「若年死別者は統計的に数も少なく他の死別者よりも気の毒」という主張をよく目にする。確かに、二十代や三十代で配偶者と死別する人は少ない。しかし、かなり多くの人がその後新しいパートナーと新たな人生を歩んでいることも事実。若年で配偶者を喪っ
亡くなった人との思い出はもう増えない。だから大事にしないと。死別直後思い出せることも時間が経つと辛さに上書きされて思い出せなくなる。だから記録しておいたほうがいい。写真とかない場合が多いからキーワードだけでも。思い出は増えない。忘れてどんどん
いつまでも死別に浸ってないで、って言われた。別に浸ってるわけじゃない。そういう話もあまりしない。ただある人のことを「どういう知り合い?」って聞かれたから「死別絡み」って答えただけ。経験ない人には「死別」っていう単語自体が鬱陶しいんだろうね
私に「できることがあったら何でも言ってくださいね」とか言って、結局何も助けてくれなかった人が、Xで「困ってる人がいたら助けるのが私のポリシー」とか言ってた。何で不特定多数の見ず知らずの人にいい人の振りするのかな。ホームレス見るとイライラするって
夫は亡くなる前、膝が痛いって言ってた。死因とは関係ないけど。この動画を見て、もしMRIとか撮ってたら突然死は防げたのかなって思った。会社の健康診断は受けてたけど。今更そんなこと言っても遅いけど。突然死ってずっと「もしあの時..
パートナーと死別すると誰にでも経験あると思うけど、心の中で「助けて」って叫ぶ瞬間がある。でも常に助けてくれる、ということはない。ごく稀にこれは見守られているのかな、と思うことはあるけど。でもただ単に困った時だけ助けてって言っても助けてはくれな
昨日「試してみる」と言った件、PVは125で過去最低だったわ、どういうこと(笑)まあでも、脳が常に働いてるのはわかる。常に働いてるから現状維持に徹したい、というのもわかる。脳にとって「変化」というのはものすごく負担。だから死別したあとは心も体も
脳は24時間、自分の問いかけの答えを探してるんだって。例えば、誰かの名前を思い出せなくて、しばらくしてパッと思いつくことあるけど、あんな感じで。だからネガティブな問いかけをするとネガティブな答えを出すんだって。なので、⭕私は、何で幸せな
他の人の凄い古いブログで見て試したら本当に見れた。毎日空に向かって話しかけるのを7日間続けて、7日目に楽しかったことを思い出しながら寝る、という方法。朝、洗面所の窓から歯を磨きながら空を見上げて話しかけた、心の中で。夢の中で話すことはできな
死別繋がりで、配偶者を亡くして再婚する知り合いが今日で4人目。男性だけど、相手も死別経験のあるシングルマザーだって。すごく前向きな人だったから再婚はするだろうなと思ってた。ガーデニングとか趣味が合ったらしい。お互い死別して3年と4年。
嫌いな人からメッセージがきた。私の近況が気になるらしい。自分のことは絶対に言わないのに、人のことは聞いてくる。共通の知り合いが言ってた、「あの人、他人の個人情報集めてるから気をつけて」って。集めてどうするんだろう。そういえば、私の
あなたは今、どうしていますか?そこに「世界」はありますか?「死後の世界」というのはありますか?あれから、たくさんのことがあってでも、嫌なことや辛いことのほうが多くてでも、頑張って頑張って頑張って一人で遺されたから、頑張って頑張って頑張
輪廻転生があるのどうかわからないけど、突然死は早く生まれ変わるって何かでみた。本当なのかな。だったら死んでも会えないよね。生まれ変わるには30年かかるって聞いたこともあるけど。考えてもどうしようもないけど、こういうくだらないこと考え
幸せだった頃のことを思い出そうとしてるのに、すぐにお葬式の時のことが頭に浮かぶ。幸せだった頃が沢山あるのに。記憶が死別で上書きされていく。つらい。にほんブログ村
