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Misao's bible diary https://vitaminp81.hatenablog.com/

艱難期前携挙説とディスペンセーション主義、イスラエルと教会の一貫した区別、ユダヤ的字義通りの解釈は、本当に正しいのか?これらの神学の真偽以上に、自らを正しいと主張することの問題点について触れています。

Misao
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2020/06/10

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  • 思考コントロールを感じるメッセージ

    聖書塾を卒業された方が、完全に中川氏と同じ解釈かというと、そうではないことがわかってきました。ハーベストタイム(以下HTM)での学びを足台として、さらにご自分の見解を展開されている方が一定数おられるということをお見受けします。というのは、いつまでもHTMから学び続ける信徒を作るのではなく、イエス様の直接の弟子作りをHTMは目的としているため当然で、その意味では成功者のようです。それゆえHTMの解釈に異論を投げかけたところで、「いや、それについては今私は中川師と別の解釈をしています。」状態で、相手のいないところに異論の矢を放っていることもあったのかもしれません。 そうした中でも、リーダーとなった…

  • 教会にもたらす問題の経緯の共通点

    ハーベストタイムについての話題を続けます。私が都合よく勝手に被害者になっているだけだ、と冷ややかな見方をしている方もおられるかもしれません(もちろん読者さんや、フォロワーさん以外にです)。 また、ハーベストタイム(以下HTM)が教会に分裂をもたらしているという事について、全く見たり聞いたことがない方々にとっては、『私はそうは思いません』と答えるのは当前だと思います。当事者になってみなければ見えてこない側面というのも事実だからです。 しかし、私自身の身に起こったことを勇気をもってブログで証させていただいた結果、実際に問題にあわれた複数の教会から直接ご連絡を頂くようになりました。もちろんここで詳細…

  • 牧師として、人々を一つの社会的思想へ導く事について

    ご覧になられている方も多いでしょうか。 ハーベストタイムの動画をチェックする事はしなくなっていましたが、新チャンネルについての噂をお聞きし、拝見することにしました。 さまざまに存在する聖書解釈のうちのごく一部の解釈を社会現象にそのままあてはめ、「光の国であるアメリカに、必ず神の喜ばれるリーダーが誕生すると信じる」このように動画の中でつぶやく中川牧師。 光はアメリカ、闇はタリバンを始めとする武装組織によるアフガニスタン、という単純二極化思想。そこには、なぜタリバンのような組織が誕生しなければならなかったのか?という彼らの社会的背景を知ろうとする考えは全く存在しないのです。個人の社会的思想は自由で…

  • 黙示録6章の赤い馬は、世界大戦と区別される未来の大艱難時代の戦争を指しているのか?

    前回は、信者への安息が携挙によって再臨の裁きより先に与えられるものではないことを、Ⅱテサロニケ1:7の、苦しみと安息の報いは炎の中に御使いたちとともに天から「現れ」(602apokalupsis)る時に起こるという聖句を通して指摘しました。 また、再臨によって与えられる信者への報いを、携挙によって天で待っているのでもないことをⅠテサロニケ4:17の、引き上げられた瞬間から主とともにいるという安息の希望との矛盾から指摘しました。 イエス様は勿論聖書記者たちでさえ、私たち信者が望むべきは空中再臨による携挙ではなく、キリストの目に見える形での再臨であると語っています。 Ⅰペテロ1:13「キリストが『…

  • さばき主は二度「戸口」のところまで来られるか?

    ごぶさたしてしております。 いつも”○○休み”は家族ファーストにするのを心掛けているのであしからず…。 さて、小休止をはさみながらSNSでも話題となっていた「患難期前携挙説」について長い期間詳しく深堀りしてきました。 その一覧のリンクをここに貼ります。 艱難期前携挙説主義者が取り組む必要のある諸問題 カテゴリーの記事一覧 - Misao’s bible diary (hatenablog.com) 患難期前携挙説の何がおかしいのよ?という方はぜひともこれらの記事に対してご自分の聖書を開きながらじっくりと向き合ってみていただきたいと思います。 以前もお伝えしているのですが、私はその人自身が患難期…

