五月のばら園にばらの花降る 麻屋与志夫
超短編五月のばら園にばらの花降る大温室が無数の窓群で構成されているように光っていた。矩形に格子で仕切られているので遠目には窓のようにみえたのだろう。五月の薫風にのってばら園からはかぐわしい芳香がただよってきた。ここは神代植物園だ。彼女はまだこない。「五月の第一金曜日に会おう」そう決めていたのに彼女は現れない。どうしてきてくれないのだろう。もう少し待てば彼女は長い黒髪を風になびかせて颯爽と現れるはずだ。温室の方角から来るだろうか。藤棚の方からかな?ああ早く会いたい。彼女とは二月ほど前に一度あったきりだった。彼女はバラ園を眺めていた。白いワンピースに真紅の細いベルトをしていた。その後ろ姿をみただけで彼は動悸がたかなるのを覚えた。ヴイルヘルム・ハンマースホイの画がいた女性。後ろ姿のイーダの哀愁ある立ち姿だった。...五月のばら園にばらの花降る麻屋与志夫
2023/04/30 14:55