Xには「死別者以外フォローお断り」「死別者以外ブロックします」っていう人がすごく多い。気持ちはわかる。死別を経験すると、「死別」という括りで物事を捉えがち。日が浅ければ浅いほどその傾向は強くなる。でもリアルな人間関係の軸を「死別」に
奇跡って信じてる人にしか起こらない、っていうけど信じていたら本当に起こる?そもそも奇跡って、物理法則上では起こり得ないことが説明できない方法で起こることだよね。例えば、サイババの手から聖灰を出すとか。イエス・キリストが生き返るとか。宝
最近のスピ系界隈の流行りは量子物理学と波動だね。昔はスピ系って偏差値低そうな人の巣窟だったけど、最近はスピ系界隈に東大卒とか多くなってやたらと量子物理学を推してくるよね。まあ、でも何やっても死んだ人は生き返らないからね。ミディアムセッションとか
ロシアの人形にマトリョーシカってあるじゃない?人形の中から人形が出てくるアレ。ああいう感じの夢をみた。夢だと思ったのが夢で、夢の中で夢をみて夢の中で目を覚ますというややこしい夢。夢の中で自分で髪の毛を掴んで切っちゃって、「えええ
最近ブログに愚痴しか書いてないんだけど、馬鹿だと思われるかな。ま、いいか。昔、上司に「頭いいと思われてもろくなことありません。戦略的にいい人だと思われる努力をしてください」って言われたんだけど、愚痴ばっかり書いてるといい人だとも思われないよね
死別繋がりの知り合いが、死別者同士で再婚することになった。ごめんね、素直に喜べない。嫌いじゃないし、幸せになって欲しいと思う。そういうの、自分は祝福してあげられるタイプ、って思ってたのに、なんだろう、複雑な気持ち。羨ましい、というので
死別仲間にご主人を自死で亡くされた方がいる。お子さんもいる。お子さんは高校を卒業したばかり。死別から数年、お子さんと上手く行かなくなって今は離れて暮らしてる。自死だから、妻としては恨みたい気持ちもある。でも娘さんにとっては優しいお父さ
死別したら皆死にたいって思うことあるよ。もう終わりにしたい、消えたいって思うこと、誰にでもあるよ。そういう捌け口のためにSNSを使うのはいいと思うよ。不特定多数相手だから嫌な人は見ないっていう選択肢もあるし。でもLINEとかで「死にたい」
死別の辛さは語り尽くされている。何か聞いても、「本で読んだ」「そういえばそんなドラマがあった」「誰かのブログで読んだ」「誰かのXのポストで見た」「誰かのコメントで見た」となるはず。それなのに、そこから抜け出す方法論は本当に少ない。
綺麗事でアレコレ説教してくる人が苦手。というか、「神さまは救う価値のある人は必ず助ける」とかって死別した私に言ってくる人が嫌い。神さまは何の罪のない幼子の命も平気で戦争で奪うんだから。人間がゲームを作るときには必ずや闘いの要素をいれるでし
死別してから「安心感」を感じたことがない。不安感とか感じずに寝たいなって思うけど、いつも不安。朝は怖い位不安。安心感がほしい。あの温かい感じ。あれを感じたい。毎日毎日迷子の子供みたいに不安感の中で生きてる。死にたいんじゃない。
私は夫の死因を聞かれたら答えてるけど、それは病死(突然死)だから。オフ会とかSNSとかお葬式で自死遺族の方にどんな方法で亡くなったのかを聞く人は人間じゃないと思うよ。で、焼身自殺された方のご遺族に「もっとラクな方法があったのに」とか言う人、自分のこ
希望を持ち続けるのは難しい。心が疲れ果てて、希望を持ち続けるのは難しい。絶望の縁に立って、希望を持ち続けるのは難しい。絶望の縁に立って、それでも生き続けるのは何故だろう。みんな「死ぬのは怖くない」って言うけど、本心だろうか。私は怖い。
私の夫は救急搬送されてから24時間以上生きていた。意識はなかったけど。ずっと奇跡を信じていた。絶対に目を覚ますはず、死ぬはずがないと信じていた。でもダメだった。でも奇跡的に助かる人もいる。臨死体験をして戻ってくる人もいる。
