2021年5月
松尾芭蕉の名句に見る大衆社会の足音への憂いは彼の知的な保守性のみを意味するのか。“古池や蛙飛びこむ水の音”への考察。
松尾芭蕉の名句、“秋深し隣は何をする人ぞ”が都市化の進む17世紀の日本の都市の世相を表しているのは、言わずもが … "松尾芭蕉の名句に見る大衆社会の足音への憂いは彼の知的な保守性のみを意味するのか。“古池や蛙飛びこむ水の音”への考察。" の続きを読む 松尾芭蕉の名句、“秋深し隣は何をする人ぞ”が都市化の進む17世紀の日本の都市の世相を表しているのは、言わずもがなである。これにも少し触れたいところがあるが、ここではそれは最後の蛇足とさせていただく。わたしが当エントリーで … "松尾芭蕉の名句に見る大衆社会の足音への憂いは彼の知的な保守性のみを意味するのか。“古池や蛙飛びこむ水の音”への考察。" の続きを読む
夏目漱石の“こころ”を読む。志賀直哉“亡き夏目先生に捧ぐ”を通して。
夏目漱石の代表作“こころ”を読む。もう10代の頃にこの作品を読んで以来、最初から最後まで読み直したことなんてあ … "夏目漱石の“こころ”を読む。志賀直哉“亡き夏目先生に捧ぐ”を通して。" の続きを読む 夏目漱石の代表作“こころ”を読む。もう10代の頃にこの作品を読んで以来、最初から最後まで読み直したことなんてあるかないかわからない。しかし、今、敢えて著作者の“こころ”を読んでみたいと思う。 まずは、その契機について話し … "夏目漱石の“こころ”を読む。志賀直哉“亡き夏目先生に捧ぐ”を通して。" の続きを読む
つい先日のことである。20世紀の至宝と言われるフランツ・カフカ著の“変身”を再読した。ほんの数時間のことであるが、意外な発見を散見するに至った。そう言えば、全て読みきったのはいつぶりであったろうか。自らの記憶力の至らなさもさることながら、愛読書と豪語しているにもかかわらず、恥ずかしながら、ラストシーンの記憶がおぼろげであった。老女や住み込みが登場するあたりからのグレゴール・ザムザの悲惨さにこころ奪われ、ラストの家族のシーンへの冷酷さに耐えかねてのことであろう。と言い
2021年5月
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