昨日、梅田で撮影しました。方向音痴なので、どこを撮影しているのか時々、分からなくなります。無事、帰宅できてよかったです。椅子に座ると梅田疲れが、どっと出ました。...
ますます「写真」が何を指しているのか分からなくなってきました。いずれ「写真」あるいは「photogragh」という言葉はなくなるかもしれません。それはそうとして、個人的には自分の考える写真を撮り続けるだけしかないと思っています。
通りすがりの○△□260414・街 soto は、こんなふうにtuesday 4
昨日、梅田で撮影しました。方向音痴なので、どこを撮影しているのか時々、分からなくなります。無事、帰宅できてよかったです。椅子に座ると梅田疲れが、どっと出ました。...
デジタル写真がやってきたころその見た印象にとても違和感がありました。人物を綺麗に切り抜いて街の光景に貼りつけたような感じがしてその人がそこにいないように見えたのです。今はだいぶ慣れたのですがそれでもデジタル写真から受けるノッペリ感はなくならないですね。...
写真で失敗があるとしたら失敗しないことではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら失敗することをよくないことと思い込むではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら失敗だと勘違いして、これはという写真を見逃すことではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら手持ちのカメラでは、いい写真は撮れないと決めつけることではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら写真はこう撮るものだということでそれ以外の撮り方...
瞬間の妙というのでしょうか人物など、動くものの恰好や配置の絶妙さを狙うのがスナップでなくてもいいと思います。ストリートスナップで、人物中心で、黒っぽいハイ・コントラストのモノクロ仕上げだとどうしてもカタチが目に付き、前面に出てきますよね。それがストリートスナップの王道かもしれませんが、見た目の面白さを狙うスナップ以外のアプローチが出来たらいいなあと思っています。...
写真の投稿だけです。...
通りすがりの○△□260414・街 soto は、こんなふうにtuesday 3
「真実は一つ」かのアニメの少年の決めゼリフですね。でも、現実は「真実は人間の数だけ」ではないでしょうか。だから、世界はいつまでもゴタゴタしているのだと思います。写真の世界も「私の写真が真実」アピールで今日も、ギラギラにぎやかなのです。...
写真を続けるのに必要なのは、エネルギーになるのはイライラだと思う。写真は落ち着いている人には向かないメディアのように思う。じっとしていられない人の指が世界に向かって、仮押さえをすることでとりあえず落ち着かせようとするのだろうと思う。...
写真の投稿だけです。...
私は写真で「アングル」というと「角度」のことだけと思っていました。ところが最近、SNSで別の意味があることに気付いていなかったことに気付きました。ややこしい気付き方をしたのです。それは「アングル」には「視点」という意味もあったのですね。ただ、一般的にはモノの見方という抽象的な意味でもよく使われますが、写真では実際に立っているところの意味のほうでよく使われると思うのです。じつは写真の撮り方で「ローアン...
人間、一人一人が「私」という名の実験をさせられている気がします。...
複製可能な写真でオリジナルというのは撮られた写真そのもではないと思います。撮られた写真をどのようなカタチで発表するかではないでしょうか。写真家のAさんの撮った同じ5カットでデザイナーのBさんがイラストレーターのCさんが発表してもいいのが写真だと思います。それぞれがBさん、あるいはCさんの作品であり、オリジナルなんですね。写真家のAさんが、その5カットを撮ったからといってそれだけでは、自分のオリジナルとは言...
写真撮影で水平・垂直が気になったりそんなの関係ねえと思ったりどちらにも落ち着かないそんな日々もまた良きかな日々もまた善きかな日々もまた好きかな日々もまた佳きかなのどれがいいかで落ち着かないという落ちで落ち着きたいと思います。...
またまた、上本町から撮影してきました。かつて上本町は近鉄奈良線の始発・終着駅でした。なつかしいですね。奈良へ行くのに天王寺からバス、もしかしたら路面電車でやってきたことをボンヤリ覚えています。今も東大阪にいるので上本町は、電車で乗ってくると近いところなのですが、あのころは、もう遠くになってしまいました。あまりにも・・・。...
写真を自分の名刺代わりに使うのではなく写真が自分の名刺をつくるのを手伝うのが写真家です。...
写真でshootとshotという2つの英語が使われますよね。ネットで調べるとけっこうややこしいのですが、私は簡単に次のように考えたらいいのではと思っています。shoot 〇意識して狙うという意味合いが強いです。〇「写真を撮る」でいうと、「写真を」撮るです。〇写真は単にショットするというより シュートするという感覚が合っている気がします。〇カメラをシューティングマシンと言うのはよく聞きますが ショッティング...
正解は他人事。選択は自分事。...
写真にあるのは正解ではなく選択です。正解というゴールではなく選択というプロセスです。正解というバーチャルではなく選択というリアルです。正解があるという幻想にとらわれると選択というリアリティを見失う気がします。...
写真の投稿だけです。...
写真の投稿だけです。...