  • 花嫁が亜麻布をまとって用意ができたと宣言されるのが、再臨のタイミングであるという問題(4-2)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その4-2

  • 栄光の体を持っていない人々が千年王国に入るという問題(4-1後半)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その4-1(後半)

  • 栄光の体を持っていない人々が千年王国に入るという問題(4-1前半)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その4-1(前半)

  • 患難期前携挙説は、信者への裁きについて他の携挙論の説明よりも優位性があるか(3-3後半)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その3-3後半

  • 信者へ(キリストの御座)の裁きはⅠコリ3:10-15、Ⅱコリ5:10等と矛盾なく説明可能か(3-3前半)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その3-3前半

  • マインドコントロールにみる共通点~その3~

    マインドコントロールを解く鍵についての共通点

  • マインドコントロールにみる共通点~その2~

    ”現実世界は白か黒か、善か悪かの二者択一”となるカルト的心理について

  • マインドコントロールにみる共通点

    どうして多くの人がハーベストタイムミニストリーズ(以下HTM)にひきつけられていくのか。 自分の経験を分析してみるという方法によって、そこに確認できた手法をみていこうと思います。 思うところがあって、私は『マインドコントロールの恐怖』という本を手にしています。 そこには、マインドコントロールに自分だけはかからないと思っていることは危険であり、誰もがマインドコントロールにかかる可能性があるという現実を以下のように忠告してくれています。 ”人々は、カルトの犠牲者を見ると、よくまちがってこう言う。「なんと弱い精神の持ち主なんだろう。あの人は自分の責任から逃避して、自分の人生を他人にコントロールしても…

  • 患難期の「聖徒」に対する聖霊の様々な約束は例外的か(3-2)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その3-2

  • 火のバプテスマ

    火のバプテスマとは何でしょうか。 私たちはそれを受ける様に召されているのでしょうか。それともそこから逃れて守られるのでしょうか。

  • 教会の奥義

    エペソ書によると、夫婦がその型として示されているように聖霊を通してキリストと一体となり、教会がキリストの命に満ちあふれるようになること、これこそ教会の奥義です。

  • 信仰の成長~神学の一人歩き~

    『聖書研究によって信仰が成長する』という考えは、全く別の終着点に行き着く危険性があります。

  • 和解

    私たちクリスチャンは、分裂ではなく和解の務めを委ねられています。 和解の道とは何でしょうか??

  • キリストの身体を引き裂くものとは

    五つのカルトの特徴 カルト性の一体何がいけないのか?を問い直します。

  • 教会で起こっている問題の事例・普遍的教会とは

    今まで教会は何故、日本全国あちこちでハーベストタイム(以下HMT)によって引き起こされている問題を表面に出さなかったのか? その理由は第一に、HMTに関わる兄弟姉妹が責められないようにするためです。 "彼らが気付いた時に、教会に帰ってくる道を閉ざしてはならない。”その思いがあるため公にしてこられなかったのです。 また公にしたとしても、単なる批判ととられかねないということもあったかもしれません。 一方なぜ、HMTによって問題が各地の教会で複数起こっていても、それらは例外的で、問題を起こした人の霊的高慢が原因であるとして済ませられるのか。 具体的事例を知って頂き、このようなことが本当に本人の霊的問…

  • 証を読んでくださった方へ・謝罪と続証

    この証を、多くの方の目にとめていただけたのは、牧会されている先生方が今まで愛と謙遜を重んじるがために公にしてこられなかったことを、私が神学者の立場にないゆえにはっきりと言えたからなのかもしれないと思います。 多くの人の目に留まるということは、必然的に批判の的となってしまうことも、避けられないことだろうと感じます。 しかし、私の本意とは違って受け止められ、終末論の議論のために用いられることがあるなら、私の表現の仕方に原因があったのではないかと思い、改めて本意をお伝えしておかなければならないと思いました(一応本意は簡単にプロフィールに記載しているのですが…)。 ハーベストタイムによって、諸説あるう…

  • 「神の民」という概念における「教会」には特異性が認められるか?(3-1)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その3-1

