chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
わさびの日記 https://blog.goo.ne.jp/tsuki29_1954

老後の暮らしを模索しています。健康のためランニング、楽しみにクラリネット、それに古文書解読を趣味にしたいと思っています。

わさび
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2021/08/08

arrow_drop_down
  • 電気メーターがえらいこっちゃ

    かみさんが、パンの懸賞の点数を集めていて、それが今日の販売分までというので、パンを買いに自転車で出かけようとしました。すると、自転車置場の横の壁にあった電気メーターが壁から剥がれ、宙ぶらりんになっています。これははえらいこっちゃと思い、近くにあったゴミ箱を積み上げ、その上に幾つかレンガ幾を乗せ、電気メーターを支えました。このまま落っこちたら、家中が停電になってしまいます。急いで、駅前のスーパーでパンを買い、そのまま関電の営業所に行きました。事情を話すと、見に来て入れることになりました。帰宅して、電気メーターを見ると、ケーブルが太いので、直ぐに切れることは無さそうです。それでも、心配で、早く来てくれないかと気がきでなかったです。午後、意外と早く来てくれて、漏電などの異常がないことを確認し、番線で電気メーター...電気メーターがえらいこっちゃ

  • 不正利用

    朝から散髪して、さっぱりした気分で、買い物にいきました。昼食のおかずとおやつを買ってレジへ、財布にはほとんど現金がないので、クレジット払いにします。最近、レジの機械が変わって、カードの認証に時間が掛かっています。困ったもんだと思っていたら、エラーになりました。クレジット払いにすると、現金払いより時間が掛かるようでは、時代に逆行してるだろと思っていたら、再度、挑戦してもエラーになります。エラーのメッセージは、「このカードは使用できません。サーポートセンターに連絡してください」となってました。店員に言われ、カードの裏に書かれているサポートセンターに電話します。すると、自動音声案内で、何回かダイヤルキーを押すと、スタッフが窓口に出ました。カード番号と名前、生年月日を伝えると、担当者から連絡するので、電話を切って...不正利用

  • 新しいスマートウォッチ

    ランニング用に使っていたGPS機能付きウォッチが、走っている間にバッテリー切れになってしまうので、新しいものを買いました。良い点、悪い点はありますが、値段も前よりは幾分高くなっています。今度のGPSはスマートフォンの機能と連携するので、常にスマートフォンを持って走らなければなりません。形がスリムになったのは良いのですが、表示画面が小さくなり、文字の読み取りがちょっとしんどいです。今日のランニングが、初めての使用です。ストップ・ウォッチのスタートは画面をダブルクリックするのですが、画面が小さくなったので、手袋をしたままでは反応しません。仕方なく、手袋をとって軽く二度タッチします。コツがつかめてなくて、上手くスタートしません。立ち止まって、何度かタッチするとカウントを始め、慌てて走り出しました。走り終わって、...新しいスマートウォッチ

  • 花は咲く

    数年ぶりに、クラリネットを習っている音楽教室の発表会に参加しました。朝から、雨が降っていて、気温が下がり、楽器も手も冷え、演奏に差し障るのではないか心配でした。ピアノ伴奏は、音楽教室のピアノ講師に頼み、その日が初めての音合わせでした。本当は、娘に伴奏して欲しかったのですが、妊娠中なので無理をさせられません。娘からすれば、伴奏なんで大しことないのでしょうが、当日、娘はコロナ陽性になってしまい、結果的には良かったです。リハーサルは、楽器が冷えていて、少しこもった音ながらも、まずまずの出来でした。本番に向けては、楽器に息を通し、待機するようにと先生のアドバイスでした。今回の曲は、「花は咲く」、2年近く練習しています。最後まで、吹き切る自信はありましが、指運びが難しいので、音が出なくて飛ぶのが心配です。本番演奏の...花は咲く

  • 徒然草第ニ百十五段 (起請文につきて行はるゝ政はなき)

    「起請文につきて行はるゝ政まつりごとはなき」、起請文に基づいくような、宗教的な政治が行われていることを嘆いている。政治に宗教が絡むと碌なことがない。戦争の多くは宗教戦争であり、宗教は人々を先導して行動を過激化させる。ウクライナ戦争も、ロシア正教を利用して、独裁者の偏見に基づく戦争を正当化している。旧統一教会も偏見に満ちた反日思想を流布している。自国の中だけでやっている限りは無視していればよいが、他国の政治にまで深く入り込もうとしている。慰安婦や徴用工の問題で被害者ぶっているが、今現在、彼らが加害者になっている。このことが、多くの人々の恨みや憎しみ、そして怒りを生んでいる。宗教は人の心に入り込んで、自由な精神を偏った思考を強制する道具に利用される。どんなに正しい宗教であっても、政治にかかわると悪用される。政...徒然草第ニ百十五段(起請文につきて行はるゝ政はなき)

  • 徒然草第ニ百十六段 (怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る)

    「怪あやしみを見て怪あやしまざる時は、怪あやしみかへりて破る」、不吉なことが起きても、気にしなければ、悪いことは起きないということです。物事は、悪い様に考えれば悪くなるし、良い良いに考えれば良くもなる。世の中のニュースは悪いことばかりです。悪いことの方が話題になりやすいからでしょう。ワイドショーのコメンターも、「もっと悪くなる、心配だ」と言えば、いかにも正論を言っているように聞こえる。「そんなこと、気にすることないよ。ワッハハー」ではコメントにならないのでしょう。最近の経済ニュースでは、インフレがどうなるのか関心が高い話題です。「円安が進み、企業の価格への転嫁がまだこれからで、来年はもっと物価が上がります」という厳しいコメントがほとんどです。一方で、「インフレは今がピークで、来年には物価も安定して来るでし...徒然草第ニ百十六段(怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る)

  • 徒然草第ニ百十四段 (今は、わきまへ知れる人なしとぞ)

    「今は、わきまへ知れる人なしとぞ」、昔の作法や方法を今は知っている人もいない。時代とともに、やらなくなったり、忘れ去られる。特に、形に残らないものは、後世に伝えるのは難しい。ここでは言っているのは、拷問のやり方なので、忘れてしまいたいことかもしれません。ただ、残忍で惨いことを二度としないためには、そのことを記憶に残しておくことも必要です。社会の中で、ものを盗むな、人を傷つけるな、嘘をつくな、などは基本的なルールですが、権力者がそれらを行うと誰にも止めらない。大きな虚しさを感じます。せめて、彼らが犯した過ちは、後世に伝えなければならないと強く思います。徒然草第ニ百十四段(今は、わきまへ知れる人なしとぞ)

  • 徒然草第ニ百十二段 (勅勘の所に靫懸くる作法)

    「勅勘ちよくかんの所に靫ゆき懸かくる作法」、朝廷から裁かれる人の家の門に矢を入れる靫を取り付ける。これで、この家は立ち入り禁止になる。つまり、蟄居閉門ということです。最近の不届き者には、政治家に多いです。言ったことを取り消したり、不適切だったと陳謝すれば、それで許されると思っているのが腹立だしい。昔のように、門を竹で封をして、蟄居閉門だ。つい本音を言ってしまったというよりも、バカとしか言いようのない発言が多い。政治家の質の低下を憂うばかりです。国会で、自分のレコードの発売日を宣伝して、それが宣伝になるとは知らなかったと、バカ丸出しの政治家は、即、辞職すべきです。徒然草第ニ百十二段(勅勘の所に靫懸くる作法)

  • コマツケンキフェスティバル 2022

    生憎の雨でしたが、かみさんと息子の嫁、孫を連れてコマツケンキフェスティバルに行ってきました。孫が傘をさして歩いていく後ろから、大きな水たまりに気をつけるように注意します。そんなことには構ず、ジャブジャブ、水たまりの中を突き進んで行きます。雨の中、来客数は少なかったのかもしれませんが、それでも大きな建機の試乗体験のコーナーでは長い列が出来ていました。孫は、テンションが上がって、四六時中しゃべりまくり、近くにいる女の子にチョッカイを出すなど、やんちゃぶりを発揮してました。天気が良ければ、工場の敷地を走り回ってもっと楽しめたかもしれませんが、それは来年に期待することにします。コマツケンキフェスティバル2022

  • 新しいテレビ

    テレビの画面の丁度真ん中に筋が入って見難くなってました。はっきり言って、壊れているのです。ネットで調べると、画面に筋が入るのは、テレビの中の埃が原因で、裏のパネルを外して掃除をしたら直るかもしれないとなってました。テレビの後ろは、埃だらけ、パネルを外すと、もっと酷い状態でした。掃除機で吸い取っても、結果的には直りませんでした。娘が、出産のため里帰りして来るので、テレビぐらいは新しくしても良いかと思ってたのですが、娘のリクエストで空気清浄機まで買うことになりました。これで、冬のボーナスは消えてしまいました。今日、新しいテレビが配達されてきました。配達員が、テレビをセットする前に、今度のテレビは4K対応で、ケーブルや分配器が古いと綺麗に映らないから、交換した方が良いと勧められました。「いくらするの?」と尋ねる...新しいテレビ

  • 徒然草第ニ百十二段 (秋の月は、限なくめでたきものなり)

    「秋の月は、限かぎりなくめでたきものなり」、秋の月はいつも美しい。月はいつも同じだと思っている人は情けない。月自体が変化することは物理的にもないので、見え方の問題です。秋の空は空気が透き通っていて、月がより綺麗に見えるのです。どうして、秋は空が透き通るのか。素人考えでは、秋になると大陸から乾いた空気が流れ込んできて、空気中の水蒸気が少なく、霞むことがなくなるからでしょう。「天高く馬肥える秋」ともいいます。秋だけが大陸の乾いた空気が流れ込むのかと言えば、そうではありません。それに加え、秋の日差しの柔らかさが影響しているようです。日差しが緩やかだと、地面からの空気の対流が起きにくく、そのため埃などの余計なものが空気中に舞い上がることがなく、視界が良くなるそうです。2022年11月8日夜、皆既月食、天王星食があ...徒然草第ニ百十二段(秋の月は、限なくめでたきものなり)

  • 布引ハーブ園

    新神戸駅のロープウェイの乗り場で、息子の嫁と孫と待ち合わせ、かみさんと布引ハーブ園に行ってきました。天気が良く、快晴で、秋の空の下、神戸の街も、港も、海も、そして山もみんな綺麗です。山頂付近を散策、その後、中間駅の方に下って行きます。ハロウィンの飾りつけがあり、ハーブの花も綺麗に咲いてます。孫は元気で、すばしっこく、しっかり手をつないでないと、勝手に行ってしまいそうです。先に行きそうになるのを強く引っ張ると、「手、痛い」と言うので、孫のスビートに合わせるのも大変です。山頂から、少し下った所にあるグラスハウスの横のテラスで、布引ハーブバーガーを食べながら休憩しました。食後、さらに下って行きますが、とうとう、孫のスピードについていけず、手を離すと勢いよく駆け出し、姿が見えなくなってしまいました。そして、風の丘...布引ハーブ園

  • 徒然草第ニ百十一段 (愚かなる人は、深く物を頼む故に、恨み、怒る事あり)

    「愚おろかなる人は、深く物を頼たのむ故ゆゑに、恨み、怒る事あり」、他人に期待するから、それが裏切られると、恨んだり、怒ったりする。人も自分も思い通りにはならないものだと悟れば、穏やかな心で暮らせる。期待するとは、思い描いたようになることを願うものです。贔屓のチームに勝って欲しいというのも、ごくありふれた期待です。祈るだけならば良いのですが、物やお金をつぎ込んだりすると、それが裏切られたときの恨みは深くなります。期待には、自分の力の足りない部分を誰かに補って欲しいといった一面があります。それは運であったり、贔屓であったり、助力であったりします。つまり、期待は不確実なのです。その不確実なものが、思い通りに行かなかったからと言って、感情的になるのはバカバカしいということです。これは、諦めろということではなく、よ...徒然草第ニ百十一段(愚かなる人は、深く物を頼む故に、恨み、怒る事あり)

