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1件〜100件

  • 禅話133ー余計な事は考えるな!ー

    まず余談だが、海外からも「東京オリンピックの中止」が望まれている。一方、国内でも、多くの国民が中止を望んでいる事は勿論、勤務医の労働組合「全国医師ユニオン」も、オリンピックの中止を政府に要請した。これでも、オリンピックを強行開催するというのなら、日本国民は勿論、世界からも、日本の政府は信頼を失うだろう。いずれにせよ、国民の命よりも、名誉や金儲け(オリンピック開催)を優先する外道どもには呆れるばかりだ。前にも書いたが、不要不急のオリンピックの自粛を願う!そもそもスポーツって、人様の命を犠牲にしてまで強行するようなものだったっけ?さて、今回は、久しぶりに「禅話」を書こうと思う。以下は本文。荷玉和尚〔匡慧〕●原文問、「十二時中、如何与道相應?」師云、「莫造作。」僧曰、「争奈時中何?」師云、「時中是什摩?」●試訳問う、...禅話133ー余計な事は考えるな!ー

  • サーフィン系You Tubeについに

    サーフィンのイメージトレーニングをする上で、サーフィンの動画を観る事がよくある。昔、僕が18歳でサーフィンを始めた頃は、サーフィン動画を観るのは簡単ではなかった。町の公民館のような場所を利用して、サーフィンムービーの上映会などがあり、そんな場所でしかサーフィン動画を観れなかった。とは言え、そうした上映会は、単にサーフィンムービーを鑑賞するだけにとどまらず、集まって来る多くのサーファーたちとの交流の場でもあった。とにかく、それはそれで楽しい思い出だ。さて、現在は、サーフィン動画を、いつでもどこでもYouTubeなどで気軽に直ぐに観れる。もちろん僕だけではなく、おそらく多くのサーファーが、YouTubeなどでサーフィン動画を観て、いろいろと参考にしていると思う。まあ、中には、とても見るに堪えない物もある。それがどれ...サーフィン系YouTubeについに

  • 東京オリンピック中止!

    僕は、コロナ禍以前から東京オリンピック開催には反対だった。それは、これまでにも当ブログに書いて来た通りだ。しかし、今のコロナ問題の悪化を見ていると、もはや、オリンピック開催に「賛成か」「反対か」などと言ってる場合ではなく、ハッキリと、「中止すべき」という状況になっていると言えるだろう。そもそも、現在発令されている3度目の「緊急事態宣言」って、何かのジョーダンなのか?と思ってしまう。「不要不急の外出は自粛」「ステイホーム」「1都3県に遊びに来ないで下さい」等々を言っておきながら、一方で、間もなく、大会関係者だけで数万人もの人達が我が国に入国する「東京オリンピックはやります!」「選手や関係者の方々、世界からどんどん東京に来て下さい!」って、これほど支離滅裂で異常な事は他に無い。これを、「ジョーダンだろ?」と言わずし...東京オリンピック中止!

  • Just Surf〜ローカル問題・ドロップイン問題

    『JustSurfただ波に乗る〜サーフィンのエスノグラフィー〜』という本がある。その著者は、水野英莉さんという女性サーファー。彼女は、特にプロサーファーでも何でもない一般サーファーだが、一方で、社会学、ジェンダー・スタディーズを専攻する京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得認定退学なさっている博士だ。そして現在は、流通科学大学人間社会学部准教授だそうである。本書は、そんな彼女自身のサーフィン体験およびサーファー仲間との体験を通じて、主にジェンダーの問題に焦点を当てて書かれている。いや、単に性差別の問題というよりも、サーファーたちの中で起きる仲間意識や差別意識、或いは上下関係や優劣など様々な側面からサーファーたちの実態を浮き彫りにし、問題提起する。初版は2020年3月30日発行で、僕は、出版前から予約をして、出...JustSurf〜ローカル問題・ドロップイン問題

  • 禅ネタ本46ー⑥『金剛般若波羅密経』ー

    さて、前回紹介した文の①~⑦部分について、筆者なりの言及、または確認を加えたい。まず①。『老子』が『荘子』とは異なり、政治への関心を持ちつづけていたように思われる点については、既に以前に紹介したので今は繰り返さない。ただ、「政治への関心」に限らず、人が、あるテーマに対して関心を寄せるということは、思考や行動を一定方向に向けるということであり、それは、完全なる自由とはほど遠い制約された限定的活動にほかならない。先に見た『荘子』が天に従うのも同様で、「天への関心」を抱く時点で一定方向を向いていることになる。それを足かせと言うのであれば、『老子』・『荘子』に限らず、人間的営みには、常に大なり小なりの足かせが伴うということにもなる。もっとも、完全なる自由に生きることなどは全く不可能であり、制約された条件下でのみ生きるこ...禅ネタ本46ー⑥『金剛般若波羅密経』ー

  • サーファーあるあるw

    今回は、海でサーフィン中に、ちょっと気になった事を3つ〜4つ挙げてみたい。さっそく以下に示そう。①【パドリングよりバタ足の人】乗ろうとする波がやって来て、その波に乗るためにパドリングを開始する。その時、パドリングよりも激しいバタ足をする人を時々見かける。ここは、基本、両手のパドリングでテイクオフするところだ。勿論、そのパドリングを補うために多少バタ足をする人は少なくない。僕も、場合によって2〜3回ほど足で水を蹴る事もある。だが、基本は両手のパドリングだ。ところが、何を勘違いなさっているのか?両手のパドリングよりも何倍もの力で、大きな音を立てて「バチャバチャバチャバチャ〜!」とバタ足でテイクオフしようとしてる人が、たまにいらっしゃる。まあ、そーゆー人がいても、僕は特に何も言わないけど、本当は次のように言ってあげた...サーファーあるあるw

  • 禅ネタ本45ー“無”と“無限”ー

    老子は、無の哲学の先駆者として、無の世界に足をふみいれたが、一方で、(①)老子は政治への関心を持ちつづけていた。その政治の重い足かせが、より自由な飛躍をさまたげる結果となった可能性があるという。「無の哲学の真の完成は、次の荘子を待たなければならなかった」として、森氏は、『老子』・『荘子』それぞれの説く「無」の違いに切り込む。まず、(②)『老子』は固定した「無」を万有の始めに置いているが、それは誤りであると指摘する。万有の始めとなるものは、「無」ではなく、有を限りなく包み込む「無限」でなければならないという。この点『荘子』は、有無の両者を包み込む無限者の性質を鏡に譬えて説明しているとして、『荘子』応帝王篇の次の箇所を引く。「至人(しじん)の心を用(もち)いるは、鏡の若(ごと)く、將(おく)らず逆(むか)えず、應(...禅ネタ本45ー“無”と“無限”ー

