荒木田みつ殺法帳 1
朝から雨が降っていた。傘を目深にかぶった侍が黙々と歩いている。左の腰に大小を下げ、茶色の袴姿で大股で歩いている。傘を左手に持っているのは、いつでも抜刀できる気構えの現われか。昼時と言うのに人気の少ない郊外の道は、雨もあって益々淋しい。しかし、その侍は気にする事無く歩いている。と、背後が何やら騒がしい。侍は足を止める。「お助け下さいまし!」女の切迫した声がする。それに被るように男たちの怒号がする。振り返った侍の胸に娘が飛び込んできた。雨具も無く、全身が濡れそぼった娘は、その身形から町人と見えた。着物は背中まで泥で汚れている。相当の距離を走ったものと見える。息も絶え絶えだった。追いついた男たちは、これもどこぞの藩の者たちの様だ。皆、深胴笠を被っている。胸に与かった女をそのままにした侍をぐるりと遠まわしに囲んだ。中の...荒木田みつ殺法帳1
2022/02/28 09:00