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ブログタイトル
わさびの日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/tsuki29_1954
ブログ紹介文
老後の暮らしを模索しています。健康のためランニング、楽しみにクラリネット、それに古文書解読を趣味にしたいと思っています。
更新頻度(1年)

69回 / 42日(平均11.5回/週)

ブログ村参加:2021/08/08

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わさびの日記

わさびさんの新着記事

1件〜30件

  • 徒然草第三十四段 (甲香は、ほら貝のやうなる)

    「甲香かひこうは、ほら貝のやうなる」、昔の人は、お香を焚いて癒されていたのでしょう。昔、営業のシステムをやってた頃、ある支店を訪ねると、支店長室で支店長が香を焚いてました。気分が落ち着くと云ってましたが、支店長ともなると、こんな気儘なことができるのだと感心したものです。その支店長、その後、精神疾患で休職して退職されました。あの状景は普通ではなく、異常だったのだと理解しました。現代の人が匂いに癒される機会とは、アルマセラピーなどに通わない限り滅多にありません。コロナに感染すると「におい」や「あじ」に異常が生じるといいます。普段あまり気にしていない五感の一つである「におい」でも、それが分からなくなると精神的にはダメージでしょう。私は、結構、匂いには敏感な方で、不快な臭いを嗅ぐと神経質になりがちです。食べ物ならば、腐...徒然草第三十四段(甲香は、ほら貝のやうなる)

  • 懐かしのシリコンバレー

    営業成績の優秀な社員は、ご褒美に海外の提携先の本社に招待されるとの話しがありました。もちろん本社だけでなく、あちこち観光して良い思いをするというのです。営業でない社員には縁のない話しだと思ってました。ある時、会社の先輩が、海外のシステムを導入したいので協力しろと云ってきました。その当時の海外のソフトは日本語化されてなく、ユーザが戸惑わないか心配でした。しかし、先輩は、最初だけで慣れたら誰も英語の表示なんて見ないから大丈夫と云うのです。そんなものかと納得して話しに乗ることにしました。実は、先輩の企みはそれだけではなかったのです。そのソフトを導入すると、毎年シリコンバーで開催されるユーザ会に招待されるというのです。営業の奴らだけじゃなく、俺らも良い思いしようぜと云うことです。導入するのは結構苦労しましたが、なんとか...懐かしのシリコンバレー

  • 徒然草第三十三段 (あやまりにて、なほされにけり)

    「あやまりにて、なほされにけり」、数年前に住いを大掛かりにリフォームしました。リタイヤ後の事を考え、子供部屋をなくし、かみさんが欲しがっていたクローゼットとワークスペース、私が憧れていた書斎を造りました。使い勝手の良い空間にしたく、リフォーム会社には細かい注文を出しました。ワークスペースには造り付けの書棚、入れるファイルに合わせ段の高を手直してもらったり、トイレの壁紙が違っていて貼り直してもらったり、コンセントの位置がダンスに隠れて位置を変更してもらったりと、何かと手直しがありました。書斎に入れるデスク、横幅の寸法は測ってましたが、入口が狭く、縦に入れると横に回転できず思惑通りの向きに置けませんでした。そんなこともありましたが、思い切ったリフォームで満足できる空間にはなりました。死ぬまでこの家に住めるか分かりま...徒然草第三十三段(あやまりにて、なほされにけり)

  • 徒然草第三十ニ段 (朝夕の心づかひによるべし)

    「朝夕の心づかひによるべし」、日々の心がけは人為ひととなりになり、そして品格になるということでしょう。私たちは、子供の頃から正しい習慣を身につけることの大切さを教えられてきました。正しい習慣とは何か、それは親や先生から教えられます。手を洗う、歯を磨くなど衛生面は習慣は確かに正しいでしょう。このコロナの時代に感染予防に活かされています。それ以外の習慣、例えば整理、整頓はどうでしょうか。散らかしたら片づける、不要なものは捨てるといったことも当たり前ですが、なかなかできない性格の人もいます。私は、比較的、規則正しい生活をしないとリズムが狂うタイプです。同じ時間に起き、決まったパターンで準備をしないと落ち着きません。それが邪魔されると、朝から躓いた気分になります。リタイヤして時間が自由に使えるようになったとしても、決っ...徒然草第三十ニ段(朝夕の心づかひによるべし)