  • 禅話132ー道を得た人ー

    まず余談だが、3月25日から聖火リレーが始まった。2回目の緊急事態宣言が解除された後、今も、東京都内の首都高速道路上などの電光掲示板には、「不要不急の外室は自粛」と示されている。これは、緊急事態の期間が過ぎても、感染者数のリバウンドを恐れての事だろう。いや、そもそも、もう1年も前からコロナ問題と向き合っているのに、国民にお願いするばかりで、国は、有効な手段をほとんど何も打っていない。そのため、今回の宣言解除も、「お手上げ解除」でしかない。「どうしていいのか、わかりませ〜ん。お手上げで〜す」という無能な解除だ。更に、今のところ、ワクチンさえも充分に足りていない。こんな状況なのに、本気で東京オリンピックを開催する気らしい。このコロナ禍でも強引に開催するその姿勢は、まさに、狂っているとしか思えない。因みに、ニッポン放...禅話132ー道を得た人ー

  • 波乗り雑記帳2(15)ー【最終回】ー

    僕(当時27歳)は、その後もサーフィンを続けた。仕事が休みの日には、必ず海へ通った。また、ある会社で、トラックに乗って千葉の外房方面への配送を担当していた頃には、トラックにサーフボードを積んでおいて、配送の仕事の合間にもサーフィンを楽しんだ。それから、千葉のみではなく、茨城の鹿嶋や大洗方面へもよくサーフィンをしに行くようになった。茨城方面は、波が良い事が多い。但し、湘南や千葉よりも海水温がかなり低い。その冷たい海に入り続けた事が引き金となったのか、僕は、ついに耳の病気になってしまった。サーフィンをしない人にはあまり知られていないかも知れないが、我々サーファーは、長年に渡り海に入り続ける(特に冬の冷たい海に入り続ける)事で、「サーファーズイアー」という耳の病気を発症してしまう事がある。海でサーフィン中、繰り返し耳...波乗り雑記帳2(15)ー【最終回】ー

  • 波乗り雑記帳2(14)ーグッドウェーブー

    僕は、27歳の時に、千葉の夷隅でサーフィン中、初めてスナメリ(イルカの一種)と遭遇した。18歳からサーフィンをしているのに、なぜ、27歳まで遭遇しなかったのか、逆に不思議である。やはり、あの2.26の事故以降、僕の中で何かが変わったのか?とさえ思えてくる。ともかく、その後は夷隅よりも北のエリア(千葉県北方面)で、サーフィン中に何度かスナメリと遭遇するようになった。最初は、何なのか正体を知らなかったので怖いような気もしたが、スナメリである事がわかってからは、サーフィン中に近くに彼らが出現すると、なんだか嬉しい気分だし、癒やされる気がした。時には、僕がパドリングで移動していると、僕の後を追ってついて来る事もあった。また、僕がドルフィンスルーをすると、僕のボードの真下で、僕の動きを真似て同じようにドルフィンスルーをし...波乗り雑記帳2(14)ーグッドウェーブー

  • 禅ネタ本44ーインド仏教の“空”・中国老荘の“無”ー

    ところで、『荀子』「解蔽篇」に記された批評は、荘子ただひとりに対するものではなかった。墨子(ぼくし)、宋子(そうし)、慎子(しんし)、申子(しんし)、恵子(けいし)、そして荘子の順で、計6人へ批評を加えている。しかし、この場に於いて老子には言及していない。老子に対しては、同書「天論篇」に於いて、慎子、老子、墨子、宋子の順で4人を挙げ、彼らに対して、真の道を知らない愚者として批判している。「解蔽篇」に記された批評対象と、「天論篇」に記された批評対象とでは、「墨子」・「宋子」・「慎子」が重なり、「申子」・「恵子」・「荘子」は「解蔽篇」のみ。そして、「荘子」は「解蔽篇」のみであるのに対して、「老子」は「天論篇」のみで批評されている。『荀子』にとって、老子と荘子は、同列に並べ挙げて批評するものではなく、別々に考察すべき...禅ネタ本44ーインド仏教の“空”・中国老荘の“無”ー

  • ブログお休みします

    毎年、今頃の時期に言ってるような気がするけど、「坊主まる設け」は正しくない。我々僧侶も、キチンと税金を納めている。というわけで、年に1度の確定申告の準備で忙しいため、今回はブログ記事をお休みします。尚、写真は、先日サーフィンをした夜明け頃の某海。まだ太陽は昇らず、月が美しく輝いていた。禅蔵合掌ブログお休みします

  • 波乗り雑記帳2(13)ー将門・鬼滅・そして‥‥ー

    冬のある日、知り合いの小さな居酒屋で、仲間数人と共に朝方近くまで飲んでいた僕(当時27歳)は、タバコを切らせてしまった。(尚、今はタバコは完全にやめているし、お酒は少量飲む程度だ)僕は、仲間が乗って来ていた自転車を借りて、近くのタバコの自販機に向かった。まだ夜明け前で辺りは暗かった。自転車で走りはじめて間もなく、僕の記憶が途絶えた。次に記憶が戻ったとき、僕は、血だらけで路上に倒れていた。いったい、何が起きたのか!?おそらくは、次のような事だと思う。僕は、スピードを出すために全力で自転車のペダルを回転させた。このとき僕は、ペダルの回転を見ていて前を見ていなかった。記憶があるのはここまで。ここからは想像だが、かなりの酒量を飲んでいたところで急激に身体を動かしたので一気にアルコールが体内に巡った。このためバランスを崩...波乗り雑記帳2(13)ー将門・鬼滅・そして‥‥ー

  • 禅ネタ本43ー天か人か・性善説か性悪説かー

    前回の「禅ネタ本42ー禅仏教文献に見る死生観ー」(2021/1/31UP)の続き。さて、『老子』と『荘子』の異なる側面については、馮氏ばかりが述べているわけではない。例えば、森三樹三郎氏は次のように述べている。「老子と荘子の間には、かなり顕著な相違があって、老子が政治的関心から出発して形而上の世界に歩を進めたのにたいし、荘子は最初から永遠の世界に突入しようとする。それだけに荘子のほうが、より哲学的であり、宗教的である」と。上に森氏が言う「老子が政治的関心から出発」に関連して、例えば金谷治氏は、『老子』80章に理想郷(ユートピア)が描かれていると指摘した上で、次のように述べている。「そうしたユートピアを描くこと自体が、すでに大いに政治的なことだと言えるはずです。つまり、世間的な政治技術は否定されるとしても、もっと...禅ネタ本43ー天か人か・性善説か性悪説かー

