題を「困った時はダンマパダ」から「困った時はダンマパダ、スッタニパータで悟りを開く」に変更しました。
ダンマパダ423詩の解説を何回か終えた段階で、少し趣を変えて、異なるお経の勉強を始めようという思いに至りました。どのお経を選択するかいろいろ迷いましたが、毎日少しずつ勉強するのに都合がよく、仏教を勉強する人たちに人気のあるお経として、スッタニパータを選びました。
私自身が遭遇した、「安らかな死」の2例目は養母です。彼女は、八十三歳まで生きたのですが「この様な死に方もあるのか?」という感じの最後でした。 養母は、養父の興した事業(公衆浴場)を手伝い、死ぬまで働いた人でした。死ぬ原因となったのは、加齢にともない出てきた認知症です。 養母は、亡くなる数ヶ月前に風邪を引いたらしく自宅にあった薬を服用したようです。認知症の進行により、「薬の服用を忘れ」薬の問屋…
健康に関する事柄は、個人の人生観(死生観)と深く結びついており、どのように考えるかは個人の自由の問題で、他人がとやかく言う必要はないのですが、それでも知らされてない事実はよく知る必要があるとは考えています。 そのため、石法如来もいろいろな情報を提供してくれています。 今朝、「植草一秀の知られざる真実」というブログに「それでも賢明な人はワクチン打たない」と言う記事がありました。 http://uekusak…
医者は、患者の不安を煽ってお金を稼ぐ・・・この構図は、今世間を席巻し恐怖に陥れている新型コロナウィルス感染症でも同じことが言えます。 医者は、基本的に「脅す・煽る」のを習性としていますから、その様な人物たち(新型コロナウイルス感染症対策分科会)に国家の意思決定を委ねたら道を誤らせることに繋がります。 先輩のガン死の場合、年齢が40歳そこそこと若く職場の定期検診拒否や、ガン治療を拒否することな…
昨日、慈栄様から次のようなメールを頂きましたので、それを引用します。 (以下引用) 法津様 いろいろな読者、との記事、拝読いたしました。 難しくて分からない方々へ、少しメールを書こうと思い立ちましたので、お送りいたします。 慈栄のメール 難しくて分からない方々へ 皆様、こんにちは^_^ 慈栄と申します。 いろいろな読者と言う法津様の記事を拝読し、少し、覚りについて私なりの話し方で、話して…
このブログの読者はいろいろな方がおられます。 以前はテーラワーダ仏教の信者さんが多くおられましたが、そのような方は少なくなっているのではないでしょうか。 そのような方はスマナサーラ長老の説法を聞いておられ、テーラワーダ仏教の知識はかなり持たれていていましたが、大乗仏教については関心がなく、それどころかそれを否定する考えを持っておられました。 このブログでは大乗仏教の立場であるわけではありま…
SRKWブッダは観(=止観)について、ホームページ「覚りの境地」の「理法」の欄で解説されています。 長文ですので、その前文を引用します。また本文については参考のために項目のみを引用します。 是非、時間のある時にじっくりとお読みください。 http://srkw-buddha.main.jp/rihou004.htm (以下引用) 【観】 観は、言ってみれば思索を超えた思索であり、人をして覚りの境地に向かおうとするこころを培うのに役立つ…
今回の記事を書くきっかけは、適時メルマガを送ってくれる森田洋之医師(鹿児島県の開業医)の著書『うらやましい孤独死』(フォレスト出版)を読んだことです。 以前から、頭の中に構想があったのは間違いありませんが、森田氏の著書を読み少しづつ考えがまとまってきました。 人生を、70年も生きていると沢山の人間の死に出会います。私の場合、実の両親も養父母もすでに旅立ちこの世におりません。 一番印象に残る死…
北海道の読者からの電話のあと、その概略は昨日のブログに書きましたが、御本人から次のメールを頂きました。「先生のご判断で、いつでもお役立てください。」とありましたので、本文の前後は省略しますが、引用します。 (以下引用) 怨みを捨てようと思ってから、怨みの背景に欲があることが分かったんです。 だからそこの欲(執着)を断てば、原因である欲がなくなるからもう怨めなくなるんですね。 怨みも縁起の上で…
昨日の続き、本題にはいりますが、あまり具体的なことはプライバシーに関わりますので、曖昧な表現になります。 彼は、10年ほど前の出来事について心を悩ませていました。 その出来事を思い出すと、単なる恨みというよりは激しい憎しみという感情が湧き上がってきたと言っていました。 何かのおりに度々その出来事を思い出し、憎しみの感情を感じていたそうです。 寝床でも思い出すことがあったそうです。 とこ…