  • 徒然草第ニ百十段 (鵺鳥も喚子鳥のことざまに通いて聞ゆ)

    「鵺鳥ぬえどりも喚子鳥よぶこどりのことざまに通かよいて聞ゆ」、喚子鳥はカッコウ、鵺鳥はトラツグミのこと、トラツグミは夜に寂しい声で泣くので不吉とされている。真言宗の書物には、カッコウが鳴く時、人間から魂魄こんぱくを遊離するのを逃れるための秘伝が書かれているというが、これはカッコウとトラツグミを間違えている。カッコウは、そんな陰気な鳥ではなく、朝の早くから、迷惑なほど大きな声で泣くそうです。カッコウの鳴き声は、音楽でも取り上げられ、ベートーベンの『田園』の中では、クラリネットで「ミ」と「ド」で吹きます。サンサーンスの『動物の謝肉祭』でもクラリネットでカッコウの鳴き声を表現します。カッコウはさて置き、トラツグミ、つまり鵺から魂を守る秘伝とはどういうものか、少し興味があります。徒然草第ニ百十段(鵺鳥も喚子鳥のことざまに通いて聞ゆ)

  • 徒然草第ニ百九段 (僻事せんとて罷る者なれば)

    「僻事ひがごとせんとて罷る者なれば」、悪事をする者に、理屈は通らないということでしょう。悪事は、本来、理屈じゃない、無茶苦茶なことです。だから、悪事に手を染めた者は、どんなに理不尽な事でも平気です。悪事と言えば、盗み、人殺し、詐欺などが頭に浮かびます。自分の物を奪われる。自分の命が絶たれる。嘘をつかれる。どれも、被害者にとっては理屈に合わないことです。今のウクライナの戦争は、将に、ウクライナにとっては理に合わないことばかりです。領土を奪われる。国民が殺される。嘘ばかりを風潮される。つまり、ロシアは悪事を働いているという事になります。子供頃から、テレビで、悪を挫き、正義は必ず勝つと洗脳されてきました。それを信じたいです。徒然草第ニ百九段(僻事せんとて罷る者なれば)

  • 徒然草第ニ百八段 (これは、この比様の事なり)

    「これは、この比様の事なり」これは今流行りの方法だ、こんなやり方は好きじゃないと老人が言っている。流行りの方法で、楽に済ませようとするするのを嗜めているのかもしれない。「楽するのは良くない」とするのは、それに伴う結果が良くないからです。また、楽することで、技術も技も身に付かないからかもしれない。確かに、そうした理屈は成り立ちますが、日本の社会が低いと言われている労働生産性を上げるには、この「楽する」という気持ちが大切です。「楽する」という表現は、日本の社会ではあまり良い印象はありません。ここで言う「楽する」の本質は、「無駄なことをしない」という意味です。そうすると、「無駄」とは何かということになります。「無駄」は過剰なサービスであったり、意味のない作業のことです。前者は、相手、つまり顧客のニーズ以上のサー...徒然草第ニ百八段(これは、この比様の事なり)

  • 笠間栗モンブラン

    先日、かみさんと出かけた時に、笠間栗モンブランを買いました。店員さんに、「笠間ってどこ?」とかみさんが尋ねると、知らないようなので、スマホで調べると「茨城県」でした。店員さんに教えてあげました。結構、値が張りましたが、美味しかったです。笠間栗モンブラン

  • 十津川

    学生時代以来、40数年ぶりの十津川村です。車で行くことも出来る距離ですが、昔、来た時は、対抗するのも難しい渓谷の狭い道でした。あれから、道も整備され、渓谷に落ちそうな所は無くなっているとは思いますが、運転が大変そうなので、今回は京都駅からの日帰りツアーをかみさんが申し込んでくれました。京都駅を出ると、新名神に入って、門真JCT、それから松原JCTと大阪府内を経由して、奈良から和歌山の十津川へ辿る経路です。大阪府内に戻るので、大阪発のツアーがあれば、もう少し、朝の出発も遅くて良かったのにと、妻がボヤキます。奈良に入ったところで、道の駅、葛城でトイレ休憩になりました。添乗員がトイレと売店の場所の案内をしてくれましたんかが、売店は9時からで開いてませんでした。自販機で飲み物だけ買いました。ここから十津川まで1時...十津川

  • NHK学園 秋の古文書集中講座

    コロナ前は、夏に3日間の日程で古文書集中講座が実施されていた。今年こそはと思い、夏の休暇を取り開催を期待していたが、夏ではなく秋に、2日間の短縮で実施されることになった。改めて、休暇を取り、なんとか参加することができた。申し込みが遅れたので、第一希望のコースは満席だったが、初めての参加でもあり、どのコースでも拘りはなかった。前日は鎌倉を観光、大船に宿泊した。大船から谷保まで1時20分ほど掛かる。川崎で乗り換えて、22駅を鈍行で行く。何とかならないものかと思ってしまう。保谷から学園までは歩いて10分ほど、まだまだ暑くてひと汗かいた。講座は10時開始、30分ほど前の到着でも、すでに数名の人が席に座っていた。机に置かれている資料を見ると25ページにも及ぶもので、古文書漬けの一日になることを想像した。午前中2時間...NHK学園秋の古文書集中講座

  • 鎌倉ひとり観光

    古文書の集中講座が東京であるので、それに参加する序に鎌倉を観光することにした。新幹線を新横浜で降り、在来線に乗り換えて鎌倉に到着。意外と近いという印象である。駅の横にある観光案内書で観光案内図を貰う。小町通は観光客で賑わっていて、昼時なので飲食店の前には人が集まっている。かみさんから紹介された蕎麦屋を探しもって歩くが、見つけられず鶴岡八幡の入り口近くまで来てしまった。見つかりませんでしたでは何を言われるか分からないので、もう一度、今度は若宮通を戻って行く。お店のHPのアクセスを確認しながらようやくたどり着けた。お店の前には、10人ほどの客が並んでいた。最後尾に並ぶと、10分程して2人の客が帰り、入れ替わりに2人が店に入って行った。それから、15分程全く客の出入りがなく、立って待っているのも疲れてきた。よう...鎌倉ひとり観光

  • 徒然草第ニ百七段 (究竟は理即に等し。大欲は無欲に似たり)

    「究竟くきやうは理即りそくに等し。大欲は無欲に似たり」、人は欲望のために、お金や財産を得ようとする。それらが得られたから、欲望が満たされるかといえば、そうでもない。得られないので、益々お金を儲けようとする。この負のスパイラルから抜け出すには、そもそもの欲望を捨て去るしかない。オリンピックに纏わる汚職の問題では、そこに税金がつぎ込まれているということもあるが、それ以上に、人々のオリンピックへの憧れを、汚職という欲に紛れた者達にやりたい放題で台無しにされた不快感がある。それを許した人々の責任は大きい。中には片棒を担いだというか、片棒どころが、自分の欲、金欲に留まらない欲を満たしていたのではないかと勘繰りたくなる。それは、ハワハラ・セクハラ発言などの傲慢な言動からも連想できる。オリンピックに夢を抱く人は多い。選...徒然草第ニ百七段(究竟は理即に等し。大欲は無欲に似たり)

  • 徒然草第ニ百六段 (怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る)

    「怪あやしみを見て怪あやしまざる時は、怪あやしみかへりて破る」、不吉だとか、それは凶事だとかいうことは、それを信じる者は気にするが、信じない者にすれば意味のないことだ。信じる、信じないは自由ですが、信仰を脅しに利用したり、貢や禊に託けて過分の寄進を強要する宗教は、その信じるべき神自体が欲にまみれています。欲に溺れた神は、もはや神ではなく、俗物です。日本にも、人を貧乏にする神がいます。貧乏神です。しかし、貧乏神は戒めです。貧乏が極まれば、貧乏神は去り、その後、必ず福が訪れる。つまり、落ちるところまで落ちると、必ず運は上向く、決して諦めはならないということでしょう。政府が行おうとしている国葬儀は儀式だそうである。儀式ならば、宗教的な意味合いがあって当然である。日本は、神道の影響のもとに形成された国です。神道は...徒然草第ニ百六段(怪しみを見て怪しまざる時は、怪しみかへりて破る)

  • 健康診断の結果はボロボロ

    健康診断の結果か返ってきました。色んな項目に赤いマークが付いている。正常な範囲を外れている。所見欄には何行も書かれている。この状態を、一体どう考えたらよいのか?棺桶に足を突っ込んだようなものなのか。主治医に見せると、にやっと笑って、「色々ありますね!」まるで他人事。他人事で正しいのだが、「検査値はどれも正常範囲を少し外れててるだけですから・・・」と慰めにもならない言葉。相談の結果、病院でCTを取りることに、又、内視鏡、エコーはその後考えることになった。そのCTの結果が出た。主治医、曰く、「異常なし」ということですね。それじゃなんでX線で大きな影があったのか。「X線の影は動脈が蛇行したからです」との答え。それはなんで?「老化や動脈硬化が原因ですね」との説明。「動脈硬化は心筋梗塞の原因にもなるから、気を付けて...健康診断の結果はボロボロ

  • 徒然草第ニ百五段 (起請文につきて行はるゝ政はなき)

    「起請文につきて行はるゝ政まつりごとはなき」、起請文とは、神仏と誓約し、もしその誓約を破れば罰を受けることを覚悟している旨を記した文章ことです。そうした宗教的なものに基づいて政治が行われることはなかったが、最近、宗教染みたことが言われるようになってきた。昔から、政治と宗教とは深く関係し、権力者によって良い様に利用されてきました。良き政治は、民が安心して暮らせるように、良き宗教は悩み苦しむ人を救う教えでなくてはなりません。最近は、その目的が見失なわれ、理不尽な戦争を招いたり、詐欺まがいの悪徳宗教が流行ったりしています。聞く耳を持たない高齢の権力者が現れると、政治においても、宗教においても、悪い面が目立つようになります。人は、年とともに頑固になり、人の意見を聞きたくなくなります。変化への対応力が無くなるからで...徒然草第ニ百五段(起請文につきて行はるゝ政はなき)

  • 鍼灸で腰痛の治療

    先月から鍼灸治療をしています。寝ている間に腰回りの筋肉が固まり、朝、前かがみになって顔を洗うのが辛く、困っていました。最初は毎週、ここの処は隔週で、針を打ってもらっています。腰回りが少しずつ柔らくなり、なんとか顔は洗えるようになってきました。暫く、続けたいと思います。筋肉が固くなる原因は、一つは運動不足です。暑さのため、朝ランしていないのが悪いのかもしれません。もう一つは冷えです。夜寝る時は腹巻をしてますが、あまり効果は無さそうです。気休めでも、止めることはできません。それから、胃腸の具合です。逆流性食道炎だと言われていますが、それ以外にも十二指腸潰瘍や脂肪肝などの既病もあります。暴飲暴食は避けなければなりません。それと、高血圧の治療もしています。不整脈もあるようなので、心筋梗塞や脳溢血になるリスクも心配...鍼灸で腰痛の治療

  • 徒然草第ニ百四段 (犯人を笞にて打つ時、拷問道具に緊縛する)

    「犯人はんにんを笞しもとにて打つ時、拷問道具に緊縛する」、犯人を捕まえて取り調べする時、鞭で打って白状させる。時代劇ではよく出てくる場面です。しらを切っているならば兎も角、罪を認めていても拷問します。そして、犯人になった哀れさを表現するためか、鞭で打たれ、髪が乱れて、顔が傷だらけになり、ぼろぼろの姿で牢に入れられます。岡っ引きに捕まった太吉は、白洲に引き出される。被害者の野州屋の主人と対面させられ、「こいつがやったんだ」と指さされる。奉行から「それは慥かなのか?」と聞かれ、「アッシが悪うございました」と素直に認める。そこに、もう一人ヤクザ者が引き出され、「こいつに唆されのではないか?」と問われる。後ろから、若い娘が現れ、「おとっさん~」と声を掛ける。そこで、奉行が「野州屋、アッシの顔に見覚えねえとは言わせ...徒然草第ニ百四段(犯人を笞にて打つ時、拷問道具に緊縛する)

