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雨男と晴女さんのプロフィール

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ブログタイトル
小さい夫婦の旅日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/mini-fuuhutabi
ブログ紹介文
160cmの雨男と150cmの晴女の夫婦の旅日記。 ラックと名づけた軽自動車で 日本100名城スタンプラリー制覇をめざし、国内を周っています。 2008年から始めた国内旅行。 訪れた観光名所を夫婦共同作業でアップしていきます。
更新頻度(1年)

230回 / 365日(平均4.4回/週)

ブログ村参加:2019/10/26

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ハンドル名
雨男と晴女さん
ブログタイトル
小さい夫婦の旅日記
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230回 / 365日(平均4.4回/週)
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小さい夫婦の旅日記

雨男と晴女さんの新着記事

1件〜30件

  • 西光院にいきました(茨城県石岡市)

    関東の清水寺と言われている西光院を目指します。山道を登り、静かな所にありました。トイレに行きたい雨男さん。トイレを探しながら奥に進みます。思いのほか、参道は短く、すぐ本堂(1791年築茨城県指定文化財)が見えました。関東の清水寺と呼ばれていて、断崖絶壁に建てられています。京都の清水寺と同じ懸造だそうです。高い所が苦手な雨男さん。更にトイレに行きたくなります。しかし、境内にトイレは見当たりません。人の気配もないので、社務所っぽい所にも入れません。ここは諦め、次の所まで我慢することになりました。山道を下って行くのでした。←前の観光地土浦城/次の観光地善光寺楼門→◆メモ訪問日:2009年4月住所:茨城県石岡市吉生2734所要時間:20分駐車場:ありその他①いつでも見学可西光院にいきました(茨城県石岡市)

  • 土浦城にいきました(茨城県土浦市)

    朝8時半前。土浦城近くの駐車場に到着しました。雲一つない良い天気です。満開の桜も見れそうです。これもすべて晴女さんのおかげです。まず最初に旧前川口門が登場しました。1862年築の土浦市指定文化財です。晴女さんが写ってしまたので、もう1枚撮る雨男さん。今度は説明板を読む晴女さんが写っていました。水堀&二の丸太鼓門(1656年築)と桜キレイに撮れるアングルに試行錯誤の雨男さん。恒例写真をしようとした晴女さんは、待ちくたびれて先に進んでしまいました。本丸で桜と一緒に記念写真。昭和なポーズが様になります。西櫓&東櫓(1998年復元)西櫓は1949年の台風で倒壊してしまい、解体保存されていました。それを1990年に、当時の材料を使用し復元されたそうです。そんな雨男さんの説明に興味を持たない晴女さん。桜の花びらをキャッチし...土浦城にいきました(茨城県土浦市)

  • 茨城日帰り旅行(2009年4月)

    2009年最初の旅行は日帰りです。晴女さんの所用で茨城へ向かいます。用事は午後から。早朝に茨城に着くようにし、午前中観光します。ハードスケジュールですが、頑張って観光します。まずは土浦城からです。★今回の観光地土浦城茨城日帰り旅行(2009年4月)

  • 浜松城にいきました(静岡県浜松市)

    まだ時間があります。「もう1つくらい行けるだろう」ということで浜松城に向かいました。市役所の有料駐車場に止めました。予定外の所なので、どこに何があるのか、サッパリわかりません。とりあえず天守閣を目指します。石垣の階段を登ると、すぐ本丸跡に着きました。とても小さな石碑と徳川家康像を発見。雨男さんは野良積みされた石垣が気に入ったようです。天守曲輪&井戸天守閣に到着します。晴女さん、思いっ切りあくびをしたところ、犬の散歩をしている人と重なり、晴女さんが犬の散歩をしているみたいになりました。天守閣は現代に再建された資料館です。ここの特徴は天守地下に井戸があることです。家康公お手植えのみかんの木がありました。これで一通り見れたと思います。晴女さんは一足早く駐車場に戻っていきます。階段を降りる晴女さんの姿を面白いと思ってい...浜松城にいきました(静岡県浜松市)

  • 新居関跡にいきました(静岡県新居町)