価格・・・必ずしも「いい写真」を約束してくれないという現実がカメラやレンズ・・・1台(+1本)あれば写真撮影はできるので写真歴 1・・・長くやっているから、というものでもないような写真歴 2・・・ 過去の輝きより、今、何をやっているか年齢・・・子供ヨイショ!は違うような気がする人気・・・「いいね!」や「スキ♡」など、個人的には羨ましいところもカット数・・・たくさん撮ればいいわけでもないのでシャッターチャ...
通りすがりの○△□260414・街 soto は、こんなふうなtuesday 2
「ここがこうだったので、こう撮りました」のようにいろいろ説明や解説を聞かされると、納得の「なるほど!この写真!」もいいのですが「いつ、どこで撮ったかの簡単な説明だけでパッと見ではよく分からないけれど、気になる「何なん?この写真!」も面白いと思います。...
通りすがりの○△□260414・街 soto は、こんなふうにtuesday 1
カメラはなんでもいいというのは半分当たっていて、半分当たっていません。自分が撮りたい写真が撮れればなんでもいいのです。どんな写真を、どんなふうに撮りたいかが決まっている、分かっている必要があるんですね。もちろん、上手く撮れないのをカメラのせいにしてもいいのです。でも、カメラの達人ではなく、写真の達人を目指すのなら「いいカメラ⇒いい写真」という期待からいったんは離れてもいいのではないでしょうか。カメ...
写真の誤解について語られることがあります。だけど写真に誤解などあるのでしょうか。誤解によく似た言い方に不正解があります。その違いは誤解は主観的なことに使われ不正解は客観的なことに使われるのだと思います。つまり誤解は人によって異なった見方があるのに対して不正解は、誰が見ても間違った見方なんですね。どちらも誤りであることは変わりませんが写真の場合、知識的なことに限定されると思います。だけど、写真を表現...
写真の投稿だけです。...
写真を撮る時に、画面を整理することを最優先として意識し過ぎないほうがいいと思っています。写真は現実の再現ではなく、もう一つの現実としての再生だと思いますが、完全にこの現実から切り離すことではないと思うのです。絵画のことはよく分からないのですが、おそらく絵画は現実から独立して別の宇宙みたいなものを創作するアートではないでしょうか。いっぽう、写真は被写体に依存せざるを得ない以上、被写体、つまりこの現実...
えっ?週末は熱中症に注意?まだ4月前半なのですが・・・...
写真は優等生より不良向きのアートだと思う。写真は人格者より曲者向きのアートだと思う。...
光の三原色のRGBから、こじつけ気味なのですがモノクロ写真につなげて考えてみました。モノクロ写真はカッコいい反面、精神的にきつく感じることがあるのですが、そのことについてです。東洋の考え方で季節を色でいうと春は青、夏は赤(朱)、秋は白、冬は黒(玄)ですよね。緑は草木、青は空や海や川、赤はまさに血の色ですから、光の三原色は「命の三原色」だと思えてきます。そして、写真で言うと春は青(緑も含むとして)、夏...
主役を強調しない撮り方が出来ればいいなあと思っています。主役を目立たたせないというより何が主役か、見る人に任せる撮り方の写真ですね。主役脇役と分けるというのでしょうか、主役を分かりやすくするのがオーソドックスな撮り方です。ただ、あまり主役を強調し過ぎると見る人に「これを見なさい!」と押し付けている気がするんですよね。「これ、美味しんだから、ゼッタイ食べてね!」みたいにです。そうではなくて、見た人に...
「自分にしか撮れない写真を!」なんて、思い詰めないほうがいいのではないでしょうか。「自分にも撮れる写真でOK!」でいいとしたら、「自分」より「写真」に関心の中心を置いたほうが気持ちも楽になり、いい結果に結びつくように感じています。仮に「自分にしか撮れない写真」を撮れたとして発表したら、多くの場合「分からない写真」、つまり「伝わらない写真」と言われるのではないでしょうか。「自分にしか撮れない写真」は「...
写真の投稿だけです。...
写真の投稿だけです。...
写真のアプローチには、全く正反対の2つの方法があると思います。単純化し過ぎですが、考えたことを簡単に書いてみたいと思います。一つは写真を撮ることは結果ではなく原因であり、撮った写真から考え、選ぶことが結果という撮り方です。そのためできるだけたくさん撮ったほうがいいのです。どのように撮るかは、大まかに考えて撮影に臨みます。軽い言い方になりますが行き当たりばったり撮影です。臨機応変撮影です。写真家は生...
写真では「思い=心」ということで「写心」という人もいます。「カメラは、撮る人を写す」という人もいます。でも、相変わらず冷めたことを言いますが、それは思いが写るとか写らないとは違うと思うのです。写真の場合、「うつす」には2つの言葉があります。SNSなどで写真の記事でひらがなで「うつす」と書かれていることがありますが、やはり漢字での表記のほうがいいと思います。大きな違いがあるからです。その「うつす」の2つ...