  • 徒然草第ニ百三段 (勅勘の所に靫懸くる作法)

    「勅勘ちよくかんの所に靫ゆき懸かくる作法」、矢を入れる道具を懸けたりすると、忌まわしいものを封じるという意味があったようです。先祖の怨念を鎮めるために、高額の坪や印鑑を買わせる霊感商法をしている宗教団体が話題になっています。キリスト教系といいますが、本来、キリスト教は偶像信仰を厳しく禁止していますから、この教団は似非キリスト教です。キリスト教という仮面を被って、違法な行為で集金する犯罪集団といわざるを得ません。アメリカでは、共和党中心に、福音派と呼ばれる宗教勢力によるナショナリズムが政治に蔓延っていています。共和党が中国に厳しいのは、中国で宗教の自由が保障されていないからだと言われます。中国指導部の覇権的な思想には全く共感できませんが、宗教が政治に悪影響を及ぼす危険があるのは歴史的にも明らかです。日本でも...徒然草第ニ百三段(勅勘の所に靫懸くる作法)

  • 信貴山朝護孫子寺

    日帰りで、信貴山朝護孫子寺に行ってきました。麓の旅館に車を停め、山門から本堂まで、山道を登っていきます。途中に、赤い開運橋があります。橋の中ほどで、バンジージャンプができるようです。とても谷が深く、高所恐怖症の私は、橋の中央しか歩くことが出来ません。石段の道を歩いて行くと、大きな寅が見えてきました。昔、聖徳太子が、物部守屋を討伐する際に、この信貴山で戦勝祈願したら、天空から毘沙門天が現れたとのことです。その後、戦いに勝利したので、この山を信ずるべき貴い山、信貴山と名付けたそうです。また、毘沙門天が現れたのが、寅年の寅の日、寅の刻だったことから、寅が信仰されるようになったそうです。寅の前で記念撮影し、さらに石段を登っていくと、馬に乗った勇ましい姿の聖徳太子像があります。その後、成福寺、玉蔵院と参拝し、本堂へ...信貴山朝護孫子寺

  • 徒然草第ニ百二段 (十月を神無月と言ひて、神事に憚べきよし)

    「十月じふぐわつを神無月かみなづきと言ひて、神事しんじに憚はばかるべきよし」、十月は神事を憚るべきなどとは、どこの文献にも書いていない。神無月は、神様が伊勢に出かけていて不在だと言われるが、そうとも限らない。旧暦の10月は、年にもよりますが、11月から12月にかけての時季です。神様にとって、夏から秋の忙しい季節が終わり、来年に向けて一休みする時季なのでしょう。一種のバケーションなのかもしれません。神々が神殿を離れ、自然の中で自由に戯れると、神が宿ったように山々が紅葉する。宗教で、神に祈るのは、自力では何ともできないことを解決したいことがある時です。自力ではないので、他力ですが、他力、つまり神の力に祈るのは、自力の慢心を戒め、自力ではどうにもできないことを受け入れる意味もあるのでしょう。個人がどのような神を...徒然草第ニ百二段(十月を神無月と言ひて、神事に憚べきよし)

  • 徒然草第ニ百一段 (外なるは下乗、内なるは退凡なり)

    「外そとなるは下乗、内うちなるは退凡なり」、車両乗入れ禁止と立入禁止の意味のようです。世の中には、ルールに従わない人がいるものです。故意に従わないのか、気づかずないのか、気づかなかったから許されるものでもないでしょう。気づけよ!と言いたくなることもあります。年とともに気づかないことが多くなり、その部類に入った自分も気をつけなければ、人から嫌悪の目で見られると心配です。気づかないこととに加え、常識が分からないことがあります。特に、今時の常識は要注意です。先日も、レジに並んでいると、最近は間隔を空けて列の立つ位置に印がありますが、何人も並んでいるのに、一番前の人が終わると、スーとおばあさんがレジに横入りしました。悪びれる様子もないので、後ろに並んでいるのに気づかなかったのでしょう。注意したものか、待ち時間なん...徒然草第ニ百一段(外なるは下乗、内なるは退凡なり)

  • 徒然草第ニ百段 (呉竹は葉細く、河竹は葉広し)

    「呉竹くれたけは葉細く、河竹かはたけは葉広し」、竹にも色々と種類があるようです。呉竹は、ハチクと呼ばれ、高さが15mと大きくなる種類です。細く割りやすいので、茶道具の材料に利用されるそうです。河竹は女竹と呼ばれ、高さは5m程度、主に川や海岸に群生します。やわらかいことから、竹細工に利用されるそうです。春の味覚のたけのこは、孟宗竹(モウソウチク)で高さが20mにもなる大きな竹が良いそうです。江戸時代に中国からもたらされたといいますから、それ以前には、たけのこは食べなかったのでしょうか。近所にも竹林があり、なんとなく時代劇の雰囲気を感じさせます。どうして時代劇かと考えてみると、二人の侍が切り合いになり、竹林に入っていく、一方が竹を刀でバッサリ切ると、その竹が地面に落ちその後、ゆっくり相手の侍が崩れ落ちる。その...徒然草第ニ百段(呉竹は葉細く、河竹は葉広し)

  • 徒然草第百九十九段 (和国は、単律の国にて、呂の音なし)

    「和国わこくは、単律たんりつの国にて、呂りよの音なし」、雅楽の12音階で、偶数番目の陰の音が呂で、それ以外が律の音だそうです。つまり、中国と日本では音階が半音ずれていることになります。半音ずらすことで、全く違う世界を造り出せたのでしょう。日本の文化は、昔は中国、今は西洋の文化に影響を受けてきました。彼らからすると、単なる物まね、本家本元は自分達だと言いたいところでしょう。全く新しいものを発明・発見するにはスバ抜けた能力、天才的な閃きが必要なのかもしれませんが、創意工夫して改良し、より良いものにするにはコツコツと努力することが求められます。勤勉な日本人は、後者が得意との定評があります。なかなか画期的なものは思いつかないし、見つけ出す感性もないとされてきました。最近の日本人の活躍、スポーツにおいても、科学技術...徒然草第百九十九段(和国は、単律の国にて、呂の音なし)

  • 徒然草第百九十八段 (揚名介に限らず、揚名目といふものあり)

    「揚名介やうめいのすけに限らず、揚名目やうめいのさくわんといふものあり」、昔の国の名誉職、地方の名誉職です。名誉職は、何の役にも立たないのに、本人を納得させるために置く職のことです。政治家の国葬が話題になっています。個人的には、政治家を国葬するのは反対です。それは、政治家の評価は功罪大きいからです。国を挙げてということになると、功の部分を強調し、罪の部分を押し隠そうとします。政治の功罪は、後世に議論されなければなりません。そうすることにより、これからの国の有り方を自由に議論できます。国葬によって、それまでの政治が正しかったと決めつけるのは未来のためにも良くありません。少なくとも、この数年間の経済政策は、成長を阻害してきたと思っています。少子高齢化は分かっていても人口減少は加速、東日本大震災の経験があるのに...徒然草第百九十八段(揚名介に限らず、揚名目といふものあり)

  • 徒然草第百九十七段 (すべて、数定まりたる)

    「すべて、数定さだまりたる」、組織には定員というものがある。定員とは、許容数とも期待数とも考えられます。お店の定員も、これ以上多いと席が足りない、少ないと採算が悪くなる。できればいつも満席にしたいが、人気があれば定員以上の人が集まり、人気が無ければ定員割れになってしまう。さて、日本の人口に定員はあるのでしょうか。10年連続で人口は減少しています。これは、日本の社会に魅力が無くなったからかもしれません。国は、少子化対策で出生数を増やそうとの考えですが、その割には本気になってるとは思えません。それもそのはず、20年後も生きれるかどうか分からない、将来に対して他人事の老人ばかりで政治をしているからです。世の中、60歳を過ぎるとなかなか職に就けないのに、政治の世界はどうしてこんなに違うのでしょうか。社会も会社もダ...徒然草第百九十七段(すべて、数定まりたる)

  • 徒然草第百九十六段 (殊に先を追ふべき理あり)

    「殊ことに先を追ふべき理ことわりあり」、神社は人々が集い参拝するところだから、人々を追い払うようなことは良くないとする考えと、群衆の中には良からぬ者もいて、危険を避けるためには追い払うのも必要とする警備の論理の違いでしょう。リスク管理ということが、色々な事に意識される時代です。リスクマネジメントという言葉があります。何かする際には、必ずリスクはつきものです。リスクは、単に危険ということだけでなく、その危険が顕在化したとき、つまり事故やトラブルが起きた時、どれだけの損害を被るかということも含めて考えるものです。マネジメントは管理という意味ですが、危険への備えと蒙る被害とのバランスを図ることです。日本の国も社会も、このリスクマネジメントが弱いです。どうしても一かゼロかで考えがちです。先の戦争でも、もう戦うしか...徒然草第百九十六段(殊に先を追ふべき理あり)

  • へんな夢2

    夢の中で、勇気のいる行動が求められる場面があります。悪党に追い詰められるような夢ですね。昨夜も、そのような夢でした。真夜中、怪しい物音がして、誰かが家の外にいる。おそらくかみさんだと思いますが、見に行くようせっつかれます。嫌々ながら、そっと外を覗くと、怪しき人の気配、「誰だ!」と叫びながら、家の外に飛び出たら、ベットから落ちました。ああ~、そういうことなのねとベットに這い戻って、再度、眠りにつきました。かみさんは、気付いているのかいないのか。もちろん、夢の中とはいえ、私の勇気にも気が付いているはずはないでしょう。へんな夢2

  • 徒然草第百九十五段 (尋常におはしましける時は、神妙に)

    「尋常よのつねにおはしましける時は、神妙しんべうに、やんごとなき人にておはしけり」、人は見かけによらないということでしょう。普段の姿からは想像できない行動をする。どちらが本当ということではなく、二面性を持ち合わせている。二面性には、相矛盾するというか、正反対という意味合いがあります。どちらも有りにしたいというのは、人の性さががというものでしょう。人は悩み、迷う、心が揺れる、こっちだとはっきりできない。そこに、共感できる余地があります。人は嘘をつきます。後ろめたいことを隠したい、逆に見栄を張りたい、人を騙して利を得たいなど、何某かの邪悪な下心があります。最近の政治家は、嘘つきの塊のような人物が多く、ボロが出てくると居直り、責任回避する、人としてどうかと思ってしまいます。嘘にも、二面性のような要素があれば許せ...徒然草第百九十五段(尋常におはしましける時は、神妙に)

  • 徒然草第百九十四段 (達人の、人を見る眼は、少しも誤る所あるべからず)

    「達人の、人を見る眼まなこは、少しも誤あやまる所あるべからず」、達人とは、人の生きる道を究めた人ということでしょう。宗教の教祖は、人を苦しみから救うために人の道を説くのが本来ですが、最近は人を苦しみに突き落とすのが平気という宗教もあるようです。日本では無宗教の人が多いですが、それでも多く人が正月は神社に初詣し、お盆には墓参りします。神社で一年の幸福や家族の安全を願い、お賽銭を投げ入れるのは、日本の日常的な光景です。日本では、昔から、神社やお寺は宗教的な存在としてだけでなく、人々の生活を維持するための役割を担ってきました。人と人との間には諍いが起きるものです。土地について言えばどっちの土地か、山の柴木は誰のものか、川の水を独り占めするな、揉め事は当事者だけでなく、村全体、あるいは幾つか村の集まりの間に広がり...徒然草第百九十四段(達人の、人を見る眼は、少しも誤る所あるべからず)