ずっとパラレルワールドにいるみたいだ。存在しないはずの異世界。戻りたい。元の世界に戻りたい。友達も家族もいた世界に。キャリアもやる気も優しさもあった世界。何で全部失ってしまったんだろう。ここは私のいるべき世界じゃない。にほんブ
死別する前の年の8月と9月のことははっきり思い出せるのに、10月のことが全く思い出せない。何故だろう。11月のことも。12月のことは思い出せる。死別してからもところどころ記憶が抜け落ちている。日記とかつけていればよかった。そんな心の余
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「若年死別者は統計的に数も少なく他の死別者よりも気の毒」という主張をよく目にする。確かに、二十代や三十代で配偶者と死別する人は少ない。しかし、かなり多くの人がその後新しいパートナーと新たな人生を歩んでいることも事実。若年で配偶者を喪っ
子供や配偶者を喪うほうが親を喪うよりも辛い、という人がいますが、必ずしもそんなことはありません。特に未成年で親を喪った場合、残された配偶者も死別の悲嘆の中にいるため、子供の心のケアというのは非常に難しい場合が多く、子供は精一杯の我慢をして
死別後、周囲との「和」を保つために「元気なフリ」をしている人は多いと思います。「元気なフリをすれば脳が錯覚して本当に元気が出る」という人もいます。果たして本当にそうでしょうか。結論から言えば、元気なフリは危険です。一時的には「些末
大切な人を喪い、一人遺されてその痛みと孤独に苛まれているときには気づかないけれど、亡くなった人は確実に私達の側で生きています。肌の温かさや、髪の柔らかさを感じることができないのでもう存在自体が無であるように感じてしまうのも仕方がありません。科
香淳皇后にとって、1989年というのは人生の中で最も辛かった年でしょう。年が明けた1月7日、65年の間その動乱の人生を支えた最愛の夫であり、日本の象徴である昭和天皇が崩御します。日本中が悲しみに包まれるなか、既にかなり体調が悪化して起き
僅か1年の間に3人との死別、香淳皇后の悲嘆⬇️高円宮憲仁親王の突然死⬇️桂宮宜仁親王の壮絶な人生⬇️香淳皇后の寂しい死⬇️大正天皇の生母柳原愛子の生涯⬇️昭和天皇の第1皇女照宮成子内親王の早すぎる死⬇️
「死別をしてから悪いことが続く。これ以上悪いことは起こらないと思っていたのに」という人がたくさんいます。これには明確な理由があります。まず、死別という極度のストレスが脳にかかることによって判断力が著しく衰えます。通常であれば問題なくでき
「若年死別者は統計的に数も少なく他の死別者よりも気の毒」という主張をよく目にする。確かに、二十代や三十代で配偶者と死別する人は少ない。しかし、かなり多くの人がその後新しいパートナーと新たな人生を歩んでいることも事実。若年で配偶者を喪ったからと
児童相談所にも両親にも助けを求めたけれど拒絶され、幼い子供を抱き抱えて飛び降り自殺をした父親。あまりにも痛ましい。本当は自分一人で死ぬつもりだったのだろう。だからあちこちに助けを求めた。誰かが自死すると、必ず「相談してくれればよ
日露戦争の戦費調達に成功し、日本を勝利に導いた高橋是清は蔵相を数度経験し、首相にもなりました。軍部の反発を招き、二・二六事件で暗殺された是清は、私生児として生まれ、養子となり、米国に留学。留学先では騙されて奴隷として売られる、という辛酸も舐め
配偶者と死別したあとに、子供のいない方の頭を過るのは「孤独死」かもしれません。誰にも発見されず、異臭から近隣住民の通報でその死が明らかになる人は数多くいます。ご遺体が腐敗するほどでなくとも、家族がいなければ誰にも看取られずに死ぬ人は数え切れな
