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ラーマさんのプロフィール

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神奈川県
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ホームページ「観音霊場巡りの旅」で西国三十三観音霊場に代表される各地の観音霊場を巡った時のことを書いていますが、それ以外にも色々なお寺や神社を訪れていますので、それらのことをブログに書いていきたいと思っています。 また月刊致知を読んで心に響いた言葉も紹介しています。

ブログタイトル
霊場巡りの旅ブログ
ブログURL
https://kannonbook.com/blog/
ブログ紹介文
人間として成長することを目指し、寺社を訪れた時に感じたことをメインに書いています。
更新頻度(1年)

17回 / 352日(平均0.3回/週)

ブログ村参加:2008/01/09

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ラーマさんの新着記事

1件〜30件

  • 京都浄土宗寺院特別大公開:極楽寺(下京区)

    蓮光寺の次はすぐ近くにある極楽寺を訪れました。堂内に上がると、中央に阿弥陀三尊像、向かって右側に地蔵菩薩立像が祀られており、左側には絵巻が展示してありました。また法話の開始時刻が書いた案内があり、仏像と絵巻を拝観した後、座って、法話が始まるのを待ちました。 時間になると、御住職が前に出られ、法話が始まりました。まずは台風19号の被害から一日も早い復興を願って、全員で南無阿弥陀仏を唱えました。こうい

  • 京都浄土宗寺院特別大公開:蓮光寺

    令和元年の京都浄土宗寺院特別大公開が10月1日から27日まで開催されています。魅力的な公開が多い中、私は戦国時代好き&法話好きということで、長宗我部盛親のお墓があるので数回訪れたことがあるが堂内に入ったことない&法話が予定されている蓮光寺を訪れることにしました。 蓮光寺まで京都駅から歩いて行きました。9時45分頃に到着すると、既に御住職の話が始まっていました。ホームページでは、法話は10時、10時

  • 特別企画 「奈良大和四寺のみほとけ」に行きました

    東京国立博物館では2019年6月18日から9月23日まで、本館11室で特別企画 「奈良大和四寺のみほとけ」を開催しています。四寺とは、岡寺、室生寺、長谷寺、安倍文殊院のことで、それらのお寺から素晴らしい仏像が展示され、特に室生寺の十一面観音立像が楽しみでしたので、6月22日に早速訪問しました。以下、仏像を拝観した感想です。 奈良大和四寺のみほとけ 12. 長谷寺 十一面観音菩薩立像 11室に入って

  • 龍谷ミュージアム 企画展「因幡堂 平等寺」に行きました

    龍谷ミュージアムでは、2019年4月20日から6月9日まで、企画展「因幡堂 平等寺」が開催されています。本展示も開催を知ってから必ず訪れようと考えていた展示です。龍谷ミュージアムのホームページを確認すると、訪問する6月1日はナイトミュージアムということで、開館時間が19時まで延長され、かつ17時30分より、作品の見どころを解説するギャラリートークがあるとのことで、ギャラリートークの1時間前ぐらいに

  • 仁和寺 観音堂修復落慶記念特別内拝に行きました

    仁和寺の観音堂は、仁和寺創建の約40年後、929年頃に造営されたと伝えられ、その後、幾度も火災で焼失し、現在の建物は江戸時代初期の1640年頃に再建されたものです。 2012年から6年にわたって半解体修理が行われ、再建当時の美しいお堂によみがえりました。これを記念して、 ・春季 2019年(令和元年)5月15日から7月15日 ・秋季 2019年(令和元年)9月7日から11月24日 に厳粛な修行の場