  • 徒然草第百九十三段 (自分とは関係ない世界にいる人と張り合うべきでなく)

    「自分とは関係ない世界にいる人と張り合うべきでなく」、一点を深く極めるか、広く浅くは人夫々です。一芸に秀でた人がいれば、何でも器用にこなせる人もいます。人のことなど気にせず自分らしく生きればよい。そんなことを示唆しているように思います。世間には、何一つ秀でたところが無ければ、何をやっても上手く行かない人がほとんどでしょう。私もその一人ですが、得意なことと苦手なことはあります。得意なことを自慢したところで、上には上がいるものです。苦手なことを避けて通りたくても、運が悪くどうにも逃げられないことがあります。人と比較して意気消沈してばかりいると、メンタルになってしまいます。そうしたことを乗り越えていく、それが生きるということなのかもしれません。60年以上生きてきて、今の自分は、過去にやってきた事の積み重ねの上に...徒然草第百九十三段(自分とは関係ない世界にいる人と張り合うべきでなく)

  • 徒然草第百九十ニ段 (神・仏にも、人の詣でぬ日、夜参りたる、よし)

    「神・仏にも、人の詣まうでぬ日、夜参まゐりたる、よし」、短い段です。神・仏は、本来は別々の宗教ですが、それを並べられるのが日本人です。森羅万象に神は宿るという神道の自然崇拝が基本にあるからでしょう。一神教の宗教とは相いれないものがあります。その意味では、仏教はまだ親和性はありそうです。日本は、宗教の自由が保障されている国ですが、538年以来、どんなに仏教が広まっても、日本人の心には神道の心が深く根を張ってきました。個人的には、一神教の傲慢な宗教には違和感があります。美しい日本と唱えながら、一方で一神教をルーツとする宗教団体に肩入れしていた政治家には不誠実さを感じます。日本を守るというならば、政治家は票集めの打算で宗教を利用してはいけません。信念を貫く政治家が求められています。徒然草第百九十ニ段(神・仏にも、人の詣でぬ日、夜参りたる、よし)

  • 徒然草第百九十一段 (夜のみこそめでたけれ)

    「夜のみこそめでたけれ」、昼間より夜の方が、美しいものはより一層美しくなる。昼間は、全てが見えてしまうため、良い部分が全体に埋もれてしまうが、夜になると余計な物が見えないので引き立って見える。そういうことでしょう。老人は、白内障になるようです。私も軽い白内障になっています。白内障は手術で良く見えるようになるらしいです。読書をするには良いでしょうが、世間がはっきり見えすぎるのはストレスかもしれません。物事には、はっきりすれば良いことと、ぼんやりとしていた方が良いことがあります。日本風の美学では、ぼんやりした中で際立たつ物を愛でるのを好むようです。これは、文化の世界の話しで、政治や商売においてはは不信の原因になります。商売、ビジネスの世界では、はっきりさせないで、まあーまあーとしておくのは、相手への思いやりか...徒然草第百九十一段(夜のみこそめでたけれ)

  • 徒然草第百九十段 (妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ)

    「妻めといふものこそ、男をのこの持つまじきものなれ」、独身主義を推奨しています。結婚して、子供が出来てれば、女は所帯じみてくる。男が先に死んで、女が年老い尼にでもなれば、死んでからも纏わりつかれて面倒だということでしょう。少子化の原因として、若者が結婚しない、できないことがあります。結婚は何かと物入りで、安定した収入がなければ続きません。それに、結婚しない理由には、一人で自由に生きたいという価値観もあります。古文書を読んでいると、昔の村の生活が分かります。村では一人で生きていけません。百姓をするにも、田んぼの水を得るには村で団結しなければなりません。年貢だけでなく、労役が課せられると家族がいなければ困ります。結婚して家族を増やすのは生きるためでもありました。その一方で、飢饉などで食い詰め、土地を手放し小作...徒然草第百九十段(妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ)

  • へんな夢

    夢は変なものですが、はっきりと覚えているのは珍しいです。出張して、帰りの切符を駅で購入しました。自動券売機で買うことになっていて、列車の発車は5分後、余裕がありません。券売機のパネルで、行先などを慌てて入力していると次の列車に変わってしまいました。約30分後の発車です。余裕が出来たので、ゆっくりと特急券や指定券の選択しお金を投入しますが、突然のセット旅行のボタンが点滅して、その切符が発行されてしまいました。いやいや違うだろうと、窓口へ持って行くと、そこは観光案内の窓口で、隣の閉じた窓口だと言われます。すると、中から中年の駅員が出て来て、どうしましたかと尋ねます。券売機で買おうとしたら、間違って別の切符が出てきてしまったと文句を言います。すると、払い戻しは直ぐに出来ないので、中に入ってくださいと言われます。...へんな夢

  • 徒然草第百八十九段 (予て思ひつるには似ず)

    「予て思ひつるには似ず」、世の中は、予定通りにいかない。自分の思い通りにはならない。それが常である。慥かに、日々、予想外の事が起き、予定通りにいかないものです。だからといって、予定や計画を立てることは意味がないということではありません。PDCAというマネジメントサイクルがあります。経営学においては計画を立てるのは最初の一歩です。しかし、それが出来きない経営者も多くいます。理屈通り経営して上手く行くなら苦労はしない。それが言い分でしょうが、理論通りに経営するのも結構難しいのです。PDCAサイクルというのは、ある意味、経営のリスク回避の手段でもあります。計画(P)の実行性を高めると経営リスクは抑えられます。売り上げ10%アップ、経費5%削減という安易な計画はよくあります。そんな計画でさえ意識するだけで、前年の...徒然草第百八十九段(予て思ひつるには似ず)

  • 徒然草第百八十八段 (敏き時は、則ち功あり)

    「敏とき時ときは、則すなはち功あり」、論語の言葉です。怠けず仕事に励めば仕事の成果が上がるという意味だそうです。「機を見るに敏」という言葉からも、「敏」は、的確に行動することのようです。これも、語源は不明ながらも、論語ではないかと云われています。「子曰、君子欲納於言、而敏於行」ビジネスでも、時期を逸してしまうと、折角のチャンスを活かせません。ウダウダ考えてばかりでは、何もできないうちに終わってしまい、結果的には大きな利益を逃すことになります。人はなかなか決断できないものです。逆に、衝動的に行動して失敗することもあります。チャンスをつかむには、思い切りも必要ですが、その前提として経験に裏付けられた感覚が無くてはなりません。これは行けるぞと即座の判断できるには、それ相応の経験が必要ということです。経験というも...徒然草第百八十八段(敏き時は、則ち功あり)

  • 徒然草第百八十七段 (弛みなく慎みて軽々しくせぬ)

    「弛たゆみなく慎みて軽々かるがるしくせぬ」、その道のプロは、常に最新の注意を払い、真剣味が違います。プロとアマチュアの違いは、言葉の上では、仕事としているかどうかですが、基本的な心構えが違うことを云っているのでしょう。アマチュアは、上手くできるようになることに必死で、その事だけにしか目が向きません。一方、プロは上手くできて当たり前、その周辺のことにも気を配ります。それは、中だけを見ているか、外からも見れるかの違いかもしれません。広い視野は余裕が無くては持てません。ただ、未熟なのに他を観ようとすると、単なる評論家に過ぎなくなります。一度は突き詰めることが必要です。極めた上で視野を広げる。その後に仕事にすればプロと言えるでしょう。仕事のプロになるのは、職種によってハードルの高さは違いますが、むしろ逆に引退する...徒然草第百八十七段(弛みなく慎みて軽々しくせぬ)

  • 徒然草第百八十六段 (この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり)

    「この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり」、馬乗りは、乗る前に馬を良く観て、馬の性格を知り、それに合わせて馬具を選ぶ。そうした用意を忘れないのが、本当の馬乗りだ。相手をよく観察し、それによって対応を変えるのは人の接し方の基本でしょう。目上ならば丁寧に、目下ならばフレンドリーに接する。ところが、それすら出来ない人がいるものです。人の接し方のパターンを幾つも持ち合わせていない。あるいは、相手を観ても、その人が何を考えているのか分からない。だから、自分本位で接し、相手を怒らせてしまう。相手が怒ろうが、喚こうが、気分を害しようが知ったこっちゃない。相手が自分に合わせろと思っている人もいます。組織の中にいると、周りが自分のことをどう思っているか気になるものです。ところが、他人の事には構わず、常に上から目線、空気読め...徒然草第百八十六段(この用意を忘れざるを馬乗りとは申すなり)

  • 徒然草第百八十五段 (道を知らざらん人、かばかり恐れなんや)

    「道を知らざらん人、かばかり恐れなんや」、道を究めた人は用心深いということでしょうか。何事も準備が大切で、その準備の中には、出来る限りリスクを排除することも含まれます。経験豊富な人は、そのリスクを瞬時に見極める力を身に付けています。リスクを見極める力とは、次に何が起こるか経験から直感する力でしょう。先日の政治家の殺害事件でも、警備する人が観衆の中から危険な人物を瞬時に見極め、適切な対応をとっていれば結果は違ったのかもしれないとのコメントがあります。素人からすると、40代の大きなカバンを持った男を、即座に危険人物と見分けることは難しいですが、警備のプロならばそれができのかもしれません。それができなかった原因は幾つかあったでしょう。警護のSPや警察官を責めるつもりはありませんが、組織の中の人材の問題、もっとい...徒然草第百八十五段(道を知らざらん人、かばかり恐れなんや)

  • 徒然草第百八十四段 (世を治むる道、倹約を本とす)

    「世を治をさむる道、倹約を本もととす」、昔の御政道では、倹約ということがよく出てきます。勘略や簡略も同義で、あまり手数や金銭がかからないように節約することです。昔から政治の基本なのでしょう。最近、日本は円安と低金利で物価が高騰しています。本来は、金利を上げ、世の中に流通するお金を減らし、物価を抑制するところですが、物価の高騰の原因が石油などの輸入物価が原因で、金利を引き上げると、景気減速する危険があり上げられません。どうして、そうなったのか。デフレ脱却のために低金利政策を実施したのは良いのですが、株価の高騰に酔いしれて、痛みの伴う規制緩和や大胆な成長分野への投資を怠ったためです。経済が成長し税収が上がれば、賃金も上がり、金利も正常な状態に戻せ、財政も健全化するはずでした。それが、政治の怠慢で、何もしてこな...徒然草第百八十四段(世を治むる道、倹約を本とす)

  • 徒然草第百八十三段 (人喰ふ犬をば養ひ飼ふべからず)

    「人喰ふ犬をば養ひ飼ふべからず」、人に噛みつく犬は飼ってはいけない。今では、犬にリードをつけることが条例で義務付けられています。昔は、吠えまくる犬が怖くて、近くを通れないということはありましたが、今は滅多にありません。吠えて噛みつくのは犬だけではありません。危ない人はリードで繋げませんので、どうすればよいか悩むところです。私と同世代の政治家が街頭演説中、銃で撃たれて亡くなりました。「民主主義への挑戦だ。断じて許せない」とのコメントが多く発せられています。確かに、民主主義の最も肝心要の選挙期間中だったことから、異論はないのですが、果たしてそれだけの問題でしょうか。最近、京都アニメ、梅田の診療内科など、何とも身勝手な悲惨な犯罪が生じています。これは、個別の問題ではなく、その根源は近い所にあるのかもしれません。...徒然草第百八十三段(人喰ふ犬をば養ひ飼ふべからず)

  • 徒然草第百八十二段 (かくあやしき物)

