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ブログタイトル
私とは何か?と問うことに気付いている「私」とは何か?
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/sakura20181112
ブログ紹介文
私とは何か?意識の起源とは何か?悟りとは何か?般若心経とは何か?これらの問いの答えを考える。
更新頻度(1年)

21回 / 365日(平均0.4回/週)

ブログ村参加:2019/05/24

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ryoさんの新着記事

1件〜30件

  • 実相

    こんにちは、領です。いつも思考がグチャグチャです。前回、書いた「円相と人」のイメージはこの画像です↓この画像のイメージを言葉で表わそうとすると思考がグチャグチャで何から書けばいいのか分からなくなって、とりあえず書き出してみることになります。今回書きたいことはどちらかというと感触みたいなもので、また思考がさらにグチャグチャです。とにかく書いてみます。書きたいことは、「物理的に実体を持って人や世界が存在する」「自分と他人は独立自存の存在として繋がり影響し合う」などなどの思考が顛倒夢想ということについてです。うーん、何か違うかも・・・書きたいことは、「他者を自分から切り離して独立自存の自由意思を持った存在として裁くこと」この思考が顛倒夢想といえる構造についてだと思います。表層的な構造ではなくて、実相(空相)の構造から...実相

  • 円相と人

    こんにちは、領です。また、何だか頭の中はグチャグチャです。とにかく書いてみようと思います。全知をまとった「観」から発展し、人のメタ認知の極限で全知をまとった「観」に至り円相が完成する。「真の自己」という言葉を使うと「真の自己」から始まって一番可能性を含んだ個別の状態になり、どんどん高次化し「真の自己」に近づいて行くという構造をこの世は持ちます。なぜ「私」は存在するのか?「私」はどこから来てどこへ行くのか?この『私』とは一体何か?こう問わずにいられないのは、円相しか許されていないからです。円相に成るのではなくて、円相にしか成らないのです。智慧の完成から始まって智慧の完成で終わる。全知をまとった「観」から発展し全知をまとった「観」に至る。この道しか許されていません。原初の宇宙、空劫已前、業の関係性の枠が重なり合って...円相と人

  • 自性

    こんにちは、領です。何をどう書くかグチャグチャなので書きながら考えます仏教について書かれた本に「自性」という言葉がよく出てきます。「自性」「無自性空」「自性清浄心」などなど見かけます。Wikipedia自性:物それ自体の独自の本性、ものことが常に同一性と固有性とを保ち続け、それ自身で存在する物という本体、もしくは独立し孤立している実体のこと。根本的な性質、存在の本質を表わす。・・・何だかよくわからないです。「自性」という言葉が掴みにくいと感じていました。「自性」=「独立自存の固定的実体」「無自性」=「独立自存の固定的実体は無い」物質・体・思考・感情・表象・行動・意識は、固定的な実体に見えても、縁起縁滅の法に従って現われた関係性です。「固定的な実体」だと変?老いることも知っているし、思考や感情も常に変化するし、そ...自性

  • 光明

    こんにちは、領です。私がブログを書く時間は、疲れて眠い時間です。後から書いたものを読み直すと「ここは伝わりにくいな」「ここは私が前提としていることがはしょられてるな」「ここは注意書きが必要だな」と感じることが多いです。基礎的な文章構成力が足りてないのが一番の原因です。それは置いといて、最近考えたことを頑張って書きます。「光明を得た」という言葉についてです。Wikipediaに「光明を得た」といえば比喩的に覚ったことを表わすこともある。このように書かれています。「光明を得た」は、比喩ではなく、悟りそのものです。「照見五蘊皆空」を領解するのは「光明を得た」からです。五蘊が滅して光になる刹那が悟りです。その境地で如実に知るのが「観」です。「観」とは、存在を「有」と認める作用です。その作用を人は「真の自己」と名づけてい...光明

  • ホログラムと悟り

    こんにちは、領です。シャボン玉は光の干渉によって、膜の薄い部分が青く見え、膜の厚い部分が赤く見えます。「最後は無色になって割れてしまう」みたいです。でも、それとは関係なくできたてのシャボン玉がガラス玉みたいに透明なのをよく見かけます。悟りのシャボン玉と呼ぼうかな?そんなことを考えていたとき駄菓子のおまけでついてきた、ホログラムのコマを観察しようと思いました。これです。回転させると虹色がキラキラしてキレイです。天井の電気は、多色光で光の回折と干渉で、見る角度によって虹色に変化します。干渉が解消される角度を探してみました。そうしたらありました!!白色の光になっていました。クルクル回るコマを拾い上げて、角度を変化させて見てみると、干渉が解消されている状態は、天井の電気そのものが私に見える角度でした。知っている人には常...ホログラムと悟り