    本来の予定では長篠城が最後の観光地でした。しかし時刻はまだ11時前です。このまま帰るのはもったいないので、時間が余ったら行こうリストに載っていた新居関跡に向かいました。静岡県に入り、到着しました。晴女さんが写り込んできます。晴女さんをどかし、もう1枚撮ります。新居関跡(今切関所)は東海道の関所の1つで、全国的にも珍しい関所建物が残る関所です。国の特別史跡に指定されています。これが1855年築の関所建物です。財布をしまい、中に入ろうとする晴女さん。建物の前で記念撮影。荷物石や石碑を撮り、晴女さんの後に続きます。荷物石は旅人の荷物を取り調べるときに置いていた石です。石碑は雨水を外に流すための石です。石碑はお城でもチラホラ見かけます。建物内は意外と広く、役人の人形がズラリと並んでいました。箱根関所で見た関所の武器もあ...新居関跡にいきました(静岡県新居町)

  • 鳥居強右衛門磔死之趾にいきました(愛知県新城市)

    案内板に従って進んで行くと畑に挟まれた田舎道みたいなところを走り始めます。引き返すわけにもいかず、進むしかありません。畑の隅っこに鳥居強右衛門磔死之趾がありました。ここで鳥居強右衛門が長篠城に向かって「援軍が来る」ことを叫び、武田方に殺されてしまう長篠の戦の名シーンの場所です。今は木がたくさん生えて、長篠城が見えづらいのが残念ですが、強右衛門の心境を想像し、1人胸が熱くなる雨男さん。晴女さんに概要を説明し、どのシーンのことかなんとなく思い出したようです。見終わり、元の道に戻らないといけません。まずは車を切り返します。畑に落ちないよう、晴女さんが車外から指示し、小刻みに切り返しを行います。こういうとき軽自動車は便利です。無事に方向転換を終え、畑道を脱出し、次の目的に向かいます。←前の観光地馬場信房のお墓/次の観光...鳥居強右衛門磔死之趾にいきました(愛知県新城市)

  • 馬場信房のお墓にいきました(愛知県新城市)

    長篠城の駐車場に戻り、川の向こうにある鳥居強右衛門磔の地を目指します。移動中、雨男さんが急に進路を変えます。馬場信房のお墓の看板を見つけたようです。駐車場はなく、路肩に車を止めます。お墓は見飽きた晴女さんが車内で待機します。一っ走りする雨男さん。マンションの敷地の奥にポツンとありました。武田信房(信春)のお墓武田信玄を支えた武田四天王の1人。武田勝頼を逃がすため、殿を務め、ここで討死したそうです。雨男さんが好きな武将の1人です。車に戻ってきた雨男さんは、とても嬉しそうでした。←前の観光地大通寺/次の観光地鳥居強右衛門磔死之趾→◆メモ訪問日:2008年11月住所:愛知県新城市長篠西野々51-1所要時間:5分駐車場:なしその他①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・長篠城、大通寺、鳥居強右衛門磔死之趾馬場信房のお墓にいきました(愛知県新城市)

  • 大通寺にいきました(愛知県新城市)

    長篠城からする着きました。旅の疲れが溜まっているせいか、晴女さんはこの階段もきついそうです。雨男さんのお目当てはこの井戸です。盃井戸武田家家臣の馬場信房、山県昌景、土屋昌次が、長篠の戦に挑む前に別れの水杯を交わしたと伝わっている井戸です。雨男さんは十分満足したようです。←前の観光地長篠城/次の観光地馬場信房のお墓→◆メモ訪問日:2008年11月住所:愛知県新城市長篠市場51所要時間:5分駐車場:あり(長篠城の駐車場)その他①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・長篠城、馬場信房のお墓、鳥居強右衛門磔死之趾大通寺にいきました(愛知県新城市)

  • 長篠城にいきました(愛知県新城市)

    長篠の戦の跡地、設楽原から車で約10分。長篠城に着きました。意外と離れているんですね。本丸内にある駐車場に車を止めます。それなりに人がいました。さっそく長篠城址史跡保存館に入ります。設楽原歴史資料館で共通券を買ったので、お金は払いません。さっそく100名城スタンプを押します。血染めの陣太鼓や城門の扉などが展示されています。展示品を見ていると、見たことがある人がいました。設楽原歴史資料館と馬防柵で会った熟年夫婦です。やっぱり見学ルートは同じなんですね。勝手に感動の再会を果たし、保存館を出ます。ちょうど観光バスが来て、団体さんがやってきました。保存館に入っていきます。団体さんが出てこないうちに城跡を見学します。本丸跡線路で城内が分断されています。線路の向こう側が物見櫓跡でした。土塁帯郭跡&内堀何とか団体さんが出てく...長篠城にいきました(愛知県新城市)