  • 波乗り雑記帳2(12)ークローズアウトー

    前回、「波乗り雑記帳2(11)ー陸から空へ。そして海へ!ー」(1/24UP)で触れた通り、僕は、母たちを探す旅・各地のお寺に泊まり巡る旅に加えて、夜な夜な首都高速道路で車を走らせる陸の体験。スカイダイビングやモーターグライダー等で大空を自由に飛ぶ空の体験。それぞれ素晴らしく貴重な体験をした。だが、サーフィンの魅力は、それらを上回っていた。決定的なのは、サーフィン以外はプレイ可能な条件の幅が狭いという事。例えば、車でスピードを出せばスピード違反という違反行為になるし、スカイスポーツは、視界良好で風穏やかな日にしか出来ない。濃霧や強風では出来ないのだ。一方、サーフィンは、自らの判断でいつでも出来る。その自由さは、サーフィン以外にはなかなか無いのであった。そういうわけで、僕(当時27歳)は、少しの間離れていた海へ再び...波乗り雑記帳2(12)ークローズアウトー

  • 禅ネタ本42 ー禅仏教文献に見る死生観ー

    前回の「禅ネタ本41ー生を喜ばず死を憎まず、生死一体なるを知るー」(2021/1/17UP)で紹介した『老子』13章①を換言すれば、次のような事であろう。「我れを想い悩ます患(わずら)いは我が身である。この我が身が無ければ、なにものにも想い悩まされることはない」これは、生きる上で、生・老・病・死の4つが苦しみであるとする仏教の基本的な立場を思い起こさせる。例えば、1世紀頃のインドの仏教詩人アシュヴァゴーシャ(=馬鳴めみょう)の作『ブッダチャリタ』を、中インド出身の僧曇無讖(どんむしん)が5世紀に漢訳したとされる文献『仏所行讃(ぶっしょぎょうさん)』(『大正新脩大蔵経』4巻に収録されている)がある。その内容は、仏教開祖釈尊の生涯を綴った伝記である。そこには、「生・老・病・死」についての言及が散見できる。今、その内...禅ネタ本42ー禅仏教文献に見る死生観ー

  • 波乗り雑記帳2(11)ー陸から空へ。そして海へ!ー

    当時の僕は、特に車の免許には興味は無かったが、母に勧められて、26歳になってやっと自動車教習所へ通う事になった。その教習所では、意外な出会いがあった。1つは、少し前に地元で出会った18歳の女の子がこの教習所の生徒として来ていた事。彼女とは、最近会っていなかったので、教習所での再会という事になったわけだ。もう1つ、それ以上に驚いたのは、この教習所の運転教官の中に、僕の中学生時代の同級生がいた事。中学生時代、彼とはクラスも一緒で、そのクラスの中でも特に仲が良かったグループの中の1人だった。「あれ?禅蔵?何だよお前今ごろ免許取りに来たのかよ?」というのが、彼との再会で最初に言われた一言だった。改めて、26歳にもなってやっと車の免許取得のために教習所へ通う事が、ずいぶんと遅い事なのだなあ、と感じた。ただ、彼は、僕に対し...波乗り雑記帳2(11)ー陸から空へ。そして海へ!ー

  • 禅ネタ本41ー生を喜ばず死を憎まず、生死一体なるを知るー

    前回、「禅ネタ本40ー禅の己事究明と、楊朱の個人主義ー」(2020/12/20UP)に於いて、中国で構築された禅の思想と、それ以前から存在する中国古典の1つ楊朱の思想は、どちらも、“我”を中心とした考えに立脚している事を指摘した。それは、“無我説”とも称される仏教とは、本来異なるものではないか?そもそも、中国人には、是非はともかく〝中華思想〟と言われる意識がある。これは、自らの地が世界の中心であり、その文化が最も優れているとするもので、そこに誇り高い自己肯定の気質が存する。現代人でも、どこか自信がなさそうな日本人に比べて、中国人はいつも堂々としているように見える。これは、たとえ本人が無意識であっても、中国人には自己肯定の〝中華思想〟が身についているためであろう。この〝中華思想〟こそが、楊朱の為我説(個人主義)や...禅ネタ本41ー生を喜ばず死を憎まず、生死一体なるを知るー

  • 波乗り雑記帳2(10)ー旅ー

    僕は、25歳の時に、千葉で完璧に満足のいくサーフィンが出来た事を期に、一旦サーフィンに区切りをつけた。その後、K子の影響を受けた僕の妹(僕より3歳年下)が、未婚のままヤクザの子を産んだ。これにより、父が激怒し、母は、僕の妹とその子供を連れて、父の元から家出をした。このため、僕は母たちを探す旅に出た。このとき僕は、26歳になっていた。しかし、いきなり旅に出たわけではない。まず初めに、僕は、今後どうするのか相談するために父に電話をした。しかし、父の答えは次のようなものだった。「俺は1人でやっていく。お前も1人で生きていけ!」と。父とは、それまでも、その後も、ずっと疎遠のままとなった。そこで、今度は隣町にある母の実家を訪ねた。父のもとから家出をした母たちの行き先を知らないか聞くためだ。母の実家では祖母から話しを聞き、...波乗り雑記帳2(10)ー旅ー

  • 謹賀新年!

    新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。ちなみに、僕はもう趣味のサーフィンの年始の初乗りを済ませた。一方で、仕事の面では、明日さっそく葬儀の依頼が入っているので、今日はその準備に取りかかる。今年も、サーフィンと、お勤めの、2本立ての日々になりそうだ。禅蔵合掌謹賀新年!

  • 良いお年を!

    今年は、新型コロナウィルスの世界的なパンデミックで大変な年だった。昨日12/26㈯の、東京都の新型コロナウイルス感染者は、新たに949人確認されたそうだ。これは、1日あたりの感染者数としては、12/24㈭の888人を上回り、過去最多。東京都内では、これで12日連続で曜日ごとの最多を更新している。そもそも、昨日12/26は、いつも感染者数が少ないはずの土曜日だ。その土曜日に、949人確認となると、間もなく、都内の1日あたりの感染者が1000人を超えるのは確実だろう。もしかしたら、やがて2000人にも達するのかも知れない。都内の病院は、もうその機能を完全に失うだろう。今さらながら、「GoToキャンペーン」を始めるのが早すぎた。そして、同キャンペーンを停止するのが遅すぎた。その意味で、菅氏ら政治家の責任は重大だ。そも...良いお年を!