  • 患難期と主の日が今にもすぐ訪れる可能性があるなら、どのように受け止めればいいか?(2-9)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-9

  • 証~ハーベストタイムミニストリーズの何が問題なのか?について~

    連載シリーズの小休止です。 ハーベストタイムの問題点が、結局何なのか分からない、という方がほとんどなのではと思います。 実際その教えの中に入っていた経験のある私が、どなたにもわかりやすくその問題点を語るようにとのチャレンジを受けました。 これは、ある教会員がハーベストタイムの働きの方に行かれてしまい、痛みを体験されたある教会の礼拝で実際にさせていただいた私の証です(コロナ禍のため代読していただきました)。 「大切な愛する兄弟姉妹が何故、自分たちの群れから去ってしまったのか?」 その疑問に的確にお答えできるものであることを願っています。 尚、同じような疑問を持たれている方、また同じ痛みを経験され…

  • 「主の日」「主イエス・キリストの日」「キリストの日」は同じ日?(2-8)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-8

  • ヨハネの黙示録とイエスの終末論について(2-7)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-7

  • オリーブ山での説教のマタイとルカの強調点の相違について(2-6)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-6

  • ダニエルの七十週の預言(2-5)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-5

  • 「主の日」と患難期の関係(2-4)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-4

  • 旧約聖書における「主の日」とは(2-3)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-3

  • 神の御怒りとは何を指しているか?それを逃れるとはどういう意味か?(2-2)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-2

  • 聖書に書かれている『患難』には区別があるか?(2-1)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その2-1

  • 再臨は2つに区別可能な出来事か?(1-3)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その1-3

  • 再臨は次に起こる差し迫った出来事か(1-2)

    患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その1-2

  • キリストの再臨=パルーシアの意味について(1-1)

    艱難期前携挙説主義者が取り組む必要のある諸問題について、検証してみました。その1-1

  • 千年王国?

    はじめに。 ディスペンセーション主義に入り込んだことが、私にとってあまりにも大きな衝撃の体験だったためか、少々振り子が触れすぎた記事を書きすぎてきたかなと、反省の念を感じています。 今回は別の話題ですが、未だに理解できない千年王国についての御言葉と、それに関連するであろう気になる箇所を取り上げてみます。 先に結論を言うと、結局は「こうかもしれないな」ということはできても、「こうです」と結論を導き出すことはできません。なので結論は書いていません。それでも、聖書の神の深さ・広さを感じることにおいて、ちょっとでも有意義なものであればと思います。 千年王国という言葉が出るきっかけになっている唯一の聖書…

  • 頑なな心(5)パリサイ人(6)真理という凶器 (7)最も大切なこと

    (5)パリサイ人 「また、みこころのままに頑なにされるのです。」ローマ9:18パリサイ人が見るからに悪者のように描かれることが多いですが、改めてどういう人なのかに気付きました。 ズバリ、私のような存在です。 傍目にはとても敬虔的で柔和で、熱心に見えた人々です。私の握っている神学は正しい!と頑なに握りしめている姿です。 (6)真理という凶器 自分の正義、自分が信じる真理を主張するあまり、相手を受け入れないという態度があるなら、真理とは時に凶器になると思います。勿論、ここは譲れないという福音理解は持っておくべきで、曲解や拡大解釈の考えを受け入れることはできません。しかし、自分が確信する真理を受け入…

  • 頑なな心(3)間違いの根本 (4)頑なな心を溶かすもの

    (3)間違いの根本神学を研究している神学者達は、なんの悪意もないはずなのです。これこそ真理だと確信して神に従い歩んでおられます。しかし不思議なことに、その研究の中に、学ぶ者の心に、学びを聞く者の心に、実に巧妙に悪魔が入り込み、罠をしかけていくと感じました。人間の持っている罪の性質(名誉欲、高慢、恐れ等…)を上手く利用されることによって、時に罠にかかってしまうのです。 まさにこの御言葉が私に迫ってきました。「違ったことを教え、私たちの主イエス・キリストの健全なことばと敬虔にかなう教えとに同意しない人がいるなら、 その人は高慢になっており、何一つ悟らず、疑いをかけたり、ことばの争いをしたりする病気…