昨日は北海道のこのブログの読者から初めて電話を頂きました。 午前中2時間ほどいろいろなお話をしました。ちなみに、電話料金は無料のシステムで行いました。 この前日彼からメールを頂いたのですが、そのなかに分子栄養学を提唱された三石巌先生の紹介がありましたが、その先生については知りませんでしたから、その著書「医者いらず、老いしらず」という本を取り寄せて読みました。 その本のプロローグに、M・アイ…
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノノ 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ…
今日はダンマパダから次の偈を引用します。 11 まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことではないと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。 12 まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しい思いにしたがって、ついに真実(まこと)に達する。 この11偈と12偈で述べられているこ…
石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その3
この記事は、コロナワクチンを主題に(その2)で終了させる予定でしたが、記事を書いている最中に松田学対談シリーズ「大橋 眞先生 登場」の動画を拝見し、内容が重要でしたので記事を追加することにしました。 今、日本中で話題になっている新型コロナワクチンですが、特定のウイルスだけに反応し自分自身の保有する「自然抗体・非特異性抗体」をも打ち負かします。」という話に触れ、昔学んだことのある「エイズ(H…
石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その2
人間が人間として、日常生活を難なく過ごせるのは自分自身の中に、先祖から受け継いだ免疫システムがきちんと備わっているからです。 それが、新型コロナウイルスワクチンの接種により、「人工的・特異的・永続的抗体」が体内に留まり、自分自身の「自然抗体・非特異性抗体」をも打ち負かしてしまうと危惧されています。 自然抗体・非特異性抗体が廃れると、エイズと同じように軽度な病気にも罹患しやすくなり、なおかつ重…
石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その1
私は、決して自慢するわけではなく「リスク管理」に敏感です。自分や家族の現在・未来に、どのようなリスクが存在するのか?を見きわめようとする習性があります。 「それが、どうしてそうなのか?」、自分自身にもよく理解出来ない部分がありますが、もしかしたら生まれ育った場所が厳寒の北国であったせいかも知れません。 私の住む釧路は、北海道の東端に近く冬は雪が少ないですが寒さは厳しいです。勿論、もっと寒い地…
今回は、SRKWブッダ著「ブッダの世界観」より、「古典的輪廻説」を引用します。 (以下引用) この世の真相を明らかにするという観点からは、輪廻について語らないわけにはいか ないであろう。しかしながら、この世で修行し、完成させて、覚りに達するという観点で 言えば輪廻について語る必要は無いこととなる。 折衷して、覚りに向けた修行と輪廻との関係性について語るということを履行するな らば、それは解脱知見に…
先ほど掲載した「『輪廻』という幻(イメージ)その6」をもって、石法如来の「輪廻」は幻でありこころで描くイメージにしか過ぎないという見解の解説はおわりました。 そこで、私もこの見解を踏まえて、少し私の見解も述べておきます。 その前に、SRKWブッダはその著書「ブッダの世界観」の中で、「古典的輪廻説」「輪廻説の取り下げ」「寂滅論の提起」についておられることをお知らせします。それについては、後日このブ…
私は、今回の記事(その1)で次のように書きました。 「因縁とは、ある意味曖昧さのある難しい言葉ですが、そこでは先祖から受け継いだものと前世から受け継いだもの、の二方向を想定して阿含宗では教えを説いていました。 普通に考えたら、今生きている自分という存在は先祖から影響を受けているという事実は疑いようもありません。しかし桐山氏は…
昨日は才木さん、青木さんコメントありがとうございます。 さて、今日は「ブッダのことば(スッタニパータ)」(岩波文庫)から、どのよう語るべきかを示す偈を引用します。 451 自分を苦しめず、また他人を害しないことばのみを語れ。 これこそ実に善く説かれたことばなのである。 452 好ましいことばのみを語れ。その言葉は人々に歓び迎えられることばである。 感じの悪いことばを避けて、他人の気に入るこ…