  • 前ネタ本40ー禅の己事究明と、楊朱の個人主義ー

    前回「馬祖禅の矛盾」を指摘したが、今ここでは、先の馮友蘭氏の著書からの引用に話題を戻す。そして、後半では、禅の己事究明(こじきゅうめい)について触れる。まず、先に見た「司馬談が道家を〈道徳〉家と称している」について。司馬談(?~紀元前110)とは、司馬遷の父である。そして上の文は、「六家要旨」に記しているという。当該の文は、『史記』巻130「太史公自序」に確認出来るので示しておく。(訓読)「六家の要指に論じて曰く(中略)夫(そ)れ陰陽、儒、墨、名、法、道德は、此(こ)れ務めて治を為す者なり。」さて、馮氏の述べるところに於いて、特に注目したいのは、「老学は楊朱の学を一歩進めたもの、荘学はこれを二歩進めたもの」という点である。まず、楊朱(ようしゅ)とは何者か。楊朱は、ときに陽生(ようせい)や陽子(ようし)或いは陽子...前ネタ本40ー禅の己事究明と、楊朱の個人主義ー

  • 波乗り雑記帳2(9)ーサーフィンライフの終わり?ー

    僕(当時25歳)は、サーフィンそのものに集中したくて、Wサーフィンクラブの仲間と海へ行く事を減らし、1人で電車に乗ってサーフィンをしに行くようになった。その電車内では、電車サーファーの高校生たちや、地元の素朴な女子高生たちと知り合った。そんなある日、Wサーフショップのスタッフから、次のような電話連絡があった。「今度ウチ(Wサーフショップ)主催のサーフィンコンテストやるんだけどさあ!Sクラス(1番レベルの高いスペシャルクラス)の出場者が少なくてさあ。禅蔵なら、Sクラスレベルだから、ウチのコンテストのSクラスに出場してよ!って言うか、実はもうSクラス出場者の1人として禅蔵の名前書いといたから!絶対に出場してよ!」と。僕は、「また、コンテストかよ‥‥‥」と思った。「波乗り雑記帳」シリーズ1に書いたが、そもそも僕は、1...波乗り雑記帳2(9)ーサーフィンライフの終わり?ー

  • 禅ネタ本39ー馬祖禅の矛盾ー

    さて、柿村崚・吾妻重二両氏の共訳を頼り、馮友蘭(ひょうゆうらん)氏が『中国哲学史成立篇』で述べるところを引用したい。馮氏は、「漢以前に「道家」という名称はなかったし、また『老子』の思想は荘子と同じではない。老学は楊朱の学を一歩進めたもの、荘学はこれを二歩進めたもの」という。更に、「老学は漢初にあって流行し、荘学は漢末において隆行をみた。(中略)実際には『老子』は『老子』、『荘子』は『荘子』なのである」と述べ、次のように続ける。「道家という名称は漢人によって立てられた。老・荘がともに道家とされたのは、老学と荘学は異なるとはいえ、ともに当時の伝統的思想・制度全般への反対派だったことによる。もう一つは、老学と荘学が説く「道」「徳」の二概念が共通していたからである。漢代、道家の名のもとに両者が一括されたのは、ここに理由...禅ネタ本39ー馬祖禅の矛盾ー

  • 波乗り雑記帳2(8)ーサーフィンに対する気持ちの変化ー

    Wサーフィンクラブで仲良くなった尾藤さん(当時25歳)といつも一緒に海に行ってサーフィンをしていたが、その習慣にも終わりがやって来た。尾藤さんは、当時H大学の大学院生だったのだが、その大学院での勉強に区切りをつけて、遠く関西方面にある実家に帰る事になったそうだ。理由は、商売を営んでいる実家のあとを継ぐためだと言う。尾藤さんが居なくなってからの僕(当時24歳)は、Wサーフィンクラブの他のメンバーと海へ行っても良かったのだが、このころ僕は、サーフィンに対する考え方に若干の変化が起きてきていた。それまでは、仲間とワイワイ一緒にサーフィンをする事が楽しかったのだが、この頃から、1人でサーフィンしたいと思うようになってきた。その理由はこうだ。仲間とワイワイ一緒に海に入っているのは確かに楽しいが、おしゃべりなどに夢中になっ...波乗り雑記帳2(8)ーサーフィンに対する気持ちの変化ー

  • 【禅話131ー禅と道ー

    まず余談だが、僕が小学6年生の頃に、テレビで『水滸伝』(中村敦夫さん主演)というテレビドラマが放送されていた。僕はこのドラマが大好きで毎回観ていた。特に、ドラマのエンディングで流れる曲の歌詞は今でも覚えているし、今でも好きだ。「人生は知れたものさ。うまく生きても、一片の雲のように流れ去るだけ。泣くな友、泣いたって昨日は昨日さ。明日じゃない。」なるほど。空に浮かぶ雲が何かの形に見えても、直ぐにその形は変化してしまう。要するに、時は一瞬もとどまる事なく変化し続けるものなのだ。僕は、上記のドラマエンディング曲を通じて、小学生の頃から無常を感じていた。まあ、少々マセていた小学生だったwのかも知れない。さて、それはともかく、今回は久しぶりに「禅話」シリーズを書こうと思う。以下は本文。金峯和尚〔從志禅師〕●原文問、「如何是...【禅話131ー禅と道ー

  • 波乗り雑記帳2(7)ーサーファーガールたちー

    湘南に住んでいた頃のサーフィン仲間であったN島さんが、突然遊びに来てくれた事を前回に書いた。その後、N島さんとは会っていない。一方で、Wサーフィンクラブで仲良くなった尾藤さんとは、相変わらず千葉の海に通い、サーフィンを続けていた。Wサーフィンクラブには、千葉の海の近くにクラブハウスがある事も前回書いたが、ほかにも、Wサーフィンクラブには、クラブ員なら自由に使える車もあった。これが、最大9人乗れるワンボックスカーなので、複数人で一緒に海に行く場合は、この車を使うと便利だ。真冬のある日、クラブ内の男2人・女3人、計5人でサーフィンに出かけた。いや、現在では、真冬にサーフィンをしているのは男ばかりで、女子はかなり少ないように思う。だが当時は、真冬でもバリバリにサーフィンをしている女の子たちは少なくなかった。男2人とは...波乗り雑記帳2(7)ーサーファーガールたちー