  • 長篠の戦い跡地にいきました(愛知県新城市)

    旅行3日目、最終日です。まず最初は長篠の戦いの地、設楽原に向かいます。目的地は設楽原歴史資料館です。8時40分過ぎに着きました。開館は9時からです。雨男さんは、この後見に行く古戦場跡を眺め、晴女さんは盛り上がっているところを歩いて時間を潰しています。9時になり、中に入ります。この後行く長篠城址史跡保存館との共通入場券を買いました。私たち以外に、熟年夫婦が1組います。どちらかが雨男さんと同じ趣味で、どちらかが晴女さん同様、付き合わされているんだろうと思う晴女さん。資料館で案内図をもらいました。この地図をもとに武田家武将たちのお墓を見ながら、馬防柵を目指します。雨男さんは大好きな山県昌景のお墓の行き方を資料館の人に聞いていました。まずは資料館近くにある武田勝頼公指揮の地とその脇にある内藤昌豊のお墓から。横田綱松のお...長篠の戦い跡地にいきました(愛知県新城市)

  • 桶狭間古戦場公園にいきました(愛知県名古屋市)

    2つ伝わる桶狭間の戦いの跡地の2つ目に来ました。本日、最後の観光地です。跡地は公園として整備されています。駐車場がありませんが、隣にスーパーがあります。見学後、ここで夜ご飯を買うことにし、止めさせてもらいます。桶狭間古戦場公園今川義元のお墓義元の首を洗ったと伝わる泉もありました。義元首洗いの泉さっき桶狭間古戦場跡で見かけた人がいました。目的が同じだとこういうこともありますね。きっと向こうの人も同じことを思っているんでしょう。見学後、スーパーで夕食を買います。2人ともお寿司を買いました。雨男さんは握り寿司、晴女さんは巻き物です。おつとめ品なのでお買い得です。食にこだわらない2人はこういう所で節約しています。←前の観光地桶狭間古戦場跡/次の観光地長篠の戦い古戦場跡→◆メモ訪問日:2008年11月住所:愛知県名古屋市...桶狭間古戦場公園にいきました(愛知県名古屋市)

  • 桶狭間古戦場跡にいきました(愛知県豊明市)

    桶狭間の戦いの地に行きたいと思います。お城やお寺、神社に加え、合戦城の跡地まで行くようになりました。桶狭間の戦いの跡地は2ヶ所伝わっており、その1つが高徳院です。境内が今川義元の本陣跡です。坂道を下り、向かいの公園みたいなところが桶狭間古戦場跡です。今は地元の憩いの場みたいなところでした。隅っこに今川義元のお墓がありました。これだけ見れれば十分です。もう1つの古戦場に向かいましょう。駐車場に戻ります。晴女さんは「坂道を登るのが面倒くさい」と言うことで雨男さん、1人で車に行きます。その間、晴女さんは坂の下で待っています。待っているとき、門が自動で開きました。どうやら高徳院の人が車で出かけるみたいです。この仕組みに感激した晴女さんは、門を撮影してしまいました。その頃、雨男さんが車で降りてきて、何事もなかったかのよう...桶狭間古戦場跡にいきました(愛知県豊明市)

  • 熱田神宮にいきました(愛知県名古屋市)

    七五三のお祝いで賑わう境内に場違いな2人が入ります。あまりの人の多さに境内散策を諦め雨男さんが見たい信長塀だけを見ることにしました。織田信長が桶狭間の戦いに挑むとき、ここで先勝祈願をしたと言われています。勝利後、そのお礼として寄進した塀がこの信長塀です。チェッカー晴女さんが入念にチェックしています。あれだけ人がいたのに、信長塀には私たちのみ。少し寂しい気がしました。再び人混みをかき分け、駐車場に戻ります。途中、とてもいい匂いがしました。きしめんの匂いです。食べたかったのだが、お腹が空いていません。お土産用のきしめんが売っていたので、普通のと味噌味をそれぞれ2食ずつ買い、熱田神宮を後にしました。←前の観光地源頼朝誕生地/次の観光地桶狭間古戦場跡→◆メモ訪問日:2008年11月住所:愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-...熱田神宮にいきました(愛知県名古屋市)