  • 天皇陛下御即位記念 御本尊「准胝観音像」御開帳の長楽寺

    京都市東山区にある長楽寺の御本尊である「准胝観音像」は、長楽寺が805年に桓武天皇の勅命により創建されて以来、天皇陛下御即位の時に御開帳される秘仏です。 令和元年はもちろん天皇陛下が即位された年になりますので、5月1日から6月16日まで観音像が御開帳されます。この知らせを知って以来、必ず訪れようと考えており、6月1日に訪問することが出来ました。 長楽寺境内 長楽寺に到着すると、「奉祝 天皇陛下御即位記念 長楽寺 御本尊 准胝観音立像 御開帳」と書かれた白い布が掲げられており、気分が盛り上がります。 受付で天皇陛下御即位記念特別拝観料600円を払い、石段を上って本堂に行くと、結縁綱と角塔婆が目に入り、早速それらに触れ、観音様とご縁を結びました。堂内では御住職が説明をしており、椅子が用意されていたので、途中からですが着座して話を聞きました。 准胝観音は仏母と言われており、全てのものにとって母親的存在である。手は18臂あり、胸の前で合掌している手に結縁綱が繋がっている。 台座には2頭の龍がおり、これは最澄が中国から日本に戻る際、海が荒れ、難破しそうになった時、南無観世音菩薩と唱えると、龍が現れ、無事日本に帰国できたという寺伝に由来している。波のようなものも彫られている。 厨子は徳川秀忠の娘である東福門院和子の寄進で、扉に鳳凰、龍、獅子、象が彫られている。 向かって右側にはお前立ちの観音像、左側には布袋尊像が祀られている。布袋尊は笑っており、布袋尊のような笑顔の人が一人でも家にいれば、幸せになると言われており、京都では、家に小さな布袋尊を祀る習慣がある。 説明が終わった後、近くに寄り、観音像を拝観しました。准胝観音は六観音の中で人間界の衆生を済度するする観音様なので、沢山の像が作られていても良さそうですが、聖観音像や十一面観音像に比べ、その数は圧倒的に少ないです。今までその理由が思いつかなかったのですが、像を拝観していると、桓武天皇の勅命により建立された長楽寺に遠慮して作製されなかったのかなと思いました。 また台座は非常に特徴的で、確かに2頭の龍がおり、波のようなものもありました。厨子の開かれた両扉に鳳凰、龍、獅子、象も刻まれていました。

  • 法衣垂下式釈迦如来、夢見地蔵尊にお会いした宝聚寺

    5月26日から27日まで「上総の里山 仏像ツアー」に参加し、千葉県のお寺をめぐりました。その中で一番印象に残った山武市の宝聚寺のことを書きたいと思います。 お寺に到着し、バスを降り、境内にある収蔵庫の中に入ると、中央に釈迦如来坐像、向かって右側に地蔵菩薩坐像が祀られていました。全員が着座し、ご住職のお話を聞きました。 法衣垂下式釈迦如来坐像 釈迦如来坐像は法衣が台座から長く垂れる「法衣垂下式」と呼ばれる像で、宋の仏画を基に彫刻されたものである。このように宋の影響を強く受けた仏像は、西日本にはあまりなく、鎌倉地方でよく見られる。 → 上記は知っており、鎌倉地方でのみ見られる理由として、京都は既に文化が確立していたが、鎌倉は新しい都市なので、宋の文化を積極的に取り入れたからだ等と言われています。 法衣垂下式像は鎌倉のある神奈川県に一番多く、次に多いのは千葉県で、特に山武市には11体もある。 → このことは知らず、山武市にそれほど多くの法衣垂下式像がある事実に驚きました。 法衣垂下式像は一般に法衣が台座から垂直に下がっているが、本像は法衣が末広がりに広がっており、そのような像は本像ぐらいではないか。何故、そのように造ったか。像は禅定印で瞑想をしているので、裾は広がらないはずだが、神通を発揮すると衣が動くと言われている。法華経の序章で瞑想をしながら神通を発揮している場面があり、これから法華経を説こうとしている姿を表したのではないか。 → とても良い解釈で強く印象に残りました。法華経の解説本は何度か読んだことがあるので、像を拝観しながら序章の場面を思い浮かべました。もちろん、上記の解釈が唯一の解釈ではなく、他にも色々な解釈ができると思います。それが仏像拝観の楽しさであり、様々な解釈を批判せず、その中から一番自分にしっくりくるものを自身の考えとして持つことが大切だと思います。 衣が赤くなっているように感じたので、そのことを伺うと、朱衣金体(しゅえこんたい)という、衣を朱色に彩色した像とのことです。 夢見地蔵尊 お寺では夢見地蔵と呼ばれているが、経典にはそのような仏は存在しない。実際には延命地蔵尊で、像は江戸時代の作である。夢見地蔵は夢に対して3つのご利益がある。