  • 頑なな心(1)当時の思い (2)頑なにするもの

    以前 贖いの日 - Misao’s bible diary のブログの冒頭で、 『私はこのブログを、主にネット上での曲解した神学の主張によって、イエスキリストに対する純粋な信仰を刈りとられてしまった人々をイエスキリストへの純粋な信頼に回復されることを目的に書いているからです。(これについてはまた別ブログで…)』 と書き記しました。 ようやくこのことについて表現できるようになったので、連載形式で記したいと思います。 ~頑なな心~(1)当時の思い 『教会は、神がイスラエルを通してなそうとしておられる計画の全貌を知らない。 信仰に覆いをかけられている。 比喩的解釈、私的解釈、間違った神学で聖書を教え…

  • ディスペンセーション主義の影響

    ディスペンセーション主義の方々から学ぶことも多くあります。自分たちの間違いが指摘される事も多々あると思います。しかし、ディスペンセーション主義の何が危険であるか、何が間違っているかを知らなければ、間違った終末論を生み出すことは必須であり、終末論の理解が良い信仰生活を形成するために必要なのであれば尚、間違いを突き詰める必要があると感じます。 ディスペンセーション主義神学は、いわばキリスト教に撒かれた農薬のように感じています。 私たち人間の弱く細い信仰という蔦は、広がっていく先々で枯れたりもっと細くなったりしていきますが、農薬は虫から守ってその蔦を強く太くし、生き残らせる働きをします。 腐敗しそう…

  • 苦難の中から生まれる賛美

    お読み下さりありがとうございます。 あらゆる批判の溢れるネットの中に、小さな光を投げ込むつもりで書いています。応援して下さる方々に、とても励まされています。今回も日々のデポーションの中で気づかされた恵みを、お分かちしたいと思います。 私自身が「高慢で何も分からず」(Ⅰテモテ6:3)、人を傷つけ、傷ついていたからです。 今こうして聖書を通して、私自身が間違っていたと教えられたことを記すことによって、読んで下さる方の、聖書を理解する助けになれたらと祈っています。 さて、讃美といえば詩篇ですが、 「わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか。」(詩篇22:1)から始まる詩篇22篇は、ダ…

  • 刈り取り

    マタイ13:24-30には、イエスが天の御国を教えるためにに話された『畑の毒麦のたとえ話』が書かれています。 「イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。 『天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現われた。それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。「ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。」主人は言った。「敵のやったことです。」すると、しもべたちは言った。「では、私たちが行ってそれを抜き集めまし…

  • 贖いの日

    『贖い』とは一般的に『金銭や物品を差し出して罪を償うこと。転じてそれに値する行為によって罪滅ぼしすることを指す。』(by Wikipedia)と理解されています。 では聖書で使われる『贖い』がどういった意味で使われているかというと、神への犠牲を通して私たち人間の罪を償われ、永遠の命を受け取ることです。 どうして贖いが必要なのかというと、聖書でいう罪とは創造主なる神と平和の関係に無いことを意味しているからです。罪の状態のままでいることは神のいない世界を望む事であり、そこは地獄と表現されています。罪を償うために神に差し出す犠牲は最も良いものでなければなりません。しかしそれを差し出したのは私たち人間…

  • 携挙と再臨は別々の日ではない根拠~聖書から見る矛盾点~

    艱難期前に教会が天に挙げられるのだという 『艱難期前携挙説』※の矛盾に気づいたきっかけは、 『第七の御使いのラッパ』の不自然な解釈ゆえでした。 ※聖書で終末に起こると預言されている艱難時代の前に、その時点での信者(普遍的教会)が空中まで迎えに来た主イエスによって携え挙げられるという説。 ↓詳細はこちら vitaminp81.hatenablog.com 次にさらに、携挙は艱難期前に起こるのではないと確信を得た御言葉が二つあります。 それは、 ①「会う」Ⅰテサロニケ4:17と、 ②「来臨(再び来られること)」Ⅱテサロニケ2:8、Ⅰテサロニケ4:15 ということばです。 ①「次に、生き残っている私…