  • 源頼朝誕生地にいきました(愛知県名古屋)

    次の目的地は熱田神宮です。近くに来たはいいが、駐車場がわからず熱田神宮の周りをグルグル走っています。1ヶ所だけ不思議な渋滞があり、そこが駐車場だったようです。結構待ち、やっと止められました。周りを見渡すと七五三の家族連れがたくさんいます。渋滞の原因はこれでした。この中に混じると、私たちはかなり浮ています。まずは熱田神宮近くにある源頼朝誕生地に向かいます。駐車場を探しているときに、見かけたので大体の場所は把握しているので、迷わず着きました。源頼朝誕生地見れれば満足です。熱田神宮に戻ります。来たところに戻るのは嫌なので、どこかから入れるだろうと違う道で戻りました。しかし、なかなか入れず半周くらい歩いてしまいました。これで晴女さんの体力は半分以下になってしまいました。←前の観光地名古屋城/次の観光地熱田神宮→◆メモ訪...源頼朝誕生地にいきました(愛知県名古屋)

  • 名古屋にいきました(愛知県名古屋市)

    名古屋城の地下駐車場に車をとめ、階段で地上に出ます。しかし100名城スタンプ帳を忘れたため、再び戻ります。エレベーターがあったので、今度はエレベーターで地上に出ました。券売機には多くの人が並んでいました。職員の人が「今、特別展を開催していて観覧料とセットで購入できます」というアナウンスをすると、一斉にガヤガヤし始めました。どっちを買うか決めているようです。私たちはセットは買わないので、この隙に購入。正門(榎多御門復元)からお城に入ります。お城はかなり広そうですが、高低差はなさそうです。晴女さんにはありがたいお城です。入ってすぐ西南隅櫓(国重文)が見えました。奥には天守閣(復元)が見えます。マップを見て、天守閣を目指します。表二之門(国重文)から本丸エリアに入ります。門をくぐると、菊人形が飾られていました。虎口を...名古屋にいきました(愛知県名古屋市)

  • 清州城にいきました(愛知県清須市)

    旅行2日目になりました。連泊は朝、車に持って行く荷物が少なくて、準備が楽です。ホテルを出て、清州城に向かう途中、のど飴を買いました。晴女さんは喉が痛いみたいです。風邪じゃないみたいなので、ホッとする雨男さん。清州城に着きました。城跡は清州公園として整備されています。マップを見て、まず目の前にある清州古城跡へ。五条川を挟んだところに模擬天守閣があります。信長の野望で歴史に興味を持った雨男さん。他のお城と比べ、清州城は思い入れがあるようです。門の前に石碑があったので、恒例写真はやらずに石碑の奥から顔を出すポーズに変更。天守閣の中は資料館です。桶狭間に出陣する前の様子が再現されていたり、映像紹介があったりと、展示品より信長の紹介が主といった感じです。現存、復元関係なく、石落としのチェックは欠かせません。最上階には敦盛...清州城にいきました(愛知県清須市)

  • 犬山城にいきました(再訪)(愛知県犬山市)

    本日最後の観光地は、今年2回目の犬山城です。前回と同じ道で天守閣を目指します。岩坂門跡1回しか来ていないのに、意外と覚えているものです。お互い、懐かしさまで込み上げてきいます。天守閣(1537年築国宝)が見えました。事務所みたいなところで100名城スタンプを押します。そして喉が渇いたので、ペプシを飲み干します。押印後の1杯は格別という表情の晴女さん。石落としを見て、天守閣に入ります。天守閣から見える木曽川雨男さんは天守閣入口の石垣がある所が気に入ったようです。帰り際、また写真を撮ろうとしたところ、有楽苑同様、晴女さんが写り込んできます。そして、何事もなかったかのように、外に出て行きます。これで本日の観光は終了。来た道を下って行きます。雨男さんは門跡を撮りながら歩いていました。矢来門跡&中御門跡最後に犬山城の大き...犬山城にいきました(再訪)(愛知県犬山市)