    「かくあやしき物」、料理人が鮭の干したものを天皇の食卓に出すと、そのような得体の知れないものとケチをつける人がいたそうです。最近、日本の近海では不漁が続いています。温暖化の影響でしょうが、それ以外に公海で乱獲する国があるからかもしれません。漁獲の内、普段、食卓に上がる名の知れた魚以外は値が付かないため、大量に廃棄するそうです。廃棄するのは勿体ないので、無名の魚をネットで安く販売することを思いついた人がいるそうです。すると、意外と買い求める人が結構いるそうです。聞いたことのない魚をどう料理するか悩むかもしれませんが、食料自給率の低い日本としては、食べられるものは何でも有効利用するのは良いことです。食料にしても、エネルギーにしても、自給率の低さが問題で、如何に自給率を上げるかが日本の課題です。食料については、...徒然草第百八十二段(かくあやしき物)

  • 徒然草第百八十一段 (ふれふれこ雪、たんばのこ雪)

    「ふれふれこ雪、たんばのこ雪」、又々、真夏に雪の話しで、季節違いです。丹波のこ雪は、『たンまれ粉雪』(貯まれ粉雪)が誤って謡われるようになったとのことです。京都に降る雪は、北の丹波の方からやって来るという意味もあったのかもしれません。何気なく間違ったことが、実はその本質をついていることは時々あります。漢字の誤変換でも、そのままでもいいかということがあります。古文書を解読していると、昔の人の文字の使い方は、今よりも自由で、いわゆる当て字が多いです。その時の気分で使っているようです。漢字も同じ文章の中でも違った崩し方、文末に成るとやたらと崩している文章もあります。肝心な事は前半に書いたので、後は決まり文句でどうでもよいというのが伝わってきます。今時は、SMSで自分の気持ちや意見を表現しますが、活字だけではそれ...徒然草第百八十一段(ふれふれこ雪、たんばのこ雪)

  • 徒然草第百八十段 (左義長)

    「左義長(さぎちょう)」とは、正月のしめ飾りなどを焼く儀式だそうです。夏のこの時季の話題としては相応しくありませんが、冬まで取っておくこともないので、何某かの話題にしたいと思います。日本の夏はジメジメしていますが、逆に冬は乾燥します。草木が枯れて、山焼きなどをするとよく燃えます。焼くという行為は、あらゆるものを灰と煙にし、天と地に戻すといった宗教的な考えもできます。人の火葬も、躰は自然に戻り、魂は天に昇っていくのでしょう。躰という物質的なものは感覚的に理解できますが、魂についてはなかなか難しいです。川は、山の中に源流が生まれ、次第に流れとなって下っていきます。この流れに、川の意思のようなものを感じることがあります。激しく流れる激流は、川の強い意志の現れといえます。そして、いずれは穏やかな流れになり海に到達...徒然草第百八十段(左義長)

  • 徒然草第百七十九段 (おぼつかなし)

    「江帥は如何なる才学にてか申されけん、おぼつかなし。」、漢学者の大江匡房は何を根拠に、インドの那蘭陀寺の大門が北向きと言っているか。どうも怪しい。唐の西明寺の紋が北向きななので、勝手に類推しているじゃないか。本当のことを知るには、直接、現場を見るのが大切だと思ってきました。事が起きている現場に行き、自分の目で見、その場の人々の声を聴き、雰囲気を感じ取る。今日、ビジネスでも戦争でも、情報を制する者が優位になると云われています。つまり、情報戦略こそが、すべての戦略のベースにあるということです。学生時代、OR(OparationsReserch)という科目がありました。経営などにおいて、最適な判断をするには、科学的なアプローチが大切で、あらゆる要素を数値化し、それらを数理モデルにして最適化をはかる意思決定方法で...徒然草第百七十九段(おぼつかなし)

  • 孫と一日お出かけ

    息子から、嫁が風邪で寝込んでるので、日曜日に孫の面倒みて欲しいと頼まれます。かみさんは仕事が忙しくて無理、そこで孫と2人だけでお出かけすることになりました。孫の「家に帰りたい」の言葉を忘れさせるため、ついつい、ねだられるままに買ってしまいます。いつもは、親にダメと言われるものを買ってもらえて、ご満悦の様子です。まだ6月というのに無茶苦茶暑く、外の芝生で走り回るというのも熱中症が心配で、仕方なく室内の遊び場をめぐってました。それでも、しばらく歩くと、「もう歩けない、だっこ」というので、仕方なくだっこししますが、明日以降、腰に来るんじゃないかと心配です。かみさんが下の子の出産で、息子と二人で頻繁にお出かけしていた頃を思い出します。息子は小さいながらも、父親に気遣いしていてくれたように思いますが、孫は気の向くま...孫と一日お出かけ

  • 徒然草第百七十八段 (昼御座の御剣)

    「昼御座ひのござの御剣ぎよけん」、普段使いの剣で、草薙剣の代わりとしても用いられたものです。草薙剣は、三種の神器の一つです。この剣に纏わる話しは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)が登場します。まず、素戔嗚尊が、出雲で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときに、その尾の中から手に入れ、それを天照大神(あまてらすおおみかみ)に奉献したとされています。退治した大蛇の頭の上に、幾重にも雲が群がっていたことから「天叢雲剣」と命名されたようです。その後、日本武尊がこの剣を賜り、東国に遠征した際、敵が草に火を放ったが、この剣で草を薙ぎ倒して難を逃れたとされています。そのため「草薙剣」と改名されたようです。誰でも、貴重なものはここぞという時以外は大切に保管しておくもので、普段は紛失しても構わ...徒然草第百七十八段(昼御座の御剣)

  • 徒然草第百七十七段 (鋸のこぎりの屑くづ)

    「鋸のこぎりの屑くづ」、親王が蹴鞠をされようとすると、雨上がりでまだ庭が乾いてなかった。そこで、家来がおが屑を撒いたが、乾いた土を用意して撒くものだと偉い人から指摘された。甲子園でも、雨上がりに乾いた土を撒いています。おが屑を撒いたりすると後が大変なことになりそうです。おが屑は大工仕事の廃棄物ですが、それはそれなりに再利用できそうです。乾いた土を用意してなかったのは不味かったですが、おが屑が何に利用されようとしていたかは興味があります。おが屑は、水分を取るというよりも、油や汚物の処理、つまり清掃等では役立つようです。そういえば、駅などで酔っ払いが吐いた汚物におが屑で覆っているのを見たことがあります。つまり、清掃には有用な物なのです。最近では、廃プラと混ぜて人口木材にすることもあるそうで、捨ててしまうのは勿...徒然草第百七十七段(鋸のこぎりの屑くづ)

  • 古文書検定準1級合格

    ほとんど諦めてましたが合格しました。今回は、問題が難しく、合格ラインが低かったようです。個人的には、苦手なかな文の正解率が悪く、漢文で点数が採れたので合格できたようです。これで、古文書解読の中級者と胸を張って言えそうです。1級に合格できれば上級者、そして生涯学習インストラクター1級の道も開けてきそうです。1級に向けては、かな文字の苦手意識を克服するのはもちろんですが、難解文字の解読力レベルアップが必要です。そのためには、決まり文句やよく出る言い回し、それに昔の言葉をもっと知る必要があります。今は、各地の公文書館のホームページに載っている、古文書講座の資料を片っ端から読み込んでいますが、もう少し幅の広い知識の習得が必要と感じています。次回の受験には、自信を持って臨みたいので、1年後ぐらいを目標にしようと思っ...古文書検定準1級合格

  • 観劇 『黄昏』

    かみさんが手配してくれた観劇『黄昏』に行ってきました。アメリカ映画を劇にしたもので、主演は、高橋惠子さんです。夫は79歳、妻は69歳の10歳違いの老夫婦が、毎年、夏を過ごす湖畔の別荘にやってきます。夫は物忘れなど年を感じていて、そうした夫を妻は心配しています。そこへ、疎遠にしていた娘が別荘を訪れます。新しいパートナーとその息子の14歳になる男の子を連れてきます。その子と世代ギャップを感じながらも、次第に打ち解けていきます。娘とも長年のわだかまりを無くそうと努力しますがそう簡単ではありません。ただ、残された時間が短いことを互いに認めることで、自分の気持ちを素直に伝えることの大切さに気づきます。60歳を過ぎると人生の第四コーナーを回ってしまっています。人生100年時代と云われると、反って残された時間を意識せざ...観劇『黄昏』

  • 徒然草第百七十六段 (小松御門)

    「小松御門こまつのみかど」とは、小松帝とも呼ばれた光孝天皇のことで、即位が遅く、親王ながら不遇で庶民的な生活をしていたこともあり、その頃のことを忘れないように、御所でも時々自炊していたそうです。人は、一度、贅沢な暮らしをすると戻れないといいます。どんなに偉くなっても、質素倹約を旨とし、苦しい時代のことを忘れないでいると、名君になるのでしょう。小松帝の在位は4年と短かったですが、政治改革を志し、鷹狩りを復活させ、相撲を推奨し、関白制度を確立しました。関白制度は、政治は優秀な臣下に任せ、トップは決済だけする制度とも考えられます。トップが直接、政治に口出しすると、専制的になり、国の行く末が危なくなります。むしろ、臣下の中で切磋琢磨した人材が担う方が、より良い政治が出来きます。今でも、独裁国家が危ういのはこのため...徒然草第百七十六段(小松御門)

  • 久々の早朝ラン

    昨年まで着ていたシャツがちょっときつくなり、体重も昨年末から2kg以上増えていることに気づきました。夏場、バテずに乗り切るには、汗をかいて、体重を減らし、健康的に暮らさなくてはと思い、また早朝ランを始めました。8月に定期健診を受けるので、それまでには体重を戻したいと思います。久々のランのため、超ゆっくり6Kmほど走りました。最後の1kmは膝にきました。やはり、半年のブランクは大きいです。これから梅雨、そして猛暑の夏ですが、熱中症に気を付けて、週1~2回のペースで走ることにします。足の筋肉痛で2階へ上がるのも辛いです。次回のランは、この筋肉痛が取れてからにします。久々の早朝ラン

  • 徒然草第百七十五段 (世には、心得ぬ事の多きなり)

    「世には、心得えぬ事の多きなり」、酒飲みの話し、宴会のどんちゃん騒ぎで飲みすぎると、翌日後悔することが多い。しかし、酒を飲むのが悪いわけではなく、風流を愛でながらしんみりと語らい飲むのは格別だ。コロナのおかげで、長時間の宴会ができなくなり、2時間まで、しかも二次会なしが定着してきているようです。若い頃、12時近くまで飲んで、終電めがけて駅まで走ったことが度々ありました。そして、翌日は二日酔い、午前中は仕事にならず、午後ようやく酔いが醒め一仕事終えた頃、またまたお誘いがあり、性懲にもなく出かれていく。先ず、隣りの立ち飲み屋で一杯、次に焼き鳥屋でたらふく会社の悪口を言って、スナックに強引に連れられ好きでもないカラオケ、それから隠れ屋だとか自慢されながらバーで一杯なんてことがありました。先日、ビール1本ほどと焼...徒然草第百七十五段(世には、心得ぬ事の多きなり)

  • 徒然草第百七十四段 (大に附き小を捨つる理)

    「大に附つき小を捨つる理ことわり」、より大きなものを知ると、これまで見ていた小さいものに興味を持たなくなる。これは犬の話しですが、人も同じで、より大きな志を持つと、これまでの平和でつまらない日常は忘れてしまいます。人も犬も、より華やかなものに目が向くということでしょう。その善し悪しは別として、行動の原動力は、そうしたところにあるように思います。年とともに、月日の経つのが早く、今の仕事をついて来月で1年になります。仕事にようやく慣れては来ましたが、依然として、それほど楽しくはありません。定年退職までは、家族を養い、生きるためには、楽しい仕事などとは言ってられませんでした。老後はそれでは良くないと思うので、早々に、楽しくない仕事は切り上げ、新しいことを始めたいところですが、中途半端な時期に辞めると迷惑かけるかもと真...徒然草第百七十四段(大に附き小を捨つる理)

