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ズー太郎さんのプロフィール

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ブログタイトル
ズー太郎の郷愁車
ブログURL
https://shouwa-heisei-reiwa.com
ブログ紹介文
50歳になった今、買える車と買えない車がはっきり自覚でき、当時と今で憧れの車の定義が大きく変わってしまいましたが、昔のそんな”胸熱”を、ブログで振り返ってみたいと思います。
更新頻度(1年)

9回 / 112日(平均0.6回/週)

ブログ村参加:2019/07/28

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ズー太郎さんの新着記事

1件〜30件

  • ボルボ 850 T-5R 1995年

    たまたま通りすがりで見かけました。850 T-5Rです。 私にとっては、名車中の名車です。 懐かしいですね。当時ものすごくあこがれていました。 T-5Rではありませんが、当時姉がボルボのステーションワゴンに乗っていたので、しょちゅう借りて乗り回していました。 ボルボって、今思えば、毎朝食べる白米みたいな感じでした。 漫画オタクの友人にたのまれて、ダンボール15?20?のコミックをその友人のお父さん

  • 日産 Z32型 フェアレディZ 1989年-2000年

    私の世代では、Zといえば当然32型です。 タミヤから出たプラモデルを黄色、赤に塗って、2台並べていろいろ思いを馳せていました。 この黄色の発色に苦労しました。結局下地の色を白にして何とか八色させましたが、赤はさらに発色の具合が納得行かず、結局 白-ピンクと下地を塗ってから赤を塗りました。 話を実車に戻します。 もちろん当時400万円の値段は、現実的ではなく、芸能人を見るような感覚でしたが、それでも

  • 21. BMW E46 M3 2000年-2006年

    BMWのM3は、私にとってはやはりE46が特別な存在です。スバルのSTIをフォレスター、インプレッサ、インプレッサと3台乗り継ぐうちに、スバルの車作りに対するフィロソフィーにほれ込み、スバルやSTIの開発秘話の記事や本を読み漁りました。そしてSTIの開発秘話にしきりに出てくるBMWのM3に興味を持つようになりました。

  • 日産マーチ K11型系(2代目)1992年1月 – 1995年12月

    二代目の日産マーチです。 当時カーグラフィックの長期テスト車両にも選ばれて、テスト車両が「黒豆君」の愛称で親しまれていました。 もう20年以上前の車両ですが、そのデザインは、個人的には秀逸だと思います。 K11型の評価は日本国内外ともに高く、日本カー・オブ・ザ・イヤー(1992)、RJCカー・オブ・ザ・イヤー(1992)をダブル受賞、欧州でも欧州カー・オブ・ザ・イヤー(1993)を日本車としては初

  • 19. RX-7 FC3S 1985年-1992年

    マツダ サバンナ RX-7(FC3S)です。 私がFDを新車で2台買うきっかけになった車です。 私は16歳頃より、兄の部屋にこっそり入って、本棚のカーグラフィックを隅から隅まで読んでは、 「いつかはキットポルシェを買うんだ」 と思っていました。 歳の離れた兄が、ローンで購入したFCの助手席に、ある日乗せてくれました。 カーグラをなめるように読み漁っていた私ですが、それまでスポーツカーに実際触れたこ

  • 日産スカイラインGT-R 1989年-2002年

    真打登場です。 日産スカイラインGT-Rです。 特にBNR32型です。 実は、R35型のGT-Rには全く興味が無いのです。 機能を追及したのでしょうけど、あのデザインがどうしても好きになれず、また、マニュアルトランスミッションが無いため、全く食指が動かないのです。 コレは兄が乗っていて、何度か乗らせてもらい、そのうち 「通勤に使わないからずっと乗っていてよいよ」 と言われ、実質的には、タダでもらっ

  • 17. ランサーエボリューション

    三菱のランサーエボリューションです。 いわずと知れた、日本が誇るプアマンズスーパーカです。 プアマンズと言っても、学生時代は購入する財力もなく、近くて多い存在でした。 写真はEvoⅤで、やはり憧れが強いのはⅤかⅥです。 社会人になってからスバルに陶酔してしまい、結局一回もEVOを所有することはなかったのですが、今となっては一回くらい購入しておけばよかったと、本当に後悔しています。 三菱はもはや自前

  • 16. 三菱 GTO 1990年-2001年

    三菱のGTOです。当時はバカにしていました。重い、曲がらない、ダサいと雑誌でも揶揄されていたし、32のGTRと同じ値段でこれを買う意味はない、とまで勝手に断言していました。でっかい排気量のエンジンをターボで過給してドッカンと直線を走る感覚が