前回の記事で紹介した経典は、『雑阿含経』巻第12(三0一))に説かれているものです。内容的には、「中道」(ちゅうどう)の教えといわれ初転法輪において五人の比丘(出家僧)に、「愛欲快楽を求めるということ・自ら肉体的な疲労消耗を追い求めるということ」の二つの極端に近づいてはならないことを教えたものとされています。 中道の教えには、その他に2つのものの対立を離れていることとして「断・常の二見」、あ…
昨日、悪魔パピーマンの考えている幸福とゴータマ・ブッダが考えている幸福の違いについて述べました。 同じ幸福という言葉を使っても、人によってその内容が異なるのです。 また、こだわるという言葉も肯定的に使う人も否定的に使う人もいるのです。 ですから、他人の使う言葉の意味は、自分の思っている意味は違うかもしれないと考える必要があります。 自分の思っているように他人が理解するとは限らないのです。…
昨日、幸福を知らないことについて書きました。 今日は「幸福とは何か?」について、一般人代表として悪魔パーピマンの言葉と賢者代表としてゴータマ・ブッダの言葉を引用します。 悪魔パービマンがいった、「子のある者は子について喜び、また牛ある者は牛について喜ぶ。人間の執著するもとのものは喜びである。執著するもとのもののない人は、実に喜ぶことがない。」 https://76263383.at.webry.info/201305/article_3.…
グレイソン氏にとって最も驚くべき発見だったのは、臨死体験がその体験者達の人生に強い影響を与えていることでした。 「私の精神科医としての本業は、人々の生き方を変える手助けをすることです。生き方を変えるというのは簡単なことではありません。でも、ものの数秒で、人の考え方、価値観、信念、行動を劇的に変えてしまう体験が存在するのだと分かりました」と彼は言います。 この変化が、何十年にもわたって持続する…
ゴータマ・ブッダはダンマパダ271偈、272偈で次のように説かれております。 「わたしは、出離の楽しみを得た。それは凡夫の味わい得ないものである。それは、戒律や誓いだけによっても、また博学によっても、また瞑想を体現しても、またひとり離れて臥すことによっても、得られないものである。修行僧よ。汚れが消え失せない限りは、油断するな。 」(中村元訳) また、SRKWブッダは「仏道の真実++」のなかで次の…
昨日は、爬虫類脳(反射脳)、哺乳類脳(情動脳)、人間脳(理性脳)の相互作用で働くとするというポール・マクリーンの「三位一体脳モデル」の名称だけを紹介しました。 爬虫類脳(反射脳)は、脳幹であり、生命維持のための機能を司っています。 哺乳類脳(情動脳)は、大脳辺縁系であり、衝動的な感情を司っています。 人間脳(理性脳)は、大脳新皮質であり、論理的な思考を司っています。 ポール・マクリーンの説については、以…
今朝の新聞の折り込み広告に「60代。あなたは『元気脳ですか?」と書いてありました。 もう少し読むと「意外と知られていませんが、脳は水分を除くと約6割がアブラでできていて、このアブラが脳を柔らかく保つことで情報の伝達をスムーズにし、アタマの回転や前向きな気分を維持しているのです。」と書いてあります。 しかし、そのまま信用してはいけません。「脳は水分を除くと」とありますが、水分は7割が水ですから…
釈尊という方は極めてリアリストであり、この世の現実をあるがままに観て現実に即した理法を説かれた方であると書きました。 しかしこの世を見渡してみると、衆生が感心あるのは死んだ後どの様な世界に赴くのだろう?という疑問と不安に基づく問いです。当然そこには、霊的な存在の問題があります。 霊的な存在に関して、仏教の教えとは本来全く関係が無いのですが、世間の感心はまるで違います。かつて私が所属していた阿含…
個人的こだわりも集団的こだわりも潜在意識に書き込まれいますので、 こだわりを無くそうと思っただけで、なおせません。 ではどうしたらよいか? そもそも、潜在意識に書き込まれたことは、自分では気づけないのです。 はじめは、探偵や研究者ように始めるとよいでしょう。 しかし、彼らと異なることがあります。 かれらの問題は自分の外部のことがらです。 修行者の問題は自分自身の問題なのです。 問…
個人的こだわりと集団的こだわりは私の勝手な造語です。 こだわりについて考えていて、4月28日の石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その2)」を思い出しました。 https://76263383.at.webry.info/202104/article_40.html 個人的こだわりや集団的こだわりはどのように形成されるのでしょうか? 幼少期の親から影響や家庭環境や個人の経験など影響が大きいでしょう。それが個人的なこ…