  • 円相

    こんにちは、領です。私の「円相」のイメージです。最初は、この世において自由意思が存在し「常」を維持しようとしている状態です。「常」を維持しようと努力し、維持できない状態を繰り返します。次に、「常」を維持することは不可能で、快と苦は不可分で振動する性質が在ることに気がつきます。「無常」を受け入れざるを得ない状況になります。私は、快と苦が不可分なら一切が苦だと思いました。この世に存在していたくないと思いました。思考することしか趣味のない私の思考が絶句しました。能動的な質のない、ただ「観ている」という状態になりました。勝手に展開するイメージとそれに伴う身体感覚を「観ている」という状態になりました。「観ている」が高次化し正弦波に見えていた振動が、コイルのように立体の構造を持つイメージに変化しました。どんどん「観ている」...円相

  • 悟り・全知・観

    こんにちは、領です。今回は、絵と文字で「悟り・全知・観」について書きました。自分で読んでみると「ここ、ちょっと伝わりづらいかな?」という部分もあります。下書きみたいな仕上がりです追加です。観察が世界を存在させるのではなく、存在した世界に観察が不可分に在る。あと、「観」と「観ている」は同じです。使いやすい方を選択して書いています。悟り・全知・観

  • 量子に至る、縁起に至る

    こんにちは、領です。「この世の全ての人は同一人物」ということが数学的に示唆され、常識として受け入れられる時代が来ますように。私がブログで書きたいことはこれ一つです。自分の頭上にミサイルの照準を合わせて撃ち込む人は、なかなかいません。自分に照準が合わされる銃を作って売ろうとは思いません。自分の頭上に落とされる予定の核爆弾の製造計画を立てたりはしません。自分が過去に失敗したことに対して、喜んだりしません。自分がご飯を食べたときに、食べさせてあげたとは思いません。自分に服を買ったときに、買ってあげたと思いません。(例外はあるかもしれません。)目の前の他者は、自分が生きることになる状態そのものです。実は、たった今自分が生きている構造です。その世界観が常識になるといいな。縁起縁滅の法の領解に至り、五蘊の観察を続けると、五...量子に至る、縁起に至る

  • 絶対の価値

    こんにちは、領です。絶対の価値は存在しません。「絶対の価値は存在しません。」という思考にも絶対性が存在しないので・・・。絶対という言葉は、直ぐに矛盾に至ります。「私は嘘つきです。」これも嘘つきなのそうじゃないの?人間の思考の中に永遠不変の独立した価値は存在しません。それは、仏陀の思考も同じです。「悟り」「仏教」「人が嫌がることはしない」「感謝」を含め絶対の価値のあるものは存在しません。宇宙誕生138臆年を一年で現わすと、12月31日午後11時52分ホモ・サピエンス誕生となります。人が現われてから8分の分量です。これにどのような感想を持とうとも、万物の理論が発展するなか数学や物理に従って避けようがなく決定論で人という構造は現われます。何回宇宙が誕生しようと多世界(もしくはマルチバース)を含めて、同じ原子の配列、同...絶対の価値

  • 量子力学と縁起縁滅の法

    こんにちは、領です。『量子力学の奥深くに隠されているものコペンハーゲン解釈から多世界理論へショーン・キャロル』この本を読んで思ったことは、量子力学を理解する探求と、縁起縁滅を理解する探求とは、まったく同じということです。この二つは似ているのではなく同じものです。P352「宇宙の理解にいたるまでのルートは量子化された重力にあるわけではなく、量子力学の中に重力を見つけることにある―――この見込みはとても真に迫っているように思われる。」量子力学は、そのまま万物の理論の候補か、それに近い存在だと思います。量子力学や波動関数、シュレーディンガー方程式の性質を知ることによって、縁起縁滅の法を数学や物理として理解を深めることができます。キャッチボールをするときに、投げる角度や初速度、描く放物線、到達地点などを考えて投げること...量子力学と縁起縁滅の法