個性的・・・とても響きのいい魅力的な言葉ですよね。写真の場合も、誰もが個性的な写真を撮りたいと思っています。人とは違う写真を撮れるようにならなければと、時にはプレッシャーにすらしてしまいがちです。以前、私もいろいろな人の写真を見るたびに「オレ、どうしてセンスがないんいやろ。どうしたら個性的な写真が撮れるようになるんやろ」と人並みに悩みました。まあ、今も個性的な写真を撮れるようになった訳ではないので...
写真の投稿だけです。...
写真の投稿だけです。...
私が言いたいこと・・・それは「言いたいことはありません」・・・なんですね。...
カメラがとても好き!なのがカメラマン。カメラはまあ好きかな、、、なのが写真家。SNSで写真投稿の記事や動画の最初に、ともかくカメラやレンズを紹介するのがカメラマン。SNSで写真投稿の記事や動画の後で、ついでにカメラやレンズを紹介するのが写真家。投稿写真のデータが念入りなのがカメラマン。投稿写真のデータがいつ、どこくらいなのが写真家。・・・ということで。...
よく写真は「光と影」と言われるのですが、その解釈が見たままで撮るのはストレート過ぎると感じてきました。「光と影」をストレートに受け取らないほうがいいのでは?と思っているのです。「光」=明るく輝き、目立って華やかで、にぎやかなものやこと、「影」=暗く覆われ、目立たなくて、静かに沈黙を保っているものやことではとということですね。。自分の好きなものやこと、理解でき分かること、伝わることが「光」ではないか...
写真の投稿だけです。...
弘法も最初はいろんな筆を使ったはずです。それはカメラ選びにも言えると思うのです。いきなり「カメラはなんでもいい」ということで『弘法、筆を選ばず』と言われてはこけそうになるのではないでしょうか。...
分からないけれど、気になることは分かる。分からないことや気になることは落ち着かないからともかく写真を撮り続けるしかない。ともかく写真について考え続けるしかない。分からないと言って思考停止するのは嫌だし、分かったつもりのポジテイブシンキングも嫌。そもそも、写真は分かるとか、分からないとかをいうメディアではない気がする。...
昨日、四天王寺へ行ってきました。お彼岸の中日で人がいっぱいでしたね。...
つまらない人間の撮った写真はなんであれ、つまらない写真になるのでしょうか?おもしろい人間の撮った写真はそれだけで、おもしろい写真になるのでしょうか?写真を人柄診断に使うのは違う気がするのです。...
写真表現の下手と写真技術の下手とは違うと思う。まったく違っていて、いっしょにできないものなのだろう。上手い技術で完璧に仕上げられていてもそれが「いい写真」とは限らないのだ。かといって下手な技術であっても「いい写真」を目指せばいいというのも違う気がする。「いい写真」と「技術の上手さ・下手さ」とは別のことなんだろう。写真家⇒「いい写真」、カメラマン⇒「技術の上手さ」が目指すところの違いかもしれない。その...
写真はイッパイが成功のもと。イッパイ、写真を撮ること。イッパイ、写真を撮りに出かけること。イッパイ、写真について考えること。イッパイ、写真について書いてみること。イッパイ、人の撮った写真を見ること。イッパイ、自分の撮った写真を見ること。イッパイ、自分の撮った写真を組んでみること。イッパイ、自分の撮った写真にタイトルを付けること。イッパイ、写真で失敗すること。そもそも写真で何が成功か分からないのだけ...
カメラは科学。写真は魔術。カメラはサイエンス。写真はオカルト。カメラは無情。写真は有情。カメラは必然。写真は偶然。カメラはこの世。写真はあの世。カメラは現在。写真は過去、そして未来。...
写真の投稿だけです。...
「ストリートスナップ」という言い方は守備範囲が広すぎるというのでしょうか、最近はあいまいになってしまいました。「えっ?これ、ストリートスナップ??」と私の頭は混乱してしまうのでした。そもそも「スナップ」という被写体はないんですね。ふつう、写真の世界ではジャンル分けは被写体別なのですが、「ストリートスナップ」だけは「何を撮ってもいいねん!」みたいな、にぎやかなことになっています。「スナップ」というの...
プロは大変なんだろうなとアマチュアカメ爺はお気楽に思ったりします。フィルム写真からデジタル写真へ。フィルムカメラからデジタルカメラへ。手持ちの機種の変更を余儀なくされたと思いますそして今、AIの登場です。ある写真家さんのSNSへの投稿記事を読みました。「変化できない」と「生き残れない」とおっしゃっています。それは「変化に適応できない」と仕事として成り立たないということでもあるのだと思います。まるで「進...
写真、撮っていれば何とかなると思う。撮り続けていれば何とかなると思う。撮っている時はゴチャゴチャ考えずに。撮った後はゴチャゴチャ考えて。「いい写真」は撮るものではなくて「いい写真」は撮れてしまうもの。それを見つけられるかが写真することの面白さ、醍醐味だと思う。...
写真の投稿だけです。...
私は、真四角、正方形のフォーマットは苦手です。どう切り取っていいか、いつも迷います。真四角のフォーマットは自然と「日の丸構図」になるんですね。それで、見やすいと言うのでしょうか、見せたいモノやコトが伝わりやすい構図だと思います。Instagramはスタートの時は真四角のフォーマットオンリーだったと思いますがそれがInstagramが人気を獲得した大きな要因だったのではないでしょうか。「日の丸構図」は簡単に言うと撮り...