  • 有楽苑にいきました(愛知県犬山市)岩栖門

    今年2回目となる犬山城へ向かいます。前回、迷って何回も渡った橋が懐かしく感じます。同じ駐車場に止め、まずは前回行かなかった有楽苑へ。犬山城との共通券を買い、中に入ります。室町時代築の岩栖門晴女さんの恒例写真を撮るスタンバイをする雨男さん。しかし、晴女さんは門を素通りしてしまいます。慌てて晴女さんの後を追います。門の先に旧正伝院書院(国重文)がありました。織田有楽斎の隠居所を移築してきたそうです。こちらも移築されてきた徳源寺唐門奈良にある織田家の菩提寺だったお寺の門だそうです。弘庵前で水琴窟を発見。園内全体が日本庭園のように整備されています。晴女さんは写真に割り込んだり、日本庭園らしく(?)おすまし風なポーズで写真に写ります。そして国宝の如庵の登場です。外観を上手く撮ろうと必死の雨男さん。やっと撮れたと思ったら、...有楽苑にいきました(愛知県犬山市)岩栖門

  • 円徳寺にいきました(岐阜県岐阜市)

    国道157号線の商店街にありました。車のまま境内に入っていいのか、わからなかったので近くのパーキングに駐車しました。中に入ると駐車スペースがありました。なんだか少し損した気分です。ここは楽市楽座発祥の地としてしられているお寺です。雨男さんはこれが見たくて訪れたのでした。織田信長、織田秀信(信長の孫)たちの制札です。境内の通りに向かって並んでいました。雨男さんは満足したようです。車に戻ろうとする晴女さん。しかし雨男さんは再び境内に入っていきます。まだ何か見たいようです。信長寄進の梵鐘織田塚(岐阜市の史跡)&織田秀信の剃髪塚織田塚は織田信秀(信長の父)が斎藤道三に敗れた時の戦死者を祀った塚なんだそうです。見るものリストを見終えて満足する雨男さん。そんな雨男さんを無視して、さっさと車に戻る晴女さんなのでした。←前の観...円徳寺にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 岐阜大仏にいきました(岐阜県岐阜市)

    岐阜大仏を見に正法寺に行きます。岐阜公園から歩いてすぐ着きました。ここの大仏も日本三大大仏に数えられるそうです。どうやら奈良の大仏、鎌倉大仏は確定で、残り1つは諸説あるようです。ここと前回の旅行で見た高岡大仏のどちらかが挙げられているようです。岐阜大仏(1832年造)大仏の周りを五百羅漢が囲っていました。雨男さんはのんびり眺めていたかったようですが、意外と人の出入りが多いのと、空腹を訴える晴女さんにより、長居できませんでした。←前の観光地織田信長居館跡/次の観光地円徳寺→◆メモ訪問日:2008年11月住所:岐阜県岐阜市大仏町8所要時間:15分駐車場:あり(岐阜公園の駐車場)その他①営業時間あり/拝観料有料②セットで見たい観光地・・・岐阜城、織田信長居館跡、崇福寺③日本三大大仏・・・奈良の大仏、鎌倉大仏、高岡大仏...岐阜大仏にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 織田信長居館跡にいきました(岐阜県岐阜市)

    織田信長が住んでいた館跡に向かいます。とは言え、どこにあるかわかりません。雨男さんの直感で岐阜公園内を歩きますが、見つかりません。雨男さんの適当さがよく出ています。公園内の地図を見て、場所を確かめて移動し、無事に見つけました。石垣や地形の遺構が見れますが、晴女さんはさほど興味がなく、どんどん先に進んで行きます。雨男さんは信長が住んでいたことを想像し、楽しそうに跡地を見ています。まだ発掘調査中みたいなので、調査終了が楽しみとも言っていました。もう少し園内を散策してみると織田信長像と板垣退助像がありました。板垣退助は岐阜で暴漢に襲われ命を落としたそうです。次は岐阜大仏がある正法寺に向かいます。近くなので歩いて行きます。←前の観光地岐阜城/次の観光地岐阜大仏→◆メモ訪問日:2008年11月住所:岐阜県岐阜市千畳敷下所...織田信長居館跡にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 岐阜城にいきました(岐阜県岐阜市)