  • 悟り

    こんにちは、領です。相依相関、振動循環、相反する情報は無に潜在します。同じ情報は一つとして存在する、そこを循環します。最上位の情報は無次元の点で、全ての循環の中心点です。悟りは、業の解消の刹那、五蘊が全て空に潜在して無になる境地です。五蘊が全て空に潜在して無になる境地を照見することが悟りです。悟りは、一切の関係性の解消の一点です。「悟り」という音の人への作用が「錬金術」ぐらいになる時代は来るかもしれません。現在、「悟り」という言葉の響きは、まだまだ強く興味関心を引きます。「悟り」は、一切の関係性の解消の一点。より正確には、一切の関係性を含むことにより、関係性が無に潜在した一点です。「悟り」は、この世の展開を記述する方程式に現われる普遍的な物理現象です。「悟り」は、神秘や奇跡、救済などの概念の入り込む隙間が全くな...悟り

  • 自灯明・法灯明

    こんにちは、領です。思考がぐちゃぐちゃなまま書き出していますゴータマ・シッダールタが、思考したことを知りたいです。「自灯明・法灯明」について話が聞けたらいいのに・・・と思います。ゴータマ・シッダールタさんは、現代においても絶大な影響力があります。仏教という世界観は人を強く引きつけます。仏弟子という言葉は、心地よさや特別な何かを感じさせます。現代において、錬金術によって卑金属から金を精錬しようとはしません。もし一般相対論が発表される前に、光が重力場によって曲がることが発見されていたら、神の力の行使と解釈されたかもしれません。現代は、太陽によって光が何度曲がるか計算できます。仏教という世界観を大切にする存在と、仏教という世界観を科学に接地して思考していきたい存在は、相依相関して存在し、片方だけで存在することはできま...自灯明・法灯明

  • 価値観について

    こんにちは、領です。本当に今日も何から書いたらいいのか頭の中はぐちゃぐちゃです。とにかく書けば何かまとまってくるかもしれません。神という世界観を超えることは難しい。真の自己という世界観を超えることは難しい。意識という世界観を超えることは難しい。人間中心という世界観を超えることは難しい。人間という世界観を超えることは難しい。このように表現すると、これらの世界観を超えなければいけないような気になります。しかし、縁起縁滅の法によって存在を表すものに絶対の真理は存在しません。神という概念の場において「神は存在する~神は存在しない」という思考は、相依相関して存在し、片方だけでは存在できません。思考や概念、感情は振動循環し一つの位置に確定しません。人間という世界観を超えるということを、人は悟りと名づけています。悟りとは、価...価値観について

  • 天動説地動説

    こんにちは、領です。いろいろ考えて、何から書いたらいいのかぐちゃぐちゃです。メモばかり増えていきます。とにかく書き出していきます!以前、「意識」という言葉は、人間中心的な言葉ということを書きました。その時、ふとコペルニクスの地動説のことを考えました。天動説とは、人間の住む特別な天体である地球は、宇宙の中心としてふさわしい。地球は宇宙の中心に静止していて、太陽を始め全ての天体が地球の周りを回っているという考えです。地球を中心としたときの惑星の軌道を表した周転円の図は、花の模様みたいで好きです。地動説は、宇宙の中心は太陽であり、地球は他の惑星も含めて太陽の周りを自転しながら公転しているという考えです。中心に静止しているのは、そこで見る人を基準にするという意味で、宇宙には絶対的な基準は存在しません。天動説地動説どちら...天動説地動説

  • 意識と悟りの構造

    こんにちは、領です。散歩しながら思索するとか、お風呂に入ってほっとした瞬間に閃くとか聞きますが、私は横になって、目をつぶって考えごとをするのが好きです。寝ようと布団に入ったあと、考えたことをメモするために何度も起きるときがあります。休日の朝は目が覚めた後、布団の中で考えごとをします。今朝、布団の中で考えていたことを書きます。神という世界観を脱することは難しい。真の自己という世界観を脱することは難しい。意識という世界観の向こうとは、悟りという世界観の向こうのことです。五蘊が仮和合して一つに集まって、そこに「観」が不生不滅不動不変である常(じょう)として不可分に存在します。その「観」という物理構造を人は、意識と呼んでいる。その「観」という物理構造を人は、仏性と呼んでいる。五蘊が空(くう)に潜在し「観」のみの状態にな...意識と悟りの構造