写真に練習なんてないのです。写真はいつだって本番です。いちご白書をもう一度・・・ではなくて一期一会をもう一度はないのですから。センス磨き中にしてもいい写真は撮れるのです。それともセンス、磨かれるまで写真、諦めますか?...
写真は科学技術の最先端の産物であるカメラによって成立するメディアで、すべての工程は科学が後押しします。そこに、不思議はありません。誰がやっても同じ結果が待っているのが科学ですから。Aカメラは誰が撮ってもAカメラの写真を生み出してくれます。いっぽうで表現というのは個人的な作業です。「カメラは、撮る人を写している」のです。科学的には「カメラは、被写体を写している」のですからカメラの後ろにいるカメラマンは...
久しぶりのモノクロ写真もそろそろあきてきた気もします。かといって写真のお腹が、はるようになってきたかというとそれも違うようです。...
写真に間違いなどないのです。カメラはその前にあった光景を忠実にそのまま写しているだけなのです。写真にあるのは見る人の思いの違いだけなんですね。カメラが写したものを受け入れればいいのですがあれこれ文句を言いたくなるんですよね。写真に誤解などはないのです。誤解するのは、勘違いするのは人間のほうなのです。人間が思い違いをするんですね。「写真というのは、このようにして撮るものだ」「このように写らなければダ...
写真の投稿だけです。...
写真はいかにして見せようとするかではなくていかにして隠すかだ。手品の種を明かしながらやってはお客さんは白けてしまうのだから。写真を見て分かってしまうと見た人は安心してしまい、通り過ぎてしまう。「ん?」・・・見た人が気になって立ち止まらせる写真が撮れたらいいなあ。...
写真を始めたら「見えていないものがたくさんある」ことに気づいたと言われますが、何もかもがみんな、すべて見えてきたら人間、発狂してしまうのではないでしょうか。好き嫌いや、興味や関心のあり方、価値観というフィルターを通して選別して見ているから落ち着いていられるのだと思うのです。意識化することで「見えていないものがたくさんある」と言ったり出来る余裕はそのせいなのです。結局は「見えていないたくさんの中から...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 16
変化するものだけが生き残れると言われたりします。まあ、変化することが生命の宿命みたいなものですから当然のことかもしれません。ではアートは生存競争なのでしょうか?生き残りという言葉はビジネス的発想のように思います。その社会に合わせる、その社会の欲しがっているものを提供するのがビジネスですよね。さらに言えば欲しがりそうなものも含まれます。あえて、欲しがらせるのですね。でも、アートとビジネスは違うものと...
千里の道もセンチから。ーセンチメンタルジャーニー...
お昼前には晴れてくる予報だったと思っていたのですがまあ、降ってこなかったのがこれ、幸いでした・・・...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 15
世界は完璧な構図で存在しています。なぜなら構図というのは骨組みのことですから骨組みがなければ世界は崩れ去ってしまいます。写真に撮ることは世界をいったんは壊すことなんですね。新たに写真の中でもう一つの世界を構築するのです。...
上手くいきませんでした・・・...
いかにして「写真」から「私」が出てゆくかだと思います。...
「そうですか」を反対から読むと「かすでうそ」なんですね。簡単に納得しないほうがいいと言われているように聞こえます。写真も、プロが言っているから、上手い人が言っているから「そうですか」とアッサリ受けとらないほうがいいのかもしれません。まあ、「カス」や「ウソ」と言っては失礼なのですがあらゆるものに「アレ?」と目を向けるのが写真ではないでしょうか。写真は分かる分からないというものではないとしたら誰も断言...
「事実唯真」という言葉があります。カタチとして間違いなく存在するもの=事実が、ホントウのもの=真実だということだと思います。「リアリティ」という言葉があります。真実らしさ、現実性、実在といった意味です。「事実」というのは「たしかに在ると言えるもの」ですよね。あってほしいものは事実ではありません。それは希望、願望です。だけど、人間は在ってほしいものにも「リアリティ」を感じるところがあります。「リアリ...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 14
写真に間違いなどないのです。カメラはその前にあった光景を写しているだけなのです。写真に誤解などはないのです。誤解するのは、勘違いするのは人間のほうなのです。...
写真は(今のところ?)二次元のアートですよね。それを、遠近感とか立体感とかにこだわっていると写真の平面画像という、持ち味を生かせないように思います。目の錯覚を利用した遠近感の表現も面白いのですが、平面画像にすることで表れてくる、写真としてのリアリティに目がいかなくなるように思うのです。また、雰囲気とか空気感なども主観的であいまいなものです。撮影時の感覚に左右されるのが雰囲気とか空気感です。それはそ...
写真の投稿だけです。...
