第三十七話 会釈を返した母子
「もう20年以上前の話だけど……」と、Sは語り始めた。 当時、音響の仕事をしていたSは、地方公演のスタッフとして全国いたるところに飛び回っていた。中でも広島には何度も訪れたそうだ。 ある時、いつもの宿が取れず、数名のスタッフがホテルに泊まることになった。Sは役者Oと相部屋になった。相部屋とは言っても、その部屋は6畳間がふたつあったので、ゆったりできると、少し嬉しかったそうだ。 その夜、仕事が終わり、いったん部屋に引き上げたSは、強い眠気に襲われた。そんなに疲れたわけでもないのだが、知らず知らず疲れが溜まっていたのかもしれない。少し横になることにした。 ふと気がつくと、隣の部屋から人の気配がした…
2020/07/29 13:05