  • テレビはつまらなくなった

    私が生まれる少し前にテレビの本放送が始まりました。数年後、我が家にもテレビがやってきました。新しもの好きだった父親にまだ勢いがあって、テレビに冷蔵庫、洗濯機、それにステレオやカメラなど次々と電化製品を買ってました。テレビを買った頃、ある番組を見るために近所の人たちが集まってきました。私が憶えているのはチキンラーメンのコマーシャルだけです。おそらく、番組は皇太子さまのご成婚だったのでしょう。私の世代はテレビと共に大きくなったので、大人からテレビっ子と揶揄されたものです。その時代の子供にとってテレビは、今で言えばゲーム、一番夢中になれるものでした。大人になってからも、時間つぶしについテレビをつけてしまいますが、近頃はバラエティー番組ばらりで面白くありません。出演している人だけが大げさに騒いで、視聴者を参加させ無理や...テレビはつまらなくなった

  • 上級シスアド

    就職して数年間は自由でした。仕事が終わると、同期とお好み焼き屋で愚痴を言いあってました。冬になると大学時代の友達と、金曜日の夜発、月曜日の早朝着のスキーバスで毎週末ゲレンデにいました。転機は3年目です。あるシステムの導入プロジェクトの一員になり、やたらと忙しく、仕事に悩殺されることになりました。遊びまわってる暇はなく、たまに仕事仲間と立ち飲み屋に行く程度でした。システムの導入が一段落しても、その後の運用のフォローが結構大変でした。色んな不都合が発生し、短時間で解決しなければ業務に支障が生じます。現場は一日の最後に入力作業をしますから、トラブルが発覚するのは夕方です。夜遅くまで対応に追われることもありました。そして、徐々にシステムが安定してくると、次のシステム導入のプロジェクトが始まりした。そんな調子で、20年以...上級シスアド

  • 徒然草第三十一段 (文をやるとて)

    「人のがり言ふべき事ありて、文ふみをやるとて」、手紙は余ほど改まった用件があるとき以外は書かなくなりました。物事を伝える手段としては、手紙などの文書以外に、電話、メール、口頭などがありますが、仕事ではこれらを自分なりに使い分けてきました。ちょっとした用件はメールで、誤解を招くような事は電話、感情が入って来そうならば直接会って話すという具合です。このように、大切な事ほど相手との距離感を近づけていきますが、手紙は物理的な距離は離れていても、心の距離を縮めます。このように手紙には、他の手段にはない不思議な効果があります。メールも手紙と同じで文字で伝えますが、無機質で無感情になりがちです。メールで心を込めて書こうとすると長文になり、大量のメールを処理する中で、面倒くさいと読んでもらえず、かえって不快にさせることもありま...徒然草第三十一段(文をやるとて)

  • 徒然草第三十段 (卒都婆も苔こけむし、木の葉降り埋みて)

    「卒都婆そとばも苔こけむし、木の葉降り埋うづみて」、母に、秋と春の彼岸ぐらいは墓参りするように云われました。忙しさにかまけてというか、面倒がって墓参りには行けてません。それに、墓参りには億劫な複雑な気持ちもあります。お寺の境内の裏に墓地があり、そこに先祖代々の墓があります。その寺の住職が本山で不正を働き、さらにお寺の敷地の一部を勝手に売り払い、海外に逃亡したため、お寺は荒れ放題になってます。我が家も寺の檀家でしたが、逼塞して夜逃げのように、土地家屋を手放し他所に移っってしまったので、寺の檀家だと偉そうなことは言えません。そのため、墓参りも人目を忍んで行ってました。今となっては、私が誰か知る人もいないので気にすることはありませんし、その逃げた住職も、お寺に舞い戻って住職を務めているようです。我が家には、床の間の半...徒然草第三十段(卒都婆も苔こけむし、木の葉降り埋みて)