つまらないというと語弊があるのですがなんの変哲もない写真でいいと思うのです。いろいろ工夫を凝らして撮影し、いろいろ工夫を凝らしてレタッチし、いろいろ工夫を凝らして発表する・・・たまにはいいのですが息をつめてばかりではしんどいです。呼吸するように写真ができればいいなあと思っています。それにはマスクは外したほうがいいかな・・・ですね。被写体にはface-to-faceでいたいです。写真家が隠れるのは被写体に失礼だ...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 13
写真は(今のところ?)二次元のアートですよね。それを、遠近感とか立体感とかにこだわっていると写真の平面画像という、持ち味を生かせないように思います。目の錯覚を利用した遠近感の表現も面白いのですが平面画像にすることで表れてくる写真としてのリアリティに目がいかなくなるように思うのです。また、雰囲気とか空気感なども主観的であいまいなものです。撮影時の感覚に左右されのが雰囲気とか空気感です。それはその現場...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 12
いい写真は誰でも撮れると言われています。簡単な言葉ほど分かった気になります。でも、「いい」というのは何のことでしょう?「誰」という人はいるのでしょうか?「いい」という希薄な根拠。「誰」という的のない相手。「健康には誰でもなれる」という無責任な言い回し。誰もが健康不安を解消するのが難しい現実に対して。「あなたには無限の可能性がある」という、子守歌。無限の可能性は結局、何も生み出さないと思うのです。...
やっと投稿できました。とうこういうことではないのですが。...
特に冬場は乾燥しやすいので加湿器を使ったりしますよね。適度の湿気が大切なのです。世界という存在にもそれが言えると思います。乾き過ぎはよくないのですが今の世界はどうなんでしょうね。世界の空気というものが乾いてゆくのを調節するのが人間にゆだねられています。そうなんです。人間は地球の加湿器なんですね。でもこの加湿器、かなり老朽化が進んでしまいました。ちょっと、やばいかも。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 6
2月も今日で半分、終わりですね。それで駅周辺を撮ってきました。外は暖かかったです。...
写真・・・コミュニケーションのアイテム。思いを伝えるもの。人と人をつなぐもの。本当に?本当は何も伝わって・・・伝えたという、思い込み。伝わったという、思い込み。どうして、伝わったと分かるのだろう。だけど和やかな日々には伝わったことにすればそれでいいのだからそれ以上のことを言うのはやさしくないこと。写真・・・コミュニケーションのアイテム。思いを伝えるもの。人と人をつなぐもの。...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 11
写真を撮るようになって今まで気が付かなかった日常のささやかなことにも目を向けるようになったという記事をよく見かけるようになりました。そして、日常がキラキラしてきたと。それはいいことだと思います。それはカメラのファインダーやモニターのフレーム、つまり枠に入れたことによる美化作用ではないでしょうか。そんなことも、たまにでいいので考えてみるのも悪くはないと思うのです。そしてできれば、カメラのフレームを外...
写真というのは写真に写らなかったものは何かそれを考えるために撮るのだと思います。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 5
人を動かすには期待させるか、不安にさせるかなんですね。TVコマーシャルも基本的にそのどちらかで作られていると思います。「欲しい」と近づかせるか「安心したい」と近づかせるか・・・ですね。写真も距離感が強調されるのですがウケるのは「近づきたい写真」なんですね。ウケない写真には、近づく気持ちすら起こさせないのですからそもそも距離感は生じる事などないのです。ーえっ?そんな写真、あったの。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 4
写真の投稿だけです。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 3
人間、悪者を作るのが好きなんですね。敵を作るのが好きなのです。健康法にもあれは悪い、これは悪いのオンパレードです。写真でも要らないものは画面からおっぽり出されます。人間、存在し続ける限り戦いは続くのでした。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 2
写真は自分らしさを出すことにこだわらないほうがいいと思います。写真は被写体らしさを出すメディアだと思うのです。だけど、どうしても無理やり中途半端に自分らしさを出そうとして被写体らしさの邪魔をしてしまうのでした。...
通りすがりの○△□260204・日差しは、ゆっくり増量中 1
デジカメは撮影直後に確認できますよね。再生ボタンというのですがポチすればすぐに見れます。それを不安だから、自信がないからだという人もいますが、どうなんでしょう?露出のチェックとかですが。それよりも、結果を早く見たいからのほうが多い気がします。ファイルの時だって同P出したら、出来上がりの時間がドンドン短縮されっていきましたよね。デジカメはその時間を限りなくゼロにしたのです。まあ、ある意味で、出来上が...
写真は「質より量」と言われることがあります。「ともかくたくさん撮れ」とも言われています。それは「写真は確率のアート」だからなんですね。すべてのカットで「これはいいかも」という写真を撮ることは不可能です。予め、イメージを作っておいて撮影に臨むことは出来ます。そうすれば適切なカットを撮るのに、それほど多くのカットを撮る必要はかなり減ると思います。あるいは、中には1シーン1カットでいいという写真家もいるか...
今日は春が立ってくれて暖かだったので写真の投稿だけです。...