  • 古文書検定 準1級受験

    自信のないまま受験したので、想像通りの出来でした。結果は来月ですが、期待は出来ません。今回は、会場受験の雰囲気を経験するだけで終わりそうです。自身の無さの原因はいくつかあります。第一に基本的な解読に取りこぼしが多いことです。これは何だっけと思って、解読文を見て、ああそうだったとなることが多いからです。つまり、基本的な解読力が不十分ということです。次に、連想力の不足です。前後の文意から連想して、難しい文字を解読する力が不足しています。連想力の基は知識です。つまり、昔の言葉の知識が不足しています。古文書の内容によって、出てくる慣用句や頻出の熟語が決まってきます。そうした決まり切った言葉ほどくずし方が激しく難解です。そうした文字は、偏が何か、旁が何かなどと解読しようとしても歯が立ちません。最後に、苦手としているかな文...古文書検定準1級受験

  • 徒然草第百七十三段 (小野小町が事、極て定かならず)

    「小野小町をののこまちが事、極きはめて定さだかならず」、小野小町のことはよく分かっていませんが、弘法大師が生きていた時代の歌人です。弘法大師が50歳ころに、彼女は20歳前後で活躍していたようです。美人と騒がれるようになったのは、その頃なのか、その後の歴史が作り上げたものなのかは分かりません。事実は兎も角、勝手に想像するのは自由です。東北生まれで、歌人としての才能に溢れ、美人で長生きだったとのことです。小野小町は遣隋使で有名な小野妹子の子孫で、書道家として有名な小野道風(花札の雨札に出てくる人)とは従妹との説もあり、才能豊かな血筋だったことは間違いありません。美人だったかどうかは、当時の美的感覚によるもので、現代の感覚とは異なるかもしれません。長生きで90歳ぐらいまで生きたそうですが、仕えていた天皇が崩御し、宮廷...徒然草第百七十三段(小野小町が事、極て定かならず)

  • 徒然草第百七十ニ段 (老いぬる人は、精神衰へ、淡く疎かにして、感じ動く所なし)

    「老いぬる人は、精神せいしん衰おとろへ、淡あはく疎おろそかにして、感じ動く所なし」、年老いてくると、精力は衰え、気力も弱く、物事に鈍感になる。それでも、知力は若い者より勝っている。老化は、肉体的にも、精神的にも、若いころのようには行かなくなります。肉体的に、瞬発力や持続力がなくなってきたことは、躓いたり、息を切らしたりすることで実感し、認めざるを得ません。一方、精神的なもの、記憶力や思考力が衰えていることはなかなか認められません。自分はまだまだしっかりしていると思っていても、言い損ない、記憶違い、健忘などは自覚しにくいからでしょう。自分で自覚できているうちにリタイヤして、周りに迷惑を掛けないようにするのが、最後に出来る社会貢献のひとつかもしれません。それこそが老人の知力でしょう。徒然草第百七十ニ段(老いぬる人は、精神衰へ、淡く疎かにして、感じ動く所なし)

  • 徒然草第百七十一段 (好事を行じて、前程を問ふことなかれ)

    「好事かうじを行ぎやうじて、前程ぜんていを問ふことなかれ」、今、現在のことに集中し、先のことに気を取られるなということです。まず、自分の周りを固め、地道に努力することで、目標は達成できる。人を羨ましがったり、自分を卑下していても、自分が求めるものは手に入らない。自分にはこれしかない、これでいくしかないと腹をくくれば、きっと道が開けるということでしょう。「無い物ねだり」という言葉があります。貧乏な人はお金持ちになる事を願い、体の弱い人は健康的な体を羨み、お金持ちはスリルのある生活を求める。人はどこまで行っても、自分に無い物を見つけては手に入れたくなるものです。しかし、手に入れたところで、不老不死の薬は無いわけで、いつまでも自分のものにして置けません。自分自身でさえも自分の物であり続けられないのです。世の中では、サ...徒然草第百七十一段(好事を行じて、前程を問ふことなかれ)

  • 徒然草第百七十段 (万の事障りて時を移す)

    「人と向むかひたれば、詞ことば多く、身もくたびれ、心も閑しづかならず、万の事障りて時を移す」、人と話をするのは疲れるもので、互いに無駄な時間を過ごすことになる。話しをすることに関しては、男と女では大分違うようです。男は誰にも邪魔されない静かな時間を大切にしますが、女は誰かと無駄話しをする時間を大切にします。根本的に違うのでしょう。その違いはどこから来るのか。考えて見たところで仕方ありません。同じように、狩猟文化と農耕文化の違いは、攻撃と防御のどちらに力を入れるか。戦争に対する意識も、農耕文化の日本人は、攻める人は悪人、守ることに徹すれば世界は必ず平和になると呑気な事を考えがちです。しかし、狩猟文化の遊牧民族からすると、他を攻めて奪うことこそが生きること、それの何が悪いといったところでしょう。馬に乗って剣や弓で攻...徒然草第百七十段(万の事障りて時を移す)

  • 徒然草第百六十九段 (何事の式といふ事)

    「何事なにごとの式しきといふ事」、しきたりというものが云われるようになったのは最近の事で、昔はそんな事は気にしなかった。堅苦しい世の中になったものだということでしょうか。しきたりとは、一種の権威付けに使われます。こうでないと駄目だと、誰が偉い人が決めます。色々なやり方があり、夫々まちまちのやり方だと、これが正しい、それは間違っていると混乱するからでしょう。このやり方が正しいと決めてしまうと、そのやり方をしないと何か不味いことになるような気にさせます。人は、試行錯誤して課題を解決し、一度出来たことは、同じ手順ですれば同じように出来るようになります。これを再現性と言います。この再現性を維持するには、前提となる条件を整えることと、決められた手順を守ることが大切です。しかし、条件は変化しますし、人は横着に成ります。その...徒然草第百六十九段(何事の式といふ事)

  • ローザンベリー多和田

    孫が『ひつじのショーン』にご執心というので、ローザンベリー多和田に行ってきました。連休前で人もそれほど多くなく、曇りがちながらも、暑くも寒くもなく、過ごしやすい天気でした。孫たちは新幹線、かみさんと私は車で、米原駅で待ち合わせます。米原から15分程ですが、車にはレンタルしたチャイルドシートをセットしてます。先日の交通違反で、しばらくは気をつけなければと思いながらも、何よりも安全第一です。ローザンベリー多和田はまだまだ整備途中で、道の舗装や土地の造成などが進められています。入口近くから、羊のいるファームガーデンまでは機関車が走っています。人が歩くよりも遅く、のんびりムードです。ファームガーデンには、妖精たちの村があり、家に入ると妖精の生活が見られます。食事の支度や生活の道具などのレプリカがあります。ハムを切ってい...ローザンベリー多和田

  • 徒然草第百六十八段 (「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし)

    「「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし」、老人の言うことに、そうじゃないだろうと思いながらも、大人しく聞いていしかないのはよろしくない。年寄りは思い込みが激しくなり、自分が間違っていることを認識する力が衰えます。「はい、はい」と聞き流す程度のことならば良いのですが、そうもいかないことになると周りへの影響は大きいです。将に、老害です。今、世の中を騒がしている国の指導者は、私より少しだけ年上です。まだボケるのも、意固地になるのも早い年齢と思いますが、年寄りは自分はまだまだと思う傾向があります。私の世代は、団塊の世代の下の世代で、戦後の時代を生きて来ましたが、戦争のことは親の世代から聞かされて知っているだけです。そのため、知っているようで真実を知らないところがあります。戦争による歴史は、勝者にとって都合よ...徒然草第百六十八段(「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし)

  • 徒然草第百六十七段 (人としては、善に伐らず、物と争はざるを徳とす)

    「人としては、善に伐らず、物と争あらそはざるを徳とす」、自分の能力をひけらかし、他と比らべて自慢するのは徳があるとはいえない。世の中には、やたらと自慢し、何かと自分の方が上だと言いたがる人がいます。こちらも勝ちたい気持ちがあると、ムキになりますが、そうでなければ勝手に言わせとけといった気になります。他と比べると、上には上があり、下には下があります。自分が人より上か下かをはっきりさせたいのでしょうが、自分の価値観、価値の尺度をどこに置くかによって、その優劣は変わります。何か行き詰った時は、自分の価値観を一度捨て、作り直すことが必要です。賑やかで楽しいのと、静かで落ちつくのとは正反対のプラス評価ですが、騒々しくて煩いと、寂しくてつまらないというのも正反対のマイナス評価です。人の評価などは尺度によってひっくり返るもの...徒然草第百六十七段(人としては、善に伐らず、物と争はざるを徳とす)

  • 徒然草第百六十六段 (下より消ゆること雪の如くなる)

    「下したより消ゆること雪の如くなる」、人の世界は、雪だるまで作った仏を安置する御堂を建てようとしているようなものだ。お堂に入れる頃には、雪仏は足元から溶けてしまっている。意味深い例えで、人の人生は世間の風当たりで長くも短くもなるが、いずれは必ず終わりが来る。どのように生きるかは、人夫々です。若い時は、自分の力を信じて生きる、或いは信じられるように努める。年とともに、自分の力の限界を知り、人の助けが得られるように貯えをする。貯えも当てにならなくなると、上手くこの世から消え去ることを望む。世間は、ヨーロッパの戦争で騒がしくなっていますが、日本は所謂「力による現状変更」を好む国に取り囲まれていて、彼らが何時、日本に戦争を仕掛けてくるか分かりません。国連が世界の平和を実現するとの幻想を前提にした、今の憲法の下では国の存...徒然草第百六十六段(下より消ゆること雪の如くなる)

  • 徒然草第百六十五段 (我が俗にあらずして人に交はれる、見ぐるし)

    「我が俗にあらずして人に交まじはれる、見ぐるし」、自分が本来居るべき場所を離れ、どんなに成功したとしてもみっともないことだ。世渡りの上手い人へのやっかみのようなものかもしれません。昔は、新卒で入社したら、その会社で定年まで勤め上げることのが素晴らしいとされてました。最近は、どんな大企業でも合併、分割、事業整理と何があるか分かりません。定年まで勤める人は絶滅危惧種になっています。定年まで勤め、その後も子会社に勤め、延べ40年です。その会社の価値観や仕事観が身に染みついています。他の職場では、"何だこれは?"と思うことが多く、自分が正しいと信じてきたことの正反対のことが正しいとされることもあります。それだけならば我慢できますが、そのことで注意されたりするともう限界です。ですから、他人に使われるのはもう無理かもしれま...徒然草第百六十五段(我が俗にあらずして人に交はれる、見ぐるし)

  • 徒然草第百六十四段 (失多く、得少し)

    「失しつ多く、得とく少し」、世間話しは、自他ともに品格を落とすだけで、何の役にも立たない。さらに、人の心に悪影響を与える。他人と話しをして、楽しくなることはあまりなく、気鬱になることばかりです。話し好きな人の気がしれません。人に話しをするのには、それなりの下心があります。自分にとって得になることを期待して話すのですが、それを聞いた人にとっては損になることが多いのです。つまり、頼みごと、憂さ晴らし、聞く方はうんざり、場合によっては気分が悪くなります。話しを聞いてその時は楽しいと錯覚するのも、自分とは関わりのない人の悪口や噂話し、そうなると品格がなくなり、後で自己嫌悪に陥ることになります。結局は気分が悪くなります。仕事をしていると、人から強く言われることがあります。仕事だから仕方ないと諦めますが、それも、年をとると...徒然草第百六十四段(失多く、得少し)