  • お店の衛生管理

    新入社員のころ、週末は同い年の同僚とお好み焼き屋に行って飲んでました。そのお好み焼き屋の前に高級そうな料理屋があり、会社の上の人達がよく行ってました。そこで事件が起きました。ドジョウの「踊り食い」に寄生虫が入ってたとのことです。その料理屋から出てくる部課長連中を見たことがあるので、その中の何人が食べたのでは社内の噂では、結構な人数の人が食べたようです。症状の出た人がいたかは定かではありませんでが。私は牡蠣が好きです。牡蠣には人生で3度アタっていますが、それでも牡蠣は好きです。生でなければ大丈夫と思っていても、カキフライで当たったこともあります。覚悟して食べてますが、この20年ほどはアタったことはありません。どこのお店も衛生管理がしっかりできているのでしょう。その意味では、どの飲食店もコロナ対策もしかっりできてい...お店の衛生管理

  • スキーゲレンデのロマンス

    会社の先輩が、スキーバスを計画しているので、協力しろということになりました。全部で50人集めるというのです。お前が参加すればほぼ目途がつくので、外に誘わなくていいから来いというのです。その先輩と先輩の同級生、同級生の女友達、その妹、その妹の友達といった具合に、一人一人の紹介ということで参加者を募っていったようです。先輩の同級生は面白い人で、ちょっと変わったことがあると、「老人ホームに入ったら自慢話しにできる」と云います。どんな事だったか思い出せませんが、そろそろ老人ホームも現実味してくる年齢になり、その言葉だけを思い出します。その後、その人はその時連れてきた女友達と結婚したそうですスキーでは、カップルになって、その末に結婚するということがよくあります。会社のスキーツアーでも、夕方になってもなかなか宿に帰ってこな...スキーゲレンデのロマンス

  • 徒然草第ニ十九段 (過ぎにしかたの恋しさ)

    「過ぎにしかたの恋しさ」、故人の意思とはいえ、形見分けは有難迷惑な面があります。故人を思い出す品ですが、もらった方は何時までも懐かしんでもいられません。簡単に捨てるわけにもいきません。母は、晩年、日本画を沢山描いていてました。それを形見分けに渡すため親戚を廻ったことがあります。絵には値打はないかもしれませんが、額縁が立派で値の張るものでした。今も、母の絵を所有されているかは分かりませんが、名のある画家の絵に入れ替えて利用していただいていれば、それはそれで良いと思います。結婚して4回引っ越しました。賃貸の場合も持ち家の場合もありましたが、その都度の契約書やそれに関る書類などは今も捨てられません。何があるわけではないですが、もういらないなあと整理しようとしても、その頃の事を思い出すと捨てれません。写真などはもっと厄...徒然草第ニ十九段(過ぎにしかたの恋しさ)

  • 徒然草第ニ十八段 (諒闇の年ばかり)

    「諒闇りやうあんの年ばかり」、最近は喪に服するといっても、年賀状に代えて喪中欠礼を出すぐらいで、取り立てて大人しくすることはありません。このコロナ禍の中で、会食や飲酒を自粛し、不要不急の外出を控え家に籠っているのは、よほど喪に服している生活にといえるでしょう。昨年は義父か亡くなり喪中でしたが、今年は喪が明けても引き続き喪中欠礼を出してもよさそうな一年でした。昔の人、江戸時代ですが、月代といって前頭部を剃って丁髷を結ってました。偉い人が亡くなると喪に服し、一定の期間は月代を剃らなかったようです。剃らないと当然生えてきますから、浪人のようになって貧乏くさくなります。それが喪に服している証しだったのかもしれません。そういう意味ではないですが、昨年から無精髭を生やし世の中の喪に服しています。徒然草第ニ十八段(諒闇の年ばかり)