  • これらすべてのことから逃れ…

    次はルカ21:33-36を、主義・神学を通してではなく、聖書そのものを裸眼で読むことをしていきたいと思います。「この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。 あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。 その日、全地の表に住むすべての人に臨むからです。 しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」(ルカ21:33-36)この箇所の「やがて起ころうとして…

  • 主の日 (追記あり)

    「主の日」 とは何なのかを、聖書から読み取ってみましょう。「 しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。このように、これらのものはみな、くずれ落ちるものだとすれば、あなたがたは、どれほど聖い生き方をする敬虔な人でなければならないことでしょう。そのようにして、神の日の来るのを待ち望み、その日の来るのを早めなければなりません。その日が来れば、そのために、天は燃えてくずれ、天の万象は焼け溶けてしまいます。 しかし、私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいま…

  • フィルター(前提)

    一番最初の記事に、私がディスペンセーションの矛盾に気付いたきっかけは、艱難期前携挙説であったことを書きました。その艱難期前携挙説の矛盾に気づいたみことばは、「第七のラッパ」に関するいくつかの箇所でした。しかし、その箇所を目の前に置き、艱難期後携挙説に立つ方の反論を聞いても、全く指摘されるような矛盾を感じなかったのです。これはある意味恐ろしいマインドコントロールのようなもので、自分の立っている前提が絶対に正しいというフィルターを持っていたからだと後で分かるようになりました。 同じように、迷いこんでいる方がこのブログを見ていらっしゃるなら、ここでそのフィルターを明らかにすることで、気付くきっかけに…

  • 本当の蛇(悪魔)の罠

    創世記3章の、エバに対する蛇の欺きの記事を思い出して頂けるでしょうか。蛇は神が全能であることを知っていました。人間も、全能である神を信頼していました。ですから、蛇が神の全能性を否定することによって神への信頼を揺るがすことなど到底できませんでした。 しかし、全能な神に信頼している人間を欺かせる方法が一つだけありました。 それは、神の『業』を否定することです。 「そこで蛇は女に言った。『あなたは決して死にません』」(創世記3:4) 「『それを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。』」(創3:5)蛇は全能である神の『業』(約束…

  • イスラエルと教会の一貫した区別への疑問

    艱難期前携挙説の疑問点を先に取り上げてきましたが、ディスペンセーション主義の中心であるイスラエルと教会の一貫した区別にも、疑問を抱き始めました。 ※イスラエルと教会の区別は新約聖書にも見られますが、贖われて一つの神の民とされた以上、その区別に固執する必要があるでしょうか。つまり、神の真実さの証明の為に、『艱難前携挙によって教会は天に挙げられ、不信仰なイスラエルは残される』といったシナリオが、果して必要かどうかです。私たちの信仰のよりどころはどこなのでしょうか?(※追記2020.5/26) これも聖書の御言葉を照らし合わせて見ていきます。 出エジプト記19:5-6 「今、もしあなたがたが、まこと…

  • 苦難と忍耐について

    【私たちを艱難に合わせることは、主の御心に反することでしょうか】 「艱難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと…」(ローマ5:3-5) 「兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。…望みを抱いて喜び、艱難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。」(ローマ12:10) 「彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。」(ヨハネ17:15) 「こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が…

  • 不法の人の出現への忠告

    テサロニケの手紙は、パウロが、テサロニケのクリスチャンを励ますために書かれたものです。艱難期前携挙説によると、信者が天に引き挙げられたあとに不法の人(反キリスト)が到来することになっています。しかし、艱難の前に天に引き挙げげられるという信仰があるなら、なぜ天に挙げられた後に起こるはずの事を、テサロニケのクリスチャンに手紙で知らせているのでしょうか? Ⅱテサロニケ2章には、不法の人(反キリスト)が神殿にどのように現れる状況について詳しく説明し、気をつけるように警告を発しています。不法の人が現れる前に天に挙げられるなら、どうしてこの忠告をわざわざする必要があるのでしょうか? Ⅱテサロニケ2:1-1…