  • 朝活のすすめ

    かみさんが、朝活しようというので、すき家の朝食を食べてきました。といっても、10時過ぎに出かけたので、本当の意味での朝活とは言い難たく、ご飯のおかわりなどするものだからお腹いっぱいになり、結果的に少し早めの昼食になってしまいました。朝活の本来の意味は、早起きして、仕事前の時間を有効に使うことです。私は、5時に起きますので、出勤日は家を出るまでほぼ4時間あります。コーヒーを飲んで朝食を取り、新聞を読み、TVのニュースを見ていると6時半、それから読書や古文書の勉強をして7時半、BSの朝ドラを見て、天気予報をみると8時、なぜか再び朝ドラを見て出かける準備をして8時半、気持ち調え9時前に出かけます。十分に朝活はできていますが、休みの日に、かみさんと朝食に出かけるのは、むしろ昼活の時間帯になっています。朝の時間を有効に使...朝活のすすめ

  • 徒然草第百六十三段 (陰陽の輩、相論の事ありけり)

    「陰陽おんみやうの輩ともがら、相論さうろんの事ありけり」、陰陽とは、宇宙のあらゆるものは陰と陽に分で構成されている。世の中の現象は、すべて陰と陽の作用によって生じるという考えです。それらを研究している仲間内で、陰暦九月の呼び方、太衝(たいしょう)の「太」の字に点を打つか打たないかということが論争になったそうです。論争の話しは兎も角、陰と陽については、すべての物質が原子核と電子から成り立っているという物理学とも符合し、非常に科学的な考え方です。原子核は陽子と中性子で構成され、陽子の数がその物質の性質を決めます。そして、陽子はプラスの電荷をもっているので、それと同じだけのマイナスの電子が周囲を回っています。中性子も陽子と同じ数がありますが、何かの原因で陽子と中性子の数が異なる状態が生じます。そうすると、エネルギーの...徒然草第百六十三段(陰陽の輩、相論の事ありけり)

  • 城崎温泉から余部、それから豊岡の旅行

    朝、もう一度、温泉に漬かり、朝食です。朝食はバイキング、珍しい物はありませんが、食べ過ぎないように気を付けないと、旅行で太ったということになります。旅館を出て、余部へ出発します。ところが、途中、交通取り締まりに捕まってしまいました。朝から不運です。罪状は、一旦停止を無視ということです。こんな田舎で、全然車が走っていないのにと心の中で不満ブーブー、春の交通安全週間かと諦めます。昔、友達がバイクで踏切の一旦停止で捕まった時の事を思い出します。JRがストで仕方なく、バイクで行こうとしたら捕まりました。電車停まっているのにと悔しがってました。事故を起こしたんじゃないので、気持ちは落ち込みますが、早く忘れましょう。余部には、昔の情緒ある赤い鉄橋は無くなり、コンクリートの近代的な橋梁が出来てました。日本の土木技術の粋を集め...城崎温泉から余部、それから豊岡の旅行

  • 城崎温泉 旅行

    城崎温泉に湯治に行ってきました。途中、京丹後にある和久傳の森に立ち寄り、工房レストランで昼食、腹ごなしに森の中の家、安野光雅館を見学、昔懐かしの「わたしの好きな子どものうた」の展示を観ました。タッチの優しい水彩画で、子供の歌声が聞こえてくるような建物は、黒い倉庫のようですが、安藤忠雄の設計です。城崎温泉に到着して、温泉街を散策します。こんなところに、かに道楽を思わせるお店があります。桜はちらほらと咲いていていますが、まだまだひんやりとして、満開までにはかかりそうです。外湯に出かける人たちが浴衣姿で歩いてはいますが、年寄りには気軽にぶらつく気温ではありません。かみさんは外湯に行きたいと言いますが、内湯でゆっくり温まり、日ごろの疲れも取りたいと思います。食事は、かに、丹波牛、黒豆とご馳走です。地ビールを飲んで満腹に...城崎温泉旅行

  • 徒然草第百六十二段 (池の鳥を日来飼かひつけて)

    「池の鳥を日来ひごろ飼かひつけて」、池の鳥を餌付けして飼いならし、鳥小屋に誘き込み、虐殺していた僧侶が捕らえられた話しです。動物を捕まえ殺して食べるのと、動物虐待の違いがよく分かりません。世界からは、日本の捕鯨が激しく批判さけますが、西洋の人々は虐待といいながら、肉食のために動物を大量に飼い殺しています。もちろん、ベジタリアンもいるでしょうが、いずれにしても植物といえども命を食べることには変わりません。生き物は、他の生き物を食べることで生存できます。それが動物だろうが、植物だろうが同じことだと思います。虐待かどうかは、生き物を殺す目的によるのだと思います。食べることを目的とするならば、それは生存のためで、牛だろうが、魚だろうが、鯨だろうが、きっちりと全てを食べてあげることが大切です。つまり、殺すことだけを目的に...徒然草第百六十二段(池の鳥を日来飼かひつけて)

  • 徒然草第百六十一段 (花の盛りは)

    「花の盛りは」、花とは桜のことで、満開は、冬至から百五十日後、立春から七十五日、春分からは九日後といわれています。今の暦だと、3月最後の週の辺りです。桜は、開花から満開までは平均すると8日だそうです。ただ、開花後の気温により変化するそうで、寒の戻りがあると延びるそうです。今年は、三月末に寒い日が続く予想なので、入学式には満開ということになるかもしれません。桜の木の下での記念撮影は良い思い出になります。徒然草第百六十一段(花の盛りは)

  • 大塚国際美術館

    かみさんと、徳島の大塚国際美術館にバスツアーで行ってきました。以前勤めていた会社の管理職の慰安旅行で行ったのが、24年前、完成直後で正面玄関は工事中でした。今や、慰安旅行どころか、歓送迎会もない時代になってしまいました。かみさんが、しきりに以前の記憶はどうだったかと尋ねますが、全然覚えていません。恐らく、行きのバスの中で酒盛りになり、酔っ払いの連中がぞろぞろと、場違いの美術館を徘徊するので、若手の私は行義の悪いおじさんたちの監視役になって、観てる場合じゃなかったのかもしれません。今回は、最初に、モネの「大睡蓮」の広場で係員の説明を受けます。大塚美術館は陶板美術館、つまりすべて複製ということです。そのためか、写真撮影は自由です。今日は、ツアー貸し切りということで、観客も少なく、ゆっくり撮れそうです。美術館は、山の...大塚国際美術館

  • 徒然草第百六十段 (行法も、法の字を清みて言ふ、わろし。濁りて言ふ)

    「行法ぎやうぽふも、法の字を清すみて言ふ、わろし。濁りて言ふ」、行法は、清音で「ぎょうほう」と言うのではなく、濁音にして「ぎょうぼう」と言うのが正しいと、清閑寺僧正がおっしゃったそうです。日本語では、二つの語が結びついて一語になると、後の語の最初が濁音に変化することがあります。例えば、「淀川」は「よど」と「かわ」ですが、「よどがわ」になります。また、「手紙」は「て」と「かみ」ですが、「てがみ」になります。「行法」もその法則なのでしょう。濁音になる理由は何なんでしょう。恐らく、音の出し方の都合と思います。清音は比較的はっきりと口を開かないと出せませんが、濁音は口の開きが中途半端でも出せます。そのため、つながった語を発音する時に、音をつなげ易いからではないでしょうか。古文書では、ひらがなに濁点は表記しません。ひらが...徒然草第百六十段(行法も、法の字を清みて言ふ、わろし。濁りて言ふ)

  • 徒然草第百五十九段 (或やんごとなき人仰せられき)

    「或あるやんごとなき人仰おほせられき」、誤って使われている言葉を糺し、その本来の意味を解説する。幅広い知識と経験を持った人の話しです。ちょっと嫌味な感じがします。言葉には、その元となった意味があります。漢字は中国の文字で、和語を文字にするために使われます。もちろん、中国の言葉や故事がそのまま使われている場合もありますが、漢字の意味を翻訳して和語を訓読みとしたものが多いです。平仮名は漢字の崩し字で、かならずしも意味に合った平仮名が使われるとはかぎりません。戦後は外来語、特に英語の和製英語が多く入ってきました。それなのに、どうしてか文法だけは英語や中国語のように主語+動詞+目的語・・・とはならず、動詞が最後にきます。そこの処は、日本語としては譲れないのでしょう。勝手な解釈をすると、日本語は状況を伝える言語、最後まで...徒然草第百五十九段(或やんごとなき人仰せられき)

  • 徒然草第百五十八段 (魚道なり)

    「魚道ぎよたうなり。流れを残して、口の附きたる所を滌ぐなり」、魚道とは、魚が川を遡上する急所に、人工の水の道を造ったものです。盃に残った酒が、人の助けで、盃の飲み口を超えて流れ出る様を魚道に例えいるのでしょう。そして、盃の底に残ったお酒を捨てるのを勿体ない行為としてではなく、飲み口を清めるものとすることで、意義ある行為とするのでしょう。宴会の後始末で、残った料理は勿論ですが、飲み残した飲み物、主にビールを捨てるのは勿体ない気持ちとともに、罰当たりな事をしているという感覚になったものです。ポリバケツにコップの飲み残しや中途半端に開いた瓶ビールの残りを捨てます。とても、飲み口の清めをしているとか、バケツの清めをしていたという気にはなれません。宴の終わりに、一本締めなどしますが、せめて最後にコップの残りを飲み干す乾杯...徒然草第百五十八段(魚道なり)

  • 劇団四季 「オペラ座の怪人」

    かみさんと、「オペラ座の怪人」を観てきました。生憎の雨でしたが、朝から色々と用事を済ませ、コラボメニューの店で「オペラ座の怪人」コースの昼食をしました。開演は13時30分、四季劇場に少し前に着きましたが、開演間際になって観客が増えてきたのは、皆さん私たちと同じように昼食を何処かで済ませていたのでしょう。昔、テレビで映画を見たような記憶がありますが、ストーリーはほとんど覚えていません。あの有名な曲が流れ開演しました。最初の場面は、オペラ座の遺品のオークションの場面です。最後の品は、オペラ座の壊れた大きなシャンデリアを修復したもので、それが輝きながら舞台から観客席上の天井に吊り上げられるのは圧巻でした。昨日、東北で大きな地震があったこともあり、今地震が起きると落ちてくるのではないか、ウクライナで劇場が攻撃されたとか...劇団四季「オペラ座の怪人」

  • 徒然草第百五十七段 (事・理もとより二つならず)

    「事じ・理りもとより二つならず」、外に現れる表情と心の内は別々のものではない。心の内が必ずや外に現れ、逆に外見を装っていると心もその様になっていく。猪突猛進で突き進むのは若者の純粋さですが、一つの事に凝り固まるのは老人の悪癖です。老人が聞く耳を持たなくなるのは、長年の知識と経験がそうさせるのでしょう。蓄えたものが正しく善ならば良いのですが、間違っていて悪ならば困ったものです。熟して甘い実が腐って、終には堅く固まったようなものです。誰を想像してるかは兎も角、心が腐らないためには、内と外とが適度なバランスで相互に作用されている必要があります。人の体も、熱いと汗をかき、寒いと代謝を抑えます。心も、外からの刺激で内面が活性化し、内なる興奮で外に発散する。このコントロールが上手く出来てると、健全な心身が維持できるのだと思...徒然草第百五十七段(事・理もとより二つならず)

  • 徒然草第百五十六段 (さるべき所を申し請けて行ふ)

    「さるべき所を申し請けて行おこなふ」、披露宴などはそれなりの場所を借りて行う。昔は、ホテルや結婚式場のような場所はなかったので、貴族は皇族の御所を借りるのが習わしだったようです。催し事で、会場を借りるのは、色々と気を使うものです。まず、催し事に適した会場を探さなければなりません。例えば、採用説明会ならば、交通の便がよくて、応募者が迷わない所がよいでしょう。適当な場所が見つかっても、時期によってはかなり前から予約しないと押さえられないこともあります。定期的な開催ならば、会が終わったら、直ぐに次回を予約するとよいでしょう。ただし、予約が忘れられていてもなんとかなるタイミングで確認する必要があります。次に会場の広さですが、参加する人数に依ります。10人、20人なのか、100人なのか、また人以外のスペースも考慮しなけれ...徒然草第百五十六段(さるべき所を申し請けて行ふ)