  • 「無観」と「観」

    こんにちは、領です。意識意識意識意識意識と意識ばかり見ていたら、何かが違うという感じがしました。意識と名づけると間違うような気がする。「間違う」とはどのような意味なのか書く前に、おさらいです。縁起縁滅の法は、万物理論そのもの。縁起縁滅の法の性質が波の性質を持つので、諸行無常、諸法無我、五蘊皆空という構造が存在します。五蘊皆空とは、この世の全てと自己とする要素の全てが無に潜在した境地です。無限と反無限が重なり合って一見何も存在しない地点と同じですが、存在する「今」を全て観ている状態で全知の状態です。「今」を観ている自分が存在するという質感を「観自在」と名づけます。全てが潜在し無に至る地点を「空」と名づけています。一見何も存在しない地点とは無次元の点のことで、「観自在」は無次元の点に割り当てられた情報ということです...「無観」と「観」

  • 読書20 『クオリアと人工意識 茂木健一郎』 その3

    こんにちは、領です。『クオリアと人工意識』P250人工知能の発展は、不思議な理路で、人間の最も根源的な不可思議、畏怖、「神」や「宇宙」といった概念に抵触するところがある。人工知能は、いわば、「裏口」から人間の宗教観を揺るがす。人工知能が私たちの精神性に与える影響を見極めるためには、脳の統合作用を担ってきた意識のメカニズムを真剣に検討する必要がある。P291「自己意識」の根源を理解したいという衝動は、ときに感情的な反応を引き起こしたり、何かを信じたいという気持ちにつながったり、場合によっては明白な事実を否認することに結びついたりする。しかし、ここで目指したいのは、ものごとをありのままに見ることと、綿密な理論の積み重ねによって、どのような結論に達するのかという検証である。P357「私」という存在は、その「意識の流れ...読書20『クオリアと人工意識茂木健一郎』その3

  • 読書20 『クオリアと人工意識 茂木健一郎』 その2

    こんにちは、領です。やっと地域の役員の1番大きな仕事が終わって、ほっとしています。人に指示したり、人前に出ることが大の苦手な私ですがなんとかなりました。前は、人の中に所属しないとならないとき10分に1回は心臓がドキッとしてしまって、半年ぐらい辛かったです。今は少し慣れました。やっと本を読んだり好きなことができる『クオリアと人工意識茂木健一郎』この本を読んで思ったことを書きます。先ずは、引用です。P44「クオリアは、議論することが難しい概念である。しばしば、意識についての意見のやりとりの中で、「クオリア」を定義することを求められることがある。どんな定義を与えたとしても、その問いを発した人が満足することは少ない。なぜならば、クオリアは、それについての認知的な理解、すなわち「メタ認知」(metacognition)を...読書20『クオリアと人工意識茂木健一郎』その2

  • 日記

    こんにちは、領です。私の相棒です。枝の先端を狙っているところです。もうこの世にはいませんが、私と共に存在していると思っています。昨日は、この雑誌を買いました!Newton(ニュートン)2020年12月号[雑誌]ニュートンプレスゼロとか無限大とか、とても興味津々です。特にディラックのデルタ関数が気になります。へんな数式美術館~世界を表すミョーな数式の数々~(知りたい!サイエンス)竹内薫技術評論社『変な数式美術館世界を表すミョーな数式の数々竹内薫』この本を読んでいたときP68に、デルタ関数の解説があり、ひときわ輝いて見えました。ワックワクで読みたいけれど今月の21日までは、余裕がなさそうです。『クオリアと人工意識茂木健一郎』この本もまだまだいろいろ書きたいです。クオリアのメタ認知についてとか、人工意識について感じた...日記

  • 読書20 『クオリアと人工意識 茂木健一郎』

    こんにちは、領です。『クオリアと人工知能茂木健一郎』結局、前回の記事を書き終わった次の日に、本屋さんで入手しました。今、一番読みたい本を読みたいです。茂木先生は「脳内現象である人間の心とは、いったい何なのか?」という問いを心の片隅にしまい込んでしまったのかと思っていました。でも、片時も忘れずに生きていたと分かりました。「私にとっては、このテーマで本当に久しぶりに書き下ろす本である。筆をとることをためらっているうちに、この分野の本の最後の出版からいつの間にか十数年という驚くべき時間がたってしまった。」と書かれています。16年の沈黙と帯に書かれています!「ストーリーテリングを大切に!」という言葉にインスピレーションを受けたと書かれていましたが、最後に強い衝撃を受けました。長い長い廊下の先のドアを開けると思いもよらな...読書20『クオリアと人工意識茂木健一郎』