  • 金沢文庫 特別展「浄土宗七祖聖冏と関東浄土教」に行きました

    神奈川県立金沢文庫では、令和元年5月17日から7月15日まで、特別展「浄土宗七祖聖冏と関東浄土教―常福寺の名宝を中心に―」を開催しています。金沢文庫のホームページは定期的にチェックしているので、この展示が行われるのは以前から知っていましたが、開催直後(5月18日)に訪れようと思ったのは、以下に示す茨城新聞の記事を読んだからです。 水戸徳川家の菩提寺である常福寺(那珂市瓜連)は15日、徳川光圀が同寺に寄贈し鎌倉時代最小となる仏像の可能性がある高さ約1・5センチの阿弥陀三尊像と、浅草寺(東京)の柱で作った慶派の仏師「定快」による観音像が見つかったと発表した。いずれも鎌倉時代に作られ、三尊像は当時の制作技術の高さを示しており、調査に当たった神奈川県立金沢文庫(横浜市)は「大変珍しく、歴史的に極めて重要」としている。 三尊像は中央の中尊阿弥陀如来像が約1・5センチ、両脇侍像が約8ミリと極小サイズ。光圀が作らせた厨子(高さ約25センチ)に置かれている。光圀自身が所蔵していたが、同寺に寄贈した経緯がある。光圀自筆の文章も付属する。運慶や快慶の慶派が確立した様式を踏襲し、鎌倉時代中期から後期の作品とみられる。 一方、観音像「聖観音菩薩立像」(同約50センチ)は東日本大震災を受け、那珂市内にある末寺から常福寺に移された。観音像内にあった墨書を解読したところ、1297(永仁5)年に僧侶が快慶の流れをくむ定快に作らせたことが判明。同文庫によると、江戸時代以前の浅草寺の資料は貴重という。浅草寺本堂の柱を転用しており、秘仏の浅草寺本尊を模したとされ、本尊観音の身代わりにしたと推測される。 常福寺は1338(延元3)年の開山。同文庫は今月17日〜7月15日に開く展覧会「浄土宗七祖聖冏(しょうげい)と関東浄土教-常福寺の名宝を中心に」で仏像を初公開する。展示に向けて約1年間、所蔵する文化財など約100点を調査する中で2体の仏像が発見されたといい、同文庫の担当者は「徳川家の菩提寺として由緒正しさを証明するもの。文化財的価値がある」と分析した。 私は特に「浅草寺本堂の柱を転用しており、秘仏の浅草寺本尊を模したとされ、本尊観音の身代わりにしたと推測される」の文章に惹かれました。浅草寺の本尊を模した像は今まで聞いたことがありませんので、是非、直ぐに拝観したいと思ったのでした。