    日本100名城の岐阜城へ向かいます。岐阜城ふもとの岐阜公園の駐車場に車を止めました。駐車場から見える天守閣(復元)がとても小さく見えます。「あそこまで行くのか」と憂鬱になる晴女さん。雨男さんからロープウェイで行くことを聞くとホッとしたようです。往復乗車券を買い、10時ちょうどに出発。どんどん上昇していく景色を楽しむ晴女さん。景色を眺めながら、「ロープウェイの片道券が売っていたけど、誰が買うんだろう」と思っていたらしいです。約3分で到着。ここから更に登っていきます。天下第一の門をくぐる天下第一の晴女さん馬場跡&井戸跡(金銘水)天守閣が近づいてきました。天守閣以外にも建物があるようです。雨男さんはここら辺に石垣が残っていることを事前に調べていたようです。片方は当時の石垣じゃないような気がする晴女さん。雨男さんの名誉...岐阜城にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 崇福寺にいきました(岐阜県岐阜市)

    岐阜城ふもとまでやってきました。お城に行く前に行きたい所がある雨男さん。岐阜城の床が天井となって残っているお寺です。この床には血が付いていて、血天井として有名なんだそうです。晴女さんは旅行先で血を見たいとは全く思っていませんが、着いてしまったので嫌々見学します。さっそく拝観料を払い本堂に入ります。たくさんの展示品があり、中には織田信長の書状や愛用品がありました。そして血天井を見上げます。関ヶ原の戦いの時の血だそうです。見たくなかった晴女さん。しかし天井を見上げているうちに、色々考えさせられたようです。何を考えたのか、秘密だそうですが見て良かったとのこと。外に出て境内を散策します。稲葉一鉄寄進の梵鐘室町時代の関白一条兼良寄進の中門織田信長・信忠廟所(岐阜市の史跡)2人の遺品が埋められているそうです。珍しく晴女さん...崇福寺にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 岩井山東院にいきました(岐阜県岐阜市)

    移動中、小腹が空いてきたのでセブンイレブンに寄ります。おでんを買う晴女さん。運転中、温かいおでんを食べて満足そうです。運転中の雨男さんには、汁のみ提供します。しばらくして次の目的地、岩井山東院に着きました。駐車場がなく、近くの延算寺の駐車場に止め、そこから歩きます。おでんを食べたせいか、元気な晴女さん。門がないのに恒例写真ポーズをしています。東院に着きました。雨男さんのお目当ては、小野小町が病を治したと伝わる霊水です。霊水には先客がいました。地元の方みたいで、たくさん水を汲んでいます。その方が帰りいよいよ私たちの番です。カメラ目線で記念写真。とても冷たい水でした。真夏にはいいが、11月の朝には若干厳しい冷たさでした。←前の観光地可成寺/次の観光地崇福寺→◆メモ訪問日:2008年11月住所:岐阜県岐阜市岩井3-4...岩井山東院にいきました(岐阜県岐阜市)

  • 可成寺にいきました(岐阜県可児市)

    渋滞もなく、順調に車は進み朝7時に着いてしまいました。この旅行最初の観光地は、戦国武将森可成の菩提寺、可成寺です。時間に関係なく見れるので、さっそく入りましょう。境内に森一族のお墓(可児市の史跡)があります。緩い長い登り坂に朝一から不機嫌な晴女さん。森可成の他に、本能寺で討死した可成の息子、森蘭丸・坊丸・力丸のお墓もありました。本堂に戻り、雨男さんはあるものが気になったようです。お金を入れると説明が流れるのでしょうか。やってみたい気もしますが、時刻は朝7時過ぎ。近所迷惑になるかもしれないと思い、やるのを断念しました。←前の観光地石田堤/次の観光地岩井山東院→◆メモ訪問日:2008年11月住所:岐阜県可児市兼山596所要時間:15分駐車場:ありその他①いつでも見学可可成寺にいきました(岐阜県可児市)

  • 美濃と尾張に行く旅行(2008年11月)

