chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
頑張らない生き方 https://blog.goo.ne.jp/youko-cafetaim

膠原病他いくつもの疾患と道ずれの毎日病気になって見えた世の中自分の内面を思いのままに書いています。

sofia
フォロー
住所
未設定
出身
未設定
ブログ村参加

2020/10/17

arrow_drop_down
  • 忘れていたのに…心無い兄家族

    もう15年近く前の事で忘れていたはずなのに、急に嫌な思いが胸を締め付けてきた。母が肺ガンと判り…しかしもう89歳。ドクターの説明を聞き私達子供達で辛い検査や治療は受けず在宅で看取ることにしたのです。母にはガンとは言わず、「肺炎の悪化で、お医者さんと看護師さんが往診に来てくれるよ」と住み慣れた家で、庭木や花の見える所に介護ベッドを置き家族と同じ物を食べる生活をしていた。私は毎月3~4日泊まる支度をして母のベッドの下に寝る。私自身幾つもの不調を抱えての事なので通院の合間をぬっての訪問です。私が出向いた時に兄嫁には自分の用事をして貰い、母が食べたい物を作る為に食材を予め買い置きして貰う。そんな日常を過ごしていた時、入院していた兄嫁の父親(長野県)が亡くなったとの連絡があったようだ。兄嫁は三姉妹の長女で、シングル...忘れていたのに…心無い兄家族

  • 漠然~と 後5年

    数日前からから漠然~と「あと5年」という数字が頭の中に浮かんでいます。あと5年…とは私の心臓が動いている時間。そしてその数字に満足し納得している私がいます。逆算して今何をするべきか?を思うのです。月曜日は大学病院の膠原病内科受診でした。毎回、血液検査と尿検査をします。腎臓の機能を表す推算GFR値が39.5・・・段々下がってきています。60が下限値で、20を下回ったら透析の準備でシャントを作ります。10を割ったら透析です。週に3回、4~5時間かけて血液中の不純物を濾過する機械に体内の血液を循環させる・・・延命装置です。かつて透析をしている人達と交流があって、誰一人として、「透析のお陰で」とは言う事はありませんでした。毎日、息苦しく、気だるく、食事も可成りの制限があり、日々の生活は通院が第一優先でしかない。私...漠然~と後5年

  • 裏切らないで・・・訪問看護システム

    昨年は突然意識が無くなり硬直したまま倒れるというアクシデントに見舞われました。大きな失神は3回で全く予兆もなく気が付けば床やトイレに転倒していて都度、骨折。意識が戻っても判断力無く、ヘルパーさんに促されて病院へ。診療科をいくつも廻されて「てんかん」と診断されたが、脳波検査をしていないので確定ではない。ケアマネさんが、緊急通報電話を市役所に手続きしてくれた。リハビリ型のディサービスは余り良い顔をされず退所。それで訪問看護を薦めてくれたのです。3人の看護師が交代で訪問しバイタルチェック顔色、身体状況、などを観察し自分で出来ない、足の爪切や擦り傷の手当などをしてくれる…はずだった。しかし3月半ばに責任者とケアマネが来て説明を聞き、契約した。緊急時24時間対応だが、事務所で連絡を受け判断し、看護師を招集し、必要機...裏切らないで・・・訪問看護システム

  • 友遠方より来る 又遠方より旅人来る

    以前約30年程住んでいた町から、友人が紅く化粧をした滝を見に来ると連絡があった。勿論異性の友達です。彼とは色々なストーリーがあり、絶縁状態の続いた後、人間として付き合える関係になった。男と女は…終わった。嫉妬も…終わった。旅費も食事も割り勘で、我が家に泊めても…なんてことは無い。80歳を超えた男性が100歳の寝たきりの女性を強姦したニュースを見た時「若いね~」と半分侮蔑の気持ちで見られる位、私と彼の精神年齢は不詳の付き合いです。彼は未だシルバー人材に登録して1日4時間の労働をしているので連休を取るのは簡単ではないようで暇な私が合わせるようにしている。昨日、彼は前日遅番の仕事を終え帰宅後すぐに寝て、朝食も摂らずに特急電車でやって来た。私はお昼のお弁当とお茶を用意しリユックに詰める。コロナ封鎖解禁の秋は観光客...友遠方より来る又遠方より旅人来る

  • 秋が急ぎ足で・・・

    あんなに暑くてイライラしていた9月が過ぎるとカレンダーの1枚を切り取るように秋が来た。まだ陽に当てて無い冬用の掛布団を取り出し足元に置く。夏用のTシャツを洗い仕舞い支度。私に頭の中を何かか通り抜けて行く。季節は人生その物?かも知れないって考え。暑さを目の敵にしていたのはエネルギーを持て余す若かりし頃と同じかも知れない。尖ってみたり、燃えてみたりの時代がずっと続くと思っていたら突然、疲労感が襲って来て、自分がそう若くない季節を歩いていると知る。時々、深い雪に埋もれて息絶える日を想像する。それが私の潜在的理想なのかも知れない。今迄幾度となく入院をし、手術を経験した。手術台には自分で上がり横たわるが数秒の内に看護師らが首の所に間仕切りを作り両手、両足が拘束されて、やがてス~と眠り落ちるので医師の呼びかけで薄っす...秋が急ぎ足で・・・

  • 人生 第3章がはじまる。

    末っ子の私は深読みするタイプでは無かったので、流れのままに、ちょっと不合理?・・・と思う事は多々あってもその波に乗って生きて来ました。いろんな事が有っても、「因果応報」の心情が支えだったのかも知れません。時は流れ33歳で子供2人を連れて離婚しました。話がこじれて調停へ。8カ月掛かりました。その間、子供は転校し、私は保険会社に勤務しました。氏をどうしよう・・となった時子供が年度の途中で氏が変わる事のリスク・・イジメ!!名刺を持って学校の共済の営業をしている私の「どうしたの?」の質問攻めを想像する時、リスクを最低限にするために夫の姓を名乗り続ける事にしました。まだ若い弁護士は実家に戻らないんですか?どうして嫌になった夫の姓を使うんですか?などなど・・そのたびに目を丸くして「えぇ・・そういうもんなのですか?」と...人生第3章がはじまる。

arrow_drop_down

ブログリーダー」を活用して、sofiaさんをフォローしませんか?

ハンドル名
sofiaさん
ブログタイトル
頑張らない生き方
フォロー
頑張らない生き方

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用