写真に正解はないのだから、答えがないのだから人に教えることは出来ません。だからどうしても「写真」について語ろうとすると心構えのような精神論になるのです。生き方論になるのです。写真について書かれた、人気の本を読んだ人が「生き方の参考になりました」という感想を寄せています。そういうことが息苦しく感じる人は、それを避けようとして「カメラ」について語ることになります。「カメラじゃなくて写真の話をしよう」と...
「この世」から「あの世」を見たら「あの世」は「あの世」で、当たり前ですが。「あの世」から「この世」を見たら「この世」が「あの世」で「あの世」が「この世」なんですね。「あの世」でもない「この世」でもない「その世」ってあるんでしょうか。もしかしたら写真に写っているのが「その世」なのかもしれません。写真に写っている「その人」はまさに「その世」に暮らしているのです。不死が当たり前の「その世」で永遠に。痛み...
マスクと縦長動画。表情が見えにくくなる時代へ。自分を隠す時代へ。すき間から覗く時代へ。世間が見えにくくなる時代へ。...
希望の明日、あるいは明日の希望。希望はのぞみののぞみ。失望は望みを失うこと。絶望は望みを絶つこと。望みが無ければ起こらないこと。明日は永遠にやってこないから明日。希望も明日も悪いやつ。それでもそんなガソリンが必要なのが人間の不幸。...
人を褒めるのは難しいですね。責任を伴うからです。人をけなすほうがまだいいです。人格の否定はさすがにまずいですが、理由のある軽いけなしは嫌われるだけで済みますから。人を褒めたことでその人が勘違いしたらどーするねんなのです。...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 10
ファミリーフォトやプライベートフォトの撮り方と一般の写真の撮り方とは区別したほうがいいと思います。伝達のベクトルが一つは内に向かいもう一つは外に向かうからです。一つは見るのは自分に親しい人たちが中心ですしもう一つは見るのは不特定多数の人たちだからです。SNSは基本的には不特定多数に向けたものだと思うのですが今はそうでもないような、曖昧なものになったのでしょうか。写真に関して言うと、イメージとしてです...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 9
SNSは本来は世界を広めるものだったと思うのですが現状は世界をますます狭めて言っているように思います。SNSによって世界はドンドン狭くなって豆粒のようになって誰の目にも見えなくなってしまうのでしょうか。写真関係のSNSを見ているとあながち的外れでもないように思います。みんなの興味は世界ではなく自分なんだなと思えてくるのでした。自分自身、自分の家族、自分の親しい人たち、そして、自分が食べた料理、自分が訪れた...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 8
写真家って結局被写体には勝てないんですよね。まあ、争っているわけではないのですが。...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 7
「事実唯真」と言う言葉があります。「リアリティー」と言う言葉があります。では「事実」=「リアリティー」でしょうか。また「リアリティー」というのは客観的なものなのでしょうか。「リアリティー」というのは主観的なところはないのでしょうか。「事実」というのはたしかに在ると言えるものですよね。在ってほしいものは事実ではありません。だけど、人間は在ってほしいものにも「リアリティー」を感じるところがあります。写...
通りすがりの○△□251014・倍速CITYは宙ぶらりん 6
写真を撮るようになって今まで気が付かなかった日常のささやかなことにも目を向けるようになったという記事をよく見かけるようになりました。そして、日常がキラキラしてきたと。それはいいことだと思います。それはカメラのファインダーやモニターのフレーム、つまり枠に入れたことによる美化作用ではないでしょうか。そんなことも、たまにでいいので考えてみるのも悪くはないと思うのです。そしてできれば、カメラのフレームを外...
最近はテレビはニュースとドラマを見ることがほとんどです。そのドラマ、感想サイトを見るのが面白いですね。俳優さんの悪口だけのそれ、感想じゃないよねと言うのもあります。高評価、あるいは低評価が多いドラマもありますが高評価が多すぎるから、いいドラマとも思えないし低評価が多すぎても、いいドラマもあるように思います。まあ、感想、いろいろと言ったところでしょうか。写真にも同じことが言える気がします。人気とか不...
人間、進歩など全然していないんですよね。もう何千年、いいえ何万年も。進歩したのは人間を取り巻く景色だけです。写真の世界もものすごく進歩したみたいに見えていますが全然していないんですよね。もしかすると、人間も、写真も、退化の一途をたどっているのではないでしょうか。...
昨日、梅田で撮影しました。方向音痴なので、どこを撮影しているのか時々、分からなくなります。無事、帰宅できてよかったです。椅子に座ると梅田疲れが、どっと出ました。...
デジタル写真がやってきたころその見た印象にとても違和感がありました。人物を綺麗に切り抜いて街の光景に貼りつけたような感じがしてその人がそこにいないように見えたのです。今はだいぶ慣れたのですがそれでもデジタル写真から受けるノッペリ感はなくならないですね。...
写真で失敗があるとしたら失敗しないことではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら失敗することをよくないことと思い込むではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら失敗だと勘違いして、これはという写真を見逃すことではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら手持ちのカメラでは、いい写真は撮れないと決めつけることではないでしょうか。写真で失敗があるとしたら写真はこう撮るものだということでそれ以外の撮り方...