    2008年6度目の旅行になってしまいました。2008年最後の旅行は岐阜と愛知へ2泊3日です。いつものように深夜に出発し、サービスエリアで無料の温かいお茶を飲みながら休憩し、仮眠しようとしても眠れずに、特に渋滞も変わったこともなく、朝7時過ぎには最初の目的地に着いてしまいました。6度目の旅行が始まります。美濃と尾張に行く旅行(2008年11月)

  • 石田堤にいきました(埼玉県行田市)

    忍城を水攻めで囲った堤が一部残っているという石田堤史跡公園を目指します。大体で向かいましたが、公園は見つかりません。しかし雨男さんは探している最中、土手らしきものを見つけました。説明板もありました。公園ではないが石田堤(埼玉県の史跡)です。土手の前に空地があったので、そこに車を止め、石田堤を見ます。総延長28kmあったそうです。すごさがよくわからない晴女さん。土手を見て、何が楽しいんだかとブツブツ言いながら車に戻っていきました。これで北陸旅行と題した2008年お盆の旅行は終了です。←前の観光地忍城/次の観光地可成寺→◆メモ訪問日:2008年8月住所:埼玉県行田市堤根所要時間:5分駐車場:ありその他①いつでも見学可②セットで見たい観光地・・・忍城石田堤にいきました(埼玉県行田市)

  • 忍城にいきました(埼玉県行田市)

    埼玉県に入りました。家がだんだん近づき、旅が終わりに近づいています。なんだか寂しい気持ちです。再び雨が降ってきました。傘を差しての観光です。まずはグルっと周ってみます。本丸の土塁復原された鉄砲狭間向きが逆さなのが見どころです。資料館として再建された三重櫓藩校進修館の門雨が降っているので、どんどん先に進む晴女さん。早く屋内に入りたいみたいです。忍城に時刻を伝えていた鐘楼の複製品1周して郷土博物館に入ります。忍城と言えば、石田三成の水攻めが有名です。その時の様子が映像で紹介されていました。また、さっき見た鐘の本物も展示されていました。三重櫓に続く廊下を歩きます。冷房が効いてなく、蒸し暑いなと思っていたら三重櫓から来た人が「あー涼しい」と言っていました。「何言ってるんだろう」と不思議でしたが、三重櫓に入って納得。三重...忍城にいきました(埼玉県行田市)

  • 箕輪城にいきました(群馬県高崎市)

    旅行最終日になりました。今にも雨が降りそうな天気です。雨男さんは晴女さんの力に頼るばかりです。最初の観光地は日本100名城の箕輪城から。お城の案内板に従い、搦手口から薄暗い坂道を登っていきます。二の丸に駐車場がありました。ここに100名城スタンプが設置されているみたいですが、本当にあるのでしょうか。探してみると、スタンプは箕輪支所に移動したみたいです。スタンプは後回しにし、先にお城を見学します。目指すは本丸です。その頃、雨が降ってきました。写真を撮っても森の中は真っ暗です。雨足が強くなってきたので、急いで本丸に向かいます。100名城じゃなければ引き返していたことでしょう。幸いにもすぐに本丸に着きました。急いで車に戻り、箕輪支所を目指します。この日は日曜日。果たして無事にスタンプが押せるのでしょうか。不安の中、箕...箕輪城にいきました(群馬県高崎市)

  • 碓氷関所跡にいきました(群馬県安中市)

    本日、最後の観光地に着きました。時刻は17時過ぎ。薄暗くなってきてます。階段下に駐車するスペースがあったので、そこに車を止めます。1623年に設置された中山道の関所の1つです。関所跡は群馬県の史跡に指定されていて、東門が復元されています。当時の部材を使っての復元された門です。雨男さんのお目当てはこの門です。すぐに見終わってしまいました。晴女さんは疲れ切っているせいか、恒例写真はおろか、写っている写真が1枚もありませんでした。これで旅行4日目が終了。明日は最終日です。←前の観光地森将軍塚古墳/次の観光地箕輪城→◆メモ訪問日:2008年8月住所:群馬県安中市松井田町横川乙573所要時間:5分駐車場:ありその他①いつでも見学可碓氷関所跡にいきました(群馬県安中市)

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