こだわりについて、考えていて思い出したことがあります。 私がテーラワーダ仏教の比丘(僧侶)であった時の話の話です。 比丘はウポーサタ(布薩)というものを行います。満月の日に、ですから月に一回、地域の比丘たちが戒壇に集まって懺悔の儀式を行うのです。内容は重要な戒律と経典の読み合わせです。 ある時、ウポーサタに参加するためにスリランカ人の後輩の比丘と住んでいる寺から2時間ほど離れた東京八王子に…
望月海慧(もちづきかいえ)氏の「ブッダは輪廻思想を認めたのか」には、色々興味深いことが書いています。輪廻思想に関連する、解脱の問題を考えてみると「解脱というものは、輪廻からの解脱である以上、論理的に常に輪廻思想に縛られたものとなる」と言います。 釈尊の教えが、経典で説かれているように生死に代表される人間の苦しみからの解放を求めるものである限り、「輪廻思想を受容している」と認めざるを得ないとも言…
こだわりには自覚しているものと無自覚なものがあります。 自覚しているこだわりは自分の価値観と結びついています。 多くの場合、そのこだわりを肯定しています。 ですから、そのこだわりを捨てようとは思っていません。 話は変わりますが、以前はこだわりは良くないものと思われていましたが、 いつ頃か、こだわりを肯定的な意味に使うようになっています。 コマーシャルにも、「味にこだわった」などという…
今日は5月6日(木)です。連休の中の平日。東京都中野区の外は小雨です。 さて、今日のテーマは「自分のこだわりに気づくことは意外に難しい」です。 前回、自分が公案を解くことにこだわっていたことに気づいたと書きました。 自分がこだわっていることは、自分にとってはそれが当たり前だからです。 それは当たり前でしょうと思ったときは、それが本当に当たり前であるのか、考えた方がよいのです。 しかし、…
昨日は kassii 長老の心解脱の経緯を「覚りの境地(2019改訂版)」から引用して、紹介しました。その引用文には続きがあります。 それには公案について述べられていますので、それを今日は引用します。 「覚りの境地(2019改訂版)」(p189~p190) (以下引用) 具体的に、SRKW ブッダが提示した公案を示そう。 【苦い薬の (準) 公案】 苦い薬があったとき、その苦さも薬効であると考えなければな…
仏教思想を学ぶ上で、「輪廻」という言葉がよく出て参ります。命(いのち)ある存在は、業(カルマ)に基づき限りなく生と死とを繰り返すというインドの思想がその根底にあり、仏教にもその教義が取り入れられているからです。 また、同じ仏教思想に出てくる「因縁」という言葉を考えた場合、たしかに輪廻という思想を考慮に入れた方が、より容易に理解出来るのは事実です。 私自身、阿含宗に入会し最初は自分自身の能力ア…
昨日予告しましたように、今日は kassii 長老について、その心解脱の経緯を「覚りの境地(2019改訂版)」(p187~p189)から引用して、紹介します。 (以下引用) kassii(ハンドルネーム) は、心解脱(初期)を果たして長老となった。かれは、私の弟 子の一人であるが、私が提示したいわゆる公案を通過して心解脱の証たる「その表象」を 得たのである。 心解脱とは、名称 (nama) の解脱を指す。人が心解脱を…
六祖壇経と言えば、SRKWブッダの奥さんである涼風尊者の身解脱の経緯について、昨日と同様に「覚りの境地(2019改訂版)」(p190~p195)から引用します。 (以下引用) 涼風尊者 (2011年当時の呼称) は、私 (SRKW ブッダ) の細君である。彼女は、私が 覚って仏になった後も仏教など特に興味などない女性だった。ただ、自分の夫が仏だと 名乗るので、いわば面白半分にこの10年余り付き合ってきただけである。そん…
昨日、金剛般若経に関連して六祖慧能の開悟の話が出ましたが、その話は「六祖壇経」にありました。 その「六祖壇経」を縁にして、SRKWブッダは慧解脱をされたのです。その話は「覚りの境地(2019改訂版)」(p179~p182)に記載されています。少し長いですが、具体的に知るために、引用します。 (以下引用) 私 (=SRKW ブッダ) が覚りの境地に至ったのは、西暦2001年12月19日の真夜 中、午前1時5分のことで…
昨日で無分別智の解説は終わりましたが、最後に金剛般若経の言葉が話題になりました。 金剛般若経は、岩波文庫「般若心経・金剛般若経」(中村元・紀野一義訳注)に収載されています。 その『金剛般若経』解題には次のように記されています。 (以下引用) 『金剛経』または『金剛般若経』というのは略称であって、詳しくいうと漢訳で『金剛般若波羅蜜経』また は『能断金剛般若波羅蜜多経』として伝えられている…
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