  • 徒然草第百五十五段 (世に従はん人は、先づ、機嫌を知るべし)

    「世に従したがはん人は、先づ、機嫌きげんを知るべし」、人生を上手くやっていくにはタイミングが大切である。その時をただ待っているのではなく、その時が近づいてくる兆しを感じなさい。ボーとしていると、そのタイミングは過ぎ去ってしまう。季節は、春夏秋冬と順に訪れるが、春が終わって夏が来るのではなく、夏を感じるともう春が終わっています。年々、時間の流れは速く感じるようになってきました。確かに、子供の頃の一日は長かったです。今は、気が付けば1週間などあっと言う間に過ぎています。その瞬間、瞬間を大切にしていないからかもしれません。大概は面倒な事ばかりで、早く終わればよいのにと思ってしまいます。面倒だと思うようなことは、そもそもしなければよく、常にワクワクすることに集中すればよいのでしょう。ところが、そのワクワクすることがなか...徒然草第百五十五段(世に従はん人は、先づ、機嫌を知るべし)

  • 戦争に思うこと

    ウクライナに侵攻したことをロシアの人々はどう思っているか。報道統制される状況下で、実際に起きていること全てを知ることができないでいる。ウクライナでは過激派組織がテロを企て、そこに住むロシア系住民は迫害されている。そのため、侵攻してテロ組織を一掃し、苦しんでいる人々を解放するため、軍隊を派遣したと報道されているのでしょう。それを信じる人々は、平和を望み、愛国心に基づきそれを支持しているのでしょう。日本で報道されれているニューズが真実であり、ロシアは全くの虚偽の情報だけを流していると言い切れる自信はありません。ウクライナ軍が自らの国民を犠牲にしたり、街を破壊する合理的理由がなく、ロシアが他国にミサイルを撃ち込み、戦車を繰り出すことを正義とするにも無理があります。察するに、今のロシア国内の状況は、戦時中の日本を連想さ...戦争に思うこと

  • 徒然草第百五十四段 (異様に曲折あるを求めて、目を喜ばしめつる)

    「異様ことやうに曲折きよくせつあるを求めて、目を喜ばしめつる」、盆栽などで、枝が大きく曲がっているのを見て喜ぶのは、手足の不自由な人を見て喜ぶのと同じで、悪趣味だと言って盆栽を捨ててしまった。真っすぐしたものは詰らないが、曲がったものは変化があり面白いといった感覚、曲がったものは醜く、真っすぐしたものは気持ちが良いといった感覚、どちらもありそうです。曲がったものは、好んで曲がっているのではなく、何らかの訳があって曲がっています。それが苦渋に満ちたものだとすれば、それを見て喜ぶのは宜しくないということもあります。盆栽の枝ぶりを、手足の不自由な人に見立てるのは、ちょっと飛躍とも思います。ただ、その人の心の中で繋がっているとすれば、それはそれで意味のあることかもしれません。人の気持ちは、他から計り知れないものです。自...徒然草第百五十四段(異様に曲折あるを求めて、目を喜ばしめつる)

  • 徒然草第百五十三段 (世にあらん思い出、かくこそあらまほしけれ)

    「世にあらん思い出、かくこそあらまほしけれ」、この世に生を受け、与えられた本分を全するならば、例え無念な死を迎えてたとしても、その生き方は羨ましい。鎌倉時代末期の歌人で、政治家だった京極為兼が召し捕らえられ、それを見ていた日野資朝が、生き方に共感したとのことです。鎌倉時代、京に朝廷、鎌倉に幕府の時代でした。朝廷の権威は衰え、鎌倉幕府が実質的な支配者でした。支配とは、土地の支配であり、土地から得られる富が力の根源です。経済は土地そのものであり、富を生む土地を持つことが力だったのでしょう。今日でも、この論理は国家レベルでも成り立っているようです。広い土地を支配することで人々を従わせられると信じています。偽りの正義を翳して、我儘勝手に、武力で攻め込んでくる、それに耐えるだけでなく、明確な抵抗の意思を示すことが、天から...徒然草第百五十三段(世にあらん思い出、かくこそあらまほしけれ)

  • 徒然草第百五十二段 (腰屈まり、眉白く、まことに徳たけたる有様)

    「腰屈かがまり、眉まゆ白く、まことに徳たけたる有様」、年の取り方、老け方によっては、尊くも醜くも見えます。本当は、外見だけでは分からないのでしょうが、50歳を過ぎたら、心の善し悪しが外見に現れると言いますから、気を付けなければいけません。最近、眉毛に白いものが増えてきました。暇があると抜いてましたが、もはや追いつきません。白いものは目元の眉から多くなっていきます。同様に、頭も額から後ろに向けて白くなっていきます。禿げるのも前から禿げる人と後ろから禿げる人がいますので、人に依るのでしょう。何れにしても、白い物が増え、老人らしく成ってきました。外見だけでなく、心の内や言動も老人らしくしなければ、愚かな老人に見えてしまいます。老人らしいとは、基本、周りを気にせず、その上で世間に迷惑を掛けずに生きることだと思います。周...徒然草第百五十二段(腰屈まり、眉白く、まことに徳たけたる有様)

  • 徒然草第百五十一段 (励み習ふべき行末もなし)

    「励はげみ習ふべき行末ゆくすゑもなし」、50歳を過ぎても上達しないことなら、止めてしまうべきだ。年寄りが世間にしゃしゃり出てるのは宜しくない。年寄りは、老人らしいよぼよぼしているのが理想的だ。分からないことがあれば、人に聞けばよいし、そもそも今更新しい事を知って何に成るのか。リタイヤして、日々、特にすることがないと老けやすいといいます。何が趣味に打ち込んで、毎日、なんやかんや忙しくしてると、長生きするらしいです。ところで、長生きするのが、老後の目標でしょうか。長く生きることにどんな意味があるのでしょうか。敢えて、命を粗末にすることはないですが、消化試合のような時間ならば死というゲームセットを待っているだけです。目的もなく、目標もなく、ただブラブラしてるだけと云われないために、何か目的をもって生きることが必要です...徒然草第百五十一段(励み習ふべき行末もなし)

  • キリンのDRINXで発注

    若い頃、ビールならいくらでも飲めましたが、最近は缶ビール一本が精々です。大量に飲むなら、安い発泡酒でいいでしょうが、あまり飲めなくなると、味と喉越しに拘りたくなります。かみさんはワインが好きなので、ワインと高級ビールをキリンのDRINXで注文しました。我が家の二階は第2リビングになっていて、小型の冷蔵庫とワインセラーがあります。それらにお気に入りのビールとワインを貯蔵しています。かみさんと私のささやかな楽しみですが、正月など、子供達が集まり、遠慮なく飲んでくれるのも嬉しいものです。これから暖かくなり、ビールの美味しい季節です。気持ちも前向きになりますので、早く戦争も終わって明るい未来が見えてくることを祈ります。キリンのDRINXで発注

  • 徒然草第百五十段 (よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ)

    「よくせざらんほどは、なまじひに人に知しられじ」、芸事は、下手なうちは人に知られず練習し、上手くなってから披露しようとする心構えでは、上手くなったためしがない。周りから酷評され、それに耐え、頑張るからこそ上達する。どんな名人も最初は下手くそで、種々の批評に打たれるからこそ、自分流儀でない一流の師匠になる。御尤もなご意見ですが、一流になろうと思ってる訳でもなければ、人に教えたり、披露しようとも思ってません。そもそも、五十、いや六十の手習いではとても上達は望めません。ある意味、暇つぶしにしかなりません。それが私のクラリネットです。以前は発表会にも出ましたが、人に演奏を聴いてもらうことも大変なストレスです。この歳になって、人から褒めてもらおうなどとは考えていませんから、只々、自分が恥ずかしい思いをするだけです。好きな...徒然草第百五十段(よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ)

  • 徒然草第百四十九段 ( 鼻より入りて、脳を食むと言へり)

    「鼻より入いりて、脳を食はむと言へり」、鹿茸ろくじようという漢方薬があり、それを嗅ぐと、小さい虫が鼻から入って、脳を虫蝕むから気を付けよとのことです。鹿茸とは、鹿の角を乾燥したもので、鎮痛や滋養強壮の効果があるそうです。河川敷をランニングしていると、虫が鼻から入ることがあります。その虫とは種類が違うでしょうが、虫が取れた後も不快な感触が残ります。顔には、いくつかの穴があり、目、耳、鼻、口に虫が入る危険があります。目はサングラスで防げます。耳は横にあるので簡単には侵入できません。口は基本閉じているので大勝負です。よって、鼻の穴が最もリスクが高いわけです。鼻毛が防いでくれているとはいえ、空気を吸い込むと、その勢いで侵入を許してしまいます。最近は、マスクをして走っている人もいますが、息苦しく酸欠になって走れません。困...徒然草第百四十九段(鼻より入りて、脳を食むと言へり)

  • 徒然草第百四十八段 ( 三里を焼かざれば)

    「三里を焼かざれば」、前段に続き、灸の話しです。三里の灸をすべしと勧めています。三里とは、ツボのことで、その名のツボは手と足にあります。特に、足のツボは効果があるとされています。足の三里のツボの効果は、高血圧や脳卒中の他、胃腸の調子を整え、胃腸運動を促進するのですが、胃酸の分泌が良くなるので、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の人は注意が必要とのことです。灸でなく指圧でも効果があるということですから、暇なときに押してみるのもよいでしょう。なお、足の三里のツボの場所は、ひざの端から指4本分下、スネの骨の外側のくぼんだところだそうです。お風呂に浸かっている時にやってみようかと思います。徒然草第百四十八段(三里を焼かざれば)

  • 徒然草第百四十七段 (神事に穢あり )

    「神事しんじに穢けがれあり」、神事を行う際に、穢れがあるものは遠慮すべきだとされている。お灸の跡がある者は穢れているというが、そのような事はどこにも定められていないと反論しています。神事とは、神に関する祭り事で、神に祈ったり、伺いを立てたりすることです。簡単に言えば、神様にお願いをしたり、相談することです。その際、神様が嫌うことは避けるべきとされています。それが穢れということてせしょう。穢れは、大きく分けると死の穢れと生の穢れがあります。前者は死であり、後者は出産です。それらがどうして神様が嫌うことなのか。嫌うというよりも、むしろどちらも神の成せる業だからでしょう。つまり、神様の行われることに下手に触れると、異を唱えたことになるかもしれないからでしょう。人は、生きている間は、神様の手を離れ自由にできるとも考えら...徒然草第百四十七段(神事に穢あり)

  • 徒然草第百四十六段 (如何いかなる相ぞ )

    「如何いかなる相ぞ」、僧侶なのに武器の災難で死ぬという相があると云われ心配していると、本当に矢に当たって死んでしまった。妄想が現実になる。虫の知らせというか、嫌な予感が当たったということでしょう。強く思い続けていると、良からぬことが現実になるということがあるものです。思い続けていると、より可能性の高い場面や場所につい近づいてしまうのでしょう。気を病んだ人が、吸い込まれように電車に飛び込んだり、高い所から飛び降りたりするのもそうした意識かもしれません。思い込んだ人の心を変えるのは難しいです。最近は、気の病んだ人が多くの人を巻き込んで死ぬ事件が増えています。ロシアのウクライナへの侵攻は、世界が一人の人間によって滅ぼされる悪夢を想像してしまいます。隕石が落ちて、人類が滅亡するならば、神の仕業と諦められますが、狂気の指...徒然草第百四十六段(如何いかなる相ぞ)

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、わさびさんをフォローしませんか?

ハンドル名
わさびさん
ブログタイトル
わさびの日記
フォロー
わさびの日記

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用