  • 見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて…

    黙示録の最後22:12を見てみます。「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて…報いよう。」と、書簡をとじています。緊急性を持って伝えるべきことを最後にもう一度伝えています。 次に、黙示録1:1を見てみます。黙示録は、「イエス・キリストの黙示。この黙示は、神が、すぐにも起るべきことをその僕たちに示すため」(1:1)に書かれました。 「すぐにも起こるべきこと」を伝えているので、次には「主は報いを携えて」「すぐに来る」のです。 「報い」とは何ですか? 聖書のいう「報い」とは単に信者に与えられる安息や報酬だけを意味するのではなく、不信者に対する裁きの側面をも意味しています。ローマ2:6には、「神は…

  • みことばから問題の本質を読み解く

    【御言葉に基づいた、『ハーベストタイム・ミニストリーズの問題の本質』について】 ●「正しい聖書解釈」という剣を投げ込み、教会を目覚めさせようとするところに平和はなく、むしろ痛みを与えていると思います。→「あなたがたと、私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたい。」ローマ1:12「互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず…自分こそが知者だなどと思ってはいけません。」ローマ12:16 「平和を保ちなさい」ローマ12:18「義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。」ヤコブ 3:18 平和との対局に 「肉の行いは…党派心、分裂、分派」ガラテヤ5:19-20●地上の教会…

  • 全世界に臨もうとしている試練の時に、あなたを防ぎ守ろう

    艱難期前携挙説の根拠とされている最も力強い御言葉に黙示録3:10があります。 黙示録3:10「全世界に臨もうとしている試練の時に、あなたを防ぎ守ろう。」(口語訳) もし、このみことばが艱難期前携挙説が正しいということの証明になり得たとしても、周知の通り、たった一つの御言葉の解釈から一つの答えを導きだすのは賢明ではありません。他の聖書箇所全体との調和を持った解答を導きだすべきでしょう。 私の見解では、パウロ書簡やイエス様ご自身のことばから、艱難期前に私たちを天に引き上げるために迎えに来る、というメッセージは見えてこないのです。 黙示録3:10の「全世界に臨もうとしている試練の時に、あなたを防ぎ守…

  • 携挙の日=終わりの日?

    もう一度、第Ⅰテサロニケ4:15-5:3を読んでみましょう。 「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いな…

  • 字義通りに読む「ラッパ」について

    第Ⅰテサロニケ4:15-17を読んでみてください。 「主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。」 これは携挙を教えている御言葉ですね。第Ⅰテサロニケ4:16 「…

  • 再臨の様子については、誰に向けて書かれてあるか

    最初に艱難期前携挙説が御言葉と矛盾していると感じましたが、そこだけを受け入れなければ、ディスペンセーション主義を引き続き信頼していこうと思っていました。しかし、ディスペンセーション主義者は、100%艱難期前携挙説を採り、ディスペンセーション主義は、必ず艱難期前携挙説に行き着くということがわかってきました。 HTM(ハーベストタイム・ミニストリーズ)の資料によると、マタイ24からのオリーブ山の説教は、あらゆる時代の人たちに対する適用を持っていると書いているようです。 つまり、イエス様が語られた再臨の様子は、大艱難時代をくぐり抜ける信者に対して適用があるという立場です。 ということは、ダニエル7:…

  • ハーベストタイムミニストリーズと出逢って

    【ハーベストタイム・ミニストリーズとの出会いを通して私が経験したこと】 【ハーベストタイムの主張すること】 ・ハーベストタイム(以下HTM)は、「ユダヤ的・字義通りの解釈と、教会とイスラエルの一貫した区別」を中心にしており、「これこそ正しい主義・解釈であり、教会はそう教えていない」と主張しています。 そして、「聖書研究なしに信仰の成長はあり得ない」「聖書の神を知ることなく、どうして神に信頼できるのか」「正しい聖書解釈によって霊的覚醒が起こる」と訴えています。 ・イスラエルこそ神の計画を読み解く鍵であり、教会にはイスラエル論が欠けていると指摘し、終末論を正しく理解することこそ、豊かなクリスチャン…

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