マッタ=ルイーセ王女 (ノルウェー語: Märtha Louise)は1971年9月22日、ノルウェー王ハーラル5世とその王妃ソニアの長女(第1子)として誕生しました。弟は王太子ホーコンで、マッタ王女の王位継承順位は第4位です。理学療法士の資格を持ち、マ
子供に先立たれる辛さはおそらく想像以上のもので、経験した人にしかわからないものでしょう。明治天皇の側室で、大正天皇の生母でもある柳原愛子は3人の子供に恵まれますが、成人したのは大正天皇ただひとり、そしてその大正天皇も病に倒れ早世します。生
殉死とは、主君や夫などの死を追って臣下や妻などが死ぬことを指し、殉死させたうえで葬ることを、殉葬といいます。殉死者が任意に自殺する場合もあれば、歴史的には強制的に殉死させられる場合もありました。江戸時代には殉死は「不義無益」として禁止されま
天皇皇后両陛下には「目下の者の葬儀に参列しない」という慣習があります。この慣習が(おそらく日本史上)はじめて破られたのが、昭和天皇と香淳皇后の第一皇女、東久邇成子さんの葬儀でした。東久邇 成子(ひがしくに しげこ)さんは1925年〈大正14年
親が自分より早く死ぬのは当たり前、と言われることがあります。伴侶の死のほうが親の死よりも苦しい、と主張する人もいます。しかし、それは年齢や関係性にもよります。親の死が大きなトラウマとなり精神を病むケースも多くあります。1997年の英国の元
日本を代表する作家、三島由紀夫には同性愛者のイメージが強くありますが、結婚し子供もふたりいます。また上皇后陛下とかつてお見合いしたというのも有名な話です。このお見合いは銀座六丁目の小料理屋「井上」の2階で食事を兼ねたものでした。三島
伴侶を喪った者は一度は後追いを考えるでしょう。しかし実行に移せる人はほとんどいません。でももし、すべての子供を喪い、最後に遺された夫までも亡くなったら人は本当に絶望の底に落とされ、衝動的に死を選んでしまうのかもしれません。それが、乃木希
AEDは今では駅などどこでも見かけることができますが、かつてはその名前さえあまり知られていませんでした。そのAEDが普及した背景には高円宮憲仁親王殿下(以下、高円宮さま)の突然死があります。高円宮さまは三笠宮崇仁親王の三男として1954年に誕生し
「本当だったらもっと生きられたはずなのに」これは大事な人を喪った後、誰もが考えることです。そして、運命を変えてしまった人を恨むこともあります。英国女王エリザベス2世も、父ジョージ6世が崩御し、自身が女王という重責を担う運命になったときに伯父を深く恨
一昨日徹夜だった。寝ないと本当にダメ。いろんなこと全部がぐちゃぐちゃになる。生産性も落ちる。でも死別すると寝られないから、ミスして仕事徹夜、また寝られなくなる、っていう悪循環に陥いることあるよね。寝なきゃダメだよ、本当に。(って自分に言ってる
以前、ある方が仕事の愚痴を記事にしたらコメント欄で「やめちゃったほうがいいですよ」「何とかなりますよ」「仕事なんてすぐ見つかりますよ」ってコメント欄が盛り上がってたけど...無責任極まりないよね。何とかならないよ? 無計画に辞めないほうがい
死別した当初は毎日が重いから気づかないけど、3年とか物凄いスピードで過ぎていく。自分には死別しかないのに他の人はどんどん成長してて、世の中も物凄いスピードで変化してて自分が取り残されたように感じる。「早く立ち直って」と言う言葉を聞くとイラッとして
結局のところ、死別してからの人生を左右するのは健康とお金。この2つが揃っているかいないかで同じ死別者でも人生は本当に違う。「お金なんかなくても」って言えるのはあるから言えることで、本当に食べるものにも困ったり、子供の進学費用を払えなかったりしたらと
平安時代は鈍色(にびいろ)の喪服が使われてたんだけど、色の濃さで亡くなった人との近さや死別してからの時期を表してたらしい。鈍色って灰色っぽい色。大河で中宮定子が母親が亡くなった時に着ていたのがこれ。道長も喪服だけど、定子の母は義姉なので