  • 就職難のころ

    就職難は、景気の周期に合わせてやってくると云いますが、どうも世代に合わせているのではないかと思います。私やかみさんの時代はひどい就職難で、子供たちの就職期も厳しかったです。ところが、団塊の世代は景気が良くて大量採用され、その子供の団塊ジュニアは、採用難で学生の確保が難しかったのを憶えています。会社に入ると、無駄に多い団塊世代が幅を利かせ、何時まで経っても下っ端扱いされました。ようやく管理職になると、こんどは出来の悪い団塊ジュニアに苦労させられました。私達は端境期の世代と云われ、団塊世代のツケが廻ってきて割を食いました。恐らく子供たちのミレニアル世代、ゆとり世代とも云いますが、彼らも団塊ジュニア世代の影響を受けたのではないかと思います。しかし、彼らにとって良ったのは、世の中が大変革したことです。特にこのコロナ禍で...就職難のころ

  • 徒然草第ニ十七段 (人の心もあらはれぬべき)

    「人の心もあらはれぬべき」、トップが代わるとき人の本性が現れると云います。トップが交代する理由、人心を得られなくなったから、気力が衰えたから、一区切りついたからと色々とあるでしょう。引き際の様は、任期中の評価を左右しますから、きれいでありたいものです。自らの引き際はどうだったか。子会社のトップを辞めたのは親会社からの指示でした。評価はどうであれ、次の世代に代われということです。本来、トップは自らの決断で辞めるべきですが、より大きな力で自分の意思とは関係なく辞めさせられたのは無念なものです。もう一回は、再就職してトップを任されましたが1年で降りました。この時は自らの決断でした。短期間で辞めることになったのは、実質的なトップでなかったからです。肩書があっても、自分の思い通りにできないのは我慢ならなかったです。それに...徒然草第ニ十七段(人の心もあらはれぬべき)

  • 徒然草第ニ十六段 (馴れにし年月を思へば)

    「馴れにし年月を思へば」、子供たちがそれぞれの家族を持ち離れていくと、安心するとともに寂しさもあります。また、久しぶりに息子や娘と話すと、彼ら彼女らの時代だと頼もしく思います。同じことを自分の親も感じていたことでしょう。年月の経過とともに、子供は育って大人になり、親は老いて隠居します。若いころ、21世紀になると世の中が劇的に変わると根拠のない期待をしたものです。十年一昔といいますが、世紀が変わってもう20年も過ぎ、ミレニアム世代の子供たちもおじさん、おばさんになってしまいました。今の世の中、ネットやSNSの時代、パソコンやスマホが使えなくては仕事になりません。昔はどのように仕事をしていたのか。朝、まずは書類に目を通し、かかってくる電話に対応、問題があれば現場に駆け付けるのか仕事のやり方でした。それが、まずはメー...徒然草第ニ十六段(馴れにし年月を思へば)

  • 大学の授業料

    ある小説を読んでいて、ふと疑問に思いました。主人公は私より3つ年上、住み込みの新聞配達をして高校に通い、国立大学を受験します。授業料も馬鹿にならないので、奨学金を二つ申し込み、大学の合格よりも、奨学金の審査の方が気になるというのです。これには違和感を感じます。当時の国立大学の授業料は年間12000円です。今の価値でも4~5万円といったところです。それに育英会の奨学金は一般貸与は月6000円、特別貸与は8000円だったと思います。2か月分の奨学金で払えます。ですから、授業料が馬鹿にならないということはなかったはずです。それに、国立大学の学生ならば、一般貸与の奨学金はよほどのことがない限り審査に通ります。奨学金は無利子で、特別貸与は大半の返済が免除され、教員になれば全額免除されると聞いてました。主人公の場合は特別貸...大学の授業料

  • スキーの思い出

    大学時代、冬はなんといってもスキーでした。友人が野沢温泉の民宿でアルバイトしていたので、同じ大学の者が冬合宿のように集まって常宿にしてました。それに、雪上日数100日を目標に夜行バスでスキー場に通ったもので、卒業するころには結構上手くなってました。1年生の時に格安3点セット(板、靴、ウェア)を揃えましたが、上達してくるとやっぱり道具やでということで、就職してすぐに10万円もする新しい板と靴を奮発して買いました。その板のデビューは野沢ではなく、高校時代の友人と行った志賀高原でした。同じ宿に、バレーボールで有名な女子高生グルーブがスキーに来てました。なんとなく仲よくなり、翌日、皆なで一緒に滑ることになったのはいいですが、一人ほとんど初めてという子がいて、その子を任せらてしまいました。皆などんどん行くものだから、腰に...スキーの思い出