  • 禅ネタ本38ー鬼を神にし、天地を生むものー

    2、道家(どうか)道家の思想を代表する書物に『老子』と『荘子』がある。既に、本論「序章」で触れた通り、「道家」という言葉の初出は、『史記』「六家之要指」。また、『老子』と『荘子』を合わせて「老荘」と並称した最も早い例は『淮南子(えなんじ)』要略篇であるとされる。『老子』と『荘子』それぞれについては、後でそれぞれの項を立てて別々に紹介したい。今ここでは、次の2点に触れるにとどめる。1、『老子』と『荘子』の相違について述べる。但し、本論の性格上、折に触れ、禅や仏教の思想との比較も織り交ぜる。2、前の「1、儒家」で、『漢書芸文志』「諸子略」から「儒家」についての文を引いた。ここでも、同書から「道家」についての文を引き、その著者班固は、道家をどのように評価しているのかを紹介する。では、「1、『老子』と『荘子』の相違につ...禅ネタ本38ー鬼を神にし、天地を生むものー

  • サーフィン教えます

    いや、「サーフィン教えます」と題したが、実際の内容は「先日サーフィン中に思った事」を書きたいと思う。「なんだサーフィン教えてくれないのか?」と思う方は、僕のようなアマチュアサーファーではなく、是非とも、プロサーファーからの指導を受けましょう。アマチュアなのに知ったかぶりをする人からのアドバイスよりも、サーフィンのプロからのアドバイスや指導を受ける事が一番確かなはずだ。さて、先日、関東の某海でサーフィン中に、僕の近くに若い女性サーファーが海に入っていた。彼女は、ショートボードに乗ってはいるが、見るからに初心者だった。何度か波に乗ろうとして、たどたどしいパドリングをするのだが全く波に乗れない。いや、前のめりにパーリングするならまだ乗れる可能性はあるのかなあと思うが、彼女は、毎回波に乗り遅れている。それもそのはずで、...サーフィン教えます

  • 波乗り雑記帳2(6)ー夏の日の出来事ー

    さて、僕(当時24歳)は、Wサーフィンクラブのクラブメンバーの中で、特に、尾藤さん(仮名:25歳)と仲良くなった。そして、彼の車に乗せてもらって海に行く事が多かった。その日も、僕は尾藤さんと海へ向かった。このとき、僕はまだ、これから不思議な事が起きるとは知るよしもなかった。ところで、Wサーフショップ、及びそのサーフィンクラブは、都心部の僕の地元の街にある。従ってサーフィンをするための海まではそれなりの距離がある。そこで、このサーフィンクラブは、海の近くにクラブハウスを所有していた。そこは、千葉の某サーフポイントの直ぐ近くで、海までは徒歩3分ほどの最高の場所だった。僕らクラブメンバーは、海の行き帰りにそのクラブハウスに立ち寄ってシャワーを浴びたり、休憩したり、宿泊するなどしてハウスを活用する事が出来た。さて、その...波乗り雑記帳2(6)ー夏の日の出来事ー

  • 禅ネタ本37ー儒家まとめー

    さて、本論の性格上、仏教の一翼を担う禅と、中国古典思想の一翼を担う道家すなわち老荘思想に触れながら、儒家について見てきた。本項を簡単にまとめれば次の如くでる。儒家の祖である孔子の父母は正式な婚姻関係になかったが、尼丘山に祈りを捧げて孔子を授かった。だが父母は早くに亡くなった。孔子の思想を伝える基本的書物には『論語』がある。『論語』は、孔子自身が著したものではなく、孔子を信奉する弟子たちによって書かれた。現行本『論語』は全20篇から成るが、前半10篇が古層に属し、後半10篇は後から付加された部分であろうと考えられている。そして、前半を「上論」、後半を「下論」と呼ぶ。その『論語』の内容の基本的な主題は道徳であり、それを以て潤滑な人間関係の形成を目指す現実社会の指針の書といってよい。『漢書芸文志』の著者班固は、儒家に...禅ネタ本37ー儒家まとめー

  • 波乗り雑記帳2(5)ー夢の続きー

    ●訂正●訂正すべき点が見つかった。「波乗り雑記帳2(1)ー水没ー」(2020/8/9UP)に於いて、僕がディズニーランドで働いていた頃の年齢を「当時22歳」と記したが、正しくは23歳だった。従って、「波乗り雑記帳2(4)ー新たなサーフポイントー」(2020/9/27UP)に於いて、Wサーフショップがオープンした年に「僕は23歳になった」と記したが、正しくは24歳になった年だった。以上、当時の僕の年齢が1歳ズレていた点を訂正する。以下は本文。さて、Wサーフショップのサーフィンクラブに入って、その店のオーナーをはじめとして仲の良いサーフィン仲間が何人か出来た。その中でも、特に仲良くなったのは、当時24歳の僕より1つ年上の尾藤さん(仮名:25歳)。彼は、H大学の大学院生で、マイカーを所有していたので、僕は、彼の車に乗...波乗り雑記帳2(5)ー夢の続きー

  • 禅ネタ本36ー宗教臭が希薄で現実重視ー

    前回、中国古典思想の「不言の教え」に関連して、仏教禅宗に於いて尊(たっと)ばれる「世尊拈華微笑(せそんねんげみみしょう)」のエピソードを紹介した。釈尊が霊山会上(りょうぜんえじょう)に在(あ)って、弟子たちの前で花を拈(ひね)って見せた。弟子たちは皆その意味がわからず黙っていた。しかし、ただひとり摩訶迦葉(まかかしょう)のみが、師・釈尊の不言の教えを汲み取って微笑(ほほえ)んだ。これにより釈尊は、「われに正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)、涅槃妙心(ねはんみょうしん)、実相無相(じつそうむそう)、微妙(みみょう)の法門有り。不立文字(ふりゅうもんじ)、教外別伝(きょうげべつでん)、摩訶迦葉に付嘱す」と述べる。こうして釈尊から摩訶迦葉へ仏法が授受される、というお話しである。この話しは、中国で作成された偽経『大梵天王問...禅ネタ本36ー宗教臭が希薄で現実重視ー