  • 特別展「いろいろとりどり」に関連した解説講座「色と仏像」を聴講しました

    神奈川県立金沢文庫では3月15日から5月12日まで特別展「いろいろとりどり」を開催しており、その解説講座「色と仏像」が3月21日に開催されるとありましたので、予め申し込みをし、当日、金沢文庫を訪れました。 私が色と仏像というタイトルでイメージする仏像は四天王で、四天王を拝観する時はいつも ・東を守る青龍に対応して、青(緑)色の持国天 ・南を守る朱雀に対応して、赤色の増長天 ・西を守る白虎に対応して、白色の広目天 ・北を守る玄武に対応して、黒(群青)色の多聞天 を意識しています。 講座でも、最も色と密着している仏像は四天王ということで、四天王像を例に話がありました。以下、印象に残ったことを書きます。 色と仏像 ・仏像の色が変化する理由の一つは、顔料が焼ける、つまり、酸化するからである。また、埃(ほこり)も原因で、何十年、何百年積もった埃はなかなか取れない。 ・「仏像に適当はありません」という名言があり、仏像の色には意味がある。如来は三十二相の金色相から金色であるべきである。銀仏もあり、「金と銀」は「陽と陰」を表しており、銀仏は亡くなった人への追善の意味が強い。 ・中国由来の陰陽五行説では、万物は、木、火、土、金、水の5つから成り立っているとされ、色と方角に以下のように対応している。 木=青=東 火=赤=南 土=黄=中央 金=白=西 水=黒=北 ・陰陽五行説の色と方角が四天王と結びつき、四天王には以下のような彩色がされる。 木=青=東→持国天(緑青) 火=赤=南→増長天(赤肉身) 金=白=西→広目天(白肉身) 水=黒=北→多聞天(紺青) ⇒ 色に基づいて全国の四天王像の配置を調査したところ、結構、間違えて配置されていたところが多かったそうです。正しく仏像が配置されれば、仏師(発願者)の思いが正しく伝わってくると思います。 ・陰陽五行説とは別の思想、五大(五輪)というものがある。五輪では万物は、地、水、火、風、空の5つから成り立つとされ、特に密教で取り入れられ、五輪塔が有名である。五輪では以下のように色と結びつけている。 地=黃 水=白 火=赤 風=緑 空=青 ・五行と五輪では、 土(地)=黃 火=赤 は一致するが、 水=黒⇔白 で一致しない。そこで、密教系では五行を以下のように改変し、日本独自の解釈が生まれた。 木=青 火=赤 土=黄 金=白 水=黒→白に改変

  • 特別展「東国の地獄極楽」に行きました

    埼玉県立歴史と民俗の博物館では、3月16日から5月6日まで、特別展「東国の地獄極楽」が開催されています。「東国の地獄極楽」というタイトルは非常に興味深いものでしたので、この展示を知ってから訪問しようと思っており、また、熊谷市の東善寺が所有する阿弥陀如来立像が快慶作の可能性が高く、その仏像が本展示で公開されるというニュースを読み、ますます興味を持ちました。そこで、学芸員による展示解説のある3月17日に訪れることにしました。以下、展示を見た及び展示解説を聞いた感想です。 "地獄極楽"の誕生 ・「地獄」と「極楽」という考えは元々ありましたが、それぞれ独立したものと考えられていました。しかし、恵心僧都源信の往生要集の後、関連あるものと考えられるようになりました。 → 地獄と極楽は最初から関連あるものとして考え出されたと思っていましたので、印象に残りました。 争乱の東国から-彼岸への旅路 ・熊谷直実改め連生は修行に励み、師の法然に「坂東の阿弥陀仏」とまで言わしめた。 → 熊谷直実が法然の弟子になったのは知っていましたが、「坂東の阿弥陀仏」と呼ばれるまでの存在だったとは知らなかったので、印象に残りました。 ・11)善導大師坐像、12)円光大師坐像 甲斐善光寺所有の善導大師坐像と円光大師坐像が並んで展示してありました。善導大師像は胸の前で合掌し、顔は笑顔でしたので、信者と一緒に楽しく念仏を唱えている姿のように感じました。円光大師、つまり、法然上人像は笑顔ではなく、師の善導大師の隣なので、少し緊張しながら、念仏を唱えているように感じました。 また善導大師坐像には顔を一周するような割れ目があり、その下に阿弥陀如来の顔が隠れているようにも感じました。 ・13)連生法師坐像 連生、つまり、熊谷直実が出家した後の像です。鼻が大きいのが特徴で、像の対面に「来迎図を前に往生を遂げる連生」の拡大された図があったのですが、そこに描かれた連生の顔と像の顔の形が似ており、熊谷直実は実際に像のような顔をしていたのだろうなと思いました。 また像は肘から先が失われており、熊谷直実が平敦盛を討ったことを後悔し、敦盛を討った自らの手を切断したようにも感じました。 ・18)迎接曼荼羅

