされた学生たちは、拠って立つ抵抗原理まで濡れ鼠にされ、へたったダンボールとともに地に落とされた。銃で撃ちもせず、時計塔から飛び降りもさせなかった権力側の冷酷な計算が、いまになって明瞭に意識される。一方、社会の底辺で隠者のごとく生きてきたおれは、騒然とした時代の終焉を冷ややかに眺めていた。多少の無気力さは、むしろ歓迎するぐらいの気持ちで、その後の推移を見守っていた。写植機の操作にも慣れ、出版社や印刷会社のほか、商店や公共機関からの仕事をこなせるようになると、おれの意欲は高まり、世間の沈滞とは逆に元気を増していった。ゴシック体や太明朝体の見出しを作...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(16)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(15)

    おれが、もっとましなアパートを借りたいと言うと、ミナコさんは一も二もなく賛成した。もちろん、すぐに住居を変えることなど出来るはずはなく、おれも真剣に働いて早くそれを実現したいとの願望を述べただけだった。ところが、ミナコさんは、来月にも引っ越しが出来るように、明日から部屋探しを始めようという。仕事の合間を縫って、おれを手助けしてくれるつもりらしい。自動車内装会社の経理責任者として、また、認めたくはないが、週の半ばに訪れる社長を待つものとして、時間の重なりをどう捌くつもりなのか。おれの願いが、期せずしてミナコさんの立場を狂わせ、事態をこじらせ始めたことに、まだ気が付いていなかった。「新しいアパートに移ってから、ゆっくりと仕事を探せばいいわ。お給料が入るまでは、わたしが立て替えておきます」それで好いかと、一応お...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(15)

  • 思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(14)

    沸騰した薬缶の湯も、部屋に持ち帰リ急須に注ぐころには、ちょうど緑茶に適した温度になっているはずだ。おれは日常の経験をもとに、間合いを計る要領でゆっくりと部屋に戻った。ミナコさんが後ろを振り返った。本箱に本を戻し、もう一度おれの手元に視線を向けた。「あらあら、わたしが淹れましょうか」「いえ、危ないからぼくがやります」薬缶を小机の上に置き、金属製のトレイに伏せてある急須と湯飲みを据え直す。いま洗ってきた客用の茶碗も共に並べて、準備完了となる。スーパーマーケットで買ってきた緑茶の袋から、直接茶葉を小出しする。薬缶からお湯を注ぎ、一呼吸置いて二つの湯飲み茶碗に注ぎ分ける。値の安い茎茶であっても、心をこめて淹れれば味も香りも引き出せると思った。「このお茶の飲みごろは、一瞬ですから」おれは、冗談を言いながら勧めた。「...思い出の連載小説『<おれ>という獣への鎮魂歌』(14)

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、正宗の妖刀さんをフォローしませんか?

ハンドル名
正宗の妖刀さん
ブログタイトル
コトバの試し斬り=(どうぶつ番外物語)
フォロー
コトバの試し斬り=(どうぶつ番外物語)

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用