  • 波乗り雑記帳2(4)ー新たなサーフポイントー

    サーフィンをやめて、湘南から地元の街に戻っていた僕だったが、その地元の街に、Wという店名のサーフショップが出来た。これを期に、僕は再びサーフィンをやろうと決意した。そしてそのWサーフショップを訪ねた。店のオーナーは、僕(当時22歳)より10歳ほど年上で、茶髪で真っ黒に日焼けしたサーファーだった。彼は、笑顔で「いらっしゃい!」と声をかけてくれた。僕は、さっそく、この店で新しいサーフボードを買った。オーナーは、Wサーフィンクラブに入らないか?と誘ってくれた。このクラブは、Wサーフショップオープンと伴に立ち上げたクラブだそうだ。要するに、みんなで集まって一緒にサーフィンに行ったり遊んだりしよう。それから、店の商品も、クラブ員なら多少の割引もしますよ、というものだ。で、既に20~30人ほどの人がこのクラブに入会していて...波乗り雑記帳2(4)ー新たなサーフポイントー

  • ブログのお休み

    基本的に、最近は毎週日曜日にブログ記事をアップしているが、都合により、今回はお休みします。【写真:某観光ホテルの客室内の置き物。】◆新・からっぽ禅蔵◆ブログのお休み

  • 禅ネタ本35ー不言の教えー

    まず余談だが、昨日、先輩のお誘いで、大学時代の友人(先輩)数人とZOOMで楽しくお話しさせて頂いた。ほとんどが卒業以来お会いしていない方々なので、とても懐かしく、ついつい話し込んで、予定時間を過ぎてお喋りしてしまった。そこで一番感じた事は、みなさんが元気そうで良かった、という事。それが何よりである。以下は本題。『老子』『荘子』に代表される老荘思想といえば、「無為自然(むいじねん)=為(な)すこと無(な)く自(おの)ずから然(しか)る」を理想として掲げていることは周知の通りである。先に見た『論語』「衛霊公篇」と同様に、無為(むい)を理想とする箇所を、ここでは今本『老子』から、訓読で2つ示そう。①無為を為さば、則(すなわ)ち治(おさ)まらざること無し。(『老子』3章より)②道は常に無為にして、而(しか)も為さざるこ...禅ネタ本35ー不言の教えー

  • 最悪すぎた安倍政権

    ネット上のニュースで、安倍晋三氏の大学時代の恩師の言葉が紹介されていた。僕が安倍晋三氏に対して感じている事と矛盾しないし、大いに共感できる内容だったので、以下に引用紹介したい。【以下引用文】成蹊大学名誉教授の加藤節(たかし)氏は、同大法学部の教員として2013年に退職するまで40年以上教壇に立ち続けてきた。数多くの学生を指導してきたが、その中に若き日の安倍晋三首相もいた。安倍首相の恩師である加藤氏からみて、「教え子」安倍首相の電撃辞任と7年8カ月の政権運営はどう映ったのか。まず、安倍首相の突然の辞任について、どう思われましたか。加藤氏難病を抱えていたのだから、本当はもっと早く辞めるべきだったのかもしれません。持病である潰瘍性大腸炎は完治しない病気だと言われます。自分ならやれるという思いもあったのでしょうが、そこ...最悪すぎた安倍政権

  • 波乗り雑記帳2(3)ー再び海へ!ー

    「おらぁ!」ドカッ!ある晩、僕(当時22歳)は地元の駅に近い飲み屋街で、3対1でケンカをしていた。相手は3人、対するのは僕1人だけである。経緯はこうだ。その晩、僕は僕の遊び仲間と2人で一緒に街でお酒を飲み、店を出たところで3人組の連中に絡まれた。因みにこの3人組もお酒が入っている様子だった。いずれにせよ、こっちは2人、相手は3人だから、相手のほうが1人多い。だが、ケンカに負ける気がしなかった。「俺ら2人でテメーら3人ぶっ潰してやるよ!なあ!」と言って、僕は僕の後方に居た仲間の方を振り返った。すると、僕の仲間の姿は無かった。彼は、物凄い逃げ足の速さで、もうその場から逃げて消えていたのだ。「あれ?」と言って呆然としている僕に対して、相手の3人組は次のように言った。「ああ⁉何だって?コラァ!」「テメーの仲間はもう逃げ...波乗り雑記帳2(3)ー再び海へ!ー

  • 禅ネタ本34ー為す事なく治めるー

    皇侃が生きた時代は、次のような時代だった。西暦200年前後に始まった道教が、老荘思想や仏教教理などを取り入れて教団の組織化に成功し大きな勢力になっていたのだ。(尚、道教と、老荘思想の道家は、全くの別物。これは以前に詳しく書いた。)504年に梁の武帝が道教を捨てて仏教を奉ずる「捨道奉仏」の式をあげているが、それは、仏教を奉ずるにあたって、捨道せざるをえないほど道教が盛んであったことを証明している。また、以前にも触れたように、梁の時代、仏教や道教の垣根を越えて盂蘭盆会を営んでいた可能性もある。そうであるならば、武帝の捨道奉仏によって道教が消滅したわけではあるまい。また、皇侃の『論語義疏』の特徴の一つとして、道家の用語を使っている点が見られるようである。このようなことを考え合わせれば、皇侃が、老彭を800歳の長寿者と...禅ネタ本34ー為す事なく治めるー

  • 波乗り雑記帳2(2)ーマリアとの別れー

    東京ディズニーランドのカヌーアトラクションで、僕(当時22歳)がキャスト(スタッフ)として船尾を担当していた時。僕は、うっかりミスをしてカヌーから落ちてしまったwもちろん全身ずぶ濡れである(笑)この瞬間、カヌー乗り場に行列を成していた数百人ものゲスト(お客さん)たちから、僕は大爆笑されてしまった。少し前には、湘南でトリプルサイズのビッグウェーブに乗って千人以上のギャラリーから賞賛の歓声を浴びた僕が、サーフィンをやめて街に戻った今、ディズニーランドのカヌーアトラクションでミスを犯して水没。数百人のゲストたちから失笑を買ってしまったわけだ。元湘南サーファーの僕が、ずいぶんと落ちぶれたものである。さて、そんな僕は、この頃、アパートの一室でマリア(当時18歳)と一緒に暮らしていた。そう。マリアは、僕が湘南の海でトリプル...波乗り雑記帳2(2)ーマリアとの別れー