  • 今上陛下御在位30年記念 泉涌寺舎利殿 韋駄天立像特別公開に行きました

    泉涌寺で、「今上陛下御在位30年を記念して、非公開の舎利殿に安置されている韋駄天立像、および韋駄天障壁が特別公開される」というニュースを聞きましたので、3月9日に泉涌寺を訪問しました。泉涌寺のホームページにおける「韋駄天立像特別公開について」はこちら。 舎利殿 大門から泉涌寺に入り、楊貴妃観音堂、仏殿を拝観した後、舎利殿へ。拝観料500円を払い(上の画像の散華をいただきました)、堂内へ。中ではお寺の方が説明をしており、途中からですが、聞きました。 堂内中央に祀られている舎利塔の中にはお釈迦様の歯が祀られているそうです。そして、向かって右に今回特別公開の韋駄天立像、左に月蓋長者立像が祀られていました。 韋駄天は足が速いことで知られていますが、「走り回って食を集めてくる」ということで、特に禅宗で庫裏(寺の台所)に祀られることが多いそうです。ごちそう(御馳走)は、韋駄天の馳走(走り回るの意味)から来ているそうです。月蓋長者は在家でお釈迦様の弟子になった最初の人で、祇園精舎をお釈迦様に寄付した人です。 舎利塔近くの天井には迦陵頻伽が描かれており、壁には十六羅漢が描かれていました。また舎利殿入ってすぐの天井には赤龍が描かれており、こちらは鳴き龍で、手を叩くと上手く鳴いていました。 説明が終了したので、韋駄天像を拝観。優しいお顔をされており、向かって右下を向いていましたので、しゃがんで像を見上げると良い感じでした。次に月蓋長者立像を拝観すると、こちらも向かって右を向いていました。 私はてっきり、本来は楊貴妃観音、韋駄天、月蓋長者の三尊形式なのだと思っていましたが、韋駄天、月蓋長者が両方共そろって向かって右を見ているのはおかしいので、以前金沢文庫で聞いた話を書いたブログの記事(金沢文庫 特別展「唐物 KARA-MONO―中世鎌倉文化を彩る海の恩恵―」に行きました)を後で読むと、観音菩薩、善財童子、月蓋長者の三尊形式とのことです。 次は舎利殿裏堂の韋駄天図の拝観です。350年前に描かれたそうですが、日光に当たっていないので、とてもきれいに残っています。

  • 特別展「源実朝とその時代」に行きました

    2019年、初めての記事となります。今年も寺社や展示会を訪れた時に感じたことを共有していきたいと思いますので、よろしくお願いします。 源実朝が鶴岡八幡宮で公暁により殺害されたことは広く知られた歴史上の出来事であり、その年月日は1219年1月27日です。つまり、今年は源実朝没後800年となります。それを記念して、鎌倉国宝館では1月4日から2月3日まで、特別展「源実朝とその時代」を開催しています。 鎌倉国宝館では年度初めにその年度開催予定の展示会情報をホームページで公開しており、平成30年度開催の特別展の中では最も楽しみにしていた展示です。本当は展示期間中の最初の土曜日である1月5日に訪問したかったのですが、羽田七福いなりめぐりを優先し、二回目の土曜日である1月12日に鎌倉国宝館を訪れました。 展示内容 最初に甲斐善光寺所有の源実朝坐像が展示されていました。像を見ると、顔が面長で、実朝ゆかりの巳神を思い出しました。鎌倉にあった永福寺には運慶作の十二神将像が祀られていたとされ、その像を模刻した十二神将の特徴として、巳神がスラッとした高貴な顔をしていることが挙げられます。源実朝は1192年8月9日の巳の刻に生まれており、そのため、十二神将の巳神は実朝に関係があるのではないかと言われています。 甲斐善光寺の実朝像は実朝像としては最古のものであり、顔も実物に似ていると言われていますので、十二神将の巳神の特徴はやはり実朝ゆかりのものなのだろうなと感じました。 寿福寺の金銅の薬師如来坐像は源実朝の病気平癒のために北条政子が造らせたものです。本仏像は鎌倉国宝館でよく展示されており、説明を何度も聞いたことがありましたが、あまり記憶に残っていませんでした。しかし、今回の特別展でしっかりと記憶に残りました。 神奈川県秦野市に在る金剛寺の阿弥陀三尊像が展示されていました。金剛寺は、源実朝の御首を埋葬した実朝ゆかりのお寺で、阿弥陀如来三尊は実朝の念持仏と言われています。中央の阿弥陀如来像は時代は下るそうですが、脇侍の観音、勢至菩薩像は鎌倉時代と考えられており、とても良いお顔をされていました。

