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ブログタイトル
父が遺した宿題  ~人生を旅する ハートの半生記~
ブログURL
https://ladli.blog.fc2.com/
ブログ紹介文
人生の様々な出来事を通じ、私自身に起こった“内なる変化”をたどってみます。それは「生きるとは」を見ていく作業。皆さんも、ご自分の人生を振り返りながら読んでいただき、ご自分にとっての「生きるとは」を見つめるきっかけになれば幸いです。
更新頻度(1年)

14回 / 34日(平均2.9回/週)

ブログ村参加:2020/04/24

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ハンドル名
Ladliさん
ブログタイトル
父が遺した宿題  ~人生を旅する ハートの半生記~
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14回 / 34日(平均2.9回/週)
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父が遺した宿題   ~人生を旅する ハートの半生記~

Ladliさんの新着記事

1件〜30件

  • [3-1] 父と母のこと その1

    「前のページ[2-4] ターニングポイント」から続く→ 25歳、11月の両親の死から、私の人生の第二幕が始まる。 それまでなんとなく当たり前に受け入れてきていた、両親の価値観、ものの考え方を、見直す作業が始まるのであった。 そもそも何故、両親は二人で自死する道を選んだのか、ということを知りたかった。 ほんとのところは、わかりっこないのだけれど、自分なりに、その理由を見ていきたい気持ちにかられた。 まず、私か...

  • [2-4] ターニングポイント

    「前のページ[2-3]一番の関心事」から続く→実は、両親が亡くなる前から少しずつ「生きること」への探求の兆しは現れてきていた。そのきっかけは結婚であった。 学生時代から付き合っていた主人と結婚したのは、23歳の時。 大学を卒業してから就職したエステの会社を10か月で辞めて、結婚し、専業主婦となった。 なぜそんなに早くに結婚したのかといえば、単に仕事を辞めたかったから。仕事を辞めたかった理由は後述するが、仕...

  • [2-3] 一番の関心事

    「前のページ[2-2] 運命の出会い」から続く→ 「生きることってどういうこと?」 小学校四年生の頃、母に聞いた覚えがある。 「生まれてくるだけでも凄いことなんだよ」 と言われたが、(答えになってないじゃん)と、納得できなかった。 私が知りたいことを知っている大人は、どうやら身近にはいないようだと、この頃なんとなく感じていた。 夜になれば、果てが無いという宇宙に思いを馳せ、昼間はお日様の温もりの中で日向...

  • [2-2] 運命の出会い

    「前のページ[2-1] 心に決めたこと」から続く→ 母の遺書に、「仕事は辞めないで続けるように。気持ちが紛れるでしょうから」と書かれていた。 その頃私は、横浜でフェイシャルのお店をやっていて、毎月一週間、豊川にも出張していた。遺書には、「豊川での仕事のことは、Aさんに頼んでおいたので」と書いてあった。 (そんなこと頼まれても、Aさんだって困るだろうに)と思っていたのだが、当のAさんが、「うちで仕事したら...

  • [2-1] 心に決めたこと

    「前のページ[1-7]赦し」から続く→ 両親を突然亡くして、まず最初に起きた私の変化。それは、夜床に就いた時に一日を振り返り、「人に伝え残したことがないようにしよう」という、人への接し方についての変化だった。 それまでの私は、人に気持ちを素直に伝えることが苦手だった。それは関係性が近ければ近いほどそうだった。 23歳で結婚した時には最たるもので、両親に「今までお世話になり、ありがとうございました」なんて...

  • [1-7] 赦し

    「前のページ[1-6] 念書」から続く→ 頭では、4人も子供がいるおじさんの切羽詰まった状況を理解しながらも、そんなおじさんを赦すことができなかった。 しかし、そんな自分自身に対しても嫌気がさしていた。人を赦せないでいる気持ちを抱えたまま生きるのは、決して気持ちのいいものではなかった。 そして、輪廻転生があると思っていた私は、おじさんとの関係を来世に持ち越したくないと思った。 そこで私は、毎晩寝る前にお...