  • 徒然草第ニ十五段 (志留まり、事変じにけるさまはあはれなれ)

    「志留とどまり、事変じにけるさまはあはれなれ」、権力者が己の望みだけをしゃにむに求めると、空しい結果になることは昔も変わらないようです。国のリーダーとは、昔ならば王様です。王は民の声を聴いて判断しなければ善い政治はできません。そのため、自らの施策について、どうして実行するのか説明し、人々の納得を得ることが大切です。これは国にかぎらず、企業のトップも同じです。組織が一丸となって取り組むには、そのメンバーの理解が無ければなりません。会社でも、トップダウンと言いながら一言の説明なしに断行するトップがいます。部下は指示には従いますが、納得しなければ半分の力も出せません。何故やらないと恫喝すると必死にはなりますが、その仕事には心が込められていないため何かと不都合が生じます。将に、その悪例が今の政府のコロナ対策で展開されて...徒然草第ニ十五段(志留まり、事変じにけるさまはあはれなれ)

  • 大学の研究室

    大学の4年生になると研究室に所属します。4月に入った時、指導教官は海外の大学に出張していて夏休みまで戻ってこないと聞き驚きました。秋まで卒論のテーマを自力で探さなければなりません。研究室の教授から審査を依頼されている専門雑誌への投稿論文を査読するように指示されました。英文の論文を読むのは難しく、参考文献も、図書室にある過去の専門雑誌などから探し出しabstractだけでも読まなければならず大変でした。査読した論文の概要と感想をまとめ教授に提出したら、「君は大学院に進むといい」と云われ、評価してもらったと喜ろこびました。ところが、もう一人の同じ研究室の友人も、就職活動にも行き詰まると、教授に云われて大学院に進むことになりました。教授は単にアシスタントになる院生の頭数が欲しかっただけだったようです。査読を通して知識...大学の研究室

  • 東北旅行

    院生時代、同じ研究室の友人が東北の三大祭りを見たいというので東北旅行を計画しました。東北一周周遊券を学割で購入し、宿が取れたのは下北半島と十和田湖畔の民宿だけでしたが、後はどうにかなるだろうと、三人で出発しました。当時は東海道に夜行列車(銀河)が走っていて東京まで夜行で行きました。隣のボックスに竹下景子似の女性が一人乗ってました。今でも、あれは本物だったんじゃないかと思うぐらい似てました。東京からは列車を乗り継ぎ、最後はバスで十和田湖にたどり着きようやく宿泊です。翌日は十和田湖一周サイクリングに挑戦と繰り出しますが、山中の凸凹道で起伏が大きく対岸までの半周でギブアップ、遊覧船で宿に戻りました。疲れた~とばかり、風呂に入るといやにケツが痛い、皆なのケツをみると青あざになっています。こりゃ大変だと騒ぎましたが、若か...東北旅行

  • 徒然草第ニ十四段 (すべて、神の社こそ、捨て難く)

    「すべて、神の社やしろこそ、捨て難く」、初詣に、七五三、節目には家族の安泰を願い神社にお参りします。また、受験などの大事をひかえれば、絵馬を書き、おみくじを引いて願いが叶うことを祈ります。私たち日本人の心の中にはそのような信仰があります。ただ、神社でお祈りするのは、病などの自力では何ともできない切実な事よりも、日々の平穏な生活を願い、ささやかな希望を求めるものではないでしょうか。つまり、普段の努力が実を結ぶこと、自分自身の力を信じるためのものではないかと考えます。自分自身の精神力こそが神の力といえるのかもしれません。徒然草第ニ十四段(すべて、神の社こそ、捨て難く)

  • 徒然草第ニ十三段 (衰へたる末の世とはいへど)

    「衰へたる末の世とはいへど」、何時の時代も、伝統として引き継がれてきたものが危機に瀕することはあります。伝統の持つある種の決まりが自由を阻害するため、その時代にはそぐわないこともあるでしよう。しかし、伝統の堅苦しさこそが人の心の核心部分を形成していることもあります。それだけに、意識的に守っていかなければ、知らず知らずに大切なものを失ってしまうかもしれません。最近、皇室問題が世間の話題になっています。世間というよりワイドショーの話題かもしれません。自由な恋愛か、皇室の権威かと色々と議論はあるでしょう。ややこしくしているのは、明治以降、天皇制が国の根幹になっていることです。戦後の日本国憲法も、天皇制を前提としています。皇室の人々は日本の象徴と一体の尊大です。皇室の人が海外で行動するのは一国民というわけにはいきません...徒然草第ニ十三段(衰へたる末の世とはいへど)

  • 大学生は合コン!