  • 特別展「顕われた神々」に関連した特別講演会「伊豆・箱根・富士をめぐる「かたり」の世界」を聴講しました

    神奈川県立金沢文庫では、特別展「顕われた神々 ―中世の霊場と唱導―」を11月16日から1月14日まで開催しており、前回、月例講座「神像としての仏像」を聴講したことを書きました。 「神像としての仏像」は仏像に興味があるので聴講し、今回の「伊豆・箱根・富士をめぐる「かたり」の世界」は中世の伊豆、箱根、富士の信仰に興味があるので聴講しました。鎌倉時代、将軍は正月の恒例行事として、伊豆山権現と箱根権現を参詣しており(二所詣)、中世において、それらは篤く信仰されていました。しかし、現在、関東地方の寺社を訪れても、それらを感じることができず、詳しいことを知りたいなと思ったのでした。 以下、講演を聴いて、印象に残った箇所を書きます。 講演会 ・関東地方では酉の市が盛んであり、埼玉県久喜市にある鷲宮神社がその大元であるが、鳥は三島神社の眷属である。 ・埼玉県にある久伊豆(ひさいず)神社は、その読みから「クイズ神社」としても知られているが、伊豆山神社に縁のある神社である。 ・雷電神社は関東地方を中心に点在する神社であり、群馬県板倉町にある雷電神社が総本社とされている。雷電社は伊豆山神社の一番目の摂社である。 ・群馬県板倉町には宝福寺というお寺があり、元々の山号は伊豆山である。特別展「安達一族と鎌倉幕府」でも紹介した秋田城四天王寺の観音像を模刻した如意輪観音像が祀られていた。 ・宝福寺は親鸞ゆかりの地でもあり、「浄土三部経」読誦に関する逸話が残されている。親鸞は伊豆山神社のネットワークに乗って、関東で活動した可能性がある。 ・富士信仰のルーツを調べると伊豆山に行き着く。伊豆山信仰が富士信仰に広がった。伊豆山の奥の院が富士山である。 ・中世では、真ん中に中国、その右側に日本、左側に月氏国(インド)があると考え、月氏国の島が移動してきて、駿河国に落ちたのが富士山と考えていた。 ・竹取物語の最後に富士山が登場する。山梨県にある忍草浅間神社に女神の浅間大菩薩像があり、その両脇の像は鷹飼像、犬飼像とされているが、竹取物語に登場する老夫婦であろう。 最後に