  • お盆とお葬式

    まず余談だが、「インド洋の島国モーリシャスの沖合で大型貨物船が座礁して重油が流出した事故で、船を運航していた商船三井は、流出した重油は1千トン以上だったと明らかにした。現地の業者などに依頼して回収を進めているらしいけど、いつ終わるか見通しはたっていないという。」この事故について、僕は、強い憤りを覚える。「わざとやったわけではないにせよ、どんだけ自然を破壊するんだよ!どんだけ多くの海洋生物が命を落とすと思ってるんだよ!油1滴さえも海にこぼさない位の気持ちでやってくれよ!」と言いたい。以下は本題。毎年のように書いているが、我々僧侶は、基本的に、お盆供養がある7月・8月が1年で1番忙しい。東京盆は7月だが、最近は、東京都内でも8月にお盆供養をなさるお宅も少なくない。それは多分、そのお宅が、元々8月にお盆供養をなさる地...お盆とお葬式

  • 波乗り雑記帳2 (1)ー水没ー

    「波乗り雑記帳」は、既に~さよなら湘南の海~(2020/6/7UP)で最終回とした。ビーチで見ていた千人以上ものギャラリーの歓声を浴びながら、僕は、トリプルサイズのビッグウェーブに乗った。その後、僕は湘南を離れて、生まれ育った都会の街へ戻った。サーフィンは、やめたのだ。そして、ここからが新シリーズ「波乗り雑記帳2」である。「皆さん!アメリカ河へようこそ!それではカヌー探険に出発しましょう!」僕(当時22歳)は、インディアン(ネイティブアメリカン)のようなコスチュームを着て、笑顔でそう叫んでいた。そしてインディアン風のカナディアンカヌーにゲスト(お客さん)たちを乗せて、カヌー探険に出発した。そう。湘南から、地元の都会の街に戻った僕は、サーフィンをやめて、東京ディズニーランドのウエスタンランドエリアにある「デヴィー...波乗り雑記帳2(1)ー水没ー

  • 禅ネタ本33ー清談ー

    まず余談だが、先日、数年ぶりに大学時代の友人Kさん(1学年先輩)から連絡を頂き、初めてリモート飲み会(zoom飲み会)をして楽しい時間を過ごした。Kさん、その節はありがとうございました。Withコロナ時代の今、直接会って居酒屋などで飲み会をするのは基本的に危険だし、場合によっては無責任すぎる事でもある。なので、こうしたリモート飲み会(オンライン飲み会)は、時代に合ったとても良い方法だと思う。僕は、今までzoomもSkypeも全く使った事が無かったし、使い方も知らなかった。だがこれからは、積極にこういう方法に慣れていく必要がある、そういう時代なのかも知れない。少なくとも、爆発的に感染者が増えてきている今、直接会っての会食は控えるべきだろう。さて、以下は本題。以前にも引いた『論語』「述而篇」の「述べて作(つく)らず...禅ネタ本33ー清談ー

  • 禅話130ー私には及ばない!ー

    まず余談だが、昨今、コロナの影響でマスクゴミが増えている。きちんとゴミとして処分するなら良いが、その辺の道端や川や海にマスクが捨てられいる。その多くが、プラスチック原料で出来ている不織布マスクだ。プラスチックゴミが地球環境に悪影響を及ぼす事は、もう説明するまでもないであろう。そしてこの地球上には、我々人類以外にも沢山の生き物が暮らしている。であるならば、他の多くの生命の安全な環境のために、僕は、地球環境を破壊し続ける人類の滅亡を祈るしかないのかも知れない。人類は、まるで地球に寄生した最悪のウィルスだ。この最悪のウィルスの終息を、僕は、真摯に願おう。どうか、地球上の様々な生命体を、人類という名の最悪のウィルスから守りたまえ。合掌さて、以下は本題。◆中曹山和尚○原文問、「佛未出世時如何?」師云、「曹山不如。」曰、「...禅話130ー私には及ばない!ー

  • NALU

    新型コロナウィルスの世界的なパンデミックが無ければ、今年2020年7月24日には東京オリンピックが開催されるはずだった。そして、サーフィンもそのオリンピックの競技の1つとされていた。このような事から、おそらく今年の初め頃には、「よし!今年からサーフィンを始めよう!」と思っていた人も多いのではなかろうか。ところが、コロナの影響でオリンピックは来年に延期。その上、緊急事態宣言などに伴い各地の海辺の駐車場は閉鎖されるなどした。こうした事から、今年からサーフィンを始めようと思っていた人達が、結果的にサーフィンを始める事を断念した人も少くないのではなかろうか?まあ、僕はオリンピックには反対で、延期ではなく中止を望んでいる。海も、変にサーフィンブームになって混雑が酷くなれば、様々なトラブルの原因になるので、ブームにならない...NALU

  • 禅ネタ本32ー未来など待つものではなく、過ぎた過去は追っても無駄ー

    『論語』の下論に属す「微子篇」から、道家との交渉を窺わせる例を一つ挙げよう。(訓読)「楚の狂接輿(きょうせつよ)が歌いて孔子を過ぎる、曰く、鳳(ほう)よ鳳よ、何ぞ德の衰えたる。往(さ)ったことは諫(いさ)むべからず、來(き)たることには猶(な)お追(したが)うべし。已(や)めよ已めよ、今の政に從(したが)う者は殆(あや)うし。」つまりこうだ。楚の国の接輿という隠者(いんじゃ=俗世を離れて隠れ住む老荘的な自由人)は、孔子の近くを通り過ぎるときに、狂人のまねをして歌った。「鳳よ鳳よ(孔子を、想像上のめでたい鳥・鳳凰(ほうおう)にたとえる)、なんと徳の衰えたことか。過ぎ去ったことをとやかく言うのはやめて、これからのことを大切にしなさいな。やめておきなさい、今の政治にかかわるのは危険なことだ」と。歌の内容の意図するとこ...禅ネタ本32ー未来など待つものではなく、過ぎた過去は追っても無駄ー

  • それ、間違ってますよ!

    最近、物凄く変なテレビCMがテレビから流れている。僕は、このCMが異常なほど変だ!と感じている。それは、「お坊さんのいないお葬式」という名の会社CMである。CM内容はこうだ。年輩の男性が次のようなセリフを言う。「無宗教なのに、なぜ、お葬式ではお坊さんを呼ぶのだろう」と。このセリフが異常に変なのだ。いや、葬儀のやり方が多様化している現在、お坊さんを呼ばない葬儀があっても良い。僕は、僧侶として葬儀や法事で忙しいので、寧ろ、我々僧侶(お坊さん)を呼ばない葬儀が増えてくれたほうが有り難いくらいだ。更に言えば、これから1年で1番忙しいお盆の時期を向かえるので、なおさら僧侶としてのお勤めを減らしたいと個人的に思っている。変なのは、お坊さん抜きのお葬式という事ではない。「無宗教」という点である。一般的に、特に何の宗教信仰も持...それ、間違ってますよ!