  • 読書19 

    こんにちは、領です。『意識は科学で解き明かせるか脳・意志・心に挑む物理学天外伺朗茂木健一郎』意識は科学で解き明かせるか―脳・意志・心に挑む物理学(ブルーバックス)天外伺朗講談社この本は、2000年3月20日、第1刷発行とあるので20年前に出版されたものです。私がこの本を読んだのは、10年前ぐらいです。対談ものの本は薄味だな・・・と思うことがほとんどなのですが、この本は、とても重要なことが濃く分かりやすくまとめられています。今回、5,6年ぶりぐらいに、もう一度読んでみました。この本を購入した当時、何度も読んでいるので懐かしいと思いました。でも、あれ?こんなこと書いてあったっけ・・・と思うような文章がありました。当時は、読んでも理解できなくて意識に引っかからなかったんだと思います。これからも読み返していく本です。こ...読書19

  • 読書18 『仏教思想のゼロポイント 悟りとは何か 魚川祐司』 続き4

    こんにちは、領です。『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』この本を読んで、浮かんだ思考を書いていきたいと思います。浮かんだ思考なのでこの本の内容そのものではありません。「煩悩は無限のリソースを有している」この文章から、まだまだ思考してみます。全知全能の神は、数学的に存在しないということが証明されました。それでも、人間に無限のリソースを有する煩悩を根絶することは可能です。縁起縁滅の法は波の性質の方程式であって、この世の一切が重なり合って潜在し無の状態をとります。これが煩悩の根絶です。この世のみで無限の煩悩を一挙に手中に収めることはできません。「これあればかれあり、これ生ずればかれ生ず、これなければかれなし、これ滅すればかれ滅す」、縁起の法の定式化です。この構造の究極が[全この世]と[反全この世]が重なり合...読書18『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』続き4

  • 読書18 『仏教思想のゼロポイント 悟りとは何か 魚川祐司』 続き3

    こんにちは、領です。『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』この本の好きな文章を書きます。感想:に私の感想を書きます。P146そして、そのような意味での「世界の終わり」を目指す行為、即ち、これまでの実存形式の延長線上にはない場所に、決定的に到達しようという試みが、縁生の現象によって、縁生の現象を対治し続けた先に、完結するとは考えにくい。ローヒサッタが何万キロ移動しても、そこには常に「世界」が形成され続けたように、個々の煩悩を何万回対治しても、相手は実質的に無限のリソースを有している以上、煩悩の流れはその勢いをよわめることはあっても、根絶されるということはないわけである。その流れを最終的に「塞ぐ」ためには、縁生の現象とは全く異なった、何か別のものが必要なのだ。アーナンダやシーハーの解脱の報告から推察されるよ...読書18『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』続き3

  • 読書18 『仏教思想のゼロポイント 悟りとは何か 魚川祐司』 続き2

    こんにちは、領です。『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』この本の好きな文章を書きます。感想:に私の感想を書きます。P146そして、そのような意味での「世界の終わり」を目指す行為、即ち、これまでの実存形式の延長線上にはない場所に、決定的に到達しようという試みが、縁生の現象によって、縁生の現象を対治し続けた先に、完結するとは考えにくい。ローヒサッタが何万キロ移動しても、そこには常に「世界」が形成され続けたように、個々の煩悩を何万回対治しても、相手は実質的に無限のリソースを有している以上、煩悩の流れはその勢いをよわめることはあっても、根絶されるということはないわけである。その流れを最終的に「塞ぐ」ためには、縁生の現象とは全く異なった、何か別のものが必要なのだ。アーナンダやシーハーの解脱の報告から推察されるよ...読書18『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』続き2

  • 読書18 『仏教思想のゼロポイント「悟り」とは何か 魚川祐司』 続き

    こんにちは、領です。『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』この本を読んで、浮かんだ思考を書いていきたいと思います。浮かんだ思考なのでこの本の内容そのものではありません。善因楽果悪因苦果、これだと縁起を如実知見することは難しいと思います。善という側面を維持し続ければ、苦しいことは避けることができると思ってしまいます。この善因楽果は、私にとってとても強く作用していていました。しかし、どんなに努力しても誠実に生きても楽果だけを享受することはできません。楽と苦に振動することが存在するための条件だからです。それが縁起の法の性質だからです。流れるプールを体一つでせき止めるようなものです。太陽だけを求めて西に走り続けることはできません。善のみを求めれば、それを捨てざるを得ないことが的確に世界に展開します。時には死にま...読書18『仏教思想のゼロポイント「悟り」とは何か魚川祐司』続き