    昔は、大学生は勉強もせずに遊んでばかりというのが世間の印象でした。今も一部はそうかもしれませんが、それは認識違いです。工学部の学生は、1年生から週に2回、実習と実験が必修です。午後から3時間、レポートの提出が終わるまで帰れません。それに、失敗すると何時になるか分かりません。特に私の学科は他学科の必須講義が多く、朝一番と最終の講義だけの曜日があったりして、大学を離れ遊んでる時間はありませんでした。しかも、必須を落とすと3年に上がることが出来ず、1年生の前期で留年が決まってしまいます。学内は、団塊の世代が学生運動で暴れ廻ったせいで汚れていて、それに工学部は男ばかりでむさ苦しく色気がありません。他学部や系列校に女学生はいましたが、離れた校舎は別の学校のようで迂闊には立ち入れません。そんな中でも大学生活に慣れてくると、...大学生は合コン!

  • 大阪公立大学

    母校の大学が統合されます。「大阪公立大学」とは、なんか間の抜けた名前と思います。もっと力強いメッセージ性のある名称にしてほしかったです。昔、系列の女子大との統合のとき相手方のOBが反対していると聞きました。今回も、相手の大学のOBは自分たちの方がランクが上だとか残念がっているようです。大学のランクは学生の入試の成績ではなく、研究内容が社会に与える影響度で評価されるべきと考えます。医学部があり偏差値が高いからと言っても、それは医学部の入試の偏差値であり、他の学部がその傘に入っているからといって自慢できるものではありません。それぞれの学部、学科が特色ある研究領域をもって社会に貢献することだ大切です。私が在籍していたころは産学共同が重視され、地域の産業に貢献することが求められていたようです。専攻していたシステム工学は...大阪公立大学

  • 徒然草第ニ十ニ段 (古き世のみぞ慕はしき)

    「古き世のみぞ慕したはしき」、昔のことを思い出していると、古き良き時代だったと思うとともに、若かったと実感します。しかし、昔も良いことばかりではなく、むしろ悪いこと、忌まわしいことも多かったはずです。良いことだけを思い出すのは、自分が幸せだったからかもしれません。感謝しなければと思います。何に感謝するべきなのか。日本という平和な国に生まれたこと、平和な時代に生まれたことでしょうか。人生で大きな地震が二度起きました。もちろん、阪神淡路大震災と東北大震災のことです。幸い大きな揺れを感じただけで被害はありませんでした。また、身近に亡くなった人もいませんでした。どちらもこの30年で起きた震災で、それ以前といえば関東大震災で生まれていません。生まれて30年間は穏やかな世の中だったのでしょうか。そんなことはなかったはずです...徒然草第ニ十ニ段(古き世のみぞ慕はしき)

  • 新ホールで大フィルコンサート

    かみさんと娘の三人で、総合文化芸術センターの大ホールで開催された大フィルのコンサートに行ってきました。オープニング記念ということで、高校生の吹奏楽団が大フィルのメンバーと一緒に市のテーマソングを演奏しました。娘がこの時期、こんなに沢山の観客を前で演奏でき涙ぐんだと云います。自分の教え子でもないのに、娘にも教師心が根付いているようです。大フィルの演奏は、ホルストの『惑星』より"ジュピター"に始まり、チャイコフスキーの『ピアノ協奏曲第1番』、ビゼーの『アルルの女』、スメタナの『わが祖国』より"モルダウ"、そしてシベリウスの『フィンランディア』です。どの曲も聞覚えのあるものばかりです。ホールの壁がレンガ造りで音の響きが柔らかく、それに演奏も素晴らしかったです。指揮は尾高忠明さん、アンコールは、やはり大河ドラマ「青天を...新ホールで大フィルコンサート

