平家物語(1)その時代 序章
”海人のたく藻の夕煙、尾上の鹿の暁のこゑ、渚々によする浪の音、袖に宿かる月の影、千草にすだく蟋蟀(しっそつ)のきりぎりす、すべて目に見え、耳にふるる事、一つとして哀(あはれ)をもよほし、心をいたましめずといふ事なし。昨日は東関の麓にくつばみをならべて十万余騎、今日は西海の浪に纜(ともずな)をといて七千余人、雲海沈々として、青天既にくれなんとす。孤嶋(こたう)に夕霧(せきむ)隔て、月海上にうかべり。極浦の浪をわけ、塩にひかれて行く舟は、半天の雲にさかのぼる。日かずふれば、都は
2021/08/26 15:52