  • 特別展「顕われた神々 ―中世の霊場と唱導―」に関連した月例講座「神像としての仏像」を聴講しました

    神奈川県立金沢文庫では、特別展「顕われた神々 ―中世の霊場と唱導―」を11月16日から1月14日まで開催しています。加えて、その関連講座もいくつか予定されており、月例講座「神像としての仏像」が12月8日に開催されるとありましたので、予め申し込みをし、当日訪れました。以下、講演を聴講して、印象に残ったことを書きます。 神像としての仏像 今回の展示は「見たことのない展示が多い」ということで来場者に好評である。神像を集めようとすると個人が所有する像が中心となる。その理由は、明治時代の神仏分離令で、多くの神像が神社外に流出したからである。 十一面観音立像(平安時代、小田原文化財団) 普通の仏像とは異なる点、 (1) 素木(しらき)造りで金箔を施さない (2) 彫りが浅い(細部が省略されている) がある。 衣紋を省略して、つるっとした感じに造っている。これにより、神がぼんやり現れた感を出している。本地仏で、おそらく神社に祀られていたであろう。十一面観音を本地仏とする神と言えば、白山である。 → 本展示の案内に掲載されている像です。上半身だけ写っており、頭上の大きな化仏が特徴的に見えたので、そこが着目する点かと思っていましたが、違いました。しかし、化仏がのっぺらで何も彫りがないのも、(2)に含まれるそうです。 伊豆山権現立像(鎌倉時代、伊豆山神社) かっては錆(さび)に覆われていたが、除去され、リアルな顔になった。誰かモデルがいそうな感じである。銅造で鍍金が施されており、金銅仏と同じ技法で造られている。金銅仏と言えば、飛鳥大仏や法隆寺の像などが挙がり、仏像の本来の造り方である。よって、本像は仏として造られていると考えてよいだろう。 → 実際の展示を見て、私も顔がとてもリアルだなと思いました。モデルがいたとしたら、源頼朝なのだろうなと思います。 描かれた社景 神をどう表すかということで、神像として表すこともあるが、神のいる場所を描き、宮曼荼羅、社寺参詣曼荼羅として礼拝していた。伊勢、八幡、春日などの宮曼荼羅を展示しているが、春日曼荼羅が一番多く描かれている。これは春日が藤原氏の氏神であり、貴族の中で藤原氏の占める割合は非常に高いので、多く作られたのだろう。また、春日曼荼羅の影響を受けて、他の神社の曼荼羅も作られたと考えられる。 →

  • 藤原道長が和歌を詠んだ千年後、満月を眺めた石山寺での紅葉ライトアップ(あたら夜もみじ)

    11月23日の夜は石山寺の夜間拝観に行きました。石山寺は西国三十三所の中でも特に好きなお寺の一つで、今年5月の「あお若葉(もみじ)の競演」でも訪れ、また夜間拝観の期間に京都周辺に滞在している場合、ほぼ訪れています。 今年も11月22日から24日の夜は京都周辺にいますので、石山寺を訪問することにしました。 その理由は ・春に訪れた時、多宝塔と硅灰石の風景がとても綺麗だったので、夜の景色も見てみたい。 ・ファーウェイのスマートフォンP20 Proは夜景も綺麗に撮れるので、石山寺の夜景を撮りたい。 ・期間中に開催されるスペシャルコンサートをまだ見たことがないので、きちんと見たい。 と色々挙げることが出来ます。 石山寺へ 私はいつもJR石山駅からバスに乗って石山寺を訪れていますので、今回もJR石山駅からバスに乗り、バス停「石山寺山門前」で下車。そこから少し歩くと、石山寺東大門に到着。東大門はいつ見ても、本当に絵になる風景です。 あたら夜もみじ 拝観料600円を払い、境内へ。参道沿いのライトアップされた紅葉が綺麗でした(下の写真は帰りに撮ったもので、東大門側から撮ったものでなく、本堂側からのものです)。 階段を登り、多宝塔と硅灰石が見れる場所へ。こちらも絵になります。石山寺で最も好きな風景です。 次は本堂へ。本堂に近づくとたくさんの人が写真を撮っています。「何を撮っているのかな」と思い、撮っている方向を見ると、満月がとても綺麗でした。 石山寺への訪問後に知ったのですが、今年2018年は藤原道長が有名な和歌 「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」 を詠んだ年(1018年)から、丁度、千年目であり、かつ、詠んだ日(旧暦10月16日)は新暦で言うと11月23日であり、正に訪れたその日でした。今から考えると、そのような日に石山寺で満月を見ることが出来たことに感謝です。