瞬間の妙というのでしょうか人物など、動くものの恰好や配置の絶妙さを狙うのがスナップでなくてもいいと思います。ストリートスナップで、人物中心で、黒っぽいハイ・コントラストのモノクロ仕上げだとどうしてもカタチが目に付き、前面に出てきますよね。それがストリートスナップの王道かもしれませんが、見た目の面白さを狙うスナップ以外のアプローチが出来たらいいなあと思っています。...
写真の投稿だけです。...
「真実は一つ」かのアニメの少年の決めゼリフですね。でも、現実は「真実は人間の数だけ」ではないでしょうか。だから、世界はいつまでもゴタゴタしているのだと思います。写真の世界も「私の写真が真実」アピールで今日も、ギラギラにぎやかなのです。...
写真を続けるのに必要なのは、エネルギーになるのはイライラだと思う。写真は落ち着いている人には向かないメディアのように思う。じっとしていられない人の指が世界に向かって、仮押さえをすることでとりあえず落ち着かせようとするのだろうと思う。...
写真の投稿だけです。...
私は写真で「アングル」というと「角度」のことだけと思っていました。ところが最近、SNSで別の意味があることに気付いていなかったことに気付きました。ややこしい気付き方をしたのです。それは「アングル」には「視点」という意味もあったのですね。ただ、一般的にはモノの見方という抽象的な意味でもよく使われますが、写真では実際に立っているところの意味のほうでよく使われると思うのです。じつは写真の撮り方で「ローアン...
人間、一人一人が「私」という名の実験をさせられている気がします。...
複製可能な写真でオリジナルというのは撮られた写真そのもではないと思います。撮られた写真をどのようなカタチで発表するかではないでしょうか。写真家のAさんの撮った同じ5カットでデザイナーのBさんがイラストレーターのCさんが発表してもいいのが写真だと思います。それぞれがBさん、あるいはCさんの作品であり、オリジナルなんですね。写真家のAさんが、その5カットを撮ったからといってそれだけでは、自分のオリジナルとは言...
写真撮影で水平・垂直が気になったりそんなの関係ねえと思ったりどちらにも落ち着かないそんな日々もまた良きかな日々もまた善きかな日々もまた好きかな日々もまた佳きかなのどれがいいかで落ち着かないという落ちで落ち着きたいと思います。...
またまた、上本町から撮影してきました。かつて上本町は近鉄奈良線の始発・終着駅でした。なつかしいですね。奈良へ行くのに天王寺からバス、もしかしたら路面電車でやってきたことをボンヤリ覚えています。今も東大阪にいるので上本町は、電車で乗ってくると近いところなのですが、あのころは、もう遠くになってしまいました。あまりにも・・・。...
写真を自分の名刺代わりに使うのではなく写真が自分の名刺をつくるのを手伝うのが写真家です。...
写真でshootとshotという2つの英語が使われますよね。ネットで調べるとけっこうややこしいのですが、私は簡単に次のように考えたらいいのではと思っています。shoot 〇意識して狙うという意味合いが強いです。〇「写真を撮る」でいうと、「写真を」撮るです。〇写真は単にショットするというより シュートするという感覚が合っている気がします。〇カメラをシューティングマシンと言うのはよく聞きますが ショッティング...
正解は他人事。選択は自分事。...
写真にあるのは正解ではなく選択です。正解というゴールではなく選択というプロセスです。正解というバーチャルではなく選択というリアルです。正解があるという幻想にとらわれると選択というリアリティを見失う気がします。...
写真の投稿だけです。...
写真の投稿だけです。...
価格・・・必ずしも「いい写真」を約束してくれないという現実がカメラやレンズ・・・1台(+1本)あれば写真撮影はできるので写真歴 1・・・長くやっているから、というものでもないような写真歴 2・・・ 過去の輝きより、今、何をやっているか年齢・・・子供ヨイショ!は違うような気がする人気・・・「いいね!」や「スキ♡」など、個人的には羨ましいところもカット数・・・たくさん撮ればいいわけでもないのでシャッターチャ...
「いつもの」というのはいいですね。私は年齢的、体力的にも撮影する場所は限られています。それで何度も訪れると新しい発見とかはあまり、いいえほとんどなくなるんですね。開発とかで変わってゆくところはあるのですが、その街のあり方みたいなものは目には見えにくい気がします。私の場合、記録とか記憶とかは特に意識して撮ることはありません。私の写真が役に立つとしたら、それはそれでうれしいのですが、ほぼ自己チューカメ...
散歩と、買い物と、撮影という一粒で3度美味しいぜいたくを味わってきました。いつもの公園はいつもの公園だったのでホッとして家に帰ってきました。「いつもの」というのはとてもいいです。...
「昔はよかった」というと「今はそんな時代じゃないよ」と帰ってきます。結局、どちらも相手を否定していることには変わりはありません。人は肯定するより否定するほうが好きなのでしょうか。ホメるよりケナすほうの意見のほうがネットでも多いみたいですし。写真の世界はどうなんでしょう?「いいね」は目立つので分かりやすいのですが「よくないね」はどこにも見当たらないので日陰に潜んでいるのでしょうか。まあ、どうでもいい...