  • [1-6] 念書  

    「前のページ[1-5] 豹変したおじさん」から続く→ おじさんは横浜から葬儀に駆けつけて来ていた。 苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 私は一言も話さなかった。自分の中の釈然としない気持ちが残ったままだったから。 おじさんが父に対してしたことを聞いたのは、私が横浜に戻ってからのことだった。 おじさんと父は、おじさんが持っている土地を担保に、銀行からお金を借り、一緒に事業をしようとしていた。 その時おじ...

  • [1-5] 豹変したおじさん

    「前のページ[1-4] 遺体との対面」から続く→ 両親の友達の優しさ、思いやりに触れ、人間の素晴らしさを肌で実感する一方、私にとっては、辛く感じる出来事もあった。 それは、私が親しくさせてもらい、可愛がってもらっていた、遠い親戚のおじさんのこと。 そのおじさんと父は、バブル経済全盛期に、一緒に事業を始めようとしていた。それは私が大学生の時で、私は、そのおじさんが店長として、父と一緒に始めた洋食屋でアルバ...

  • [1-4] 遺体との対面

    「前のページ[1-3]葬儀」から続く→ 自分でも不思議だな、と思ったのが、初めて両親の遺体と対面した時のことだった。 変わり果てた姿を見て、動揺してもよさそうなものなのに、そんな心情には全くならなかった。 その亡骸は、私にとっては、両親の魂が抜けた単なる物体でしかなかった。(これはもう両親じゃない)という思いがあり、ドラマで見るように、泣きすがるなんて気持ちには全くならなかった。 これはどうしたものか...

  • [1-3] 葬儀

    前のページ「[1-2]愛知県の実家で」から続く→ 両親の自死についての記事が、新聞に載ってしまったせいか、お通夜、お葬式、それから私達が帰るまでの間、母のお友達が入れ替わり立ち替わり来てくれた。ご飯を作って持ってきてくれることもあり、とても助けられた。 豊川に親族は誰もいなかったが、お陰様で、私達は孤独を感じることなく過ごすことができた。 東京から駆けつけた母の妹を最寄りの駅まで出迎えに行くと、真っ赤に...

  • [1-2] 愛知県の実家で

    前のページ「[1-1]深夜の電話」から続く→ 私が住んでいた横浜から豊川まで、夜中だったこともあり、4時間ほどで到着した。 豊川の実家に着いた時、そこにはまるでドラマの撮影現場のような光景が広がっていた。黄色と黒の立ち入り禁止のテープが家の周りに張り巡らされ、パトカーが何台も止まり、警察官が何人もいた。 「この家の者です」 と警察官に告げ、家の中に入る。家の中は、物々しい雰囲気だった。 その時はまだ、第...

  • [1-1] 深夜の電話

    「はじめに」 から続く→ 滅多に鳴らない家の電話の呼び出し音を、眠りの中で遠くに聞いた。時計を見ると夜中の2時を回っていた。 「こんな時間に誰だろう?」 寝ぼけまなこをこすりながら電話に出る。 「はい、工藤です」 「落ち着いて聞いて…」 電話の向こうは、ただならぬ気配の弟の押し殺した声。 「うん、なに?」 「お父さんとお母さんが、死んだ」 「………」 「今、豊川から電話があって、これからそっちに向かうか...

  • はじめに

     これから、これまでの私の歩みを書いてみようと思う。 出来事を追いながら書いていくが、様々な出来事を通して変化していく、私の心の内側の動きを追う試みだ。そして、私にとっての「生きるとは」を見ていく作業でもある。 皆さんも、ご自分の人生を振り返りながら読み進めていただき、ご自分にとっての「生きるとは」を見つめるきっかけにしていただければ幸いだ。Ladli →本編のはじまり「[1-1]深夜の電話」へ続く...

  • 演奏動画

    ← トップページへ【織りなす糸】ゆう琴 自作曲【懐かしき】ゆう琴 自作曲【どんなときにも】ゆう琴 自作曲【僕らしく】ゆう琴 自作曲...

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