  • 寿宝寺 思い出深い十一面千手観音立像

    お寺めぐりをしている方なら、忘れられない思い出が有る仏像をいくつかお持ちだと思います。京都府京田辺市にある寿宝寺に祀られている十一面千手観音立像は、私にとって、そのような仏像の一つです。 思い出 2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。私はその時、神奈川県におり、東北地方ほどではありませんが、大きな揺れに遭いました。その日以降、余震、計画停電、買いだめによる物不足など、不安な日々を過ごしていました。 私は震災が発生する前から3月19日に南山城のお寺を巡るツアーに申し込んでいました。震災が発生した為、参加するかどうか悩みましたが、結局、参加することにしました。一休寺、観音寺を訪れ、その後、寿宝寺に訪れました。 寿宝寺を訪れたことの有る方ならご存知でしょうが、寿宝寺では十一面千手観音立像は収蔵庫に安置されており、拝観者は収蔵庫に入って拝観します。そして、十一面千手観音立像は光の加減でお顔の印象が変わるので、お寺の方が外からの光が入らないように扉を閉め、ライトを調整しながら、2つの顔(昼の顔と夜の顔)を見せてくれます。ちなみに昼は厳しく、夜は優しく感じられるお顔をしています。 当日も昼と夜の顔を拝観した後、お寺の方が東日本大震災で被害に遭われた方々の一日も早い復興の為、優しい夜の顔をした観音様の下、般若心経を唱えてくれました。観音様の優しいお顔と般若心経がとても心に響き、自然と目から涙がこぼれ落ちました。そして、同時に頑張っていこうと元気も貰えました。 そのような寿宝寺の千手観音立像が、JR東海のキャンペーン「そうだ 京都、行こう。」で、一休寺が取り上げられたことに合わせて、12月2日まで、予約無しで拝観することができることを知りました。これは良い機会ですので、11月23日に訪れることとしました。 寿宝寺へ 京都駅から近鉄線に乗り、三山木駅で下車。前回は旅行会社のツアーだったため、観光バスに乗って訪れましたので、三山木駅で下車するのは初めてです。三山木駅から徒歩5分と書かれていましたので、Googleマップを頼りに歩いていきました。Googleマップがお寺が近くにあると示しても、「お寺がありそうな場所じゃないな」と少し不安になりながら歩を進めると、見覚えのある寿宝寺に到着しました。 寿宝寺

  • 仁和寺 秋の特別拝観 金堂裏堂 五大明王壁画を鑑賞しました

    仁和寺で五大明王壁画が公開されるというニュースを知り、五大明王好きとしては必ず訪れようと思いました。 京都新聞:370年前そのままの色鮮やかな明王 京都・仁和寺で初公開 京都市右京区の仁和寺で10月13日、金堂(国宝)の北側部分に当たる空間「裏堂」の初公開が始まった。壁面には約370年前に描かれた5体の明王の絵があり、色鮮やかな憤怒の形相を間近で見ることができる。 金堂は江戸初期に京都御所の紫宸殿(ししんでん)を移築した建物。絵は本尊・阿弥陀三尊背後の壁面の裏側にあり、1646(正保(しょうほう)3)年の伽藍(がらん)再建完成後の間もない時期に絵仏師木村徳応らが、仏法を守る願いを受けて描いたとされる。 絵は高さ2・2メートル、奥行き約15メートルの壁にあり、不動明王を中心に五大明王が青や赤などの絵の具で描かれている。裏堂には日光が差し込まなかったため、完成当時とほぼ同じ鮮明な絵が見られる。 今年、瀬川大秀門跡(71)が就任したことを記念し、同寺が公開を決めた。公開に先立ち読経した瀬川門跡は「色が残っており迫力がある。みなさんに拝んでいただきたい」と話した。公開は12月16日まで(行事のため休止日あり)。拝観料800円、高校生以下無料。 仁和寺へ 今回は京福電鉄に乗り、御室仁和寺駅で下車しました。正面に仁和寺の立派な山門が見え、山門をくぐり、境内に入ると、チケットを購入する長い列があり、今まで何度か仁和寺を訪れていますが、そのような列は見たことがなく、少し驚きました。 注意:仁和寺の境内に入るだけでしたら無料です。特別公開の拝観を希望する場合は有料となります。 金堂 特別公開のチケットを購入し、境内の奥に向かって、歩を進めます。途中、紅葉が綺麗でしたが、まずは拝観ということで、金堂へ。金堂に到着し、中に入ると、お寺の方がおられ、前に何人か座っており、話がありそうだったので、着座してしばらく待っていると話が始まりました。 金堂の中に入るには、以下の3つ方法があるそうです。 (1) 宿坊に泊まって、朝のお勤めに参加する (2) 御室派の檀信徒として、檀家の住職と一緒にお参りする (3) 市からの要請

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