厳密に言うとストリートスナップではなくてストリートフォトだと思います。ふつう写真のジャンル分けは花や風景や人物など、被写体でしますよね。スナップという被写体はないので街なかでの撮影はストリートフォトが適切だと思います。街なかの風景+そこにいる人たちの様子・・・それがストリートフォトではないでしょうか。まあ、今は肖像権とかプライバシーとでややこしくなってきましたが・・・。...
写真の投稿だけです。...
「いい写真」という言葉もあまり気にしないほうがいいと思っています。「いい写真」を撮るために必要な、というより必須の条件があるとしたら「写真への欲望」であり「他のアートではなく、写真を選んでしまう気持ち」ではないでしょうか。その時には、個性とか個性的とかはあまり気にならなくなると思います。個性とか個性的とかは自分のことが中心になっていますが、目は被写体に向けたほうがいいのではないでしょうか。...
最近は惰性で写真を撮っている気がします。ダセ~カメ爺です。...
写真を「私、いい人証明」みたいに使うのは少し気になっています。「いい人」しか写真に関われないのなら私なんかとっくに退場を迫られていたと思うのです。別に悪人になる必要はないのかもしれませんが写真と人間性は結びつけて考えないでほしいなあと切にカメ爺は願っています。...
行ってきました。快晴でした。...
「目に見えるもの撮るのはカメラの仕事。目に見えないモノを撮るのがあなたの仕事」そんな言葉を目にしたのですが見えないモノは写真には写らないと思います。すみません。理屈っぽくて。そんな気持ちで撮ることはいいことだと思うのですが写真家はロマンチストではなくリアリストだと思うのです。どこまでカメラの目になれるか・・・なのですがまあ、ゴチャゴチャ言わないで、とっとと撮ることですね。...
カメラは、撮る人を写しています。写真を撮る人間の写ってほしくないホンネみたいなものも写してしまうのがカメラの怖いところです。ウケたい・・・。いい人だと、優しい人だと、センスがいいねと、個性的だねと経験が豊かなんですねと思われたい・・・。カメラは写真を撮る人間の闇の部分も写す機械です。そしてカメラは「暗い箱」なのです。カメラは闇と相性がいいのではないでしょうか。...
カメラという機械の非人間的なレンズの視線は冷静にモノやコトを見つめているのではないでしょうか。人間は「冷静ということ」の「冷やかな」ところを気にしますがカメラは「静かに」モノやコトを見ているのだと思います。損得、好き嫌い、いいダメから自由になって・・・。...
写真は被写体を再現したものではなく、被写体を別の何かに変えたものだと思います。それは写真家の思い=イメージを再現したものでもないと思うのです。イメージ通りに撮ることが写真家の表現かというと少し違うのではないでしょうか。...
そもそも視線というのは人に威圧感を与えるものです。視線は刺線、刺ってくる矢なんですね。スマホやコンデジのようにファインダーを覗かないで撮られると少し威圧感が弱まります。それで、仲間の人からのスマホを向けられてもあまり意識しなくなったところがあるのですがカメラの視線にはトゲがあることは変わらないと思います。...
これからの人はPHOTOという文字を見ても熱くなることはなくなるのだろう。P=people、人と、O=object、対象の間にHOTがあったことも忘れてしまうのだろう。熱くなることはダサくてカッコ悪いのだから。クールは冷静なことだけど冷淡はただ冷たいこと、冷え切ったことなのだけれどたぶん、そんなことはどうでもいい時代になったのだと思う。...
そう遠くない未来、街角で写真を撮る人間はいなくなるだろう。それに合わせるようにして街角から人間は消えるだろう。シ~ン。...
世の中、ドンドン幼児化して言っているように感じています。写真でいえば、要らないもの、邪魔なものって今は簡単に消せますよね。まあ、嫌だから消しちゃえっということでしょうか。フカイはNGで、ユカイはwelcomeなのです。褒められればやる気を出し、貶されれば怒る気を出すのです。写真に写っているものを消したり、欲しいものを付け加えたり・・・それって、写真?と思うのですが。写真とは目の前にあったものを起こったこと...
時代とともに、衣食住は変わってゆきます。世の中の景色は変化が運命付けられています。変わらないものはないということだけが変わらないのですね。そのことは写真を撮っていると何となくでも感じ取ることが出来ます。目の前の景色はたしかに存在するのですが目を離した途端、確かにあったのか不安になってくるのです。だから、人は写真を撮るのだと思います。取り戻すことは出来ないと分かっていながらも写真という名の亡骸にすが...
孤独は主観的で、孤立は客観的なもの。そんな記事を見かけました。だけど、そんな単純なものではないのではと思いました。孤独感は主観的ですが、孤独は人間存在の根源的なことだと思うのです。1個の肉体としては、いま、ここには私一人しかいることは出来ません。理屈ぽくなりますが、同時には、同じ空間を共有は出来ないのです。写真を撮っているとそのことを実感できるのではないでしょうか。いま、ここで見ている景色は私しか...
写真の投稿だけです。...