  • 15. ホンダ ビート 1991年-1996年

    ホンダビートです。当時なんとなく憧れていましたが、10代20代の血気盛んな頃で、日本車の280馬力規制の中でのトルクやゼロヨンの数値が雑誌を賑わせていた時代なので、なんとなく欲しい!!の対象から外れていたような記憶があります。そういえば、当

  • 14. インプレッサ WRX Sti

    STIは現行型からインプレッサの名前が外れて、WRX STIに変更になりましたが、全部まとめて、「STI」と呼ばせてください。初めてレガシィに乗ったときのあまりの衝撃は、始めて兄の32のGTRに乗ったときの次に衝撃的でした。この上のグレード

  • 13. ボルボ740エステート 1984年-1992年

    ボルボ740エステートです。義姉が乗っていた車で、荷物を運ぶのにチョコチョコ借りて乗っていました。先ずはドアを閉めると、「カキン」という金属と金属が当たる音がします。ドアのキャッチの構造でしょうか?日本車でこの金属音がする車を見たことがあり

  • 12. トミーカイラZZ 1997年-1999年

    日産のエンジンをキャブレターに換装して、700㎏ちょっとの車重で仕上げた車です。 レーシングカーデザイナーの由良拓也さんのデザインが、当時なんとなく好きになれず、あまり食指が動かなかった車です。しかし、いろいろな車に乗って、この年になって初めて「車にとって軽さは絶対的正義」と思えるようになりました。

  • 11. ディアマンテ 1990年-1997年

    私の当時の感覚(記憶)ではFF大型セダン(日本車で言う大型)の先駆者で、プチブームが起きような印象です。

  • 10. レガシィツーリングワゴンBH5 1998年-2003年

    レガシィに乗り出したきっかけは、夏休みの男二人での車での旅行でアテも無く車出かけた旅行です。レガシィですが、一番下のグレードの2Lのシングルカムのエンジンの非常に非力なグレードでしたが、一般道、高速道をただ走るという作業に対して、もくもくと正確に仕事をしてくれる車、そんな印象で一目ぼれでした。

  • 9. セリカGT-FOUR ST205 1993年-1999年

    GT-FOUR(ST205)は、今も変態的ファンがいる車です。当時もちろん買えなくて、カタログをたくさんん持っていました。Q'Sも含むとシルビアよりはかなり価格が高く、あこがれというより、高嶺の花でした。

  • 8. フェラーリF355 1994年-1999年

    フェラーリF355についての思い出です。ココでフェラーリを扱う(語る)のはチョット違うかもしれませんが、あこがれの車の一つであることは確実なので、挙げさせてください。

  • 7. スープラA80 1993年ー2002年

    スープラも、当時、何度もカタログをもらった車の一台ですが、当然のごとく学生だった私には、購入できるものではありませんでした。NAとターボがあって、ターボには大きなリアウイングがついていて、そのウイングにあこがれました。当時のモータージャーナリストは、あのリアウイングは空力には寄与しない、と書いていましたが、ド素人の私にはそんな言葉はまったく響きません。あのリアスポがかっこいいのですよ。

  • 6. ホンダNSX 1990年-2006年

    ホンダのNSXです。もちろん、インターネットでカタログ請求を何度もした車の一つです。記憶では当時800万円以上したように思います。ココまで来ると、もう、フカキョンと付き合いたいとか真剣に思わないのと同じレベルで、欲しいとも思いませんでした。

  • 5. メルセデスベンツ190E 1985年-1993年

    シーマ1が社会現象を起こした当時、それより小さくて、それより価格が高い車を父は選びました。それがメルセデスベンツ190E2.6でした。

  • 4. アルファロメオ156 1997年 – 2005年

    アルファロメオ156は、兄が所有していました。セレスピードが出る前の5MT車両で、後部座席のパワーウインドウもありませんでした。2L直4と2.5LV6がありましたが、兄のアルファは2Lでした。しかしこれが本当によく走ります。

  • 3. ミゼットⅡ 1996年-2001年

    ミゼットⅡは今見ても秀逸なデザインで、欲しくなってしまいます。

  • 2. MR-2 SW20 1989年-1999年

    当時、セリカGT-FOURと並んで欲しかった車です。 カタログも何度ももらいに行きました。 結局、ディーラーで試乗すらしなかったように思いますし、周りで所有している知人すら見かけなかったため、少し運転させてもらう機会もなかった車で、まさに高嶺の花でした。 シルビアは同じ2ドアと言っても四人乗れますが、MR2は完全に二人乗りなので、いくら無謀な若者にとっても敷居が高かったのでしょうか。 私が億万長者

  • 1. RX-7 FD3S 1991-2002年

    郷愁車の一台目は、RX-7です。RX-7は憧れではなく、2台続けて所有したのですが、私のカーライフの原点です。RX-7はとにかく萌えました。結局、新車で2台購入したほどです。

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