歯を食いしばっちゃダメだよ。これは比喩じゃなくて、物理的にという意味で。死別してから歯がボロボロになる人ってすごく多いんだ。これは無意識のうちに歯を食いしばるから。あと、メンタルがかなりやられてるから歯磨きも雑になりがち。歯に問題を
友達でも家族でもそうなんだけど、どうでもいい話が心地よくできる人ってどうでもよくない大事な人なんだ。仕事関係みたいに、大事な話しかできない人は人生においてはそんなに大事じゃない。職場でも大して仕事はできないのに皆から好かれているのはほとん
死別の悲嘆は受け入れないといけないけど、慣れちゃいけない。不幸な自分に慣れてしまうと潜在意識はその不幸な状態をキープしようとする。人間の脳にとって「変化」というのは物凄い負担で、できるだけ現状を維持するように働くもの。死別のような劇的な出来
死別後、睡眠障害に陥る人は多い。睡眠障害は本当に人生を悪い方向に導く。とにかく寝なきゃダメ。できるだけ眠剤に頼らなくても寝られるようにならないとダメ。夏はきついけど、掛け布団はできるだけ重いほうがいい。加圧ブランケットで鬱が改善するとい
例え死にたいと思っても死ねるわけじゃないし、死にたくないと思っても突然死することもある。今日も明日もどうなるかわからない。だから今日だけは精一杯生きてみる。
見た目がみすぼらしいと舐められるよね、って最近つくづく思う。不幸そうに見えると舐められる。なんだかね...
誰か助けて、って叫びたくなることがある。でも叫んでも助けてくれる人はごく僅か。いてもたってもいられない、そんな気持ちになることない?押しつぶされそうになって、自分の心も抱えきれずに。
死別をした後、どれだけ早く立ち直れるかは、現実的な話、どれだけ経済的に余裕があるかによる。お金がある人の悲嘆とない人の悲嘆は全然違う。働かなくていい人や休職できる人の悲嘆と休むことのできない人の悲嘆は全然違う。「お金なんかいらない」なん
あの日、まさか翌日自分が死別者になるなんて想像もしていなかった。「明日」というのは今日と同じようにくるものだと思っていた。彼に「明日」がこないなんて思ってもみなかった。私たちは毎日、死に向かって生きている。「今日」という日が奇跡だと
本当に頑張ったよ。ボロボロになりながら。惨めだった。でも頑張った。もう迎えにきてもいいよ。でも今日だと困るけど。一ヶ月後、幸せを感じられるか、もし無理なら迎えにきて。どちらかにして。
SNSの死別界隈は前向き系なことを言うと結構炎上する。でも前向きにならないと、悲惨なまま3年、5年、10年と時間が過ぎちゃうのも事実。同時期に死別しても前を向いて人生を立て直した人たちはわりと繋がりを継続してるけど、死別直後のあの暗さをずっと発信してる
死別してから同じ失敗を何度も繰り返すことが多い。おそらく睡眠障害も相まって脳の機能がかなり低下しているんだと思う。過食と拒食を繰り返したり、まともに寝なかったり。以前は長い文章をスラスラ書くことができたのに、こんな短いブログの文章でさえ苦痛
ミディアムセッションを受けたことのある人はわりと同じことを言う。「最初の一回はすごく当たったのに二度目から当たらなくて」これはすごく単純なこと。最初は依頼する側が一種の興奮状態にあり期待感に満ちているから。だから例えば40代の女性が
死んだ人が生き返ることは絶対にないけれど、それでもそんな奇跡がおきてもし会えたら、と思うことがある。会えたら何を話すんだろう。もし3分間だけ会える、と言われたら何を話すんだろう。何も話さずただ抱きしめてその温もりを心に刻もうとするんだろう
今、苦しまずに安楽死できるとしたら...皆、どうするんだろう。このまま死になくないという思いと、もう楽になりたいという思いが交錯する。