  • スナメリ

    僕は、サーフィン中に頻繁にスナメリ(イルカの一種)と遭遇するが、その事は、なるべくブログには書かないようにしてきた。しかし今回は、自分のためのメモ書きとして少々記しておく。僕は、18歳~38歳の20年間サーフィンをしていた。そして現在、18年ぶりにサーフィンを再開してまだ3年も経たない。で、前の20年間にサーフィン中に野生のスナメリと遭遇した回数は4回。一方で、現在サーフィンを再開してから僅か3年弱で、スナメリと遭遇した回数は、なんと40回を越えている。この回数の差は一体どういう事か。野生のスナメリの個体数は減っているという話しを耳にする事はあるが、増えているとは聞いた事がない。にもかかわらず、これほど頻繁に遭遇するのは何故か?もしかしたら、若い頃の20年間にも、本当はもっと頻繁にスナメリと遭遇していたのかも知...スナメリ

  • 禅ネタ本31ー亀は、高貴な甲羅にされるより、自然の泥の中で生き生きと暮らすことを望むー

    『漢書芸文志』の著者班固は、儒家をどのように評価しているのか、『漢書芸文志』「諸子略」に於ける「儒家」の項に目を向けたい。(訓読)儒家の流は、蓋(けだ)し司徒(1)の官に於いて出、人君を助け陰陽に順じ教化を明らかにする者なり。文を六経(2)の中に於いて遊ばし、意を仁義の際に於いて留め、堯舜(3)を祖述(4)し、文武を憲章し、仲尼(5)を宗師とし、以てその言を重んじ、道に於いて最も高しと為す。孔子曰く、「もし誉むるところ有れば、それ試(こころ)むるところ有り」と。唐(とう)虞(ぐ)の(6)隆、殷(いん)周(いんしゅう)の(7)盛、仲尼の業、已(すで)にこれ効を試むる者なり。然れども惑(まど)う者は既に精微(せいび)を(8)失い、而して辟(よこしま)な者はまた時に随いて抑揚し、道の本に違離し、苟(いやしく)も衆に譁...禅ネタ本31ー亀は、高貴な甲羅にされるより、自然の泥の中で生き生きと暮らすことを望むー

  • 禅話129ー過去に従うのではなく、今を生きる!ー

    まず余談だが、最近、僕は1人で海辺のゴミを自主的に拾って海辺を綺麗にしておくように努力している。その事は、既に何度か当ブログに書いている通りだ。(但し、雨天時や強風の日はゴミ拾いはしていない。)そのゴミだが、僕は、他所から来たサーファーか釣り人が捨てているものだと思い込んでいた。勿論、そういう人達の中にも海辺でゴミを捨てる輩はいるだろう。ところが、先日、地元の人が海辺でゴミを捨てている姿を見てしまった。それだけではない。早朝にペットの犬の散歩をしている地元民が、犬の糞もその辺でさせたまま片付けていないのも見てしまった。従って、海辺近くの道のアチコチに、ゴミだけではなく犬の糞も落ちている。まったく、困ったものだ。いずれにせよ、海辺にゴミを捨てたりペットの糞を片付けない非常識でマナーの悪い輩は少くないようだ。要する...禅話129ー過去に従うのではなく、今を生きる!ー

  • 波乗り雑記帳51《最終回》ーさよなら湘南の海ー

    当時の彼女マリア(18歳)と千人以上ものギャラリーが砂浜で見守るなか、当時22歳の僕は最大級のジャイアントウェーブが立つ海に1人で挑んだ。その大波のサイズは、トリプル(人の背丈の3倍)にも達していた。まず、その大波が立っているアウト(沖)へ向かってパドリング(ボードに腹ばいになって手で漕ぐ)してゆく。その日の大波は、間近で見ると、まさに巨大な水の山だった。僕は、そいつに飲み込まれた。その大波の大きさから比較すると、僕は小さな木葉のようなものだ。あまりにも巨大なその大波に、僕のドルフィンスルー(ボードごと水中に潜って波の下を潜り抜ける事)は全く通用しなかった。両手でしっかり握っていたサーフボードは一瞬で吹き飛ばされ、僕は、猛烈にパワフルなホワイトウォーターにグシャグシャに巻かれながら水中深くに引きずり込まれた。そ...波乗り雑記帳51《最終回》ーさよなら湘南の海ー

  • 波乗り雑記帳50ー THE DAY ー

    最初で最後、ただ1度だけ出場したサーフィンコンテストはメチャクチャだった。試合中に同じ色のゼッケンの選手と混ざったり、初め「1位」と貼り出された僕の結果を、後から「4位」に張り替えられるなどの行為があった。いずれにせよ、なんだかよく理解できない結果で終わったわけである。しかし、僕はこの大会で負けたら、この湘南・鵠沼海岸を離れて生まれ育った都会の街へ帰ろうと決めていた。サーフィンはやめるつもりだ。そして、湘南を離れるための引っ越し準備などを始めようとしていたある日。思いもよらず、ついに、最大級のビッグウェーブの日がやって来た。それは、地獄の底からの地鳴りのような恐ろしい音を立てていた。思えば、僕は18歳の時に湘南・茅ヶ崎に住んで、19歳で頭サイズ(人の背丈の高さ)の波で溺れて死にそうになった。それはまだ全くの初心...波乗り雑記帳50ーTHEDAYー

  • 「誰も見てないからいいや」じゃないだろ?

    以前、ずいぶんと誤解された事があったので、僕の基本な立場・考え方、いわゆる僕のスタンスを改めて明らかにしておきたい。まず、「禅蔵さんはお坊さんのクセに、欲があるじゃないか」というような誤解。当たり前である。そもそも我々僧侶であろうと誰であろうと、全くの無欲の人などこの世に存在しない。もしも全くの無欲だったら、食事を欲する事もなく、呼吸のための空気を欲する事もないだろうから生きる事は不可能。直ぐに死んでしまう。大切なのは、〝無欲〟ではなく、〝少欲知足〟(しょうよくちそく)だ。つまり、可能な限り欲は少なく、「もっと、もっと」と欲張るのではなく、必要なものは既に足りている、即ち足るを知る事が大切。金と権力を貪る安倍晋三氏のような、私利私欲な輩は言うまでもなく論外である。安倍晋三氏は、問題が発覚する度に毎度毎度「責任は...「誰も見てないからいいや」じゃないだろ?

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