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老春・盛衰記 https://blog.goo.ne.jp/sagishinana

Sは脳の血流を高め、心肺機能をたかめ、記憶力をたかめ、認知機能をたかめます。さらに親密な社会関係をつくることになります。 老齢・熟年カップルの夜の世界のつぶやき

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2023/11/02

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  • いわゆる好色について

    成熟した性というものは、ある程度年齢を重ねないと育まれないものです。ですから熟年女性の方がはるかに感受性が豊かなんですね。そうしたS行為を好むことを「好色」といいますが、若い女性に夢中になっている状態では、これはまさに「好色」以前で話になりません。熟年で、肉体的美徳があふれた女性こそが魅力なのです。殿方はこのことをわきまえることです。また、女性は躰の線を気にするなどということはやめて、性感を高める努力をするべきなんです。いわゆる好色について

  • 開花する女体

    男はみんな若い女性がいいと思っているフシがありますが、若いということはまだか躰が未熟ということで、案外味気ないものだ、ということがいずれ分かります。まだ開花されていない女体は快感を感じることが鈍いのです。そうじて若い女性とのS行為は味わいがなく、殺風景なのが定石です。見栄えはよいが味のない料理のようなものなのです。よほど未熟な男は別としてただ若い肌に接するとか、見るだけではいずれ飽きがきてしまうものです。開花する女体

  • 濡れるはかならずしも、感じている、ではない

    濡れるという現象は、かならずしも感じている、ということではない、ということを男性諸氏は知っていないようです。女体は不思議なもので、膣を濡らすことで、自己防御をする場合があるということです。これは意識的になされることではなく、躰が自然にそうなる、という本能的なものです。従って、S行為の際には、当の本人に、「気持ちよいうかどうか」を確認する必要があります。一方的に、思い込んで行為に至ると女性が痛みを感じることになります。そうしたうえで、快感をともなった濡れる状態になった時に溢れ出る、いわゆる愛液というものを解説すると、これには4種類あって、膣の入り口、中、奥からと出る場所を異にするのです。濡れるはかならずしも、感じている、ではない

  • 豹変する女性

    相手に興味をもちはじめた女性は、相手の恋愛経験を聞いたり、今、誰かと付き合っているのかと、いろいろ相手の女性関係を知りたがる。そうした過程で安心感がはぐくまれ、しだいに相手にのめり込むようになる。そうなれば、今まで控えめだった態度がかわり、積極的になる。はじめはキスや手を繋ぐだけだったのに、それ以上の行為を厭わなくなる。こうして主導権が女性の側に移り、より積極的に相手に行為を求めることになる。さらに一線を超えた時、女性は自分の欲求を満たすことに貪欲になり、より深い快楽を求めるようになる。豹変する女性

  • 善がる声について思うこと

    いわゆる善がり声は、自分のことはさしおいて、人によって千差万別だ。どうしてこうもいろいろ異なるのだろうと思うが、異なるなかにも、より男を興奮させる声というものがあるようだ。女性の口から漏れる甘美な喘ぎ声は、男性にとっては何よりも強烈な興奮のタネなり、思わず男性のそれが硬く勃起する。やがて、「善がり声」は「よがり泣き」へと高揚する。ある時はしくしくとすすり泣き、ある時はしゃくりあげるような、吠えるような声になり、イクあるいはダメを連発しながら絶頂へと向かう。善がる声について思うこと

  • 相互の愛の表現で

    男性のオーガスムの究極は射精にあるとはいうものの、その男性の求めに応じて、ただ受け身的に身をまかせるのでは苦痛に等しいかも知れない。お互いのコミュニケーションを深めるという意味でも、こちらの欲求も相手に伝え、共に快楽のるつぼに没入することが大切なことだと思います。相互の愛の表現で

  • 似ていて非なるもの

    好物が年齢とともに変わるのはたしかにある。例えば、海鞘(ほや)は若い時は食べられなかった。あの感触がなにかゲテモノを食べるようで嫌だった。それが不思議なことに中年を過ぎる頃から海鞘を口にできるようになった。むしろ、積極的に食べてみたいと思うようになった。あの柔らかなぬめっとした舌の感触が好きになった。独特の匂いもあるし、クセがあるのだが、それも惹きつける理由になる場合もある。海鞘がアレに似ている、というのが夫の見解である。似ていて非なるもの

  • 欲しいものを口に出せる愛の行為

    女性はS行為に関しては受け身でなければならない、という世間的な味方がある。それに反して、女性の側から積極的に行為を申し出ることははしたないという見方がある。でもそんなものだろうか。女性の側からいろいろな要求を出し、欲しいものを口に出すことによって、それを叶えてもらうこと。それによって、より深い快楽を得ることができるし、満足感が残るものなのだ。S行為はコミュニケーションを深めることであり、快楽の共有でもあるのだ、ということを忘れないで欲しい。女性は年齢に関係なくセクシュアルであるべきなのだ。欲しいものを口に出せる愛の行為

  • 新たな女の誕生

    女ははプラスマイナスの計算をする。そして、人生から今まで窮屈な制限ばかり押し付けられていたこと知ってゾッとする。自分のものだったこの短い幻滅の生涯を前にして、もどかしい未来を前にして若い娘と同じ行動をとる。彼女は自分の有限性を拒止するのだ。彼女は生活の貧しさに比べつつ、自分の人間を素晴らしく豊富なもののように想像する。女として、多少とも受け身におとなしく宿命に従ってきたことを、機会を略奪され、騙され、知らぬ間に青春から老境へ滑り込んでしまったと思う。「わたしはいっぺんだけしか生きられないのに、こんなことになってしまった」その時、周囲の者をびっくりさせるような変化が彼女に起きる。新たな青春が芽生えるのだ。新たな女の誕生

  • まぼろしの彼の人を求めて

    その雅な響きに惹かれて、宗男は越中の小京都と呼ばれる城端(じょうはな)を訪ねた。訪ねたもうひとつのわけは、風の頼りに聞いた、そこに住むであろうと思われる、ひとりの女性の足跡を探し求めるためもあった。宛のない人探しではあったが、町筋を歩くほどに、もしかしたら逢えるかも知れない、という淡い期待があった。あいの風鉄道、高岡駅から城端線に揺られること50分ほどで終点の城端駅に着く。駅から街中へは10分ほど歩くことになるが、街の北側を流れる山田川を渡り、御坊坂をのぼりつめたあたりから、町並がひらけてくる。地元の観光パンフレッドがこの街を「情華舞歩」として紹介しているのにふさわし佇まいである。右手に、いかにも荘厳なたたずまいの寺域が現れた。善徳寺と記された看板が見える。道を回り込んでから、さっそく山門から境内に足を踏...まぼろしの彼の人を求めて

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