  • 読書18 『仏教思想のゼロポイント「悟り」とは何か 魚川祐司』

    こんにちは、領です。『仏教思想のゼロポイント悟りとは何か魚川祐司』この本を読んで、浮かんだ思考を書いていきたいと思います。浮かんだ思考なのでこの本の内容そのものではありません。まず思ったことは、帯のコメントの違和感です。この本は決定的で明確な実存の転換が生じるためには、不生であり無為である涅槃を知覚する必要があるとしています。このことを涅槃の実体視として否定する立場の人がこの本を推奨するのは矛盾を感じました。私は、仏教にお葬式のイメージは、あまり持っていませんでした。修行して煩悩を滅し悟りに至るというイメージです。私がTVで見たことのあるイメージです。実際に悟りというものを理解したとき、悟りは普遍的な物理現象としてあるんだと思いました。なので涅槃を実体視することが本来の仏教ではないという言説がなかなか理解できま...読書18『仏教思想のゼロポイント「悟り」とは何か魚川祐司』

  • 縁起縁滅の法

    こんにちは、領です。私は、縁起縁滅の法=物理学の万物の理論としています。万物の理論は、完成するのかは分かりませんが、未完でも参考になります。縁起縁滅の法は、波の性質の方程式ということです。万物の理論にかぎらず、縁起縁滅の法の性質を理解したいとき、シュレディンガー方程式やマクスウェル方程式、電磁誘導の仕組みなど参考にすると理解が深まると思います。サイエンスライターの方が、解説してくれたレベルの理解です縁起縁滅の法は、振動循環と全時空の相依相関という構造を持ちます。振動循環とは波の性質をもつことであって、諸行無常が導かれます。何も確定しない事すら確定しない事すら確定しない・・・という構造です。ここのブログに書かれていることも独立自存の絶対の真理ではないという構造です。また、波の性質を持つということは、相反する波形の...縁起縁滅の法

  • 認識について思ったこと

    こんにちは、領です。仏教の教えは、仏陀の説いたことのみであり、それが仏教の正理である。と、このような思考は、何だか違うと思いました。縁起縁滅の法は、万物の方程式であって、この世の一切が縁起縁滅の法の解であってどんな思考も出来事もどんな人間も、包み込んでしまうイメージがします。仏教の教えとして以下の方向性があります。自己の解体による消滅:無我自己の統一による消滅:普遍的自己自己の維持:個人的自己全てに共通なのは、その状態を認識しているということです。無我であることを認識している。普遍的自己そのものとしての認識。個人的自己の認識。観ている自己が存在するという志向性は存在します。略して観自在。この観自在を実在として重宝してしまうのは顛倒夢想になります。最上位の概念である観自在は、無次元の点に割り当てられていて時空に遍...認識について思ったこと

  • 強固な先入観

    こんにちは、領です。私の20代の頃は、スピリチュアルの全盛期だったと思います。小我と大我、真実の自己、霊性の向上、魂の浄化、前世現世来世、大いなる源から個の魂が生まれそして大いなる源へと帰る・・・などなど。スピリチュアル自体は、語る人の矛盾が見えてきて、何か違うという感覚はありました。しかし、真実の自己というものが存在するという思考が、強固な先入観として、私のイメージの中に入り込みました。仏教論争(ちくま新書)宮崎哲弥筑摩書房宮崎哲弥さんは、テレビで見たとき何だか好きだなと思っていました。仏教についての本を書いていることに最近気付いて、是非読んでみようと手に取りました。中を少し読んでみると、「」『』()が多い!と思いました。多分、宮崎さんの本でなければ、読むのを諦めていたと思います。そもそも、私は、悟りと言えば...強固な先入観

  • 最近思ったこと

    こんにちは、領です。最近思ったことを書きます。縁起縁滅の法は、物理学の言うところの万物の方程式です。自己を解体する自己を統一する自己を維持するこの大まかな3つの考えによって仏教はいろいろな形を見せます。「あなたの思想は、仏教である必要がありますか?」とお互いにとげのあることを言うこともあります。よくよく考えると、この三つは縁起縁滅の法を満たす解です。ただの解であって存在するべくして存在します。以前は、仏教によって「より良く生きる」と語られることにチクリとしていましたが、見当違いでした。アインシュタイン方程式の解と似ています。ブッダがどの方向性で語ったかは、もう重ね合わせで良いような気がします。後日、詳しく書きます。ここまで読んでくれた方、ありがとうございます最近思ったこと

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