  • 徒然草第ニ十一段 (月ばかり面白きものはあらじ)

    「月ばかり面白おもしろきものはあらじ」、太陽と月は天空をうごく主役と脇役です。時として主役よりも脇役がいい味を出すことがあり、脇役を贔屓する方が粋だということもあります。それも日本の風情のあり様なのかもしれません。月面に人類が立って、もう50年以上経ちます。その間、宇宙開発はどれだけ進んだのか、順調なのか、そうでないのかは分かりません。当時、私は中学生でしたが、翌年には大阪万博が開催され、アメリカ館で展示されている月の石を見るために長蛇の列になっていたのを憶えています。そんな長い時間待てるか、石を見たから何なんだという気もありました。それから、宇宙開発は気象衛星、GPS衛生、あるいは偵察衛星といったように、より実用的な方向には進んだのかもしれません。それにしても、50年前、アメリカがほんの数回、月面に人類を送っ...徒然草第ニ十一段(月ばかり面白きものはあらじ)

  • 天王寺から難波へ

    天王寺は馴染みのある駅です。母の姉、つまり叔母ですね。その嫁ぎ先が天下茶屋で、母に連れられ遊びに行ってました。その当時、南海天王寺支線というのがあり、天王寺で乗り換えて天下茶屋に行きます。母は、天王寺の乗り換え時に駅前の百貨店で叔母の好きな和菓子をお土産に買ってました。大学受験に落ちて浪人中、通っていた予備校があったのも天王寺です。環状線をぐるぐる回る環状電車の合間に、天王寺発大阪行きの電車があり、帰りはその始発に乗るといつも座れて快適です。世を忍ぶ浪人生にとってささやかな特権です。環状線沿いには学校か多く、電車の中で話す下校途中の学生達の会話はそれなりに慰めになってました。そして、大学生になっても通学のルートは天王寺を経由でした。最初は、新今宮という独特な雰囲気の駅で南海電車に乗り換えてましたが、やたらと南海...天王寺から難波へ

  • 徒然草第ニ十段 (空の名残のみぞ惜しき)

    「空の名残なごりのみぞ惜おしき」、秋の空は青く澄みわったって心が洗われます。仰向けになり、大きな空の下にひとり置かれているよう感じると、何もかも忘れてしまい、生きていることさえ超越するかのよう思えます。つまり、心がリセットされるのですね。人は面倒くさい生き物です。勝つか負けるか、食うか食われるかといった短絡な生存競争の原理だけでは生きていけません。勝つにしても勝ち方がとか、食うにしても食い方とか、ややこしいことを云います。そうでなければいけない柵しがらみが沢山作ります。それは人の知恵であるとともに、矛盾を秘めた言い分けでもあります。この世の中からはなかなか戦争はなくなりません。中東地域の人々の思想は到底理解できませんが、彼らには彼らなりの柵しがらみのがあり、それは生きていくためには譲れないものなのかもしれません...徒然草第ニ十段(空の名残のみぞ惜しき)

  • 奨学金とアルバイト

    大学の学費は、公立大学だったので驚くほど安く、将に貧乏人のための大学でしたので、親には自分で稼いで払うように言われました。でも、前期の間は学生課でアルバイトを紹介してもらえませんでした。それで奨学金を申請することにしました。同じ学科の友人も申請するというのでいっしょに話しを聞きに行くと、彼は特別奨学金を申請できるとのことです。実家は四国の酒屋さん、我が家よりもお金ありそうなんですが、親の収入が少なく、特別奨学金の対象だそうです。うちだって、親は定年後の再就職でそんなに収入ないのにと思いながらも、やはり自営業は違うなあと思ったものです。奨学金は無事にもらえて学費も払えたし、僅かながらも小遣を確保できましたが、夏休みに旅行するほどの余裕はありませんでした。それで、学生アルバイトセンターで夏休みに土木作業のアルバイト...奨学金とアルバイト

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